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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第一部
9/123

5.禍根

 ドラゴンプラネット チュートリアル2

 スキル

 プレイヤーの戦闘を手助けする能力のこと。スキルは使うと成長し、いくつかのタイプに別れる。スキルは4つまで装備可能。

 代表的なものが、技習得タイプ。そのスキルが対応しているカテゴリーの武器を装備していると、そのスキルを成長させて習得した技をボイスコマンドで発動できる。例えば、『片手剣術』で覚えた技なら片手剣を装備してる時、『槍術』で覚えた技なら槍を装備している時に使える。中には『剣術』のように、多岐に渡って使えるスキルもある。大抵の技習得タイプのスキルなら、対応した武器を装備すると習得できる。

 補助タイプのスキルは、セットするだけで効果を発揮する。例えば、『ステップ』スキルをセットすると、ステップワークにシステムアシストが付き、普段よりステップワークがよくなる。『索敵』スキルなら視界に敵の情報が表示される、など。

 スキルの中には詳細が不明なものがある。噂では、プレイヤーがログイン中に死ぬとドロップするスキルがあるとか……。

 2003年 5月23日 市民病院 病室


 優くんが来てから半年がたった。優くんはあれから怪我も治り、少しずつ笑うようになった。指のリハビリは私の携帯ゲームを遊ばせて、通常のリハビリより高い回復力を発揮していた。対戦ゲームでは今や私と互角だ。

 「へぇ、これが優くんの友達?」

 「うん。一人じゃ寂しいから、話し相手に」

 私は優くんの証言を元にある絵を描いていた。紅い瞳に長い黒髪の少女。

 優くん曰く、辛い時、夢に出て来て励ましてくれるそうだ。そんな幻影を見ないと心を保てないほど、病院に来る前の優くんは追い詰められていたのだ。

 「んじゃ、今日も遅いし、寝よっか」

 「うん」

 夜遅くだったので、私は優くんを寝かしつけた。

 私の願いはただ一つ。優くんには幸せになってもらいたい。それだけ。例え、私の命に代えても。


 深夜 病院屋上


 「かなりいい感じですよ、全感覚投入システム。まるで本物だ」

 「そう、なら、いいけど」

 無理矢理高いから絶対買うなよ緋色もやしは、私が暇つぶしに組み上げた理論を、律儀にも試してくれていた。

 全感覚投入システム。これは思い付きで作ったけど、世界を変える可能性をはらんだシステム。脳波を読み取り、ゲームの中に『ダイブ』するシステムだ。

 このシステムで生み出された拡張現実が世界をどう変えるのか、私は見ることはできないだろう。その頃には、私は死んでいるから。

 「緋色もやし。松永順のこと……」

 「調べていましたら、驚きの事実が発覚しましたっけ? とんでもない野郎ですよ、あいつ。全知全能の天才少年、その正体は狂気のマッドサイエンティストってわけです」

 優くんの弟である順。テレビでは全知全能の天才少年だと注目されてるという話だ。学会で有名な熱地学院大学が引き取って、優秀な頭脳の育成を行っているらしい。

 彼は優くんの話だと、突如姿を消したらしい。ところがぎっちょん。彼は、彼の家族は優くんを置いていっただけなのだ。

 その上、緋色曰く非人道的な人体実験のデータが熱地学院大学サーバーにゴロゴロとあるらしい。これが優くんを巻き込まないようにした結果かどうかはさておき、ヤバい事実ではある。

 「まあ、家族の居場所がわかったからって、こんなヤバい連中に優くんを引き渡すわけないけど」

 「で、どうします?」

 無茶苦茶高いから絶対買うなよ緋色もやしは私にどうするか聞いてきた。もやしのくせに生意気だ。

 「サーバー破壊はまず決定。情報をマスコミにリークして」

 「了解」

 緋色はにやりと笑い、私の指示に従った。


 5月24日 市民病院 中庭


 翌日、緋色の行動で情報がマスコミに渡った。直江刑事ならマスコミなんて信用しないけど、マスコミはこういう手の情報には蝿の如く殺到する。単純でわかりやすい奴。しかし、それにしてはテレビのニュースで動きが無い。

 そんなわけで、私はある都市伝説を思い出していた。政治、経済、学問、司法、報道の有力者が結託し、互いを庇い合う癒着の制度。表五家なる物があると。そうだとしたら、テレビ局が情報を知った上で黙認してることとなる。ただ、それは噂に過ぎない。三流小説並の設定だ。信じる人間は少ない。

