31.元円卓の騎士団
アイドル名鑑
河岸瑠璃
言わずと知れたサイバーガールズのリーダー。最近はトレーニングに励み、ロケ以外ではテレビ局の外に出なくなった。
前は仲間と遊びに行ったりしていたが、それすらしなくなったらしい。
凍空プリンスホテル リディアの部屋
リディアは仰向けになり、ベットに寝ていた。カーテンの隙間から入る朝日が眩しく、少し目を細める。雀の鳴き声さえ聞こえてきた。
爽やかな朝だが、リディアの状態は爽やかとは真逆だ。寝かされたリディアは、紺色に蝶の柄が艶やかな浴衣を掛け布団の代わりにしていた。
着て寝ているのではない。脱いで掛けているのだ。帯はベットの上に落ちていた。髪も解いてある。
「ん……大成功っ」
リディアは満足げな笑みを浮かべ、両手で浴衣を胸元に抑える。素足を絡めると、浴衣がもぞりと動く。濃い色の浴衣は、リディアの肌の白さを際立たせていた。
リディアは藍蘭と佐原を病院に送った後、宵越弐刈との『既成事実』作りに奔走した。浴衣を着て、しな垂れかかったら簡単に弐刈は引っ掛かった。
しかも間抜けも大間抜け。弐刈自ら『既成事実』を作った際のやり取りから、その最中のリディアの声までICレコーダーに収めたのだ。これにより、リディアは自分で物的証拠を作る手間がある程度省けた。
向こうが「録音しよう」なんて言えば、こちらも堂々と録音出来る。弐刈のICレコーダーとリディアのICレコーダー、この二つに証拠が残ってしまった。普段、リディアは『既成事実』作りの最中、こっそり録音するだけなのだが、今回は堂々と録音出来たため、より音声が鮮明だ。
「間抜けってレベルじゃないわよ」
リディアは手の平に収まるレコーダーを、胸元へ忍ばせるように弄ぶ。リディアは基本的に衣服のポケットを信用しないので、大事なものは漫画の女性スパイみたいにこういう場所に隠す習性がある。
リディアは浴衣を適当に羽織り、ベットから起き上がる。まず心配なのは、昨日刺された藍蘭のことだ。ついでに佐原も。リディアは佐原のことになると、ファーストコンタクトの気まずさもあってか素直になれない。
「大丈夫かな、藍蘭……。ついでに佐原」
実は佐原、あの後もう一発『佐原砲☆』を撃つ必要が出て、撃った。二発目も☆は、どうやって発音したのか付いていた。『砲』に明るいイントネーションを置くのがポイントだと、ズタズタになった佐原は語った。
リディアはそのまま、バスルームに向かった。脱衣所でスルリと浴衣を脱ぎ、シャワーを浴びようと曇りガラスの扉を開ける。浴衣は脱ぎっぱなしで放置。まさかあの着物専門店の店員も、こんな無造作に浴衣を使うとは思うまい。
先に起きて、仕事に行った弐刈が使ったのか、湯舟にお湯が満たされていた。
バスルームは広く、一人で使うには物寂しい。軽く学校の教室一個分はある。半分を湯舟が占めていた。湯舟には弐刈の趣味か、花が浮かんでいた。
リディアは予定を変更して湯舟に浸かる。今はゆったりしたい気分だ。
二発目を撃った理由は、宵越テレビがあの騒動を隠すために救急車の進行を妨害したためだ。
藍蘭の出血が激しく、急を要した。だが、宵越の妨害は激しかった。佐原の奮闘が無ければ、藍蘭の命は無かった。
「あいつ、何必死になってんだか」
しかし、それと引き換えに佐原はさらなる傷を負った。数日前に会っただけの、よく知らない中学生のために佐原は命を賭けたのだ。
湯舟のお湯を肩にかけながら、リディアは考えた。佐原は何故、あれほど必死になったのだろうか、と。
熱地大学病院
この熱地大学病院は、日本最高の病院と称される。
整った設備、凄腕の医師達、ここで救えない命は無いといわれる。
だが、そんな熱地大学病院が高い評価を得始めたのは、熱地学院大学が表五家の機能を失った時からだ。それまで熱地大学病院は、不祥事を起こした政治家の逃げ場としてしか機能せず、死にかけた急患より盲腸になった要人の手術を優先させるほど、腐敗した病院だった。
熱地の手から離れた瞬間、憑き物が落ちた様にいい病院となった。それは熱地に支配されて患者もまともに救えなかった医師達の鬱憤が爆発した結果だろう。
