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オロチ綺譚

休息綺譚

作者: かなこ

シリーズ物です。上部「オロチ綺譚」より1作目「巡礼綺譚」からお読み戴けるとよりわかりやすいかと思います。

「イザヨイ星は、とても宗教的な星なんだ」

 菊池は宵待にお茶を差し出し、厳かに語った。

「戒律がたくさんあって、聖職者の数もすごく多い」

「だから当然」

 いじわるそうに笑ったのは北斗だった。

「年中宗教戦争をやってる。連中は聖戦なんて呼んでるけど、やってる事はただの殺し合い」

 菊池は北斗を睨んだが、涼しい顔でカップを口へ運ぶのを見て小さくため息を吐いた。

「でも最近はずいぶん沈静化したんだよ」

 これから向かう惑星への恐怖を少しでも軽減しようと、菊池は宵待に笑顔を作った。

「昔は本当にひどかったみたいだけど、UNIONが間に入ってね。和平協定が調印されてるんだ」

 宵待には宇宙に関する知識がほとんどない。海賊から逃げ隠れてずっと地下に潜んでいたからだ。そのため宇宙どころか常識的な事すらわからず、時々途方に暮れていたりする事もあるので、オロチのクルー達は折りに触れ宵待に色々教える事にしていた。

「宗教って、具体的にはどんなものなんだ?」

「うん、俺もそれほど詳しい訳じゃないけど」

 菊池はあごに細い指を当てて宙を見つめた。

「大きいのは、この宇宙を造ったっていう唯一神を信仰しているところと、色んな神様がたくさんいるっていう多神教を信仰しているところ」

「けど、そこ同士が喧嘩してる訳やあらへんで」

 ひざまでの長い制服に身を包んでブリッジに現れたのは、笹鳴だった。他のクルーの制服はせいぜい腰までしかないが、笹鳴の制服だけは白衣を兼ねているのでひざが隠れるほどに長い。

「じゃあいったいどこが喧嘩しているんだ?」

 菊池からカップを受け取って、笹鳴はメガネの奥で笑った。

「多神教同士はあんまり喧嘩せぇへんな。一神教が色々枝分かれしとんねん。地球のキリスト教がプロテスタントやカトリックに分かれとるようにな」

「ぷろてすたんと?」

 宵待に復唱され、まだ地球の宗教は教えてへんかったな、と笹鳴はこめかみを掻いた。

「わかりやすく言うとだな」

 キャプテンシートで南が振り向いた。この手の話に南は強い。

「一神教にとって神様は1人だから、自分の信じる神こそが真の神だって言うグループ同士が言い争ってるわけだ」

「同じ宗教なのに?」

「教典の解釈の違いらしいで」

 宵待は首を傾げた。元々オボロヅキ星には明確な宗教と呼べるものがなかった。神様はいたが、殺し合いをしてまでどうにかしようと思うほどではない。なんとなく漠然と『居るんじゃないかな』と思う程度で、生活に密着してはいなかった。

「……よくわからないな」

「宗教なんてものは、信じている人間以外にはよくわからないもんだ」

 南は笑って、菊池にコーヒーのお代わりを頼んだ。

「なぁに、心配すんなって」

 にかっと笑って菊池の手からコーヒーを奪ったのは柊だった。

「ちょっと、あんた」

「オーパイに切り替えて来たんだよ」

 一瞬、北斗との間に視線で火花を散らした後、柊はカップから一口飲んだ。

「しぐれ、欲しいなら新しいの淹れてやるから。それは船長のだよ」

「もう1回淹れればいいじゃん」

 菊池は小さくため息を吐いて、もう1度サーバーに手を伸ばした。

「心配するなって、何が?」

「あ? ああ」

 柊はいたずらっぽく笑った。

「俺達が取引してる相手は、そういう諍いとは全然関係ねぇところだから」

「多神教宗派とか……宗教色の薄い地域?」

「一神教で、宗教色はばりばり濃いぜ」

 困惑する宵待に、南がコーヒーを受け取りながら笑った。

「俺達が商売している相手は、エルフだからな」



 惑星イザヨイの北半球に、異界と呼ばれる場所があった。

 大陸の奥地で深い森に閉ざされ、イザヨイ星の人間ですら足を踏み入れる事はほとんどない。

 いらずらに開拓しようとすれば必ず禍いが起こると言われており、禁忌の森とされている地区。

 そこは、エルフ達の住処だった。

 自然と共存し穏やかに暮らす彼らは、一般的なイザヨイ人に比べて身体能力が高く、警戒心が非常に強い。それ故に他の者と馴れ合わず、孤高の一族と言われていた。

 その彼らが唯一着陸を許可している宇宙船が、オロチだった。

 エルフ達は外部の技術介入をあまり好まないが、その点オロチは選別してから物質などを持ち込むので、信用を得る事に成功していた。

 外界との接触を好まない彼らではあるが、薬や情報等どうしても必要になるものについては、最小限の要求をオロチへ託す。そしてオロチはそれに応える。よって、イザヨイ星への来訪は定期的なものとなっていた。




