34.犯人に告ぐ
インフィニティ図鑑
佐原凪
能力『完全複製』
呼吸のリズムを真似して、脳を刺激することで他人の特徴や特技をコピーする能力。競争社会における相手のアドバンテージを許さない。ただし、優れ過ぎた運動能力はコピーしても身体が耐えられない。脳に作用する能力のため、身体能力は完全にコピーできるわけではない。
黒と金のインフィニティ細胞により覚醒。両方とも生れつき所持。
一歩間違えば個性をコピーし続け、自身の個性が不明な自分にアイデンティティを持てなくなる能力だが、佐原は自身の個性が曖昧で不安定な面すら自分のアイデンティティとしたことでそれを回避した。
熱地大学病院 ロビー
「外出許可出たよ」
「無理はするなよ」
外出許可証を持って来た藍蘭を、遊人はロビーの椅子で待っていた。背もたれの無い長椅子でゲームをしながらだった。
「何してんの?」
「マリオブラザーズ。ウォーミングアップに全クリだ」
藍蘭が隣に座り、画面を覗くと最終ステージのクッパが溶岩に突き落とされていた。遊人がここに座ってゲームをし始めてからさほど時間は経って無いはずだ。
「前にマリオ世界最速の動画見たけど、あのくらい早いのね……」
「昔、ゲームボーイアドバンスでファミコンソフトの移植が出てな。ファミコンって暇つぶしには最適なんだよ」
遊人は隠しステージをプレイしながら朗々と藍蘭に返す。指の動きがわけのわからないことになっていた。
「よし、活動開始だ!」
隠しステージすらクリアした遊人は立ち上がり、病院を藍蘭と共に出る。二人は歩いて、近くのゲームセンターに入った。
「ここに協力者がいるのね……」
藍蘭はゲームの音が響く中、息を呑んだ。遊人と彼女はサイバーガールズの一人に成り済ました朱色の妹、『SEA』を捕らえるために行動をしている。その為、遊人の行動にはなんらかの意図があってのことだと考えている。
藍蘭が熱地学院大学に足を運んだ際、直江遊人によってその大学が潰されたと聞いた。学会を牛耳るほどの熱地学院大学を破滅させた人物だけに、信頼性は高い。
遊人はおもむろにあるゲームの前へ立つ。ギター型のコントローラーが着いた、所謂音ゲーだ。遊人は百円を入れた。
「なっ……!」
そして遊人は、人間を辞めた動きでゲームをプレイした。指の動きは藍蘭に捉えられず、画面上で無限に踊る音符は遊人に残らず処理された。そして、一回もミスをせずにクリアした。
あまりに人知を越えたプレイに、周りには目が肥えたはずのゲーマー達が集う。
「凄い!」
藍蘭が称賛すると遊人はゲームから離れた。だが、この行動の意図が藍蘭にはわからなかった。
「で、何したいの?」
「久しぶりに遊びたかった」
藍蘭は意図を確認して脱力した。遊人はただ遊びたかっただけなのだ。
「ま、意図はあるぜ。まず赤野、スカーレットはある人物を疑うだろう。焦っていて、あの材料を渡されればそう判断する」
「え? じゃあ止めないと!」
藍蘭は遊人から話を聞いて走り出した。朱色の妹が誰か知っている藍蘭は、それをスカーレットに教えようというのだ。
「まあ待て」
藍蘭の腕を掴み、遊人は彼女を止めた。遊人には何か考えがあるらしい。
「この場でお前が出ても話が拗れる。サイバーガールズ内部に潜伏している雅に任せろ。スカーレットは正直、ギリギリだ」
藍蘭は遊人の言葉に足を止める。スカーレットがギリギリであるという話に反応した。遊人は藍蘭を制御する鍵を既に得ていた。
