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プレイヤーデータ
アバターネーム:リスティ
アバターサイズ:ライトミドル
使用武器:チャクラム『ドラグラム』
スキル:『暗殺』『ステップ』『索敵』『パルクール』
所属騎士団:無し
岡崎市 理架の家
私の名前は真田理架。今私は、自分の部屋にいる。ベットと勉強机、それに本棚。それが私の部屋にある物。多分、他の一般的な中学生とは何も変わらない、はず。
あ、でも流石に眼鏡クリーナーは常備してるか怪しいね。この前クラスメイトに聞いたら持ってる人、あまりいなかった。眼鏡かけるなら必須だと思うんだけど。
今は夏休みで、宿題も終わってしまった私は暇なので参考書や問題集などをパラパラとめくっていたところだ。うららかな午後、ベットの上でゴロゴロしながらそういう本を見るのは私にとって至福の時間だ。
「フムフム、少しこれは厄介ね」
今読んでいるのは、数学の問題集。これはお父さんのお下がりで、お父さんはノートに問題を解くタイプだったおかげで答えは書いてない。
参考書には『数学3』とか書いてあるけど、一体何が『3』なのか私にはわからない。1や2もあったので、てっきり順番かと思ったらAやBもある。
「やっぱり正解」
私は暗算で目前の問題を解く。私は運動が苦手だけど、こういうことが得意なのだ。得意なのは数学だけではない。国語も理科も社会も英語もできる。古典や漢文は現代語訳無しで読めるし、英語の新聞も苦労無く読める。
私の唯一の特技というわけだ。
そういう私を友人は『勉強家』というが、私はそんな勉強だなんてたいそれたことをしている意識は無い。私は幼稚園の頃から問題を解くのが好きで、今のレベルに満足出来ず、難しい問題を求めたら結果的にこうなった。ただ好きなことをしてきただけだ。勉強っていうと頑張ってるイメージがあるから、私のそれは勉強と程遠い。
「終わった」
私は全て問題を解き終えた問題集を閉じる。こんな生き方をしてきた私はむしろ、500匹近くいるという『ポケモン』なる謎の生き物を区別できる方が凄いと思う。私の先輩はそれができるどころか、さらに細かい情報まで暗記してのけたから尊敬する。
私自身、どうも勉強以外に興味が湧かず、私服も今着てるルームワンピースのような部屋着ばかりで、オシャレにも関心は無い。髪も手入れが楽な様に短くしてある。着飾る時間を、英語の単語帳を読むのに使って、アルファベットの並びが織り成す神秘に浸りたい。日本語より少ない文字数で不便なく会話できるって、凄い。
「そろそろ準備しよっと」
私は時計を見てベットを下りた。今日は夕方から予定がある。どうもお父さんが知り合いと食事らしく、私はそれについていくことになった。その知り合いを私は知っているらしいけど、誰だろ?
さっさと中学の制服に着替えた私は、愛用の単語カードをスカートのポケットに忍ばせながら、ハンカチなども用意した。
中学の制服であるセーラー服は白基調に紺色、赤いスカーフと紺色の長いプリーツスカートが特徴。クラスメイト達はスカートの長さに不満があるらしいが、私は足を露出するのは恥ずかしいと思う。
玄関を出て鍵を閉める。私とお父さんが住んでいるのは駅に近い10階建てマンションで、部屋は5階。即座に下りると、私は待ち合わせ先の駅に向かう。日はまだのぼっているが、切り裂き魔とかまだ危ないので急ぐ。
近くの駅というのは、東岡崎駅。お父さんが待っていたのは、駅の入口にあるバス停。ロータリーになっている。随分前に、直江先輩とエディさんがデートの待ち合わせに使った場所と噂されている。私はクラスメイトから聞いただけだから知らないけど。
「あ、いた」
そこのベンチに座る人影を見て、私はその場所に向かう。お父さんは先に来て待っていたのだ。こっちは10分前に来たのに……。
「来たか」
「うん」
