4.楠木渚
ドラゴンプラネット チュートリアル1
世界観
ドラゴンプラネットオンラインの世界について解説する。4つの惑星が存在する太陽系。そこに突如、ドラゴン達の住む惑星『ドラゴンプラネット』が現れた。プレイヤー達はドラゴンの侵略から故郷の星を守るために戦うのだ。
2002年9月1日 市民病院 病室(渚の視点)
今日はちょうど、中学の始業式だ。それなのに私、楠木渚は学校には行けない。
私は昔から体が弱く、入退院を繰り返している。受験どうしよう……。出席日数やばい。
「ま、どうにかなるでしょ」
病室のベッドで、携帯ゲームをひたすら攻略する以外にすることがない。対戦ものはもう誰にも負ける気がしない。そのくらい暇なのだ。
「ん? 新しい患者?」
ああ、ゲーム以外に患者観察があった。と思いつつ、私は向かいのベッドに目を向けた。看護師長から習った人間観察術を駆使すれば、すれ違う人もエンターテイメントに早変わりだ。
眠っているのは、小学校低学年くらいの男の子。私が寝てる間に入ったみたいだ。
「名前は……、松永優……か」
ゲームばっかやってる割に、私は視力がいい。ベッド上の名札が見えた。松永って、かなり珍しい苗字だ。たしか東大寺を焼いて、日本で始めて死因に爆死と書かれた武将に松永ってのがいたね。
看護婦さんが通りかかったので聞いてみる、看護婦さーん。
「なに? 渚さん?」
「向かいの患者さんって、どなた?」
答えたのは、見習いの看護婦さん。口が軽そうだから聞いてみた。意外と患者の素性を軽々話す看護婦っていない。
「まあ、ワケありかな? 私もよく知らないから、あとで看護師長に聞いて」
「了解」
「あ、採血しますよー」
「うげ……」
ひとまず、ワケありの患者の件は、採血で吹っ飛んだ。
@
看護師長に聞いた話、松永優くんは道端に倒れていたらしい。事情を本人から聞けてないから詳しくはわからない。倒れた原因は過労と栄養失調。どういうこっちゃ。
「本人に聞くか……」
仕方なく、事情を本人に聞くことに。こういうのは直接聞くのが手っ取り早い。
私は優くんのベッドに近寄り、起きてることを確認して話しかける。両手を怪我してるらしく、ギプスが付いている。骨折か。
「こんにちは」
「……。誰?」
「向かいのベッドの、楠木渚。君は?」
「……松永優」
ファーストコンタクトとしては順当。ちゃんと答えてくれた。ひとまず、自己紹介が終わって会話に移れる。これをしくじると、後がきついからね。
優くんは事情が事情だけに出だしが重要。かなり慎重に会話を進めよう。地雷に触れないように、そっと。
「これから一緒の部屋だね」
「……」
優くんは反応に困ってらっしゃる。もしかして、人見知りするタイプ? いや、これは人見知りというより、本当に反応に困っているようだ。
「では、お近づきの印として……」
私は上着のポケットからある物を取り出す。チーズだ。朝食に付いてきたのだが、とっておいたのだ。
優くんは両手が使えないので、私が包装をとって食べさせてあげる。優くんはされるがまま、口のチーズをいくらか噛んで飲み込んだ。
「……」
本当にポカーン、という反応だった。一体何故こんなことをするのか、そんな視線を優くんは私に向けていた。
だが、なんとか気は引けた。
「よかったら、話聞かせてくれる?」
@
「そう……、そんなことが……」
優くんから話しを聞いた時、私は愕然とした。
優くんは三日前、突然家族が行方をくらませた。そのせいで道端に倒れていたのだ。家族がいた時でも、あまりかまってもらえなかったみたいだが。
家族構成は、父親と双子の弟。
「順は頭よくて、でも、僕はあまり良くなくて……」
「気にしなくていいよ。馬鹿なのは周りの大人の方」
優くんには順という弟がいる。順はどうやら神童と呼ばれるくらいの天才らしいが、優くんはそうでもなく、いつも比べられていた。悲しい経緯だ。
私は優くんを抱き寄せて、言った。
「私は弟と比べたりしないから。優くんのことだけ見てるから」
