第三章:騎士と出会った姫
椿目線の話です。
入学式からの帰り道、私はただ前を見て、ひらひらと落ちてくる真っ白な桜を見ていた。
それは、あの冬の日に見た、真っ白な雪によく似ていた。
両親が「事件」で死んだ 数日後の冬の日、
両親の葬儀が行われていた。
会ったこともない、両親の親戚であるらしい人がたくさん集まっていた。
私の父親はイギリス人だった。イギリスから留学してきて、母と同じ大学に入学した。二人は大学で出会ったらしい。
ここからは、葬儀で聞いた話だが
私の母親は、名家の出身でいわゆるお嬢様だった。
母の国際結婚は、世間体を気にする母の実家の音原家によって、大きな問題で両親に大反対された母は、駆け落ちして父と結婚した。
そのせいか、母の親戚で私に話しかけてくる人は、音原家の代表者である祖母以外ほとんどいなかった。
横目でみたり、陰口を言われたり、
厄介者だと思われているのが分かった。
父の親戚はたくさん声をかけてくれた。
しかし英語だったので、何と言っているか分からなかった。
それでも、励ましてくれているのだけは分かって、嬉しかった。
葬式が終わって私は独りになった。
部屋の隅で小さく丸まって座った。この体制が一番落ち着いた。
親戚が集まって、何かを真剣に話し合っていた。
微かに聞こえてくる内容から考えて、
“誰が私を引き取るか”
ということらしい。
半ば当然の流れで、音原家の誰かが引き取ることになった。
「私の所は子供が4人いるから…ちょっと…ねぇあなたの所は?」
「手のかかる年頃の子供がいるから…動揺するでしょう?」
「じゃあ、どうするのよ。菫さんも子供を残して逝ってしまうなんて…」
私の押し付け合いみたいになっていた。
聞きたくなかった。
私は両親の死のことを
私を残して先に逝ってしまった、とも
両親と一緒に逝きたかったとも
思わない。
そんな悲観的な考え方はしたくなかった。
お父さんとお母さんが私を守ってくれたんだから。
二人が守ってくれた大切な命だから頑張って生きないと。
今生きていられるからこそ復讐するんだ。
犯人を見つけ出さないと。
何でこんなことになったのか知りたい。
そして両親の無念を晴らそう。
“私一人でも”
そう思うと体が熱くなって何故か涙が出てきた。
私が泣いていても誰も気づかない。大人達は話し合いに夢中だ。
お母さんとお父さんだったら、いつもすぐに駆け寄ってきてくれたのに。
近くに大人達がいるのに
独りぼっちになった気がした。
あぁ、私は独りになってしまったんだ。
私は涙をぬぐって前を見た。
それからは、ただ曇った窓から
微かに見えるひらひらと降る雪だけを見ていた。
春になっても、私は変わらず前を見て歩いていた。
はずだった。
誰かに話しかけられて、顔を上げた。
その時、はじめて自分が下を向いていることに気づいた。
前を向くと、三人の女子生徒がいた。
ショートカットで、今風に制服を着崩した少女が言った。
「同じクラスだよね?はじめまして、椿さん!内藤海那だよ。カナって呼んでね」
次に、温厚そうなセミロングの少女が言った。「あたしは、神崎椎奈だよ。よろしくね、椿さん」
「いきなり、[椿さん]!?突然ごめんね、音原さん」背が低いポニーテールの少女が控えめに言った。
「[音原さん]はやめて。椿でいいわ」椿は言った。
「そうなんだ?じゃ、椿で…私も真理でいいよ」真理は照れたように言って、うつむいた。
「あ、そうだ。おと、椿ってお昼まだ?うちの両親が喫茶店やってるんだけど…良かったら一緒に昼ご飯食べない?」
「お昼はまだだけど、急に悪いから…遠慮するわ」
丁重に断ったつもりだった。
…が、
グゥー
お腹がなった。私のだ。
椿は顔を赤くした。
三人は急に笑顔になって、
「いいから、いいから!一緒に行こ!」
そして、椿を強引に店まで案内した。
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「うちの店[オリジン]へようこそ!」
言って、真理はドアを開けた。
[オリジン]は、木造でテーブル、イス、カウンターなど全ての物が木製で、温かで落ち着く雰囲気だった。
ショーケースにはケーキが並べられていて、とても美味しそうだった。
「いらっしゃいませ。って、お姉ちゃん。おかえりー」
「ただいま。椿、紹介するね、妹の真美。小6。」
「はじめまして。車田真美です。お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします。こんな綺麗で優しそうな人がお姉ちゃんの友達になってくれるなんて…嬉しいです。お姉ちゃん、人見知りで友達作るの苦手なんですよ。」
「ちょっと、真美!余計なこと、べらべら喋らない!」
真理は顔を赤くして、早口で言った。
「長話したら迷惑でしょ。みんなお腹空いてるんだから、早く席に案内して!もう二人とも座ってるし…」カウンターに一番近い席に椎奈と海那は座っていた。
「注文お願いします。あたし、サンドイッチセット」
「カナも同じのを。水も四人分持ってきてください」
「はい、ただいま。お母さん、サンドイッチセット二つ」
真美が厨房に向かって言うと、厨房から30代位の女性が出てきた。
「はいはい。あ、真理お帰り。椎奈ちゃんと海那ちゃんもいらっしゃい。あれ、そっちの子は新しい友達?」
真理のお母さんが私の方を向いた。
瞬間、幽霊でも見たかのようにとても驚いた表情をして、固まった。
そして微かな声で言った。
「菫…」
菫。私の死んだお母さんの名前だった。
何で、この人がお母さんの名前を知ってるの!?
驚きと疑いの表情で見ていると、
真理が私をお母さんに紹介した。
「お母さん、この子は椿だよ。音原椿さん。」
真理のお母さんは元の明るい表情に戻って
「そうかぁ。知り合いにあまりにも似てたから…ゴメンねぇ。椿ちゃん、真理をよろしくね」
言って、軽く頭を下げた。
「ところで、注文はもう決まった?決まってなかったら、おすすめがあるんだけど…どう?」
注文がまだ決まってなかったし、料理を選ぶ心境ではなかったので、
任せることにした。
「じゃあ、“シェフのまごころディッシュ”作ってくるよ。シェフがその人に合った料理を考えて作るっていうメニューなんだ。本当は常連さんだけなんだけど、椿ちゃんは特別ね」
無邪気に笑って、真理のお母さんは厨房へ消えていった。
私はその後ろ姿に疑いの視線を送っていた。
あの人は、お母さんのことを知っているの?
何の関係があるの?
気になってしょうがなかった。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
野菜の付け合わせが添えられたシンプルなハンバーグだった。
よく家でお母さんが作ってくれたものによく似ていた。
「いただきます」
一口食べて、驚いた。
似ているなんてもんじゃない。
お母さんのハンバーグと全く同じ味だった。
ふわっと柔らかい食感、肉の味に混ざって広がる、野菜の素朴な味。
美味しくて懐かしくて。
あの頃を思い出して泣きそうになったが堪えた。
この味が作れるのは何故?
真理のお母さんをみると、優しそうな表情でこっちを見ていた。
この人は何者?
ふと何気なくハンバーグのお皿を見ると、
テーブルクロスと皿の間に小さな紙が挟まっていた。
【お母さんの話が聞きたかったら、20時にもう一度、お店に来てください】