6話 アイトさん、タバスコは激辛です
再びキャンピングカーに乗った僕たちは街に着くまでのんびりしていた。
「ナナさん、さっき貰った赤い石は何なの?」
僕はあの村人がくれた石のことが気になった。ナナさんがすんなり納得したということはそれなりに高価なモノなのだろう。
「アイトさんは賢者の石を知っていますか?」
ナナさんは赤い石を見せてくれた。
血のように真っ赤で少し気味が悪い。
「その賢者の石って何か特別な力があるんですか?」
「そうですね。あらゆる金属を金に変えるとか、不老不死になれるとか。でも、これにはそんな力は無いです」
ナナさんは石を示して言う。
「これは賢者の石の紛い物です。どっかのアホが作ったんでしょう」
「じゃあ、その石には価値はないの?」
いいえ、とナナさんは否定する。
「これにも本物程ではないですが力はあるので価値はあります。少なくともあのような村では不釣り合いなくらい」
ナナさんは石を元の場所に閉まった。
「村にこの賢者の石モドキがあり続けたら面倒ごとに巻き込まれていたでしょう。どうやらくだらないことを企んでいる輩がいるようです。まぁ、わらわたちには関係ないですけど」
◆
数時間後。
すっかり日が暮れかけた頃、僕らはようやく街にたどり着いた。
やはり村とは規模が違う。石造りの建物がズラリと並び、その下を人々が行き交っている。
「ナナさん、クエスト受注は明日にして、今日はこの街で夕食にしようか?」
「はいっ!お金はたくさんありますからね」
ナナさんはゴブリンたちから強奪した品を店で売り払っていた。
夕食は街の中心部にあるそれなりに高価なお店で食べた。
それから街をブラブラした後、僕らはキャンピングカーに戻った。
「さぁアイトさん、お風呂が沸きましたよ!」
僕はキャンピングカー後方にある扉から浴室に入った。
中には浴槽があり、湯船が張られている。浴槽近くの壁にシャワーホースなるモノが掛けられている。まるでヘビのようなソレは下に付いている蛇口を捻ることで水やお湯が出るらしい。
僕はシャワーで体の汚れを落とし始めた。
すると、
「アイトさん、わらわも入りますねー」
突然扉が開かれ、一糸纏わぬ姿のナナさんが入ってきた。
「ちょっ!?ナナさん!?」
「お背中お流ししますよー」
ナナさんは狼狽える僕を気にする様子もない。
「さ、さすがにマズいですよ!!」
「えぇどこがマズいんですかぁ?」
すり寄って来るナナさん。僕は懸命に見まいと視線を逸らす。
「い、いやだって」
僕の理性にも限度ってモノがあるわけで。
「あ、ほら、ここは2人で入るのは狭いよ!」
それらしいことを言ってみる。
「むぅ、確かに狭いですね。いずれは露天風呂に改造しようと思っているのですけど」
ナナさんは浴槽を眺めながら言った。
「まぁ、しかしそれは一緒にお風呂に入ってはいけない理由にはなりませんね。アイトさん、わらわを真っ裸のまま追い出すんですか?」
金色の眼をウルウルさせながら見上げるナナさん。それは卑怯だよ。
「いや、追い出すとかじゃなくて……あ、僕が出るからナナさん先に……」
「さぁアイトさん、ナナ式マッサージでこれまでの疲れを癒してください」
「うぁ、ちょ、どこ触って……」
ナナさん、実力行使してきた。
「うああああああ、あ!?」
◆
シャワー室から何とか生還した僕。
火照った体を冷ました後、さっさと寝てしまうことにした。
「あ……」
ハシゴを登りきった所で思い出した、僕とナナさんの寝具があまりにも寄りすぎていたことを。
今日はもう下のテーブル席ででも寝ようとハシゴを降りようとしたら、
「あら、アイトさんもう寝られるのでは?」
ナナさんがハシゴを登ってきていた。
「あ、いや、ちょっと下に」
「ダメですよアイトさん。明日は早いんですからもう寝ないと」
ナナさんはハシゴの前で腕組みしている。
しまった!逃げ場がない。
「さぁ照明消しますねぇ」
明かりが消える。
すぐ側にナナさんが寝そべっている気配がする。
こんなの、眠れるはずないじゃないか!
