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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第二部
78/123

33.バトラーの仮面

 インフィニティ図鑑

 氷霧

 能力『電波傍受ウォッチャー

 生身での電波傍受を可能にし、電磁波も感じ取れる。副作用として、携帯が普及した現代では想像を絶する苦痛に苛まれることが実証されている。ラディリス・ソルヘイズ博士の発明したヘッドフォンで現在は難を逃れている。

 紫と銀のインフィニティ細胞により覚醒。両方とも生れつき所持。

 能力の副作用か、電波の処理に脳の処理能力の大半を割いていたため、あまり他のことを考えられずボンヤリしていた。ヘッドフォン着用後は解消された模様。

 熱地大学病院 病室


 「スカーレット……」

 朝早く目覚めた藍蘭はベッドで落ち込んでいた。自然と掛け布団を握りしめる力が強くなる。

 スカーレットが朱色の妹と戦った後、彼女は藍蘭に何も告げずにログアウトした。すぐに現実世界で探したが、ユナからの伝言でショックを受けてしまった。それが昨日の話。

 『しばらく顔も見たくない』

 スカーレットが藍蘭を巻き込まない様に言った言葉であるとリディアやユナ、バトラー辺りは感じ取れたが、藍蘭は言葉の裏を感じられる程大人ではない。

 いくらDPOのアイドルプレイヤーと、学園騎士の会長と持ち上げられても、藍蘭は普通の中学生。それも、数ヶ月前は小学生だったような年齢だ。

 「どうしたのかな……?」

 あまりにパートナーである赤野鞠子スカーレットらしくない発言に藍蘭は戸惑う。心配半分、失望半分であった。

 隣の佐原は、泣き疲れたのかまだ起きない。藍蘭のインフィニティ能力らしきもので佐原はそれは酷いことになっていた。

 そこへ、看護師が朝食を運んで来る。朝食は白米に味噌汁、納豆と、まさに病院食だった。だが、トレーにメモが残されていた。

 恐らく昨日勝手に病院を抜け出したことへのお小言でも書いてあるのだろうと藍蘭はメモを読む。だが、メモの差出人は意外な人物だった。

 『朝食後、話がある。病院の屋上へ来い。バトラー』

 メモの差出人はバトラー。だが、メモには不自然な点があった。あの丁寧な口調が特徴的だったバトラーが、命令口調でメモを寄越したのだ。

 だが、スカーレットのことで頭が一杯の藍蘭は深く考えなかった。

 藍蘭は朝食を味わいもせずに掻き込み、すぐにベッドから降りて屋上へ向かう。


 凍空プリンスホテル リディア(と弐刈)の部屋


 「あー、大変だった」

 リディアはバスルームの湯舟に浸かりながら、昨日を懐古した。おかげで部屋に帰ってすぐに眠ってしまった。

 まともに汗も流さず寝たので、非常に目覚めが悪い。だから起きて即座に朝風呂しているのだ。

 「あれは大変じゃない方がどうかしてるよね」

 そんなリディアを後ろから抱きしめたのは、宵越弐刈。昨日は『あの』リディアが無防備にぐっすり寝てしまったため、何もする気になれなかったらしい。既成事実作りが上手くいかなかったリディアが一緒にお風呂に入ろうと言って、今に至る。

 弐刈は、さすがに女の子の寝込みを襲うことは躊躇ったようだ。当のリディアが女の子と呼べるほど純粋か、は抜きにして。

 「で、今日の番組はサイバーガールズのマイナー古参組を社長直々に宣伝するのでしょ?」

 「ああ、もしかしたら新規ファン付くかもしれないから僕にもチャンスだ」

 弐刈はリディアが茶化した台詞に、真面目に答える。リディアはお湯を足で弄びながら、弐刈に言う。

 「真面目なのね」

 「社長だからね。会社が儲かれば社員への給料が上がる。みんなハッピーだね」

 弐刈は自身の経営観念語るを。リディアは弐刈の本質をある程度分析してみた。

 宵越弐刈は一見すると、何も考えてない頭空っぽのチャラい女たらしだ。リディアの第一印象も同じ。だが、弐刈自身は『人はいつ死ぬか解らないから一瞬を楽しむ』という信念があり、それに基づいて生きている。