すると優くんも、答えてくれた。小さい声で、細々と。
「誰かに名前で呼ばれるの、久しぶり……。いつも、順の兄ってしか呼ばれない」
私は優くんが名前すら呼んでもらえないことに悲しくなって、彼の頭を撫でた。その髪には、多少白髪が混じっていた。
「逃げろ! 悪魔だ!」
突然、病院にも関わらず騒ぐ声が聞こえた。何やら数名の大人がボコボコにされて廊下を逃げ惑う姿が部屋の入口から見えた。
「悪魔とは人聞きの悪い……」
部屋に入って来たのは、直江愛花刑事。ポニーテールの活発そうな刑事さんだ。恐らく、また宵越新聞の記者が迷惑省みず取材をしたとこをボコボコにしたのだろう。
「お、新入りかい?」
「新入りって言うと変ですが……」
直江刑事は優くんを覗き込む。優くんはやはり、キョトンと直江刑事の顔を見つめていた。
「こんなガキなのに白髪あるな」
「若白髪ね」
直江刑事は優くんの頭を荒っぽく撫でた。直江刑事は新人刑事だが、マスコミ界隈では記者潰しとして有名らしい。まあ、被害者を思ってのことだから上司も黙認してるらしい。最近のマスコミは報道の自由を掲げて好き勝ってやるからね。自由には義務が伴うということをマスコミは知らないのか。
「なんの事件ですか?」
「障害事件だな。目立った事件じゃないんだが、なにやらマスコミがゲームに影響された犯人の仕業とか言い出してね。犯人の家からは、ゲームどころかファンタジー小説の一つも出てないよ」
直江刑事はやれやれと言わんばかりに語った。マスコミはよくこの人に毎回高価な取材機材を破壊されてやる気を失わないものだ。ある意味尊敬に価するメンタリティだ。
「そういえば最近さ、なんか凍空財閥系子会社のサーバーが破壊されてるらしいんだけど、知らない?」
「知りませんよ」
「そうか。パソコン普及時代に現れた天才プログラマーさんなら、知ってると思ったんだがね」
直江刑事は最近巷で話題のサーバー連続破壊事件について言及した。どのサーバーも外部からのクラッキングで破壊されているとのこと。パソコンが普及し始めて、経営にパソコンを利用しだした企業には恐ろしい話だろう。
ちなみに私は天才プログラマーといわれるくらいプログラミングに長けている。別に中学まともに出なくても、そこら中の会社が欲しがってくれるので食っていくには困らないだろう。
「そうだ。こいつも狭い病室じゃ飽きるだろうし、なんかプレイルームにでも連れていくか」
「そうね。優くん、両手怪我してるけど、私以外にも話し相手探してあげないと。私も病院じゃ顔広いし、すぐ探せるよ」
直江刑事の提案で優くんを病室から連れ出すことになった。
プレイルーム
入院患者の中には子供がいたりする。そんな子供達が退屈しないように、病状に差し障りのない程度に遊べる施設が病院にはある。
私は直江刑事とそこに来た。学校の体育館みたいな場所で、数人の子供達が遊んでいたり、付き添いの大人が世間話をしていたりする。
「渚お姉ちゃん。この子だれ?」
「新しいお友達よ。仲良くしてあげて」
いきなり私と優くんに近寄って来たのは、稲積あかりちゃん。将来の夢はアイドルというだけに、声が綺麗でかわいらしい女の子だ。おまけに気が利く。ただ、普通から掛け離れているから、いきなりこんな子に会わせて優くんの価値観が崩壊しないか心配だ。
「よろしくね」
「よ、よろしく……」
優くんはなんとか口を開いて、挨拶を返せた。第一段階突破。看護婦さんに聞いたところ、優くんとあかりちゃんは同い年らしい。けれど、同い年にしては優くんは小さすぎる。一応優くんは戸籍を確認したから間違いはないはずだが。栄養失調が原因だろうか。
「おいでおいで」
優くんはあかりちゃんに手を引かれ、他の子供達のもとへ向かった。私はそれを、ただ見ていた。
夜 市民病院 屋上
「松永優、弟は順……。松永、順。ひっかかる」
