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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第三部
94/123

40.父娘の拳

 プレイヤーデータ

 アバターネーム:カレン

 プレイヤー:上杉夏恋

 アバターサイズ:ミドル

 使用武器:レイピア『ディアボリーグ』

 スキル:『突剣術』『騎士道』『ステップ』『???』

 所属騎士団:無し


 アバターネーム:シアン

 プレイヤー:上杉冬香

 アバターサイズ:ミドル

 使用武器:レイピア『ファイナルレター』

 スキル:『突剣術』『騎士道』『ステップ』『高速移動』

 所属騎士団:無し

 ネクロフィアダークネス 亡霊のショッピングセンター


 亡霊のショッピングセンター、その家電売り場。ナハトさんが戦ったことで、この辺りにはスピーカーなどのオーディオ類が散乱していた。

 私は仮面の、赤いドレスを着た人と対峙した。私も少し緊張する。どこかしら、相手がこのゲームに慣れているようにも見えたからだ。

 「【ジャブ】!」

 私はまず、牽制であるジャブを打って様子を見る。仮面の人は剣で受けずに、身のこなしで回避した。レイピアは細いから、防御には使えないのか。レイピアは赤くて大きめだけど、カテゴリー的にある程度性能が定められているに違いない。

 「【レイジ】!」

 ジャブが終わる隙をついて、仮面の人はシンプルな突き技を放つ。私は拳で受けたけど、少しHPが減った。

 だが、突き技を放った仮面の人が少し硬直したようにも見えた。仮面の人はその後、直ぐに体勢を立て直して技を使う。

 「【スイグ】!」

 水平にレイピアを払う技だった。私はそれをしゃがんで避ける。やっぱり、仮面の人は硬直した。そこを突くのがいいかな?

 「【ストレート】!」

 しゃがんだ為に畳まれた足を一気に伸ばし、渾身のストレート。見事に、仮面の人のボディに決まる。よし! いい感じ!

 「くっ!」

 仮面の人は今の私より多くのHPを失った。少し巻き返せた。HPゲージは私が9割、仮面の人が8割残っている。

 ダメージを受けて、少し隙が出来た仮面の人は直ぐに体を翻してレイピアを私に向ける。距離は少し離れていた。

 「【ダスレイジ】!」

 そのまま仮面の人は、レイピアを突き付けながら走って来た。レイジという技の突進バージョンか!