 船の外観が変わった事に驚いたものの、エルフ達はオロチを森へ着陸させた。

 全員がオロチから降りようとしているのを見て宵待が留守番を買って出たが、南に首を横に振られた。

「ここはいいんだ。エルフに操船技術はないし、通常のセキュリティモードで充分だ。誰も盗みはしないし、危険な生物もいないからな」

 タラップを降りたところでエルフの族長がオロチの近くへ歩み寄り、美しい船体を見上げた。

「いらっしゃい、オロチ。そろそろ来る頃だと思っていましたよ。またずいぶんと儲けたようですね」

「冗談じゃねぇ。前のがぶっ壊れたから新調したんだよ、ヒバリさん」

 柊は眉間にしわを寄せてすねたような声を出した。

 宵待はヒバリと呼ばれた男を見た。線の細い、気難しそうだが上品で、女性的なまでに顔が整っている。

 だがそんな外観よりもっと先に目につくのは、尖った大きな耳だった。

 観察するような視線に気分を害したのか、ヒバリはじろりと宵待を睨んだ。

「そちらは? 新しいクルーですか?」

「ああ、紹介が遅れてすまない」

 南が手元の小さなボードから顔を上げた。

「そいつは宵待。荷物の管理と操行補佐をやってもらってる」

「新人を雇うだなんて、やはり儲けているようですね」

「だから冗談じゃないってば。いっつも税金の時期には悲鳴を上げてるんだから」

 菊池も気安そうにヒバリに話しかけている。宵待はぺこりと頭を下げた。

「はじめまして。宵待おうぎです」

「こんにちは。ヒバリです。ここの族長をしています」

 宵待は改めてヒバリを見た。文化はまったくわからないが、身にまとっているものの装飾の細かさと美しさにため息が出る。

「不勉強で何で作られているかわかりませんが、きれいな服ですね」

「ありがとうございます。我がエルフの伝統的な刺繍ですよ」

 ヒバリは目を細めて笑い、南を見た。

「どうです? 頼んでいたものは調達できましたか?」

「ああ、ばっちりだ。まずフジマキの鉱石とクラオカの花……この花はドライフラワーで500kg持って来た。それからサンリョクの皮と、頼まれていた本」

「ありがとうございます。荷物を降ろすのは後にして、まずはお茶でもいかがです?」

「そらありがたいなぁ。宵待、ここの紅茶は絶品なんやで。朱己もここへ寄った時は必ず分けてもらってんねん」

 宵待はうなずいて、歩き出すクルー達の後に続いた。

 エルフの集落は深い森のど真ん中に位置した。以前は空から探せば何とか見つけられたのだろうが、今はオロチが持ち込んだフェイクフィルタで覆われているので肉眼での発見は難しくなっている。更にレーダーにも引っかからないよう施されているそうで、最初からここにエルフの集落があるとわかっていなければ、とてもたどり着けないだろう。もちろん陸地からやって来るのも無理な話だ。

 森のど真ん中に降りようとするオロチに驚いた宵待がさっき色々質問すると、南はそう答えてくれた。

 ついでに言えば、ここには磁鉄鉱の鉱脈があちこちに存在するため、あらゆる電子機器が影響を受けてコンパスもきかない。

 樹木の葉の隙間から滑り落ちる七色の陽光がきらきら反射して、宵待は思わず深呼吸した。オロチの内部も空気洗浄がなされてはいるが、こんな芳しさはない。

「ヨナガ星もそうだったけど、ここも自然が豊かなんだね」

「あんた、上空から何を見てたわけ?」

 北斗の鋭い声音に、宵待はまばたきした。

「これだけの自然が残ってるのは、イザヨイ星でここだけだよ。戦争で荒廃した真っ黒な大地を見なかったの?」

 思わず黙り込んだ宵待を見て、柊が北斗を睨んだ。

「あんまり宵待をいじめんじゃねぇよ、北斗。空から見た地面が実際はどうなってるかなんて、地下暮らしだった宵待にわかるわけねぇだろ」

 北斗はそっぽを向いたが、その先で菊池にも睨まれてまた視線をそらせた。

 そこに南の快活な笑い声が響く。

「北斗は色んな星を知っているからな。ちょっと見ただけで地質学者並みの判断ができる。頼もしいよ」

 突然、宵待の視界が開けた。不規則な形に作られた家々が、巨大な樹木に鳥の巣のようにくっついている。その中央には小さな小川が流れ、見た事もない様々な花が咲き乱れていた。

「うわぁ……!」

 思わず感嘆の声を上げる宵待に、ヒバリは得意げに笑った。

「ようこそイザヨイへ。ここが我々の集落です」

 ヒバリの言った集落とは、ここを中心に半径50kmを指していた。山も川も谷も包括し、エルフ達は自給自足で生活している。

「な、宵待、きれいなところだろ。あっちに見える切り立った崖の上からここを見たら、もっときれいだよ」

 菊池はまるで自分の故郷でも紹介するかのように、嬉しそうに宵待の腕を掴んで小川まで引っ張った。

「磁鉄鉱の鉱脈が近いせいか、ほら、こんな小川の底にある石だって、みんな洗ったみたいにきれいだろ」

「本当だ。みんな丸くてきらきらしてる。あ、何かいる」

「うん、その魚もきれいだろ? ここでは死んだ人はこの魚に生まれ変わるんだって。だから絶対獲ったりしちゃ駄目。石も大事な財産だからって、分けてもらえないんだ」

 わかった、と宵待は笑った。

 最初の航海で投獄という目に遭ったので今回のイザヨイ星も正直少し怖かったのだが、宵待は心が弾むのを感じた。

 ヒバリに案内されて、オロチクルー達はひと際大きい巨木の根元の穴に足を踏み入れた。そこにはひと1人がようやく通れるくらいの空間に急な階段が作られており、螺旋階段のように登り詰めた先に、ヒバリの家があった。

