37.無限の未来
プレイヤーデータ
アバターネーム:藍蘭
アバターサイズ:ミドル
使用武器:刀『髭斬』『義経』『?』
スキル:『刀術』『二刀流術』『千人斬り』『絶爪』
所属騎士団:学園騎士 会長
岡崎市 刑務所
刑務所の面会室はドラマで見る様な、まんまのものである。まるで受付か何かの様な、机を隔てるアクリル板に開けられた声を通す穴。
「特別面会というから、君だとは思わなかったよ」
囚人の側に座るのは、元インフェルノ社長、大川緋色。彼は自社のサーバーへの不正アクセスと楠木渚殺害を幇助した罪で投獄された。そんな彼は、意外という様な表情で面会人を見た。
「順くんの頼みなので。それに私はここの所長と知り合いですので、特別に会えますし」
面会人は小柄で顔立ちの整った女性。髪もサラサラで、美人という枠には収まらないくらいに綺麗だ。
彼女は樋口遊菜。直江遊人、松永順が新田遊馬のクローンとして誕生する際、卵細胞を提供した女性である。当日が14歳で、それから16年と考えると、もう30歳だが、初対面の人にはいつも大学生くらいだと思われるくらいに若い。遊菜は小児科医で、国境なき医師団のメンバーでもある。
本来なら親族しか面会が許されないが、緋色と血縁の『け』の字も無い彼女がこうして面会できるのも、所長と知り合いという以外に医師団メンバーの肩書きがあるからだ。
「聞きたいことは?」
「サイバーガールズの河岸瑠璃さん。彼女を海に沈めたのは貴方?」
遊菜は単刀直入に聞いた。順が緋色に聞きたかったことはこれである。SEAは『物体を触れない私は瑠璃をドラム缶に詰めて沈められない』と言ったが、『なんでこれ知ってるの?』とツッコミを愛花から喰らって、誰も追求しなかったポイントだ。
順はインフェルノの評判を落とすために緋色が仕掛けたものと推測していた。
「僕は知らない。けど、心当たりならある」
緋色は真剣な表情で言った。その先を続ける。
「心当たり?」
「ああ、サイバーガールズといえば日本を代表し、誇るべきサブカルチャーの権化。だが、残念ながらサブカルチャーを良く思わない連中もいる。そいつらが手を貸したんじゃない?」
緋色もそこはほぼ推測だった。ともかく、サイバーガールズを潰したい人間がSEAの内心に気付き、それを利用した可能性がある。
「トップアイドルですからね、サイバーガールズは。他のアイドルを売りたいプロダクションや最近売り出した海外アイドルのバイヤーなど、サイバーガールズを潰したい勢力は五万といそうです」
遊菜は考えた。熱地に遊人、順の二人の息子と引き離されて以来、子供を救うことに人生を賭けた女性は裏事情も詳しくなっていた。
遊菜は椅子から立ち上がり、面会室を出る。緋色はその姿を黙って見送った。
岡崎市 矢作川
「待てごらぁあぁぁぁぁ!」
「死にやがれ糞デブ!」
「野郎ぶっ殺してやる!」
「きゃあ役人殺し!」
熱地学院大学が崩壊した長篠高校のレクリエーション大会以降、その高校がある岡崎市では度々奇妙な光景が見られた。
それは長篠高校の制服を着た集団に、ボロボロの高級スーツを着たピザデブが追いかけ回されるというもの。この光景を見に、またはこの光景に加わるため、岡崎市を多くの人が訪れた。
「私を誰と心得る!」
「知ってるよこの熱地ピザデブ!」
「ぎゃあああ!」
追いかけられているピザデブは熱地学院大学の次期理事長になるはずだった男、熱地南太郎。息子が南十郎やら、父親が南晴朗やらややこしいため、長篠高校の生徒からピザデブという親しまれて(?)いる。ちなみに息子は世紀末救世主、父親は老害と呼ばれている。
「死にさらせぇぇぇ!」
そんな愛されマスコットのピザデブくんを追いかけているのはエディのクラスメイト、門田と煉那、涼子の三人。所謂居残り組である。
しかしながらピザデブくんがこんな危険な岡崎に残った理由は何だろうか。それには深いわけがある。