 「あっ……」

 少し後ずさりした私の足に、何かが当たった。一抱えほどある大きなスピーカー。私は咄嗟にそれを盾にする。ナックルでは受け切れない。

 「小癪な!」

 仮面の人はレイピアがスピーカーに刺さって使えなくなると、先端に刺さったスピーカーの重さに負けてレイピアを手放してしまう。

 「しまった!」

 「【ストレート】!」

 私のストレートは仮面の人の顔にヒットする。そして、私の目の前に青白く発光するウインドウが現れた。

 「くぅ!」

 「何これ?」

 床を転がる仮面の人に気を配る余裕すら無く、私はウインドウを見る。何かあったのだろうか。

 『技を習得しました! 拳術【ラッシュ】』

 「な、何?」

 「使え!」

 私が戸惑っていると、ナハトさんがアドバイスを送ってくれる。ラッシュ、つまりナハトさんがデュエルで使った連撃技だ。

 「し、しまった!」

 なんとか立て直そうとする仮面の人に、私は接近する。ラッシュを使うために。

 「【ラッシュ】!」

 私の拳が高速で動き、仮面の人を襲った。仮面の人はHPをドンドン減らしていく。未だラッシュは止まらない。

 「……駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄っ!」

 私は何時しか叫んでいた。この叫びの由来は私も知らない。なんか時間を止めるラスボスになれる気がするけど。そして、仮面の人のHPは遂に赤くなった。

 「よし!」

 「初心者の、はずだ!」

 私は最初に受けたもの以外ダメージを受けていない。しかし、私にナックルの才能があるというのは本当なのだろうか。

 「はっ! 理架はナックルのセンスがあるとDPOシステムからお墨付きをもらったんだ! 勝てるかよ!」

 「うん。私はお父さんの娘だから」

 仮面の人はレイピアを拾い、もう一度戦闘体勢を整える。そして、メニュー画面を操作し始めた。

 「こうなれば、集団戦だ!」

 「やろうじゃないさ!」

 いきなり対戦方式が変わる。つまり、ここにいるナハトさんや新生円卓の騎士団が入り乱れる、所謂バトルロワイヤルになるのだ。

 「ちょ……ナハトさん! この人数じゃ……」

 「赤介達も来るからな。それまでちょっと待て」

 ナハトさんが仮面の人を制止していた。赤介さん達は下から爪人間を追っていた。そろそろこちらに追いつくはず。私の予想通り、バタバタという足音が聞こえてきた。

 「番長!」

 「大丈夫ですかい?」

 「こいつらが円卓の!」

 赤介さん、青太郎さん、緑郎さんが到着する。だが、人数が不利だ。ナハトさんはどうするのだろう。私には人数で押されると何とかできる自信が無い。

 「どうしよ……」

 私は少し考えた。この人数差を打開する術が思い付かなかった。本当にどうしよう、何もできない……。

 「なら、私達が手を貸すわ」

 「我がリーダーの指示だ」

 「チートがなきゃ負けねぇんだよ」

 「私の強さを見せてあげる」

 私の思考を打ち切ったのは、四人のプレイヤーだった。

 現れた四人はいずれも個性的だった。一人は白いウェディングドレスみたいな服を着た、背中まである黒髪と赤い瞳が特徴の人。もう一人は青い胴着を着ていて剣道部みたいだけど、持ってる武器は洋風のサーベル。そして残りの二人は冒険漫画の主人公みたいな人とヒロインみたいな人だ。

 「お兄ちゃんに知らされてここまで来たけど、まさか劣化とはいえ円卓の騎士団が、ね……」

 ウェディングドレスの人が大きな剣を取り出して言った。シンプルなデザインで純白の剣、この人の綺麗さもあって輝いて見える。ていうか、ケーキ入刀に使うナイフが大きくなったようにしか見えない。

 「しかし、ティア。お前が墨炎の妹とは知らなかったぞ? 髪や目の色を変えた理由を聞いた時驚いた」

 「ナイト、私はあの人の妹に、なったの。現実では叶わんが、こっちくらいアバターに姉妹っぽさは持たせてくれ」

 ナイトと呼ばれた剣道部員がサーベルを抜くと、ウェディングドレスの人、ティアが軽口っぽく返す。

 「さて、俺達の力も見せるか、メイ」

 「そうね。付いて来てよ、ギン」

 冒険漫画コンビはそれぞれ片手剣を抜いた。これで人数はまだ少ないけど、何とか勝負になりそうだ。全員が青いウインドウを操作して集団戦になる。これはパーティー同士、騎士団同士での戦いだ。

 「まずは貴様だ、凍空真夏!」

 「やめておけ、死ぬぞ」

 赤いドレスに仮面の人がティアに攻撃を仕掛ける。しかし、ティアは大剣でレイピアを受け止める。いやそれより、今、凍空真夏って……。

 「凍空……?」

 「今は苗字が変わった」

 驚くナハトさんにティア、真夏ちゃんが言った。髪と目の色は兄、直江先輩のアバターと合わせてあるのだろうか。私は直江先輩のアバターを知らないからわからないけど。にしても、現実とアバターの身長やスタイルに差がありすぎる。

 「理架さん。反撃の鍵はリベレイション=ハーツだ」

 「へ?」

 私を向いた真夏ちゃんがそんな事を教えてくれた。何かの技だろうか。多分、私にも使えるはず。

 「そうか。理架、それを使う時は何か一つ、自分の中で一番強い感情を思い浮かべろ」

 ナハトさんのアドバイスを聞き、強い感情を頭の中から探す。何だろう、全然思いつかない。

 「私達が奴らを一カ所に固める。そうしたらリベレイション=ハーツを打って下さい。味方に当ててもダメージは無いのであしからず」

 真夏ちゃんは仮面の集団に走り、大剣を横に凪いだ。ある程度、まばらに集まっていた集団は後ろに移動して固まった。

 そこをギンさんとメイさんが横に広がる集団を牽制して固める。これで固まる形となった。

 場所は狭いショッピングセンターの家電売り場。集団は抜ける隙が無い。

 「抜けるぞ!」

 数人の仮面が包囲を抜けようと走る。だがナハトさんに赤介さん、青太郎さん、緑郎さんが集団を殴って押し戻す。

 集団は完全に固まった。多分、この人達は集団戦に慣れてるから会ったばかりの人と連携できるのであって、仮面の集団は今までチートというズルに頼っていたから集団戦の戦い方がわからないのだろう。

