表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/19

そして氷姫は《タディオン》




 「後悔したって知りませんよ」

 

 ノアルのあの言葉が忘れられず、魔法師団を脱退した後も何度もあの日の夢を見た。俺は立ち去るノアルを止めない。泣き崩れるリナリアに手を伸ばすこともない。

 

 リナリアは俺のことを許しているということがリナリアと話してすぐにわかった。眠る前と同じように悲しさはあれど、怒りはあれど、俺の失った魔力を案じ、自分を責める姿を見れば嫌が応にもわかる。

 

 ふと俺はそこでまた考えた。リナリアが許してくれることは嬉しい。だがそれでいいのかと。確かにシャーベルアイル伯爵にはこの国を出る約束をした。それが自分が自分に与えられる精一杯の罰だった。

 

 死ねと言われれば死ぬ覚悟もあった。だが、それを条件として提案するとシャーベルアイル伯爵は死では逃げにしかならないとそれを否定した。だからこそ、何も無い国外に出ることを俺は自分の罪を償うことにしたんだ。

 

 魔力がなくなったのは予想外だったが、出ることを変える気は無い。土地勘もなく、力もなく、生きてけるほど甘くはないと知っている。

 

 それでも足掻いて苦しんで、苦しみぬいて、生きようと。それが長年苦しませたリナリアへの償いだと。決めていた。

 

 だから、だからこそ。泣くリナリアを(なぐさ)めることもしなかった。ノアルの言葉に本心を出すこともなかった。

 

 確かに俺は信用していないのかもしれない。自分以外を少しも。それに…納得はした。それを…変えることはできないのだが。

 

 

 あそこでやはり国に残ると言ってなんになる? リナリアは許してくれた。それでどうなる?

 

 どうにもならない。

 

 どうにもならないんだ。

 

 リナリアとはもう一緒になれない。なら期待させず離れることが一番だ。

 

 それがわかっていたと言うのに何故こんなにも虚しさがわくのだろう。後悔なんてしていないのに。何故…。

 

 「タディオン」

 久々に実家に帰ると父上が俺を呼び止める。十年前から(ろく)に話もしなかった父がだ。珍しさと少しの違和感を感じながらその声に応じ、差し出されたものを見れば…それは一通の手紙だった。

 

 父上宛の手紙だ。封も既に切ってある。どうやら読めということらしい。

 

 特に返事もせず開き、文を目で追って、すぐに硬直する。

 

 「……は?」

 

 リナリア・シャーベルアイルの葬儀についてならびに参列の有無について、そう記された紙。そして、父上に対する詫びと、出来れば来て欲しいという手紙。

 

 リナリアの…葬儀?

 リナリアは生きていた。あの屋敷で。目覚めたのだ。あの炎で。

 

 日付を何度確認してもあのリナリアと会話した日から一週間ほどしか経っていないというのに。

 

 「タディオン、お前も参列しろ」

 「…ち、ちうえ」

 「それと、この葬儀が終わった後……お前とは縁を切る」

 

 縁を切られるのはどうでもよかった。準備を終えたらすぐにでもこの国を出るつもりだったからだ。

 

 だが、そんなことよりも。どういう事なんだ。リナリアは? リナリアの葬儀ってのは何なんだ。なぜ、何故リナリアの葬儀を行う?!

 

 なぜ!!

 

 「父上!」

 「なんだ」

 「リナリアの葬儀というのは!?」

 「記してあるだろう。リナリア嬢が見つかり、報告のため王都に向かう馬車が襲われ、同乗していたリナリア嬢は死去し、シャーベルアイル伯爵とその隠してきた子息は軽傷だと」

 

 王都に向かう馬車で? 何故。どうして。リベルトがいながら、どうしてそうなるんだ! と怒りを抱き、次いで自分に嫌悪した。

 

 怒りを抱くなんて、許されるはずもない。

 俺の、せいなのだから。俺がリナリアを眠らせてしまったから。行方不明ってことにさせてしまったから。見つかったという報告で登城する為だけに乗った馬車。

 そこで命を落としたのだというリナリア。

 

 もう俺には力はない。リナリアを殺したやつをつきとめ、仇をとることもきっと叶わない。それがもどかしく、寂しい。

 

 

 「っリナリア」

 父上が立ち去り、一人になった部屋で、俺は昔リナリアに貰った雪結晶の刺繍がされたお守りを握りしめる。

 

