王子と青年と青い火《リベルト》
お父様が言っていた。この国で一番の炎の魔法師は、タディオンという男の人だって。
そして、その人はお姉様の元婚約者だって。
「私はリナリアの事を大切に思っている、もちろんリベルトの事だってそうだ」
「うん」
「だから、お前が魔力を上手く扱えるまで公に出すつもりも無かった。…リナリアと彼の事も話す気は無かった」
お父様は僕に話す間、ずっと苦しそうだった。眉間にシワを寄せて、僕のことをじっと見つめて、でも最後には頭を撫でて笑ってくれる。
「リナリアの事はリナリアの問題だった、眠りにつくあの子を止めなかった私達は起こすという事さえ浮かばなかったんだ。だが、リベルト、君は自由だ」
悲しそうなのは変わらない。寂しそうなのも分かる。でもお父様は僕のことをちゃんと考えて、一つ一つ言葉を選んでくれているんだって分かる。
「彼に会いに行くのもいい、外を見て回るのもいい。君のことを沢山の人は怖がるだろうね、避けるだろうね。リナリアがそうであったように」
お姉様と僕はよく似ているとお父様はことある事に言っていた。懐かしそうに言って、そして、いつもこう繋がる。
「だが、リベルト。君は君だ」
何度も何度も言ってくれる言葉。お母様やお父様達以上の魔力。お姉様と同等以上の魔力放出。そんな僕にお父様とお母様はいつも自由をくれるんだ。
「君がリナリアの事を全部背負う必要なんてない。君が、私達と同じように彼を憎む必要も無い。君は自分で考えて行動していい…だから、思うようにやりなさい」
カルラは言ってた。僕にあの絵本を読ませなかったのはお姉様との思い出があるから。タディオンという人とお姉様の関係に少しだけ似てたから。
辛くなるからしまってたって言ってた。でもお父様は僕から本を取り上げることもしなくて、タディオンに会いに行くのを止めたりしない。
自由にしろって、言ってくれる。あまり出たことのなかった外。どんな人がいてどんな言葉を交わしてて、どんな生活をしているかもわかんない。
「うん、僕は思う様にする」
お父様とお母様はきっと僕がタディオンに会いに行くのは本当は止めたいんだと思う。目が赤くなって涙を堪えてるのが分かるから。カルラもきっと同じ。
でも、僕ね、お姉様とお話ししたいんだ。お姉様が眠った後に僕が生まれたこと。お姉様が眠っている間のこと、この先のこと。
「リベルト様っ!」
屋敷を出ていこうとする僕をカルラが引き止める。いつもは優しく微笑み僕を見るカルラ。だけど今日は涙をいっぱい堪えて僕を見ていた。
一人で屋敷から出ていく僕を見ていた。
「カルラ! いってきます!」
自分がで出来る一番の笑顔を浮かべてカルラに向き合い、手をおおきく振る。ちょっと慣れないことすると腕が痛いけど、カルラは笑顔が一番だ。
お父様も、お母様も、それにきっとお姉様だって、笑顔が一番だ。
だから、いってきます。お姉様が愛した人に会いに行ってきます。憎しみも、恨みも何も持たないで。
「…行ってらっしゃいませ、リベルト、様」
笑みを無理やり浮かべたカルラ。堪えていた涙が頬を伝って落ちていく、それを隠すように深々と僕に頭を下げる。
僕が馬車の中に入った後もずっと、ずっと────。
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タディオンは、僕の想像よりも弱かった。放出された魔力を糧に炎を扱うのは凄いと思う、龍を象るのだって、凄い。
でも、炎は青くはならなかった。どれだけ力の差を見せても、炎は青くはならない。
絵本では青い炎で溶かしてたんだ。だから、青い炎を使える人を探してここに来た。でも、この人はダメだ。
魔力は高い。操作も上手い。でもそれだけ。僕が求めているものは持ってない。
だから、帰ろうとした。そんな僕を止めたのはタディオンと一緒に来た審判役をかってでたお兄さん。
茶色い髪は長く、背中に垂らしたまま結っていて、黄色の目が僕のことを見つめてくる。手は震えてるし、脚も震えてる。
僕よりも全然魔力が足りない。そんな人は僕の魔力にあてられながらも僕の目を見る。
だから、気まぐれだった。彼は違うとどこかで分かっていたけど。目が真っ直ぐだったから。
僕の事を倒したいって、目が言ってたから。だから、相手をしてもいいと思った。
「…ッチ、勝手にしろ!」
タディオンがお兄さんを呆れたように舌打ちをする。この人が考えてることが分かんないや。お姉様の事を思ってるのは分かりやすい、でも、僕が助けるって言った後少しホッとしてるみたいだった。
まるで、それでいいって言ってるみたいに。悔しさ以上にホッとしていた。
「準備はいいか」
