番外 ロンドンオリンピックへ(後編)
前回のあらすじ
オリンピックに出場する先輩達の為に、餞別を送ろうとした長篠メンバー。
佐原の活躍で餞別は手に入れたが、出発が早まってしまい、このままでは渡せない。
遊人とエディは間に合うのか?
中部国際空港 滑走路
「間に合わなかった!」
遊人とエディは滑走路に立ち尽くしていた。すでに選手達を乗せた飛行機は離陸した後だった。
だが、今度はテレビで見覚えのある機体が滑走路に進入する。両方の翼が可動式のプロペラになっている、非常に珍しいシルエットを持っている。
「あれは……!」
「オスプレイ!」
遊人とエディはその機体、オスプレイを見て驚いた。オスプレイは沖縄に配備されたばかりのはずで、愛知県には無いはずだからだ。
二人の後ろに、リディアが追いつく。リディアはバイクで空港まで来たので、ライダースーツのままだ。そして、オスプレイを見上げた。
「そういえば最近、世界大会とかで陸上選手を狙ったテロが多発してるらしいね」
「それで離陸の時間が……」
リディアの言葉に遊人が納得する。テロ対策なら仕方ない。長篠高校出身の選手は陸上競技の代表であるから尚更気を配って欲しいのも遊人の本音だ。
「急ぎだろ? 乗れよ!」
オスプレイから降りてきた人物が三人に呼び掛ける。川中島高校の制服を着ているこの男は、山田田中丸。茶髪でピアスや指輪などのシルバーアクセを大量に付けている。
田中丸とリアルで出会うのは始めての遊人だが、彼がかなり鍛えられていることはインフィニティ能力由来の観察眼が見抜いていた。実際、雅を抱えてテレビ局を疾走したこともある。
「乗る!」
エディを筆頭に、三人がオスプレイに乗り込む。さすがに座席には乗れないから、貨物室に乗ったが。リディアはバイクも一緒に乗せた。
オスプレイは浮上し、そのまま発進した。爆音もヘリコプターと同じくらいで、特別うるさいわけではない。
「しかしこれに乗るとはな……」
離陸したオスプレイの貨物室で遊人が呟く。オスプレイはマスコミが墜ちる墜ちると騒ぐ代物。遊人としてはそんなに墜ちる機体ではないことを知ってるので安心できる。
むしろ旧式ヘリコプターの方が墜ちる。ニュースでオスプレイが墜ちるシーンがよく流れるが、あれは開発中の映像だ。開発中すら墜ちるな、とはあまりに酷だ。
オスプレイは空中給油を受けながら、ロンドンまで飛ぶ。
「こいつは親父が米軍から借りてるやつだ。親父は自衛隊の教官なんだ」
田中丸が貨物室に入ってくる。彼の父親は教官の山田佐藤之介。このオスプレイも彼が操縦する。
「そうなのか」
遊人は軽く流した。今はこんな野郎より、再会したエディと話したい。
「それで、エディ。戻って来れるもんなんだな」
「あ、戻って来れるのは番外の日だけだから、ちゃんと新しい彼女は作ってね」
遊人はエディが帰って来れるならいいや、と考えていたが、エディはやはりというべきか、遊人が自分に縛られるのを良しとしない。
「えー、だって俺の周りにまともな奴いないじゃん」
遊人は自分の周りにいる女子を思い浮かべる。美少女だが毒舌な夏恋、こちらも美少女だがなんかイロイロヤバい佐奈、ほぼ化け物の煉那。まともなのは涼子と理架くらいか。
そんな他愛のない話をしていると、あっという間にロンドンへ着いた。オリンピック会場近くの駐車場にオスプレイは着陸した。
さすがに機体構造がアレなだけに、離着陸は揺れる。だが、オスプレイは落ちずに着陸出来た。開発時とは違うらしい。
遊人、エディ、リディアの三人はオスプレイから降り立ち、選手村へ駆ける。ロンドンは愛知県より緯度が高いせいか、少し涼しく感じる。