お父さんはそれだけいうと、立ち上がった。寡黙だけど、喋るより背中で語るタイプなのだと私は思う。最近仕事を辞めたらしいが、詳しくは聞いてないものの、また仕事を見つけたらしい。
「知り合いの人は?」
「今に来るだろう」
辺りを見渡しても、私の知ってる人はいない。バス停にバスが来た。お父さんがそっちを見るので、私もそこを見ることにした。バスから下りて来たのは、小さな女の子だった。
その子は端正な顔立ちをしており、ただ者でない空気を周りにヒシヒシと漂わせていた。服装こそ、青いパーカーにデニムのやたら短いズボン(正式名称は知らない)と、一般的な小学生のそれであるが、何か違う。長い髪も丁寧に手入れされているようだ。首から下げたホワイトボードが気になる。
年は小学校中学年くらいか。その後から二人、この女の子の関係者らしき人物が下りて来る。その一人を見て私は愕然とした。
「直江先輩……?」
「ナンセンス。この若白髪で俺以外誰がいるんだ?」
長篠高校の夏服を着た直江先輩が下りてきたのだ。白髪に眼鏡とくればこの人しかいない。だが、私にはこの人が直江遊人であると信じれない理由がある。
「先輩……。どうしたんですか、その表情」
「うむ。そういえば遊人くんは表情が前より柔らかい様な」
あの、感情が壊死して殆ど無表情だった直江先輩が、今も若干無表情だけど、よく見ると軽く微笑んでいる! 何があった? この人の身に何が?
お父さんも若干驚いている。
「あ、こんにちは」
「これは直江刑事。お久しぶりです」
そして、そんな直江先輩の後ろから彼のお姉さん、愛花さんが現れる。いつもの、ジャケットこそ脱いでいるがパンツスーツ姿にポニーテールだが、普段見せる勇ましさはカケラも無い。直江先輩は中学の頃から知ってるので、姉の愛花さんも知っていた。だけど、お父さんと愛花さんが知り合ったの、最近だったんだよね。
「愛花さん、どうしたんですか?」
「いや、俺にもわからん」
直江先輩に事情を聞こうとするが、洞察力に優れた先輩すらわからないらしい。女の子が突如、ホワイトボードに何かを書いた。そして、それを私達に見せる。
《私は喋れないので筆談失礼します。私は直江真夏です》
自己紹介だった。この女の子は真夏ちゃんで、どうやら喋れないらしい。筆談は慣れたもので、字も達筆。女の子らしい、丸い文字ではなく書道の基礎が盛り込まれているようにも見受けられる。なかなか味のある、渋い文字を書く。
《どうやら、愛花さんは総一郎さんに気があるみたいです》
ホワイトボードにはそう書かれていた。当事者二人は仕事の話をしているので気付いてない。味のある文字でこんなこと書かれても……。
「では早速向かいましょう」
「は、はい」
愛花さんが恋していたとは。よりによってお父さんに。私もビックリだが、普段のぶっきらぼうな態度がすっかり抜けた愛花さんを見ると、その話も信憑性がある。
@
私達は予定の場所に着いた。愛花さんはお父さんの横で終始ドキマギしてたし、私は直江先輩や真夏ちゃんと話していた。
真夏ちゃんは凍空財閥の令嬢で、本名を凍空真夏という。かつて直江先輩と組んで、父親である凍空寒気さんが亡くなった後に起きた後継者争いを勝ち抜いた。しかしその際、親族を全て滅ぼしたために真夏ちゃんは身寄りがなかった。
そこで愛花さんが引き取った。戸籍上は愛花さんの養子となり、愛花さんは母親だ。直江先輩の時は愛花さんが若く、その両親の養子となって、愛花さんは姉だったわけだけど。
しかしながら、まだ真夏ちゃんは愛花さんを『母』とは呼んで無い。まだ距離がある、というわけでは無いが、真夏ちゃんもいきなり住む環境が変わって対応できないのだとか。真夏ちゃんの本当の母親は、彼女を産んですぐ亡くなったと寒気さんから聞いたらしい。
私のお母さん、真田理名も私が物心つく頃に亡くなったらしいし、私と真夏ちゃんは境遇が似てるかもしれない。幸い、私はお父さんが健在だけど。
「ここか」