 「優くん。天気いいね」

 「うん。天気予報当たった」

 今は晴れてるから、優くんと中庭を散歩してる。今は順のクソガキや都市伝説は忘れて、優くんを見てよう。そうすれば、細かいことを考えずに済む。

 初夏だけあって、少し暑いくらいの日差しが射している。優くんは少しだけ、笑顔を見せてくれるようになった。

 「あ、理名さん、総一郎さん。お久しぶりですね」

 見知った顔をみかけた。この病院の患者の一人、真田理名さんと旦那さんの総一郎さん。美人の奥さんとしっかり者の旦那さん、かなりお似合いの夫婦だと思う。

 傍らには娘の理架ちゃんが、うむ、大きくなった。将来が楽しみなくらいかわいい。まだ7歳、去年小学校に入学したそうな。たしか、優くんとあかりちゃんが8歳だから一つ年下だね。

 優くんは私の後ろで縮こまっている。まだ人見知りは治らないかぁ……。決して、初対面じゃないんだけどね。

 「優くん、理架ちゃんと遊んできたら?」

 「え?」

 私が奨めたのに便乗してか、総一郎さんも理架ちゃんに言った。

 「理架、お兄ちゃんに遊んでもらいなさい」

 「ふふっ、お兄ちゃんよろしく」

 理架ちゃんが優くんに迫り、優くんが逃げ出したのを見て、理名さんは笑った。優くんの方は、笑い事じゃないみたいに全力で逃げてるけど。


   @


 「ことわりを背負う、深い名前ですね」

 「理架には偉大な人にならなくてもいいから、人の理を外れない人間になってほしいのです」

 私は優くんと理架ちゃんが遊んでるのを遠目に見ながら、理名さんと話をしていた。

 「テレビに出てる松永順とやらはたしかに天才だ。あそこまでの功績を理架には求めんさ」

 順が天才かどうかはさておき、総一郎さんの言う通りだよね。

 今は天才ハッカーと呼ばれている私も、始めからそう呼ばれたわけじゃない。自由に生きた結果だ。人間、どんな才能を持ち合わせているかなんか、始めからわかるもんじゃない。

 「優くんも理架ちゃんも、将来が楽し……ゲホッ、う……」

 「渚ちゃん!」

 またいつもの発作だ。押さえた手が血で真っ赤。

 「優くんの前じゃなくてよかった。そうだ、私の余命、あと半年だっけ……」

 ふと、優くんと理架ちゃんをみた。あの二人が大人になるまで生きれないのは、悲しいな……。

 「ん、あれ? 優くん、どうしたの?」

 見たら、優くんの様子がおかしい。口から血を吐いて……。

 「優くん!」

 優くんは、口から血を吐いて倒れていた。


 数時間後 集中治療室前


 「一体、何がどうなって……」

 私の頭は混乱していた。健康体だった優くんがいきなり血を吐いて倒れたのだから。

 優くんは今、集中治療室にいる。助かるかなんか、わからない。私は廊下の椅子で待つことしかできない。

 理架ちゃんは理名さん達と帰った。幼い理架ちゃんには、友達が死ぬのは堪えられないだろう。いや、死なない。死ぬはずない。でも、万が一死んだ時を考えると、こうする他ない。

 「マスター! 大変なことに!」

 「緋色、病院では静かに……」

 緋色がバタバタと空気を読まずやって来た。相変わらず騒がしい奴だ。優くんが大変なこんな時に……!

 「マスター、今、松永順がこちらへ向かってます」

 「だからなに?」

 私はつい苛立ってしまう。

 「今は松永順なんかより大事なことがあるでしょう!」

 「マスター、こればかりは……」

 「いいから黙れ!」

 「奴は、優くんにとんでもない実験をしていったんです!」

 「何……!」

 緋色の言葉にはっとさせられた。順が優くんに……? どういうこと?

 「それは、本当なの?」

 「熱地学院大学のサーバーに、情報が。奴は優くんにある薬を注射して、内通者に様子を確認させてました。それがサーバーに残ってました。奴らの目的は、被験者の回収。つまり、優くんの回収です!」

 「内通者、この病院に?」

 私は内通者の存在に気づかなかった。というか、優くんは最初から、病院の位置もわかるほど見張られていた?

