エピローグ2 それぞれの帰路
スポーツ新聞の記事
『サイバーガールズ解散の後は?』
8月1日に行われたサイバーガールズ総選挙の際、サイバーガールズは正式に解散を発表した。その後のメンバーはどうなったのだろうか。
木島ユナはネットコミュニティーによるファンとの交流を今後も続けると発表した。『入院なう』で始まるメッセージには、『普通の女の子としてみんなと楽しみます』と書かれていた。
稲積あかりや上杉冬香などのメンバーは普通の学生生活を送る模様だが、ネット上で今も話題をさらうメンバーがいた。
総選挙でも暫定一位だった、赤野鞠子だ。実はサイバーガールズ解散の後に動画サイトで『スカーレット』なる人物が歌を投稿していた。『藍蘭』と名乗る人物とデュエットをしたりして人気を博しているが、このスカーレットが赤野ではないかと噂されている。
真相はわからないが、スカーレットと藍蘭のデュエットは二人の絆を感じさせる。
8月20日 九州 某病院
どこの学校も出校日をやってるだろう時間、藍蘭の姿は病院の待合室にいた。サイバーガールズのメンバーを多数死にいたらしめたあの事件から数週間、割と夏目波に刺された腹部の傷が深かった藍蘭は通院をしていた。
そんな藍蘭は待合室の椅子に座っていた。夏服のセーラーを着て、一応学校に行く気はあるらしい。
「今日で終わりか……」
藍蘭は鞄から出した紙を見ながら、通院生活が終わることを実感した。紙に書かれているのは、最近スカーレットと動画サイトで投稿を始めた歌の歌詞。既存の楽曲であるが、収録をDPOのスタジオで行って、投稿しているのだ。
「ん?」
ふと、藍蘭は自分の隣に座る少女を見た。少女は線が細く、痩せていた。黒髪は長くて艶があるものの、肌は異様に白くて不健康そうだ。それより藍蘭の目を奪ったのは、少女が手にする端末。ネックストラップで首にかけてあるのはスマートフォンのようだ。画面にはあるゲームのタイトルがハッキリと映っていた。
『ドラゴンプラネットオンライン』、と。そしてカバーは黒い。少女は立ち上がり、そのまま病院を出た。手からスマートフォンを離したため、だらんとネックストラップでそれは吊される。
その時、カバーのデザインが見えた。カバーに描かれているのは墨炎。そしてこの端末はおそらく、一般販売されていないインフェルノ製スマートフォンのドラグーンであること。
なぜあの少女がドラグーンを手にしていたのか、藍蘭にはわからなかった。遊人が持っているのを見た彼女は、てっきり一般販売されてるものと考えていた。だが、後で調べたら非売品であることがわかった。
「さて、学校行くか」
しばらくして考えるのを止めた藍蘭は病院を出て、自転車に乗る。彼女は両親が海外出張で忙しく、普段家にいない。両親が海外に行ってたからこそウェーブリーダーを手に入れ、DPOを日本人の中ではいち早くプレイできたのだが。
「ま、気にしない気にしない」
SEAが、藍蘭がそのことで相談に来た、と言っていたことを思い出したが、どうせ作り話と藍蘭は忘れることにした。藍蘭自身にはその記憶が無いのだ。
入道雲が浮かんでいる空の下を、藍蘭は自転車で駆ける。
愛知県岡崎市 直江遊人宅
藍蘭が元気いっぱい自転車を走らせる少し前、活発などという言葉から最も遠い男が目を覚ました。
「うーんむにゃむにゃあと5時間……」
ベッドに沈んでいる白髪の少年、直江遊人は仰向けにグースカ寝ていた。勉強机とベッド、ゲームが収まった本棚とゲーム機をしまう低い棚、その上にあるオレンジの長髪をなびかせる鎧姿の少女のフィギュア。それが部屋にあるものだった。
「……」
主が惰眠を貪る部屋に侵入する、小さな人影があった。半袖のTシャツにデニムのスカートをはいた女の子。
彼女は凍空真夏。凍空財閥の令嬢であるが、父親を策略で殺された上に親戚一同を後継者争いで滅ぼしたために身寄りが無かった。そこを直江愛花が拾い、遊人と暮らすことになったのだ。名前も変わって、直江真夏となった。
(ダイブ!)
