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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第二部
74/123

32.冬香と真夏

 インフィニティ図鑑

 直江遊人

 能力『観察眼アナライズ

 観察能力、洞察力を極端に増幅させる。副作用として、優しい嘘や気遣いが通じないことが考えられる。

 赤と青のインフィニティ細胞により覚醒。赤はクローン元の新田遊馬が初めから所持、青は楠木渚の輸血から。

 熱地がインフィニティを研究するために生み出した存在。想定外の双子となり、熱地は遺伝子を操作して遊人に高い運動神経を持たせようとしたが、失敗。ウイルスや毒物への驚異的耐性を持たせてしまった。

 この遺伝子操作が彼の寿命を短くしたのだが、もしかしたらそれすら耐性で乗り越えたかもしれない

 能力は本来の特技と被ったため、あまり使用していない。

 DPO ギアテイクメカニクル クインの作業所


 「システムオールグリーン、クリムゾンユニット、起動!」

 クインはノートパソコンを操作しながら、ユニットのチェックをした。

 クインの作業所にはカタパルトデッキがある。スカーレットはそこに、ボードに乗りながら立っていた。スカーレットにはいくつかの変化があった。

 いつも着ているセーラー服は夏服になっている。腕には紅い、機械の篭手が装着されていた。靴も機械のブーツになっている。ニーソックスは変わらない。

 「これがクリムゾンユニット……」

 スカーレットは完成したユニットを見て、期待しながら呟いた。腰に差している刀はいつもと変わらない。

 「いつでも行けるよ!」

 クインの声を聞いたスカーレットは、発進の準備をする。

 「スカーレット、クリムゾン01、出る!」

 しかしこのアイドル、ノリノリである。スカーレットはツインテールをなびかせながら、ボードで走り出す。カタパルトで射出されているのだ。

 カタパルトから飛び出すと、ボードとスカーレットは高速で飛んだ。ギアテイクメカニクルの荒野を紅い影が翔けていく。

 「成功だ!」

 カタパルトデッキに一人取り残されたクインは成功を喜んだ。パソコンに表示されたスピードメーターは速度をどんどん増していく。

 新装備、クリムゾン01。手足のクリムゾンユニットと連動し、エディの使った『天使皇の光翼』ほど自由ではないが、空中戦が可能だ。

 「あれ? どこ行くんだ?」

 スカーレットはそのまま、飛んで行く。帰ってくる気配は無い。

 一方、そのスカーレットはある場所に向かっていた。ギアテイクメカニクルの廃工場。巨大なその工場は、今も工業排水を川に垂れ流している。そして、その工場には蔦が絡まっている。

 「掲示板のカキコミ通りだ」

 スカーレットは掲示板のカキコミを見て、ここに来た。蔦は排水に浸かっているが、むしろ回復しているようにも思える。

 「藍蘭の仇を取る」

 スカーレットはボードに乗ったまま、地上にある搬入口から工場へ潜入した。目的は藍蘭の仇を取ること。雅の証言で、DPOの異変とサイバーガールズの事件の犯人が同一人物、朱色の妹であることがわかっている。

 彼女を倒せば、事件は終わる。スカーレットは全てを終わらせるために進んだ。


 ネイチャーフォートレス 桜並木ノ森


 桜の花びらが舞う優雅な森。この森の木は全て桜なのだ。桜と聞けばシーズンオフ時の毛虫を心配する声もあるが、ここの桜は年中咲いている。

 ヨーロッパのプレイヤーに人気が高いフィールドである。桜に慣れ親しんだ日本のプレイヤーですら幻想的と感じるのに、桜をあまり見る機会の無い彼らには、この世の光景とは思えないだろう。