「スカーレットは縁が死んでからも気丈に振る舞っていたが、お前が傷付いて完全に限界がきた。今はそっとしといてやれ」
「っ……!」
藍蘭は歯ぎしりした。スカーレットが精神的に参ってるのに、自分は雅に任せるしかないのが悔しいのだ。
「雅かリディアがサーバーの位置を突き止めるから、そうしたら動こう。今は心の余裕でも作っとけ。支払いは俺に任せろ!」
遊人は財布を取り出した。マジックテープ式なのでバリバリと凄まじい音を立てる。
「やめて! 高校生になってまでマジックテープ式だなんて!」
「ジョークだよナンセンス。こっちがマジの財布だ」
藍蘭が止めると、遊人は革の財布を取り出して千円札を藍蘭に渡す。
今は遊んで休めと、遊人の意図は藍蘭に伝わったのだろうか。
宵越テレビ本社 ロビー
「はぁーっ、危ねぇーっ!」
ロビーの隅で浴衣姿の三好雅が息を付く。雅は遊人の指示である人物とスカーレットの距離を取っていた。何とか今回は上手くいった。
「控室にいないって言ったら信じてくれたけど、彩菜が動かなければいいが……」
スカーレットと遭遇した雅は、彩菜の居場所を聞かれたため控室にいないと言っておいた。
雅は浴衣の胸元に振動を感じて携帯を取り出す。メールが届いていたのだ。マナーモードにしてあるのは、着信音の趣味が違うと死んだ泉谷宮と三好雅が入れ替わっていることが悟られてしまうからである。時代劇マニアで知られる宮の携帯から『聖闘士星矢』のオープニングが流れた日には、目も当てられない。
「真夏か」
真夏からの連絡はある人物の様子を変化がある度に報告したもの。雅はその内容を見る。
『赤野さんが黄原さんに接近しちゃった。てへぺろ(>ω・)』
「ぎにゃあああああああぁぁぁっ!」
真夏からの報告を聞いて、雅は頭を抱えて叫ぶ。雅がスカーレットとの接触を避けさせたかった人物は言うまでもなく彩菜であり、スカーレットは朱色の妹が彩菜に入れ替わってると思っている。
それが当たっているかは雅もわからない。ただ遊人の指示に従っている雅だが、とりあえずこれ以上の疑心暗鬼は御免だった。
「ちっ、場所はカフェテリアか!」
雅は全力疾走してカフェテリアに向かう。カフェテリアの中央には、真夏を膝の上に乗せて椅子に座る彩菜と、それを睨むスカーレットがいた。
「待てスカーレット、落ち着け!」
「泉谷!」
スカーレットは声を掛けた雅に対し、思い切り模擬刀を突き付けた。その模擬刀は雅の目が正しければ、スカーレットがDPOで装備している『紅龍刀』だった。撮影かなにかで使う予定なのだろう。それをスカーレットが持ち出したのだ。
「泉谷は私のことをスカーレットとは呼ばない。お前は誰だ?」
雅はスカーレットに凄まれて声が出なくなる。まさか呼び方でバレるとは、雅も考えなかったのだ。
「ちっ……! まずはその刀を下ろせ! 今仲間同士で疑い合って何になる!」
雅は事実を全てスルーして、スカーレットの説得を試みる。
「黙れ偽物! お前は誰だと聞いている!」
「藍蘭の友達だ! 三好雅、長篠高校の生徒だ!」
雅が藍蘭の名前を出すと、スカーレットは模擬刀を下ろす。困った時は藍蘭と言えば大丈夫だと、雅も感じていた。
「ならここから去れ、藍蘭の友達なら傷付けたくない」
スカーレットは彩菜に向き直る。彩菜は緊張していたが、真夏はドッシリ構えている。
(真夏? そうか、朱色達の様な電磁波で存在する奴らは人に触れられても持ち上げられない。つまり、彩菜が朱色の妹なら真夏を膝に乗せることは不可能ッ!)