 「大変です! AB型の血液が足りません!」

 私が考えてると、看護師長が走ってきた。AB型の血液が足りないとか。優くんってAB型だったのか。

 「Rhは? プラス? マイナス?」

 「マイナスです!」

 Rhがマイナス? ただでさえ少なめの血液型なのに、Rhまで少ないパターンとか……。

 「あっ、私、AB型のRh-だ」

 「渚さん、あなたは病気で……」

 看護師長が止めようとするが、私の病気は血液に問題があるわけじゃない。なら、輸血も可能なはず。

 「私に案がある。もう、実行に移すしかない」

 私は意を決してある策をうつことにした。優くんを救うために。優くんは、あんなわけのわからない連中に渡さない。


   @


 「なんとか上手くいった。けど、時間の問題ね……」

 私は策の仕込みを終えて駆け出した。それが原因で寿命が残り三日にちじんだが、それでもやるしかない。

 私の案はこうだ。まず、吐血などで失われた優くんの血液を私の血液で補う。しかし、ただの輸血だと優くんの中にある毒された血液の問題は解決しない。そこで、ある策を仕掛ける。

 それで優くんは救われる。だけど、たった一人の身寄りである私が死ねば、結局優くんは命が助かっても生きる意味を失うだろう。そこで、最後の策にでる。優くんに、生きる意味を与える。私がいなくても生きる希望を。

 『マスター、来ました! 順です!』

 「よし、作戦決行ね……」

 緋色からマイクロトランシーバーで連絡がくる。これは私が昔作ったものだ。市販品では些か大きくて一般の患者に怪しまれる。補聴器程度のサイズだから、遠目にみれば補聴器にしか見えないだろう。私なんか、髪で隠れるし。音質も並ではない。さらにバッテリー持続時間や通信可能範囲まで、全てが特別製だ。ほんと、ご都合主義かのようにこれが有ってよかった。

 私は緋色の連絡で順が病院に来たのを聞いた。あとはどこかの部屋に入ればいい。

 私の戦いは始まったばかりだ。


   @


 『順が院長室に入りましたよ』

 「了解」

 私は緋色から最後の連絡を受けとった。これを最後に緋色との連絡は出来ない。ていうか、連絡は意味を持たない。

 「行くよ、優くん……!」

 私は院長室に走った。廊下を全力で。

 すぐに息が上がってしまうが、休んでる暇はない。待機がばれない位置で、最も院長室に近い場所を選んでおいてよかった。優くんに輸血して体が重くなってるから余計にそう思う。優くんと私では体重が違い過ぎるから、血の量が少ない。

 疑問は順が優くんに、何の目的があって、どんな薬を投与したのかだ。一応、その薬は今は私の策で優くんの身体の外にあるが。私の策で優くんの毒された血はすっきり無くなり、まず助かるはずだ。

 院長室が見えてきた。私は扉を押し開ける。

 「な……、君は?」

 院長先生は驚いていた。まあ、当然ね。院長先生と向かい合ってる子供が松永順みたいだ。数人のSPを従えている。

 「内通者の言ってた、優の世話を焼いてる人か。何の用?」

 順は子供らしからぬ口調で言った。白髪混じり以外は、優くんそっくりだ。声すらも。私は寒気を覚えた。

 「優くんに、何をした?」

 「ふん、何って実験に決まってるだろ? これしか兄さんを救えないんだ。周りの大人は能力のない兄さんをただで殺しかねないし」

 「何……?」

 これが松永順。優くんを、救うなんて独善的な理由で実験台に?

 「特別に教えてあげるよ。兄さんに投与したのは細胞を調整する薬。兄さんはあのままだと、遅かれ早かれ死んでしまう」

 「細胞を、調整?」

 「僕らの出生は少し特殊でね。本来双子を生み出す計画ではなかったんだ。その影響で、兄さんの細胞に不都合が起きた。早くうちで修正しないと死んじゃうよ?」

 まったく理解出来ない。出生? 細胞に不都合? 何を言ってるのだろう。

 それより、そんなわけのわからない実験に優くんを使ったことに私は怒りを感じた。

 「理解出来ないようだな。まあ、生物学の知識がないなら仕方ない。僕たちはある人間のク……」

 「黙れ!」

 私は気付くと、叫んでいた。

 「優くんと同じ顔で、同じ声で、それ以上何も言うな! ゴホッ、ゴホッ……」

 叫び過ぎて発作が起きた。私もそろそろ限界らしい。

 私が死ねば、優くんは頼れる存在を失い、絶望のどん底に叩き落とされる。だけど、人間にはどんな絶望の中でも前に歩かせてくれる感情がある。

 憎しみという感情は、決して消えない。私は一人、憎しみを糧に生きてる人間を知ってる。

 直江刑事は、私に教えてくれた。なんでマスコミを殴り倒すのか。直江刑事は昔、親友をマスコミの誤報で失った。そのマスコミに、社会に対する憎しみが直江刑事をここまで生かした。

