7話 アイトさん、スワンボートはいかがですか?
「アイトさん起きてください」
誰か僕を呼ぶ声がする。
「もうすぐ湖に到着しますよアイトさん」
この声はナナさん?
僕は寝返りした。そういえばやたらに肉感がある枕だ。僕は目を閉じたまま手を伸ばして枕を触ってみた。随分とスベスベしている。
ん?
僕はそっと目を開けて上を見た。するとナナさんが見下ろしていた。
「どうです、わらわの膝枕は?」
「膝っ!?」
僕は慌てて飛び起きた。
「わ、ごめんナナさんいつの間にか僕寝ていたみたいだ」
「アイトさん寝不足でしたものね。でも、ナナビタン7の効果で解消されているでしょう?」
「うん、すごいねあのドリンク」
僕は軽く伸びをした。
「もう湖に着くの?」
「えぇ」
『まもなくカルネスト湖に到着致します』
キャンピングカーの音声ガイドがそう告げ始めた。
「ちょうどお昼頃に到着できましたね」
僕は窓の外に目を向けた。
そこにはどこまでも蒼く広がる湖が横たわっている。
「綺麗だなぁ」
「そうですねぇ」
キャンピングカーが速度を緩めて行く。車は湖畔の辺りに停車した。
僕は車から降りた。周辺には誰もいない。湿った空気が辺りを包んでいる。静かな湖面はまるで鏡のようだ。湖の周囲はゴツゴツとした岩に囲まれている。何だか少し寂しい。
「アイトさん、お昼にしましょう」
ナナさんはバスケットを持って降りてきた。
中には卵サンドや肉と野菜のサンドが入っていた。
飲み物はコーヒーだ。
「美味しそうだね」
「ナナペディアに載っていました。あの街の名物サンドだそうです。どうぞ召し上がれ」
僕らは座り心地が良さそうな岩に腰掛けて食べ始めた。
「アイトさん、これからどうします?」
「今日は湖の周辺を調べてみようかと思う。湖の中は、小舟かなんかあれば良いんだけど」
「それはnanazonで注文しましょう」
まぁ、それは仕方ない出費だ。
「じゃあその小舟で湖を調べるついでに釣りでもしようか?」
「賛成ですっ。釣った魚でバーベキューしましょう!」
ささやかな昼食を終えた後、僕らは湖周辺の探索に出かけた。
周辺はさっきも述べた通り岩だらけで他に何も見当たらない。
「アナフィリア王国一の湖らしいけど、誰もいませんねぇ」
「だね。クエスト依頼されるってことは何かしらの異常があるのかなぁ」
だが、そんなモノは見当たらない。というかそもそもこの静けさが異常なのかもしれない。
取り敢えず周辺を調べ終えた後、僕らは一旦キャンピングカーに戻った。
「湖を渡るわけですし、折角なので水着に着替えましょう」
僕が手渡された水着は短パンに似ていた。ナナさんとは別れて着替える。
僕は外に出て再び湖面を眺めた。
そもそもこの湖に魚や他の生物はいるのだろうか?
まるでこの一帯全てが死んでしまっているようだ。
「アイトさんお待たせしました!」
背後からナナさんの声。
振り返った僕は口を大きく開けて驚いた。
「ナ、ナナさんその格好は!?」
「どうですアイトさん、セクシービキニですよっ」
彼女は着ている水着は胸と局部周辺を黒い布で隠した程度のモノだった。露出度が高すぎて頭がクラクラしてきた。
「似合っていますかぁ?」
そう言ってナナさんはポーズを決めている。
「に、似合っているよ。けど、それはちょっと露出し過ぎなんじゃ。目のやり場に困るよ」
そう告げるとナナさんはぷくぅと頬を膨らませる。
「もう、わらわたちは裸を見合った仲じゃないですか。これくらいはヘーキですよっ」
浴室でのことを言っているのだろう。
あの時だって僕は懸命に見ないように努めていたのに。
「とにかく、行きましょうアイトさん」
ナナさんは湖の側に歩み寄った。
「nanazonで小舟を注文するんですね?」
「うーん、それでも良いのですが……」
彼女はクルリと僕の方を向く。
「スワンボートはいかがですか? 湖といったらやっぱりコレですよ」
スワンボート?
まぁ、ちゃんと湖を渡れるのなら何でもいいか。
「じゃあ、それでお願いするよ」
「はーい。注文完了ですっ」
ボンっと弾ける音がした後、煙の中から現れたのは湖面に浮かぶ巨大な白鳥だった。もちろん本物ではない。スワンボートとは白鳥を模した小舟のことだったのだ。目玉の部分がギョロリとしていて少し不気味だ。
「ささ、乗り込んでくださぁい」
僕は言われるがままスワンボートに乗り込んだ。足下にあるペダルを漕ぐことによってボートは進むらしい。
「さぁしゅっぱーつ!」
ナナさんの掛け声を合図に僕らはペダルを漕ぎ始めた。
静かな水面を切り裂くように進むスワンボート。波が湖に広がっていく。それによってこの湖がどれくらい広いのか改めて思い知らされた。
湖の中程まで来た。
意外と早く到達できたのはナナさんの脚力の賜物だった。
「この辺で釣りをしようか?」
「ですね」
ナナさんは胸の谷間に手を差し込んで端末を取り出した――って、
「どこから出してるの!?」
「えー、わらわはいつでもここに入れているんですよー」
そうだったのか。そう言えばいつもどこに出し入れしているのか気になっていたんだよな。確かに端末がすっぽり入るくらい大きいもんな、ナナさんのアレは。
「注文完了」
長い釣竿が2本現れた。
手元周辺がちょっと複雑で扱いずらそうに思えたが、使ってみると案外扱いやすい。
「たくさん釣れますかねぇ」
ナナさんはニコニコしながら釣り糸を湖に垂らす。
それから30分後。
僕らはまだ一匹も釣っていなかった。
「まぁ、そう簡単に釣れませんよね。こうしてアイトさんとゆったりおしゃべりできるだけでも素敵です」
さらに1時間後。
釣れていない。
「ま、まぁ、こんなこともありますよね。場所を変えてみましょう!」
さらに1時間後。
……うん。
「クソ魚どもはどこにいるのでしょう?釣れない魚に価値ありますか?」
そして、ナナさんの限界がきた。
彼女が持っている釣り竿が弾け飛んだ。
「アイトさん、方法を変えましょう」
そう言って端末を取り出しnanazonに注文を入れる。
次の瞬間には筒状の物体が握られている。先端には紐が飛び出していた。
「ナナさんそれは?」
「これはダイナマイトという爆弾ですっ」
爆弾っ!?
「ダイナマイト漁をやりましょう」
ナナさんの指先から火が燃え上がる。
彼女はその火でダイナマイトの紐に火をつけた。
火花が飛び散るダイナマイトをナナさんは湖に放り投げた!
激しい爆発音と共に水柱が立ち昇る。
「な、ナナさんこれで魚が手に入るの?」
「えぇ、衝撃で下にいる魚たちが浮き上がってくるんです」
本当だろうか?
僕にはただ湖を破壊しているようにしか見えない。
「まーだ浮かび上がってこないですね。仕方ない、もう1、2個投げてみましょう。
彼女はさらにダイナマイトを取り出すと火をつけて湖に投げた。
爆発の後、それまで無かった波が急にたちはじめた。
何やら下からせり上がって来ているらしい。
「ナナさん、なんか来るよ」
「おぉ、大物が来てますね!」
ナナさん、狼狽えるどころが逆に嬉しそうだ。
そして次の瞬間、超巨大な魚の頭が僕らの前に現れた。