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青年と炎王《ノアル》


 リナリア様の隣に行くことは出来た。なぜだか近づいても恐れを抱くことも無くなった。団長の魔力と自分の魔力が少し混ざったからかもしれないな。

 

 「私の事を、覚えておりますか?」

 「貴方のことを…? ……ごめんなさい見覚えがないわ」

 けれど、リナリア様は私のことを覚えてはいなかった。当たり前だろう。私が彼女に認識されたのは幼い時出会った最初の一度だけ。それ以降は私が一方的に知っていただけなのだから。

 

 困り顔で私のことを思い出そうとする彼女の目は赤くなっている。目だけではなく目元も。

 

 分かっていたことだった。団長の隣にいたリナリア様はいつだって団長のことを思って笑っていた。きっと顔を合わせれば何か思い出してくれる、そんなはずもないのに、勝手にここまで来てリナリア様を困らせている。

 

 「あ、まって! 貴方の名前を教えて下さらない?」

 もう、彼女の前から私は消えるべきだ。諦めて立ち去ろうとした所名前を聞かれ、咄嗟(とっさ)に答える。

 

 

 「ノアル、ですよ」

 私は、ノアル。昔あなたに励ましてもらい、氷の薔薇を貰った…。思い出してほしい、少しでも、少しでもいいから。そんな気持ちで目を伏せる。数秒ほど沈黙を挟んで、リナリアは手を軽く叩いた。

 

 「ノアル…? そういえば昔迷子になっていた男の子が自分のことをノアと言っていたけれどもしかして、あなたがっ?」

 

 嬉しそうに微笑んでくれるリナリア様に胸がいっぱいになる。もう、いいと、これでいいのだと。初恋は叶わないというのは本当らしい。

 

 リナリア様は今も団長を思っている。きっとこの二人は結婚するだろう。

 そう思い、団長を見れば苦々しい顔で目を伏せていた。

 

 「だん、ちょう?」

 

 可笑しい。喜ばしいことのはずなのに。なんでこの人は苦しげなんだ。なんで、なんでリナリア様は団長の顔を見ないんだ。

 

 「リナリア、俺は」

 「タディオン様? どうしたのですか?」


 不思議な距離がある二人を見ていればやっと団長が口を開く。プロポーズの一つでもするのかとズキズキ痛む胸を撫でつけてから部屋を出ようとした──が、団長の…一言で私の足は止まった。

 

 「俺は、この国を出るよ」

 

 

 開いた扉が目の前で閉まる。だめだ、出ろ、出なきゃだめだろう私。これは二人の問題なんだ。私が口出す事じゃない…はずだ。

 

 「……え?」

 

 私は閉まった扉を再び開けてリナリア様の唖然とした声を最後に部屋を出る。出たすぐ目の前の廊下の壁に背を預けズルズルと座り込む。

 

 ほうと息を吐いて再び疑問が浮かんだ。…なぜ、団長がこの国を出るんだ? 確かにもう魔法師団には居れないだろうけどリナリア様と結婚なさるのならば当然この国でだろう。 

 なのに、なぜ?

 

 ふと、浮かんだのはリナリア様のお父上であるシャーベルアイル伯爵の顔だった。この屋敷に来てスグに団長と消えたシャーベルアイル伯爵。

 

 もしも、リナリア様が眠ってしまった理由が団長に深く関わっていて、団長の事をシャーベルアイル伯爵が憎んでいたならば。

 

 

 

 

 

 ならば、団長はなぜリナリア様の元に来れた…?

 

 ある考えに身体が震えた。まさかと、震える手で思わず胸元をつかむ。団長がリナリア様に会うために、契約か何かを結んだならどうだろうか。

 

 それが、この国からいなくなることなら…──そこまで考えが浮かんで目の前の扉が開く。もちろんその扉はリナリア様の部屋の扉だ。

 

 

 切なそうに顔を少し歪めながら出てきた団長の背中を見送って、してはいけないと思っても私はリナリア様の部屋の扉を再び開けて…見てしまった。

 

 

 

 声も上げず、唖然と涙を流すリナリア様の姿を。

 

 気が付けばその場を走り出していた。必死にがむしゃらに。報われる訳では無い。分かっている、でも、だめなんだ。

 

 

 やっぱり好きなんだ、愛しくて仕方ないんだ。泣いてる顔なんて見たくない。

 

 

 「団長っ」

 

 あなただってそうなはずだ。私よりも誰よりも近くで彼女を支えてた貴方なら。

 

