表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンプラネット  作者: 級長
第二部
83/123

35.リーダーとして

 電磁波発生装置 取り扱い説明書の一文


 この電磁波発生装置で人の脳に誤認させた存在は以下の性質を持ち合わせる。

 ・脳内では存在するため、触れられる。持ち上げることも可能。

 ・感触も再現される。

 ・誤認により存在する生物はこちらから持ち上げることは可能だが、その生物はこちらを持ち上げるなどの行為はできない。その生物の運動はあくまで誤認であり、実際に運動エネルギーは発生しないから。

 ・誤認により存在する生物は、電磁波で脳に誤認を起こせない物体への干渉は不能。

 ・電磁波による干渉を受けている人物が電磁波発生装置の効果範囲外から出ると、干渉により誤認させられることで存在を認識していた物体を認識できなくなる。

 朱色のコメント:これを統括すると、ボクは人や動物に触れられるけど抱き上げることはできない。電磁波発生装置の範囲外だと誰もボクを認識できないってことになるね。誤認で出現したフォークリフトは荷物を運べないんだね。ボクも物は持てないんだ。

 宵越テレビ本社 控室


 「それでいい。これはリーダーとしての判断だ」

 朝早く、サイバーガールズのリーダーである河岸瑠璃はメンバー一人ひとりに話をして、指示を飛ばしていた。電話やメールではない。そこに瑠璃の人柄が現れているようだが、目の前で話を聞くユナは疑問を持っていた。

 「リーダー、昔は大事な連絡をメールでしてましたよね。言った言わないを防ぐために」

 「今は顔を見て話すのがベストなのよ」

 瑠璃はユナを諭す様に語りかける。河岸瑠璃は結成当時からサイバーガールズを引っ張ってきた、よきリーダーだ。外見としては可愛らしいが、際立っていない。つまり、飽きがこない外見なのだ。

 基本的にセンターを勤めるが、自身の姿や声が曲調に合わない時は他人に譲ることもある。何よりサイバーガールズのことを第一に考える人だ。

 「とにかく、リーダーも彩菜の真意を感じたんだね」

 「真意? ああ、あれか。死ぬ前にサラダパン食べたいってやつ? 買ってこようか?」

 ユナの言葉に突飛な返事をする瑠璃。サラダパンとはコッペパンにたくあんを挟んだパンなのだが、今はそんなことどうでもいい。ユナはガックリ力が抜けた。

 「違いますよ! ほら……集団は敵がいるとなんたら……」

 「冗談よ。うまかっちゃんね」

 瑠璃はユナをのらりくらりとかわしながら控室を出る。うまかっちゃんとは九州では有名なインスタントラーメンである。ユナには瑠璃の発言が自分の緊張を和らげようとしているのか、それとも本気なのかわからなかった。

 控室を出た瑠璃は廊下を見渡す。現在生存しているサイバーガールズメンバーには全員話かけた。元々人数が多いため、かなりの数が死んだ現在でも寂しさは感じられない。

 「つまり、人間って代えが効くのね」

 瑠璃はそのまま廊下を歩いた。今日は撮影がないから衣装ではないが、レッスンをするつもりなのでTシャツに短パンとアイドルらしからぬラフな格好。

 「あれは……?」

 瑠璃はタイヤが自分の足元に転がってくる光景を目の当たりにした。おもちゃの小さいタイヤではない。車に使うタイヤだ。

 「すいませんタイヤが転がっていってしまって……」

 セーラー服を着た女子中学生と綺麗な黒髪の幼い少女がタイヤを追い掛けていた。奇妙な光景に戸惑いつつも、瑠璃はタイヤが迫ってることに気付いて避ける。

 「おっと」

 「すいません」

 女子中学生はタイヤを止める。そして、女子中学生は少女が構えるカメラを向いて台詞を言う。

 「物理法則に逆らうグリップ力! ダンロップタイヤ!」

 「……」

 瑠璃は唖然としていたが、ドッキリか何かなのだろうと思い、いつものペースを取り戻す。彼女は女子中学生と少女の名前を知っている。藍蘭と凍空真夏だ。

 「これはCMか何か?」

 「タイヤの宣伝です。ミニ四駆の」

 藍蘭は瑠璃の質問にハキハキ答えた。何故ミニ四駆かは知らないが、とにかくこれがタイヤのCM撮影であることはわかった。ミニ四駆のタイヤにダンロップが進出したのだろうか、よくタミヤは許したな、とか瑠璃は考えていた。

