9話 アイトさん、水の妖精ですよ
「な、ナナさん起きてください!外が大変です!」
僕はまだ寝ているナナさんを起こした。申し訳ないとは思うけれど、この異常な状況を早く知らせたかった。
「ふぇ?」
眠気眼のナナさん。可愛い……じゃなくて!
「ナナさん、湖の周辺に街ができているんですよ!」
「ほう!」
ナナさんは目を輝かせるなり飛び起きて車の外に出た。
「おぉ、良いですねぇ」
彼女は嬉しそうに街を眺めている。
僕も改めて街を観察した。
白亜でできた建物が湖の岸辺に沿ってズラリと並んでいる。それだけではない。緑豊かな森さえ出現していた。昨日の荒涼とした景観とはえらい違いだ。
「さぁ、アイトさん行きますよ」
ナナさん、街に向けて駆け出そうとする。
「金目のモノを全部頂きましょう!」
やはりかっ!
寝起きなのに妙に気合いが入っていると思ったら、案の定だ。
「待ってナナさん」
僕はナナさんの肩を掴んだ。
「やんっ!」
「わっ、ごめん」
ナナさん、急に色っぽい声を出すものだから僕は慌てて手を離した。
「アイトさんったら、まだ朝だというのに積極的ですねぇ」
「ち、違うよ。そうじゃなくてまだ得体の知れない街に突撃するのは良くないし。そもそもそんな盗人のようなことは……」
良くないと言おうと思ったけど、これまで彼女がやってきた非道を黙認していたから今更だよなぁ。
「はぁい、わかりました」
とりあえずナナさんは納得してくれた。
「慎重に様子を見ながら探っていこう」
僕は念の為に片手剣を腰に挿して街の方に向かった。ナナさんは後ろからついてくる。
恐る恐る街に一歩踏み出した。
特に何も起きなかった。僕はホッとして白亜の建物群を眺めた。こうして間近で見るとホントに綺麗だ。太陽の光を受けて輝いて見える。
「誰もいませんねぇ。ゴーストタウンみたいです」
ナナさん、勝手に建物の中に入っている。
「これといって高価なモノもない……アイトさん、もう帰りましょう」
飽きるの早っ!?
「いや、もうちょっと調べよう。クエスト依頼なんだからこの街も一応調べないと」
とはいえ、無人という以外特に変わったところはなさそうだ。
さてどうしたモノかと考えているとナナさんは湖の方を示した。
「アイトさん見てください!」
湖から水柱がいくつも立ち昇る。それは組み合わさったり折れ曲がって1つの形を成していく。そして1分と掛からない内に水でできた宮殿が湖の中央に現れた。
「すごいっ!」
僕は興奮して魅入った。
こんなモノは見たことがなかった。あの中に入ることはできるのだろうか?
「もっと近づいてみよう」
僕はそう言って湖の方へ駆け寄った。
宮殿に目を凝らすと正面の扉が開き、中から半透明な人型の者たちが踊りながら出てきた。その姿形から見るに女性のようだ。薄いヴェールのようなモノをヒラヒラさせている。彼女たちは湖を滑るようにしてこちらに近づいて来た。
「水の妖精、ウンディーネですね」
ナナさんが言った。
ウンディーネ。
この世界に存在する四種族の一つ、妖精に属する者だ。
彼女たちは僕に気づくとクスクス笑いながらウィンクしてきた。
「あのメスども、アイトさんに色目使ってる……」
チャキという音がした。見るとナナさんがあのロケットランチャーを構えていた。
「あいつら殺しましょう」
いやいやいや!!
「ダメだよナナさん、そんないきなり」
「えー」
不満そうではあったが、一応納得してくれたらしい。彼女はロケットランチャーの構えを解いた。
踊る女性たちの間から男型の水の妖精がやってきた。
彼は真っ直ぐ僕たちの元にやって来るとその場に跪いた。
「救世主様方ですね?」
その妖精は僕らを交互に見やりながら言った。
「そうだ」
ナナさん、腕を組んで言う。
いや、話もわからないのになぜそう言い切れるのだろう。
「我が王がお二方を宮殿に招待したいとのことです」
「いいだろう行ってやる」
いや、僕は話についていけてないぞ!?
「ま、待って。僕らが救世主ってどういうこと?」
そう尋ねると水の妖精は首を傾げた。
「あなた方はあの百年王を討伐してくれたのでしょう?」
「あ、はい。そうですが」
まぁ、ナナさんがダイナマイトで吹き飛ばしたのだけど。
「我々水の妖精はあの百年王の呪いによって湖の底に閉じ込められていたのです」
妖精は湖を示しながら言った。
「その百年王が倒されたことで呪いが解けたのです」
なるほど、何となくわかった。僕らはそんなつもりはなかったけども結果的に彼らを助けたことになる。
「アイトさん、きっとお宝をくれるに違いないですよ!」
ナナさんは嬉しそうに僕の耳許で囁いた。
「さぁ、その王の所に案内しろ」
「ではこちらへ」
妖精は湖を再び渡り始めた。後を付いて来いってことらしい。
僕は戸惑った。どうやってあの湖まで行けと?
「ナナさん?」
「たぶん渡れるんですよ」
ナナさんは何の躊躇もなく湖に足を踏み出した。すると不思議なことに彼女の足は水面に浮かんでいるではないか!
「ね?」
僕も躊躇いながらも湖に足を踏み出した。
そっと降ろしてみると確かな感触がある。
「妖精の魔法の力でしょう」
僕らは湖の上を歩き始めた。
それに合わせて踊り子のウンディーネたちも動き出す。
「こいつら、鬱陶しいですね」
ナナさんはウンディーネたちを睨みつけている。
早く渡ってしまわないとあのロケットランチャーで吹っ飛ばしかねない。
◆
なんとか誰も爆殺されずに宮殿を渡り終えることができた。
僕らは正面扉を潜って宮殿内に入った。
中はとても幻想的だった。壁や階段、天井に至る全てが水でできているのだ。
天井からは太陽の光が透けて見える。まるで水中を泳いでいるみたいだ。
ふとその太陽の光を何かが横切って行った。よく見るとそれは魚だった。天井を多くの魚が泳ぎ回っている。天井だけではない、壁や階段、床にも魚が泳ぎ回っている。
「まるで水族館みたいですねぇ」
ナナさんがうっとりとして言った。
水族館が何なのかわからないが、この光景に心奪われているのは僕も同じだ。
とある壁には色鮮やかな魚の群れが泳ぎ回っている。それはまるで壁の模様が常に変化し続けているようであった。
そうやって周囲を見回している内に僕らは広間にたどり着いていた。
一番奥にこれまた水でできた玉座がある。
そこに一際体が大きい妖精が座っていた。あれが水の妖精王なのだろう。
僕らは広間に足を踏み入れた。