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ハイランド・ダンス

 舞踏会も終盤に差し掛かる頃にはフロアの盛り上がりも最高潮を過ぎ、ダンスに興じるよりも思い思いの相手と穏やかに談話する参加者の方々が増える中、ようやく渡されたカードの全員とのご挨拶を済まされたヴィクター様ものんびりとお酒を召されながらその様子を眺め、心地よい音楽に耳を傾けられている。

 暫しの穏やかな時間を過ごしているうちにキャーキャーと女性陣の黄色い歓声がホールの一角から上がり、それがどんどん近づいてヴィクター様が眉をしかめられる。

 そして参加者の間から姿を表したフィル様はタキシードを着た道化の姿からハイランドの伝統衣装に着替えられていて、キルトスカートの裾を揺らしながら周囲に愛想を振りまいかれている。これが黄色い歓声の原因だ。


「ご参加いただきありがとうございます。ヴィクター様。楽しんでいただけていますか?」

「ああ、楽しませてもらってるよ。 ……君も楽しそうで何よりだ」


 屈託ない笑顔で挨拶されるフィル様にヴィクター様は呆れたように溜息を吐いて皮肉交じりに返事をされる。


「サラのお召し物がよくお似合いで『皇帝円舞曲』を踊られる姿はまさにこの場の支配者の威容でした。それに、ルーシーも。そのドレスを実際に見るのは初めてだけど、本当によく似合ってる。僕のパートナーじゃないのが残念で仕方ないよ」


 私に笑顔を見せながら、ちらりとヴィクター様にちらりと非難の視線を向けられる。


「それは悪かったな。君もキルトがよく似合っているぞ」

「えへへ、ヴィクター様からいただいたものですから当然です。これからハイランドの伝統舞踊をするので雰囲気を出そうと思いまして。あちらで有名なバグパイプ奏者とダンサーもお招きしているんですよ」

「よくもまぁ、そのようにあれこれと考えが回るものだ」

「あはは、これが取り柄なもので、お褒めに預かり光栄です。そこでなのですが、ヴィクター様には皆様にダンスのレクチャーをお願いしたいと思いまして」

「ああ、構わんよ。故郷の伝統を広めるのも私の大事な役割だからな」

「……もう一つ、舞台で伝統舞踊の紹介をしたいのでルーシーをお借りしてもよろしいですか?」


 フィル様が隠しごとをするように、もののついでとばかりに私を取り戻そうとされると、ヴィクター様はその真意を見逃さずフィル様を睨みつけられる。


「ほう、それはつまり、私の故郷の伝統舞踊を踊るのに私のパートナーを譲れということだな?」

「え〜と…… はい、その通りです」


 ヴィクター様の眼光鋭い視線に、愛想笑いをやめたフィル様が真っ直ぐに視線を返す。


「ほう、いい度胸だ。フィリップ・エドワーズ卿」


 お二人のこういう大人げない意地の張り合いは今に始まったことではないけれど、時と場所くらいはわきまえていただきたいものだ。


「僕も男ですから、こんなに素敵なレディを奪われて黙っているわけには参りません。ヴィクター様から教わったことです」


 少しの間にらみ合いを続けた後、フィル様の言葉にヴィクター様の方から視線を外して豪快に笑い声をあげられる。


「ははは……! 言うようになったな。そうだ、貴族の男というのはそうでなくてはいかん。それが騎士としての心意気だ」


 そしてフィル様の頭に大きな手を置き、銀髪のくせ毛をかき乱すように乱暴に撫で、フィル様もまんざらでもない様子でされるがままになられている。


「それでは、若き騎士殿。ルーシーは君に任せるよ。私は君の仰せの通り、皆に故郷の踊りを伝授するとしよう」

「ありがとうございます。ヴィクター・クロムウェル閣下」


 ヴィクター様は少し嬉しそうに私に視線を向けられた後、何もおっしゃらずに踵を返し、参加者の中へ混じって行かれた。


「少しはおわきまえくださいませ。フィリップ様」

「あはは、そのようにしてるつもりだけど」


 ヴィクター様を見送って髪を直しているフィル様に釘を差しても、頼もしいのやら危なっかしいのやら、どこ吹く風と言うようにゆるい笑顔を見せられる。


「では、ルーシー・ミラー嬢、私にお付き合いいただけますか?」

「……はい、よろしくお願いいたします」


 お辞儀をしてフィル様の手を取り、手を引かれるままに舞台上に登ってアシュベリー夫妻の隣に並んで参加者の方々を見下ろすと、フィル様のキルト姿に女性陣がざわつきはじめる。


静粛に(オーダー)!」


 賑やかなフロアに華やかな少年の声が通り、大げさにおどけたお辞儀をすると、皆がおしゃべりをやめて場内が静まり、フィル様に好奇の視線が集まる。


淑女紳士の皆様レディース・アンド・ジェントルメン!! 今宵の舞踏会。楽しんでいただけているでしょうか?」


 問いかけに湧き上がる拍手と歓声にフィル様は深く一礼し、指揮者のように右手を上げてひらりと手首を返してギュッと握ると、お約束のように歓声と拍手がピタリと止む。


「これから特別な催しとしまして、ゲストとしてお呼びしているグレンタレット辺境伯、ヴィクター・クロムウェル閣下の故郷であるスコットランドはハイランドの伝統舞踊を皆様にご紹介しようと思います。今回の舞踏会ではそのためにはるばるハイランドから有名なバグパイプ奏者とダンサーたちにお越しいただきました。それでは、大きな拍手でお迎え下さい!」


 再び湧き上がる拍手の中、バグパイプの音が鳴り響き、演奏に合わせてダンサーたちが軽快なステップで舞台上を一周してから一列に並び、一同に礼をする。


「本日は皆様方にも簡単なステップだけでも覚えていただくために練習の時間を設けておりますので、クロムウェル閣下を筆頭にステップをご存じの方はご存知でない方にご伝授いただけましたら幸いです。まずは私たちとダンサーによるエキシビジョンから――」


 そうして伝統舞踊の時間が始まり、舞台上ではダンサーたちによって披露されるダンスの隣で、フィル様と私はアシュベリー夫妻と組を作ってバグパイプの演奏に合わせ、以前にヴィクター様から教わって時々二人で踊っているステップを踏む。


「あはは、こう、ですよ。エドガー卿」

「んん? おっと、こう…… かな?」

「このようにするのですよ。ブリジット様」

「えぇと…… こう、かしら?」


 ダンサーたちによる華麗なダンスの隣で繰り広げられるアシュベリー夫妻の演技混じりのコミカルな練習風景に参加者の方々からは笑いが起きて、一人ひとりと見よう見まねでステップを試される方が現れる。

 そんな人たちにヴィクター様が声を掛け、少しずつダンスの輪が広がっていく。そのダンスはそれぞれがたどたどしい足取りでテンポはバラバラ、とても気位の高い貴族の舞踏会の光景とは思えないけれど、皆一様に一所懸命で笑顔にあふれている。


「それでは、最後に皆様で揃ってお開きにしましょう!」


 即興のダンスレッスンの時間を経て、最後の曲では何とか全員が揃ってダンスを踊りきり、熱狂と興奮のうちにアシュベリー夫妻の舞踏会は幕を下ろした。

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