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愛を望んだ氷姫は《リナリア》




 震える手で顔を覆い隠す。ああ、なんと私は罪深い者なのでしょう。

 

 ──私はあの絵本が、大好きだったの。一人ぼっちだったお姫様が、王子様に出会い、恋をし、愛を知り、未来を望む。けれど傷ついて、傷付けて、お姫様は逃げてしまった。

 

 それでも王子様は助けた。必死に、彼女を思って、最後まで諦めず、命をかけて。

 

 嘘だったのです。

 

 一つ、私は嘘をついたのです。

 疲れたのも、本当。辛かったのも本当。でも、違うの、本当はまだ諦めていなかった…タディオン様のことを。

 

 お母様にもお父様にも最低な私は嘘をついて、氷の中に眠りについた。タディオン様が本当に私のことを思ってくれるなら、命をかけて起こしてくれるなら、例えタディオン様が皇太子妃様の事を慕っていても。

 

 それでも愛していけると。

 

 「、こ…れは」

 

 でも、あれは結局絵本だったのですね。あの私の計画も望みもすべてただの(まやか)しで、罪になるだけだったのですね。

 

 「な…んで」

 

 気がつけば十年の時を私は氷の中で過ごし、生まれたらしい弟は既に十になっていて、タディオン様と同い年だったのに歳の重ねがずれ込んで。見覚えのない男の人は私を見て悲痛そうに顔を歪めている。

 

 「お姉さま?」

 「リナリア…さま」

 

 それでも一番に気になるのはタディオン様だ。いつだって楽しそうで、いつだって自信満々だった…そんなタディオン様が泣いている。私の前で一度も泣いたことのなかった彼が。泣いて私に謝って。

 

 「リナリア」

 

 絵本は結局受け取り側がよく思うように書かれている。多少事実があっても。違うところもあった…それが。

 

 

 それが、この結果なのだろうか。

 

 もし、タディオン様が私を起こす事をしなくて。もし、タディオン様が私を忘れたとしたら、そのまま死んでしまおうと、どこかおかしい考えをしてしまったから。だから、こうなってしまったの?

 

 醜い感情から動いた結果がこれ。私はタディオン様から、魔力を奪うことになってしまった。

 

 「…っ」

 

 ああ、なんと私は罪深いことをしてしまったのでしょう。

 あの大きく温かで優しい魔力はもう無い。必死に、魔力を感じようとしても無理で、それが、現実だと突きつけてくる。

 

 「ご、めんな…ごめんなさい」

 

 奪いたかったわけじゃなかったのです。ただ、愛しくて、愛しくて。だからこそ憎かった。

 

 なぜ、私を見てくれないの。

 なぜ、皇太子妃様を呼ぶの。

 貴方は私の夫になってくれるのではないの。

 

 結局私は嫉妬をしたのです。言葉に出すこともせず、勝手に嫉妬して勝手に見切りをつけて。話し合うことも出来たというのにそれをせず、熱に浮かされたままタディオン様を糾弾して。

 

 「謝るのは、私だろう。リナリア」

 

 私は彼から全てを奪ってしまった。くだらない嫉妬で、彼の未来を奪ってしまったの。

 

 その上泣かせてしまった。きっとお母様達も心配していたでしょう。あんなに愛してくれていたのに、結局押し切る形で眠りについて。

 

 

 私の魔力は消えない。溶けた氷が水に戻るように、私の魔力は戻ってきました。

 

 けれど、彼の─タディオン様の魔力は、燃え尽きたように消えてしまったのです。残るのは燃え滓のような魔力だけ。

 

 

 何度謝ればいい、何度許しを()えばいい。あんなにも最低に責め立てた私を起こして魔力を失ってしまったタディオン様に。

 

 私も悪かったのに。タディオン様が皇太子妃様をどう思っているのかを、私の事をどう考えているのかを。ちゃんと私のことを好きですかと。口にすればよかったんだ。

 

 簡単だったはずなのに、口にすれば喧嘩になったとしても話し合うことは出来たのに。臆病な私は全てを飲み込んで、可哀想な自分という逃げ場を作って、向き合うことから避けてきた。

 

 

 それなのに彼ばかりを責めた私。きっと私のいなかった十年で彼の周りは大きく変化したんだろう。優しくも激しい熱を持っていた目は、もう凪いだように静かで、タディオン様を包む雰囲気が張り詰めている気がする。

 

 

 「あ…ああ…」

 

 彼の左手の親指にはもう次期当主だという証の指輪はされていなかった。服装も以前のような王子様のように煌びやかではなく、くたびれた、軍服のような姿。

 

 

 ────私は、なんと罪深いことをしてしまったのでしょう。

 

 

 彼から魔力を奪い、その上、家族と居場所を奪った。それだけで留まらず、彼の夢まで奪ったのだ。

 

 「気にしなくていいんだ、リナリア」

 

 優しい声をかけていただくけれど、涙は次々と溢れた。愛しかった、ただ、愛しくて。その目に映る女は私だけでいいという野蛮さを持った思考で、嫉妬して、傷付けた。傷付けてしまった。

 

 

 そして、やっと私は理解したのです。



 十年前になってしまったあの日に私たちは終わってしまっていたのだと。


 自分が、終わらせたのだと──。




 

 


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