 刺繍で作るお守りは相手のことを思いながら、ひと針ひと針丁寧に入れていくものだ。昔、母上が俺に教えてくれたことがある。

 

 刺繍でお守りを作る時は、目が覚めた時に縫い、寝る前に縫う。それも一日半刻ずつしか縫うことをしないと言う。

 

 目が覚めた時は相手も同じように目が覚め、明るい一日を過ごせるようにと。

 寝る前には、相手が悪夢に魘されたり、悪しきものに付け込まれないようにと。

 

 リナリアは、それを知っていた。知っていて、やっと出来たのだと、俺に見せて昔贈ってくれた。

 

 「リナリア…」

 どれだけ怖かっただろう。悲しかっただろう。どれだけ恨めしかったろうか。事件の状況なんて分かりもしない、知らせてくれるほどもう関係が近い訳では無いのだから。

 

 十年も眠り、やっと目が覚めたと思えば襲われ亡くなるなんて。

 

 「……返そうと、思っていたのに」

 

 ぎゅっとよれよれの下手な刺繍で作り上げたお守りを握ってその拳を額に当てる。

 

 祈った。幸せになって欲しいと。

 

 朝起きて、リナリアがやりたいことをして、周りに人が一人でもいてくれるといいと祈って。

 

 寝る前には、リナリアが幸せな夢を見て涙で枕を濡らさなくなる日が来るようにと祈った。

 

 リナリアが贈ってくれた雪結晶のお守り。それを思い出しながら、下手ながらに作り上げ、国を出る前に別れの言葉とともに贈ろうと思っていた姫金魚草(リナリア)のお守り。

 

 願っていた。祈っていた。ただ、ただリナリアの幸せを。

 

『タディオン様には夢がございますか?』

 ふと、リナリアの言葉を思い出す。リナリアを起こす時にも思い出した言葉。

 

 まだ、父上を親父と呼んでいた、幼い俺がリナリアの夢を聞き返せばリナリアは言ったんだ。

 

『沢山の人に見守られて死にたいです』

 

 そう言って、いたのに。

 リナリア。小さく可愛らしい花の名の俺の唯一。幸せになって欲しかった、本当だ。だからこそ、彼女の前から消えることを選んだ。俺なんかより他の人との方が幸せになれるなんて分かりきっていたのだから。

 

 なのに結末はこんなもの。一体誰が予想出来た?


 その日の夜は眠れなかった。一人、貰い手のいなくなったお守りと作り主がなくなったお守りを前にずっと、座っていた。朝日が登り、メイドが支度に来るまでそうして…。

 

 

 ────────

 

 気がつくと、リナリアの葬式の当日となっていた。

 

 

 黒いドレスを着込み赤茶の髪を結い上げ、名前も知らない大きな花弁の花で飾った母上が俺の手を優しくとってくれる。

 

 「タディ」

 「母上、俺は…」

 「貴方はリナリア様を殺しました」

 俺と同じ目で見上げてくる母上は冷たく事実を突きつける。…ああ、知っていたのか。この人は。

 

 「はい」

 「貴方はその罪を償わねばなりません」

 「わかっています」

 「……貴方は、直に私の息子ではなくなる。だから今言うのですが」

 

 母上は悲しそうに俺の手を握って。痛いほどに握って。優しく微笑んだ。

 

 「生きなさい」

 「…っ」

 「亡くなってしまったリナリア様のことを忘れず、その罪を忘れず、過去を振り返りながらも前に進んで。いいですか? お母様との…約束です」

 

 静かに涙を流す母上は悲しいほどに美しく、申し訳ないほどに弱々しかった。

 

 昔から厳しい父上に鍛えられ泣いていれば母上が慰めては約束をしてくれた。それは俺が欲しいものを頑張ったら買っておいてくれるとかそういうものだったが。

 

 穏やかな昔を思い出して俺がしたことの罪深さに息を吐いてから、噛み締めるように

 

 「はい、かならず」

 

 返事をした。

 

 

 リナリア。俺は君を殺したんだ。直接ではなく、間接的に。

 

 君を忘れることなんて一生しないと誓おう。

 

 君へ行った仕打ちを思い出しては償う日々をおくろう。

 

 「タディ…行きますよ」

 「はい」

 母上に呼ばれ胸ポケットを少し撫でつけてから、母上の手を取り共に黒の列の一部となり、永遠の眠りについてしまったリナリアの元へと向かう馬車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