3話 アイトさん、第二の人生の始まりですよっ!
僕らのギルドハウスは街から少し離れた丘にある。だからいざという時は助けを呼べない。いつでも逃げられるよう心の準備をしながら扉を潜った。
ガナン含めた冒険者たちはハウス備え付けの酒場で眠っていた。彼らはテーブル席で突っ伏している。その周囲には飲み掛けのジョッキがいくつかあった。
僕は迷うことなくガナンの元に向かう。
「ガナンさん」
イビキをかいているガナンを起こす。
「あぁ?なんだてめぇ……」
ガナンはただでさえ寝起きの上、しかも起こしたのが僕とわかってさらに機嫌を悪くしている。が、僕の背後にいるナナさんを見やるや、目を丸くした。
「おい、なんだその女?おめぇ女連れ込んだのか?」
美しいナナさんを見てすっかり目が覚めたらしい。
ガナンは立ち上がるとナナさんに一歩近づいた。
「なぁ、あんた、こんなへなちょこ野郎放っておいて俺と遊ぼうぜ」
ガナンが手を伸ばそうとする。
「黙れクソゴミ」
ナナさんはそれまでの可愛らしいトーンとは違う、とても冷たい声で言い放った。
唖然とするガナン。が、すぐにその顔は紅潮し始めた。
「ああん!?」
彼は威圧するようにナナさんに近づいたが、彼女はすぐさま僕の背後に隠れる。
「キャー、アイトさんこわーい!」
また元の可愛らしい声に戻っている。
「てめぇ、今なんて言いやがった。あぁ!?」
ガナンの怒声に他の者たちも目を覚ましてきた。
不機嫌な顔をしている者、ナナさんを見てニヤニヤしている者など様々だ。
「ガナンさん、お話があります」
そう呼びかけたがガナンは聞く耳を持たない。
「うっせぇ」
彼は僕の肩に摑みかかろうとする。
「僕はここを辞めます!!」
その手が止まる。
「は?」
ガナンだけでなく他の者たちも驚いている。
「お前正気か。ここを辞めてどうすんだ。他のギルドに入るか?個人でやるつもりか?お前如きがか?」
ガナンが捲し立てる。
「お前みたいな価値ないヤツを使ってやるのはここだけだ。そこをどいて掃除でもしてろ。俺はその女に用がある。グチャグチャにしてやるよ」
その言葉に僕はカチンときた。
「ナナさんに手を出すな!!」
ガナンは僕を睨みつける。
「てめぇ、この俺に口ごたえすんじゃねぇ!!」
彼は僕に殴りかかってきた。
しかし、僕はその拳を避けて彼の懐に入り込み、その腹に拳を叩きつけた。
「ぐっ!」
怯んだガナン。
そんな彼の頭を掴み、膝蹴りを入れる。
「ごはっ!」
ガナンはその場に崩折れた。
ずっと僕やもう1人の下っ端がモンスターと戦ってきたんだ。怠けてばかりの彼らに負けるわけがない。
周りの冒険者たちは唖然として立ち尽くしている。
その中にはカイルもいた。
「カイルさん、今まで治癒してくれてありがとうございました。でももう、必要ありません」
「あぁ?」
カイルは困惑しているようだ。
「これからはあなたが雑用を頑張ってください」
「あっ……」
僕はさっさと扉に向かった。
「行きましょうナナさん」
「はーい!」
扉を抜けると輝く朝日が僕らを照らしてくれた。
僕らがギルドハウスから少し離れたところで、
「アイトさん、どうやらまだ諦めていないようですよ」
ナナさんは後ろのギルドハウスを示した。扉から武器を持った冒険者たちが飛び出してくる。
「突然の出来事で思考も体も停止していたのでしょう。その状態から抜け出した彼らは集団でわらわたちを叩きのめそうと考えたわけです。姑息な手ですねー」
僕はナナさんを庇うように立った。
「ナナさん、早く逃げよう」
しかし、彼女は首を振る。
「いいえ、もうあんな連中にアイトさんの貴重なお時間を割かせるわけにはいきません。このナナにおまかせあれ」
彼女はそう言うとどこからともなく不思議な素材でできた手の平サイズの板のような物を取り出した。
「今からnanazonで武器を注文するんです」
「ナナゾン?武器?」
「まぁ、見ていてください」
混乱する僕を他所に、ナナさんは楽しそうに不思議な板をタッチしたりスライドしたりしている。
「どれがいいかなぁ。派手なのがいいよねぇ……あ、これにしよ!」
ナナさんは板を懐に収めた。
「あの、ナナさん」
「もう届きますよ」
ポンっと弾けるような音と共に何もなかった空中に長い円筒形のモノが現れた。先端には硬い筆の先のようなモノが付いている。
「それが武器?」
「ロケットランチャーって言うらしいです」
ろけっとらんちゃー?