 「今だ!」

 「【リベレイション=ハーツ】!」

 ナハトさんのタイミングで、私はリベレイション=ハーツを発動させる。私が思い浮かべたのはあの人。

 (直江先輩……)

 私は直江先輩と初めて会った時から、何故か顔を見ると私の顔が熱くなって、あまり見られない。この感情はよくわからないけど、私の中で一番強いのは間違いない。

 「あれ?」

 しかし何も起こらない。私が周囲を見渡すと、やはり何も起きてないことが解る。

 「ナハトさん! これは……」

 言いかけて気づいた。皆の動きが遅くなっていたのだ。これが私のリベレイション=ハーツ。だけど、何で真夏ちゃんは一番強い感情を思い浮かべる様に言ったのだろうか。

 それを考える前に私は仮面の集団を倒すことにした。仮面の集団に走り寄り、とにかく殴ろう。いや、それじゃダメだ。この効果がいつ切れるかわからない。

 その時、私の頭で電球が光った。思わず手を打つ。

 「転ばせよう」

 私はそう思った。急いでかつ丁寧に一人ひとり、足を持ち上げて転ばせる。私が集団から離れた時、時間が動き出した。

 「なっ……!」

 「ぎゃああ!」

 仮面の人達は転んだ。赤いドレスの人も転んでおり、これは大きなチャンス。

 「っ……!」

 ナハトさん達にチャンスであることを教えようとするが、声が出ない。

 「副作用、沈黙状態。ボイスコマンド入力不可、か」

 真夏ちゃんが転んだ集団に走り、技を使う。大剣の切っ先で床を擦りながら、ボイスコマンドと共に剣を振り払う。

 「【ビックウエイブ】!」

 払ったところから青い衝撃波が飛ぶ。それを受けた集団の半分ほどが吹き飛び、その内数人がHPを全て失う。かなり強い技か、武器が強いかどちらだ。

 だが、硬直時間があるはず。そこを真夏ちゃんは振り払った剣の勢いを生かし、爆転した。硬直時間を何とかした。

 「【ラージソニック】!」

 吹き飛んだものの技が直撃せずにHPが残った仮面の人に対しては大剣を横に払って出した斬撃を当てる。これで半分減った。

 「【リベレイション=ハーツ】!」

 ナハトさんがリベレイション=ハーツを使った。右足が炎に包まれ、ナハトさんは助走を付けてから高く飛び上がる。空中で回転し、そしてそのまま仮面の集団へキック。

 「ライダーキック!」

 仮面の集団は爆発で吹き飛んだ。直撃した一人は消し炭になり、吹き飛んだ集団はHPのほぼ全てを失う。

 「【ライジングスラッシュ】!」

 「【シザーネイル】!」

 ギンさんメイさんが生き残りを順当に狩る。ナイトさんは勿論、赤介さん達も参加していた。

 「死にさらせ!」

 赤介さんは木刀で集団の頭をかち割っていた。青太郎さんは金属のチェーン、緑郎さんは金属バットで攻撃。完全な不良だ。

 「くっ、貴様!」

 「お前を残したのには訳がある」

 転んでいた赤いドレスの人が立ち上がろうとするが、真夏ちゃんに剣を突き付けられて止まる。

 「新生円卓の騎士団はなんだ? 何が目的だ。言えばこの試合、私達が降参しといてやる。初陣でこのザマは恥ずかしかろう」

 「ふっ、誰が!」

 赤いドレスの人はそのまま真夏ちゃんの剣に自ら刺さる。HPを失い、身体が剣から抜けて床に落ちた。これで新生円卓の騎士団は全滅。

 「やれやれ、こんなこともあろうかと一人捕らえたぞティア」

 違った。ナイトさんが一人捕まえていた。家電売り場にあったコードでグルグル巻きにしてあるが、コードに赤いエフェクトがあるということは拘束に使えるスキルがあるのだろうか。

