炎王は全てを覚悟した《タディオン》
俺は十年前から逃げ続けた存在の眠る部屋に足を踏み出した。既に、弟であるリベルト。そして、ノアルが入って待っていた。
「団長…本当に助けられるんですか」
不安そうなノアルに俺は何も答えず、リナリアを守る氷に触れた。
───────
「タディオン様は」
あの頃。パーティで出会ったばかりの俺達は学園でもよく一緒にいた。俺は制御出来ていたがリナリアは魔力を制御出来ていなかった。周りを威圧してしまうリナリアはいつも一人で、だから俺は易々とリナリアを独り占めに出来ていた。
「ん?」
「タディオン様には夢がございますか?」
髪が短かった頃のリナリアは良く俺に夢を聞いてきた。俺の夢なんて餓鬼の夢でしかなかったろうに彼女は楽しそうに笑ってくれた。
「親父を倒す、それが俺の夢だ」
「…それは、とても大変な夢ですね」
柔らかに微笑む幼いリナリア。それに微笑む俺。馬鹿な、俺。
「リナリアには夢はないのか? 」
「私の、夢…?」
「そう、リナリアの夢だ」
リナリアは
少し考えてその顔に笑みを浮かべた。幸せそうに楽しそうに、俺が初めて見る笑顔で遠くを見て言ったんだ。
「沢山の人に見守られて死にたいです」
「…リナリア?」
夢と聞かれて死ぬ時のことを話すなんて変なことを言うなとあの時は思っただけだった。
だが、今ならわかる。
沢山の人に見守られて死ぬ。それは、彼女の魔力に恐怖しない人が居なければ無理なのだ。近付くだけで恐怖を覚えるのだから。
せめて死ぬ時は、沢山の人と。
そう考えるリナリアの気持ちを俺はぼんやりと理解出来た。
だが、叶えるのは何も死ぬ時じゃなくていいだろう?
困惑した様に俺を見るノアルに俺は右手を差し述べた。
「手、貸せ」
「……え?」
「言ったろ、お前に協力してやるって」
沢山の人に、沢山の人と、一緒にいたいそう、リナリアは望んでいたのに。俺は気づかず周りからリナリアを守ることが一番だと考えて、逃げる人に見向きもしなかった。
その中にはノアルと同じ様にリナリアを受け入れる存在が居たかもしれないのに。
ノアルの手を乱暴に掴んで俺は氷に左手を付けたまま笑う。
「リナリア」
「ごめんな」
色んな、ごめんを詰めた。色んな後悔を詰め込んで、押し殺したような声で吐き出す。
「ノアル」
「はい?」
「頼んだぞ」
「だんちょ──」
俺の魔力を全て垂れ流す。俺の魔力が広がり、ノアルが怖気づいて腰が引けそうなのを掴む手に力を込める。
「退くな」
「っ」
ノアルに俺は笑う。さあ、華をくれてやる。やれよと。
理解したであろうノアルが泣きそうな顔で頷いて視界の端でリベルトが唖然としていたのを見て目を閉じる。
なぁ、リベルト。お前は力を持ってるかもしれねぇよ。他のやつよりもずっとな。だが、お前はまだ子供なんだよ、どれだけ頭が良くてもどれだけ魔力に愛されても。
「火よっ!」
託すことが出来ないお前じゃ無理なことを見せてやる。
だから。
リナリアを頼む。
俺の魔力に着火するように青い火がつく。大きな青い炎がごうごうと燃え上がり氷を溶かそうとする。
俺はもっと魔力を注いだ。そしたら不思議と理解が出来た。悲しみも浮かんで寂しさも感じて、申し訳なさで胸がいっぱいになる。
ごうごうと燃え上がる炎が氷をじわじわと溶かしていくのを俺はぼうっと見ていた。リベルトは喜んでいたしノアルは泣いていた。
───なぁ、リナリア。俺の夢はなこの十年でとっくに変わったんだ。…リナリアが沢山の人の中で笑える場所を作る事。それが俺の今の夢だ。
炎が氷を溶かしていく。彼女を守り彼女を癒す氷が。
溶けて消えていく。
跡形もなく消え、部屋が十年前の姿を取り戻していく。
何度だって謝ろう。何度だって君の名を呼ぼう。何度だって何度だって…。
リナリア。俺が居なくてももう、一人にはならない。孤独に打ちひしがれることももう無い。泣くことだってないんだ。
だから、起きろ。リナリア。
「ん…っ」
リナリアの声が聞こえる。柔らかで優しげな声が聞こえて、瞼が上がり、青く美しい瞳が光を持つ。
「お姉様!」
「リナリア様っ!」
「だ、れ?」
リナリアが起き上がり二人から距離を取る。眠っていたリナリアは分からないんだろう、十年も経ってしまったことが。
「リナリア」
「……その、目は」
リナリアの名前を呼べば目が合う。驚きそして理解してしまったリナリアは顔を伏せた。
「すまない、十年も君から奪ってしまった」
リナリアを起こす代償は、きっちり持っていかれた。リナリアの父にもそして──炎にも。