雅は思考をグルグル回して彩菜が犯人ではない理由を考える。遊人から聞いていた朱色達の特徴を思い出し、とにかくスカーレットを落ち着かせる方法を考えた。
「真夏ちゃん。少し離れてて」
彩菜は真夏を下ろし、スカーレットを見つめる。彩菜はどことなく、覚悟を決めた様に見えた。
「そうよ、私が朱色の妹」
「え?」
雅は彩菜の言葉に驚く。真夏を下ろした辺りで雅は自分の説に自信を持っていたので尚更だ。
「彩菜?」
「やっぱりね……」
彩菜はそのまま、高笑いしてカフェテリアを走り去った。
「フハハ! 肉体に縛られた愚かな愚民共よ! 我を捕まえてみせろ!」
《愚かと愚民は意味が重複してます》
冷静にツッコミを入れる真夏を無視して、スカーレットは彩菜を追う。彩菜も足が速いのでなかなか追いつけないだろう。
東京都 ゲームセンター
休むことを作戦として指示された藍蘭は宵越テレビで起きた喧騒など知るよしも無く、そのままゲームセンターをうろついた。朝早いためか、客は少ない。
そんなゲームセンターの中で、藍蘭は遊人に次いでまたしても人間をやめてるゲーマーを見つけてしまった。
藍蘭が見ているのはダンスをするゲーム。そのゲームをミス無くクリアしていくのは、長い黒髪をポニーテールにした、パンツスーツの女性。
「あ、姉ちゃん」
「え?」
そこに遊人が現れる。そして遊人はその女性を姉と呼んだ。女性はゲームを終えて藍蘭達に振り向く。
「お前か。で、横のはたしか、藍蘭だっけか?」
「あ、はい」
「お……あたしは直江愛花だ」
女性は藍蘭に自己紹介をした。彼女が何かを飲み込んだ気が藍蘭はしたが、とりあえずそれは置いておくことに。
「そこにいる、遊人の姉だよ」
「大変だ!」
自己紹介が佳境に入った辺りで、誰かが三人の間に割り込む。スーツがチャラくて似合わないその人は、宵越テレビの社長だった。
「宵越、弐刈……」
「いきなりなんだろう」
遊人が呟き、藍蘭が怪しげに見る。弐刈はかなり息を切らして、走ってきたと見える。
「ぜぃ、ぜぃ。久しぶりに走ったら……死ぬ……!」
「何の用だ? 俺達に用事なら秘書のリディアなり使えばいいのに」
遊人はリディアの名前を出す。すると弐刈は血相を変えて言った。何やらリディア繋がりで大変な事態でもあったのだろうか。
「大変だ! リディアがさらわれた!」
「え?」
弐刈が見せた携帯の画面を藍蘭は覗き見る。その携帯はメールの画面で、『たすけて』とだけ書かれていた。
「差出人はリディアか」
「どこに連れ去られたかわかんないね」
「まあリディアって奴なら大丈夫だろ」
遊人、藍蘭、愛花の三人は一旦相談してその場を去る。リディアに関しては遊人と愛花が、『映画みたいな女スパイ』と認識し、藍蘭は『優秀な秘書』と見て、結果的に『出来る女』という認識で統一していたためこうなった。
愛花は警察のネットワークで『権力者が金髪の美少女と出会うと没落する』という奇妙な事象を知っており、その金髪の美少女がリディアだと直感したのだ。遊人はその話を愛花から聞かされ、佐原からもファーストコンタクトの話は聞いていた。ただ、二人ともリディアと面識はない。
とりあえず、弐刈は食い下がる。刑事がいてもスルーのこの現状は何とかすべきである。
「いやいや! 警察がそれって!」
「ここあたしの管轄じゃないし」
「絵に描いた様な縦割り行政!」
東京湾に捨てられたドラム缶入り水死体に散々興味を持ったくせに縦割り行政し始めた愛花は頼りにならないと考え、弐刈は遊人に頼む。
「遊人くんならなんとかなるよな!」
「実は今日、クレーンゲームに新しい景品が入るんだ。その皺寄せで俺はクレーンゲームで景品を乱獲することを、強いられているんだ!」
遊人は弐刈に対して、集中線を出しながらいった。さながら、とあるコロニーで地下生活やコミカルな体型を強いられたオッサンである。
「誰も強いて無いよ! 人命が危ないんだ! 景品じゃなくて命を獲得してくれ!」
「誰うま誰うま」
遊人は近くにあるクレーンゲームで遊び出した。藍蘭も近くで見ていたが、一回で3個以上のぬいぐるみを取る辺り、遊人も本気なのだろう。
「凄い取るね」
「生活かかってるからな。これを景品が入れ代わる時に転売すればうまうまってやつだ」
