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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第二部
70/123

潜伏三日目

 7月27日。サイバーガールズ総選挙まであと5日。晴天。今日の服装、スーツ。

 東京都 ショッピングモール


 「こっちの方がいいよね」

 私は佐奈と買い物に来ていた。佐奈は店を見渡して、私に言った。

 「ここ……、着物屋さん……」

 「そう。リサーチによると、社長は着物が好みだからね」

 私が佐奈といたのは着物専門店。私は今、浴衣の棚で紺色で朝顔柄の浴衣を見ていたところだ。雅に着付け習ったしね。

 事情を聞いた佐奈は目を輝かせて言った。何かいいことでも聞いたのだろうか。

 「そ、それは……! 合意の上でゆっくり肩から脱がせるのですか? それとも、無理矢理胸元から……」

 「話が飛び過ぎだけど……、間違ってないわ」

 浴衣一つでよくもまあここまで話を飛躍させられたものだ。合ってるんだけど。残念ながら合ってるんだけどね。

 「リディアさんって宵越社長の秘書なんですよね? 秘書ってやっぱり夜のスケジュールも……」

 「さすが『倦怠期無き夫婦』著者、藤井奈々の娘ね。感嘆しちゃう」

 私が迂闊なことを言ってしまったため、佐奈は止まらなくなった。めっちゃ嬉々として聞いてきてる。ダメだコイツ、早くなんとかしないと。

 とりあえず、浴衣の話に戻そう。

 「で、どっちが似合うって話だけど……」

 「うーん。暗い色の方が脱いだ時に白い肌が目立ってエ……いや色っぽいですね」

 真剣に考えた割には結局脱ぐこと前提なのね。まあ、私だから仕方ない。とりあえず、この柄にしよう。紺色で蝶の柄。

 「髪は事前に結っておいて、脱いだ時に解いたらいいんじゃないですか?」

 「そうね」

 佐奈ってなんだか不思議。絶対記憶があるって話だけど……、その頭に何が詰まっているのか考えたくない。両親はあの佐上大臣の奈々だ。コイツにどんな悪影響を及ぼしたかは想像に難くない。

 倦怠期が無いってつまりは、そういうことだもんね。

 レジへ浴衣を持って行き、買い物を終えた私と佐奈は、宵越テレビへ戻ることにした。帰る途中、電車で佐奈にこんなことを聞かれた。

 「なんでマックで、バトラーさんを見たら隠れたんですか?」

 私と佐奈は座席に座っていた。人が多いものの、ノウハウがあれば座れる。佐奈はマックで、私がバトラーを見て隠れた理由を聞いた。

 私はバトラーの目を思い出し、避けた理由を思い出す。

 「あいつの目……。何か全部見透かされそうな気がしてね」

 「バトラーさんなら仕方ないですね」

 バトラーという仮面執事の瞳は、私の全てを見透かしそうで怖かった。着飾って隠した、過去の記憶や心さえも。

 「心……か。私は心って、あるのかな? クローンだし」

 私は胸に手を当て、考えた。心臓の鼓動を感じはするが、これは心じゃない。クローンに心はあるのだろうか。あったとしても、それは私の心なのかわからない。

 「バトラーさんもクローンですから、同じですよ」

 「あいつもクローンなのか。私といい遊人といい、多いなクローン。人権団体は何してんだか」

 私が遊人の名前を出すと、少し佐奈の動きが止まる。すぐに納得した様な表情になったが。

 一応聞いてみるか。

 「どうしたの?」

 「リディアさん、気付いてないんだ」

 「?」

 よく意味がわからないので佐奈の言葉はスルー。まさかバトラーの正体が直江遊人ということもあるまいし。

 そんなこんなで電車は目的の駅に到着。歩くとすぐ、宵越テレビ本社に着く。外は暑いからか、本社ロビーに入った佐奈は少しグッタリしていた。

 ロビーはエアコン効いてるから大丈夫だろうね。節電が叫ばれる昨今、宵越テレビのみならず表五家関連施設は節電に取り組んでなどいない。エアコンはガンガンに効いてる。

 電力会社まで表五家が掌握したわけではないが、政府やマスコミの繋がりから電力会社は表五家に従わざるをえない。家庭用や業務用と比べものにならないくらい安い料金で電力会社は表五家関連施設に電力を供給している。

 下手に逆らえば、テレビでデマを流されたり電力市場の独占的営業が出来なくなる危険があるからだ。五つの部門しか抑えてない癖に、厄介だ。

 私と佐奈はロビーに置かれたソファーの一つで休んでいた。ここは待ち合わせや休憩に使われる。三人掛けのソファーだが、まだ誰も座ってないね。私が真ん中、佐奈は左端に座った。