その途中、リディアが擦れ違った人達の会話を聞いて立ち止まる。リディアの様子を見た遊人とエディも止まった。
「なんだ?」
「どうしたの?」
「ゴメン、先に行ってて!」
リディアは選手村と真逆の方向へ走った。オスプレイへ戻り、積んであったバイクに乗る。そして、先程擦れ違った人達を探しに行く。ヘルメットは被らず、視界を確保した。
「あいつら……」
リディアは擦れ違った人達が話していたことを聞いていた。その内容が本当なら、大変なことになるからリディアは慌てた。
『お楽しみの殺戮タイムは陸上競技まで待て』
そして、その人達からは火薬の臭いがした。リディアの経験上、こういう臭いがする奴らは決まって過激派なのだ。
陸上競技というのは、長篠高校出身の代表選手が出場する競技だ。リディアとしては余計に避けたいところだ。
大きな鉄橋を渡り、別のエリアへ行く。ロンドンの町をリディアは疾走する。日本とは赴きの違う町をしばらく走ると、リディアは目を見開いた。
「いた!」
リディアはさっき擦れ違った人を見つけた。改めて確認すると、ガラの悪そうな男達だ。人数は三人。
「アジトは……」
リディアは路上駐車したバイクを降りて、こっそり男達を追い掛ける。あまりコソコソすると怪しまれるので、あくまで偶然同じ道を歩いてるようにする。
たまに道端で買い物しながら、リディアは順調に男達を追って行く。八百屋で買った林檎をかじりながら、男達が建物に入ったところを見送る。
「さて……どこから入るかな」
リディアは建物を見渡して侵入ルートを考える。ちょっと都心から離れた、廃工場だ。両隣に建物があるので、横からの侵入は不可能。灰色の立方体で、シンプルな造りなので侵入が難しい。正面に大きなシャッターと小さな扉がある以外は、目立った侵入ルートはない。
だがリディアは侵入ルートを探すのに集中していたため、後ろに迫る影に気付かなかった。
「ひうっ!」
リディアの体に激痛が走る。体から力が抜け、リディアは地面に倒れた。彼女の後ろには、スタンガンを持った男がいた。
「う……ああっ……!」
リディアは体が痺れて動けなくなっていた。無抵抗な彼女を男は建物の中へ足を掴んで引きずりながら運ぶ。リディアは廃工場の床に叩き付けられる。
「ああっ!」
「ボス、怪しい奴が!」
「なんだコイツは?」
廃工場の中には四人ほど男達がいた。リディアを運んだ男を含めると五人だ。ロンドンなので、もちろん英語……ではなかった。
何故か彼らは日本語を喋っていた。漫画とかではよくあることなので、リディアは考えるのをやめた。
「お前ら、まさかウッカリ外で話したんじゃないだろうな!」
「「「ギクッ!」」」
ボスらしき太った男に責められ、先程の男達三人が顔を反らす。だが、ボスは三人をそれ以上責めなかった。
ボスは倒れているリディアに近寄る。
「コイツはなかなか上玉じゃねぇか。今回はこれに免じて許してやる」
ボスは起き上がりかけたリディアの顎に手を当て、顔を上げる。リディアの顔はボスの髭面に近寄る。息は酒臭い。
同時に髪を結っていたゴムをちぎった。リディアの綺麗な金髪が太陽の香りを振り撒きながら解かれる。
リディアはボスを睨むもボスは一向に気にせず、リディアを拘束した。
「ううっ、くっ!」
リディアは鎖の付いた首をはめられた。彼女としては「そこはロープだろ」とか「特殊な性癖あるだろ絶対」とか言いたかったが、そんな余裕はなかった。
ボスがリディアの着るライダースーツのジッパーに手をかけ始めたからだ。無理矢理立ち上がらされたリディアは壁に背中を押し付けられて、逃げ場が無い。
(隙を作れるか?)