 だが、そんな森で優雅とは程遠い事態が発生していた。

 「そこだ!」

 「ちょこまかと!」

 「これでっ!」

 三人の女剣士が一人の騎士を相手に戦っていたのだ。その全員がレイピアを装備している。

 「コイツはいいぜ! インターハイ決勝でもここまでヤバくなかった」

 騎士は山田田中丸。三人の猛攻連撃をかわしながら、攻撃を叩き込む。インターハイ優勝者だからか、やはり強い。

 「くっ……」

 赤い可憐なドレスを纏った夏恋のアバター、カレンは田中丸と距離を置く。

 「コイツ、強い!」

 青いワンピースに鎧で騎士みたいな格好の冬香のアバター、シアンは意外な強さに驚いた。

 「……」

 そしてもう一人。背のスラリと伸びた華麗な女騎士がいた。白いドレスを着て、ピンクの髪を振り乱して戦うそのアバター。

 凍空真夏のアバター、ティアだ。彼女は普段レイピアは使わないが、今回は田中丸の武器に合わせてレイピアを使用した。

 技が放たれる度に眩しいエフェクトが瞬き、激しくぶつかる音が聞こえた。

 その様子を遠くで見守るプレイヤーが二人いた。バトラーと藍蘭。その二人はレイピア対決についていけなくなったのだ。

 「やり慣れた武器じゃないとダメだなー」

 藍蘭は手にしたレイピアを見て呟く。絶爪ならまだしも、慣れないレイピアではあの4人についていけない。

 「インターハイレベルになると無理ですね。インフィニティ能力で観察しても、観察している間にやられます」

 バトラーの方も、ついてこれなくなった。だが、藍蘭はバトラーの言葉に反応した。インフィニティだ。

 「あんた、インフィニティなの?」

 「ええ、観察能力のインフィニティです」

 バトラーは遊人と同じ、観察を使えるインフィニティ。インフィニティとは人間が作り上げた情報化競争社会に対応した人間であるが、観察能力は確かに有用だ。相手を見れば全てがわかる。その能力は話術などで相手から情報を引き出す手間を省いてくれる。

 だが、相手を観察して攻撃を読んだとしても、反射でかわすのとは違い、頭で考える必要がある。つまり、避けるまでに時間がかかり、結局攻撃が予測出来ても避けれないのだ。

 バトラーレベルの反射神経なら、普段はそういうことも無い。だが、攻撃側が田中丸みたいな達人だとギリギリになってしまう。

 藍蘭、田中丸、ハルートの三人は源氏の亡刀を手に入れると、一旦プレイヤーマンションに戻った。そこでバトラー達と出会い、現在こんなことをしているのだ。

 ハルートはこのフィールドに来るのが始めてなので、少し冒険をしている。だからここにはいない。

 「あ、そうだ。私達で対戦しませんか?」

 「お、それいいね」

 バトラーの案に藍蘭が乗る。正直、藍蘭はバトラーの手の内を詳しく知らない。前回も朱色の妹相手に共闘したわけであるし、この先また共闘する機会があるかもしれない。なるべく相手のことは知って起きたいのだ。

 「じゃあ、初めますか」

 バトラーがメニュー画面を操作すると、青白く光る画面が藍蘭の前に現れた。

 『××がデュエルを申し込みました。受けますか?』

 藍蘭は即座に『YES』を選択した。画面にはバトラーの、プレイヤーとしての名前が書かれていたはずだが、藍蘭はしっかり読まなかった。が、漢字2文字なのは確認した。

 メニュー画面で設定し、各プレイヤーの頭上に名前が表示される様にすればバトラーの名前を確認できる。だが、藍蘭はそれをしなかった。

 藍蘭としてはDPOの世界をリアルの世界として楽しみたいのだ。なるべく余分な表示は消したいタイプである。視界の隅に移るHPゲージも本当は消してゲームをしたいのだが、HPがわからないと危険を回避できない。

 真夏はバトラーをゲームの中でもバトラーと呼ぶし、バトラーは真夏をゲームの中でもお嬢様と呼ぶ。逆に、氷霧とクイン、そして他ならぬ藍蘭とスカーレットみたいにアバターの名前を現実のあだ名にしている場合もある。