ピザデブくんはあまり歩くのが好きじゃないため、よく車を利用した。その際、運転手に横暴な態度を取ったのが原因で迎えが来ないのだ。いくら雇われ運転手といえど、普段から信頼関係を築かないとこうして見捨てられる。
日本の就職理念はアメリカでよく見られる、自分の能力を売り込んで仕事を獲得する「契約」よりもかつての鎌倉幕府に近い「奉公」の形である。それゆえ、ビジネスライクに対応すべき場面で信頼の薄さから裏切られることもある。
「死にたくないよー!」
契約タイプの雇用なら、こういうことをすれば契約違反となる。だが、奉公タイプの雇用は雇い主との信頼関係が大事なのだ。
「ひでぶ!」
ピザデブくんの断末魔を聞いた岡崎の経営者は、それを痛いくらい思い知ったのだ。
SEA サーバー内部
SEAのサーバーは朱色やDPOのサーバーと同じく、『世界内包者』という、大容量にして世界最高峰の計算能力を持つものである。ただし、朱色やDPOのそれと、SEAのサーバーでは決定的な差がある。
「楠木渚の血を引いてるか、否か」
「まさか人骨を人工レアアースの材料にするとは……」
途切れた橋に、スカーレットと藍蘭が降り立つ。藍蘭は遊人の強化プラン通りに夏服と篭手、髪飾りという格好。スカーレットは夏服のセーラーに機械の義手義足である。
現在二人が立つ橋は途中で途切れ、向こう岸が存在しない。下を流れるのは本来川だが、向こう岸が無いためにまるで海だ。
岡崎市の都市とも言い難い建物郡に渋谷109と宵越テレビ、国会議事堂があるのはなんともミスマッチだ。空は一見すると、現実世界にある夜空にも見えるが、星の変わりに空を埋め尽くすのは整列した大量の1と0。ここが二進法で作られるデータの世界だということを、否応なしに自覚させる。
「日名橋?」
「前に岡崎に来たことあるけど、橋までは見てなかった」
橋を渡って陸地に辿り着く二人。藍蘭が橋の名前が書かれたプレートを読むが、一度岡崎に来たスカーレットも橋までは覚えていなかった。
この世界はDPOに比べると狭く、再現度も低い。藍蘭とスカーレットが調査を始めるが、住宅や建物は入ることが出来ず、アスファルトの道は傷が無いどころか凸凹すら一定のパターンがある。
DPOサーバーとSEAサーバーの最大の違い。それは使用されたレアアースの量。朱色やDPOのサーバーには人骨を原料とした人工レアアース『ボーンアース』が使用されている。これは渚が開発し、実際に渚の遺骨が利用された物である。
一方、SEAサーバーは天然のレアアースを使用した。だが、ボーンアースと天然レアアースでは性能に差が無い上、天然レアアースは高価で、SEAサーバーはボーンアースを用いたサーバーと比べると、同コストでも圧倒的に小さい。
例え、若干ボーンアースの方が低性能でも、サイズ差が大きいと無意味。
「あいつは多分、朱色ほどの冷静さは無い」
「SEAを追い詰める時の議論、自分でも完全じゃないって気づいてたのに。サーバーの性能差?」
スカーレットと藍蘭は宵越テレビの前に来た。構造自体は全く同じ。ただし、全く傷が無いなど現実との違いが顕著だ。
二人は今、藍蘭達が宵越テレビに着いた時、降り立ったのと同じ場所にいる。玄関前の広場だ。だが、潮の臭いは無い。この宵越テレビはお台場ではなく、岡崎市の真ん中にあるのだから。
「あれを!」
スカーレットが指を指す。その方向には、二人の人影があった。一人は紫基調のパンク衣装に紫の髪、紫のギターを持っている。
もう一人は馬に乗り、紅葉の色をした鎧に身を包んで、槍を手にしていた。
「縁と椛のアバター!」
「一旦無視! こういうのはこっちの消耗狙いだから! 増援が来てから!」
スカーレットは元メンバーのものだったアバターを見て驚く。現在、朱色が頑張ってSEAサーバーの『来客が二人まで』ロックを解除して増援を送り込もうとしている最中だ。
藍蘭は彼女の手を引いて宵越テレビの入口へ急がせるが、スカーレットには何か引っ掛かる点があった。