「あっ……やめ、そこは……っ!」
リディアは相手の出方を伺うため、少し縋る様な声を漏らす。体をよじって抵抗すると、きつめのライダースーツからギチギチと男が聞こえる。リディアは演技で幾多の死線を乗り越えた猛者である。
「いくら叫んでも助けは来ないぜ!」
ボスがお決まりの台詞を言う。部下達はボスとリディアの様子を遠巻きに見ているだけだ。
ライダースーツのジッパーが限界まで下ろされ、リディアの胸元から腹部が晒される。白い肌は汗で光っている。
リディアは少しボスの方へしな垂れかかる。
「ああっ……、はあっ、はあっ……。あっ、あの、一つ聞いてもいい?」
「ああ、いいぞ」
リディアはボスの耳元で甘く囁いた。その甘えたねだる様な声にボスも油断して、つい喋ってしまう。
「なんで、陸上競技を狙うの?」
顔を上げ、上目遣いになったリディアに聞かれたボス。少し興奮気味だ。モテないなコイツ。絶対モテないだろコイツ。
「それはな、俺が走るの苦手なんだよ!」
リディアはボスの叫びに納得した。確かにその体型では、走るのが苦手でも仕方ない。ボスは胴長短足で、太っている。
「昔から足が早い奴に馬鹿にされてきた! だから復讐するんだ!」
ボスはリディアのか細い両肩を掴むと、力を込めて言った。ボスの力が強く、リディアは顔を歪めた。ここは演技ではない。
「っ……! 痛っ!」
「その前に、我々の計画を聞いてしまった子猫ちゃんにお仕置きだ!」
リディアは無理矢理ボスの手を離れると、距離を取る。だが、それでも相手に自分を弱々しく見せる演技は忘れない。体を抱き、怯えた様な表情でボスを見詰める。鎖は胸の間に挟まり、妙に官能的な空気を放つ。
「これだ!」
「あうっ!」
ボスは床に垂れた鎖を思いっ切り引っ張る。リディアは首に繋がった鎖に引っ張られ、凄まじい勢いで地面に叩き付けられた。勢いが強く、しばらくリディアは息が出来なかった。
「かはっ、けほっ、けほっ……はあっ、はあっ……」
なんとか立ち上がったリディアだが、未だチャンスは掴めない。ジリジリとボスと壁に挟まれる。
「いやっ……来ないでっ!」
リディアは壁に縋り付き、ボスに背中を見せる。完全にピンチだ。だが、リディアの耳にある音が聞こえた。
「サイレン?」
リディアは演技を忘れて、サイレンの音を聞いた。そういえばイギリスは監視カメラ大国。リディアがスタンガンを当てられて連行された様子を警察が見て、パトカーでやって来たのだろう。
「ていうか……遊人とエディに田中丸は?」
本来なら別行動のキャラが助けに来るべき展開だが、まさかの現地警察任せ。リディアは困惑気味だった。
一方その頃、遊人とエディはとうと……。
「イギリスの食い物も悪くないな」
「でしょ?」
公園のベンチに座ってホットドックを食べていた。イギリスはエディの故郷、二人は餞別を代表選手に渡す用事を終えると観光に出かけたのだ。
ホットドックを食べ終わると、エディが遊人の顔を見た。
「あ、ケチャップ付いてるよ」
「え?」
エディに指摘された遊人は頬に付いたケチャップを拭き取ろうとしたが、それより先にエディがケチャップを舐めた。
「ん……、おいしい」
「ちょっ……」
満足そうなエディに、少し恥ずかしそうな遊人。なかなか甘酸っぱいカップルである。片方は死んでて天使になってるけれども。
そんな二人はリディアが大変な目に会ってるとは微塵も思わず、ロンドン市民が近寄り難いラブラブオーラを発してイチャイチャしていた。
完結編へ続く!