 どうも装備は初期装備らしく、私が初めて使ったものと同じチャクラムを持っていた。仮面の人は男性プレイヤー。新生円卓の騎士団における男女比は、あまり私が個々に注目してないせいでわからなかった。

 「では聞こう。教えてくれたら我々が降参、君らは不戦勝だ」

 「教える! あまり情けない戦いをしたらエリートの名に傷が付く!」

 捕まったメンバーが必死に言う。かなり焦っていて、エリート云々いろいろ厳しい状態であることが伺える。

 「エリートは負けるなってウチの家風的にマズイんだ! だから話すよ!」

 そして、メンバーは新生円卓の騎士団について話し始めた。真夏ちゃんとナイトさんはやや冷ややかに聞いているように思えたが、多分気のせい。エリートについて思うとこでもあるのだろうか?

 「新生円卓の騎士団は渦海党が直接召集したのさ。目的はゲームの内部を掻き乱して運営を困難にすることだ!」

 それを聞いた真夏ちゃんは、剣を持ち上げる。刀身に書かれた筆記体の英語、『ヴァージンヴァーミリオン』という単語が冷たく光る。

 「それだけ?」

 「俺が聞いたのはそれだけだ!」

 「そ」

 真夏ちゃんはゆっくりと、大剣を両手で振り上げた。その表情は憐れむ様な、蔑む様なものだったが、はかなげで同性の私ですら少しドキリとしてしまった。

 「私は降参すると言ったが、あれは嘘」

 「なっ……!」

 そして振り下ろす。大剣はメンバーの頭を砕き、血のエフェクトを吹き出す。その返り血を浴びた真夏ちゃんは、冷静に剣を下ろした。ふと、私の脳裏にある記憶が過ぎる。

 『優くん?』

 遊んでいた子供が、突然口から血を吐いて倒れる光景。私は足に力が入らず、そのまま尻餅をついてしまう。

 「あ……」

 その小さな身体からは考えられない量の血を吐き出していた。

 「理架?」

 「理架さん?」

 ナハトさんと真夏ちゃんが駆け寄って来たので、私は我に帰る。未だに真夏ちゃんのウエディングドレスは血で染まっていたが、何とか私はあれをゲームのエフェクトだと納得させて耐えた。

 「どうしたの?」

 「ううん、なんでも」

 私は二人に答えて立ち上がる。私はあの記憶の出来事以来、血がダメなのだ。

 いや、今はそれより、気になることがある。

 「そうだ。あの赤いドレスの人、切り裂き魔って……」

 「どうせブラフでしょうが……、一応お兄ちゃんに言いますか?」

 真夏ちゃんはエスカレーターのある方向を見た。すると、一人の女の子がやってきたのだ。

 現実の真夏ちゃんよりちょっと大きいくらいの小柄で、夜空の様に真っ黒な髪は腰の下まで伸びている。紅い瞳も特徴的だった。革のベストにパーカー付きのワンピースを着て、靴はブーツ。珍しいことに、二本の剣は太股に巻いたベルトに付けた鞘に収まっている。

 「墨炎、我がリーダーはどうした?」

 「今来るよ」

 ナイトさんの問いに、墨炎という女の子は赤い淵の眼鏡をかけながら答えた。その言葉通り、薄い紫の胴着と袴を着た少女がエスカレーターから下りてきた。白い髪で、墨炎と対照的なイメージがあった。