予定の場所に着いた直江先輩が呟いた。そこはファミレスだった。私達は店の隅にある、禁煙席に座る。席順は壁を背にするのが直江先輩達。私とお父さんはその向かいだ。
「姉ちゃん。喫煙席じゃなくてよかったのか?」
「いやお……あたしタバコ吸わないし」
座るなり、直江先輩が愛花さんに言った。そういえば愛花は愛煙家だったし、一人称も『俺』じゃなかっただろうか。直江先輩は以前、『ガキが一人称を俺にするのはだいたいアニメや漫画の影響だそうだが、俺の場合は姉ちゃんの影響だ』とか言ってた気がする。
いや、それよりも、私は直江先輩の真正面に座っているから、緊張する。クールな直江先輩もカッコイイけど、爽やかになった直江先輩もそれはそれでありかも……。
「理架、顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
「え? な、ないよ!」
お父さんがいきなりそんなことを言うので、私は首を振る。なんか顔が熱い。さっきまでは先輩の雰囲気が変わったことに驚いていたから何ともなかったが、私は昔から直江先輩の顔を見ると何故かこうなるのだ。
「向こうにも発熱者一名……」
「え? 平常ですよー!」
直江先輩は隣に座る愛花さんを見て言った。愛花さんは直江先輩と真夏ちゃんに挟まれている。真夏ちゃんは表情一つ変えず、私達のやり取りを眺めていた。
真夏ちゃんって、さっきから表情薄いのよね。常にポーカーフェイスというか、無表情というか。かつての直江先輩みたいに心が壊死している……わけはないだろうけど。
とりあえず冗談はこれくらいにして、それぞれメニューから注目する。だが真夏ちゃんは子供用メニューを見て、一時停止する。あのポーカーフェイスを崩し、何やら緊迫した様子だ。
《お兄ちゃん、この店では領土問題が起きているのですか?》
彼女が直江先輩に見せたホワイトボードには、そんな文章。
「あ、そうだなー。東京では『庶民の食事』っていってもファーストフードや回転寿司しか教えてなかったっけ?」
直江先輩は頭を掻いて言った。表情は苦笑い。昔もそんな表情をすることはあったが、なんというか振り幅が大きいような……。
「っ……?」
真夏ちゃんは困惑を隠し切れていない。思わず、空気が掠れる様な声を出していた。恐らく、真夏ちゃんの、全力の大声。
「これはお子様ランチという。別に領土問題とは関係が……」
「いや、これは子供に領土問題を教えるための政府によりプロバイダなのだよ」
「なっ……!」
直江先輩が真面目に解説していると、横からお父さんが介入する。真夏ちゃんの表情に緊張の色が濃く現れる。
「なんかお父さんが言うと本当っぽい!」
「ナンセンスな……!」
直江先輩も驚いていた。まさか、お子様ランチの旗は領土問題と関係が?
「冗談だ」
そのお父さんの言葉を聞いた瞬間、私達は全員ガクッと力が抜けた。
「言っただろ? ゆとりやユーモアが無い人間になってはならないと」
「お父さんは真面目な顔で冗談言うから見分けが付かないよ……」
お父さんは密かにドヤ顔。真面目に見えてたまに冗談を入れるが、その冗談が事実を元にしてるからわかりにくい。領土には旗立てるし。
「観察のインフィニティ能力を持ってしても見抜けないな」
《ポーカーフェイスの応用》
『インフィニティ能力』とやらを持つ直江先輩とたくさんの人間を見てきただろう真夏ちゃんも、冗談であることを見抜けなかった。
そんな中、愛花さんだけがボーッとお父さんを見つめていた。この二人の出会いを知りたいが、とりあえず何か注文しないと。
そんなわけで私達は注文を済ませて、料理が運ばれるのを待った。その後からのことはあっという間だった。直江先輩が、真夏ちゃんが株取引で稼いでることに驚いたり、真夏ちゃんがお子様ランチを領土問題ランチと言い換えたり、楽しかった。
お父さんと愛花さんは切り裂き魔に関する情報を整理していたけど、愛花さんはそれどころではなさそうだった。資料を受け渡す時、お父さんの手に触れて盛大に慌てたり、なんかこの人かわいい。