遊人が何回かやると、クレーンゲームから景品が無くなった。
「こんなんチートや! 店が潰れてまうで!」
何故か弐刈は関西弁で驚いていた。それを聞いた藍蘭は新聞のスポーツ欄を思い出した。
「阪神、今年も優勝は無理かな」
「なんでや! 阪神関係無いやろ!」
こうした細かい部分にも乗ってくれるところから、弐刈の盛り上げに関する才能が滲む。弐刈は本来、能力も無いのに社長をやらされることに反発しており、自分の才能を磨くことに余念の無い人物だ。その才能を生かして世界でも認められるDJになったわけだが。
「そうだ! インフィニティ能力で何とかならないか?」
弐刈は思い付く限りの策を言った。手掛かりがメールだけでは、リディアがいる場所もわからないのだ。
「無理だ。俺は観察、佐原先輩はコピー、氷霧は電波傍受、藍蘭は未完成の精神感染。どれもリディアを探すことは不可能だ」
遊人はインフィニティ全員の能力を把握して、その上で不可能だと判断した。他のインフィニティがいるならまだしも、今、インフィニティはこれだけだ。
「くっ、なんとかならないのか……」
弐刈は苦虫を噛み潰した様な表情をする。リディアを助ける方法はもう無い。
「せめて身代金目当ての誘拐なら、犯人が自分から電話するのにな」
愛花が呟くも、犯人の目的が違うらしく、連絡は来ない。これでは完全に手詰まりだ。
そこに電話が鳴った。遊人の、オレンジ色のカバーを付けたスマートフォンだった。遊人は即座に電話を取る。
『あ、繋がった。オリジナルだよな?』
「プロトタイプか? どうした?」
遊人をオリジナルと呼ぶ電話の相手はプロトタイプ。NPCからの電話に、藍蘭も驚きを隠せない。
「何でNPCが電話を?」
『えぬぴーしぃ? その声は藍蘭か。私が宵越テレビをこっそり監視してたの忘れたのか? リディアがさらわれたから後をつけて、閉じ込めた場所突き止めたんだよ。私は朱色の妹にしか攻撃する権利が与えられてないんでね。どういう理屈か、こっちの世界じゃ人間に危害を加えられない』
「リディアか。何処にいる?」
リディアの名前を聞いた遊人が場所を聞く。偶然ながら、プロトタイプがリディアの居場所を知っていたのだ。
『宵越テレビの大道具入れる倉庫。なんか数人のサイバーガールズメンバーが、リディアと他の奴一人を捕まえてやがる。急げよオリジナル!』
プロトタイプは電話を切った。今頃、そのメンバーへの攻撃権を朱色に申請しているところだろう。
「で、何でNPCが電話を?」
結局藍蘭には根本的な疑問が残った。遊人はスマートフォンの画面を見せて藍蘭の疑問を解決した。
「インフェルノ社製の新型スマフォの『ドラグーン』。そのアプリ、『DPOお話システム』だよ。自分がDPOで仲間にしたNPCと通話したり、プレイヤー間の連絡を現実で取れる。ゲーム内のメールを、ログインせずに利用できるんだ」
「なるほど、あんたが真夏に連絡した時みたいな、あのメッセージをログインしなくてもログイン中のプレイヤーに出したり、ログインしてないプレイヤー同士で利用できるのね」
藍蘭はアプリの性能をだいたい把握した。それにしてもこのドラグーンというスマートフォン、遊人が何やらオレンジ色のカバーを付けているみたいだが藍蘭はそれの方が気になっていた。
「このカバーは?」
「ドラグーン用カバー、ラディリスバージョン」
カバーには遊人の死んだ恋人、エディのアバターであるラディリスの姿が印刷されていた。
「結構男の方が引きずるんだよな。家にラディリスのフィギュアまで飾るし……」
愛花は弟の行動に頭を抱えていた。DPOでは藍蘭初めとする有名プレイヤーはグッズのモチーフになるのだ。藍蘭自身もアバターが印刷されたシャーペンなどを使ってる人を見かけると嬉しいような気恥ずかしいような微妙な気分になる。
「ま、遊人って誰かに依存しないと生きていけないタイプだからな」
愛花は遊人の半生を思い出して立ち直る。幼い頃は楠木渚に依存し、その渚が死んだら松永順を憎むことで結果的に依存し、DPOのシステムに憎しみを奪われてからはパートナーとなった氷霧やクイン、恋人となったエディ・R・ルーベイに依存した。そして現在は、凍空真夏に依存する。