 「で、もう終わったのか?」

 「終わったよ。円卓野郎もどっか行った」

 ナイトさんは墨炎ちゃんの言葉にぶっきらぼうに答えた。その後、墨炎ちゃんは頭のアホ毛をピコピコ動かしながら、何かを探していた。

 「で、切り裂き魔がいたって? なら一旦話合うか。こっちじゃ誰が聞いてるかわからんから、一緒に警察署にでも行こう」

 墨炎ちゃんは私を見て、それだけ伝えると、そのまま帰ってしまった。

 「今日はとりあえず解散だな。帰るか」

 私はナハトさんの指示に従って帰ることにした。


 現実世界 マンション前


 私はログアウトするとすぐに身嗜みを整えて家を出た。部屋着のワンピースだけど、髪くらい整えないと。ワンピースだって一番私がかわいいと思うものを選んだし。

 私が住むマンションの入口で待ち合わせることになった。

 「これに連絡先が、ね」

 私が驚いたのは、椿さんから渡されたスマートフォンに真夏ちゃんの連絡先が登録されていたところである。私は椿さんにDPOでのことを話そうとしたが、その時に真夏ちゃんや愛花さん、直江先輩の電話番号が登録されていることを知ったのだ。

 「もうすぐ来るのね」

 さらに、『ライ麦』というアプリも入ってることに気づいた。これは掲示板サイトのアプリであるが、話題スレッドを立てた人物に認められた特定の人間しか書き込めないのが特徴である。そこの『切り裂き魔対策本部』という話題に私は入れた。

 それによると、真夏ちゃんと直江先輩は家を出て、こちらに向かってるらしい。どうも、真夏ちゃん達だけで無く、切り裂き魔に狙われる可能性のある人間、つまり表五家に逆らった人間の安否情報も書き込まれていた。

 この話題に入れるのは私の他に真夏ちゃんと直江先輩、愛花さん、椿さん。どうやらお父さんも入れるらしい。知ってる人はそれだけだが、もっと他にもいる。今、直江先輩の書き込みを見て私の家に向かうと書いている『宵越弐刈』という人もその一人。

 『僕も行くよ。女の子に危険が及んでるからね』

 『来るのか。いいけど』

 「承諾しちゃった!」

 直江先輩が弐刈という人が来るのを承諾した。直江先輩がそう言うなら、多分信頼出来る人に違いない。

 『理架もいいよな?』

 直江先輩の書き込みに、真夏ちゃんの書き込みに書かれた文章の投稿方法を見ながら答えた。慣れないもので、時間がかかってしまう。

 「いいですよ、っと」

 「了解貰えたぜ。もう着いたけど」

 私が顔を上げると、直江先輩が目の前にいた。流石にこれは驚く。顔が熱い。やっぱり、顔見れない。

 「で、この子が真田理架ちゃんか」

 直江先輩の後ろにいたのはカジュアルな格好をした男性。この人が宵越弐刈だろうか。かつて宵越テレビの社長を勤めたが、会社をめちゃめちゃにして辞めた人。

 そんな人が私の目の前にいるとは到底信じられなかった。大企業の社長とは思えない親近感を弐刈さんは放っていた。

 《これで全員揃いましたね》

 真夏ちゃんがゲームとは打って変わり、筆談で話を進める。DPOでは喋ることができるが、やはり現実では喋れない。ボイスコマンドで技を出すシステムの都合上、DPOはプレイヤーを喋れる様にアシストしている様だ。

 しかし、あのDPOで聞いた声が真夏ちゃんの声なのだろうか? 多分ボイスエフェクトだと思うけど。

 「じゃあ、場所を移すか。警察署辺りに」

 直江先輩の提案で場所を移すことにした。警察署ならまず安全だろう。特に愛知県警は表五家の力が何故か及んでないとお父さんが言ってたし。

 私達は警察署に向けて歩き出した。ここから警察署は少し距離があるが、安全に話すためだ。突然熱地南太郎が刺されたように、私達もいつ切り裂き魔に襲われるかわからない。

 その路上。直江先輩と真夏ちゃんが前を行き、後ろを歩く私の隣に弐刈さんがいた。そして、何やら私を見ていた。

 「弐刈さん?」

 「いや、かわいいな、って」

 サラっととんでもないことをいう弐刈さん。ちょっと恥ずかしい。

 「遊人の奴が『母親に似て綺麗だ』なんていうから綺麗系かと思ったらかわいい系だもん、驚いたよ。外見は理名さんの生き写しだよ」

 「え? お母さんを知ってるんですか?」

 驚いた。直江先輩や弐刈さんがお母さん、真田理名を知っていたのだ。私すらよく知らないのに、何でこの二人が?