そして、とある病室にもそんな医師から処置を受けた患者がいた。
「夢オチ?」
病室のベットで目を開けたのは、藍蘭だった。愛用の猫の足跡が柄になったパジャマを着て、これまた愛用のアイスバーの抱き枕を抱いていた。
彼女は奇妙な夢を見ていたのか、少し混乱気味だ。
藍蘭自身は別に枕が代わっても寝れるタイプだが、愛用の品々がある方が落ち着くに決まっている。藍蘭に誰かが配慮したのだろう。
「あれ? ブラックモンブランの抱き枕? 道理で目覚めがいいわけだ」
藍蘭は現状を確認しつつ、病室を見渡した。ちなみにブラックモンブランとは、九州で発売されてるアイスのことだ。バータイプのアイスで、チョコレートとサクサクしたものにバニラアイスがコーティングされている。
さすがに個室ではない。隣のベットに見知った人物が眠っているのを藍蘭は見つけた。
「あ、佐原さんだ。風邪引いたのかな?」
佐原凪だった。彼女は藍蘭を助けようとして傷を負ったのに、当の本人は気づいてない。佐原自身も、藍蘭に責任を感じてほしくないのか、周りにこの事を口止めしている。
「あれ? 私何してたんだっけ?」
そこまで考えると、自分のベットに誰かが寄り掛かって寝ているのに藍蘭は気づいた。
「スカーレット?」
「むにゃ……藍蘭?」
ベットに寄り掛かって眠っていたスカーレットは、藍蘭の声で目覚める。藍蘭の姿を見たスカーレットは、泣きそうな表情をして藍蘭に抱き着いた。
「ちょ、スカーレット?」
「よかった……! 本当に……!」
スカーレットは声を震わせていた。その声は次第に啜り泣きへ変わる。そこまで行っても、藍蘭は自身の身に何が起きたかわかっていない。
「どうやら起きたようだね」
そこへ一人の白衣を着た、高校生くらいの少年がやって来る。藍蘭はその空気に覚えがあった。
「あれ? バトラーが白髪染めて気を抜いたのかな?」
「?」
「地味に出で立ちがバトラーに似てる……」
少年は困惑していたが、藍蘭はバトラーの面影を少年に感じていた。ただ、バトラーほどしっかりした芯の様なものは感じないが。
「僕は松永順。君に用があってね」
順と名乗る少年は、藍蘭の右腕を取った。その右腕には、絆創膏が一枚張り付けられていた。
「君は輸血を受けたんだ。よりにもよって、インフィニティからね」
「インフィニティから輸血?」
藍蘭は怪訝そうに絆創膏を見つめた。インフィニティについて、藍蘭の知識は少ない。先輩の氷霧と、隣で寝ている佐原がインフィニティと呼ばれる人間であることしか知らない。
「インフィニティってのは、人間特有の情報化競争社会に対応して進化した人間のことだよ。君の先輩である氷霧を例に上げると、生身で携帯の通話やメールの内容を盗めるってのは、重要な連絡に携帯を使うビジネスシーンじゃ有利だからね」
藍蘭は順の説明が解らないらしく、終始首を傾げていた。藍蘭から離れたスカーレットは大体の意味を理解出来ていた。
「インフィニティの能力を決定するのは特殊な染色体、インフィニティ細胞。コイツは遺伝以外にも輸血や臓器移植でも伝染する厄介な細胞だ」
「へぇ……」
藍蘭は順がフリップを用意して説明したため、インフィニティ細胞については理解した。順は説明を続ける。
「このインフィニティ細胞が二つ揃い、結合するとインフィニティ能力が目覚め、インフィニティとなる。今君は、元々持ってたインフィニティ細胞に加え……」
「ちょっと待って! 元々持ってたって?」
藍蘭は説明を途中で止める。インフィニティ細胞なる物を、自分も持ってることを知らなかったのだ。そんな物を持ってると聞けば、驚くに決まっている。
「元々持ってたインフィニティ細胞に加え、スカーレットから輸血を受けたために彼女のインフィニティ細胞も手に入れたんだ」
「スカーレットも持ってたんだ」
「知らなかった」
スカーレット自身も、インフィニティ細胞を持っていることに気付かなかった。藍蘭が今、インフィニティ細胞を二つ手にしているのは、不慮の事故によるものだ。