食事も終わりかけた頃、直江先輩が口を開いた。
「理架。お前はこれを知っているか?」
直江先輩が私に見せたのは、赤いイヤホン。所謂密閉型で、使い込まれていた。一回耳のゴムを無くしたのか、左右でゴムの色が違う。
「イヤホン?」
「いや。宇宙への片道切符だ」
直江先輩はらしくもなく、悪戯っぽく笑った。宇宙への片道切符? 片道切符といえば、二度と帰れないみたいな不穏な空気があるが、これで宇宙に行けるとは思えない。
《正確に言えば、宇宙への招待状。ウェーブリーダー》
「ま、一度ハマれば二度と他のゲームに戻れないって点じゃ、片道切符だな」
真夏ちゃんがホワイトボードに書き、直江先輩が補足する。ウェーブリーダーというらしいイヤホンだが、何がなんだか私にはわからない。
「ウェーブリーダーか。ドラゴンプラネットオンラインをプレイするのに必要な周辺機器、いや、コントローラーそのもの」
お父さんはそういうが、私には何がなんだかわからない。これでゲームをできるのだろうか。ドラゴンプラネットオンラインといえば、最近クラスメイトがしきりに誘ってくるゲームだ。
「やるよ。お前も何か変わるかもな、俺みたいに」
「ふむ、今年は理架も受験だが勉強が趣味の理架なら問題あるまい。受験勉強より、理架には高校で友達を作る種が必要かもな。しかしいいのかね。これが無いとゲームができんぞ?」
ウェーブリーダーを私に渡す直江先輩に、お父さんが言う。お父さんの言うことも理解できる。最近はそんなことも無いけど、クラスメイトの話題について行けずに困っていたのだ。
しかし、これが無いとゲームができないというが、直江先輩にとってゲームができないというのは、生物が呼吸できないのと同じ。本当に貰って大丈夫なのだろうか。
「心配は無用。もう一つある」
直江先輩はそう言いながら、これまた使い込まれたオレンジ色のウェーブリーダーを見せる。
《お兄ちゃんの運命を変えたのはまさに、そのウェーブリーダー》
「これ貰ってからいろいろ起きすぎなんだよな。ま、何とかいい方へ事態が転がってるから呪いの装備じゃないと思うぜ」
お店の蛍光灯を反射する赤いウェーブリーダーが、何となく私の目線を吸い込んでいる気がしていた。
@
私は部屋に帰り、ウェーブリーダーを眺めた。ベットに座り、膝に乗せたパソコンを開いてウェーブリーダーを装置する。今の私は出掛ける前と同じ部屋着を着ていた。
「試してみよう」
ドラゴンプラネットオンラインのプログラムはインフェルノのサイトからダウンロード。
「これでよし、と」
私は直江先輩の忠告通り、ベットに座った。全感覚投入すると眠ってるのと同じ状況になるので、必ず寝るか座るかしてログインしろとのことだったので、多分これでいいだろう。このまま倒れても何かに頭は打たないはずだ。
私はウェーブリーダーを耳に付け、パソコンの画面を見る。デカデカとタイトル画面が表示され、『ログイン』と『対戦メニュー』の二つが選択出来た。
私は迷う事無くログインをクリック。すると、名前を入力する場所が現れた。私はそこに『リスティ』と打ち込む。適当だ。
次に出身惑星を聞かれたので、少し悩む。ゲーム的に重要そうな選択肢だと勘で感じる。
「暗黒惑星ネクロフィアダークネス、自然惑星ネイチャーフォートレス、機械惑星ギアテイクメカニクル、水没惑星アトランティックオーシャン……大西洋? なんか中学生が考えた名前みたいで……どれを選んでもヤバい気が……」
選択肢を見た私は思った。これはお父さんが言うところの『死兆星がきらめく』云々というやつだ。今の私なら、北斗七星の近くに見えちゃいけない星が見えるはず。証言からすると、多分北斗七星の尻尾から二番目の星、その近くにある変光星のことだろうけど。
散々悩んだ末に、一番平和そうな自然惑星ネイチャーフォートレスを選択。暗黒惑星はホラー、機械惑星は変なトラップ、水没惑星はタイタニックとろくな雰囲気でないことが容易に想像つく。私はネイチャーフォートレスの文字をクリックした。