「ぎゃああああ!」
真夏は無言でベッドの少年にフライングボディプレス。妹が欲しい諸兄には憧れの妹シュチエーションだが、実際のダメージは計り知れない。特に遊人はたいして鍛えてないから防ぐものが何もない。
「はっ、この音は姉ちゃんが電気ケトルを直接火にかける音!」
目を覚ました遊人は姉、愛花が所謂『料理の天災』ぶりを発揮し始めたことをインフィニティ能力により、音で察知する。最近は些細なことでもインフィニティ能力が発動してしまうらしい。
そうこうしてられないと遊人は飛び起き、愛花を止めに新しい妹、真夏と駆け出した。
東京都 首都高速
遊人が真夏に起こされる数時間前、日付は変わらないものの日は出ていない時間帯。東京都にある首都高速を走る一台の車があった。
走っていたのは一般的な白いワゴンで、二列ある後部座席のシートは全て倒されていた。内装は古く、中古車独特の臭いがした。窓の開閉が手回し式な辺り、ある意味貴重な骨董品だ。
「全く、熱地と松永がクローン製造で潰れ、凍空と宵越はそれぞれトップが自ら解体とは、表五家は渦海だけになってしまった」
運転席にいる初老の男が呟いた。普段は運転手に任せているが、今回ばかりはそうもいかなかった。その理由はシートが倒された後部座席にある。
「んっ……あ、日本の首相たるお方が、まさかこんなとこで、ね」
もぞりと起き上がる人影が後部座席にあった。寝乱れた金髪を右手で直し、左手は毛布を胸元で抑えている。リディアだ。宵越弐刈の秘書をしていたリディア・ソルヘイズが今度は日本の総理、渦海親潮の下にいた。
脱ぎ捨てたスーツなどはそこらに散らばっており、毛布のみを纏う彼女の状況から何が車内であったかを想像するのはたやすい。
「ホテルとかに泊まって、今誰かに見つかったら、妻子持ちの私はスキャンダル発覚。今まで事実を隠してくれた宵越も今は無い」
親潮の答えにリディアは、じゃあ始めからするなよ、と言いたくなったが堪えた。この状態のリディアを車に乗せて高速を走ること自体、かなりリスクを伴う。
(あれだ、日本の首相は弐刈以上の馬鹿だ。歳いってるくせに下半身だけは元気なんだから……)
リディアは離れた弐刈のことも交えつつ、ため息をついた。その時、彼女は数回咳をした。弐刈なら『風邪なのでは?』と心配してくれたが、親潮は自分のことで精一杯らしく、咳にも気付かない。
「時間はあと僅か……」
口元を抑えていた右手を開き、それを見たリディアは自覚した。血で真っ赤に染まる右手と、自分に残された時間を。
リディアは血を脇に置かれたティッシュで拭うと、毛布をパサリと手放してシートに倒れる。そして、自分の身体を抱いた。
(私にはこうするしか、ないみたい)
そして、弐刈の下を離れた理由を思い出す。リディアは弐刈の権力者らしからぬ空気に惹かれてしまった。だが、彼女の目的は権力者を潰してパワーバランスを崩し、社会を揺さぶることで自分が生きている実感を得ること。
弐刈に惹かれながらも離れたのは、自分に迷いが生じたから。本来、生きる実感を得る為の糧に過ぎない権力者を、生きる実感そのものにしては本末転倒だと感じただけだ。
(あいつ、今何してんのかな?)