「僕の研究所では、インフィニティ細胞を持つ者同士は自然に惹かれ合う性質を持つってことがわかってる。君とスカーレットの馴れ初めも聞きたいけど、代表的な例を見るとDPOで君が墨炎に対して挑戦状を送りつけた件かな?」
順は説明を続けていく。完全に藍蘭とスカーレットは置き去りだ。
「兄さんから聞いたけど、藍蘭達学園騎士と氷霧の惑星警衛士はそこまで対立してる騎士団じゃないんだ。それなのに、惑星警衛士のリーダー、氷霧の新たなパートナーである墨炎に興味を持った」
「あ、そういえばなんで興味出たんだっけ?」
藍蘭は理由を思い出そうと腕を組み、首を傾げる。だが、あまりハッキリした理由は浮かばない。
墨炎は直江遊人のアバターなので、インフィニティである。
「それがインフィニティ同士で惹かれ合う、ということ。墨炎はインフィニティで、君もインフィニティ細胞を持っていたからね。氷霧と墨炎がパートナーになったのも偶然出会ったことがきっかけで、深い理由は無いんだ」
藍蘭とスカーレットがなるほどと納得する。だが、自分達の出会いがインフィニティ細胞なるもので説明されるのも悲しいとスカーレットの方は思っていた。
藍蘭とスカーレットが出会ったのも、単なる偶然だ。たまたま戦闘フィールドで出会い、そのままペアを組んでみたのだ。
インフィニティ細胞を持つ者同士が惹かれ合った結果だ。
「とにかく、藍蘭はインフィニティとなる条件をクリアした。後は力が目覚めるのを待つだけだ」
順は話しをまとめる。話が終わるのを見計らったのか、病室に新たな客が訪れる。茶髪でシルバーアクセをジャラジャラ付けた男、山田田中丸だ。
「よう! 小難しい話は終わったか?」
「ああ、彼女達が理解してるかは別としてね」
田中丸が病室に入ると、一緒にある少女が入ってくる。車椅子に座り、全身に包帯を巻いた少女だ。ピンクのパジャマから覗く包帯は、非常に痛々しく藍蘭の目に映る。歳は藍蘭やスカーレットと同じくらいか。
「ハルートも来たのか。マルートは?」
順にハルートと呼ばれたその少女は黙っていた。
「なるほど、来てないか」
順はそれだけでハルートの言いたいことを理解する。何か合図みたいなものがあるのだろうか。
スカーレットが不意に、ハルートに近寄る。だが、ハルートは反射的に距離を取った。あまり人に触れられるのは嫌いらしい。
「それはさておいてだね。君に言いたいのは、インフィニティ能力に目覚めたらここに連絡してってことだけさ」
順は藍蘭に名刺を渡す。名刺には『インフィニティ対策室室長 松永順』と書かれていた。ご丁寧に電話番号やメールアドレスも。
「ではこれで。僕は少し仕事があるから、田中丸とハルートに遊んでもらいたまえ」
順はそう言って、病室を出た。
DPO クインの作業所
「出来たー!」
非常に物が散らかった作業所で歓声が上がる。町の修理工場といった出で立ちの小さな店舗に、土地の大半を占める作業所。
クインはその油臭い場所でボードの様な機械を制作していた。そのボードは、一見スケボーに見えるが板が厚く、後ろにはスラスターが付いている。
「スカーレットの要望によって制作したこの『クリムゾン01』! 期待通りの出来だ!」
紅いそのボードはクリムゾン01という代物で、飛行用のボードである。
このボードはスカーレットから依頼されて制作したものらしい。DPOにおいてはこうした乗り物を工作スキルで作ることも出来る。
「ステッカー貼っとこ」
クインはとりあえず、自分の工房を宣伝するステッカーをスラスター部分に貼付ける。完成した姿を見て、クインは満足げだ。
「何してるの?」
そこへ氷霧がひょっこり姿を現す。手には串に刺さった何やらクインも見たことの無い魚の塩焼きが握られ、それを氷霧はモグモグ食べてた。
さすがにクインはそれを美味しそうだなんて思えなかった。ありえない食材による下手物料理はDPO名物だ。
「それはこっちの台詞なんだけどなー」