 おととい、リディアが既成事実作りに弐刈を誘惑した際、背徳感による興奮を煽ろうとして『秘書と社長だけど、いいの?』なんて言ったりした。弐刈は『スキャンダルが発覚するかしないかのスリルなどなかなか味わえないだろう。スキャンダルを作る側はそのスリルを愉しんでなんぼだ』などと言った。この男は破滅の道筋すら楽しむのだろうか。

 だからこそ、純粋に『欲』だけで動く人間より陥落させやすいが厄介だとリディアは考える。欲望で本能的に動く人間と違い、計算があるからだ。

 リディアは肩にお湯をかけて、弐刈に聞いた。こうした問答も、相手の心を探るには大事である。

 「もしも、さ、私が『好きにしていいよ』って言ったら?」

 「おお、それはいい。好きにするさ」

 弐刈は相変わらずのマジレス。やはり、下心を感じないのは状況を本気で楽しんでいるからか。リディアは、彼には今までの権力者達に感じた、自身との関係は欲望を満たすための遊びという意識が感じられなかった。

 その答えを受けたリディアは体を捻り、弐刈の方を向く。先程までは弐刈の上に座る姿勢だったリディアが、弐刈に寄り掛かる姿勢になる。弐刈の身体に柔らかい感触が当たる。

 (なら私も、本気で楽しまないとね)

 そして、リディアは口元を弐刈の耳に寄せる。弐刈にはハッキリと、リディアの興奮した様な息遣いが聞こえただろう。興奮した様に聞こえるのは演技だろうけど。だけど、リディアにはその興奮が演技かどうか自分にも解らなくなっていたのだが。

 リディアは自分が嵌めた権力者が破滅し、世界が動くことで自分の存在を確定していた。それは作業であり、過程を楽しむものではなかった。だが、彼女は今、心が何故か軽い。作業をしている気分ではなかった。

 「好きにして、いいよ?」

 リディアは弐刈に甘く囁く。そして、弐刈は甘い誘惑にほだされ、彼女の熱く柔らかい身体を抱く。お湯に浸かる艶やかな金髪やきめ細かく弾力のある白い肌を撫で、触れられる度に反応するリディアの吐息を愉しんだ。

 お湯に浸からない場所の肌は水を弾いて、バスルームの明かりを反射している。弐刈はリディアに囁き返した。

 「愛してるよ、リディア」

 「私も」

 リディアは熱に浮された様な顔で弐刈を見つめる。弐刈は彼女の艶やかな唇に目線を向け、口づけをする。リディアは少し肩を震わせながら、反応を返す。

 「んっ……」

 こうして宵越弐刈はリディア・ソルヘイズという猛毒の蜜を、それと知らずに貪るのだ。だけど、その蜜の毒は迷いが生まれていた。


 熱地大学病院 屋上


 「バトラー?」

 藍蘭は洗濯物が干してある屋上に足を運んだ。バトラーのメモでは、ここにバトラーがいることになってる。

 「来ましたか」

 屋上の真ん中にバトラーはいた。真夏の姿は見当たらない。相変わらずお嬢様放置が激しい執事であると藍蘭は感じた。

 「貴女は朱色の妹がサイバーガールズの誰に化けているか、知りたくありませんか?」

 「え?」

 バトラーは開口一番、そんなことを口走った。藍蘭はさすがに動揺せずにいられない。

 「知ってるの?」

 「ええ。スカーレットさんと仲直りするには、スカーレットさんが貴女を突き放しざるを得ない原因を潰すのが一番手っ取り早い」

 藍蘭はスカーレットの名前を出されると、黙るしかない。だが、スカーレットが理由あって自分を突き放しているのだと知って、少し安心出来た。

 「私とユナさん、リディアさんやね……直江刑事と話してスカーレットさんが貴女を突き放した理由をだいたい予想しました。恐らく、スカーレットさんは貴女が巻き込まれるのを良く思わないのでしょう。現に貴女は巻き添えを食って入院しています。これ以上、スカーレットさんは貴女に傷ついて欲しくないのです」

 「それで……」

 バトラーが数人の仲間と話して出した結論を出す。ユナやリディアは藍蘭も知っているので、その結論も信用出来た。人を見る目には事を欠かないメンバーの結論は、確かに疑う予知は無い。