 「私も限界ね……。だけど、優くんだけは生かしてみせる!」

 「無駄だ、あの薬は失敗すれば死ぬ。しかも院長が言うには、吐血して大量出血した上にAB型Rh-の血液は足りないらしいじゃないか! 早く兄さんを僕のところへ! こんなところで殺す気か!」

 順は焦ったように言った。被験者をデータ採取前に死なせたくないだけだろう。しかし、こいつはある事実を知らない。

 「その薬は私の中にある」

 「何っ! それはどうゆう……。え? じゃあ、兄さんホントに死んじゃうだろ! あの薬の成功が兄さんを助ける鍵なんだ!」

 「単純な話、血を入れ替えたのよ」

 私の策、交換輸血とはこうだ。私の血の量は、優くんの血より多い。しかし、血液を継ぎ足すだけでは血を薬で毒された優くんを助けられない。

 そこで、優くんの血をなるべく私の血と入れ替えるのだ。完全に薬を抜けるとは限らないが、薬を薄くは出来るはず。

 私は貧血で動けなくなるけど、それは優くんの血を入れることで回避した。

 「馬鹿な! そんな無茶苦茶な!」

 順は動揺した。この世間知らずなお子様には、到底私の行動を理解出来ないだろう。

 「あとは、優くんが生きる意味を失わないようにするだけ」

 私のシナリオはこうだ。私は自らこの場で命を絶ち、対外的には順に殺されたことにする。そうすれば優くんは、順への復讐のため生きるだろう。これは私の生きた意味を賭けた、一世一代の大博打だ。

 「お姉ちゃん、この僕の計画を台なしに……! 兄さんをマジで殺す気か!」

 「世間知らずの子供が立てた計画なんて、いくらでも破壊できる。企業のサーバーをいくつも破壊してきた【インフェルノ】にはたやすい!」

 さて、あとはどうやって殺されようか。急な計画で、肝心の部分が決まってなかった。

 「渚!」

 私の思考を打ち消すように、聞き慣れた声が響いた。

 「優くん?」

 私の後ろにある扉、そこを開けて優くんが立っていた。髪が真っ白になっていたが、たしかに優くんだ。

 私は振り返って優くんに向かい合った。

 「大丈夫なの?」

 「大丈夫、でも渚が……」

 私は優くんの言葉で気づいた。発作を起こした時、吐血してて抑えた手に血が付いていた。

 「大丈夫、こんなんじゃ……」

 死ねないから。私がそう言おうとした時、


 破裂音がして、何かが私の背中を穿った。


 「渚……?」

 優くんは戸惑ったように私の胸元を見ていた。そこは、私の背中を穿った物が通り抜けた痕があった。

 「え?」

 膝から力が抜け、倒れてしまう。かろうじて後ろを振り向いた。そこには、銃を構えたSPがいた。

 「我々に不都合な存在は始末せねば。表五家存続のために」

 「お、おい!」

 SPはそう言うと、私に銃を突き付けた。その銃口からは煙が上がり、私は撃たれたのだと気づかされる。順は目の前で人が撃たれたからか、かなりの焦燥感を滲ませてSPを睨んだ。

 意識が遠のく。優くんが何か私に叫んでいるが、よく聞こえない。優くんの姿も霞んで見える。

 「ねぇ、優くん」

 私は声を出した。まさか優くんの目の前で死ぬことになるなんて、考えてなかった。なんて言おうか。

 「     !」

 優くんは私に縋って、何か言ってるけど、全然聞こえないや。私の体は完全に、冷たい床に横たわっている。

 「  ……」

 表情を見る限り、優くんは泣いてるのかな? せめて私は笑っておこうかな。

 「    」

 私は優くんの名前を呼んだ。だけど、自分の声も聞き取れず、だんだんと瞼も重くなってきた。

 不思議と痛みは無く、穏やかな気分で白い床に広がる赤を眺めていられる。

 死ぬって、こういうこと?

 優くん、どう思う?