リディアは毛布を身体に巻いて起き上がり、夜景に溶ける宵越テレビの本社を眺めた。
岡崎市 矢作橋
遊人が電気ケトルを直接火にかける暴挙に出た愛花を止めに、真夏と走っていた頃である。
岡崎市を流れる一級河川、矢作川。そこにかかる矢作橋は車の交通量も多いが、ちゃんと歩道がある。その歩道に、一人の男性が立っていた。
かつて、遊人と氷霧、クインがリアルで出会ったその場所にいたのは宵越弐刈。バックパッカーのする服装に巨大なリュックを背負った彼は、いくつかの資料に目を通した。
「これが佐上大臣から貰った、切り裂き魔事件の被害者リストのコピー。そしてこれが熱地学院大学のクローン製造計画の写し、と」
藤井佐奈の父、藤井佐上大臣から資料を受け取った弐刈は、突然リディアが自分の下を去った理由を悟った。リディアは弐刈がサイバーガールズ解散と共に宵越テレビと宵越新聞、そして記者クラブの解体を宣言した日に姿を消したのだ。
「リディアは遊人や順と違って、試作のクローンだから寿命が短い。そして、この愛花刑事の資料によるとリディアは権力者を潰してきた、と」
弐刈が岡崎に来た理由。それは切り裂き魔を追うため。佐上の資料によれば、切り裂き魔は渦海党に反発する人間を狙っているとのこと。切り裂き魔と渦海党の繋がりは深いと見た。さらに最近、リディアに似た少女を渦海親潮首相の近辺で見たとの噂もある。
つまり、切り裂き魔を捕まえて渦海を解体すれば、リディアを取り戻せると弐刈は考えたのだ。
「俺はやるぞ。リディアを取り戻す!」
弐刈は決意した。リディアを必ず取り戻すと。今まで多くの女性と付き合った弐刈だが、真に心から惹かれたのはリディアだけだった。この岡崎から、弐刈のリディア奪還作戦は始まった。
名古屋 アップルストア
弐刈が決意を固めた頃、今日発売日を迎える最新式のガジェットを求め、名古屋にあるアップルストアの前に人々が長蛇の列を作っていた。その中に木島ユナの姿があった。
ユナはTシャツにジーンズと、アイドル時代なら考えられないくらいラフな格好をしていた。
「『行列なう』と」
行列のことをツイッターで呟くユナだが、彼女は先頭にいる。彼女がネットを通じてファンと交流を続けた理由は、そうした機械に詳しいからである。ユナはガジェットが大好きだが、アイドルとして活躍すれば最新ガジェットを買えるお金が貯まる一方、忙しくてガジェット好きにはロマンともいえる開店前の行列に並べなかった。
アイドルを辞めなければならないのは残念だが、ユナはこうして行列に並べる身体があることを感謝した。ユナは気丈に振る舞っているが、多くのメンバーが死んだ事件は生き残ったメンバーの心に傷を残した。
「あの子、誰だったんだろ?」
しかし、彼女の心には傷を埋めるほど衝撃的なことがあった。ユナがSEAの魔手にかかり死にかけた時、一緒にいた三好雅が助けてくれた。その光景が目に焼き付いて離れないのだ。
店が開店し、目当てのものを手に入れても、ユナの頭は雅のことでいっぱいだった。
「恋、なのかな?」
ユナは名古屋の町を歩きながら、そんなことを考えていた。
岡崎市 長篠高校
「くしゅん! 風邪かな?」
ちょうどユナがガジェットを手に入れた頃、長篠高校のグラウンドの隅で可愛らしく小さなくしゃみをした三好雅は、気を取り直して作業に取り掛かる。今の雅は体操服姿。何をしてるかといえば、馬の世話だった。