 ユナは普段のツイッターでの発言から思慮深さが伺える。リディアは数々の男を騙したと、藍蘭は救急車の中で意識が朦朧となりながら、豪語しているのを聞いた。直江刑事も面識のある佐奈達からの証言で凄い人物であることを藍蘭は知っていた。

 「で、スカーレットさんが独自に朱色の妹を追ってますが、私達が先に捕まえて事件を解決しましょう」

 「おおーっ。それはいい!」

 探偵的なノリに、沈みがちだった藍蘭も少しだけ普段のノリを取り戻した。バトラーは始めに藍蘭のテンションだけは元に戻したかったのだ。

 「ですが、心配があります。藍蘭さんは磁石をご存知ですか?」

 「もちろん」

 バトラーはポケットから棒磁石を二本取り出して聞いた。藍蘭は中学生なのでもちろん知っている。

 「今から、貴女とスカーレットさんはN極です」

 「え?」

 藍蘭は首を傾げた。バトラーは棒磁石のN極同士を向かい合わせている。いきなり妙な例えを出されれば、当然困惑する。

 「つまり、互いに同じ方向へ行動、スカーレットさんは藍蘭さんを巻き込まない様に、藍蘭さんはスカーレットさんに全てを背負わせない様にしている。互いを強く想って行動している、同じN極なんです。並べば磁力を強くできますが、反発が起きる恐れがあります。それを覚悟できますか?」

 「よく解らないけど、スカーレットに全部背負わせたくないのは事情よ。だから、何でもこい!」

 藍蘭はバトラーの例えを全て理解出来てなかったが、気合いだけは充分。難しいことはわからなくても、ガッツで切り抜ける。それでこそ、学園騎士の会長。DPOのアイドルプレイヤーである。

 「で、犯人はわかってるの?」

 「ええ。何せ、朱色さんに聞いてきましたので」

 藍蘭が単刀直入に言うと、バトラーは得意げに語る。そして、説明を抜きに犯人の、朱色の妹が入れ代わっているサイバーガールズのメンバーの名前を言う。

 一音一音、丁寧に。活字ならカタナカで書かれるだろう雰囲気で。

 「サイバーガールズの重要メンバー、××××、××です」


 宵越テレビ本社 控室


 「私を呼んで、何の用?」

 控室の畳に座った冬香が目の前の人物に言う。口調には多少の警戒が混じっていた。刺のある言い方をすると、姉の夏恋そっくりである。

 「うん。サイバーガールズに現れた災禍を払う。力を貸して」

 冬香を控室に呼んだのは、赤野だった。赤野は用を難しい言い回しで伝えた。

 「つまり、サイバーガールズのメンバーと入れ代わっている朱色の妹を見つける」

 「最初からそう言ってよね」

 冬香は若干呆れ気味に言った。だが、赤野、スカーレットの目は真剣だ。彼女は冬香の回答を待つ前に話を始めた。

 「まず、私達がサイバーガールズの中に朱色の妹が紛れ混んでいることに気付いたのは、縁の残留脳波がそう告げた時」

 「残留脳波は怪しいけど、ゲームマスターのお墨付きじゃあね……」

 スカーレットは冬香の反応に目もくれず、説明を続けた。残留脳波があるのか、という疑問があるのだが、ゲームマスターの朱色がその存在を確認している。

 朱色とその妹がグルなのでは? そんな疑いもあった。だが、スカーレットはまずその可能性を潰す。

 「朱色と妹が結託していた可能性は皆無。それなら、始めからゲームの異変に私達や、ひいては紅憐やfなどの強力なプレイヤーまで対応させた理由が無い」

 スカーレットは次に、個人の特定に移る。この段階になると冬香も真剣だ。

 「まず、私は朱色の妹が入れ代わっている可能性のある人物を、氷霧の反応から二人に絞った。彼女は電磁波を感じられるし、朱色の妹は電磁波で生物に存在を誤認させることで現実世界に干渉する。何も無いのに馬が暴れ出したり、水も無いところで溺れたり、テレビ局の中だけメールの中身が変わったりしたのはそのせい。朱色も到着時点で電磁波を発生させる機械があることを示唆していた」