クインが言いながらその魚をよく見ると、頭が三つある奇形の魚だった。ギアテイクメカニクルの河川は猛毒の工業排水が大量に流れ込み、しょっちゅうこんな奇形の魚が釣れる。だが、頭三つはレアだ。クインでもせいぜい頭二つのものしか見たこと無い。
「スカーレットの依頼で新装備を作ってたのよ」
とりあえずクインは氷霧の質問に答える。だが氷霧は、先程の質問を忘れて何かに見入っていた。
「ヒヨコ?」
底の浅い青いコンテナに入った、多数のヒヨコだった。これは氷霧が持って来たのだが、氷霧の手には小瓶の醤油が握られていた。彼女の表情からは喰う気以外感じられない。
「な、何を……氷霧待てっ!」
クインは後ろから抱きしめて全力で止めたが、氷霧はバターまで取り出し、食べる気だ。ヒヨコの醤油バター焼き。氷霧が食べる予定の料理を想像してクインは戦慄した。
「やめるんだ! 惑星警衛士は、こんな料理をしてはいけない!」
「食べる!」
バタバタ手足を動かして暴れる氷霧を懸命に抑えるクイン。そんな二人の様子を遠巻きに見ていた人影があった。
「何してるんだナンセンス」
バトラーだ。漆黒の鎧を纏った少女は暴れる二人の少女を深紅の瞳で見据えていた。
「コイツがヒヨコを食べようとするんだ!」
「仔牛の料理ならありますが、ヒヨコは……」
バトラーはヒヨコの料理を思い出そうと少し頭を捻る。凍空ほどの富豪なら、ヒヨコ料理くらい食べるのだろうか。
「ありませんね」
あっけらかんとバトラーは答えた。やはり、ヒヨコは食べないのだろうか。
「ヒヨコは可食部少ないですから」
「いや……そういう問題じゃなくてだな……」
可食部の少なさでヒヨコを食べないと言うバトラーだが、クイン的にはそういう問題ではないらしい。
「大きくなる前に食ったらダメだろ? 卵も取れないし」
「そういえばそうですね」
クインはそう言い放った。かわいいから食べたらダメというわけではないようだ。
「かわいいから食べるなって、そんなどこぞのシーシェパードみたいな理由、アタシが言うかい?」
「ですよねー」
クインはやれやれと首を振った。バトラーはヒヨコを撤収し、氷霧は先程の話でヒヨコが育つのを待つことにした。
「そうだ『久しぶり』にクエスト行きません?」
「いいけど、久しぶり?」
バトラーの提案にクインが乗る。氷霧も肯定したように頷く。だが、クインはバトラーの言葉に疑問を持つ。
「久しぶりって、お前始めてクエスト行くだろ?」
クインの言葉に、氷霧が何か納得したような表情になる。だが、途中で思考を放棄した。クインは難しいことを考えるのが苦手だ。
アトランティックオーシャン 海底古城
アトランティックオーシャンは水没した惑星である。故に、戦闘フィールドの大半が水の中だ。
「よーし。源氏の亡刀探し開始だー!」
藍蘭はスクール水着を着て、海に沈んだ城の前にいた。日本のお城だが、水中にあるので物凄くシュール。城下街ごと沈んでいる。
今回の藍蘭はただのスク水ではない。腰に刀を挿すためのベルトがある。三本の刀の内、一本を抜いて号令をかけた。足はしっかり地面に付いている。
その刀は、先日の戦闘で素材を揃えて作った『髭斬』だ。藍蘭がすでに所有していた『友切』を強化したのだ。
「で、俺達までいるのはどういうことだ?」
田中丸が疑問を投げかけた。こちらはキッチリ騎士の正装みたいな服装で、着衣泳になっている。服が水を吸って重くなり、沈み易い。レイピアまで帯びていたら当然だろう。鎧でないのが幸いだ。
なんでいるのか聞かれれば、順が仕事を終えるまでの暇潰しとしか言えない。
「……」
無言で漂うハルート。ハルートは以前藍蘭達と会った時とアバターのデザインを変えて調整していた。DPOはエステでアバターをカスタマイズ出来、ハルートは理想のアバターに作り変えた。
戦闘を意識したのか、身長は現実のものとは変わらない。あまり現実とアバターの身長に差があると、ログイン直後に立ちくらみや混乱が起きる。脳が身長差で戸惑うのだろう。
髪は銀髪。前に着ていた黒いゴスロリ衣装に合わせての選択だろう。長い髪をツインテールにしていた。