何だそれは?
「使い方はわかるんですか?」
「まぁ、適当に引いたりなんなりしていれば……」
ロケットランチャーなるものをいじるナナさん。すると突然、先端部が鋭い音とともに目にも留まらぬ速さで飛んで行った。
それは冒険者たちの頭上を飛び越え、ギルドハウスに突っ込んで行く。そして、爆発。
ハウスが木っ端微塵に吹っ飛んだ…………って、
「ええええええええええぇぇぇぇ!!??」
僕は生まれて初めてこんな驚きの声をあげたかもしれない。
なに、今の?
一体どんな魔法を使えばあんなことができるのだろう?
「まぁ、綺麗に吹き飛びましたねアイトさん!」
ナナさんは嬉しそうにロケットランチャーを振り回している。
そんな彼女に恐ろしい化け物でも見るような目つきを向ける冒険者たち。もう完全に戦意を喪失している。
「アイトさん、こういう時は下手に手を抜いてはなりません。仕返しに来る可能性もありますからね。二度と刃向かわないようにしないと」
再びロケットランチャーを構えるナナさん。
「次弾装填完了!」
いつの間にか先端部分が再び取り付けられていた。構えられた先は冒険者たちだ。
「さぁキサマら、太っ腹ナナ様からの地獄への駄賃だ。存分に受け取りな!」
ナナさん、口調が変わっている……
冒険者たちは悲鳴をあげながら僕たちから逃げて行く。そんな彼らに向かってナナさんは容赦なくロケットランチャーを打ち込んだ。
「逃げても無駄ぁ!追撃、追撃ぃ!!」
「ぎゃああああ!!死ぬぅ!!」
悲鳴、喜声、爆発音。
阿鼻叫喚だ。
僕らの近くにカイルがいた。腰を抜かして動けないらしい。
ナナさんは彼の頭を踏みつけた。
「一回しか言わないからよく聞けよ◯◯ポ野郎」
下品すぎる発言は聞かなかったことにしよう。
「アイトさんは正式にこのクソギルドを辞める。そしてキサマらのギルドハウスは正体不明の巨大モンスターによって破壊された。お判り?」
カイルは必死に頷いた。
「よろしい。では、今すぐ戻って他の連中にも伝えろ。早くしないと消し炭にするわよ」
「ひ。ひいゃああああああぁぁ!!」
カイルは奇声を上げながら走って行った。
「うーん、これで口止めしましたけど。もうちょい恐怖を植え付けましょう!」
笑顔のナナさんはまたロケットランチャーを冒険者たちに向かって放った。
何発目かわからないが、ナナさんはようやく撃ちやめた。爆炎を背景に僕の方に向き直る。
「アイトさん、これであなたを縛るギルドハウスは消え去りました。もう、苦しむことも、我慢することもありません。あなたはしたいことをしていいんです、わらわと共に」
そして彼女は僕に手を差し伸べた。
「さぁアイトさん、これからが第二の人生の始まりですよっ!」
僕は迷わずその手を握り返した。