 「なるほどね」

 妙に説得力があるスカーレットの説明に、冬香はすっかり聴き入っていた。

 しかし、そこまで聞いた冬香は疑問が生まれた。何で自分に話すのかという根本的な疑問だ。

 「で、何で私に話すの?」

 「貴女だけは信用出来る。ユナは誰かに肩入れする人じゃないし、その他は疑心暗鬼に駆られている」

 スカーレットは冬香に、信用した理由を話す。かなりザックリした理由だが、冬香は信用された事実をとりあえず受け入れる。

 「で、朱色の妹が入れ代わってるのは誰?」

 冬香は答えが聞きたかった。二人にまで絞ったのだから、その二人の名前くらい聞いておきたいのだ。スカーレットは真剣な表情で説明を始めた。

 「二人に絞ったって言ったけど、事実上一人断定できたに近い。fや紅憐の証言から断定すると、犯人は……」

 即座にスカーレットは犯人の話に移る。冬香も息を呑んだ。控室には冷房が効いているはずなのに、冬香の頬に汗が伝う。

 「黄原彩菜」


 DPO ギアテイクメカニクル エメラルドジャングル


 「汚物は消毒だー!」

 青々としたジャングルに世紀末みたいな声が響く。クインは火炎放射機を手に、巨大な球根を焼いていた。バトラーの指示で朱色の妹の勢力を削いでいるのだ。

 「終わった」

 そこへ氷霧が合流する。花さえなんとかすれば、後はただのエネミー。氷霧の様な大規模騎士団のリーダー代理を任されるレベルになると、さほど苦戦しない。

 「しっかし朱色の干渉をガードするくらいならプレイヤーの攻撃も無効化すればいいのにな」

 クインは先程焼いた巨大な球根を足蹴にしながら氷霧に言う。氷霧にはだいたい答えがわかってるようだったが。

 「花の付いたエネミーがプレイヤー対策。妹はサーバー容量の大半を朱色対策に回してると見た」

 「朱色のサーバーは地球最強の容量と計算速度を誇る『世界内包者ワールドコンテイスト』だもんな。並のサーバーじゃ勝てないか。朱色が言うには、妹のサーバーは同じ理論で組み上げてあっても小型タイプだし」

 クイン達プレイヤーは事件の経緯を朱色から聞かされていた。朱色の妹に当たるインフェルノ社員用メンタルケアプログラムである『SEAシー』が暴走した。朱色は今回の事件をこう説明した。

 「でもなんか引っ掛かるんだよなー」

 「ただの暴走じゃない」

 二人はジャングルを歩いた。別に自分達が頑張らなくても、他のプレイヤーが対応している。炎攻撃を当てるだけで厄介な花が解除できるのだ、チート集団の円卓の騎士団を倒すより楽だ。

 「何か、妹の奴が暴走した理由が怪しいんだよな」

 「理由は教えてくれなかった」

 二人が引っ掛かっているのは朱色の妹、SEAが暴走した理由だ。朱色は何も語らなかった。ネットではプログラムミスだと噂されているが、高度な人格を持つプログラムは誰も経験したことのない領域。正確なところは解らない。

 「あとは藍蘭とスカーレットかぁ……」

 「複雑」

 そんな解らない話より、クインと氷霧には心配事がある。藍蘭とスカーレットのコンビのことだ。まさかあの二人が決裂することなど無いだろう。二人はそう思っていた。


 宵越テレビ本社 廊下


 弐刈と共に出社したリディアだったが、仕事を早く終わらせて休憩がてら廊下を歩いていた。いつものスーツのネクタイを直しながら呟いた。

 「さて、どうやって潰そうか……」

 弐刈がアホのおかげで宵越を潰すネタ自体は豊富だ。だが、ここまで豊富だと逆に方法を絞るのが大変だ。

 「事件を大々的に報道したはいいものの、冤罪だったのにそれは報道しなかったってこともあるからね。組織があまりにもあれだと潰しやす過ぎね」

 「あ、リディアさん!」

 リディアは突如声をかけられて、驚き混じりに振り向く。そこにはサイバーガールズの緑屋翠がいた。リディアが会ったのは、縁が死んで病院に搬送された時だった。

 「お礼をいいたくて、探してたんです!」

 「お礼?」

 リディアは翠の言葉に首を傾げた。彼女にお礼を言われることなどあっただろうか。

 「縁を助けようとしてくれた、お礼です」

 翠のはリディアの疑問に返す。リディアは納得した。だが、死んでるのだから意味も無いだろうと思ったりした。

 「なるほど、ね」

 リディア自身は人が目の前で死ぬのは見たくないという思いがある。熱地学院大学にいた頃、遺伝子操作に失敗したクローンが何人も殺されるところを見てきた。死には慣れているが、慣れているからといって見たいものでもない。

