4話 アイトさん、キャンピングカーですよ
僕とナナさんはギルドハウスだったところから少し離れた草原で休憩していた。
「さてアイトさん、具体的な旅の方法について決めましょう」
そうだ。
勢いよくギルドを辞めたのはいいけれど、具体的なことはなにも決めていなかった。
「とりあえず別の街を目指そうかな。宿を確保しないと」
そこまでは徒歩の移動になる。今日中には着けるか微妙だけど仕方ない。
「宿の心配は無用ですよアイトさん。それに徒歩ではなく、もっと楽な移動方法にしましょう」
彼女はそう言うとロケットランチャーを注文したというあの不思議な板を取り出した。
「のんびり旅行にうってつけの物があるんです」
ナナさんは板を弄りながら言った。
「よし、注文完了っと。もうすぐ届きますよ」
彼女が言い終わると同時にボンッと音がして辺りに煙が立ち込める。そしてその煙の中から……
「モ、モンスター!?」
僕は咄嗟に剣を構えた。
それは僕やナナさんよりも随分と大きい。手足は丸い奇妙な形をしており、目がやたらと下に付いていて気味が悪い。
「キャハ、大丈夫ですよアイトさん。それはモンスターじゃありません。乗り物なんですよ」
「乗り物?」
僕は剣を納めてその物体を眺めた。確かにそれは金属でできている。しかし、こんな乗り物は見たことがない。
「キャンピングカーって言うんですよ」
ナナさんはまた聞き慣れない言葉を言いながら、それの側面部を開けた。どうやらそこが扉になっているらしい。
「馬車みたいなモノですか?」
「うーん、わかりやすく言うなら馬が必要ない馬車ですね」
へぇ馬が必要ない馬車か。どうやって動くんだろう?
「しかもここに住むこともできるんです」
「住めるの!?」
「はい、今開けたこの扉の先が居住スペースとなっております」
彼女はそう言ってキャンピングカーの中に入っていった。僕もその後に続く。
足下の段差に気をつけながら乗り込む。
天井を照らす不思議な明かりの下、そこは部屋になっていた。備え付けのテーブルと椅子が二脚。その隣に台所らしい所がある。
そしてその奥、キャンピングカーの後方には扉一つと、その横にハシゴがあった。
「この扉の中はトイレと浴室になっています。で、このハシゴの上は寝室になっています」
ハシゴを登ると、確かにそこには2組の寝具があった。ただ、あまりにも近すぎないだろうか?これでは一緒に寝ているのと変わらない。
「えへへ、わらわは全然構いませんよっ」
いや、僕の方が構う。これでは恥ずかしすぎて眠れない。
「アイトさん、そこのテーブル席に座ってください。これからのことを話しましょう」
僕は言われるがまま席に着いた。ナナさんが対面に座る。
「ねぇナナさん、これからのことを決める前にあなたのその不思議な道具のことを教えて欲しいのだけど」
僕はそう尋ねると彼女はうんうんと頷く。
「まぁ、当然でしょうね。では、nanazonについて説明しましょう」
ナナさんは例の板を取り出した。
「nanazonはあらゆる品物を取り扱っている通販店です。この端末で欲しい物を選ぶんです」
板を僕に見せてくれた。
その半透明な表面の奥に文字やら絵やらが表示してある。どうやらリストになっているらしい。
「注文が完了した数秒後にはわらわの元に届くようになっているんです。試しにやってみましょう」
ナナさんは板を操作する。
彼女が注文したのは冒険者用の服だった。
「注文しましたよ」
そう言ってから数秒後、空中から綺麗に畳まれた服が現れ、テーブルの上に落ちた。
「はい、アイトさんへのプレゼントです」
「え?僕にくれるの?」
僕が今着ている服は所々が破けてボロボロだった。新しい服が貰えるなんてありがたい。
「あ、でもナナさん、お店ってことはお金を払わなきゃいけないんだよね」
「ですねー。ちなみにこれが値段です」
ナナさんは板を僕に見せてきた。服の画像の横に数字が書かれている。
それは僕らが普段使用している通貨だった。値段を見るに結構上等なモノだ。
「あの、その支払いは?」
「後払いだから大丈夫です」
いや、そうじゃなくて先でも後でも払わなきゃならないことには変わりないわけで。ナナさんに払わせ続けるわけにはいかない。
って、待てよ。
この僕らが乗り込んでいるキャンピングカーはどのくらいの金額なのだろう?