「とにかく行くぞ! 大道具倉庫だな!」
弐刈が急かすので、遊人、藍蘭、愛花の三人も急いでリディアが捕われている場所に向かう。
DPO ネクロフィアダークネス 歪みを抱く飛翔する者達の為の塔 内部
ネクロフィアダークネスにはいくつか、現実の建物を真似たフィールドがある。歪みを抱く飛翔する者達の為の塔は名古屋駅前にあるスパイラルタワーズという、何をどうしたらそんな建物を思い付いて尚且つ造れるのか不明な、捩曲がったビルをモデルにした戦闘フィールドである。
だが、真似たのは周辺の立地と外見だけ。中身は丸っきり違うのだ。中身まで真似たフィールドもあるのだが、スパイラルタワーズは一応専門学校の校舎なので、それはできなかった。名古屋駅のセントラルタワーズくらいなら中身も再現してある。
コンクリート造りの無機質な窓の無い廊下を二人の少女が走る。一人は黄色の髪に白いアーマー、もう一人は赤い髪をツインテールにして手足には機械の篭手とブーツが付いていた。
「待て、彩菜!」
「待てと言われて待つ奴はいないのよ!」
赤いツインテール、スカーレットは白いアーマーの彩菜に静止を呼び掛ける。彩菜は聞く耳を持たず、そのまま走り去っていく。彩菜が自分を朱色の妹だと言ったためにこんな状況になったのだ。
彩菜は宣言の後、即座にカフェテリアから逃走。スカーレットも追うが見失い、DPOにいることが発覚して追い掛けてきたのだ。
デッドヒートを繰り広げる二人を後ろから追い掛ける二人がいた。一人は紅憐、もう一人は白いコートを着た赤いマフラーの少女だった。髪はぶっ飛んだ色のプレイヤーが多い中、落ち着いた茶色だ。
「集団は明確な敵がいると強くなるっていいますがぁ、まさかユナさん一人とは集団としても怪しいですよぅ。サイバーガールズ」
「たしかにね!」
そのアバターを操るのはユナ。全く戦う気皆無のアバターだが、ナイフを装備して紅憐と共に彩菜を追い掛けてきたのだ。ユナは元々、DPOをネットコミュニティーとして利用するタイプの人間なので戦闘力は低い。
「ま、私もまさか彩菜が、と疑って追い掛けたんだから、彩菜を朱色の妹だなんて断定して無いわよ」
ユナは彩菜に返す。あれだけ失言が騒がれるツイッターを積極的に利用しつつ失言しないほどの思慮深さを持つユナは、いきなり突拍子も無く彩菜が言ったことをどうしても鵜呑みにできなかったのだ。
「全く、本職の合間とばかりに、久々にサイバーガールズを覗いたらこれなんだもん!」
「本職、アイドルですよね?」
「否! ブロガーなり!」
ユナの叫びについつい、根本のキャラが出てしまう紅憐だった。紅憐は委員長キャラでいい子を演じてた自分に嫌気がさして、この狂気的キャラクターを演じているのだ。だが、紅憐は役者ではなく中学生。咄嗟のことで演技が途切れてしまうのも仕方ない。
「消えた?」
スカーレットの声と爆発音を聞いて紅憐とユナは前を向く。目の前には煙と立ち尽くすスカーレットがいた。紅憐は落ちていたピンらしき金属を広い上げて言った。
「手榴弾のピンですぅ。自害しましたぁ」
「死亡による強制送還ね。収録に間に合うよう帰還するなんて、いかにも彩菜」
ユナは彩菜の心情を察した。 だがそこで、彼女の真意をユナは読み取れた。何故わざわざ、自分が朱色の妹だなんて言ったのか。夏目波の件を踏まえれば理由が出てくる。
「明確な敵がいれば集団は強くなる、ね。わかった、私帰るね」
「ふぇ?」
ユナは一人で納得して帰った。いきなり前に言った言葉を引用された紅憐にはわけがわからないだろう。
「彩菜……。貴女が朱色の妹なの?」
スカーレットは彩菜のアバターが自害した場所を見て呟いた。紅憐は一応スカーレットを気にかける。スカーレットと藍蘭は親友であり、スカーレットに何かがあって藍蘭が不登校になったりしないか心配なのだ。
委員長、紅憐の心労は尽きそうに無いのが常だ。
車内
相棒、スカーレットが彩菜を追い掛け回している頃、藍蘭は弐刈の車で宵越テレビ本社まで急いだ。本社から藍蘭達のいるゲームセンターまで、この車で来たらしい。
運転席に弐刈、助手席に遊人、後部席に藍蘭と愛花が座る。外車の特徴なのか、やたらゆったりしていて座席が低い。