 「私は……お礼されるほどのことしてないよ」

 「助けようとしてくれただけでも十分です。あ、仕事あるんで行きますね」

 翠は去っていった。リディアは自分にいい聞かせる。所詮クローンの自分には、人にお礼される資格は無い。弐刈は愛してると言ったが、どうせ身体が目当てなんだろうとリディアは無理矢理思っていた。佐奈の両親、藤井夫妻の様に身体目当てから有名なおしどり夫婦になってしまう例は非常に珍しい、というかまず無い。

 『あの堅物を私が全力で誘惑しようとした結果、互いに惚れちゃったのよね(笑)』

 リディアはふと、佐奈に会ってから興味が沸いた藤井奈々の本に書かれた一説を思い出す。本当に極端な例だよ、とリディアは心で呟いた。

 まさかあの弐刈が自分を本気で愛しているわけがない。つい風呂ではお湯の気持ち良さと温かさにのぼせて、本気にしてしまったのだが。

 「んむっ……」

 そこでリディアの思考が突然途切れる。口に布を当てられていた。瞼が重くなり、意識が遠ざかる。リディアは無意識に携帯でメールを打っていた。誰に送信したか貞かではない。


 熱地大学病院 休憩室


 ベンチが並ぶ病院の休憩室。そこで、自販機で買ったジュースを飲みながら藍蘭とバトラーは話した。ゆっくり座って話をする。実は廊下で歩きながら殆ど話は終えたのだが。

 「これがあの人を朱色の妹と推測する理由です」

 座るなり、バトラーは藍蘭に結びだけ言って説明を終えた。藍蘭はその半分も理解出来ていないが、先程頭脳労働はバトラーに任せると打ち合わせたので問題は無い。バトラーは頭脳労働を藍蘭がしないとわかっての上で説明したのだ。情報は多いに限る。

 藍蘭は無難に選んだオレンジジュースを飲んで話を次へ持って行く。

 「それで、私達は現実パートを頑張ればいいのね」

 「ええ。DPOプレイヤーがゲームパートは対処しています。元々は朱色の目を宵越に向けない目くらましなのでしょう。朱色の妹、SEAに襲撃されたらプロトタイプが助けに来ますので安心して下さい」

 バトラーは東京都にどうして売っていたのか、愛知県限定のMAXコーヒーなる、練乳入りでやたら甘いコーヒーとは呼べない缶コーヒーを飲んでいた。藍蘭は打ち合わせの結果、決まったことを確認していたのだ。