 アバターの名前一つ取っても様々、それがドラゴンプラネットオンライン。

 それはさておいて、藍蘭とバトラーはデュエルを始めた。互いに使い慣れた武器を抜く。

 藍蘭は先程入手した『源氏の亡刀』、先日作った『髭斬』、そしていつもの刀の三本からなる絶爪を煌めかせる。

 バトラーは片手剣であるシロブレードとクロブレードを双剣として装備。これは柄で連結させるとツインランス、シロクロツインズとなる。

 「【フルフレイム】」

 バトラーは炎魔法で剣に火を燈した。この戦い方はかつて墨炎が好んだものだ。

 藍蘭は絶爪を構え、バトラーに突き出す。

 「やっぱりそう来るよね。【大雀蜂】!」

 「バーニング【シザーネイル】!」

 バトラーも右手の剣を突き出す。絶爪と剣がぶつかり合う。バトラーはフルフレイムを使ってる間、技名の前に枕詞を置く習性がある。下水道で固執生物テクナティーウォーカーと戦った時は別の物だったのだが。

 「氷霧先輩から聞いたものと違うじゃん。グリルなんたらとか」

 「戻したんですよ。バーニング【ライジングスラッシュ】!」

 藍蘭の台詞に返しながら、バトラーは左手の剣を水平に薙ぎ払う。

 「くっ!」

 藍蘭は絶爪で攻撃を防いだ。だが、手数はバトラーが上。バトラーは再び右手の剣を動かす。

 「バーニング【タイフーン】!」

 「うわっ!」

 バトラーが右手の剣を振ると、炎の竜巻が発生する。藍蘭は防ぎ切れず、直撃。

 「くっ!」

 かなり遠くに飛ばされ、そのまま落ちる。だが藍蘭は立ち上がる時に、絶爪を地面に付けていた。そのまま絶爪を地面に付けた状態でバトラーに走り寄る。

 「【斬波】!」

 藍蘭が地面から絶爪を払うと、斬撃がバトラーに迫る。バトラーはそれを、藍蘭から見て右に動いて避ける。しかし、藍蘭はその時を待っていた。

 「そのままだ! 【龍撃破】!」

 藍蘭は絶爪を突き出したままバトラーに突撃する。龍撃破は突進技である。バトラーは咄嗟の事態に避け切れず、そのまま龍撃破を受けて倒れた。

 「早い!」

 バトラーは素早く立ち上がる。藍蘭とバトラーはしばらく睨み合う。が、そんな二人の目にある物が止まった。光が尾を引いて落ちてくる。

 「流れ星?」

 「いや、メテオドラゴン! ここで会うのは2回目ですね」

 藍蘭は流れ星かと思ったがバトラーはそれがメテオドラゴンであることを見抜いた。

 「そういえばハルートさんが歩き回ってましたね」

 「そうだ。源氏シリーズにはメテオドラゴンの素材が要るんだ」

 藍蘭はすぐに走り出した。バトラーはメニュー画面を操作して追い掛ける。藍蘭の目の前に画面が現れた。

 『デュエル内容をトドメバトルに変更しますか?』

 「先にメテオドラゴンを倒した方の勝ち、ってことね!」

 藍蘭は迷わずその申し出を受けた。二人がメテオドラゴンの出現場所に向かうと、ハルートがクレーターから這い出して来たところだった。

 「来た」

 ハルートの服装はいつもの黒いゴスロリ衣装。水着の時はツインテールだった髪も下ろしている。

 ハルートが這い出して来たクレーターは、普段メテオドラゴンが作るそれではない。メテオドラゴンのクレーターは知っての通り、メテオドラゴンが地面を滑って、道の様に形成される。

 だが、ハルートの後ろにあるクレーターは、底の深い器の様な形をしていた。メテオドラゴンが落下後、地面を滑るのに対し、この隕石は垂直に地面に落ちたものと考えられる。

 藍蘭とバトラーは迷わずクレーターに飛び込む。二人はすぐに専用フィールドへ辿り着いた。

 専用フィールドも器型のクレーター。真ん中には隕石がある。その隕石が割れて、中からドラゴンが顔を出す。首が長く、ヒレのあるドラゴン。フタバスズキリュウやプレシオサウルスに近い姿だ。