 「 ………。    ……」

 私、もっとさ。

 「 !」

 「    、    」

 優くんと、生きたかったなぁ……。

 心の中で呟こうと思った言葉を、私は自然と声に出していた。優くんの表情が変わったから、多分そうに違いない。優くんの声は相変わらず聞こえないけど。


 体が冷たくなる。目の前が暗くなる。力が抜ける。

 そして、寄り掛かる優くんの体温も感じれなくなって。


 私は死んだ。


 2010年 市民病院(遊人の視点)


 「……てことがあってな」

 俺は、この市民病院で起きた出来事を語った。渚と出会ってから、渚が殺されるまでの話だ。というかせっかく少し前までの部分、キリがいいんだから話数跨いじゃえよナンセンスだなとメタ発言をして見る。メタ発言は俺の憧れだった。

 「というか、聞いてたかお前ら?」

 「え?」

 「遊人、なんか言ってた?」

 「なんでそこはポッキーゲームしてんだ!」

 夏恋は涼子とポッキーゲームしてて、俺の話を聞いてなかった。煉那はなんか緊張気味にポッキーゲーム観戦していたし、話を聞いていたのは佐奈だけだろう。

 「学校では教えてくれない遊人の歴史よりポッキーゲーム優先なもので。遊人が身近だから、この対応で収まってるの。感謝しなさい」

 「俺の歴史がポッキーゲーム以下とは」

 夏恋がさらっと酷いことを言う。上杉夏恋は本日も通常運転です。

 こんなんじゃ、学校では習わない上に身近でもない韓国史やロシア史なんかもっと酷い扱いに違いない。話の途中で帰るぞこいつ。

 「こんにちは、宵越新聞です」

 「出たなマスゴミ」

 いきなり病室に記者らしき男が現れた。手帳にペン、一眼レフとかマジ記者。どっかの戦場カメラマンの真似でもしてるのか、変な帽子を被ってる。

 夏恋はいきなりゴミ呼ばわりする。通常運転は伊達じゃない。

 正直、個室じゃないから他の患者さんの迷惑なんだよなマスゴミ。宵越新聞って、ネットでもろくでもないマスコミ、つまりマスゴミとして悪名高いが。渚も言ってたっけ。

 「ていうか、病院の入口は姉ちゃんの舎弟が張り込んでいたはずだが?」

 「窓から入った」

 「不法侵入かい!」

 俺が侵入経路を聞いたら、記者は下に『答、コロンビア』のテロップを付けても充分なドヤ顔で犯罪歴を語った。明らかな不法侵入です。捕まれ。

 「病院では静かにしろよ馬鹿記者」

 「佐奈は首相じゃないんだからぶら下がり取材すんな!」

 煉那と涼子も記者を罵倒し始めた。姉ちゃんから聞くに、宵越新聞の記者は佐奈を始め被害者に過度の取材を行うらしい。姉ちゃんも県警の偉い人からマスコミ抹殺の許可が下りたそうな。

 そしてついに、夏恋の毒舌攻撃が開始された。

 「ゴミはごみ箱に帰りなさい。立派な一眼レフぶら下げてるけどそれってデジタル一眼よね? 本物の一眼レフ扱えないとか記者のクセに情けないたっらありゃしない。それとどっかで見たような帽子被ってるけど、それって戦場カメラマンの渡邉さんの真似。似合わないから焼いていい? 戦場カメラマンなんて高尚な仕事、貴方には無理よ。どうせ戦車に撃たれて木っ端みじんがオチなのだから今すぐ駅で特急に轢かれて木っ端みじんになれば? あ、ダイヤ乱れるから岡崎ではやめて。故郷のトンキンにでも帰ってやって」

 夏恋が東京の蔑称であるトンキンを言った瞬間、記者の様子が激変した。まるでゲームのモンスターがぶちギレたみたいな豹変ぶりをみせたのだ。口から煙ボフーッ。

 「て、てめぇ! なんでそんなに人を的確に傷つけることが言えるんだよぉ! 言うこと欠いてまさかのトンキンだと?」

 「こいつ、トンキンって言われるとキレるタイプの東京人か……」

 ネットの掲示板では、こういう奴が大半を占めてたな。こういう輩はもし地震とかあったら被災地無視で買い溜めにはしって、地方民や他の東京人から白い目で見られるに違いない。