普通の馬車でさえ僕なんかじゃ到底手を出せないぞ。
「ナナさん、このキャンピングカーはどのくらいの値段なんです?」
「これですか?ちょっと待ってくださいね」
ナナさんは僕にその値段を見せてくれた。
「わぁっ!?」
僕はその想像を超えた数字に度肝を抜かれた。
「ナ、ナナさん、こんな金額、後払いとはいえ払えるんですか!?」
「払えないですよ」
ニッコリと微笑みながら彼女は言った。
え、払えないの?
「じゃあ、お金を手に入れないと!」
「ですねぇ、のんびり生活を送るためにはやはりある程度のお金が必要なようです」
ナナさんはでも、と指を立てる。
「いざとなったら踏み倒してしまえばいいんですよっ」
いや、ダメだと思う……
◆
キャンピングカーは自動で走っている。ナナさんがオプションで追加した機能だ。そしてもう一つ追加機能がある。
「この自動車は目立ち過ぎますからね。他の人に見えないように透明化させています」
外の人からはこのキャンピングカーやその中にいる僕らが見えないらしい。
もちろんこれらのオプションもお金がかかっている。借金がどんどん膨らんでいる。
僕とナナさんは話し合いを再開した。
「それではアイトさん、一応ちゃんとお金を支払うということで」
うん、一応は余計だね。
「わらわたちはお金をたんまり手に入れる必要があります」
「そうだね」
だけど、一気にお金を手に入れるなんてそう簡単にはできることではない。やはりここは地道に働くしかないのか。
「アイトさん、この世界でお金を持っているのはどんな者たちでしょう?」
ナナさんがそう尋ねたきたので僕は少し考えた。
「そうだな。王族や貴族、それにギルドマスターとか……?」
するとナナさんは嬉しそうに手を合わせた。
「王族貴族!いいですねぇ、そいつら殺して金目のモノ全部奪っちゃいましょう!」
殺して奪う?
冗談だろうか?
けどナナさんの目はギラギラしている。
あ、これ本気だ。
「だ、ダメだよ」
僕は慌てて否定した。
「それじゃ大罪人として国中から追われちゃう」
「き、きゃは!アイトさんったら、冗談に決まっているじゃないですか。大罪人じゃのんびり生活なんてできませんもんね」
ホントに冗談だったんだろうか?
割と本気な感じに思えたけど……
とりあえず僕は話しの続きをすることにした。
「それ以外だと個人冒険者とかかな?でも、それで稼げているのはほんの一握りだけだよ」
そう、よっぽど腕に自信がないと一人で冒険なんて無謀だ。
「個人冒険者!つまりはフリーランスってことですね?良いですねぇ。余計なしがらみがない。わらわたちに打ってつけじゃないですか」
ナナさんはえらく個人冒険者を気に入ったらしい。まぁ、確かに実力さえあれば他の者との面倒な関わりがなくて良い。
「じゃあ、アイトさん街に着いたらその……」
『バリー村に近づいております。停車致しますか?』
彼女の言葉が終わる前にカタコトな言葉遣いの声が車内に響いた。
「音声ナビが入っているんです。街や村などが近づくと教えてくれるのです。どうします?立ち寄りますか?」
僕は頷いた。
まだ来たことがない村だ。どんな人たちが住んでいるのか、どんな暮らしをしているのか見てみたい。
もしかしたら思わぬ発見があるかもしれない。
僕は窓の外から村を眺めた。
石造りの建物が並んでいる。その下を村人たちが走り回っている。
なんだか様子が変だ。
村人たちは恐怖の表情を浮かべながらある方向を見ている。
彼らの視線を追うと、そこには小柄で醜い顔が特徴的なゴブリンの群れが迫っているところだった。