14話 アイトさん、ボックス・ディメンションですよー
キャンピングカーが街に着いたのは、既に陽が暮れた後だった。
その日は車の中で一夜を明かした。
翌日。
僕らはまずクエスト受注所に向かった。
入って来たナナさんを見た受付の男はその場で腰を抜かしてしまった。
「クエストの報告に来てやったぞ」
ナナさん、倒れている男を蹴飛ばす。
「こ、これはどうも……」
男はヨロヨロと立ち上がって引き攣った愛想笑いを浮かべている。
「ご、ご苦労さまでした。では、報告書を」
ナナさんは腕を組んで、
「百年王を倒し、わらわが水妖精の女王となった。以上だ」
と高らかに言い放った。
「……は?」
受付の男はポカンとして僕らを見ている。
「何か問題でも?」
ナナさんが詰め寄ると、男は背をのけぞらせる。
「いいえ、ございませんとも!」
ただ、と男は言い淀む。
「実は依頼者様があなた方に是非お会いしたいと仰っていまして……」
ナナさんは露骨に嫌そうな顔をする。
「はぁ?そんなのどうでもいいからさっさと報酬寄越しな!わらわたちは忙しいのよ」
受付の男はまたもタバスコを飲まされるんじゃないかとヒヤヒヤしているようだ。
「じ、実は依頼者様は今こちらにおいででして……」
その時、カウンターの奥にある扉が開かれ、中から男が現れた。
きっちりとした服装に身を包み、髪と髭も綺麗に切り揃えられている。
「申し訳ないが、話を聞かせてもらったよ」
男は僕らに向かって言う。
「君たちがカルネスト湖の調査を引き受けてくれたのだね?」
男はカウンターを抜けると僕らの前まで歩いてきた。
「お嬢さん、君は水妖精の女王になったと先程聞いたが?」
「そうだ」
ナナさんは相槌をうつ。
「敬意をもってその場にひれ伏すがいい」
男は軽く頭を下げた。しかし、それはどこかからかいが混じっているように感じた。
「君たちはが湖で何を見て、そして何をしたのか……ちょっと私について来てくれないかな。別の場所で話そう」
え?
湖の出来事について話すことは当然だと思うけど、別の場所でっていうのはどういうことだろう?
何だか危険な気がする。僕は直感的にそう感じた。
「すいません、話ならここでしませんか?」
僕はそう提案した。それで何か不都合なことはないはずだ。しかし、男は苦笑を浮かべて首を振る。
「いや、ここではダメだ。一緒に来てもらいたい。なに、別に君たちに危害を加えようなんて気はないよ」
「聞こえなかったのか?」
ナナさんの冷え切った声が室内に響きわたる。
「ひざまずけ――」
依頼主の男と受付の男、その両者が同時に床に跪いた。それはまるで見えない腕で押さえつけられたような動きだった。
「ぐっ!」
驚きの表情でナナさんを見あげる依頼主。
そんな彼をナナさんは見下している。
「わらわたちはキサマらの都合でどうこうされるつもりはない」
彼女はさっさと踵を返して扉の外へと向かう。
「行きましょうアイトさん」
「う、うん」
僕は狼狽えながら彼女の後をついていく。
その時、背後の依頼主の呟き声が聞こえた。
「まさかここまでとは……」
◆
僕らは一度キャンピングカーに戻った。
「さぁ、キサマらの出番だぞ!」
屋内プールに待機していたウンディーネたちを引き連れて再び街に向かう。
そして街の広間の噴水がある一角を占拠して宣伝活動を開始する。
ナナさんはスピーカーなるモノをセットしていた。不思議なことにそこからは陽気な音楽が流れだす。
通りを行き交う人々がなんだなんだと近寄って来る。
ウンディーネたちはそんな彼らに笑顔を向けて踊り始めた。
昼時ということもあり、すぐに周囲には人だかりができる。
「よし。夜に向けた準備運動のつもりでしたが、まずまずの反応のようですね」
ナナさんは満足げにガッツポーズをしている。
先程男たちを威圧していた時とはえらい違いだ。
ウンディーネたちが踊り終えると、周囲の人々から拍手が起こる。
彼女たちは笑顔でそれに応え、どこからとりだしたのか、何かの紙を観客たちに手渡している。
「ナナさんあの紙は?」
「あぁ、宣伝用のチラシですよ」
ナナさんもいつの間にか手に持っていた。
「あの、前から疑問に思ってたんだけど、その紙とかどこから取り出しているの?」
「これはボックス・ディメンションっていう魔術です。心得がある者なら誰でも使えます。あのウンディーネたちもこの魔術を使ったんですよ」
ナナさんが手をかざすと、手の先に光の切れ目が現れる。
その切れ目に手を入れて取り出すと同じチラシが数枚握られていた。
「ね?」
やはり魔術は便利だなぁ。