私は優くんにお休みを言って、病院の屋上に来た。手に仮面を持て余している。黒い、日本風の仮面だ。なんか暇つぶしに張り子で作った仮面なんだけど、意外と出来がいい。
優くんには絵本を読んであげた。始めから母親のいない優くんにとって、私はお母さんみたいなものだろう。年齢的にはお姉ちゃんかな? 優くんも、初めて絵本を読んでもらったみたいだった。いつもは、一人で読んでるみたいだし。
とにかく、優くんにはたっぷり愛を注いであげよう。彼が少しでも笑顔になれるように。
「ここに居ましたか、マスター」
私が物思いにふけっていると、後ろから男の人の声が聞こえた。声の主に心当たりしかない私は、仮面を付けて振り返る。なぜ仮面を付けたのかと言われれば、今の私にはボスっぽさが必要だったからだ。
「緋色、来てたの?」
「マスターが心配で。マスター抜きで、俺ら【インフェルノ】がやっていけますか?」
この、私をマスターと呼ぶもやしっ子は大川緋色。私が作ったサイバーテロ組織【インフェルノ】の構成員にして学校のクラスメイト。サイバーテロ組織っていっても、適当な企業のサーバー壊して遊んでるだけだけど。まるでやけくそになった人間みたいに。
というか、凍空財閥系子会社のサーバー破壊は私の仕業だ。直江刑事には嘘をついた。
「マスター、無理しないで下さいよ? あんた、あと一年で死ぬ体なんですから」
「うん、わかってる」
緋色は軽く言ったが、私は医者に余命一年と申告された身。あ、優くんどうしよ……。
「でも、あと少しだけ生きたいかなって」
「珍しいですね。いつもは早く世界中のネットワークを寿命が尽きると同時に破壊したいとか言ってるのに」
「気になる子がいてさ……」
「誰です? まさか、好きな人……?」
「黙れもやし。単純に弟みたいなもんだわ」
一瞬色めき立った緋色もやしを修正すると、私は話を続けた。
「その子、親が行方知れずでね。私しか頼れる人がいないのよ。私が面倒見てあげないとね。さっき絵本も読んであげたし」
「絵本?」
緋色もやしが絵本に引っ掛かったみたいなので、答えてやる。
「ギャシュリークラムのちびっ子達」
「最悪のチョイスだ!」
緋色もやしは最悪とか言うけど、なにがいけないのだろうか。現に優くんも喜んでくれたし。ちびっ子達が26人、名前の頭文字順に死んでいく話には美学以外の何も感じない。
それはさておき、せっかくもやしがいるのでパシることにいたした。病院から出られないから、外に用事あらばもやしをパシることになる。
「そうだ、無茶苦茶高いから絶対買うなよ緋色もやしー。松永順ってジャリを調べてほしい」
「その長いあだ名まだ使うの? まあいいですけど……、暇人のマスターなら病室でできますよね?」
「あんな世間一般と比べたら紙クラスに薄いノーパソ、公衆の面前じゃ使えないよ。オーバーテクノロジーすぎる。それに病院内は通信機器禁止なの」
「了解、マスターのおおせのままに」
無茶苦茶高いから絶対買うなよ緋色もやしはうやうやしく頭を下げて、屋上をあとにした。
無茶苦茶高いから絶対買うなよ緋色もやしが去ったあと、私は夜空を見上げていた。
「今夜は満月……。うっ! げほっ、げほっ!」
私は不意に咳込んでしまう。口元を手で押さえたが、その手は赤く染まっていた。
「死ぬのは、嫌だなぁ……」
私は月を仰いで呟いた。無茶苦茶高いから絶対買うなよ緋色もやしの前ではあんなこと言ったけど、本当は死にたくない。優くんだって、まだ怪我も治ってないのに……。
「まだ、死にたくないよ……」
私はふらふら歩いた。けど、そのせいで欠けたタイルに躓いて転んでしまった。
「まだ、生きたいよ……」
冷たいタイルは、無慈悲に私から体温という形で残り時間を奪う。
「まだ、死にたくない……、お願い、生きさせて……!」
日に日に言うことを聞かなくなる体が、私を余計に惨めな気持ちにさせた。
「生きさせてよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
私の叫びは、誰も聞いてなかった。