 「で、合ってるよね真夏」

 藍蘭が真夏の方を向いて確認する。だが、真夏は黙って首を横に振る。表情も何やら残念そうだ。真夏は首から下げたホワイトボードに何かを書いていた。

 《そんな巨大なタイヤはミニ四駆に使いません》

 「な、なんだってーっ!」

 藍蘭はその内容を読んで、本気で驚いていた。例えミニ四駆がマグナムトルネードとかいってコースをショートカット出来ても、さすがに巨大なタイヤは使えない。

 「とにかく、宣伝に驚いた顔をしたサイバーガールズメンバーを……っていない!」

 気を取り直した藍蘭が瑠璃に話そうとすると、瑠璃はいつの間にか消えていた。この廊下は長距離に渡って真っすぐなので、その場を離れても後ろ姿くらい見えるはずだ。

 《逃がしましたね》

 「だが、奴の行動はバトラーにより読めてる! そしてそこには、すでに第二の刺客がいる! それは私だ!」

 藍蘭は次の作戦を行うために、すぐさま移動を開始した。瑠璃の行動パターンや今日の予定は既に知っていた。


 宵越テレビ本社 トレーニングルーム前


 藍蘭達をいた瑠璃は、いつも通りトレーニングルームに行って練習をしようとしていた。だが、何か奇妙な感覚に襲われていた。

 「……」

 トレーニングルームに行けない。何故か足が進めないのだ。本能的に行くことを足が拒むのだ。

 「おや、どうかしたのかね?」

 後ろには包帯だらけの女子高生、佐原凪がいた。瑠璃は佐原のことも知っていた。夏目波を止めようとして負傷したということを泉屋宮に成り済ました三好雅から聞いたのだ。

 佐原は手を後ろで組んでおり、何かを持っているようだった。ちぎれたコードらしきものが見えていた。

 「なんだそれは」

 瑠璃は嫌な予感しかしていなかった。佐原のコードを見た瞬間、頭のどこかが警告を発している。とりあえず、瑠璃は落ち着いて話をした。

 「UFOの部品でつ」

 「いや嘘だ」

 だが、佐原は意味不明なことしか言わない。佐原の背後を覗こうと瑠璃が動くが、佐原は背後を見られない様に動く。

 「あっ!」

 クルクルと動いていたせいで、うっかり佐原は持っていたものを落としてしまった。機械であるものの原形を留めておらず、ぱっと見では何かわからない。

 「……こちらが墜落したUFOのレーザー砲になります」

 「嘘だッ!」

 何故か急に、瑠璃は鉈を持ったヒロインみたいな態度を取る。だが、すぐに慌てて態度を戻す。

 「それはNASAに届けなさい。それじゃ」

 瑠璃はトレーニングルームを離れた。そこには佐原と謎の部品だけが残された。

 すぐ移動した瑠璃だったが、即座に藍蘭と真夏に出会う。今度は藍蘭がサングラスにスーツと悪役みたいな格好になっていた。

 「三分間待ってやる!」

 「……何を?」

 あまりに突然過ぎて瑠璃はついていけない。瑠璃は藍蘭のことが嫌いになりそうだった。真夏が修正を試みる。

 《違います。その格好は明らかにマトリックスです》

 「なるほど、とう!」

 藍蘭は真夏の発言を受け、マトリックスで有名なポーズを弾丸が迫らないうちからする。

 「今日死ぬとは思わなかっただろ? おったまげー!」

 ポーズを一通り終えた藍蘭が台詞を言う。真夏は台詞の元ネタを即座に特定して言及する。

 《それはポスタル2です》

 グラサンはあったがスーツは無くなる。藍蘭は何かを思い出した。

 「そうか! あー、うん。貴様は今までに食ったパンの枚数を覚えているのか?」

 《無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!》

 ついに真夏が修正を諦めた。若干諦めが早いが、瑠璃は頼れる味方を失った。ついにグラサンもスーツもなくなる。

 「てい」

 「目があああああッ!」

 瑠璃はついに耐え切れなくなり、藍蘭の目を指で突いてその場を去った。藍蘭を多少気遣って目を突いたのは指の第一関節でだったが、今の瑠璃は化け物が美少女に見えるくらい正気を失っているに違いない。