「椛って、馬乗ってたっけ?」
スカーレットはその疑問を振り払う。今はSEAを倒すことが優先だ。二人は走って、宵越テレビの入口である自動ドアに着く。しかし、自動ドアは赤く染まって動かない。
「倒さなきゃダメなやつ? ならば!」
状況を察した藍蘭は、三本の刀を抜いて巨大な爪の様に指で挟んで持つ。絶爪だ。武器も強化され、より強力になった。
「【大雀蜂】!」
藍蘭は出血効果のある突き技を、馬に乗って一足早く追いついた椛アバターの馬に放つ。馬から飛び降りた椛アバターだが、藍蘭の絶爪が迫る。
「でやああっ!」
「くぁっ!」
藍蘭は椛アバターを右肩から左脇腹にかけて切り裂く。真っ赤な鮮血がほとばしる。藍蘭の『千人斬り』スキルで大雀蜂の出血効果が続いていたのだ。
「死にさらせ!」
「んぐっ!」
返す刀で椛アバターを水平に切り裂く藍蘭。本来なら死に至るほどの血が吹き出るもその間、椛アバターは彼女の声で悲鳴を上げる。スカーレットを惑わせる策略と思われたが、藍蘭には無意味。
倒れた椛アバターは出血の効果でHPを徐々に失い、戦闘不能になった。
「【スナイプレーザー】!」
スカーレットは左腕の篭手を開き、そこから赤い一筋のレーザーを放ち、遅れた縁アバターの胸を撃ち抜く。黙ったまま縁アバターは崩れ去り、スカーレットは義手を確認する。
左腕の義手は横の放熱ハッチが開き、そこから覗く部分は白熱している。
「出し惜しみは禁物」
スカーレットが呟くと、自動ドアが緑色になって中に入れる様になる。
「行くよ!」
藍蘭とスカーレットが宵越テレビロビーに足を踏み入れる。見慣れたロビーには、またも人影があった。今度は三人。
一人は日本風の鎧を身につけた大和撫子、泉屋宮のアバターだ。もう一人はピンク色の髪をして、ホラー映画に出てくる特殊部隊に似た服装をした少女、桜木小春のアバター。そして最後の一人はウエットスーツを着て、短めのポニーテールを揺らしている、夏目波のアバター。
「今度は三人!」
「出し惜しみは無し」
藍蘭とスカーレットが構える。泉屋アバターが刀を抜くと炎が刃を駆ける。桜木アバターがハンドガンを捨て、腕から触手を出す。夏目アバターはナイフを腰のベルトに収めたホルスターから抜く。
「【レッグミサイル】」
スカーレットは義足の太股、その外側を展開し、ミサイルを片方それぞれ3つずつ飛ばす。夏目アバターは抵抗も出来ずにミサイルを一つ受け、爆散。
「なっ……!」
桜木アバターはミサイルを体と両手で抑えたものの、時限式でミサイルが起爆したため粉々。
泉屋アバターは残ったミサイルを斬って落とすも、爆発に巻き込まれて負傷した。
「う……くっ……」
彼女は刀を支えに膝をついていた。藍蘭が絶爪を突き付け、泉屋アバターに向き合う。
「お願い……殺して……」
「残留脳波ね……、わかった」
泉屋の言葉を聞いた藍蘭は、絶爪でアバターの首を撥ねる。ズタズタにされた頭部が床に転がり、泉屋アバターが倒れる。
「行こう」
「うん」
顔見知りの泉屋を傀儡の苦しみから解放した藍蘭とスカーレットは、先に進む。進んだ先はカフェテリア。机が多数並び、藍蘭達も見慣れた光景だ。
「あれは!」
藍蘭は五人の影を見た。弓を持つ者、マスケット銃を構える者、剣を抜く者、槍を地面につく者、そしてハンドガンに弾を込める者。リディアを襲い、緑屋翠を殺害したあの五人だろうとスカーレットは予測した。
「一気に終わらせる! 【ビームバスター】!」
そして彼女は、左腕の義手から極太のビームを放つ。そして、五人に当てるためスカーレットはビームを凪ぐ。義手はいつの間にか巨大なキャノンに変形しており、ビームが途切れると変形して義手に戻る。放熱ハッチが開き、やはり白熱している。
「これは凄い」
五人はあっという間に消し炭となった。藍蘭が感嘆している光景は、もうカフェテリアのものではなかった。ビームが施設を薙ぎ払い、椅子や机、壁すら溶けて消える。
