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そのさんじゅういち
指定席に着くと、彼女は頭上の荷物置きに視線を向け、そして自分の手荷物に視線を向けた。
「・・・。無理だな」
ぼそりと吐き出された言葉。それの意味するところは簡単だ。単純に荷物置きに手が届きそうにない、それだけに尽きる。幸いにも今回の旅行は1泊2日で彼女の荷物も小さい。彼女は頭上に荷物を置く事を潔く諦めて足元に置いたのであった。
彼女は荷物の中からウォークマンとイヤホン、そしてスマホを取り出す。スマホの時計機能を立ち上げ、到着時間の30分前にタイマーをセットし、イヤホンを耳に着けた。誰にも聞こえないように、心の中だけで呟く。
「執事君、おやすみなさい」
と。そしてそのまま目を閉じた。
眠りについた彼女に影が落ちる。影は優しく彼女の頭を一撫ですると、その姿を消した。それは周りの人間が居ない一瞬の出来事だった。既に眠りの世界に旅立っている彼女は勿論、そんな彼女を見つめその頭に触れた影を知るものは居ない。