 倒れた藍蘭に向かって、真夏は敬礼していた。藍蘭は瑠璃の気遣いで大したダメージを目に負っておらず、サングラスを外して立ち上がった。

 《藍蘭は風になった》

 「風になってねぇよ!」

 藍蘭を敬礼していた真夏が持つホワイトボードに書いてある文章を読み、藍蘭はツッコミに回る。ボケツッコミが逆転した。

 《グラサンしてたのに目潰しされましたね》

 真夏がホワイトボードに書き加えた文章と外したサングラスを交互に見て首を傾げる。

 「いい夢見れたかよ?」

 《ジャスト一分》

 藍蘭は懐かしい漫画ネタをホイホイ出してくるが、真夏はそれに対応している。これがバトラーの仕込みかどうかは不明である。

 「よく懐かしの漫画ネタについて来れるよね」

 《父が『マーケティングには大衆文化を知る必要がある』と言って沢山の漫画を私に読ませました》

 藍蘭がそれに言及すると、真夏は事情を明かす。意外にも、父親である凍空寒気による教育の賜物だった。

 「表五家にしては、方向が合ってるかはわかんないけど、誠実な人だったのね。で、表五家ってなんで『表』なの?」

 《昔は裏五家もあったらしいですよ》

 藍蘭と真夏は二人並んで廊下を歩いた。佐原はもう既にいなくなっており、廊下には二人だけと思われた。

 「あばよとっつあーん!」

 「ヤッタァバァァァァッ!」

 だが、藍蘭を後ろから来た何者かがね飛ばした。声からして彩菜だと真夏は気付いたが藍蘭は衝突の際、刺された傷口にダメージを受けた。そして奇妙な断末魔を上げて近くにあったごみ箱に顔面を突っ込む羽目となった

 「藍蘭!」

 彩菜を追い掛けていたスカーレットが駆け付ける。真夏は藍蘭をごみ箱から引き上げていた。

 「大丈夫?」

 《気を失っていますが、傷口は開いてません》

 引き上げられた藍蘭は目をグルグル回していた。ポケモンなら戦闘不能である。真夏がホワイトボードに書いた文字を見て、スカーレットは安心した。

 「うーん、時が見える……生きるのって難しいね」

 《彩菜さんは傷口へのダメージは最小に、藍蘭さんが感じる痛みを最大にして、巧妙に当て身をしていきました》

 藍蘭はうなされていたが、傷口は大丈夫そうだった。真夏は突然の衝突の一部始終を見ており、冷静に状況を判断する。

 《おそらく、スカーレットさんを撒くためです》

 「くっ……」

 スカーレットが藍蘭を突き放したのは巻き込まないため。なのに、藍蘭はまた巻き込まれた。今回は藍蘭もわざと事件に巻き込まれたから仕方ないが。

 「藍蘭を頼む。私は彩菜を追う!」

 スカーレットは藍蘭を真夏に任せ、彩菜を追い掛けた。真夏はやれやれと頭を振ると、心の中で呟いた。

 (ダメだ。スカーレットさんは藍蘭さんを傷付けられて彩菜さんへの怒りがリミットブレイクしてる。彩菜さんは撒くつもりだったけどこれじゃ……いや、これでいい。スカーレットさんに敵愾心を与えるのが目的なら。『集団は共通の敵がいると団結する』、正しいけど彩菜さんは荊の道を選んだんだ)


 宵越テレビ本社 地下


 弐刈とリディアは宵越テレビの地下までやって来た。ここに朱色の妹が使用しているサーバーがある。そして、二人はその前に立っていた。

 「これは……」

 リディアがサーバーの状況を見て呟いた。サーバーは蔦に覆われ、手が出せなくなっていた。近付こうにも周囲を熔岩が囲っており、足を踏み入れることは出来ない。

 「電磁波による誤認なんだろうけど、やっぱり暑いね」

 弐刈は熔岩が発する熱が暑いので団扇を扇いでいた。リディアも汗をかいていた。

 「これじゃ手出し出来ないね。銃でもあればダイレクトアタックできるけど……」

 弐刈は銃を探したが、リディアもさすがに持っていない。アメリカにいるならポケットピストルの一つくらい持っていたが、ここはショットガンも一度に2発しか装填できない日本。リディアも日本に入国する前に銃を処分して以来、手に入れるルートが無いのだ。