 「あんたが犯人なんでしょ! 縁や椛を殺した!」

 休んでいたら声が聞こえた。この声、聞き覚えがあるな。サイバーガールズ、メンバーか。

 私が声がした方を見ると、赤野鞠子と夏目波がいた。総選挙1位の赤野はお馴染みだが、夏目は雑誌のグラビアくらいしか仕事を知らない。

 夏目波。ビーチが似合いそうな小麦色の肌をした、所謂健康美人。メインの仕事は雑誌のグラビア。人気は高く、総選挙では15位だったか。

 というか、夏目はナイフ持ってないか? 拳銃と違って巻き込まれさえしなきゃ大丈夫だけど……。

 「どこに根拠が?」

 「あんたが1位だからよ! 他の奴に上がってきてほしくないから襲ったんだ!」

 赤野は冷静だが、夏目はすでに正気を失っている。グループ内であれだけ人が死ねば当然か。

 「それに……宮が死んだなんて聞いてないよ! あの影武者は何? あんたの知り合いなんでしょ? 話してるの聞いたよ!」

 「ここでそれはマズイ……!」

 夏目が大声で機密事項を明かす。サイバーガールズのメンバーは殺された泉屋宮の代理を三好雅が勤めることを知らされていたが、一般人は泉屋宮が死んだことすら知らないのだ。

 宵越がマスコミをまとめる記者クラブで、泉屋宮の死を隠蔽する様に仕向けたからだ。こうして夏目がウッカリ流出しても、一般人がツイッターでこの状況を実況しない限り、報道されなければ一般人に知らされない。筈だ。

 だが、私の隣で携帯のボタン音がカチカチとするのだが……?

 「えーっと、スカーレットが夏目波に襲撃されたなう……と。夏目は泉屋が殺されてそれを隠蔽云々とわけの解らないことを言っており、動機は不明……と」

 「ぎにゃぁあああああっ!」

 右隣でポニーテールの中学生が携帯でツイッターをしていた。いつの間にコイツ私の隣に座ってた?

 完全に実況してもうてる。オワタ……宵越テレビオワタ……。死人の隠蔽がバレたら、宵越テレビはおしまいだ。私が潰したかったのに……。

 佐奈も携帯を見ていた。まさか……ツイッター?

 「ツイッターを確認……。佐原さんと佐竹くんが来るよ、クイン」

 「佐竹は部長と喧嘩して絶対来られないだろ。何とか気を引いて、佐原会長到着まで持ちこたえろ!」

 佐奈とクインと呼ばれた中学生が私を挟んで連携を発揮する。え? 知り合い?

 「ったく、DPOからログアウトして佐原会長の提案受けて早々、獲物が連れるとはな」

 「私達が身の回りの異変を常にツイートし続ければ、フォロワーになった皆がそれに気づく。もし私達が葬り去られても、すでに情報は世界中に配信されている……。佐原さんって頭いい!」

 佐奈はガッツリ『泉屋宮って人が死んだのを隠蔽していたことが発覚』ってツイートしてるし……。ほんの1ツイートじゃ注目されないだろうけど、これを起点に誰かが捜査したらバレる。一応、泉屋の死は警察が把握してるから、誰かに追求されたら発覚するだろうな。

 「佐原め……」

 「あ、夏目が迫ってる! 佐原さん早く!」

 私が佐原への呪詛を呟いていると、夏目がジリジリと赤野に迫っていた。これはマズイ……!