◆
翌朝。
僕らは早速街に出かけた。
結局僕はあんまり眠れないまま夜を過ごした。寝不足で頭がボッーとしている。反対にナナさんは上機嫌でスキップなんかしている。
「アイトさん、寝不足ですか?ナナビタン7は寝る方が効果ありますけど、今飲んでも少しは元気がでますよ」
「ありがとう」
ナナさんから手渡された小瓶を一気に飲み干す。
頭がハッキリしてきた。
「それでアイトさん、個人向けのクエストはどこで受けられるんですか?」
伸びをする僕に向かってナナさんが問いかけてきた。
「ああ、ギルドとは別に個人冒険者向けのクエスト受注所があるんだ。僕は今まで利用したことがないけどね」
ちょうどその受注所の看板が見えてきた。
あまり人がいるようには見えない。それも当然で、ギルドの後ろ盾無しでクエストに挑むのは余程の実力者か愚か者くらいだと言われている現状だ。その数自体が元々少なかった。
僕らは受注所に入った。
中には数脚の椅子と、奥にカウンターがある程度の簡素なモノだった。そのカウンターに1人の男が気怠げに肘を突いている。
「あの、クエストを受けたいんですけど……」
すると男は無造作に紙のリストを投げ渡してきた。
「ここから選びな」
僕はリストを開いてクエストの一覧に目を通す。
・モンスターの汚物処理
・ギルドハウス内清掃
・毒草仕分け
……
あまり魅力とは言えないモノばかりだ。報酬は低いし、この手のは拘束時間も長いのだ。
「他のクエストはありませんか?」
そう尋ねると男は溜息を吐いた。
「なに?そのクエストに不満でもあるの?」
男は睨めつけてくる。
「君、どこの冒険者ギルドにいたの?」
僕は自分が所属していたギルド名を言った。すると男は鼻で笑う。
「あぁ、あそこね。大方ギルドがキツくて飛び出してきた感じだろ?いるんだよね君みたいなヤツ」
男は僕に指を突きつけてきた。
「逃げ出したヤツが個人冒険者になって稼げると思ってんの?君にはせいぜいその程度のクエストが……って、痛えぇぇ!?」
それまで黙っていたナナさんが男の指を握り潰していた。
「おいキサマ、アイトさんに対するその態度は何だ?」
ナナさんは男の指を離した。
「何すんだてめぇ!?俺様を誰だと思ってやがる?お前ら冒険者のクエスト受注は俺様次第なんだぞ!?お前らは俺様に逆らわずにクエスト受けりゃいいんだよ!」
ナナさんは端末を取り出して操作している。nanazonで何か注文しているらしい。
「そうやって後ろ盾のない冒険者に安くてキツいクエストを斡旋しているわけね。どうせその依頼主から多く金を貰っているんでしょ?」
「あぁっ!?」
男は焦ったように声を荒げた。どうやら図星らしい。
「他の冒険者がどうなろうが知ったことではないけれど、アイトさんにそのクソクエストを受けさせようとしたこと、そしてその態度は万死に値するわ」
ポンっと音がした後、ナナさんの手には赤いドロドロの液が入った瓶があった。
「てめぇ何言ってやが……がぁ!?」
ナナさんはその瓶を男の口の中に突っ込んだ。
「あがっ!ぎゃああああああぁぁ!!!!」
男は喉と口を抑えて苦しみだした。
「ナ、ナナさんその液体は?」
「これはタバスコという激辛なソースです。しかもこのnanazon特別製はあまりの辛さに舌を噛み切って死んだヤツもいるらしいですよ?」
え、それ単純にソースじゃなくて毒なんじゃ……
「ゔあああああぁぁぁ!!」
のたうち回る男の胸ぐらを掴み上げるナナさん。
「死んで詫びるか、もっと稼げる楽なクエストを紹介するか、どっちがいい?」
「ず、ずびばぜんでじたぁ!」
「謝ってないでさっさとクエストを見せろ!」
男はカウンターの引き出しから別のリストを取り出した。
ナナさんはそれを奪い取るとパラパラと捲った。
「うん、こっちはマシなクエストですね。どうぞアイトさん」
リストを受け取り、目を通す。
ホントだ。さっきのとは待遇が雲泥の差だ。
ざっと目を通して、気になるクエストを一つ見つけた。
「ナナさん、僕これを受けようと思う」
彼女に示したクエストは『カルネスト湖の監視探索』というモノだ。
カルネストはこのアナフィリア王国で一番大きな湖だと聞いたことがある。単純にその湖を一目見たいと思った。
「へぇ、良いですねっ!湖畔の辺りにキャンピングカーを止めて、焚き火しながら湖に映る星空を眺める……素敵です!」
僕も同意する。
「うん、それに釣りなんかしたり、あと小舟があれば湖を渡ってみたいかも」
「わぁ、素敵!素敵!」
ナナさんはくるりと男の方を向く。
「おい、わらわたちはこのクエストを受けるぞ」
「わ、わがりまじだ」
男はイソイソと紙に何かを書きつける。
「て、てちゅづきはこれでがんりょうでふ」
僕は紙を受け取った。
随分と文字が歪んでいる。それ程に辛さの後遺症が残っているのだろう。
「あ、あの、ごのがらざはどうずれば?」
どうすれば辛さが治るのか男は尋ねた。
しかし、ナナさんは首を振る。
「無いわよ、そんなもの。後2時間くらいしたら治るんじゃない?」
「ぞ、ぞんなぁ」
そんな男の嘆きを無視してナナさんは僕の腕を取る。
「さぁ、初めてのアイトさんとの共同クエストです。はりきって行きましょー!」
僕らはクエスト受注所を後にした。
明日は20時くらいに投稿する予定です。