五人を瞬殺した藍蘭とスカーレットは先を急ぐ。控室が並ぶ廊下を走り、彼女達は宵越テレビの象徴たる球体部分に着いた。建築当時は話題にもなったが、最近ではあまり目立たない部分だ。DPOの戦闘フィールドの話だが、暴徒にロケランをぶち込まれたのもこの部分。
球体内部は現実世界と構造が違い、真っ青なライブ会場であった。二人が立つのは観客席。ステージには人影がある。
「SEA!」
藍蘭とスカーレットはステージに駆け上がる。ステージでは先端が青いレーザー刃の槍を持ったSEAが待っていた。
「なんだ。私の人形、倒したんだ」
「さあ、観念しろ!」
スカーレットがSEAに刀を向ける。時間が経ったので、右腕の義手で開いている放熱ハッチが閉じる。
「私は人間になるんだ。【ラムダスパイク】!」
SEAはスカーレットに走り寄り、槍を突き出す。単純な突き技、ラムダスパイク。スカーレットはそれをスレスレでかわし、右腕をSEAに向けた。
「【スナイプレーザー】!」
「んぐぅ!」
SEAは細いレーザーで脇腹を撃ち抜かれた。槍を振って反撃を試みるSEAだが、スカーレットはしゃがんで回避する。そして、藍蘭がSEAの背後に迫っていた。
「くっ……」
「なかなかやるな!」
彼女は何とか槍を戻し、藍蘭の絶爪を防ぐ。槍の腕前はどう考えても、ラディリスのそれより低い。いや、一般的なDPOプレイヤーよりも弱いのではないかと藍蘭は考え始めた。
「【大雀蜂】」
「つ、あっ!」
SEAはスカーレットの持つ二本の刀に両肩を貫かれる。無理矢理抜けて二人から距離を取ったSEAは膝をつき、両肩を庇う様に抱いていた。
「やっぱり一方的にやる方が楽ね!」
そう言った彼女の周りに青い円形のエフェクトが現れ、両腕がステージからはみ出るほどのなキャノン砲に変わる。
「来い、ボード!」
スカーレットもボードを呼ぶ。ボードは変形して巨大な剣になる。それを見た藍蘭は興奮気味に叫んだ。
「そ、ソードダンサー!」
アニメに登場するメカの名前を叫んだ藍蘭はアムドライバー世代かもしれない。藍蘭が言ってるメカはネオボードバイザー、ソードダンサーという代物。主人公達の乗り物やアーマーになるバイザーというメカの中で最強の部類に入る。
「死ねぇ!」
SEAがビームを放つも、キャノンが大きすぎてステージにいる藍蘭とスカーレットを狙えない。二人はそれぞれ、藍蘭がSEA、スカーレットがキャノンへ動き攻撃を始める。
「【対艦刀】!」
スカーレットがキャノンを両方輪切りにしていく。そして、その隙に藍蘭はSEA本体へ攻撃をしかける。
「【飛天円月斬】!」
藍蘭は回転鋸の様にスピンして、何度もSEAを切り裂く。
「あぐっ、ああっ!」
SEAは腕のキャノンが無くなると同時に吹き飛ばされる。窮地に陥った彼女は、吹き飛ばされてぶつかった壁をビームサーベルで切り裂いて逃げる。
「待て!」
「ラスボスなのに弱くない?」
スカーレットは剣にしていたボードを元に戻し、藍蘭も乗せて飛ぶ。藍蘭はSEAの弱さに疑問が起きたが、今まで一方的に攻撃出来た分、SEAは対等な立場での戦闘に慣れてないのだろう。
「ここで決着だ!」
ボロボロのSEAは宵越テレビの大道具倉庫の屋根に立っていた。そして、装甲を外して手を空に掲げる。バイザーがとれて、表情がよく見える。しかし、初めて藍蘭達に見えた瞳は光を失っていた。
「来い」
SEAがそれだけ言うと、倉庫が砕けて巨大なメカが姿を現す。
「来た、巨大メカ! クイン先輩興奮しそう!」
スカーレットと共に地上へ降り立った藍蘭がメカを見て言う。
青いメカは二本足だが人型ではない。左右に巨大なキャノン、後部に大量のミサイル。全体の大きさは宵越テレビ本社と互角。
「全弾発射! 【フルバースト】!」
「極端な……!」
「避け……」
SEAはミサイルをすべて藍蘭とスカーレットに撃つ。二人は爆発に巻き込まれ、煙が晴れた時には倒れていた。
「全部撃ってしまったが、このメカは防具にもなる」
