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炎王に向けられるは《タディオン》


 

 

 「団長」

 ノアルが書類を片づける中、ソファーに横になり本で顔を隠したまま眠りこけていた俺を呼ぶ声がした。

 

 少し震えているその声の主を見れば俺の睡眠の邪魔をしたことによる恐怖で震えている。…ここまで怯えられることをしただろうかと考え、その声の主である少年がつい最近入ったばかりの奴であると思い出し。こいつもあの村での魔物の一掃を見ていたなと思いいたる。

 

 そんなものを見ただけで震えるような人間が俺に対して声をかけてくる理由なんて、ろくな者じゃないだろう。

 

 貴族の出であるとだけの少年は特に。


 炎の魔法師団(マジェル・べジェット)は魔法師貴族の墓場と言われている。それも火の魔法を使える者達にとっては地獄とも言われている。


 そんな場所だからこそ炎の魔法師団(マジェル・べジェット)に入れられるのは捨てられると同義だと貴族の間では有名だ。

 

 現に団長である俺が捨てられた存在であるのは有名で、そんな俺の指揮下に置かれることは身分なんてものが自分を守るものにならないと心から知ることになる。

 

 いくら俺を監視するための団だとしても無能は許されない。俺を殺すならばそのために力をつけねばならないのだから。

 

 だからこそ、必要な時でしか団員は俺に声をかけることはない。目をつけられたくないから、怒らせることが怖くてたまらないから。

 

 「なんだ」

 「っは、はい…それが団長に会いたいという方が魔闘技場に来られております!」

 「俺に会いたい?」


 

 誰だ? 俺に会いたいなんてわざわざ言付けるやつは。学生時代の友人なら気にもとめずズカズカとこの部屋に向かってくるだろう。

 

 

 それに、魔闘技場? なぜそんな場所に?

 

 「…名は」

 「はっ、リベルト・シャーベルアイル様でございます!」

 「っ」

 

 思わず立ち上がり目を見開く。シャーベルアイル? そんな名前を名乗れる家はこの国には一つしか存在しない。

 

 

 

 シャーベルアイル伯爵家。

 

 リナリアの家名がシャーベルアイルだ。そしてリベルトの名は初めて聞くがシャーベルアイル家の血を持つ者は代々名前に“リ”使われていると聞いたことがある。

 

 リベルト。その名が本当にかの家の者ならばそれは彼女の──リナリアの血縁者にあたる。

 

 両親ではない。聞いたことのない名。

 

 

 それが、何の用で。

 

 しかも魔闘技場で待っている…とは。

 

 

 「だ、団長?」

 「…お前は通常勤務に戻れ」

 「はい…っ! では、これで失礼させていただきます」

 

 深々と頭を下げる名も知らぬ少年から目を逸らし、書類と向き合っていた副団長であるノアルを見る。

 

 ノアルは書類を置いて、何やら考え込んでいるようだった。

 

 

 「ノアル。俺は魔闘技場に行ってくる」

 「…私も行きます」

 「来なくていい」

 「いえ、行かせてもらいます」

 

 キッパリと言い切って俺のことを一瞥し、目を細めるノアルに舌打ちで返す。…そうだ、この男も変わらず俺の監視者だった。

 

 恐らく魔闘技場には誰もいない。リナリアの話をするんだろうし、何よりシャーベルアイル家のものは魔力の高さから人と距離を持つ。本来なら連れていくべきじゃないだろうが──今は時間が惜しい。

 

 

 「ッ好きにしろ」

 「はい」

 

 吐き捨てるように告げて団長室から出ていく。その足はもちろん魔闘技場に向かっている。

 

 いる者の姿は浮かばない。シャーベルアイル家の名はそう有名ではない。表に出ることを嫌う家だからだ。出てくるのは王家が行うパーティーのみ、そんなシャーベルアイル家の者がわざわざこんな所にやってくる。

 

 

 ふと今も脳裏に焼き付いているリナリアの顔が浮かんだ。まさかなと考えそこでリナリアに祈りを捧げる日強い魔力を感じたことを思い出す。

 

 やけに揺らいでいるものだったそれ。リナリアが死んでから十年。一切当主は姿を表さなかった。夫人も同様。

 