「狭い部屋で恐縮ですが、どうぞ」

「お邪魔します」

 宵待はそっと中に入り、部屋を見回した。

 カーペットは動物を意匠にした重厚なものが敷かれていて、大きな本棚にはぎっしり本が詰まっている。基本的にすべての家具が木で作られていて、香木のような匂いがした。

「お茶を煎れましょう。朱己、手伝ってくれますか?」

「うん」

 商売に来たというより知人の家に遊びに来たみたいだと宵待は思った。

 地上から見上げた時に見えた窓に近づくと、眼下には小川が光の軌跡を描いていた。エルフの子供達が声を上げて楽しそうに水浴びをしている。

「いい蜂蜜が手に入ったので、お菓子も作ってみましたよ」

 ヒバリと菊池がいい匂いをさせながらキッチンから出て来て、柊が嬉しそうな声を上げた。

「やった! そうだヒバリさん、この間の酒ある? 蜂蜜で作ったってやつ」

「去年のはもうありませんね。でも今年のなら」

「絶対他の奴らに飲ませないから、俺に分けて。ウンカイのココアエアナッツと交換しよう」

 柊もヒバリにはなついているようで、話に花を咲かせている。黙り込んでいるのは北斗だが、これが普段の北斗なのでそう機嫌が悪いわけでもなさそうだ。

 しばらくの間はオロチクルーによる旅の話で盛り上がった。スイリスタルの海賊の話が出た時は「やれやれ。トラブルメーカーが揃うとろくな事になりませんね」とヒバリは苦笑した。

「こっちはどないなん? ヒバリ」

「平和なものですよ。下界の争いも、ここまでは届きません」

 ヒバリは静かにカップを置いた。

「和平調印がなされているとは言えUNIONの目を盗んでの小競り合いは続いているようです。何百もの魂が、ここを通って行きますから」

「ここを? 魂が?」

 思わず聞き返した宵待に、ヒバリは達観したような笑みを浮かべた。

「さっき崖が見えたでしょう? あそこは魂の通り道になっていましてね。光が昇って行くのが見えます」

 宵待が隣の笹鳴を見ると、小さな苦笑が返って来た。

「俺らはよう見えへんけど、エルフは全員見えてはるそうや」

「へぇ……」

 感心したように小さくうなずく宵待に、エルフなら当然ですとヒバリは言い切った。

「人間の魂は汚れているので、真っ直ぐあちらには行けないのですよ。しばし地上で汚れを落とさねばならないのです」

「俺達も人間なんだけど……」

 へたれ眉毛の菊池に、ヒバリはにやりと笑った。

「動物の魂はすぐにあちらへ渡れますよ」

「人間なんだけど!」

 菊池はふんがっとパウンドケーキを掴むと、動物のようにまぐまぐ口に放り込んだ。

「やっぱりここへ来るとほっとするよ」

 南はしみじみと窓の外を眺めた。気が遠くなるほどの緑の森が地平線まで続いている。

「人が宇宙へ出てもうずいぶんになるが、自然というものは偉大だ」

「当然です。神が最初に作られたのは1本の木。他の命はそれに寄り添うように作られたのですから」

 それがエルフの神様なのだろう。宵待も窓の外へ視線を向けた。陸地の少ないオボロヅキ星に生まれた身としては、ヨナガ星であれだけの森を見てもまだ森が珍しい。

「今回はいつまでいるつもりなんです?」

「宵待が初めてやしな、また3日ほどお邪魔しようかと思っとってん」

「そうだと思っていましたよ」

 ヒバリはにたりと笑った。

「明後日に祭祀があります。参加なさい」

 悄然としたのは柊だった。

「祭祀ってあれでしょ? 火をガンガンゴンゴン燃やすやつ」

「ええそうです。今更火が怖い訳ではないでしょう?」

「怖かねぇけど暑いんだもんよ。まぁ、食いモンや酒がかいっぱいあって楽しいんだけどな」

 あんたは食べ物さえあれば機嫌いいよね、という北斗の言葉を皮切りに、柊と北斗の舌戦が始まった。



 ヒバリの補佐をしているウグイスという男に連れられて菊池と一緒に集落を回り、いくつかの品物を手にしてから、宵待はオロチへ戻った。

 エルフの集落には通貨というものが存在しない。欲しいものがあれば、基本的に物々交換だ。昼間に柊が酒とお菓子を交換しようとヒバリに持ちかけたのは、子供じみた取引ではなかったらしい。

 菊池は大きな鞄に調味料や装飾に使えそうな美しい鉱石などを山ほど入れて集落を回り、小さな商売をした。宵待が気に入ったものがあれば、自分のモノと交換して宵待に渡してくれた。

 オロチの運んだ大部分の物資は族長であるヒバリと交換がなされるが、オロチクルー達は何度もこの星に足を運んでいるのでそれぞれに親しい友人ができており、彼らの個人的な頼みも聞いている。笹鳴はもっぱら酒と交換し、柊は食べ物、菊池は調味料や紅茶、北斗は装飾品と、それぞれが勝手に楽しんでいた。