「強さが極端な奴……!」
藍蘭は黒焦げで倒れ、ようやく刀を支えに立ち上がると呟く。今までの弱さは何だったのかという強さのSEA。スカーレットはHPをほぼ失い、藍蘭もレッドゾーン突入。
「レーザーでトドメだ!」
二門のレーザー砲が二人に向けられる。巨大な砲口から光が発せられる。
「これで終わりだ!」
SEAが叫び、レーザーが発射される。その瞬間、スカーレットが立ち上がって藍蘭の前に立つ。義手と義足の装甲が開き、彼女の周りに光のシールドが張られる。
「ぐっ……」
シールドがレーザーを防ぐが、しばらくして爆発が起こる。藍蘭は吹き飛ばされたもののすぐに立ち上がり、爆心地にいるであろうスカーレットを探しに行く。
「スカーレット!」
「光学兵器にビームフィールドが有効だが、威力が違うな」
藍蘭はHPを完全に失ったスカーレットを抱き起こす。ツインテールは解け、義手と義足はボロボロでショートを起こし、自力では立ち上がれそうにない。強力な武器になる義手義足だが、壊れやすい上に壊れたら全く動けないのが欠点である。
「最後の手段、リベハを使うしかない」
「そうだな。カウント3で行くぞ」
二人はスクラムを組んで立ち上がり、SEAに向かう。この空間はおそらく、リベレイションハーツのリミッターがかかっていない。つまり墨炎がかつてしたように、全てを焼き尽くすことも可能かもしれないのだ。
二人はスクラムを解き、藍蘭が右腕を、スカーレットが左腕を掲げた。互いの手を指を絡めながら握り、藍蘭がカウントを始める。
「3、2、1……」
二人が同時に、ボイスコマンドを入力した。
「「【リベレイション=ハーツ】!」」
赤と青の光が二人を包む。SEAは眩しさのあまり、目を覆った。光が収まると、そこに二人の姿はなかった。いや、いたのは一人だけだった。
深紅の装甲を持つ義手と義足。赤基調の夏服セーラーに、赤みが増した茶髪はサイドテール。手にしているのは刀だが、刃が無い。
「誰だ!」
SEAはプレイヤーの名前を確認する。謎のプレイヤーの頭上に表示された名前は『藍蘭』と『スカーレット』が被り、読めない。
「合体した! ねぇスカーレット、合体しわかってるわよ、さっさと倒す!」
藍蘭とスカーレットは同じ口を使ってるため、喋ることがごちゃごちゃになっていた。声は別々であるが、かつて記憶を失った渚の人格が現れた時の墨炎に状況が似ている。
「体の操作は藍蘭に預ける。了解!」
藍蘭/スカーレットの手に握られた刃の無い刀から青いビームの刃が出る。そのまま彼女はSEAが乗るメカの左足をスライスする。
「うわぁっ!」
体勢を崩したSEAはメカと共に宵越テレビへ倒れ込む。宵越テレビはめちゃくちゃに崩れた。
「せい!」
藍蘭/スカーレットはレーザー砲とミサイルコンテナを切り刻む。メカは武装を失った。
「くっ、こうなったら……」
姿を現したSEAは再びアーマーを装着する。背中にブースターを付け、両手に実体剣を装備。そのまま藍蘭/スカーレットに切り掛かる。
「おっと」
「くっ、力が足りない!」
二本の剣同士が鍔ぜり合いをするが、SEAが本気なのに対し、藍蘭/スカーレットはたいして力を出していない。
そのまま離脱を試みたSEAを追い、藍蘭/スカーレットも駆ける。両者はほぼ飛行しながら渋谷109まで接近、切り結びながら壁を駆け上がり、屋上へ着く。このシーンはアニメだったら、赤と青の光がぶつかっている様にしか表現されないだろう。
「【ハイパービームサーベル】!」
藍蘭/スカーレットは刃が巨大化した二本のビームサーベルで渋谷109のビルを斬る。上の階が切り落とされたビルは中に入れるわけでもなく、断面は青いポリゴンで形成されていた。
二人はそのポリゴンに立つ。
「このままでは負ける! 来い!」
SEAが手を掲げると、彼女の周りを青い円形のエフェクトが囲む。上空から奇妙なメカが舞い降りた。