 「何とかサーバーの場所を見つけて、ぶっ壊します!」

 「執事がぶっ壊す……、バイオハザードしてる時の某アナウンサーの言葉聞いてる時みたいな……何とも言えないシュールさが……」

 とにかく、バトラーがリディア辺りからSEAのサーバーがある場所を聞き出し、いざという時は物理的干渉フィジカルアタックで何とかするということは決定している。

 「ま、サーバーはデータにとって体みたいなもの! 人質にとれば有利!」

 藍蘭はバトラーのぶっ壊す発言から気を取り直し、結論を纏める。

 「さて、質問は無いですか?」

 「あ、ある。それもたくさん」

 バトラーが聞いたので、藍蘭が手を挙げる。正直、藍蘭には三日前の東京に向かう新幹線車内でバトラーと会ってから気になることがあったのだ。

 「バトラーって本名? 仮面してるけど、何者なの?」

 その質問を聞いたバトラーは、コーヒーを飲み干した。その缶を少し離れたごみ箱に投げる。しかし、缶はごみ箱の淵に当たって下に落ちる。

 「……」

 バトラーは黙って缶を拾い、今度は近くで投げる。しかし、大きく目標を外してまた床に落ちる。

 「……」

 バトラーは諦めて、普通に缶を捨てた。

 「始めから普通に捨てろ!」

 藍蘭はさすがに突っ込む。バトラーはそれを無視して話を始めた。

 「私は、元を辿れば普通の高校生でした」

 「あーなるほど、親が多額の借金残して蒸発したから悪さしてやろうとした結果、誘拐されたお嬢様を自転車で自動車に追いついて助けたから執事に……」

 「ハヤテじゃねぇよ。ま、誘拐されたお嬢様を助けたのは同じですが……」

 今度はバトラーが突っ込む。見事なダブルボケツッコミになっている。バトラーは話を戻す。

 「単刀直入にいいましょう。私の正体。この仮面は恩人が『ボスっぽさが必要』って言って付けてた品です」

 バトラーは仮面を脱ぎ捨てた。バトラーの素顔は精悍な青年だった。だが、表情は少なく、目も輝きが無い。感情がまるでない。

 「今までは感情をセーブしていたけど、こっから全力で行くぜ。ナンセンスなまでにな」

 そしてバトラーはタキシードを脱ぎ捨てた。どうやったのか一瞬で、三好雅が着ていたものと同じ、長篠高校の夏服に着替えていた。

 腕には薄く、傷が残っている。肌は紫外線を受けたことが無いかの様に白い。バトラーは眼鏡をかけると、不敵な笑みを浮かべる。

 藍蘭はその様子を黙って見ていた。息を呑んでというより、ポカーン、であった。

 「俺は直江遊人。天国からわざわざ来てやったから、ハイセンスに感謝しろ!」

 藍蘭は直江遊人が誰か解らず、何も言えなかった。だが、何かまたヤバい人間が事件に絡み始めたという危惧はあった。

 「ま、まずは俺と真夏の馴れ初めから聞かせるとするか」

 遊人は藍蘭に向かって、勝手に真夏との馴れ初めを語り出したのだった。


 7月2日 矢作川堤防


 堤防の頂上にある道路を車が走っていた。黒い外車は急いで道を走る。車には二人の男が乗っていた。

 「ははっ! これで我らが主人が凍空の後継者だZE!」

 助手席の男がパーティーグッズを満載した紙袋を持って喜ぶ。それを運転席にいる男が諌めた。

 「おいおい慌てるなよブラザー! 帰るまでが仕事だ!」

 鼻眼鏡をした状態では説得力皆無だが。座席には眠らされた少女がいた。

 「あ」

 運転席にいた男が何かに気づく。道路の真ん中に女子高生がフラフラと現れたのだ。男は大急ぎでハンドルを切る。

 「ぎゃああああ!」

 車は堤防の道から外れ、滑る様にズルズルと落ちる。車はそのまま堤防の隣にある長篠高校のフェンスを破壊し、敷地内に侵入、保健室に激突する。

 「やっちまった!」

 二人の男は慌てて車を降りる。眠らせてある少女を一応連れていく。だが、その前に何かが立ちはだかった。

 車を乗り越えて、保健室に開いた穴から現れたその人影は高校生だった。長篠高校の制服ですぐにそれがわかった。その高校生は白髪だった。

 「ったく、せっかく死んだエディとお喋りする夢見てたってのに……起こしやがって!」

 高校生は頭から血をダラダラ流して、男を睨んだ。男二人は蛇に睨まれた蛙。全く動けなかった。裏の仕事一筋数十年。こんな怖い目は見たことなかった。

 「に、逃げるZO!」

 「ひー!」

 男達はとにかく逃げることを優先した。だが、振り返ると別の高校生が二人いた。活発そうな女子高生と何故か男子の制服を着た女子高生。

 その女子高生二人が男達を再起不能にして縛る。男子の制服を着た女子高生が「僕は男だ!」と言っていたが、その発言をした理由を考える余裕は男二人になかった。

 「あ、煉那に雅じゃねぇか」

 「血まみれで何してんだ遊人はよ」

 そこで高校生、直江遊人は気軽に挨拶する。煉那と呼ばれたは女子高生は頭から血を流して制服まで真っ赤な遊人に呆れていた。遊人が死んだと騒ぎになっていたから保健室に来たけど、生きていた。その後、車に轢かれたけど元気だった。

 順によれば、一時的な仮死状態だったらしい。遊人を死にいたらしめると思われた細胞の異常はどうなったのやら。

 「おい遊人。眼鏡は?」

 女子高生、もとい男子高校生の雅は遊人が眼鏡をかけていないのを気にした。遊人といえば白髪眼鏡。そのどちらも欠けてはならない。

 「ああ、車に轢かれて粉砕したよ」

 遊人は眼鏡の末路を告白した。中学に入る際、買った眼鏡だったが車に粉砕された。遊人の手には眼鏡の残骸があった。

 「どうしようか。まあ、すぐ夏休みだしいいか」

 「いや、それよりこの子をだな」

 雅は連れ去られてきた少女を抱き上げる。そして遊人にパスした。少女は軽く、筋力の無い遊人でも持ち上げられた。少女は小学校高学年くらいだろうか。遊人は顔立ちで判断する。だが、体格は小さい。