服装は水中だからか、黒と白でゴスロリチックなフリフリの水着である。セパレートの水着はハルートの細いボディラインをフワフワのゴスロリ衣装と違い、ハッキリ見せる。そんな水着に鉄爪を付けているので違和感しかない。
胸も現実より盛ってる、と藍蘭は感づいた。現実のハルートは包帯グルグル巻きだけれど、確実にペッタンコだ。
「……」
「無表情気味にドヤ顔っ……!」
ハルートが肩紐を掴み、胸元を強調して藍蘭へドヤ顔。胸のサイズは藍蘭より若干大きいのだ。藍蘭はアバターで勝っても仕方ないと思ったが、現実では包帯グルグル巻きのハルートにとってはこのアバターが本当の体なのだろうと推測して、黙っていた。
「インフィニティ細胞を二つ揃えたけど、あまり体に異変はないね」
「氷霧って子がインフィニティ能力の苦痛から逃れるためにDPOにログインし続けたくらいだし、DPOじゃ作用しないんじゃないか?」
藍蘭と田中丸はインフィニティ能力について検証した。藍蘭はあわよくば、インフィニティ能力を利用してDPOを有利に進めようとしていたのだ。怪我の功名、棚から牡丹餅といったやつである。
「墨炎はインフィニティ能力の観察を使って戦ってたよ? プレイヤー相手なら独特の癖を見抜いて戦いに活かせるけど、エネミーはパターンを覚えるしかないって」
ハルートが話に割って入る。ゲームだと、割と饒舌なハルート。
遊人のインフィニティ能力、観察眼は氷霧のものと違ってDPO内でも発動できる。だが、現実と違う点もある。
現実なら筋肉や骨格を観察して、隠し切れない行動の予兆を見つけ、相手の動きを予測できる。
例えばサッカーのPK。ゴールキーパー相手に右へフェイントをかけようとしても、必ず左へ蹴るという『本命の動作』をしなければゴールは決まらない。その『本命の動作』の予兆が、体に現れる。例えば、筋肉の動きなどだ。
だが、DPOのアバターはどちらかというとデザインがアニメ寄りのため、筋肉など細かい再現はされていない。
故に、DPOで遊人は人間が避けられない絶対的なものを観察できず、プレイヤー自身の微妙な癖を見抜くしかない。
「インフィニティだからって、ゲームに有利なわけじゃないのね」
藍蘭は事実を踏まえて呟いた。遊人の観察眼も、幼い頃にコツを愛花から習って鍛えた努力の賜物である部分が大きい。シャーペンの音で書いてる文字を判別とかのレベルでようやくインフィニティ能力のお世話になる。
「とにかく、もしかしたら使えるインフィニティ能力かもしれないから目覚めさせないとね。じゃあ行こう! レッツインフィニティ!」
藍蘭の掛け声で全員が城へ突入した。しかし、このチームには足りない物がある。スカーレットの存在だ。
藍蘭のパートナー、スカーレットは仕事があるらしく、帰ってしまったのだ。
突入したはいいが、城というのは構造が複雑だ。それに、お目当ての『源氏の亡刀』がどこにあるか解らない。当然の様に、城の中も水中だ。
「源氏シリーズはこういう、遺跡で見つかるのよ。亡刀の方はこの辺りで発見例がある」
「と、言ってもな……」
藍蘭の指示で近辺を捜索する田中丸とハルート。城にはいくつか物置があり、そこに隠されてる可能性が高いと藍蘭は見た。
ひとまず、藍蘭チームは手近な部屋に入った。6畳ほどの部屋で、押し入れがある。入口は一つだけで、後はたんすや床の間と壁だけ。
そこで彼らは押し入れなどの収納をひたすら探した。だが、何も見つからない。いや、逆に凄いものが見つかったというべきか。押し入れを開けたハルートが何かを見つけた。
「……!」
ハルートがビックリしたのは、豪華な飾りをしてある箱だった。大河ドラマを毎週見ている田中丸は、それが何かわかった。
「平家納経? 源氏の刀探してたはずだが……」
「源氏納経」
触れてるハルートの視界には、アイテムの名前が出ていた。源氏納経というアイテムだ。
「凄いよハルート! レアアイテムの源氏経典がたくさん詰まった箱じゃない!」
藍蘭はハルートを褒めて、頭を撫でた。ハルートはビックリして、藍蘭の手を振り払おうとしたが、藍蘭はなだれ込む様にハルートに抱き着いた。
