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子を想うが故《ベリル》


 

 初めて、リナリアを腕に抱いた時。綺麗な青い目を細めてリナリアが私に微笑んだ時、ナアラと共に微笑み返した時。

 何度だって幸せだと思えた。

 

 「ベリル」

 「良く、…良く、頑張ってくれた…ナアラっ」

 

 ナアラは私の従姉妹であった。結婚するのに色々な所から文句を言われ苦労ばかりで。私の父から出された条件は結婚して最初の子の魔力が高ければナアラだけが唯一の妻となり、魔力が低くければ他の女性を正妻に迎えろというものだった。

 

 リナリアはまさに私たちの希望だった。私たち夫婦の宝で、生まれたその日から私たち家族の柱だったのだ。

 

 「っ」

 

 放出された魔力に気圧された父は初めての孫を抱くこともしなかった。目を逸らして、立ち去るだけだった。幼いリナリアは私たちが望んだ罰なのか高い魔力が原因で人と接することが難しくなってしまったのだ。

 

 

 魔力が高い子をと願い。その願いの結果としてリナリアが生まれ。

 そんな自分勝手な願いのせいで…リナリアは一人になってしまった。

 

 

 「リナリア、何か欲しいものはないかい?」

 「欲しいもの…?」

 「なんでも言ってごらん」

 「…お友達が欲しいっ」

 欲しいもので一番に友達と答えるリナリア。メイドとしてカルラを連れてきたのは少しでもリナリアの願いを叶えたかったからだ。

 

 同い年のカルラは、やはりリナリアを怖がった。だが、逃げる事もせずとりあえずは耐えてリナリアの相手をしてくれた。

 

 絵本を一緒に読んだとその日の夜リナリアは笑った。目元は少し赤くなっていたが、笑顔は本物で、こんなにいい娘がどうしてと歯を食いしばる。

 

 「旦那様…」

 

 カルラの顔を見に行けば彼女も目元を赤くして、リナリアの身を按じていた。

 

 「お嬢様は素敵な方…なのに、私怖くて…どうしたらいいのか…っ」

 

 大きすぎる魔力がリナリアを孤独にする。私とナアラは問題ないと言うのに魔力放出の牙は人に向く。リナリアがどれだけ悲しんでも寂しがっても。

 

 「お父様、私好きな人が出来たわ」

 

 だから、リナリアがそう私に言ってきた時本当に涙が出るほど嬉しかった。人嫌いになるかと不安だった日々、だが、人を好きになれるほど近づける存在が出来たということそれだけで今までの不安が砕けた。

 

 「そうかい、相手は聞いてもいいのかな?」

 「ふふ、お父様とお母様には特別に教えてあげる。あのね──」

 

 だから、感謝もしていたんだよ。タディオン君。君がリナリアの薄れた笑みを取り戻してくれたこと。

 

 だから、憎いんだよ。タディオン君。一度リナリアを孤独から助けておきながら傷付けた君が。

 

 「…リナリアに会わせて下さい」

 

 じっと私の目を歳をとったタディオン君が見つめる。随分と体躯も良くなって魔力も強くなっているようだが。最後に向かい会った時には無かった荒々しい放出魔力が私に向けられる。

 

 「じゃ、僕このお兄さんとお姉様のとこ行ってくる! お父様は炎王さんよろしくね!」

 

 楽しげにボロボロの服装の青年の手を引いてリベルトが応接間を出ていく。静まり返る部屋に私が紅茶をゆっくりと置いた音が響く。

 

 「…理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 「……リナリアを目覚めさせます」

 

 くっと笑い声を噛み締めて喉が鳴った。目覚めさせる?──馬鹿馬鹿しい。

 

 「リナリアが眠った時、目覚めさせられなかったというのに…以前よりも魔力が安定していないその状態で…ですか」

 

 大人気ない? タディオン君ももう充分の大人だ。それこそ既に子供がいておかしくない歳だ。そんな相手に大人気ないも何も無いだろう。

 

 「、たしかにそうです…けど今回は─」

 「目覚めさせて、どうするのです。十年前で止まったままのリナリアを、傷つけた本人である君が」

 「…謝ります」

 「それは大層な理由ですな」

 

 愛息子(リベルト)には自由にしたらいいと言っていた。先ほどの青年を連れてくると決めたのはリベルトなんだろう。だから好きに会いに行った。

 

 だが、タディオン君は置いていった。私の前に。私に任せるということだろう。あの子も、聡すぎる子だ。無理をしなければいいが。

 

 「リナリアの中ではね、十年前のままなんですよ」

 私はリナリアが眠る部屋に行く度に自分の老いを感じていった。いつこの氷が溶けるのだろう。いつこの腕でもう一度リナリアを抱けるのか? 

 シワの増えてく顔で大きな氷を見て、そう思うのも仕方ない。何せリナリアの姿は本当に変わらないのだから。

 

 「そんなリナリアに謝る?──十年もの時間を奪ったことをですかそれとも…」

 「…確かにあの日から十年経ちます」

 「…」

 「リベルトという弟も随分大きくなっている…過ごすはずだった時間を俺は奪った。ですが、ここで起こせば先があります。過ごせなかった十年は取り戻せないだが、その先はあります。先が十年二十年…」

 

 リナリアはリベルトの存在を知らなかった。リベルトが居ることが分かったのは皮肉にもリナリアが眠ってしまった後だった。

 

 辛いことが多すぎる。それでも…十年後のリナリアを思い浮かべてみると、起こしてやりたいという気持ちが強い。

 

 だが、リナリアはそれを願っているのか? 眠り続けたいのではないのか? そんな考えも浮かぶのだ。

 

 

 「謝ることは沢山あります。皇太子妃様のことをいつまでも引きずっていたこと。リナリアを蔑ろにしたこと、不安に気づいてやれなかったこと、…自分がどこまでも無自覚であったこと…でも一番に謝りたいのは一つです」

 

 「…」

 

 「起こすのが遅くなったこと」

 

 リナリアは

 

 「きっとリナリアは俺が起こすのだと思っていると思います」

 「リナリアはきっともう俺の顔なんて見たくないと思います、当然でしょう。でもあなたたち家族は違うでしょう、顔が見たくてそばにいたくていて欲しくて。確かに十年前のままのリナリアには辛いこともあると思います、でも家族が一人増えているんですよ。リベルトが彼女のそばに居る。ノアルも彼女を慕って探していた…だから──」


 

 どこまでも優しい子だから。きっと、喜んで笑ってありがとうというのだろう。

 

 タディオン君が告げた条件に私は目を閉じる。

 

 「──約束します。ですからリナリアを

起こすチャンスをください」

 

 リナリア。私の娘。

 愛しい愛しい子。

 

 「…分かりました」

 

 君は私を怒るかい、褒めるかい。

 

 「リナリアに会うのを許しましょう」

 

 タディオン君の提案にホッとしてしまう私はただの父親だ。自分の子が大切なだけなんだ。あの子達の安全の為なら叱咤も何も受けよう。

 

 

 だから、リナリア。

 私の我が儘を聞いておくれ。また、私は君と話したい。また君の笑顔が見たい。

 

 「…約束は守ってもらうよ」

 「はい」

 

 

 

 

 

 


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