この馬は秋庭椛が乗り、そして落馬したものだ。こうした経緯から、持ち主が信用を失って牧場を破綻させ、飼い主がいなくなったのだ。
長篠高校の系列校に、乗馬部がある学校があった。そこにこの馬を渡すための最終調整をしていた。
「なんか最近、転校生が来るらしいな」
「直江の幼なじみで、めっちゃかわいいんだよ」
雅はグラウンドを歩く男子の噂話を聞いた。明らかに稲積あかりを指した話であり、あかりが転校してくるという事実も明かしていた。
「またあいつの身辺は騒がしくなるな」
いつも長篠を騒がしくするのは遊人だ、と雅は呆れていた。一体、どんな星の下に生まれればそんなに事件を呼べるのか。
「あ、雅さん」
そこへ佐奈が通りかかる。手にはイグアナを抱いている。このイグアナは河岸瑠璃のペットで、爬虫類はというのは夏ならともかく、冬は温度管理が大変なので温室がある学校に譲渡される予定だ。
「順さんも転校するそうです。ここに」
「おかしな奴は佐原会長だけで十分だよ……」
順の転校を聞き、雅は佐原以上の変人がこれ以上増えることを危惧した。
「誰がおかしな奴か」
「なっ、佐原会長!」
佐原会長が雅の隣に瞬間移動してきた。夏服を纏う彼女は、既に傷も癒えた。この瞬間移動は誰かから影の薄さをコピーして、移動に気付かれてないだけだろう。
そうでなければ佐原は化け物だ、と雅は思ったとか。
九州 中学校
「やーやーお待たせ」
病院から自転車で重役出勤した藍蘭は、意気揚々と廊下を歩く。前は学校に行くのをそんなに楽しみにしていたわけではないが、何人も周りで人死にが相次ぐと、生きることの喜びが溢れ出す。
「で、なんでこんなに人いんの?」
藍蘭は教室に入るため、謎の人だかりを掻き分けた。海底校舎よりも天然の明かりに溢れた教室には、特に異変も無いように藍蘭は見えた。ただ、教室の真ん中に座る、髪をツインテールにした、他の中学のセーラー服を着た人物を見て藍蘭は全てを察する。
「ツマンネ、帰ろ」
藍蘭は口にすると同時に心で強く念じた。すると、教室や周辺にいた全員が教室を出ようとする。藍蘭は早速、インフィニティ能力を活用し始めた。彼女の能力は『感情感染』。効果は読んで字の如し。
ただ、威力が強すぎてクラスメイトまで締め出してしまった。まだ訓練が必要だ。幸い、藍蘭が目当ての人物は、大人数向けに広く薄く引き延ばして感染させた感情程度では揺さ振れなかった。
「スカーレット」
「やることが無茶苦茶ね。私まで帰りたくなった」
藍蘭が声をかけると、スカーレットは帰り支度を始めた。藍蘭はその様子を見て慌てる。
「ちょっ……、私来たばっかなんだけど!」
「もう今日のスケジュールは終わりよ。だから帰ろう」
鞄を手にしたスカーレットは藍蘭の手を引いて教室を出る。こうして、来たばかりの藍蘭は早速下校する羽目となった。
欲望の町を舞台に暴れ回った少数の反則技と多数の定石達はそれぞれの帰路についた。家に帰るまでが遠足。帰った後は明日があるだけだ。
サイバーガールズメンバーリスト
河岸瑠璃 死亡:第三者による殺害
稲積あかり 生存→未来へ
木島ユナ 生存→未来へ
黄原彩菜 生存→未来へ
緑屋翠 死亡:失血
赤野鞠子 生存→未来へ
紫野縁 死亡:溺死
上杉冬香 生存→未来へ
桜木小春 死亡:感電死
秋庭椛 死亡:転落死
夏目波 死亡:割腹
泉屋宮 死亡:焼死
桃川要 死亡:幻覚
青柳魅希 死亡:貫通
茶木桜 死亡:破裂
黒田明見 死亡:轢死
金鉢伴回 死亡:凍死
SEA 消滅