「わあっ!」
すると、いきなり落下する感覚があった。落ちる夢を見た時と同じ感覚。気づけば私は仰向けでベットに寝ており、ただ目眩がして倒れただけだと感じた。
だが、早速体に違和感を感じる。まず、体が異様に軽いのだ。普段なら両腕で体を起こすところ、今の私は腹筋の要領で軽く起きれた。そして背中に当たる感覚、長い髪だ。私の髪はここまで長くない。
「えっ?」
その髪に触れ、後ろ髪を自分の目の前に持ってきて驚く。なんと、綺麗な金髪だ。服装もよく見ると違う。上は黄色基調のパーカーに、下はジーパン。
オマケに、何やら胸の膨らみが現実より大きい気がする。
目の前に摩訶不思議、青白く発光するウインドウらしき物があったので、そこに書かれた文字を読む。
『ドラゴンプラネットオンラインへようこそ。まずは鏡で、アバターをチェック』
私は言われるままに、部屋に置かれた鏡を見に行く。全身が写る鏡だ。部屋は一人暮らしの部屋といえばこれ、というような1LDK。ベットと鏡以外何もない。
「目も黄色なのね……」
鏡を見て呟き、声の異変にも気付く。声がおかしい。自分の声ではなかったのだ。また私の隣にウインドウが現れる。
『ボイスエフェクトは気に入っていただけたかな? リアルの声でプレイするなら、メニュー画面を開いてアバターメニューで設定してね』
私はメニュー画面を開く。どうやら、特別な動作無しにメニュー画面を開きたいと思えば開けるらしい。青白いウインドウのメニュー画面から、アバターメニューの項目を見付けて触れる。
メニュー画面が切り替わり、アバターメニューとなる。いくつもの項目からボイスエフェクトの設定を見付けて、また触れる。どうやらこれはタッチスクリーンらしい。『ボイスエフェクト』の文字の隣にある『ON』が『OFF』に変わる。
「あー、あー」
よかった、私の声だ。しかし、身長は少しアバターの方が高いらしく、違和感を感じる。
『武器は持ったかな? オススメの武器はナックルだけど、好きな武器を選んでね』
またウインドウが現れる。そのウインドウの近くに、いくつもの武器と説明が書かれたウインドウが現れる。
「これかな?」
私はパッと見で、遠くから攻撃できるというチャクラムという武器を選択した。武器説明ウインドウの上に、少し大きい鉄の輪が二つ現れる。言葉が書かれていたウインドウの上には、革の手袋が現れた。
私は鉄の輪を手に取る。外側が刃になっていて、なんか怖い。持つために輪の直径を描く取っ手が付けられている。取っ手は二つ付けられ、真ん中で十字に交差している。輪の半径は私の腕くらいとみた。
手袋は消え、ウインドウには『ナックルは倉庫にしまうね』と書かれていた。部屋には白い真四角の奇妙な箱、倉庫が置かれていた。
「とにかく、前進あるのみ!」
私はゲームなら命まで取られないだろうと、部屋を出る。出たらいきなり、目の前に扉がある。左右に廊下は無く、あるのは壁。
私が背を向けた扉が閉まり、私がいる空間はまるでエレベーターの様な狭い場所になった。しばらくすると目の前の扉が開き、私はそこへ踏み出す。
今気づいたが、ジーパンのベルトにはチャクラムを引っ掛ける場所があるらしい。私はチャクラムを引っ掛けておく。
出た先は吹き抜けと真ん中に謎のワープゾーンがある広場。しかし、木造チックなデザインやらで和風に彩られている。
私はとにかく、この辺りを探索した。身体の感覚は現実と同じ。むしろ軽いくらいだ。私は『クエストカウンター』と書かれたカウンターに向かった。
「えっと……」
私は戸惑った。着物みたいな制服を着たお姉さんがいるが、私は何をしたらいいかわからなかった。しかし隣に突然、黒い人影が現れた。
「お前、もしや初心者か?」
「あ、はい」
どっからどう見ても不良だった。赤い髪で、リーゼントの人なんて初めて見た。学ランを前開きでテンプレートな不良みたいに着こなすこの人は、噴水の近くにいる黒い集団を見る。