 オロチの自室へ戻ってから、宵待は大きく息を吐いてベッドへ腰掛けた。

 通貨の存在しない取引など、宇宙広しと言えどもオロチくらいしかしないだろう。南は「どうせ物資を売って金を作って、その金を払って物資を調達するんだ。手間が省けて逆に助かるさ」と言っていたが、たいした儲けになるとは思えない。

 それでも彼らがここへ来るのは、この穏やかな時間の流れを愛しているからだろう。

 シャワーを浴びて着替えを済ませると、宵待はブリッジへ向かった。一応個室をあてがわれてはいるものの、他のクルー達も基本的にはブリッジにいる事が多かった。

「おい、宵待。いいものあったか?」

 ブリッジには案の定全員が揃っていて、南はキャプテンシートに寄りかかっていた。

「ぼちぼち。船長、積み荷はいったい何と交換するんだ?」

「基本的には装飾品だ。エルフの商品は意匠も細工も独特で、その上精巧ときてる。マーケットで結構な値段でさばけるんだ」

 宵待はうなずいて自分のシートへ腰掛けた。他のクルー達も自分の席に着いてそれぞれが戦利品を眺めていたが、北斗は1人だけヘッドセッドをかぶって通信を傍受していた。これは軍人の性というべき習性で、できるだけの状況を把握しない事には落ち着かないのだと、以前菊池が言っていた。

「何か面白い情報でもあった?」

 宵待が近くへ寄って尋ねると、北斗は視線だけを上げて宵待を見た。

「……リュウキュウ星によるオボロヅキ星の植民地化が決定したみたい」

 クルー全員が北斗に視線を集中させた。

「と言っても、オボロヅキ星はすでに事実上崩壊していた訳だから、管轄がリュウキュウ星になったというだけの話だけど」

 北斗は身を起こしてシートに寄りかかり、宵待の顔を覗き込んだ。

「どんな気分?」

「北斗!」

 菊池がつかつかとやって来て、北斗の頭を小突いた。

「軍人って本当にデリカシーがないよな!」

「乗組員の心情を把握しておかないと、いざって時に命にかかわるでしょ」

 自分を小突いた手を邪険に払って、北斗はじろりと菊池を睨んだ。

「リュウキュウ星の大統領、ライウってのはやり手だって話だ。これから観光地として開発されるかもな」

 柊がそう呟くのを聞いて、宵待は目を閉じた。

 人生の大半を過ごした洞窟の風景がすぐにまぶたの裏に浮かんで来る。海へ繋がった洞窟だったので、数えるほどだが母に連れられて水平線を見た事があった。残酷なほど美しく、心細くなるほどの広い海。

 宵待は目を開けた。

「あんまりいい思い出はないから、悲しくはないかな。両親の墓があるわけでもないしね」

 苦笑を浮かべた宵待としばし目を合わせてから、北斗は「そう」とだけ言って視線をそらせた。

「でも、いつかまた行ってみたいよ。連れてってくれる? 北斗」

「……船長がいいって言ったらね」

 北斗はヘッドセットを放り投げた。

「リュウキュウ星か……」

 南はキャプテンシートに身を沈めて宙を見つめた。

「あそこはUNIONにべったりだからな。リゾート地なら可愛いもんだが」

「違うって言うの?」

 菊池に尋ねられ、南は渋面を作った。

「さぁな。俺にはUNIONの考えはわからん。柊はどう思う?」

 柊は南を見ず、自分の爪をじっと見ていた。

「柊、リゾート地だなんて本気で思ってるのか?」

 柊はしばらく考えていたが、やがて小さく吐息した。

「……あの星にはもう何もないっスよ。唯一の資源だった人魚と天使が絶滅したから」

 宵待は黙って柊を見つめた。

「少なくとも、UNIONが認めるような価値は何もねぇっス」

「ね、ねぇ、もうそういう話はよそうよ」

 菊池は南と柊を交互に見た。

「別にいいじゃない。きっといいリゾートになるよ」

「気休めはよせよ、朱己」

 柊の鋭い視線に、菊池はぎゅっと下唇を噛んだ。

「どう見ても、オボロヅキ星の寿命はもう尽きてるだろ。いくらライウがやり手だって、リュウキュウ星の稼ぎだけでもう1つの惑星を丸ごと開発するなんてのは無理だ。開発資金はUNIONに借りるしかない。そしてUNIONは、無担保で金を貸すなんて真似はしねぇぜ」

 菊池は黙ってうつむいた。

「柊、お前はUNIONがオボロヅキ星を担保に金を出すと言うのか?」

 柊はだらしなくシートに横座りすりと、肘掛けに両足を放り出した。

「船長だって薄々は分かってんでしょ。惑星のほとんどが海であるオボロヅキ星のわずかな陸地は、それだけで自然の牢獄だ。で、現在の流刑地であるコサルバ星は満員御礼」

 柊は冷たい流し目を南へ送った。

「将来的にはどうだかわかんねぇけど、UNIONは当面、オボロヅキ星を流刑地にするだろうぜ」

「ライウはそれで納得すると?」

「リュウキュウ星はUNIONにべったりだって、船長が言ったんスよ。UNIONに貸しが作れるなら、何だってやるだろうさ」

 南はため息をついた。元UNIONの柊が言うのなら、かなり高い確率でそれは実現するだろう。

「リュウキュウ星はUNIONに貸しを作る。で、UNIONは銀河海軍に貸しを作る。罪人の管轄は正式には海軍だからな。そんで海軍はUNIONを擁護して、UNIONはリュウキュウ星を優遇する。みんな幸せって訳だ」