 「とにかく、場所がわかったならそれで充分。破壊の方法は後でいくらでも考えれる」

 リディアはこの光景を手に持っていたカメラで写真に収める。この写真があれば朱色の妹を、サーバーの位置を突き止めたとして脅せるはずだ。

 彼女の存在を許していた先代社長はもういない。弐刈も敵対した。ここから先、朱色の妹は後ろ盾の無い戦いを強いられるだろう、とリディアは予想した。


 宵越テレビ本社 ロビー


 稲積あかりはロビーをキョロキョロしながら歩いていた。何かを探しているらしい。そこへ、先程の佐原が持っていたのと同じ、何かの大きな部品を手にした佐奈が歩いてきた。

 「何探してるんですか?」

 「何そのパーツ。ユナがいないのよ。撮影に遅刻することなんて一度もなかったのに……」

 あかりはユナを探していた。ユナが撮影の時間になっても来ないらしいのだ。ユナは遅刻しないから、あかりは心配になって探していた。

 「それは心配ですね。ユナさんならツイッターで何してるかわかるんじゃないですか?」

 「私の携帯、ツイッターがフィルタリングで見れないのよ」

 佐奈がツイッターを見ることを奨めたが、あかりの携帯ではツイッターが見れない。佐奈が携帯を開いてツイッターを見た。

 『何か変なような……水?』

 「なんか、ヤバくない?」

 最後にユナが呟いた文面を見て、あかりは危機感を持った。朱色の妹がいるこの状況では、そもそもユナが遅刻した時点でかなり危険はあった。

 「あ、救急隊員」

 「ますますやな予感が!」

 佐奈が走る救急隊員を見つけた。担架を運んでおり、明らかにここで怪我人が出たことを示していた。

 急いで佐奈とあかりは救急隊員の後をつける。救急隊員は非常階段を使って控室の並ぶエリアまで移動し、ある控室の前で止まった。

 「ここは?」

 「ユナの控室?」

 救急隊員は控室から誰かを運び出していた。その人物は意識が無いようで、グッタリしていた。その人物が手に握っている携帯電話で、あかりは人物を特定出来た。

 「ユナ!」

 その人物は木島ユナだった。あかりが担架に乗せられたユナに近寄って確認すると、まだ息があった。あかりの隣に、浴衣姿の人物が立つ。

 「まさか僕ごと始末しにくるとはね。だが、種は割れてるんだ」

 「泉屋……じゃなくて雅?」

 あかりは浴衣姿の人物、泉屋に成り済ました雅を見た。彼の手には佐奈が持っていたものと同じ部品があった。

 「電磁波発生装置。ユナと控室にいたらいきなり大洪水だ。だが、種がわかりゃ意外と大したことはない」

 「さすが雅さん!」

 雅は大洪水に巻き込まれた瞬間、この電磁波発生装置を破壊して難を逃れた。緊急時の冷静さは流石に雅だった。雅が本気で慌てた所は、同じ中学を出た友人すら見たことがないらしい。

 「ユナは無事だけど、なぜ今更ユナなんだ? 選挙で勝つことが目的なら、もうこんなんじゃ選挙どころじゃないだろうし……」

 雅はユナが襲われた理由がわかってなかった。そもそも、この事件は一貫して詳しい動機が不明なのだ。何故、朱色の妹はサイバーガールズを襲ったのか。

 「それはわからないね。遊人が捕まえてくれればわかるでしょ」

 「直江くんのこと、信頼してるんですね」

 あかりは遊人を信頼してたので、遊人が捕まえた後で聞こうとしていた。絶対記憶の佐奈もやはり、本人理解の点では幼なじみに勝てない。

 あかり、佐奈、雅の三人は一旦ロビーに戻る。その途中、ユナが話していたことを雅が語った。

 「ユナは彩菜の意図を知っていたんだ」

 「意図?」

 非常階段を下りながら、雅は彩菜の意図をあかりと佐奈に伝える。

 「ああ。それならもうユナから聞いたよ。『集団は明確な敵がいるとまとまる』。今のサイバーガールズは疑心暗鬼でバラバラだからね」

 話している間に三人はロビーに戻った。ロビーは何故か、サスペンスドラマのラストシーンみたいな雰囲気になっていた。

 「お前が犯人だろ! 黄原彩菜!」

 「さあ、あっしは名乗るほどの者ではございません」

 「この期に及んで時代劇の真似など……!」

 スカーレットが彩菜を追い詰めた様だ。多数のサイバーガールズメンバーに取り囲まれて、ロビーの中央にいる彩菜は逃げることができない。サイバーガールズは50人くらい余裕でいる。