 「ノアル…?」

 

 「なんで、国を出るなんて仰るのですか?」

 悲しさ?  怒り?  そんな感情がグチャグチャになって、気持ち悪い。幸せになって欲しいんだよ、あなたにもリナリア様にも。

 

 だから。

 

 「…俺はなリナリアを酷く傷つけた、それで俺とリナリアの関係は終わったんだ」

 「ですが、リナリア様はそう思ってはいないはずです」

 「いや、分かっている…いや分かったんだろう。もう、終わってしまったって…だからこそ」

 

 団長は壁に飾られたリナリア様の幼少期の絵を見て悲しげに目を伏せた。

 

 「だからこそ、彼女は俺を止める言葉は口にしなかった」

 

 カッと、体が熱くなり頭がズキズキと痛みを主張する。ダメだとわかってる。これは二人の問題だって、私は部外者なんだって。

 


 分かっていても、私はこの感情を消す術を持っていなかった。

 

 力任せに自分より身長の高い団長の頬を殴りつける。鈍い音が廊下に響き、ズキズキと熱と痛みが拳に移る。

 

 

 「なにすん…」

 「口にさせなかったのは貴方だ」

 

 口にしたかったはずだ。止めたかったはずだ、共に居たかったはずなんだ。だってあんなにも、彼女は泣いていたんだから。

 

 「…分かってる、そんなことは」

 「いえ、分かってない」

 「っ分かってる! 誰よりも彼女のことは! それだけ見てきた、それだけ愛してきたんだ!」

 

 泣きそうな団長にやっぱり分かってないと吐き捨てる。見てきた? 愛してきた? そんなの…。

 

 「そんなことは関係ない、時間なんて関係ないんですよ。貴方は…貴方はただ止めて欲しかったんですよね。でもそれは卑怯なんですよ、貴方はリナリア様に全てを押し付けて自分に仕方ないって言い聞かせてるだけだっ!」 

 

 「…」

 

 「貴方は大事なことはいつも言わない、まるで自分以外を信じてないみたいだ。いつも何も言わずに勝手に決めて、勝手に周りに期待して、その期待に答えられなかった周りに失望してる」

 

 リナリア様が止める言葉を口にしなかった? そんなの自分を正当化してるだけだ。自分可愛さにリナリア様のせいにしてるだけだ。

 

 「お前に分かるはずがないだろ、お前なんかに」

 「貴方の気持ちなんて…考えなんて分かりますよ、いつだって貴方は卑怯だったんだから 」

 

 団長は魔法師団の団長として自覚がなかった。引っ張ることをせず、周りが着いてくるのを当たり前とし、一人で全てを終わらせてきた。団長なのは名前だけ、この人はいつだって一人で戦ってしまっていた。

 

 「私、リナリア様が好きですよ」

 「…」

 「ずっと、ずっと好きでした」

 

 好きだった。本当に。会えない日もずっと名前を呼んでもらえるのを夢見て。ただあの人の傍に少しでも行けるようにとがむしゃらに頑張ってきた。

 

 「好きだったから、リナリア様が貴方をまだ好きなことぐらい分かります」

 「ノアル…」

 「卑怯で最低ですよ、貴方は。いつだって逃げてる、いつだって目を背けて自分のことを守ってる、本当に貴方はリナリア様が好きなんですか? リナリア様が好きだという自分に酔ってるだけじゃないんですか!?」


 好きなら、好きだというのなら。なんで隣に居れる方法を考えないんですか。

 

 「たった十年で終わる想いなら、最初から彼女に期待させないであげてくださいよ」

 

 リナリア様にも悪いところはあるんだろう。どっちの方が悪いとかは多分ないんだろう。でも、それが目をそらしていい理由にはならない。

 

 

 「一方的に告げて満足しないでください、ちゃんと“話”をしてください」

 

 「…俺、は」

 

 「私じゃダメなんですよ」

 

 リナリア様を笑顔に出来るのは。貴方しかいないんですよ。

 

 「でも、もし、貴方が何もせず、目を背け続けこの国から逃げるって言うなら…──リナリア様は私が支えます。何年経ったって支えて見せます」

 

 十四年片想いをしてきた。自分に自信なんてないけれど、でも彼女を好きだと言う気持ちだけなら団長にだって負けない。

 

 

 だけど。

 

 

 「後悔したって、知りませんよ」

 

 きっとこの思いを彼女が本当に受け取ってくれることはきっとないのだろう。

 

 

 

  

 



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