「なあ、あんた。スカーレットと喧嘩したことあるか?」
隣り合わせで座る愛花が藍蘭にそんなことを聞いた。藍蘭は少し考え、答えた。
「無いです」
「そうか。一度くらい思い切り喧嘩しておけよ。本音を言い合える関係ってのが本当の友達だ」
愛花は遠くを見て呟いた。ある程度生きてる人の言葉は説得力がある。愛花も見た目より歳をとってる。ぱっと見ると20代に見えるが、本当は30代だったりする。
「本音ならいつも言い合ってるような……」
「大事なのはぶつかっても仲直りできるってことさ」
藍蘭の言葉に返した愛花はタバコを取り出し、くわえて火を点けようとライターも取り出す。安っぽい百均のライターではなく、本格的な蓋を開けるタイプのライターだ。
「あ、タバコは勘弁して下さい」
「黙れ。お前らマスコミのせいで東京来てからタバコ吸えなかったんだよ。タバコも排気ガスも似たようなもんだろ」
弐刈が止めたが、愛花はタバコを吸えなかった不満から無視した。
「私もそれ知った時は煙避けるの諦めました」
藍蘭はそんな愛花に苦笑いしながらも賛同した。車は一路、宵越テレビ本社へ向かう。
宵越テレビ本社 大道具倉庫
宵越テレビでは年に数回しか使わない特別番組の大道具や小道具を、本社隣の倉庫群にしまう。中にはオークションに出せば夕食が豪華になるだろう品々もある。
「なんで……ほぉボタンのコード?」
その倉庫で拘束されているリディアは、自分を縛る縄がかつての人気番組で使用されたボタンのコードであることに疑問を持った。
コードの先端にほぉボタンがある。さすがにリディアもこの状況で押そうなどとは考えなかったが。
「私を捕まえてどうするの?」
リディアは目の前にいる三人の少女に聞いた。衣装から判断するに、三人はサイバーガールズのメンバーで、似た様な外見をしてるためリディアでも誰が誰か判別はできない。
他のメンバーも一人、リディアと一緒に捕まえたようである。
「あんたが縁達を殺した犯人なんでしょ!」
「緑屋と話してたから、あいつは共犯で間違いないわね!」
「さあ、さっさと白状しろ!」
リディアの他に捕まっていたメンバーは緑屋翠だった。捕まる直前の会話を目撃し、共犯と思い込んだのだ。
「で、緑屋さんは? 彼女の姿を見るまでは喋らないわよ」
「ふん。やれ、青柳、茶木!」
リディアの言葉を聞いたサイバーガールズのメンバーが指示を出す。すると、リディアの後方で声がした。後方は荷物で仕切られ、姿は見えない。
「わかったよ黒田、桃川」
「金鉢も用意して!」
誰が黒田で誰が桃川かリディアにはわからない。だが、弐刈が朝、特集組んでアピールする予定と話していたメンバーであったことは明らかだ。
金鉢だけは判別できたリディア。何せ、金鉢だけはコンデンサーらしき機械の前に移動していたのだから。
「ひっ、やめてっ、お願い……」
後ろから緑屋の声が聞こえる。あまりの恐怖に震えていた。同時に、何かが振動する音が聞こえた。
「チェーンソー?」
「ご明察。声を聞けばわかるでしょ?」
チェーンソーの音だった。そして、何かを破り、やはり何かが吹き出る音が聞こえた。
「ぎゃあああああああっ!」
「緑屋!」
緑屋の悲鳴が響いた。チェーンソーで何処かを切られたのだ。金鉢もコンデンサーからコードが伸びる電極を持って来て、リディアに押し当てる。
「ぐっ……!」
リディアは激痛に耐えた。電極から電流が流れていた。リディアも何度かスタンガンを受けた経験があるため、ある程度は耐えることができる。
「さあ吐け! お前がみんなを殺したんだろ!」
リディアはメンバーの目に狂気を感じた。もはや疑心暗鬼というレベルではない。精神的に追い詰められていた。
総選挙で高い順位の縁が死んだだけならこうはならなかった。だが、さほど順位の高くない椛やその他メンバーが死んだことで「次は自分かもしれない」という恐怖が芽生えたのだ。縁だけなら、「順位の低い自分は関係無い」で済んだのに。
「んぐっ!」
電流が強くなる。緑屋も声にならない悲鳴を上げていた。少し考え事をしてる隙に眠らされて、リディアは最大の危機を迎えていた。
(悪運……尽きたか)