抵抗しなくなったハルートに田中丸は驚いた。
「なっ! その手があったか!」
ハルートは過去に、あの包帯の傷を負った事件で、人間に対する恐怖を覚えた。治療にあたった順と幼なじみのマルート以外の人間を信用しなくなったのだ。
ハルートが田中丸に心を開くまで、しばらく時間がかかった。
ハルートは他人に触れられることを極度に嫌がる。DPOでも同じだ。だが、ここまで勢いで触られると抵抗出来なくて、触れた安心感から受け入れてしまうのだろう。
「いや、にしては無抵抗だな……」
だが、ハルートは異常に無抵抗だ。藍蘭が放つ安心感が特別強いのだろうか。ピクリともハルートは動かない。
「なんか来たー!」
女の子二人が水着で抱き合うという非常に百合百合しい光景に水を差しに来たのか、廊下から部屋の襖を破って半魚人達が襲来。それも数十人規模。
ちゃんと深海仕様の紫色をした半魚人がやってきたことに、田中丸は感心した。一応ここはそこそこ深い海底だ。
「俺がやるしかないか!」
藍蘭とハルートの二人はすでに別世界。田中丸しか戦えない。
「おらよ!」
田中丸は水中で技も出さずに、レイピアを駆使して半魚人を撃退していく。熟練者になると、技で発生するシステムアシストは逆に邪魔だ。田中丸は全国レベルのフェンサー。インターハイで優勝もした。
深海半魚人はみるみる数を削られていく。狭い部屋では一気に襲えないせいもあるのだが。
遂に深海半魚人は全滅。田中丸はレイピアを収めた。
「ふははのは! 遂に念願の源氏の亡刀を手に入れたぞ!」
全滅したと思ったら、今度は緑色の鱗をした半魚人が登場。手にした刀は、刃に血のシミがついている。
「源氏の亡刀!」
藍蘭がハルートを抱きしめたまま言う。緑色の鱗をした半魚人が手にしている刀は源氏の亡刀だ。
だが、田中丸には疑問が残る。そう、緑色の半魚人は淡水魚ではなかっただろうか。
「お前、淡水魚だよな?」
「しまった! 道理で激痛がするわけだ!」
田中丸に気づかされた半魚人は、突然苦しみ出した。でも刀は離さない。
藍蘭の胸に顔を押し当てられたままのハルートがさらなる疑問に辿り着く。そう、深海の水圧に耐えられるのは紫色をした深海半魚人だけではないだろうか。
「ねえ、水圧大丈夫?」
「確かにぎゃばあああっ!」
ハルートに気づかされた半魚人はたちまち破裂した。源氏の亡刀は床に落ちた。
こういう話がある。寒い地域に住む先住民達は、最初は服など着ていなかった。だが、ある日どこからか医者が来て彼らに言った。
『そんな格好では凍傷になるんだぜ』
それ以降、先住民は凍傷になる様になった。つまり、無知な奴は無敵だということだ。先程の淡水半魚人も事実を知ったから死んだのだ。
いや、事実を知っていればこんなところに来ることはなく、死なずに済んだだろう。無知は無敵だが、そんなものは一過性の物に過ぎない。
藍蘭はハルートを離し、源氏の亡刀を拾う。そして、それを掲げて高らかに宣言した。
「なんか釈然としないけど、源氏の亡刀ゲットだぜ!」
「ピッピカむぐむぐ……」
ハルートが何かを言いかけて、田中丸に口を抑えられた。これが電気鼠ではなく、夢の国のネズミだったなら相当ヤバかったと冷や汗を流す。
何はともあれ、ミッションコンプリート。
ギアテイクメカニクル クインの作業所
クインと氷霧はしばらく、バトラーとクエストに出掛けた。彼が仕える真夏のアバターも混じり、混乱極めるクエストだった。
結局バトラーと真夏は楽しむだけ楽しんで帰った。クインと氷霧も楽しかったからよいのだが。
二人が作業所に戻ると、二人の人が待っていた。レジーヌとスカーレットだ。二人はクインから新装備を受け取りに来たのだ。
スカーレットに仕事があるのは本当のことだが、休憩時間はなるべくDPOにログインしている。藍蘭が昨日スカーレットをDPOのプールに誘った理由でもあるが、事件の黒幕の性質上、DPOは安全地帯だからだ。今回は頼んだ新装備が完成したと聞いて、やってきたのだ。
全員が地下の極秘作業スペースに移動する。小さな店舗にあるエレベーターから、このスペースに行ける。ここだけやたらSFチックな場所だ。