 「あれは?」

 バトラーにもその正体はわからないらしい。藍蘭も掲示板サイトの噂で名前を知ってるだけだった。

 「コズミックドラゴン!」

 光り輝くドラゴンの名前を藍蘭は叫んだ。このドラゴンの名前はコズミックドラゴン。

 「それは?」

 「メテオドラゴンと同じ条件で出現するけど、レア度が高いの!」

 バトラーが聞くと、藍蘭は掲示板サイトで得た情報を話す。コズミックドラゴンは白い炎を天空に吐き出したり、かなりヤバい存在であることを二人に伝えていた。

 「源氏シリーズはこれで作れますか?」

 「無理!」

 藍蘭がバトラーの質問に答えようとすると、コズミックドラゴンが火の玉を飛ばしてきた。二人はそれを回避する。

 『トドメバトル VSコズミックドラゴン』

 二人の前に画面が現れ、トドメバトル開戦を告げる。コズミックドラゴンの頭上にHPゲージが表示された。

 「先攻させてもらう!」

 バトラーが前進する。コズミックドラゴンは長い首を横に振ってバトラーを攻撃するが、バトラーはしゃがんで回避。

 「え?」

 そこで藍蘭は驚いた。コズミックドラゴンのHPが大量に削られていた。よく見ると、コズミックドラゴンの首には焼けた傷があった。

 「首を振る勢いを利用すれば、剣を差し出すだけで斬れる」

 『首を裂いてやった! あとはトドメを刺すだけだ!』

 「ん?」

 藍蘭はふと、バトラーの言葉の裏に墨炎を感じた。たしかにバトラーのアバターは墨炎に、声すら似ている。さっきのどさくさに紛れて首を斬る戦法も似ていた。

 「かなり削られたね……! でもトドメは私のもの!」

 藍蘭はそれを今は置いておき、トドメを刺しに行く。首を斬るだけではあまりコズミックドラゴンのHPは減っていないが、バトラーが通常攻撃を喰らわせていたので少しずつ減っていた。

 藍蘭が跳び、コズミックドラゴンの頭に接近する。器みたいなクレーターでは、アバターの全力で跳ぶと巨大なドラゴンの頭に達することも可能だ。

 「【リベレイション=ハーツ】!」

 藍蘭が雷を纏い、コズミックドラゴンに猛攻を浴びせる。前回のトドメバトルでは藍蘭の攻撃からターゲットであったシードラゴンを、墨炎が身を呈して守ったために敗北した。

 なので今回は妨害を受けない位置からの攻撃をするようにしてみたのだ。

 猛攻の結果、コズミックドラゴンのHPは無くなった。コズミックドラゴンは崩れ落ち、藍蘭の勝利を告げるウインドウが二人の前に現れた。

 『WIN 藍蘭』

 「やった!」

 藍蘭はガッツポーズをする。

 バトラーはその様子を見て、ある提案をする。

 「藍蘭さん。貴女が手に入れる分もコズミックドラゴンの素材くれませんか? メテオドラゴンの素材あげますから」

 「あー、コズミックドラゴンの素材じゃ源氏シリーズ作れないんだっけか……」

 藍蘭とバトラーはまず、コズミックドラゴンの死骸近くにあるウインドウをタッチして素材を手に入れる。その後、メニュー画面を開いてバトラーはメテオドラゴンの素材を、藍蘭はコズミックドラゴンの素材をそれぞれオブジェクト化する。