 「気を引こう!」

 クインがそう言って取り出したのは、マグナムリボルバーのモデルガン。S&W、M29か。

 クインがハンマーを上げ、引き金を引く。マグナムから大きな音がして、夏目と赤野がこちらを向く。モデルガンの火薬か。よし、気は引けた。

 「クイン!」

 「なるほど……あいつらも共犯か! 縁が死んだのも、あいつらが来てからだもんねぇ!」

 ダメだ。夏目は完全に狂ってる。これでは埒があかない。

 「私がナイフを奪う」

 「リディアさん?」

 佐奈は驚いていたが、いざという時のため、持てる力の一部を隠していたから当然だ。佐奈の中で私は『普通の秘書』になっているだろう。

 始めから手の内を晒す馬鹿はいない。私も鍛えた身体能力は隠している。ナイフを奪う方法も知っている。

 本来ならこういう場面でこそ力を隠して、逃走時に発揮することで相手を混乱させるのが定石だ。だが、今は人の命がかかっている。

 クローンの私と違って、生きる意味のある人間がこれ以上死ぬのは耐えられない。

 私が考え事をしていると、見知った影が夏目に接近していた。凄まじい速度なので驚いたが、佐原凪だ。すれ違う人間を残らず吹き飛ばしていた。風圧が凄い。

 「佐原砲☆」

 「☆って言うな! どうやって発音した!」

 佐原は夏目の背中にタックルをかました。夏目は10メートルほど吹き飛ばされ、ナイフを手放す。私はナイフを奪うために走った。

 「取った!」

 私はナイフを奪う。夏目は立ち上がったが、佐原は倒れたままだ。

 「佐原さん!」

 「いま佐原会長から鈍い音が!」

 佐奈とクインが駆け寄ると、佐原はタックルでぶつけた右肩を押さえていた。体のあちこちが切れて、血が出ていた。

 「いかんな……。肩が外れて全身の筋肉が細切れに寸断されたようだ。直江刑事の身体能力を借りたが、筋力までは再現できないよう……だ」

 佐原のインフィニティ能力は脳に働きかけるもの。頭はあの速度で走れると思っていても、体がついてこない。血痕がかなり遠くから続いてるってことは、あの速度を出してすぐに限界が来たのね。

 「スカーレット!」

 中学生がもう一人来た。赤野のことをスカーレットと呼んでいるが……。

 「藍蘭、もう大丈夫だから」

 赤野のが中学生に言った。なるほど、これがネットで噂の藍蘭とスカーレット。DPO最高のコンビ。とりあえず二人は互いの無事を喜んでいるみたいだ。

 あの佐原砲を喰らった夏目だが、フラリと立ち上がった。よく無事だったな。

 「これで!」

 夏目はなんと、二本目のナイフを取り出した。そして、一気に赤野との距離を詰める。

 突然のことに、私は反応出来なかった。だが、赤野の危機に反応した人間が一人だけいた。

 「危ない!」

 藍蘭だ。藍蘭はスカーレットを押しのけ、夏目の前に踊り出る。そして、ナイフが藍蘭の腹部に突き刺さった。

 「藍蘭!」

 スカーレットが叫ぶ。私は走り、夏目を突き飛ばす。その勢いでナイフを藍蘭から抜く。あまり刺さったままにしておくと、内臓を傷つける。

 「救急車を!」

 私は急いで、救急車を呼ばせる。クインが携帯で救急車を呼んでいた。

 「くっ……こうなったら!」

 まだ夏目は何かするつもりらしく、なんと三本目のナイフを取り出した。私はすぐに駆け寄り、夏目からナイフを奪おうとする。

 「ぐふっ……!」

 が、夏目は自らナイフを腹に突き立てる。

 「え?」

 私はさすがに足を止める。夏目はナイフをそのまま横に滑らせ、腹を斬った。

 傷口から溢れたのは血だけではない。ピンク色の紐が出ていた。内臓だ。

 「うげぇぇっ! げほっ、ぐっ!」

 夏目はそれを掻き出し、俯せに倒れた。壮絶な最後だった。ビチャリ、という生々しい音と共に、辺りには血液と小腸大腸が撒き散らされた。

 とても自殺だと信じられない、とても苦しそうな死に様だ。顔も苦痛に歪んでいる。私はしばらく立ち尽くした。

 人が死ぬ瞬間なら私も見てきた。数えるのも嫌になるほど、熱地の研究所で製造に失敗したクローンが人の形を保たない姿で死ぬところから、所謂腹上死ってやつも見た。

 そんな私だから宣言する。これは人の死なんかじゃない。人の死に様な筈が無い。認めたら、私はおかしくなりそうだ。

 「リディア……はあっ、死人より、ぐっ、負傷者……だ。藍蘭くんを……頼……む」

 佐原の声で私は我に帰る。佐原は息も絶え絶えで、喋ることすらままならない状況だ。そんな状態でも、佐原は自分より後輩が大事らしい。

 私が見てきた人間の中にも、自分より家族を大事にする奴はいたが……、佐原と藍蘭は先輩後輩であって、姉妹なんかじゃないぞ? 先輩後輩すら、藍蘭は他校だし。

 「お前はいいのか?」

 「私より……先に……」

 私は佐原の言葉に従い、藍蘭の処置に当たった。ホント、変わった奴だ。

 次回予告

 松永順だよ。久しぶりに出番だね。さて、せっかく藍蘭に輸血が必要だ。だが、インフィニティから輸血はさせられないよ。何が起こるか解らないからね。

 次回、ドラゴンプラネット。『元円卓の騎士団』。次回も見ないと、なんかマズイよ。


 サイバーガールズメンバーリスト


 河岸瑠璃 生存(第5位)

 稲積あかり 生存(第6位)

 木島ユナ 生存(第2位)

 黄原彩菜 生存(第3位)

 緑屋翠 生存(第7位)

 赤野鞠子 生存(第1位)

 紫野縁 死亡:溺死

 上杉冬香 生存(第8位)

 桜木小春 死亡:感電死

 秋庭椛 死亡:転落死

 夏目波 死亡:割腹

 泉屋宮 死亡:焼死


 応援団メンバー 緊急事態リスト

 藍蘭 負傷:重傷

 佐原凪 負傷:重傷

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