 だが、彩菜には余裕があった。

 「これは?」

 「ラストシーンだよ。言わせんなナンセンス」

 瑠璃と遊人がそこへやって来た。何やら話がこじれそうな予感がした雅は、とりあえず場をまとめることにした。

 「彩菜さん。作戦は成功です。サイバーガールズはこの通り一致団結です」

 「「……!」」

 彩菜を取り囲むサイバーガールズ全員が雅を振り向く。彩菜はニヤリと笑い、雅に答えた。

 「流石ね。やっぱり泉屋と並んで聡明だわ」

 「最初に気付いたのはユナです」

 最初に気付いたのは、木島ユナ。だが彩菜は雅も同じタイミングで気付くだろうと予想をしていた。他のメンバーがざわつき始める。スカーレットやその他は、疑心暗鬼に駆られて彩菜の真意に気づけなかったのだ。

 「まさか……、彩菜さんは初めから私達のために……?」

 スカーレットが声を震わせて呟く。彩菜はスカーレットに近寄り、頭を撫でてやる。

 「あらあら、貴女ならわざとやってると思ってたんだけど、藍蘭が刺されて冷静さを失っていたのねふばぁ!」

 いきなり彩菜なスカーレットに腹パンチを食らわされる。その後もスカーレットは杭打ち機みたいな連続パンチを彩菜の腹に食らわせた。

 「最初からっ、犯人じゃないならっ、皆をまとめるためとっ、犯人じゃないとっ、言えっ!」

 「いや、あのっ」

 「ライトニング、シアン、スパイク!」

 「げふっ、だって、それじゃ意味なぐふっ、やめぶっ、これ以じゅぐっ、やったら出ちゃう! 出ちゃうのぉぉぉっ!」

 「シアンは私のメインカラーなんだけど……」

 彩菜は腹にパンチを受け過ぎて、遂に吐き出した。アイドルが吐き出すところなど滅多に見られたものではないが、さすがにそれで興奮できる強者はおるまい。冬香がメインカラーについて何か言ってるが、全員が無視した。