 地面にはオブジェクト化した爪やら分厚い鱗やらが散乱したが、二人はそれを拾ってメニュー画面に投げ込む。

 素材はメニュー画面のウインドウに吸い込まれ、これでトレードが成立した。


 一方、先程藍蘭達と擦れ違ったハルートは田中丸達がいる所に戻る。

 戦闘を終えたらしく、グッタリ座り込む田中丸と、立ち話をする女性陣の姿が見えた。

 「スカーレットが言うわけよ。朱色の妹は電磁波で死因を誤認させるしかないから、感覚が全部こっちにあるDPOなら安全って」

 「ふーん。確かに、ペインアブゾーバーはウェーブリーダーにある機能だし、朱色の妹がいくらゲームで私に危害を加えようとも全て無駄だもの」

 冬香と夏恋の姉妹はそんな話をしていた。スカーレットは既に、藍蘭の意図に気付いている。それを冬香に教えたのだろう。

 「ハルートさん、バトラー達は?」

 真夏のアバターであるティアが口を開く。この世界では生れつき喋れない真夏も、アバターの喉を利用して喋ることが出来る。

 生れつき喋れないためか、喋るには訓練が必要に思えた。だが、システムがフルでアシストしてくれたおかげか、訓練は不要だった。

 システムが脳に、喋るために必要な事柄をインストールしてくれたのだ。ようするに、エクセルが使えない自前のノートパソコンを会社で使う際、会社にいる間だけエクセルをインストールして使う様なものだ。

 人間が喋るために必要な喉の動かし方などの動作をソフトウェアとして、脳に入れる。

 プレイヤークエストで使用する様々なものを作るため、負の感情を、それを形成する記憶を取り出すことで入手するのと同じ原理だ。直江遊人はそれのせいで感情を失ったのだが。

 「コズミックドラゴンを引き当てた。ラッキー」

 「お前昔から運いいもんな。順なんか絶対お前にクジを引かせるし」

 ハルートの報告を聞いた田中丸によれば、ハルートは基本的に運がいいらしい。包帯を未だ全身に巻いてるような大怪我をしても命があるところを見ると、確かに頷ける。

 「藍蘭さん。ログアウトしました」

 真夏はメニュー画面で仲間の状況を見る。フレンド登録してあれば、ログインしてるかしてないかの情報がメニュー画面に表示される。

 「あ、メール」

 そして、プレイヤー間のメールもメニュー画面で確認出来る。真夏は新たに届いたメールを確認する。バトラーからだ。

 真夏はそのメールを開いてみる。メールにはこう書かれていた。

 『クインからメールが来た。転送する』

 真夏は添付された文章に注目する。メールはコメントを書き足して転送も出来る。真夏が先程読んだのはコメント欄だ。

 『スカーレットが朱色の妹と交戦中! 応援求む! 場所はギアテイクメカニクル ケミカルファクトリー』

 「スカーレットさんが事件の犯人と戦っている!」

 真夏が文章を読んで叫ぶ。田中丸、夏恋、冬香の表情が変わった。

 「まさか、藍蘭の仇討ちを?」

 冬香がスカーレットの意思を予想する。藍蘭のことはスカーレットも度々、サイバーガールズ同士での話で話題に上げており、よきパートナーであったことが伺える。

 そのパートナーが傷付いた。直接的な犯人は死んだ夏目波だが、夏目を疑心暗鬼に陥らせたのは他でもない、朱色の妹だ。必然として、仇討ちの対象は彼女になる。

 「マズイわね……。一人で勝てる相手じゃないよ?」

 「バトラーはスカーレットさんの下へ急行してます。私達も追いますので、田中丸さんは藍蘭さんを呼び戻して下さい!」

 夏恋が危惧していると、真夏が的確に指示を出す。

 出会った時にした話によると、藍蘭は田中丸、ハルートと一緒にログインしているため、その3人は近くにいる。先日遊んだマルートから聞いた話からすると、ハルートに藍蘭を呼び戻すのは不可能に近いと真夏は判断したのだ。だから強い田中丸を敢えて藍蘭連れ戻し役に抜擢した。