 寝ているところを連れてかれたのか、ピンクのパジャマを着たままだった。少女は騒ぎに気づいたのか、遊人の腕で目を覚ます。

 目を開けて、しばらく少女はボンヤリした。目をこすると少女は遊人を見る。

 「っ……、……ぁ」

 少女は口を開き、手振り身振りで何とか意思を伝えようとする。遊人は少女の顔を見て、少女が言いたいことを推測する。

 遊人は己のインフィニティ能力を発動した。シャーペンで書く音を拾い、何を書いているのかわかるくらいの能力だ。何とかなるかもしれないと思ったのだ。

 そして、集中する遊人に少女の声が届いた。

 『ここはどこ?』

 「ここは長篠高校だ」

 言葉が通じたことに少女は驚いていた。そして、さらに声にならない言葉を続ける。

 『喋れないんです』

 「なるほど、普段は筆談か」

 少女は頷く。そこへ、先程までいなくなっていた夏恋が現れる。夏恋がフラフラと道路に出なければ少女は助からなかっただろう。また、保健室はこんなにめちゃくちゃにならなかっただろう。

 「遊人?」

 「あ、夏恋。何泣いてんべふっ!」

 遊人はインフィニティ能力で夏恋が泣いていたことを見抜き、顔面を殴られた。

 「泣いてない! で、なんで生きてるの?」

 「ああ。さっきのは一時的な仮死状態らしい。順の奴が言うには、細胞の異常も治ったみたいだな。俺は遺伝子操作されてウイルスや毒物への高い耐性を持ってたらしく、それで治せた」

 夏恋の質問に遊人は、少女を下ろしながら答えた。夏恋も遊人が寿命ヤバいと言う割に、吐血などたいした症状も出ていないからおかしいと思っていたのは確かだ。

 「いつ治ったのかわからんが、最近ではなさそうだ」

 「ってことは、寿命短いってのはただの勘違い……」

 夏恋は一気に肩の力が抜けた。人がなんのヤバい症状無しに急死するなど、特に遊人ほど若い年齢ではまず無いことだ。

 遊人は寿命が短いと自覚している割に症状が出なかった。だから夏恋もまさか死ぬとは思わなかったわけだが。

 「そうだ。名前聞いてなかったな」

 遊人は夏恋を放置し、少女に聞いた。少女は雅から受けとったメモに名前を書いた。

 『凍空真夏です』


 熱地大学病院


 「この後、凍空の後継者争いに参加して、他の候補者を還付なきまでに叩き潰したのはいい思い出だ」

 遊人は話を終わった。藍蘭はあまりに現実離れした話に驚いていた。だが、一つ疑問があった。

 「眼鏡割れたよね?」

 「ナンセンスだな。俺の眼鏡は無敵だ」

 藍蘭は遊人の答えを聞いて、買い替えたか何かだと結論付けた。

 次回予告

 直江遊人復活! ハイセンスに暴れ回って、ナンセンスな結末を奴らにくれてやるぜ!

 え、なんすか宵越社長。俺に用事って。

 次回、ドラゴンプラネット。『犯人に告ぐ』。次回も見ない奴は、ナンセンスだな!


 サイバーガールズメンバーリスト


 河岸瑠璃 生存(第5位)

 稲積あかり 生存(第6位)

 木島ユナ 生存(第2位)

 海原ルナ 生存(第23位)

 黄原彩菜 生存(第3位)

 緑屋翠 生存(第7位)

 赤野鞠子 生存(第1位)

 紫野縁 死亡:溺死

 上杉冬香 生存(第8位)

 桜木小春 死亡:感電死

 秋庭椛 死亡:転落死

 夏目波 死亡:割腹

 泉屋宮 死亡:焼死

 桃川要 生存(第25位)

 青柳魅希 生存(第32位)

 茶木桜 生存(第27位)

 黒田明見 生存(第29位)

 金鉢伴回 生存(第30位)

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