今度はタディオンが審判をするみたい。なんでもいいけど、お兄さんを止めないってのも驚くなぁ。
「はじめ!」
「氷よ、凍てつけ」
パキパキ音を立てて地面が僕を中心に凍っていく。ひんやりと冷気が僕の頬を撫でてくれる。
不思議だ。僕の魔力はやっぱり不思議。
まるで僕を守るみたいに存在してる。周りを攻撃するのに、僕にはひどく優しい。
「火よ、歌え」
炎ですらない魔力を放ち、火の玉が呼応するように辺りに浮かぶ。赤い火。やっぱり違った。この人も、救える人じゃない。
分かっていたけど。ちょっと悲しいや、やっぱり自分で助けなきゃダメみたい。でも氷を氷で溶かす方法はまだ見つかってないから、時間が掛かりそうなんだよね。
「息吹」
僕の氷に火をぶつけて溶かすお兄さんに氷の粒を叩きつける。本に載ってたモノを改良したやつで魔力自体の消費は少ないこの魔法。お兄さんはタディオンみたいに力任せには出来ないからこれ位でいい。
「咲けっ!」
火がぼうっと広がり、花のように象る。タディオンの真似かな? 魔力がやっぱり少ないみたいで花自体はとても小さい。
でも、僕の息吹よりは強いらしい。
「ふーん、…冷鬼」
魔力で僕も絵本で見た鬼を作る。氷の剣を持った大きな大きな鬼。タディオンみたいに中身が空っぽじゃない。者。
大きな剣をお兄さんに向かって振り下ろす冷鬼。お兄さんは何かをしようとしたみたいだけど、間に合わず吹き飛ばされていた。
ゴロゴロと地面を転がり、止まって、ヨロヨロと立ち上がるお兄さん。タディオンが顔を顰めてるのが見える。勿論僕も流石に驚く。
「諦めなよ、お兄さん…お兄さんじゃ…」
「私、はっ」
震えた声で大きく僕の言葉に被せてきたお兄さんを見る。やっぱり本能的恐怖は拭えないみたいで震えてた。
「私は、リナリア様に言わねばならないことがありますっ!」
「…」
この人もお姉様のこと知ってるんだと、少し意外に思う。お姉様にだって近付けなかったんだろうに。
「団長や、貴方みたいに高い魔力はありませんっ、ですが!」
ふと、気がつけばお兄さんは僕の目の前に立っていた。その綺麗な目を細めて、僕に少し笑って。
「身体能力や、魔力操作では、私の方が上だと思っております」
視界の端で、冷鬼が僕に手を伸ばしていた。でも、冷鬼は体が大きい分速くはない。間に合わ、ない。
「火よ、弾けなさい…っ!」
低い音共に僕の側で発火する。その大きな火の中に、青を見た。小さな小さな青い火が、赤い赤い火の中に、存在した。
「…吹雪け」
でも、僕には、彼と違い高い魔力がある。僕のことを守ろうとする魔力がある。だから、その火が僕を傷つけることなく、青い火だけを残して消える。
冷鬼が僕を守るためにすぐにお兄さんを吹き飛ばした。
「っか」
確かに僕は子供で、お兄さんに魔力操作も身体能力も劣ると思う。でも、僕には大きすぎる魔力があるからいいんだ。
倒れたお兄さん。浮かぶ青い火。
見つけられたという気持ちと、これではダメだという気持ちがグチャグチャになって気持ち悪かった。
この人が、もっと魔力を持っていたなら。
この人が、タディオン位の魔力を持っていたなら。
きっと、彼はあの絵本の様な王子様になれたんだろう。だけど、この小さな火では部屋いっぱいの氷を溶かすことは────出来ない。
「あなたも、ダメだ」
「っ」
もしで、お姉様を任せることは出来ない。助け方が青い炎としか分からないんだ。それで任せてお姉様が死んでしまったら意味がない。
だから、この人じゃ、ダメだ。
「私、は。魔力があなた方よりは断然少ないです…でも、でもそんなのは初めから分かっていたんですよ…っ」
なのにお兄さんは立ち上がる。僕を必死に睨みつけて、膝を震わせても、立ち上がって見据えてくる。
「私は…あの人に…謝るんだ…っ! 謝って、許してもらえなくたって! もう独りにはさせないっ」
この人は、きっとお姉様のことが好きだ。好きで好きで、憧れて、目指して、ここまで来たんだ。
「そんな理由で、あの人を見捨てるなんて絶対にしないっ」
お姉様は十年前から眠っている。その十年前からきっとこの人は。
お姉様の事だけを目指していたんだろう。
「…っお願いします、リナリア様に…リナリア様に会わせてくださ…」
僕が唖然とお兄さんを見てる中、お兄さんは地面へと再び倒れた。それでも地面を掻き、逃がさないとばかりに僕を見た。
どうして、そこまで出来るんだろうという気持ちと悔しさで胸がいっぱいになる。申し訳なさと出来るならこの人に救ってもらいたかったという願望が浮かんだ。
…けど。
「…会わせてもいいよ」
「っ」
「だけど、お兄さんじゃ無理なんだ。だから、お姉様を救おうなんて思わないで」
お姉様を実験台にするつもりは毛頭ない。だから、自分の無力さを自覚して。