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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第一部
7/123

3.切り裂き魔

 長篠高校 1年11組 教室


 現在、2010年5月24日。

 この時代、凶悪犯罪はそうそうない。あるとしても生きてる間にニュースとしてそういう事件を聞くことがあるだけで、自分がその事件に巻き込まれるなんて、まず無い。

 しかし、そのまず無い事が俺の身に降り懸かったのだ。驚くことに……。それは、アバターの性別逆転以上の衝撃だった。

 「えー、非常に言いにくいことですが、昨日、うちのクラスの藤井が切り裂き魔に襲われた」

 朝のホームルーム。その時、教室が静まりかえった。水を打った様にとか表現される感じだった。

 「藤井って、藤井佐奈か?」

 「ああ、あのいつも本読んでる」

 「なんで?」

 「知らん」

 クラスメイトが不安に騒ぐ。ひとまず、この混乱をおさめるために俺は喋ることにした。級長として、いや、級長は別にいるのだが、一応なんか喋ろう。

 「おい野郎共、落ち着け。俺らが騒いでも意味ないだろ。ナンセンスだな」

 「騒がない方が変だろ!」

 「この白髪!」

 「真っ白廃人!」

 「なんで俺が廃人なんだ!」

 「真っ白に燃え尽きてんだろ!」

 「そっちの灰か!」

 余計に騒ぎが広がったが、不安とか暗い雰囲気を払拭できた。佐奈は噂では絶対記憶だったって話だし、犯人の姿見てりゃすぐ捕まえられるだろう。

 「先生、佐奈は無事ですか?」

 「怪我はしてるけど、一応面会もできる」

 夏恋が佐奈の安否を気にかける。副級長だからか、それとも単純に友達だからか。なんとなく佐奈を引きずり出してつるんでるよな、夏恋って。

 「よかった。みんな、帰りにお見舞い行こ?」

 夏恋が女子に声をかける。しかし、メインで色めきだったのは野郎だった。まあ、仕方ない。

 「野郎、黙れ!」

 俺は言ってやったが、野郎共は黙らない。夏恋以上にかわいいからな、あいつ。

 「はいはい、ペアになる美女のいない野獣は黙って」

 夏恋の毒舌が発揮される。もともと引っ込み思案な佐奈に、いきなりこの大人数は負担だ。事件の後だしな。精神的負担は避けたい。なんとか夏恋はそれを防いだ。お手柄だ、夏恋。

 「んじゃ、お見舞いは私と遊人と、涼子に煉那が行くから。渡したい物があったら私に預けて。男子のやつは一つ残らず捨てておくから」

 「夏恋の毒舌があらぶってる……。まるで深夜のテンションだな、徹夜した?」

 部活の合宿は基本徹夜でゲーム攻略なのだが、その時見せたテンションに夏恋のそれは似ていた。

 夏恋の毒舌がエンジン全開なのを確認しながら、俺は昨日、姉ちゃんが言っていたことを思い出していた。

 昨日は恐怖の性別逆転事故に見舞われ、いろいろ慌ただしかったが、姉ちゃんのこの言葉だけは覚えてる。

 『私が今追ってる切り裂き魔は、遊人の近くにいる』

 まさかと思ったが、姉ちゃんが犯人の見立てを誤ったことが無いのは、俺がよく知ってる。

 俺の近く、今でいうと、夏恋とかジョーカー部長? 煉那も涼子も怪しく見える。

 考えても仕方ない。犯人がわかったら、そん時はそん時だ。


   @


 その日の帰り。俺と夏恋は涼子と煉那を伴って市民病院に行った。

 「夏恋、毒舌全開だったねー」

 眼鏡をかけた涼子が夏恋の毒舌を評価した。評価することではないのだが。こいつは小町涼子。なんか良家のお嬢さんらしいけど、なんで長篠高校なんかにいるのかわからん。この辺ならピッタリな、それこそ近くの出島高校みたいな女子校がピッタリな感じがするのだが。

 「まったく、男子は……」

 短髪で快活そうな煉那が、でかいテニスバックを持ちながら呆れたように言った。夏恋の下りで野郎の騒ぎようを思い出したらしい。こいつは都煉那。運動神経抜群な奴だ。俺は50メートル走るのにも二回転びかけるほど運動神経がないわけだが、それとは比べものにならないくらい抜群だ。実際、中学校の頃はテニスで全国に行ったとか。

 「しかし……。なんで俺も……」

 「いいじゃん、いいじゃん」

 他の野郎が追い払われて、俺だけ連れてこられた理由がわからない。夏恋はいいとか言ってるが、涼子と煉那の視線が痛い。これなら冬の矢作川に沈んでいた方がマシだ。まさに、ミンチより酷いってわけだ。

