表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Tryfling daily life /些細な日常

作者: 蓬生陽良

 俺が現場から帰署すると、休養している威がリビングで何やら夢中になっている。

「ただいま」

「お疲れ」

 顔も上げずに手元を見つめたまま言うので、俺は覗いて見た。

「何してんの?」

「数独」

 数字パズルだ。

 9×9のマスをルールにのっとって数字を埋めていく。

「楽しい?」

 一枚手に取って聞いて見る。

「うん」

「ふうん」

「やるか?」

 そこで初めて顔を上げた威が、一枚俺によこした。

 威がいとも簡単にマスを埋めていくので、たいしたことないと思いきや、とんでもなかった。


 難しい……。

 これは、相当に頭を使うシロモノだ。それに俺はもともと理数系が苦手だ。

 てか、こいつがやってるのは上級編だ……。

 忘れていたが、威はこういうの得意だろう。

 現場での、頭の回転の速さには舌を巻く。

 ひらめきの連続。勿論それは経験に裏打ちされたものだろうけれど。

 しかし、こいつはいつも『アハ体験』てのを、してるんだろうな。

 そして、その度に脳が活性化されて。

 だから、いつまでも衰えない。

 俺の脳年齢っていくつなんだろ。

 最近は特に、蓄積疲労でボーッとする事が多い。

 疲れ過ぎているのか、とんでもないボケをかます。

 この間なんか、野菜室と間違えてキャベツを冷凍庫にしまってしまい駄目にしてしまったし……。

 現場で失敗していないだけ、まだ良いか。

 思わず深い溜め息が洩れて、威が、どうかしたか? と聞いてきた。

 俺は、なんでもないよと返して、ソファから立ち上がり風呂に向かった。



 30分して、風呂から上がると威が冷蔵庫の前で凍りつき、バタンと扉を閉めてから、再度中を確認した。


 なんだろう……。

 信じられない物でも見たような顔をしている。

 信じられないものを見た時、思わず再確認してしまう気持ちはなんとなくわかるが。

「どうした?」

「これ……お前か?」

 ひきつり笑いを浮かべて、冷蔵庫の中を指さした。

「え? なに?」

 言われて、中を覗いた瞬間、俺は固まった。

 そこには、パンダのぬいぐるみが鎮座していた──。

 冷蔵室の冷気を纏い、体はほんのり湿っている……。

 この人形、学院の中等部の女の子が旅行のお土産にくれた物だ。

 小ぶりなサイズで、手触りが最高に気持ち良く、何よりもぬいぐるみが醸し出すぼや~んとした雰囲気がたまらず、ものすごく癒される。


 気に入って支部に持ち帰り、その日は抱いて寝た。

 その後──の記憶がない。

 なんで? 冷蔵庫なんかに入れたかなー。

 思い出せないまま、冷蔵庫からパンダのぬいぐるみを取り、小脇に抱えて撫でる。

 ひんやり冷たい……。でも湯上がりには気持ち良い。

 思わず頬被りした俺を見た威が、苦笑している。

「なんだよ」

「別に? なんか、そういう姿がはまるなと思って」

「俺、絵的にはお前のが似合うと思う。絶対可愛い」

 言って、威に押し付けてやった。

「何する!」

「気持ち良いだろう。癒されるだろ?

この表情と手触りがなんとも言えないだろ?」

 威は、反論もせずにパンダのぬいぐるみを抱いている。


 そうじゃろ? 気持ち良かろ?

 俺は内心で、変なじいさん言葉で呟きつつ威を眺めた。


 うーん。

 あの威が、可憐に見える。そのうち、笑いが込み上げてきた。

 ギャップがすごくて、耐えきれずに吹き出す。

 可愛いーを連発すると、パンダが顔面に飛んできた。

「お前、煩い!」

「なんでー?これ、貸してやるよ。癒されるからさー」

「いらん」

 照れた表情で、威はリビングを出て行ってしまった。


 素直じゃないんだから。

 そうだ。今度、奴に抱き枕を買ってやろう。この間、近所の家具屋でクマとアヒルの抱き枕を見つけたのだ。

 抱き心地も手触りも最高だった。


 あいつ、どんな顔するかな。

 

 俺は、ニンマリと思わずほくそ笑む。

 あ、それにしても、また変な物を冷蔵庫にしまわないように気をつけなくちゃな。

 疲れているとはいえ、これではいかん。

と反省しながらも、さっきの威を思い出して、また笑いが込み上げてくる。

 携帯で写真でも撮っとくんだったな。

 失敗した。

 滅多に見られない、お宝写真になったに違いない。

惜しいことしたなー。

 と、反省もそこそこに、俺は思うのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 結城だ! この日常が読めて嬉しいです。 結城フリークとしては、この二人の会話が大好きなのです。 本編でも結城の話が読みたい、ゆっくりとお待ちしております。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