「では、向こうにいる番長へ会って見ては?」
「あ、はい」
私は導かれるまま、黒い集団の下へ向かった。やっぱり不良みたいな人しかいない。モヒカンにスキンヘッド、そして、女性まで。全員が共通して学ランを着ている。
「あたしが番長のナハト。よろしく」
番長は女性だった。身長は私と同じくらい。短めの髪は深い緑、学ランを着ているが前を開けていて、中はサラシのみ。テンプレートなスケバンというやつだった。両手にナックルらしき手袋をしていた。瞳はほのかなワインレッド。
「こんばんは。私は真田理架といいます」
「あ、本名じゃなくてプレイヤーネームをだな」
「あっ! リスティでした」
私はつい、本名を言ってしまった。今の私はリスティだった。ここまで現実と同じだと、ついウッカリしてしまう。
「俺は舎弟の赤介、青いモヒカンは青太郎、スキンヘッドは緑郎だ。本当のプレイヤーネームでは無いがな」
赤いリーゼントの人、赤介さんは言った。なかなか覚えやすい名前だ。いや、あだ名か。しかし不良と言う割に言葉から人の良さが滲み出る。
「まだクエストとか戦闘フィールドに出たことは?」
「ない、です」
ナハトさんに戦闘フィールドへ出たことがあるか聞かれたので、私は答える。今から行くところだった。
「じゃあ、一緒に来るか?」
「行きます」
誘われた。初心者の私としては心細いから助かる。やはり、ナハトさんからもぶっきらぼうながら人の良さが滲んでいた。ゲームだし、不良というキャラ付けなのだろうか。
他の不良さん達は解散して、私とナハトさんだけで戦闘フィールドに行く。吹き抜けの真ん中にある謎のワープゾーンに私達は乗り、ナハトさんが現れたウインドウを操作した。
すると、瞬く間に風景が変わる。建物ですらなくなっていた。イチョウが綺麗な森だ。この森の木は全部、イチョウなのだろうか。だとしたら現実ではない。ここは円形の広場になっていた。周りにはイチョウの木がたくさんある。
ふと見ると、視界の左端に緑色のバーが。これ何?
「って、臭い! 銀杏臭い!」
「あー。一番簡単なステージだし、このエリアに足を踏み入れなきゃいいや、って思ってたら、スタートがここだとは……」
私は銀杏臭さに悶絶した。ぶっきらぼうにナハトさんが言うには、どうもこのエリアだけが臭いらしい。そこら中に銀杏が落ちている。
「ここは自然惑星ネイチャーフォートレスの初心者向けステージ。クエストは受けてないから、歩いて戦闘に慣れよう」
ナハトさんは銀杏にも負けず、ある方向を指した。何やら、ウインドウが浮かんでいる。
「ラッキーだな。アイテムが落ちてる。ウインドウに触れたら取得出来る」
私はナハトさんの言う通り、ウインドウまで歩いて行き、それに触れる。ウインドウには『アイテム取得:シルバー銀杏』と書かれている。
「シルバー銀杏?」
私は呼び出したメニュー画面を操作し、アイテム欄を見る。空っぽだった一覧に『シルバー銀杏』の文字。私はその文字に触れる。すると、シルバー銀杏らしき物体がウインドウの上に現れた。本当に銀色の銀杏、いや銀で出来た銀杏だ。
「アイテムはオブジェクト化できる。回復アイテムは事前にオブジェクト化してポケットに入れておけば、すぐ使える」
「これは食べられなさそう……」
ナハトさんが回復アイテムの説明をしたので、私はシルバー銀杏をかじってみる。だが、シルバー銀杏はポップコーンの中にある不発コーンみたいに固い。
ふと周りを見ると、またウインドウを見付けた銀杏は落ちてるのか。
「あ、見ろ。またアイテムだ!」
私はナハトさんに言われるまま、ウインドウに走る。今度は『アイテム取得:金杏』と書かれていた。
「金杏?」
これもオブジェクト化してみる。これは立派な金で出来た銀杏だった。
「レアアイテムと引き返えにこの臭さ、か」
私は一人で納得した。銀杏臭いエリアを私とナハトさんは抜ける。広場を出ただけでは銀杏臭さは収まらないが、道の途中にある短いトンネルを抜けるとイチョウがたくさんあるけど銀杏臭さの無い森に出た。