まず、クインはレジーヌの新装備に取り掛かる。レジーヌは何もないスペースに立つ。
「レジーヌの既存モジュールは、Aの両手足に装着するミサイルユニット『ミニョエル』。あたしが作ったのは、Bの背中に装着するブースターユニット『エピオーギス』、Cのアーマーに追加するビットユニット『レギルーガ』」
クインはノートパソコンにデータを読み込み、レジーヌの装備を確認した。ミニョエルは円卓の騎士団と戦った時、エピオーギスは衛星兵器で、レギルーガはつい最近事件の黒幕との戦いで、それぞれ使用した。
「そして肩に装着するモジュールD、拘束鹵獲用アンカーランチャーユニット『ハウンドファング』!」
レジーヌの両肩に、黒い大きな機械が現れた。肩当てにしては巨大で、大きなフックまで付いている。
レジーヌが追加した装備は、基本的に機動戦士ガンダムシリーズのモビルスーツをモデルにしたものだ。今回のハウンドファングは、『ガンダムAGE2ダークハウンド』がモデルなのだが、氷霧とスカーレットはそれに気付かない。
「今まですべてのモジュールは互いに干渉しない! つまりフル装備が可能なのだ!」
クインが熱弁を奮ったところで、二人はまるでわからなかった。メカ好きな女子は貴重だ。
「さらに、モジュールC『レギルーガ』の戦闘データを解析して作ったモジュールC改『ティエルFX』!」
クインがパソコンを操作すると、レジーヌのアーマー部分にラグビーボールの様な形をしたパーツが付く。ビームを制御するのではなく、実体ビットを飛ばすつもりだ。
スカーレットはその様子を見て、呟いた。
「私の装備は?」
「あるよー」
正直、スカーレットはレジーヌの新装備ショーに飽きていた。クインはボードを持って来る。バトラーが来る直前に作り終えたクリムゾン01だ。
「もちろん、これだけじゃないけどね。まずはこれ」
クインが新装備を説明する。スカーレットは、その近未来極まる乗り物に息を呑んだ。
東京都 警視庁検死室
警視庁の広い検死室。癒野優はそこを自分の庭かの如く闊歩する。白衣がこれほど似合う女性もいないだろう。
「松永くん。あれの解析は?」
「結構進みました」
順は現在、彼女の元で検死の勉強中だ。仕事というのもこれ。熱地学院大学が解体されたため、身の振り方を考えているところなのだ。
それで順は、今は隅の机で何か紙切れの様なものを睨んでいる。
検死室の真ん中には、遺体が寝かされている。シートが被せられ、今は遺体の概要がわからない。これは藍蘭達が東京に着いた日、東京湾から発見された水死体だ。ドラム缶に入れられていた。
「腐敗してて誰かわからないわね。身分証明ができるものも無いし」
遺体は腐敗が激しく、流石の癒野も手こずった。唯一の手がかりは、順が調べてる紙切れ。これは遺体の胃から発見された。とっさに飲み込んだらしい。
どうやらクリーニングのタグみたいだ。だが、字が滲んでいる。
「これさえ解析できれば、個人を特定出来ますが……二つありますね」
順が解析しているタグは二つ。それぞれ別の文字が書かれている様に見えるが、二人に絞り込めるだけありがたい。
「あ、一つの文字がわかりましたよ」
順がタグに書かれた内、一つの文字を識別した。癒野に見せた紙には、漢字が一文字書いてある。
「『黄』?」
癒野はその漢字を、声に出して読んだ。黄が名前につく人が、そういえばアイドルグループにいた様な、そんな気が癒野はしていた。
次回予告
次回、遂に犯人特定か? そしてスカーレットの新装備とは? 謎が謎を呼ぶ総選挙編、クライマックスが始まる!
次回、ドラゴンプラネット。『冬香と真夏』
サイバーガールズメンバーリスト
河岸瑠璃 生存(第5位)
稲積あかり 生存(第6位)
木島ユナ 生存(第2位)
黄原彩菜 生存(第3位)
緑屋翠 生存(第7位)
赤野鞠子 生存(第1位)
紫野縁 死亡:溺死
上杉冬香 生存(第8位)
桜木小春 死亡:感電死
秋庭椛 死亡:転落死
夏目波 死亡:割腹
泉屋宮 死亡:焼死