 「「トンキン♪ トンキン♪ トンキン♪ トンキン♪」」

 いつの間にか、夏恋を筆頭にこの病室の人がトンキンコールし始めた。まあ、何度か宵越新聞の記者による執拗な取材を(全て姉ちゃんが後で記者をぼこしたわけだが)目の当たりにした皆さんはいつか、一矢報いたいとは思っていたのだろう。

 「貴様ら……。東京より田舎の岡崎市民のくせして! ぶっ殺してやる!」

 記者がキレて喚き散らしてると、いつの間にか記者の腕に手錠が付けられていた。明らかにあの人の仕業だ。

 「ハイハイ、トンキンのマスゴミは空気の汚いトンキンに帰れ!」

 「やっぱり姉ちゃんか」

 記者の脳天にコンクリートも粉砕する鉄拳が繰り出される。記者の頭から鈍い音が聞こえ気絶したが、例えここで記者が死んでも誰も気にしないであろう。

 で、紹介が遅れたがこの美人でスラッと背の高い、パンツスーツの女性が俺の里親、直江愛花だ。渚は直江刑事なんて呼んでいたな。

 刑事をしており、マスコミ嫌いで有名。記者クラブからは恐怖を込めて、事件関係者からは感謝を込めて【マスコミキラー】と呼ばれている。その実態は、ろくでもないマスコミ、マスゴミを片っ端から粉砕するからで、マスゴミでないマスコミには無害だ。

 「む、俺が持ち場を離れたらマスゴミが病院に侵入したか!。病室に接近、排除する!」

 「姉ちゃんのマスゴミセンサーは衰え知らずだな」

 姉ちゃんの一人称は俺。これはかなり特徴的だな。俺の一人称もここから。

 開けっ放しの扉に向かって姉ちゃんが駆け出す。そのまま、マスゴミ突入のタイミングを謀って拳を突き出した。

 「天誅拳!」

 「おいおい、たかだか聞屋に何台ものテレビカメラを粉砕したそれを……」

 「テレビカメラ粉砕?」

 おや、夏恋がテレビカメラ粉砕をあまりに非常識みたいなふうに言いますな。姉ちゃんにとってみれば、テレビカメラは粉砕するもの。撮るものではない!

 しかし、拳は何者かに受け止められた。空気が振動する。

 「姉ちゃんの天誅拳を受け止めるだと? 化け物か!」

 「どっちも化け物よ!」

 夏恋はあかたも両方が化け物みたいな発言をするが、天誅拳の原理を考えれば止めた方もちゃんと人間だ。

 天誅拳はカメラのレンズを重点的に破壊するから、見た目ほど力はいらない。だからやり方次第では止めることも可能だ。ただ、早くて見切れないが。

 止めた方をよく見ると、手にテレビカメラを持って盾にし、衝撃を押さえてる。

 「盾か……!」

 姉ちゃんは悔しがったが、テレビカメラのボディが凹んでるので即座にもう一撃加えれば勝てそうだ。

 「おっと失礼。お怪我はありませんか?」

 その時、カメラを盾にした張本人が口を開いた。40代後半の男で、まるで模範的教師みたいな立ち振る舞いだ。軽くまとめると、知的で紳士ということ。

 「申し遅れました。私は、こういう者です」

 男は姉ちゃんに名刺を丁寧に差し出した。一挙一動、模範的な動きである。

 「宵越新聞記者、真田総一郎……」

 姉ちゃんは名刺の名前を読み上げた。なんと、この真田という男は宵越新聞の記者だったのだ。

 「私は取材に来たのではありません。調度うちの馬鹿を仕置きして連れ戻すとこでした」

 「それを、姉ちゃんがぼこしていたと」

 姉ちゃんはぼーっとしてるようなので、俺が答えとく。マスコミ嫌いの姉ちゃんからすれば、マスコミ関係者にこんな紳士がいるとは思わなかっただろう。

 「おや、失礼」

 突然、真田記者が姉ちゃんの手を取った。

 「え?」

 「手を怪我してるようですね。すいません、私がカメラなど盾にせねば……」

 「え、いや、この程度唾付けとけば直りますから」

 「姉ちゃんが敬語、だと……?」

  姉ちゃんが突如、敬語で話し出した。どうしたというのだ? マスコミ関係者に敬語など。

 真田記者は姉ちゃんの手の怪我したとこに絆創膏を貼ってる。

 「仕方ないな……。今日は帰るか」

 姉ちゃんがおかしくなった理由が解らないので、俺は一旦帰ることにした。

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