 田中丸が強いのも純粋なフェンシングだけの話なので、プレイヤーとしての実力が高いハルートは即刻スカーレットの援護に回したかったというのもあるが。

 「わかった! 俺は藍蘭を連れ戻す!」

 田中丸はメニュー画面を操作してログアウトした。


 熱地大学病院 病室


 藍蘭が目覚めると、隣では佐原が起きて雑誌などを読んでいた。包帯が全身に巻かれ、ハルート顔負けのミイラ状態である。

 「お、起きたのか」

 「……」

 後を追ってログアウトしてきた田中丸もそれに気付く。ハルートはまだゲームの中なので、車椅子に座ってうなだれていた。田中丸はパイプ椅子に座っていた。

 佐原は雑誌を閉じて、藍蘭の方を向いた。

 見られた藍蘭、田中丸、ハルートの3人は有線に繋ぎ、藍蘭の膝に置いたノートパソコンでDPOにログインしていた。秋葉原で売っていた、イヤホンジャックの数を増やすアダプターを付けて3人で使用できるようにしてある。

 「やあ、藍蘭くん。インフィニティの仲間入りだね」

 「聞いてたんですか、あれ」

 藍蘭は早速頭を抱えることになる。佐原はどうやら、順と藍蘭の会話を盗み聞きしていた様だ。つまり、藍蘭が目を覚まして佐原の状況を確認した時には、彼女は狸寝入りをしていたのだ。

 「日焼けのし過ぎで緊急入院したところを、いい話を聞いたな。早速直江くんと藍蘭くんを呼んでお祝いだ」

 「うん、すぐバレる嘘をどうもです」

 佐原は包帯を日焼けだと言ったが、藍蘭はすぐに嘘だと思った。流石の田中丸も信じなかった。日焼けで入院とは、不祥事を起こして病院に逃げ込む政治家や社長すら言わないだろう。

 「本当はなんです? その怪我」

 「うむ、佐原さんはこの夏、山篭もりにて習得したバーニングモードを使い過ぎて火傷したのだ!」

 「あ、もういいや」

 藍蘭は佐原から事情を聞こうとしたが、どうしても本当のことを言わないので諦めた。

 「それより! 今ヤバい状況なんだよ!」

 田中丸が空気を破って叫ぶ。病院では静かにすべきであるが、今は緊急事態だ。いや、ゲームの出来事を緊急事態と呼ぶべきなのかは不明だが。

 「何? バトラーがまた何か……」

 「スカーレットが朱色の妹と戦ってる!」

 藍蘭は落ち着いてバトラーのせいにしたのだが、田中丸はスカーレットの名前を出す。その瞬間、藍蘭は血相を変えて叫んだ。

 「ぬわんだってーっ! それを先に言わんか!」

 藍蘭は急いでパソコンを動かし、ログアウトボタンを押す。ウェーブリーダーをつけっぱなしにしていた藍蘭と田中丸は即座にログインした。


 DPO ギアテイクメカニクル ケミカルファクトリー


 「あんた凄い指示ね」

 夏恋は工場が並ぶ町を走りながら、真夏に言った。この町は汚水を垂れ流しにする工場が乱立し、クインの作業所も町の郊外にある。

 夏恋、冬香、真夏の三人は、スカーレットを援護するために戦闘が行われている、一際大きな工場へ向かっていた。

 「父が寝る前に帝王学の本を読んでくれたんです」

 「そりゃあいい睡眠導入ね……」

 真夏は得意顔で言うのだが、夏恋と冬香は完全に呆れ顔だった。とにかく、先程の神懸かった真夏の指示は父親である凍空寒気の英才教育によるものだった。

 「まずは人間の特性を把握せよ、ですね」

 真夏は一人で話を完結し、空を見た。上空では赤い影と黄色い影がぶつかり、火花を散らしていた。

 「あれじゃ援護できないよ?」

 「バトラーを待ちます」

 援護が出来ず、途方に暮れる冬香。真夏はバトラーを待つことにした。バトラーは飛行手段を持っているのだろう。

 「見て! 汚水から!」

 夏恋が道端にある、汚水が流れる川を見て声を上げる。コンクリートで左右を固められた汚い川。そこから、花の生えたエネミーが出現する。

 「ダイバーミサイル!」

 真夏がエネミーの名前を叫ぶ。スクリューが着いた、四連装ランチャーである。水中を移動するマシナリー。顔を水面から出して、標準を夏恋に合わせる。

 「撃ってきた!」

 ランチャーが全て発射される。夏恋が戸惑っていると、真夏が踊り出る。手にしているのは、純白の金属バット。

 「【バスターホームラン】!」

 バットに赤く発光し、ランチャーにスコープのマークが着く。真夏は振りかぶり、四発撃たれたランチャーを次々に打つ。快音を鳴らして飛ばされたランチャーはそのまま、ダイバーミサイルに返る。