 「すいません! その吐瀉物いただいていいですか?」

 いた。佐奈が興奮気味に涎を垂らしながら彩菜に迫っていた。数々のオタク達を見てきたサイバーガールズメンバーもドン引きだったという。

 「佐奈?」

 一番戸惑っていたのは彼女の想い人である遊人。佐奈は遊人の声で正気を取り戻す。たちまち顔を赤くしてなんとか取り繕った。

 「あっ、えっ、掃除するってことだよ?」

 「ですよねー」

 遊人は信じていた。雅は何故それで信じたのかわからなかった。遊人の前では、佐奈はだいたい猫を被っている。

 「あー、俺らがやるよ」

 「赤野さんにかからなくてよかったぜ」

 だが、吐瀉物の掃除は佐竹とゲーム研究部の部長がやった。かなり久々の登場で、サイバーガールズは赤野スカーレット以外、「誰?」と言いたい顔をしていた。

 「何か騒がしいね」

 「あ、彩菜さん発見!」

 夏恋と冬香が合流する。その後ろから、直江愛花と癒野優、松永順も現れる。別方向から藍蘭達の委員長である紅憐、大学生のfも現れて殆ど全員集合。

 「観念しな、河岸瑠璃。いや、メンタルケアプログラム『SEA』。例の遺体の身元がわかった」

 愛花は例の遺体、東京湾に沈められた遺体の検死結果の資料を全員に見せて、瑠璃に迫る。瑠璃は冷や汗を流していた。

 「遺体はクリーニングのタグを二つ呑んでいた。一つは共同でクリーニングに出していた黄原彩菜のもの。そしてもう一つは河岸瑠璃のもの」

 「たしか電磁波を読み取るインフィニティがいたよね? その人は私の他に彩菜からも電磁波を感じていたはず……」

 瑠璃は氷霧のインフィニティ能力を引き合いに出した。氷霧の能力は生身での電波、電磁波傍受。確かに彼女は瑠璃と彩菜の二人から電磁波を感じていた。

 彩菜は瑠璃の足元に、黄色い石が付いたストラップを投げる。

 「宵越テレビのお土産屋さんに売っていたストラップよ。これも電磁波を発してるみたいなの」

 「ああ、そのストラップなら妹から相談を受けたよ。こんなもんが出回ってるんじゃ、ヘッドフォンがあっても安心できないって」

 彩菜がストラップの説明をし、氷霧の兄であるfが電磁波を発生させることを証明した。氷霧はストラップから電磁波を感じていたのだ。

 「じゃ、じゃあ、どうしてライブに私は行けるの? その電磁波発生装置って、宵越テレビの敷地内にしか無いんでしょ?」

 「その答えは東京に来る途中、朱色が教えてくれた。電磁波発生装置はある程度大型だが持ち運びが可能なんだ」

 瑠璃が次なる点を攻めるが、遊人が携帯できる電磁波発生装置のことを出す。

 「それに、ナンセンスだな。なんで電磁波発生装置が敷地内にしかないってわかったんだ?」

 「たまたま知ったのよ! 電磁波であるはずの私はカメラに映れない、なのに何故テレビに出れたの?」

 瑠璃は発言の矛盾点を遊人に突かれ、話題を変える。だが、藍蘭がふと何かに気付いた。

 「アニメと人間の共演って昔から良くやる特撮技術だから、後から瑠璃の姿を合成するくらいはできるよ。あと、朱色はカメラに映る映らないって話、してたっけ」

 「……!」

 瑠璃の顔に焦りが映る。電磁波で誤認させられて存在する朱色やその妹の特性を、DPOプレイヤーは聞かされていた。だが、カメラに映るか映らないかという話はされてなかった。朱色の様な存在がカメラに映らないと断言出来るのは、そのことを朱色本人から聞いた遊人と今は亡きエディ、そして朱色とその妹くらいだ。

 「俺とエディは聞いてたけど、そういえばこの事件じゃ争点にならなかったな、それ」

 遊人もエディとインフェルノ社を訪れた時のことを思い出す。その時朱色は『写真に映らないけど撮影はやめてね』と言った。

 「ああ、だからか。いや、瑠璃の生放送、それにライブでモニターに映るシーンが全く無くなったから不自然だなって」

 佐竹がファン目線で瑠璃を追求する。ファンでなければ気付かないポイントで、サイバーガールズメンバーすら驚いていた。

 「お前……赤野さん以外も見てたのか!」

 「普通気付くだろ! 瑠璃はセンターにいるのにモニター映んなかったりMステ出なかったり!」

 「喧嘩してる場合ではない」

 佐竹がスカーレット以外を見ていたために、ゲーム研究部の部長と喧嘩が始まった。だが、瞬間移動の如く現れた佐原がそれを止める。佐原はいつの間にか傷が完治していた。さっき瑠璃が見た時はまだ負傷していたはずだ。

 「そういえば冷静になった今考えて見れば……、瑠璃と共演した番組が少し変だった。瑠璃に違和感があった」

 冷静になったスカーレットは共演者の目線で瑠璃の不自然さを探る。遊人は藍蘭の隣に立ち、彼女を導く。

 「藍蘭。お前の出番だ。インフィニティ能力でサイバーガールズをまとめて、瑠璃の皮を被った偽物にトドメだ!」

 「インフィニティ能力? どうやって使うの?」

 「いつも通り、学園騎士のメンバーをまとめるようにやれ」

 藍蘭はインフィニティ能力の使い方がわからないが、それは遊人が教える。氷霧、佐原と先天的なインフィニティのみの今、後天的なインフィニティである藍蘭を導けるのは同じく後天的なインフィニティである遊人のみ。