 宵待は苦笑した。あまり何とも思わないのは、それほど故郷に強い思い入れがないからだろう。確かに両親との思い出はあるが、その両親を奪われた地でもあるのだから。

 宵待などより、菊池の方がよっぽど傷ついた顔をしていた。

「菊池、そんな顔しないで」

「あ……うん、ごめんな。宵待の方が辛いのに」

「それがあんまり辛くないんだよ。きっと今の方が幸せだからじゃないかな」

 宵待に微笑まれ、菊池もぎこちなく笑みを返した。

「さ、もう寝るぞ。明日はヒバリに積み荷を確認してもらわにゃならんし、明後日は祭祀だかに参加しなきゃならないんだからな」

「俺、留守番してるっス」

「ダメだ北斗。お前も参加しろ」

 船長にそう命令され、北斗は面白くなさそうに帽子で顔を隠した。




 翌日、ヒバリの立ち会いの下に、オロチは積み荷を下ろした。

 コンベアを使用して降ろされるので人力は必要ないが、開梱は人の手でやらなければいけないため全員がせっせとチェックに精を出す。

 幸いヒバリの目に適ったようで、積み荷はすべて引き取ってもらえ、代わりにエルフの装飾品が積み込まれた。アクセサリーもその中にはあり、宵待はそのうちの1つを手に取った。鳥の羽で作られたネックレスだった。

「へぇ。羽も装飾品になるんですね」

「ええ。と言っても、大きなモノは使いませんが」

「使い勝手が悪いんですか?」

「そうではありません。大きなモノは我々が自分で使うからです。ほら、あそこにいる馬鹿を見てください」

 馬鹿? と宵待が振り返ると、ウグイスが柊とじゃれていた。その髪に大きな青い羽を2、3本まとめた飾りが付けられている。

「あれは、鳥の羽を青く染めたものです」

「青いのがいいんですか?」

「いいえ。あれはただでさえ暑苦しい男なので、せめて涼しげな色のものを付けろと僕が言ったんです」

 ヒバリはにっこり笑った。内容に反する笑顔に、宵待の返す笑顔が少し鈍る。

「明日の祭祀には全員が頭に付けますよ。できるだけ大きいものを自分で染めるんです」

「あ」

 宵待はぽんと手を叩いた。

「大きい羽ならありますよ。あまり多くは分けてあげられないんだけど」

「ほう? どのくらいの大きさですか?」

「1番大きいので……これくらいかな。計った事ないけど」

 宵待は両手で50センチばかりの空間を作った。

「それは大きいですね。どれくらいあるのですか?」

「ええと……20本くらいでしょうか」

「是非分けてください」

 ヒバリの目が輝いた。

「いいですよ」

 宵待は快くうなずいた。どうせ自分の羽から抜け落ちたものだ。菊池にでもあげれば喜ぶかと思ってとっておいたが、別に約束していた訳でもないし、惜しくはない。

「代わりに何か欲しいものはありませんか?」

「うーん……昨日欲しいものは交換してしまったし……あ」

 宵待は思いついてヒバリを見た。

「あの小川の底にある石を、分けてもらえませんか?」

 ヒバリは一瞬眉をひそめた。

「あの石を?」

「あ……やっぱりダメですか」

 ヒバリはしばし考え込んだが、まぁいいでしょうとうなずいた。



 宵待から羽を譲り受けたヒバリはたいそう喜び、自ら小川の石を拾ってくれた。どこから見ても球体で自然現象にしては奇跡的な形状の、青と緑と琥珀色の石を3つ。

 宵待は嬉しくて何度も礼を言った。初めて自分の力で手に入れたモノだ。

 大喜びでまずは菊池に見せた。「よく分けてくれたな。俺が頼んだ時は全然ダメだったのに」と菊池がうらやましそうに言ったので、なら1つあげると言うと、菊池は首を左右に振った。せっかく手に入れた貴重なものなのだから、大事にした方がいいと言って。

 広場には巨大な櫓が組み上げられ、明日の祭祀の準備が整いつつあった。そこで天まで届くほどの大篝火を祀る。宵待はそれを興味深げに眺めていた。

 エルフ達も心なしか浮き足立ち、祭祀用の装飾品を楽しそうに見繕っている。小川沿いにテントのようなものも作られ、明日はそこで各家庭の主婦が集まって大量の料理を作り酒が振る舞われるのだそうだ。

「火は全てを焼き尽くす恐ろしいものです。しかし、灰の中から生まれ変わるものも、確かに存在するのですよ」

 ヒバリはそう言って笑っいた。

 オボロヅキ星には祭祀というものがなかった。いや、あったのかもしれないが宵待が生まれた頃にはそんな事を気にかける余裕などなかった。生き延びるだけで精一杯だったあの頃は、こんな未来が待っているなどとは夢にも思わなかった。明日が楽しみだと思うなど、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。