 ダイバーミサイルはランチャーの直撃を受けて爆発する。他に沈んでいたダイバーミサイルも巻き添えで破壊される。

 「バットが武器なのね」

 「『ヴァージンストライク』。エレファントドラゴンの牙から製造」

 夏恋は真夏のバットをよく見る。象牙の様な素材のバットで、柄には薔薇の飾りが彫られている。これが真夏の武器、ヴァージンストライク。

 「あそこにショットタレットが!」

 冬香が角から現れた灰色の、二足歩行のマシナリーが現れた。巨大な銃身に足が生えたショットタレットだ。散弾を発射する。花が生えており、朱色の妹の配下であることがわかる。

 「【フレイムボール】!」

 真夏は炎の玉をを手から出し、それをバットで打つ。ショットタレットは爆発した。

 「真夏お嬢様!」

 その爆発の中から、バトラーのアバターが現れる。何か焦ってる様だ。

 「バトラー?」

 「すいませんお嬢様。あれは止めれませんね」

 バトラーは赤い翼を広げていた。一度、上空で戦っている二人の間に入ろうとしたバトラーだが、激しくて入れなかったらしい。

 「どうする?」

 「藍蘭さんの到着を待ちます」

 夏恋からの問いに、バトラーはあっけらかんと答える。完全に諦めていた。

 「止める必要ないんじゃない? 倒せば」

 冬香がいきなり言った。確かに、目的は朱色の妹を倒すことだ。だが、バトラーは首を横に振る。

 「現在、朱色の妹とスカーレットはデュエル中です。ですから、割り込めないのです」

 円卓の騎士団が暴れていた頃は、チートへの対抗策としてデュエルへの乱入が許されていた。しかし、円卓の騎士団が壊滅した今、それはできない。

 「追いついたよ!」

 一同が困っていると、藍蘭がやって来た。どうやら間に合った様だ。

 「まさかスカーレットが藍蘭を待たずに戦いを始めるなんて……」

 「スカーレット……」

 夏恋と藍蘭が上を見上げる。黄色い影が赤い影から離れる。どうやら逃走したみたいだ。赤い影はそれを追う。

 赤い影はスカーレット。藍蘭はスカーレットを止めようとする。

 「待って、スカーレット!」

 それでもスカーレットは止まらない。バトラーは少し考え、藍蘭に言ってみる。

 「スカーレットさんは、藍蘭さんが巻き込まれて負傷したことに負い目を感じてるのでしょう。だから、藍蘭さんを戦いに混ぜない」

 「そんな……!」

 ショックを受けた藍蘭に、バトラーは近寄る。彼は藍蘭の肩に手を起き、ゆっくり諭す様に語った。

 「パートナーだからこそ巻き込みたくない。藍蘭さん、スカーレットさんを信用してあげて下さい。スカーレットさんが強いことは、貴女が1番よく知っている」

 「でも、こんなの……」

 藍蘭はバトラーの言葉を受け入れられなかった。藍蘭はスカーレットとの距離が遠くなりそうで、怖くなっていた。

 次回予告

 私はスカーレット。藍蘭を傷付けたあいつを許さない。でも今、1番怪しいのはバトラーっていう執事。とにかく、バトラーの正体はハッキリさせたい。

 次回、ドラゴンプラネット。『バトラーの仮面』。その仮面、剥がせてもらう!


 ドラペディア

 『バトラー』

 藍蘭「バトラーは凍空財閥の令嬢、凍空真夏に仕える執事なの。正体は解らなくて怪しい奴だけど、後継者争いの混乱から真夏を救ったり、執事としては凄いらしいんだ。真夏も全幅の信頼を置いていて、料理も得意らしいの」

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