 「よし。まずスカーレット、その違和感について何かある?」

 いつも通り、まずはパートナーであるスカーレットに話を振る藍蘭。まだ仲たがいの気まずさがあったが、いつも通りにやる予定なので藍蘭はそれを無視していた。

 「えっーと……。違和感、そう、撮影していた時と放送を見比べて、若干瑠璃が喋ってたことが違う。カットとかじゃなくて、喋ってなかったはずのことが放送されたり……」

 「それは記憶違いよ」

 瑠璃はスカーレットの記憶違いだと説明した。そこで藍蘭は、他のメンバーに確認を取る。その手際は、彼女が学園騎士の会長であることを再確認させる。

 「あ、私も赤野やリーダーと同じ番組出てね。赤野と放送を確認したけど、同じとこで首傾げたね」

 あかりがスカーレットに同意した。ちらほらと他のメンバーも似た疑問を感じていたのかざわつき始める。

 「藍蘭のインフィニティ能力がスカーレットとあかりの疑問を中継して、他のメンバーの記憶を刺激している」

 「ああ、インフィニティ以外にも効く様になったな」

 順と遊人が藍蘭のインフィニティ能力を分析した。藍蘭の能力は感情の感染。感情を相手に感染させ、心身相関を利用して相手の能力を上げ下げするのだ。どういう原理で感情が感染するか不明、故に可能性は無限大インフィニティ

 「そうだ、瑠璃って動物好きだったよね? なんで最近ロケとかで抱かなくなったの? 朱色みたいな電磁波体は物理法則が……なんだっけ?」

 冬香が瑠璃の好みを突いていく。これは藍蘭達が東京に来た最初に『瑠璃が最近おかしい』という話題の中で出たことのある疑問だ。

 「最近アレルギーがわかったのよ!」

 「抱けないほどの酷いアレルギーがそんな遅く見つかるのか? ていうか、動物アレルギーは毛で引き起こされるけど、毛のない動物や抜け毛の少ない動物も抱かなかったのか?」

 瑠璃がアレルギーを出してくるので、順が専門知識で反論する。順の疑問が藍蘭を媒介に他の人間に広がる。

 「昔は割と爬虫類も平気で触ってなかった?」

 「撫でもしなくなったね。ペットのイグアナどうなったの?」

 「トイプードルって抜け毛少ないよね?」

 「室内犬だし、それが売りよね?」

 「ていうか、最近私達と遊びに行かなくなったね瑠璃」

 新たに発生した疑問が瑠璃から平常心を失わせる。明らかに必要外で宵越テレビから出ないというのは不審な行動だった。

 「それは……総選挙あるし、練習したかったのよ!」

 「じゃあその練習メニューを言える?」

 瑠璃の言葉に藍蘭が追求する。瑠璃は言葉に詰まりながら、絞り出す様に答えていく。

 「それは……、歌の練習。ただ曲聞いて復習しながら歌ってたのよ。ああ、あと発声練習」

 「待って! 発声練習ってどんなことするかわかる?」

 「っ……!」

 練習メニューを言ったら、あかりに追求された。瑠璃は言葉を失う。徐々に瑠璃、いやSEAの化けの皮が剥がれていく。彼女はコンピューター、だから発声練習をしたことがない。

 「ダンスの練習をしたよな? ストレッチがいくつかできるか?」

 「ストレッチ……?」

 あかりが突いた隙をさらに、遊人が広げていく。SEAはメンタルケアプログラム。そうした知識はインプットされてないのだろうか。メンタルケアプログラムとして会話、河岸瑠璃の偽物として歌と踊りを覚えたが、それ以外のインプットは行われてなかった。

 「あ……あっ。クリーニングのタグを見つけた遺体、どうやって海に沈めたのさ。私が朱色の妹なら、物質に干渉できないからドラム缶に詰めて沈めれないよ!」

 瑠璃、いやSEAは苦し紛れになのか、何とか反論材料を記憶から拾う。だが、その反論を聞いた愛花がニヤリと笑う。

 「引っ掛かったな! どうしてお前、クリーニングのタグ呑んだ遺体がドラム缶詰めだったって知ってんだ? 遺体のことならニュースでやってるかも知れねぇが、身元はまだしも、まさかクリーニングのタグを呑んでたとこまでは報道されていないだろうしな」

 「……!」

 完全に追い詰められた瑠璃を見たスカーレットは、冷静に状況を見ていた。よくこの会話を聞けば、瑠璃は状況を打開できたはずだ。

 例えば、ペットのイグアナはさておき動物を抱かなかったりメンバーと遊びに行かなかったことは気分の違いで処理できる。瑠璃がSEAであることの根拠としては、弱い。

 ドラム缶の遺体も、ネットで見たとか言えばまだ打開のチャンスがあったかもしれない。

 今の瑠璃はどうしても状況を打開する手立てが欲しいはずだ。そう予測したスカーレットの感情を藍蘭は感知する。今がチャンス。藍蘭の本能が呼びかけ、それをここの全員、瑠璃以外が感じる。

 「あ、もしかしたら瑠璃だけしか知らないこと聞いたら……」

 藍蘭が最終手段を考案する。それに飛びついたのは、言うまでもなく瑠璃。変な質問をされる前に、こちらから答えを出せばいい。瑠璃しか、自分しか知らないだろうことを。

 (自分しか知らない……自分しかしらない……じぶんしかしらない……これダ!)