 お父さんが『良い女だった』としか言わないのも私がお母さんをよく知らない一因だけど、松尾芭蕉が松島見て『松島や』くらいしか言えなかったのと同じではないだろうか。記者として多彩な語彙を持つお父さんも、お母さんを前にするとそれしか言えないくらいお母さんは『良い女』だったのだろうか。

 「お母さんって、どんな人でした?」

 私は弐刈さんに聞いてみた。お父さんがあまりお母さんのことを言わないため、知る機会は今しかないと感じたのだ。そして、弐刈さんはきっぱりと言った。

 「初恋の人」

 「ええええぇぇっ?」

 驚いた。弐刈さんの初恋の人はお母さんでした。お母さんが生きていたのが少なくとも10前までだから、弐刈さんはまだ若かったはず。

 「いや、その時僕は中学生でね。告白したけど結婚してるからって、断られたよ。そして理名さん、『私よりいい女は必ず見つかる』って言ったんだ。その言葉を確かめるために、僕はDJとしてたくさんの女の子と出会うことにしたんだ」

 さらに、弐刈さんの人生まで決めてしまったらしい。そんなのDJをする理由の一つでしかないだろうけど、人が生きる理由を一つ作るというのは大変なことだ。

 「で、見つかったんですか?」

 「見つかった。けど、今は悪の組織、渦海党に連れ去られちゃったから、取り戻すために行動してる」

 弐刈さんはお母さんの言う『私よりいい女』を見つけたらしい。だけど、その人は今、渦海党に連れ去られてしまっている。

 「おや、不審者だ」

 弐刈さんが前を向いた。ニット帽にマスク、サングラスの人が夏なのに厚着してこっちへ走ってくる。具体的には、体のラインがわからないダウンジャケット。

 その人は直江先輩に向かって走っていた。ぶつかりそうだ。ふと、私の目が銀色に光る物を見た。

 「ナンセンスだな」

 直江先輩は静かに呟いて、その銀色に光る物を止めた。その銀色に光る物とは、ナイフだった。

 「なっ……!」

 光る物であるとはわかったけど、まさかナイフだとは思わなかった。直江先輩は突き出されたナイフを、不審者の腕を抑えることで止めていた。

 「インフィニティを舐めるなよ」

 直江先輩はインフィニティとか言ってるけど、別に今更中二病を発症したわけではない。人間が作り出した独自の競争社会に適応して進化した人類、それがインフィニティ。

 直江先輩の能力は『観察眼アナライズ』。本来持つ観察能力がパワーアップしたもので、回答を書く音から試験の答えを導き出すことさえ可能。それが直江先輩の謳い文句。

 河合塾の学生すら見分けられて丸かバツの二つなのに、直江先輩は日本語からアルファベットまで判別可能。聴覚情報でこのレベルなのだから、人間が80%の情報を得る視覚だと予知に等しい予測が可能。これは直江先輩の弟、松永順さんの評価。