リディアは心の中で諦める。今まではどんな危機もなんとかなった。それ故の油断が招いた事態だった。
「ひぐっ、んああっ!」
電流がさらに強くなる。リディアも痛みに耐えれなくなっていた。全身が痙攣して意識も遠退く。
「ぐあっ!」
「青柳! 何がきゃあああっ!」
しかし、リディアの意識は不意の悲鳴に覚醒した。緑屋を拷問していた二人に何かが起きたのだ。
「さあ、そいつを離せ。攻撃権は朱色から得ている!」
リディアの前に降り立ったのはプロトタイプだった。倉庫に積まれた荷物を一飛びで乗り越えたのだ。
リディアはプロトタイプのことを知らなかったが、その浮世離れした出で立ちからDPOに関わる人物だと予想した。服装はニットで茶色のワンピースと同色のマフラー、ブーツと一般的だが、腰の下まで伸びた白髪と紅い瞳は現実に存在するどんな人種のものでも無い。
「朱色の妹か!」
「姉の方の友達だよ」
五人のサイバーガールズメンバーがワラワラとプロトタイプの前に集結する。青柳と茶木は浅いながら傷を負っていた。
「よくも……緑屋を殺したな」
「え、緑屋が?」
リディアはプロトタイプの呟きに驚いた。だが、チェーンソーで切られてることを考えれば無理は無い。プロトタイプは鎌を取り出して怒りに震えていた。
「私は生憎、死刑反対派みたいに人殺しを許す懐は持ち合わせていない。防衛の刃すら振るえずに命を奪われた無念、味わえ!」
プロトタイプは鎌を手に、まずは手負いの青柳と茶木を狙う。炎を纏う鎌が二人を切り裂いた。ゲーム中なら回避もたやすい攻撃だが、残念ながらここは現実。たかだかアイドル風情と幾多の死線を乗り越えた戦士では、覚悟も力量も違う。
「ぎゃああ!」
「うぐっ!」
青柳と茶木は倒れた。切り裂かれる痛みと傷口を焼く痛みに襲われ、悲鳴は文字に表せない。
「殺していいのは、殺される覚悟がある奴だけだ。私もあの時はオリジナルと心中するつもりだったよ!」
残りの三人はプロトタイプが振った鎌が起こす炎の竜巻に飲み込まれ、倒れた。肌は赤くなっている。脳が火傷したと思い込み、心身相関で発生した症状だろう。
「殺したの?」
動かなくなった五人を見て、リディアが言う。プロトタイプは鎌をしまうと静かに答えた。
「いや、朱色にセーフティーかけられてるから無理だ。本当は殺してやりたいけど、痛覚の誤認に限界がある。奴の妹はこのセーフティーを外してるがな」
「そうなの」
リディアはプロトタイプの言葉を聞いて安心し、ゆっくり縄抜けを試みる。
「私に物体への干渉能力があれば外してやりたいが、残念だ。この霊界じゃ、私は魂だからな」
プロトタイプはリディアの様子を見ていた。朱色はプロトタイプにこの世界を霊界と説明していた。人間味が強すぎるNPCのアイデンティティを守るための嘘だろうとリディアは感づいていた。
「一応、人は呼んだ。オリジナルはこっちの人間だしな」
「なら助かるわ」
リディアは縄抜けを辞めた。縄抜けは切り札であり、宵越テレビを逃走する際に使う可能性がある。切り札は最後まで使わないから切り札なのだ。
「おーい! リディア、無事か!」
大人しく待っていたリディアの目に飛び込んだのは、走ってくる弐刈の姿だった。まさかコイツが来るとは、リディアも想像していなかったのだ。メールを打ったが、弐刈に送ったなんてことも記憶になかった。無意識に弐刈へ送信していたらしい。
「リディア!」
弐刈はリディアを縛っていたコードを解く。リディアは立ち上がり、後ろの荷物で仕切られた空間へ急ぐ。
「何処へ?」
「私の他に捕まってる人がいるの!」
弐刈もリディアの後を追う。
「くっ、ダメか」
だが、リディアがそこで見たのは赤い水溜まりに沈む緑屋の姿だった。朝、話していた人間が、二度と口を開けなくなっていた。緑屋の肩には大きな傷がある。そこをチェーンソーで切られたのだろう。
「社長?」
リディアは突然後ろから抱きしめられて驚く。弐刈はリディアを気遣うように、そのまま緑屋に背を向けさせる。
「君をこんな怖い目に合わせたのは誰だ?」
弐刈はいつにない、真剣な声色で聞いた。リディアは無言だった。まさか自分を心配して、犯人がいる場所に弐刈が突入してくるとは思わなかったのだ。