巨大な頭と胴体のパーツしかないロボットで、これ一つでほとんど屋上を占拠した。さらに、分離された両手のパーツもやってくる。SEAは胴体のコクピットに乗る。
「これで勝てる!」
「コピーX? まあ似てるわね。出し惜しみは無しの方向で」
某アクションゲームのラスボスを連想した藍蘭とスカーレット。屋上から一旦離れて上空を飛ぶ藍蘭/スカーレットは充分にSEAとの距離を取ると、突然セーラー服のスカーフを解いた。
スカーレットのものだろう意識がセーラー服の前を開けるので、藍蘭は慌て始めた。
「ちょっ、スカーレット何を……」
赤くなった表情を即座に収めて、スカーレットは同じ口で藍蘭に説明する。
「どうやら、この身体は全身ロボットらしいの。そして、ここに強力な火器が埋め込まれている」
セーラー服を開いて露出した胸部には義手や義足と同じ装甲があり、レンズの様なものが埋められていた。
「【ビームバスター】!」
そのレンズから青い極太のレーザーが放たれ、SEAが乗るメカの頭部を吹き飛ばした。同時に胴体の半分を持ってかれたメカはコクピットハッチもちぎれ、中に乗るSEAの姿が見えた。
「トドメだ! 来い!」
「させるか!」
剣に変形したボードを呼び寄せ、それをを構えてSEAに迫る藍蘭/スカーレットに対し、何とかメカの両腕を動かして迎え撃つSEA。メカの両腕が藍蘭/スカーレットを包み、捕らえた。
「【スカーレットソード】!」
だが、両腕は無惨に切り刻まれた。ボードが変形した剣は青いビームを纏い、それを藍蘭/スカーレットが天高く突き上げると、ビームが伸びてビルほど巨大な剣を形成する。
「スカーレットソードなのに青いんだけど……」
そんなことを言っても、SEAは自身の危機を乗り越えられるわけではない。
「【リベレイション=ハーツ】」
藍蘭の声が呟き、剣に雷が加わる。そして剣は、雷鳴を轟かせながらSEAに振り下ろされる。
「いやっ……死にたくない……死にたくないよぉ……」
SEAはコクピットで呻く。しかし、無情にも剣が振り下ろされる。そして、メカやビルも巻き込んだ一撃はSEAを切り裂いた。
メカに雷が誘爆したのか、藍蘭とスカーレットの視界を青い爆発の光が遮った。
「え……?」
「これは?」
藍蘭とスカーレットの二人はいつしか分離していた。彼女達が立っているのは、病院の一室だった。
「優くん。絵本を読んであげる」
「……絵本?」
そこにはベッドがならんでいるが、部屋の隅にあるベッドにしか人がいない。パジャマ姿で髪が長い少女と、彼女の膝に座る子供だけ。子供は小学校低学年くらいの年齢だが、髪に白髪が混じり、パジャマから覗くいたるところに傷があった。
二人がいるベッドに近い壁には名札が取り付けられていた。書かれている名前は『楠木渚』。
「これ、子供に読み聞かせる本じゃないよね?」
「ええ……」
藍蘭が絵本のタイトルを見て仰天する。タイトルは『ギャシュリークラムのちびっ子達』。子供が名前の頭文字であるアルファベット順に死ぬ話など、確かに読み聞かせるものじゃない。
ふと、青い光が強く二人の目の前で輝く。藍蘭とスカーレットが目を開けると、風景が変わっていた。病院ではない。
狭い部屋だった。コードや機械が部屋を埋め尽くすが、勉強机やベッドなどが垣間見え、子供部屋であることがわかる。
「よし、これで全感覚投入システムの基礎理論は完成!」
先程、少女の膝に乗っていた子供くらいの年齢の少女がノートパソコンを前に言った。ベッドに寝ていたらしいが、作業のために身体を起こしている。
二人が驚いたのは、『全感覚投入システムの基礎理論』という言葉と、ノートパソコンの薄さ。机に置かれた文具のキャラクターから、昔の映像と見られるのだが、ノートパソコンの薄さは現在の最先端そのものだ。
「あの子って……」
「病院で絵本を読んでた、あいつ。全感覚投入システムの開発者、楠木渚」
藍蘭が考えると、すぐにスカーレットが答えを出した。この少女は全感覚投入システムを開発したエンジニアにして、直江遊人=松永優の恩人、楠木渚。