 瑠璃は、自分しか知らないことの中で、自分が瑠璃であることを証明する手段を手に入れた。瑠璃の記号である、あの色に関すること。瑠璃は弾き出された様にそれを口にする。考える暇は無かった。

 「私は青色が好きだったんだ。だから! だからあの時、花の色に青がないのはおかしい!」

 「「「……?」」」

 全員が瑠璃の言葉に首を傾げる。青い花とは何のことだろうか、全員の疑問が藍蘭を中心に拡散する。

 「青い花? ギャリーか?」

 「青いバラの花言葉は、かつては不可能、そして近年は神の祝福」

 遊人と順はそれぞれの専門知識で青い花というキーワードを解釈する。藍蘭は花と聞いて思い当たることがあった。SEAはDPOゲームマスター、朱色の妹である。つまり、あの事件だ。

 「あ、花といえばDPOに花が付いたエネミーが出た事件が起きて……」

 「あっ!」

 「なるほどね」

 その閃きを受信したのは、紅憐とf。この二人には、瑠璃の言葉の意味がわかっていた。紅憐とfは二人だけで、朱色の妹と戦ったことがある。

 「あの時、私とfが朱色の妹と戦った時の話ね。あの時、エネミーについてた花は黄色多数、青皆無……」

 「多分知ってるのは僕らくらいだね」

 二人はその時のことを思い出したのだ。瑠璃の表情に、焦りの色が濃くなる。

 (フィールド自体は一般プレイヤーにも解放してたから、そこを言えば瑠璃もまだ立て直せるが、ダメだな)

 遊人は何も言えなくなった瑠璃を見て、静かに思う。別に紅憐とfが戦ってた場所はレジーヌも乱入出来たわけだし、その二人しか入れなかったわけではない。自分も行って確認したと言えば、瑠璃は立て直せた。

 先程からの議論は、瑠璃をSEAとするには完全なものではない。落ち着いて不完全な部分を突いていけば瑠璃にも逆転は可能なもの。だが、瑠璃に化けたSEAは今までの、一方的に攻撃できる、余裕があった立場から一気に引きずり落とされて混乱している。

 彼女に正常な思考は期待できない。

 「こうなったら……お前だけでも!」

 瑠璃は何もない空間からナイフを取り出した。そして、藍蘭へ向かって走る。この場にいたサイバーガールズメンバーなどは犯人を突き止めた安心感や高揚から、それに反応できなかった。

 「藍蘭!」

 スカーレットが瑠璃と藍蘭の間に立つ。そして、瑠璃の持つナイフで脇腹を刺された。スカーレットの身体が激痛に震える。

 「ふぐっ……」

 「スカーレット……!」

 スカーレットは藍蘭の呼びかけも虚しく、膝から崩れ落ちた。

 次回予告

 遂に明らかになる、朱色の妹『SEA』の目的。ついに第二部チアフルクロウリー、クライマックスへ!

 次回、ドラゴンプラネット。『離れない二人』。


 サイバーガールズメンバーリスト


 河岸瑠璃 偽物『SEA』

 稲積あかり 生存(第6位)

 木島ユナ 搬送:窒息

 海原ルナ 生存(第23位)

 黄原彩菜 生存(第3位)

 緑屋翠 死亡:失血

 赤野鞠子 生存?

 紫野縁 死亡:溺死

 上杉冬香 生存(第8位)

 桜木小春 死亡:感電死

 秋庭椛 死亡:転落死

 夏目波 死亡:割腹

 泉屋宮 死亡:焼死

 桃川要 死亡:幻覚

 青柳魅希 死亡:貫通

 茶木桜 死亡:破裂

 黒田明見 死亡:轢死

 金鉢伴回 死亡:凍死

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