炎王は氷姫を思う《タディオン》
魔物を燃やす。大きな炎が俺の意思に従って、邪魔な全てを燃やしていく。俺は唯それを見ていた。
悲鳴をあげ、悶え、死んでいく魔物達を見て。喜ぶ人々を見て、俺が思うのは一つだけだった。
もう、十年もたった。
リナリアを俺が殺してしまった日から。
あの日に全ては変わった。俺の周りにいた全ての人間がいなくなり、俺は化物として扱われた。学生時代一緒に学んだ奴らだけが俺を哀れんだ目で見るだけで、他は俺を“見る”ことすらしない。
「炎王様…お陰で村は助かりました。ありがとうございます!」
にこやかな村長に声をかけられ視線だけを向ける。感謝を口にするこの男の目にも怯えがあった。
気づいてしまえば簡単だった。リナリアの世界を知ろうと思えば簡単に出来た。それ程までに俺とリナリアはよく似ていて違っていたんだろう。
リナリアは家族に好かれていた。人から距離を取られても家族だけは彼女を守った。俺からすらも彼女の家は彼女を守っている。それを羨ましいと思う反面、良かったと思う。
「今晩は祝の席を設けます、炎王様も──」
「いらない」
俺はきっと彼女を見たら縋ってしまうんだろう。何も覚悟もせず。凍ってしまった彼女を前にしても、唯一残った彼女への愛を胸にして、縋って、また罪を繰り返す。
リナリアの事を忘れた日なんてない。毎日、それこそ魔力を扱う度に彼女を思い出す。
だが、リナリアの両親に彼女が眠る部屋に連れてって欲しいと言ったことはない。毎年彼女が眠った日に彼女の屋敷の前で祈りを捧げるだけだ。
それでも、リナリアの顔は今も簡単に思い出せる。どんな声だったかも、どんな笑顔だったのかも、どんなに優しかったのかも。
「俺は帰る」
「え、団長帰っちゃうんですか!? 俺達はどうすれば…」
一緒についてきた俺の監視役とも言える部下達を一見してからすぐに歩き出す。慌ててついてこようとするヤツらを副団長であるノアルがやんわりと止める。
「タディオン団長は宴とか苦手なんだよ、君たちは好きにしていいから」
「で、でも…」
「折角の労いだよ、受けても怒られないさ。後は私に任せていいから」
ノアルに宥められた部下が納得したように村長達に着いていく。それを見届けてまた歩き出す。
あの日から俺の魔力は収まりが悪く馬に乗ることも出来ない。馬が俺を怖がり、それどころじゃないからだ。
だから、この村から王都まで俺はずっと歩きだ。それを知っているノアルも俺に付き合い歩く。
炎ではなく、火の魔法をノアルは使える。火の中ではトップな魔力と魔力操作を持っているだろうこいつは俺のそばにいても苦しむことはない。
だからこそ、陛下が俺に付けたのだ。最高の監視役として。
「ノアルはいいのか」
「ええ、私はあまりああいった場所は好きではないので」
二人で王都への道を歩いてく。そう言えばリナリアも騒がしい場所は好きじゃなかったな。よく出かけたがる場所は森とか川とか自然が多い場所だった。
そんなことを考えながら自分の手を見る。
…俺ももう二十七か。そろそろうるさい奴らが子供を作れと言ってきそうで、うんざりする。力だけを求めて何になるんだろうか、こんな力ない方がいい。
それが子供に受け継がれるなら俺はいっそ子種を焼き切ってしまおうかとさえ思う。力だけを求めて何もわかってない奴らに利用されるのはうんざりだ。実家も弟のアディが継ぐことに決まった。
子を作る気もない。力によって人から距離を置かれる存在になる子をわざわざ作る事はしないし、したくもない。
ましてや俺の子供なんて、俺に似てしまえばいいとこなしだ。性格なんて似てみろ、すぐに俺の二の舞だ。
「お悩みですか?」
「ノアルには関係がない」
「そうですか? 話せば楽になると思いますがね…」
「楽になる気もないからいい」
息をつきながら歩き続ける。まだ、王都は遠い。あとどれ位でつくんだったか。来た時は大体…。
「そういえば私、タディオン団長に聞きたいことがあるんです」
「…なんだ」
珍しいノアルの発言に内心驚く。なんだ、陛下からなんか命令でも出されたのか?とノアルを見れば珍しく 俺の目をまっすぐと見返してくる。
ノアルは俺の目が好きじゃないらしい。だから俺の目を見ずに話すことが多かった。それが今目を合わせに来ている。だからか赤に近いオレンジ色の目がやけに目に付く。
珍しいノアルの様子に身構えて質問を待つ。
「リナリア様のお墓はどこにあるんですか?」
予想外に出てきたリナリアの名前に目を見張る。…なぜ、そんなことを聞くのか。リナリアは氷の中だ。死体のない墓は出来ない、陛下にはリナリアの事は行方不明になったと伝えていたはずだし。
そもそもリナリアのことを知るのはあまり多くない。
十年だ。
十年も前にいた氷姫。ただでさえリナリアは人から遠巻きにされていて彼女と関わった人間も少ない。
ノアルの名をリナリアから聞いたことは無い。そもそも行方不明となっているだけのリナリアの墓をなぜ、この男は聞いてきたのか。
理解出来ずに睨みつけてれば困った様に苦笑いを返される。
「いえ、あなたは知ってるのかと思いまして」
「…知っている?」
「リナリア様が消えてから、あなたは彼女を探そうともしていない。婚約破棄をされた後も探す素振りさえなかった。あんなに仲が良かったのに」
何が言いたいのか分からない。回りくどい言い方をするノアルにイラついてくる。なんなんだこの男は。
「そんなに睨まなくても…ただの、推測ですよ。…あなたが探さないからもう彼女は亡くなってしまっているのではないかと思っただけです」
「リナリアを知っているのか?」
「一方的にですが、昔、姿を拝見したことがあったので」
陛下からのご命令ではありませんよとノアルはおどけて肩をあげた。その言葉に力を抜く。この内容では陛下には得にならない。事実、なんの命令もされてなかったんだろう。
「紛らわしい奴だ」
「すいません、自覚はあります…でもそうですね。団長は…」
「…なんだ?」
「団長は、彼女が生きているとしたら会いに行きますか?」
その言葉に今度こそ固まる。生きている…としたら?彼女が、リナリアが。
生きて、俺と話してくれると…?
「…馬鹿らしい」
「え?」
「彼女が生きていたとして俺は会うことはない」
会うことも許されない。許しを請うことも許されず、刻まれた罪を背負って罰を受けるだけだ。
彼女が生きていてもそれは変わらない。
会えたとして、どんな顔をすればいい。謝って許してもらってまた隣に立つのか? そんなこと、出来るはずもないだろう。
『───どこまでも残酷な人。報われないその愛があなたの罪でしょう』
優しい彼女にあの言葉を吐かせたのは俺だ。俺が彼女を殺したのだ。優しくて綺麗でどこまでも俺を愛してくれた彼女を。
だから、もしもの話でも彼女に会いたいとは言わない。言ってしまえば、何を犠牲にしても会いに行きたくなってしまうから。