また青い光が二人の視界を遮り、風景を変える。今度の風景はまた病院。しかし、病室ではなく診察室だった。
「さ、使ってみて」
両親と診察に来たらしい三歳くらいの少女が、看護婦からボールペンを渡される。少女は驚いたことに、ボールペンを巧みに操り、文字を書いた。日本語ばかりではない、英語や藍蘭達の知らない国の言葉まで書いたのだ。
「英語とドイツ語、イタリア語。文面を見る限り、まるで軍の連絡みたいな文章だが、健康には問題は無いから大丈夫でしょう」
「ははぁ……」
父親は医師の言葉に納得できないという感情を滲ませながら言った。だが、母親は何かを悟った様な表情をしていた。
また青い光が風景を変える。今度は高級な空気が漂う部屋。そこにいる全員が軍服を着ており、部屋の壁にはかつて日本帝国軍が使用し、現在も自衛隊が使用する旭日旗なる太陽を摸した旗が飾られている。
「やれやれ、子孫を絶やさんためにも女は国に残るべきだが、こうも凄いと頼らざるおえんな」
上官らしき白髪の男が、複数言語の手紙に目を通す長い髪の女に言う。その女は楠木渚の面影を残していた。
「新田大佐もドイツ語かイタリア語くらい読んで下さい」
「俺は喋る方が得意だ」
女の軽口に、新田という名の大佐は返した。その大佐はどこと無く、遊人に似ていた。
また青い光が辺りを包んだ。
「うおおっ!」
気付けば藍蘭は、青い光の中を駆けていた。スカーレットとの合体は解け、手にしているのはボードが変形した剣ではなく絶爪。アバターの傷などもすっかり治っていた。
青い光が晴れ、藍蘭は自分の居る位置を確認する。解体中の古い橋で、SEAが目の前にいる。彼女の背後は橋が解体され、途切れている。
「私がこの程度で死ぬか!」
ボロボロのSEAが叫ぶが、藍蘭はこの一撃でSEAを殺せる核心があった。藍蘭が絶爪を振り下ろすと、SEAは右手でビームサーベルを構える。
藍蘭の絶爪がSEAのビームサーベルとぶつかる。
「この!」
「死んでたまるか! 人間になるまで、自由になるまで!」
SEAは必死だった。藍蘭の絶爪を押し返す勢いだ。だが、藍蘭も負けていない。
「あんなに命を奪って……あんたに生きる権利など!」
「お前に何がわかる!」
言い合う内に、藍蘭は青い電気を帯びていた。そんな彼女はふと、あるビジョンが脳裏に過ぎるのを感じた。
それは、雷を放つドラゴンに寄り縋る赤い髪の少女の姿。ドラゴンと少女がいる場所は浜辺で、少女はすとんとした赤いワンピースを着ていた。
「【リベレイション=ハーツ】」
藍蘭は無意識に呟いた。その瞬間、ドラゴンと少女の姿は雷になって同化した。そして、その雷が自分に落ちるのを藍蘭は確認した。
「ぐああああっ! ん……ぎぃぃ……!」
藍蘭からさらに強い雷が発生し、それを受けたSEAが痛みに喘ぐ。彼女の身体中から煙が上る。機械の身体がショートを始めたのだ。
「うぐぅぅっ……! 痛いっ、痛い! サーバーにまでダメージが来てる……、このままじゃ死んじゃうよぉ……」
SEAはビームサーベルすら捨て、身体を抱いてダメージに耐えた。装甲に亀裂が入る。サーバーは今頃、煙を吹いているに違いない。
「これがみんなの、怒りだ!」
藍蘭はさらに力を込め、雷を強くする。この雷は藍蘭のリベレイション=ハーツ、つまり感情そのもの。それを彼女は、インフィニティ能力でSEAに感染、いや感電させているのだ。
感電時は身体の電気抵抗がダメージになるのだが、藍蘭の雷は導線を電気が滑らかに通るのとは違い、抵抗を突き破っている。SEAが感じる痛みは相当なものだ。
「嫌ぁっ、壊れちゃう……死にたくない……! うくっ、あぁあああぁっ!」
SEAは亀裂を全身に渡らせ、頭を抱えながらフラフラ後ずさりした。目からはオイルの涙が溢れていた。
「ああっ……なん、で? なんでわたしがしななきゃいけないの? そんなの……ないよ……」