 そんな事を考えながらオロチへ戻ると、3人ほどブリッジに集まっていた。

「よぉ宵待、ええもんもろたそうやないか」

 笹鳴が上機嫌で話しかけて来た。片手にグラスを持っているので少し酔っているのだろう。

「ああ、小川の石をもらったんだ」

「あのヒバリがよう分けてくれはったな。妖精の卵や言うてたはずやけど」

 宵待はぎょっとしてポケットから石を取り出した。確かにちょうど卵ほどの大きさだ。

「本気にすな。伝承に決まっとるやろ」

 笹鳴はからからと笑った。

「磁鉄鉱の影響なんやろな、そない形の石ができるんは。まるでビー玉や」

「びーだま?」

「地球のオモチャや。ガラスでできとって、ちょうどこない形しとんねん」

 もうちょい小さいけどな、と言って、笹鳴はグラスにお代わりを注ぐべく宵待のそばを離れた。わざわざワゴンに乗せてブリッジに酒や氷を持ち込んでいるらしい。

 柊はウグイスにもらったのだという色とりどりの羽を嬉しそうにまとめ、南は物々交換したもののリストをチェックしている。菊池の姿はない。おそらく夕食の準備をしているのだろう。

 菊池の手伝いでもしようとブリッジを出て通路を歩いていると、北斗が小窓から外を眺めているのが見えた。いくつも月が昇っているので、照明のついた室内から見てもかなり見渡せる明るさだ。

「どうしたんだ? みんなブリッジだよ?」

 声をかけると、北斗は緩慢に振り向いた。

「別に」

「北斗は群れるのがあんまり好きじゃないみたいだね」

「……そういう訳じゃないけど」

 北斗は宵待から顔を逸らした。

 この年で第一級パイロットの資格を得たエリートが、こんなちっぽけな貿易船の操縦士で満足なのだろうか。軍が肌に合わなかったのだと南は言っていたが、それだけで一生を約束されたも同然な道を捨てるだろうか。エリートである北斗が、辺境の惑星の住人である自分に好意的ではないのは、そのせいなのだろうか。

 宵待がそんな事を考えていると、北斗はポケットから皮製の袋を取り出した。エルフの細かい刺繍が丁寧に施されたものだ。よくなめされ黒く染められた皮に、白と青で鳥のいる風景が描かれている。

「へぇ、きれいだね」

「あげる」

「え、いいよ、そんな」

「あげる」

 北斗は宵待に革袋を押し付けると、くるりと背を向けてブリッジへ行ってしまった。

 その背を見送ってから、宵待は手の中の革袋を眺めた。本当にきれいな刺繍だ。虫眼鏡を使ってまつったのかと思うほど、その針は細かい。よくこれだけの商品を見つけたものだ。これならさぞ高く売れるだろうに、どうして自分なんかに。