「さ、敵だよ!」
そして私達の目の前に黄色い大トカゲが一匹現れた。私と同じくらい大きくて、トカゲというよりは小型の肉食恐竜に近い外見をしている。何故か背中には翼みたいにイチョウが生えている。
「イチョウドラゴン。ちなみに銀杏臭い」
「せっかくエリア抜けたのに!」
イチョウドラゴンなる敵は銀杏の臭いを振り撒いていた。これではエリアを出た意味がない。
「まずは攻撃! そのチャクラムを投げろ!」
「うん!」
私はナハトさんの指示通り、ベルトに引っ掛けたチャクラムを一つ投げる。イチョウドラゴンは右に避けたが、イチョウの左翼がチャクラムに切断される。
「え? わあっ!」
そしてチャクラムが戻ってきた。私は反応しきれず、チャクラムを左手で何とか受ける。しかし、取っ手じゃなくて刃の部分を掴んでしまった。
「痛っ……くない?」
「このゲーム、痛覚は再現されてないぞ」
でも痛くなかった。左手からは血が出ているのに不思議だ。イチョウドラゴンはバサバサと残された右翼を羽ばたかせてこちらに突撃してきた。羽ばたいてはいるが、走ってる。
「ぐっ!」
思い切り突進を喰らってしまった。少し地面を転がったが、痛みは無いのですぐに立ち上がれる。視界の左端にあるバーが短くなってるようにも見えた。
「え?」
「それはHPゲージ。これが無くなったら戦闘不能になるから気をつけろ!」
これがHPらしい。つまり、このバーが無くなったらゲームオーバー。吹き飛ばされたせいで、イチョウドラゴンとは少し距離が空いているから追撃はされなかった。
「もう一撃!」
私はチャクラムを二つとも投げる。飛んだチャクラムはイチョウドラゴンに命中してダメージを与え、ブーメランの様に戻ってきた。
私は今度こそしっかりチャクラムを受け止める。しかし、チャクラムが戻ってくるまでの時間に隙が生まれた。イチョウドラゴンは私に向かって突進してくる。もう一度投げるには距離が近すぎだ。まさに目と鼻の先。
「これで!」
咄嗟に私は、右手に持ったチャクラムでイチョウドラゴンを殴る。イチョウドラゴンは吹き飛んで、少し離れた地面に落ちた。
「凄いな! もしかしてナックルの才能あるか?」
ナハトさんが褒めてくれた。そういえば、ナックルを最初薦められた様な……。ナハトさんは私の両肩をポンポン叩いて言った。
「うん。あんた合格だよ!」
「え?」
「最初は『チャクラムかー』とか思ってたけど、絶対ナックル薦められたろ?」
「あ、はい」
どうやらナハトさんは私の動きからナックルを薦められたことを見抜いていた。恐るべき洞察力。直江先輩とも並びそうだ。
「よし、ならあたしの下で修業するか? お前ならいい番長になる」
ナハトさんはそんなことを私に言ってきた。番長、私が番長に?
「無理強いはしないけど」
「やります! 是非やらせて下さい!」
私は番長という言葉の響きに何かを感じて、やってみることにした。直江先輩だって、ゲームでアバター作る時はいつも女の子だって言うし、ゲームくらい違う自分を演出したい。
「よし、決まりだ!」
ナハトさんは右の拳を天に突き上げた。私は受験生にも関わらず、このドラゴンプラネットオンラインというゲームにのめり込もうとしていた。
次回予告
真田総一郎だ。理架も受験だし、同い年の子供を持つ親達は気を揉んでいるだろう。私は理架を信頼している以前に、別の面が心配で堪らないのだがな。
せっかくドラゴンプラネットオンラインに招待されても、日本全国の教科書が書店で販売されてるあそこでは、教科書全国制覇とか理架はやりかねない。
切り裂き魔事件も容疑者は特定出来てるようだが、今はしばらく娘の変化を見たい。
次回、ドラゴンプラネット。『切り裂き魔 追求編』。
ドラペディア
出身惑星
理架「ドラゴンプラネットオンラインは最初のログイン時、拠点となる出身惑星を決めるの。プレイヤーマンションもその星の物を使うけど、後で引っ越しも可能だし、特に悩む必要は無いね」