プロローグ
俺は今「行き倒れ」ている
まだ「野たれ死に」ではない
でもそれもそう遠くない未来だと俺の本能が告げている
疲労・飢えに加えて吐き気や下痢、悪寒などの症状
全身は泥にまみれており不衛生状態極まりない
精神状態も最悪。
そしてここは「魔物」が住み着いている森の中
元気であろうとなかろうと
力のない一般人の俺はここにいるだけで魔物の胃の中に埋葬されて
俺の存在はこの世界から消えてしまうだろう
何一つとして生き残れる要素がない
腰には借り物のショートソードが帯刀してあるが剣など使ったこともない
それ以前に剣を振るう力も気力もあるわけない
どうしてこんな事になったのかな
というかこうなって当たり前だったのに、俺はその予測された今に目を背けていただけなのだろう
俺は農家の次男として生まれた
その暮らしはほぼ自給自足の生活であった
自分の家の小さな畑で育てた農作物と、たまに手に入る動物の肉が生活の糧
そのため農作物の出来で俺たちの生活状態が左右されていた
幸い俺が生まれてからの18年は豊作続きで、生活に困ることはなかったらしい。
俺ははっきりいって家族に疎まれていた
真面目で良く働く兄とは違い
不真面目で良く怠ける俺である
これだけでも充分な理由であるが
何でも十人並みの兄貴と違って
俺は太っており容姿も悪い、その上コミュ障ときたものだ
俺自身も一応申し訳ないという気持ちがあった
でも何もしなかった
本来15歳で一人前と見なされ、兄のように本格的に家業を手伝うのが常であるが
俺はただ部屋に篭って村長から借りた書物を読んでいるか、寝ているだけの生活であった。
要するにダメダメなのだ
そんな俺に対して文句を言いながらも、面倒を見てくれていた家族には感謝しかない
だから飢饉に見舞われた今奴隷として売られた事も恨んでいない
ただここで死んでしまうのであろう運命に辿り着いてしまった自分自身を恨む・・・
「あ・・・やばい」
薄れゆく意識の中、死への予感と恐れを感じた・・・
※※※※※※※※※※※※
場面は2日前に遡る
俺は馬車に揺られていた
初めて乗ってみたが馬車は便利だ
村にも馬はいたが村長の家に一頭老馬がいただけで
もちろん俺は乗ったことがない
自分が動かなくても移動できるというのは不思議な感じだ
そんな環境で生活している俺が馬車に乗るというのは大きな衝撃だ
それ以上に衝撃的なのは俺が檻の中にいるという所だろう
俺は奴隷商人に売られた
家族はその引き換えに銀貨50枚(現在の貨幣価値で銀貨1枚が1万円)を得た
今までの蓄えと大食らいの俺がいなくなれば何とか飢饉を乗りきれるだろう
家族は繰り返し謝り、そして涙を流してくれた。
今まで何もしなかった事を謝り
今まで育ててくれたことを感謝するのは俺の方なのに・・・良い家族だ。
そんな訳で俺は奴隷となった
ひとまず近くの街に行き、そこで奴隷として登録されるらしい
詳しい事はわからないが奴隷の店があって、そこで売買をされるようだ
馬車の手綱を握る奴隷商人のおっさんが言うには、デブで容姿も駄目な俺は余程酔狂な客じゃない限り買われないだろうと言われた。ひどい。
まぁ俺だって買いたくない。
だからしばらく陳列された後、鉱山で自分の売値である金貨10枚(銀貨10枚で金貨1枚)を稼がされる事になるだろうという事、金貨10枚稼いだら自由になれると言う事を教えてくれた。
稼げる額は微々たるものだから数年はかかるらしいが
商品にそんな事を喋っていいのかな。
親切なおっさんだ。
優秀な奴は価値が高い訳だから、たくさん稼がないとならないって事か・・・
それに価値の低い俺は自由になる条件も難しくないというのは何とも皮肉な事だ
まぁ優秀な奴は鉱山ではなくて店頭で売れるのだろう
きっと貴族とかに買われて良い暮らしが出来るんだろうな。
所詮駄目な奴はどこに行っても必要とされないって事なのだろう。当たり前だ。
「お前の名前は?」
奴隷商人の隣に座っている男が俺の方を見て話しかけてきた。
年の頃は30代半ば、精悍な顔つき、体は引き締まっており俺とは真逆なタイプだ。
腰には剣を携え皮の鎧を着ている。
「ア・・・アッシュ」
俺は目線も合わせず返事をした、上手く声が出なかった。
「そうか、アッシュお前は鉱山で数年働けば自由になるだろう。その後お前は何をするんだ。」
何をする・・・?俺の将来・・・?
・・・・・・・・何も浮かばない
だから俺は答えた
「わからない・・・」
「そうか、奴隷になったすぐに自由になった時の事なんか考えられないよな。悪い。」
そう言いながら男は苦笑した。
そうじゃない
家にいた頃から将来の事なんて考えてなかった
怠惰な生活が永遠に続くと思っていた
だからイメージ出来ない
俺の将来の姿なんて
俺が何か出来るなんて・・・思えない・・・。
そんな戸惑う俺に男は言葉を続けた
「俺も奴隷だったんだ」
俺は驚き思わず男の方を振り向き掠れた声で問う
「本当ですか?」
「ああ本当だ、そして俺は自分で稼いで自分を買い戻した。そして今の仕事を始めたんだ。」
「今の仕事・・・?」
男は口の端に笑みを湛えながら口を開く
「冒険者って職業を知っているか?」
初めての投稿です
少しでも多くの人に読んで頂ければ嬉しいです