 革袋をポケットにしまって、宵待は厨房の扉をくぐった。菊池がエプロン姿でとことこと走り回っている。

「菊池、手伝うよ」

「ありがとう、宵待。じゃあさっそくこの鍋の灰汁を取って」

「わかった。今日の夕食は?」

「シチューと唐揚げとメメレンゲサラダ」

「め……めめれんげ?」

「って、教えてくれた人は言ってたけど」

 菊池は慣れた様子で調味料を手にした。

「前から思ってたけど、菊池ってどこかで料理の勉強でも?」

「言ってなかったっけ? 俺、調理師だったんだよ」

 宵待はまばたきした。

「……そうだったんだ」

「うん。まぁ色々あってここにいるんだけど」

 ざくざくと野菜を切る仕草は、確かに板についている。エルフの村で調味料に興味を示したのは職業病みたいなものなのだろう。

「みんな、色んな過去があるんだね」

「そうだね」

 菊池はにこりと笑った。

「北斗も……色々あったのかな。エリートの道を捨てるだなんて」

 取った灰汁を器に移しながら、宵待は呟いた。オロチに乗って日の浅い宵待は、彼らの過去もまた浅くしか知らない。

「あったんじゃないのかな。あいつ、あんまり自分の事言わないけどね」

「菊池も知らないの?」

「詳しくは知らない。船長は知ってるみたいだけど」

「気にならない?」

「うーん」

 菊池は切った食材をボウルに移すと、手でわしわしと混ぜ始めた。

「気になるけど、今は言いたくないみたいだし、そのうち言いたくなったら言うんじゃないの?」

 オボロヅキ星がリュウキュウ星のものになったと知り、北斗は宵待に踏み込んだ質問を浴びせた。命を預ける大事なクルーだからこそ知りたいのだと。

 なのに菊池はあまりこだわりはないように見える。命を預ける大事なクルーなのに。

「あんな性格だから扱いが難しいかもしれないけど、悪い奴じゃないから」

「だといいんだけど」

 宵待はポケットからさっきの革袋を出した。

「あれ、それって今日北斗が銀の鎖と交換してもらった革袋じゃないの?」

「さっきもらったんだ」

 そういう事か、と菊池は訳知り顔で呟いた。

「何が?」

「北斗の好みじゃないものを、ずいぶん奮発して交換したなぁと思ってたんだ。それって最初から宵待にあげるつもりだったんだな」

 宵待はきょとんとした顔を菊池に向けた。

「え?」

「さっき工房にもこもってたし。あいつああ見えてすごい器用なんだよ」

 宵待はまだきょとんとしていた。菊池の言いたい事がわからない。

「エルフにもらった石、そのまま持ってるんだろ?」

「え? あ、ああ」

「北斗にもらった袋に入れるといいよ。あれって磁鉄鉱の影響でかなり強力な磁力を持ってるから、船体に影響が出るかも」

「え!」

「多分、その袋はそれを遮断するように細工してあるんじゃないかな」

 宵待は慌てて袋を取り出して石を放り込んだ。

「だ、大丈夫かな……!」

「大丈夫だと思うよ、スタンバイ状態だから。いくら強力だと言っても、この船全体をどうにかするほどの力はないと思うしね」

 宵待は袋ごと玉を握りしめた。

「北斗……俺のために……」

 菊池は声を上げて笑った。

「素直じゃないけどさ、あいつ本当はすごく仲間思いなんだよ。気に食わない奴の命まで預かって、船を飛ばせる奴じゃない」

 自分は荷物なんじゃないかと思っていた宵待にとって、その言葉は強く大きく胸に響いた。



 祭祀当日は晴天だった。不思議な太陽の光が、各家庭の窓を不思議な七色に輝かせている。

 小川沿いに並ぶテントからは食欲をそそる匂いが漂い、早速菊池と柊が吸い寄せられ、大人も子供も頭に羽飾りを付けて思い思いの美しい衣装を身にまとっていた。

「本番は夜です。それまでゆっくりしてください」

 ヒバリはそれだけ告げて、人の輪の中へ入っていった。祭祀の日の族長は忙しいのだろう。

 北斗は崖に行くと言って出かけて行き、笹鳴はエルフの塗り薬の秘伝の調合方法を教わるため朝から姿が見えない。

 宵待は南について散歩に出た。草木の1本に至るまで持ち帰る事は許されていないが、目で見る分には制限は無い。

「ここにいたか」

 2人に声をかけたのはウグイスだった。頭には昨日宵待がヒバリにあげたはずの羽が、赤く染められて飾られている。その宵待の視線に気付き、ウグイスは羽を指さして笑った。

「お前が交換を願ったものはエルフ全員の財産だったからな。ヒバリも独り占めはできなかったんだよ」

 それで分けて与えたのだろう。

 ウグイスは笑顔をすっと真顔に戻した。

「南、あんたが昨日言っていた新型のフェイクフィルターについて、もう少し詳しい話を聞きたい」

 南は困ったように腕を組んだ。

「ヒバリに思い切り断られたはずだが」

「あいつは保守傾向が強いからな。だが、技術は日々進歩しているんだろう? 今のフィルタがいつまで保つかわからん」

 宵待は南を見上げた。確か今のフィルタはオロチが持ち込んだもののはずだ。そのお陰でこの場所は守られていると聞いた。

「今のフェイクフィルタは、5年ほど前に見繕って来た試作品なんだ。エンテン星というスイリスタルに続く高技術系の星の倉庫に眠ってたものでな。使用状態を定期的に報告する代わりに、どこで使うかはこっちに任せてもらうという条件で譲り受けたものなんだ」

「じゃあ、今度は正規のフェイクフィルタをエンテン星から購入するって事?」

「いや。エンテン星は商魂魂が筋金入りでな。かなりふっかけられてしまった。イザヨイ星の稼ぎではとても買えたもんじゃない」

 南は困ったようにがしがしと髪をかき乱した。

「だから、スイリスタルにオーダーメイドで作ってもらおうかと思ったんだが」

「エンテン星より高技術なところなら、もっと高いんじゃないのか?」

「正規に購入するならな。だが、俺達はスイリスタルには多少融通が利く。値切る事もできると思うんだが」

 目を伏せる南に、ウグイスは苦笑した。

「それだけのフィルタとなると、オロチだけでは設置できん。専門の技術者を招く事になる。ヒバリはそれが気に入らないんだ。だが俺は、オロチの紹介なら信じられると思うんだ」

「ありがとう。俺もスイリスタルなら大丈夫だとヒバリに言ったんだが……やはり断られたよ」

 2人の話を、宵待はうなずきながら聞いた。

 今の技術では、確かにこの集落を見つけるのは難しいかもしれない。でも宇宙には信じられない技術がたくさん存在する。いつまでも磁鉄鉱の力を借りる訳にはいかないだろう。磁力の強さを測定して修正をくわえる事は、できない事ではない。