 「くっ!」

 不審者は直江先輩の腕を振り払って距離を取る。そして、ナイフをもう一度突き出した。ナイフは直江先輩の顔を掠める。

 「やはり、観察で予測できても俺自身が反応しないとな」

 直江先輩の能力も完璧じゃない。いかに予測が出来ても、反射神経に運動神経が追いつかないのだ。

 「来たな、切り裂き魔!」

 どこかから私達を見てたのか、椿さんが姿を現した。着物の懐から小刀を取り出し、鞘を抜く。そこらのナイフじゃ敵わないだろう切れ味を光の反射から予測出来る。

 「愚かな!」

 不審者、切り裂き魔がナイフを椿さんに突き出した。椿さんは小刀でそれを受け止める。

 「ちっ!」

 交差したナイフと小刀は互いに滑り、椿さんは手を切った。ダメだ、私は血を見れない。目を逸らす。

 「まずい!」

 直江先輩が椿さんに走り出した。心なしか、目の色が違う。比喩じゃない、本当に黒目が色褪せていたのだ。

 「な、何を……!」

 椿さんはいろいろと焦っていた。顔も赤い。その理由は簡単、直江先輩が椿さんの怪我した指をくわえたからだ。これはこれで見てられない。

 しばらくして椿さんの指から口を離した直江先輩は何かを吐き出した。赤い、多分血だ。

 「毒血を抜いた。俺は毒物に耐性あるから平気だけど」

 「そ、ありがとう」

 直江先輩は毒物やウイルスに耐性があるらしい。私も休んだ新型インフルエンザで直江先輩だけ学校閉鎖期間を悠々自適に過ごしたのはこれが理由か、と納得してしまう。

 直江先輩と松永順さん。この二人は熱地学院大学がインフィニティの研究をする為に生み出した存在。上はともかく、下で直接研究した科学者の技術は伊達じゃないらしく、クローンである二人に遺伝子改造をしたとか。直江先輩は身体能力、松永順さんは頭脳が優れる様に。しかし、直江先輩の遺伝子改造は微妙に失敗し、脅威の毒物耐性をもたらされたわけだけど。

 まあ、この情報も立花先生が東京から持ち帰った資料を読んで得たのだけど。

 「本当だ。目の色が薄くなってんぞ」

 「くっ、デルトラのベルトか貴様は!」

 弐刈さんの言う通り、直江先輩の目は薄いグレーになっていた。視力に問題はないのだろうか……。そういえば、デルトラクエストって本に出てくるベルトの宝石は邪悪とか毒物とか裏切りの前で色褪せるってお父さんが言ってた。

 「なんか熱地の改造のせいで面白人間になったな、俺」

 「ゲームだけじゃなくて身体的にも人間辞めましたね」

 直江先輩は太鼓の達人とかゲームでも霧隠さん曰く『人間を卒業した』動きを見せていたけど、あらゆる毒物やウイルスが効かず、それらを摂取すると目の色が変わって周りに知らせる様になってますます人間を辞めていた。

 「俺は毒物が効かないが、ナイフは避けられない。椿はナイフは避けられるが毒が効く。さて、どうするか」

 「こうする」

 直江先輩が考えていると、切り裂き魔の後方から何かが物凄い速度でやって来た。

 「なんだ!」

 切り裂き魔は振り向くが、咄嗟の自体に腕でガードする。物凄い速度でやって来たのは私のお父さん。パンチは切り裂き魔の腕に防がれたが、鈍い音がした。ちょうど、右腕の手首に近い方か。そこにパンチが入っていた。

 「よくぞ防いだ」

 「くっ!」

 切り裂き魔の右腕が折れたのだ。切り裂き魔が右腕を押さえていることからわかる。ナイフは落ちたが、直ぐに切り裂き魔が左腕で拾い直す。

 「この!」

 「ふん」

 お父さんは突き出されたナイフを避けた。不利を悟った切り裂き魔はそのまま走り去った。

 「証拠はどうしても残したくないか」

 「……」

 お父さんが強すぎた。こんなに強いだなんて、愛花さんと同じかそれ以上だ。

 「さて、遊人くんはともかく椿さんは治療が必要だな」

 お父さんは携帯で何処かに連絡する。弐刈さんも携帯で何かを確認していた。

 「今の切り裂き魔、女性だ」

 「え?」

 弐刈さんはあの厚着から切り裂き魔を女性と見抜いていた。直江先輩も驚く。インフィニティ越えたよこの人。

 「何故わかる」

 「いや、ほら厚着しても首筋とか肌見れば一発。スタイルもかなりいいよ」

 生きるか死ぬかの状況下でそこを見る余裕。既婚女性に告白するだけはある

 何はともあれ、お父さんが来てくれて助かった。圧倒的な強さ、私もDPOであのくらい強いといいけど。

 私はその強さが自分の拳にも宿ってることを感じ、両手を握りしめた。

 次回予告

 ナハトだ。次の目的地はギアテイクメカニクル! しかしあたしらのチームは回復役がいませんな……。

 しかし、凍空か……。

 ギアテイクメカニクルになんか胡散臭い奴らが蔓延ってるが、全部吹き飛ばすか。

 次回、ドラゴンプラネット。『機械惑星の激闘』。

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