54話 黒猫
ミミの乗ったドラゴンが大地に降り立つ。
翼を大きく広げたので一瞬、僕らとイースはお互いに姿が見えなくなる。
「究極の肉体? お前、大層なことを言っていたくせに目的はそんなことだったわけ?」
ナナさんがいきなり食ってかかる。
おや?
ナナさんの背中から黒猫が飛び降りた。あれはミミの解放者の猫だ。何をしているんだろう?
「そうだよ。この肉体こそが全ての始まりなのさ。この国が魔力に満ち、そして魔神に進化する者が現れたのも魔神王がこの地に出現したおかげなんだ」
そのイースの言葉は先程シシーが予想したとおりのことだった。
彼女の予想が当たっていたわけだ。
シシーの方を見ると今度は彼女の背中から例の黒猫が降りて来た。
「その肉体を手に入れた今、あなたは何をしようと言うの? 天使たちを根絶やしにでもするつもり?」
シシーは気にすることなく問いかける。
イースはそんな彼女の言葉を鼻で笑う。猫の存在には気づいていないらしい。
「今となっては取るに足らない羽虫だけどね。いつまでも目上で飛び交わられるのは不愉快だろうな。うん、根絶やしにしよう」
僕は天使の国のことを思い浮かべた。公園で楽しそうに散歩している親子。
それらもイースは根絶やしにするのか?
「天上のヤツらだけではない。他の大陸の国々も滅ぼそう。アイトくん、君も見ただろう? 他国が天使たちと繋がっていたのを」
確かに僕らは天使のシャトルが他の国と行き来しているのを目撃していた。
「その国々が技術と知識を手に入れた時、いつ第二、第三の天使たちが現れてもおかしくない。その前にこちらから滅ぼすつもりだ」
亜人王が一歩前に出た。
「無茶苦茶だ。お前は世界中の国々と戦争をするつもりか!?」
「勝利が約束された戦争だよ」
亜人王を見ると、またもや黒猫がその大きな背中から降り立った。この場にいる者の全ての背中に飛び乗るつもりだろうか?
なぜ?
「全てはこの国を守るためだとでも? だけど、お前から発せられる魔力でヤバいことになってるんだけど」
再びナナさんが食ってかかる。
周りの様子を見ると、高濃度の魔力によって平原に再びオーロラが現れている。しかも、前よりもハッキリと、そして規模が大きい。
と、その時、僕の背中に小さな柔らかい者が飛び乗って来た。見なくてもわかる。あの黒猫だ。
「おい、アイト。さり気なくナナの方に近づいて行け」
「ッ!?」
信じられないことに黒猫が人の言葉を話したではないか!
いや、幻聴か?
「おい、ボケッとせずに俺の言う通りにするんだ。そうすりゃ、ナナや他のヤツらも助かる可能性がある」
「ッ!!」
何が何だかわからないが、ナナさんが助かるなら言う通りにした方がよさそうだ。
「怪しまれないよう、お前もあのイースに何か言ってやれ……それとな、たとえナナの身に何が起ころうと諦めるんじゃないぞ」
猫はそう言うと、さっさとイルヴァーナの方に向かって行った。
「こんなキモい魔力に当てられたら、非魔術師は耐えられないでしょ?」
「そうとも、魔力に耐性のある者だけが生き残る。その淘汰の先に真の魔術大国が出来上がるのさ」
こうやってナナさんがイースに食ってかかるのも、黒猫の指示なのだろうか?
とりあえず僕も言う通りにしよう。
「それじゃ、大勢が死ぬことになりますよ! 戦争なんかじゃない、虐殺だ!」
僕は感情的に叫んで、できるだけナナさんの側に寄る。
「好きに言えばいいさ。時間潰しもここまでだ。もう完全に身体が馴染んだ」
イースはこちらに向かって歩き出してきた。
「さてと、私の考えに賛同し、付き従う者はいるかな?」
その問い掛けに応える者いなかった……わけではなかった。
オルトロス形態のニニアリアがイースの元に向かって行く。
「ちょ、ニニアリア!?」
シシーが慌てて呼びかけるがニニアリアは止まらない。
「あなた、ソイツに従うの!?」
2つの頭がこちらを振り向く。
一方は怯えた表情をしており、もう一方は威嚇するように唸っている。
「だっでぇ、この人強いでずよおぉ!」
怯えた表情の方が泣き叫ぶような声を上げる。おそらくニニの人格だろう。
「あだじらは強いヤツに従ゔ!」
アリアの方の頭が唸るように声を上げる。
「ふん、駄犬らしい判断能力だな」
ナナさんが見下すように言う。
「ニニアリア、さすが私の次に覚醒した魔神だ。君たちなら理解してくれると思っていたよ」
そして改めてイースは僕らの方を振り向く。
「それで、他の者たちは相容れないわけだ。仕方ないが邪魔者には消えてもらう。特に他の魔神たちは放っておけないからね」
イースが手を翳すと金色の光を纏った剣がいくつも浮かび上がって来た。
「残りの魔神たちは再び封印させてもらう。そして二度と封印が解かれないようにするよ」
その剣の一本一本がとてつもない魔力の塊だ。
黒猫の言う通りに動いたけど、ここからはどうすればいいんだろう!?
「ナナッ!!」
「わかってる!」
シシーの切羽詰まった呼びかけに応えつつ、ナナさんは僕の方を振り返る。
「ごめんなさい、アイトさん。こんなことしかできなくて……」
「え……?」
そう言って彼女は、僕に口づけしてきた。突然すぎて気恥ずかしさを感じる暇もない。
彼女の中から僕の中に何かが流れ込んでくる感覚がある。
そして余韻に浸る間もなく胸の辺りを押されて僕はナナさんと離れて行く。
優しげな視線を僕に向けるナナさん。
そんな彼女を背後からイースの放った金色の剣が差し貫いた。
「え?」
瞬間、ナナさんの体は煙のように消え去って行く。
今目の前で起きたことが信じらない。
ナナさんが、消滅した?
放心している中、視界にシシーやミミまでも煙のように消え去って行くのが目に入った。
「アイト! こっちに来い!!」
あの黒猫の声が聞こえたかと思うと、誰かに腕を掴まれ、僕の意識は遠のいていった。