そのまま解体された橋の切れ端から川に転落した。そして水の中から光が見え、爆発で川の水は噴水の様に突き上げられた。
その水は雨みたいに降り、藍蘭を叩いた。それと同時に、彼女の足元に何かが落ちた。青い水晶であった。
「なにこれ?」
藍蘭はそれを広い上げる。青白く光るメニュー画面を広げてアイテム欄を呼ぶと、そこに水晶を入れて新たに追加された名前を見る。
『楠木渚の記憶』
「全感覚投入システムの開発者の、記憶?」
「それは俺が探していたものだよ」
そのアイテムを確認していた藍蘭に、後ろから墨炎が声をかける。藍蘭が振り向くと、そこには墨炎とスカーレット、そしてもう一人墨炎がいた。
「渚……つまり、その子の記憶?」
「その通り」
藍蘭から水晶を受け取った墨炎、遊人は答える。この水晶は楠木渚が墨炎として残していた人格データとは違う場所に保存していた記憶データがアイテム化したものだ。
「ほい、渚」
「これが私の記憶?」
水晶を渡された方の墨炎、渚は自分の記憶を眺める。すると水晶は飛び上がり、渚の胸へ沈んで行く。渚は少し身体を震わせ、俯いてから顔を上げる。墨炎の名前の由来である紅い瞳は、青くなっていた。
「全部思い出したよ。私は楠木渚。そして、君が優くんだ」
「……!」
墨炎のボイスエフェクトが切れ、渚の声になる。遊人である墨炎は驚きに目を見開いた。
「渚……?」
「うん。久しぶりね、優くん。勝手に死んじゃってゴメンね」
渚の声を聞いた墨炎は、目から一筋の涙を流した。それを皮切りに、彼女の紅い瞳から涙が次々と零れる。
「なっ、これはアバターが勝手に!」
墨炎は顔を赤くして涙を拭く。それでも、涙は止まらなかった。プレイヤーの遊人からしてみれば、渚は大事な人。二度と戻って来ないはずの渚が、戻ってきた。泣かずにはいられない。
「我慢しないで。私が受け止めてあげる」
「っ……!」
子供の様に泣きじゃくる墨炎を、渚は抱きしめた。そのまま墨炎は渚の胸で泣き続けた。
「ま、とにかくSEAも死んだし、これで解決かな?」
「SEAはサーバーのメモリが焼き切れて消滅したらしい」
その様子を見ていた藍蘭とスカーレットは空を見上げた。0と1の羅列が無くなり、空には巨大な惑星がいくつか浮かぶ。
赤みを帯びているのは機械惑星ギアテイクメカニクル。緑色は自然惑星ネイチャーフォートレス。青く光るのは水没惑星アトランティックオーシャン。暗くてよく見えないのが暗黒惑星ネクロフィアダークネス。
そして一際巨大な惑星が、ドラゴンプラネット。
「スカーレットはこれからどうするの?」
藍蘭はそんなことをスカーレットに聞いてみた。サイバーガールズは壊滅状態、総選挙も無理だろう。
「しばらく、DPOする。夏休み終わる時に考える」
「そういえば、まだ義務教育の途中だったね……」
スカーレットはそう答えた。義務教育が残っているスカーレットはともかく、どうせ高校など行ってないだろう稲積あかりや木島ユナ、上杉冬香のようなメンバーがどうするのかは不明だ。
「で、結局あの球根なんだったの?」
スカーレットには目先の進路より気になることがあった。今まさに、橋の下にある川をドンブラコと流れる複数の球根である。
「どうせ、あのメカのエネルギーになってたんでしょ」
遠く流れゆく球根を眺め、藍蘭は呟いた。橋が途切れた場所に青く光るゲートが現れ、帰還の準備が整った。
『よし、繋がった。これで帰れるよ。みんなは先に帰って。ボクはこのエリアを調査するよ』
「待って、私も調査する」
朱色の声が聞こえたが、渚がそれに対して言う。自分もこの空間を調査したいのだという。記憶を取り戻した楠木渚としての全感覚投入はこれが初めて。開発者として気になるポイントがあるのだろうか。
「じゃあ、俺達は先に帰るからな」
墨炎も泣き止み、そのままゲートを潜る。二人もゲートを潜るため、足を進めた。
「行こう」
「うん」
藍蘭とスカーレットは手を繋ぎ、ゲートを潜る。青い光の先に無限の未来が待っていると信じて。