「ドラゴンプラネットオンライン、ゲームマスターである朱色の妹。メンタルケアプログラムよ。サーバーが宵越テレビにあるんでしょ?」
「ああ。親父の代からあるあれか」
リディアは久々に人間的怒りに駆られていた。朱色の妹は安全地帯で一方的に命を奪ってくる。それは許されないことだ。
愛や欲を利用している自分が人間的な怒りを語る資格は無いとリディアも自覚している。
「ああっ! いやっ……! げほっ、ぐっ!」
倒れてる五人の内一人が、突如床から生えた茨に全身を貫かれた。これは朱色の妹からの警告だろうか。だが、リディアは屈しない。
また一人、また一人と不可解な死に方をしていく。
「ぐぎっ、ぎぎゃあっ!」
一人が何もない所で潰れる。
「お願い……やめて……」
一人が突然凍り付く。
「うぐっ、が、膨ら……げぶっ!」
一人が膨らみ、破裂する。
「んんっ……いやだ……こんなの……」
そして最後の一人は全身を掻きむしり、喉を自らの手で破って息耐えた。
「安全圏からなぶり殺しか、ならこちらはその安全を破る」
弐刈は強い決意と共に、リディアを抱きしめて呟いた。
宵越テレビ本社 地下駐車場
「あのチャラ男に任せて大丈夫なの?」
「後から姉ちゃんも付けてるし、大丈夫大丈夫」
宵越テレビの地下駐車場に車を止めた藍蘭達は、弐刈と愛花を送り出して車内で待機していた。遊人は状況を楽観視して、ノートパソコンでゲームをしていた。現在は二人とも、後部席に座っている。
「やっぱりポスタル2は名作だよな。俺は英語でも楽しめるけど、日本語の言い回しも嫌いじゃない」
藍蘭は遊人のパソコンを見ていた。遊人はパソコンでゲームをしている。
「あ、電話だ」
遊人は電話に気付くと、ゲームをポーズ画面にして出る。電話の相手はサイバーガールズの稲積あかりだった。
「もしもし」
『あ、遊人! 繋がった。あのね、ユナがなんか急に彩菜を犯人扱いしたけど、気になる話があるの』
あかりはユナの原動に気になる点があると言う。遊人が真夏から定期的に得ている情報によると、ユナはスカーレットが彩菜を犯人だと言い、彩菜が自白した時点では中立を保っていたはずだ。
だが、いきなり彩菜を犯人だと見はじめた。普通なら『確証を得た』で済みそうな話だが、何か妙なポイントがあるらしい。
「なにそれ」
藍蘭も気になっていた、スカーレットの行動は遊人も読んでいたが、彩菜やユナの行動までは考慮していなかったのだ。だから、相方のスカーレットより気になる。
『なんかね。「集団は明確な敵がなんたらって」。あ、収録だから切るね』
あかりは一方的に電話を切る。かなり気軽な対応だった。遊人とあかりは幼なじみだったのだ。
「なんたらって……」
「真夏に聞くか」
二人はあかりの軽いノリに呆れつつ、真夏にメールした。すぐに真夏は返事を返す。
『集団は明確な敵があると強固になる、です。だいたい彩菜さんやユナさんの考えはわかりました』
遊人もその内容を見て納得した様に頷く。藍蘭だけが頭を抱えていた。まだ藍蘭は中学生に成り立てだから仕方ない。
「ていうか、あんたお嬢様を使い過ぎじゃない?」
「後継者争い終わった時にさ、次は私もバトラーと戦う、って言ったんだよ。ナンセンスだろ?」
藍蘭はそれより、直江遊人と凍空真夏の奇妙な関係に興味が向いていた。二人は恐らく、主従という関係から逸脱した執事と令嬢なのだろう。
次回予告
ついに自白した犯人(?)、黄原彩菜。彼女の真意を感じたユナ、真夏の取る行動とは? そして、ついにサイバーガールズのリーダー、河岸瑠璃が決断を下す。
次回、ドラゴンプラネット。『リーダーとして』。人の上に立つのも、楽ではない。
サイバーガールズメンバーリスト
河岸瑠璃 生存(第5位)
稲積あかり 生存(第6位)
木島ユナ 生存(第2位)
海原ルナ 生存(第23位)
黄原彩菜 生存(第3位)
緑屋翠 死亡:失血
赤野鞠子 生存(第1位)
紫野縁 死亡:溺死
上杉冬香 生存(第8位)
桜木小春 死亡:感電死
秋庭椛 死亡:転落死
夏目波 死亡:割腹
泉屋宮 死亡:焼死
桃川要 死亡:幻覚
青柳魅希 死亡:貫通
茶木桜 死亡:破裂
黒田明見 死亡:轢死
金鉢伴回 死亡:凍死