「俺達が設置方法を教えてもらって、ここに持って来る事はできないのか?」

「簡単に言ってくれるな、宵待」

 南は笑った。

「スイリスタルの技術は全宇宙でもトップクラスだ。俺達には作られたモノを動かすのが精一杯だよ」

 宵待は口をつぐんだ。オロチのシステムですら未だに宵待の理解の及ぶところではない。構造を知らずにフィルタを設置するのは難しいだろう。

「南、無理を承知で頼む」

 ウグイスは南に頭を下げた。

「ヒバリは必ず俺が説得する。何とか最新のフェイクフィルタを作ってくれるよう、スイリスタルに頼んでくれ。ここを守りたいんだ」

 下げられた頭をしばし見つめた後、南は「わかった」と力強く告げた。



 陽が落ちてから、本格的な祭りが始まった。

 広場の中央の巨大な櫓から空を焦がすほどの炎が上がり、エルフ達はその周囲に輪を描くように並んで炎の精霊に踊りを捧げる。

 オロチのクルー達は、少し離れたところからそれを見守っていた。

「菊池、柊の姿が見えないみたいだけど」

 隣で揚げ物らしきものを食べていた菊池は、ちらりと宵待を見て低く呟いた。

「オロチの感知システムを最大出力にしてる」

「どうして?」

「オートキャンセルをかけてるんだよ」

 菊池は宵待以外には聞こえないように、小さくささやいた。

「これだけの火なら宇宙からでも発見できるだろ。オロチにあるステルス機能でカバーしないと、10秒でここは更地になるよ」

 宵待は瞠目して菊池を見た。炎に照らし出される横顔が硬い。

「……もしかして、この時期にここへ来たのはわざとなのか?」

 菊池はうなずいた。

「もうすでに、今のフェイクフィルタだけではエルフの生活のすべてをカバーできなくなってるんだ。船長もそれを知ってるから、この時期にはここへ来るようにしてる」

「エルフは……ヒバリはその事を?」

「多分、気付いている」

 祈りの歌が、不思議な抑揚で続いて行く。

「ならどうして……」

「神様がいるからだよ」

 菊池の大きな黒目に揺らめく炎が映っている。一瞬ごとに姿を変え続けるその形は、まるで何かの生き物のようだ。

「エルフの神様が守ってくれる。もし滅びる事になったとしても、それは神の下した決断だから、それはそれで仕方ないんだよ」

「そんな馬鹿な……!」

 生きる事を他の何かにゆだねる事。それは宵待の人生にない事だった。

「俺にはわからないよ。生きて行くために知恵を絞るのが人間なんじゃないのか?」

「俺にもわからないよ、宵待」

 菊池は力なく笑い、「でもね」と続けた。

「そう言う考えを許容する事も大事だって船長が言ったんだ。俺達にはエルフの考える事はわからない。けど滅ぼしたくはないんだ」

 宵待は炎を見上げた。すべてを焼き尽くす炎。しかし灰の中から再生するものもあると言ったのはヒバリだった。

 櫓と同じ高さまで組み上げられた階段の上を、ヒバリは登っていた。エルフ達の歌声に押し上げられるようにゆっくりと。

「それにさ、宵待」

 ヒバリの柔らかい髪に飾られた深紅の羽が炎に揺れ、引きずるほど長いローブが階段に流れる。

「美しいだろ? そういうのって」

 宵待は櫓の頂上を見上げた。

 はぜる火の粉、揺らめく陽炎、異境の旋律、それらは確かに例えようもなく美しい。

 ヒバリが炎に向かって両手を掲げ、高音の声を発した。鳥の鳴き声のようなその声のまま、まるでわからない言語で歌を紡ぐ。

 ヒバリの歌と同時に、エルフ達は弦楽器を奏で始めた。鈴の音と女性達のコーラスが重なり、いっそう空気が澄んで行くような気がする。

 その時、宵待には見えた。崖の壁面を登って行く霧のようなもの。それはエルフにしか見えないはずの、人の魂だった。

 まるで滝の映像を逆再生しているかのように無数の魂が崖を登り、通り過ぎ、天へ昇っていく。

 その厳かであるはずの景色が、宵待にはひどく生々しく見えた。あれは人の業そのものだ。上へ上へと望み、そしていつか再び地に甦る。

「……ああ……確かに、美しいね」

 宵待は小さく呟いた。




 3日間の滞在を終え、エルフ達の見送りを背に、オロチは再び宇宙へ飛び立った。

 後方で小さくなる惑星イザヨイは、その一部を除いて確かに地表は黒い。荒廃と自然の同居した不思議な惑星だった。

「船長、次はどこのルートに乗せればいい? エンテン星?」

「いや、スイリスタルだ」

「了解。コースレガシィ、軌道修正完了、オートパイロットセット」

「コントロールアウト」

 シートで柊が大きく伸びをした。

「こっからだと、ワープ航路はエスティマ7が1番近いかな」

「単独ワープすれば3日で着くけどね」

「バカ北斗。また海軍に大目玉食らうぞ」

「へぇ、あんた海軍が怖いの? 柊サン」

「海軍なんか怖かねぇよ!」

 飽きもせず同じようなやり取りをする2人に、菊池も飽きもせず仲裁に入る。他の3人は大人の視線でそれらを見守っていた。

「スイリスタルへ行くなら、事前に連絡入れとった方がええやろ。海賊駆除の際にはえらい世話になったし」

「そうだな。軍事司令官が雁首揃えてお出迎えなんて真似をしでかしてくれたんだった」

 南はシートに寄りかかり、正面の巨大モニタを眺めた。

「菊池、スイリスタルに通信入れといてくれ。近々行くってな」

「了解」

 やり取りを聞きながら、宵待はジャイロコンパスに視線を向けた。イザヨイ星でもらった石はポケットに入ったままだが、北斗の細工のお陰でレーダーに乱れはない。

 オートパイロットで機体が安定したのを見計らって、宵待は立ち上がった。

「北斗、これありがとう。大事にするよ」

 北斗の視界で革袋を振ると、北斗は帽子のつばの下から片目だけでそれを見た。

「好きにすれば?」

 生意気な口調に、つい苦笑がこみ上げる。

「そうさせてもらうよ」

 小さな袋の中で、球体の石がかちゃりと音を立てた。

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