 もし、リナリアに弟がいて。

 

 もし、その名がリベルトというのなら。

 

 魔闘技場に待っているのがリナリアの弟ならば。俺は…どうすればいいのだろうか。

 

 

 過ぎる不安を感じながら。静かに俺は魔闘技場の思い鉄扉を開ける。分厚い結界を抜け、闘技場に中央を見れば、一人の子供が立っていた。

 

 

 その髪は白雪のように細い髪は緩い風に揺らぎ、白に縁取られた薄い青の目が俺のことを見る。

 

 冷静そうなその目が俺を射抜き、柔らかな笑みを浮かべる。

 

 

 「はじめまして、僕はリベルト・シャーベルアイルです。…あなたが炎王さんですか?」

 

 「…っああ」

 

 その笑みがあまりにリナリアと似ていて息が一瞬止まるかと思った。柔らかに細められるその目は理性がしっかりと乗っており、俺の事を憎いと思っているわけでもないと知る。

 

 そして、恐怖も何も無く推定十歳位のその子供は俺と目を合わせ微笑むことが出来る。

 

 

 ──それが意味をなすことは。俺と同等かそれ以上の魔力をその幼い体に秘めているということだ。

 

 

 後ろにいるノアルが一瞬息を詰まらせたのには気づいた。魔力酔いだろう。シャーベルアイル家の者は総じて魔力が高く、稀にリナリアのような者が生まれる。

 

 そのような子は皆、魔力放出を抑えられず周りを威圧するという。俺はリナリアを失ってから魔力放出を常に少しばかりしてしまっている。

 

 お陰で魔力が低い者には恐怖され、距離を置かれる。同質の魔力ならばその分幾らか楽になることもある。

 

 

 だが、氷魔法を使える者は元々少ない。そのためにリナリアは幼少期から一人でいたのだ。

 

 「僕はリナリアお姉様の弟なんです」

 

 ニコニコと絶えることなく笑みを浮かべる子供。ノアルは少し苦しそうだが、本人はここを立ち去る気は無いらしい。

 

 

 ひんやりとした風が吹く魔闘技場。そこで彼はずっと笑っていた。

 「…何歳なんだ?」

 「十歳ですよ」

 その答えに年齢の予想が当たったという事実に唖然とした。もしかして幼いだけではないか、リナリアが俺に黙っていただけで十歳以上なのでは? と願望にも近いその思いは打ち砕かれる。

 

 

 “異常”だ。

 

 十歳でこの魔力。そして俺を恐れることない冷静さ、リナリアの事を知っているだろうに理性の消えぬ目に、絶えぬ笑み。

 

 ()は本当に人間(・・)なのか?

 

 

 浮かんだ疑問にぞわりと背筋が冷えた。

 

 「…何用だろうか」

 「はい! 実はお願いがあるんです!」

 

 ここから逃げろと何かが告げる。

 

 「お願い?」

 「はい! たぶん貴方じゃないと無理な事です!」

 

 この子供に関わるなと俺の“魔力”がざわめいている気さえする。

 

 「…何、を」

 「簡単です! 僕と───」

 

 大きすぎる魔力を持った子供(リベルト)は俺の元に歩いてくる。ふわりふわりと白雪のような髪が揺れて、幼いながらも整った顔で俺の事をまるで(あざけ)るように笑う。

 

 

 

 「本気で、魔法で勝負してください。炎王さん」

 「…は?」

 

 

 その言葉に感情の名が頭に浮かぶ。

 

 

 恐怖(・・)



 俺は、この小さな子供に恐怖心(・・・)を抱いてしまったのだ。

 

 

 どんな魔物にだってバケモノにだって感じたことのない恐怖を。年端も行かぬ子供に。

 

 

 リナリアと同じ容姿の子供。それがまるでリナリアと被って仕方ないというのに。この恐怖心は拭えない。

 

 罪悪感? そんなものすらも許されない。

 

 

 この恐怖は。

 

 

 この子供が俺以上の魔力を持っていると確信した俺の本能が生み出しているのだと。

 

 

 どこか、理解してしまった。

 

 



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