 「お見舞いの品、持ってきたか?」

 痛い視線から逃れるために、話を逸らした。お見舞いといえば、何かいるだろう。例えば果物の籠なり暇つぶしの本なり。俺も入院の経験があるが、状況が状況だけにそんなもの貰ってないがな。渚がそう言っていたんだ。

 「そうだな……、その辺で買って行くか」

 煉那が提案したので、近くのデパートに入った。


 数十分後


 「いやしっかし凄いな」

 煉那がこの現状を見て言った。

 現状というのも、俺がクレーンゲーム500円分で大量のぬいぐるみやお菓子を獲得してるというものだが。というか、クレーンゲームは得意中の得意なんだ。

 「物理的に無理だろ、その量は」

 「台選びから戦いは始まっているのだよ煉那君」

 そう、すべての戦いは台選びから始まっている。景品の位置はいわば生き物のようなもの。一つとして同じ配置はありえない。だから、取りやすいパターンを研究する。さらに、台の中にはアームの握力を弱くしてある悪質な物もある。初見の台では、最初に数人がトライする様子を見てアームの握力が充分か計るのだ。さらに、取る景品の量も計算する。あまりに乱獲すると店が潰れるし、潰れないまでも店側がアームの握力を弱めるか景品のグレードを落としかねない。近場は手加減して、たまにしか行かない場所は本気で狩り尽くす。

 そんなロジックの元にクレーンゲームは成り立つ。ただ今回は事情が事情だけに近場とはいえ、本気を出させてもらったが。500円で充分な品を用意するには、俺も本気を出さざるを得ない。

 俺と煉那はすでにお見舞いの品を抱えてデパートの入り口前に待機してる。俺は両手にぬいぐるみとお菓子(クレーンゲームで獲得)を入れたビニール袋を持って、煉那は花束を抱えている。

 「花束……。なんか予想通り」

 「何が?」

 「しかし、あいつら遅いな……」

 今だ、夏恋と涼子が戻ってこない。時刻は4時まわった。面会時間が終わらないうちに行きたいが……。入院生活のプロフェッショナルといえるまで入院生活を送ってきた経験のある俺は、何と無く体内時計に面会時間の終了時刻が刻まれているようだ。

 「夏恋は服屋でパジャマを買うだろうし、涼子は本かな? よし、こちらから出向こう」

 「その予測に根拠はあるのか、廃人」

 「カンだ。とにかく行くぞ」

 待っていても仕方ないと判断した俺は、煉那と二人を探しに行くことにした。


 数分後 市民病院前


 「で、よく私の場所がわかったね」

 「言っただろ、カンだ」

 俺は夏恋に、居場所が分かった理由を説明していた。

 「だいたい予測できるだろ。何ヶ月クラスメイトやってんだ?」

 「二ヶ月……」

 「無理だよな……」

 涼子と煉那が不自然そうに言った。これくらい出来るだろ、誰でも。性格、行動パターン、趣味趣向、その他もろもろ合わせて観察したデータを元に相手の動きを予測する。逆に二ヶ月という長い期間があっても相手の動きが読めないというのは、格闘ゲームにおいて致命的でもある。俺は始めて対戦する相手でも1ラウンド以内に行動パターンを把握して、動きが読めるようになるのだ。

 こう言うと難しそうに聞こえるが、俺はこれを意識的にしてるわけではない。全て反射的にしていることだ。だからさっきの夏恋達の『居場所予測』も、さほど深く考えていない。

 じゃ、行くか。そんな感じで、俺達は病院に入った。

 俺は姉ちゃんに拾われる前、ずっとここに入院していた。当時の記憶が曖昧だが、なんか自宅で死にかけてて、運ばれて来たとか。

 エントランスに入ると、早速見知った顔が。

 「あら、遊人くん久しぶり。元気してた?」

 「久しぶり。見ての通り元気です」

 看護師長だった。この人には世話になったものだ。

 「藤井佐奈さんは、こっちの病室」

 「俺は何も言ってないぜ?」

 「遊人くんの考えは、予想つくからね」

 この人には敵わないな。こちらの考えが読み取られているようだ。ていうか、さっき涼子や夏恋にやった人間観察術はこの人から教わったんだが。それを頭が柔軟なガキのうちに教わったもんだから、赤ん坊が習いもしない日本語で喋れるように自然と出来るようになったわけだ。

 「知り合い?」

 「まあな」

 夏恋が聞いてきた。看護師の知り合いがいるの、そんな意外か?

 佐奈の病室まで歩く間、いろんな人に声をかけられた。俺はいつの間にか、有名になってるようだ。ガキの頃は意識してなかったが、今になると照れ臭い。

 恐らく、当時の俺を知らない人も噂で聞いていて、白髪で気付いたんじゃないか? 知らない人にも声かけられるし。

 「佐奈の病室って……。な、この病室は……」

 「どうかしたか?」

 「ああ、昔入院していた病室?」

 佐奈の病室に驚いた俺に、煉那が理由を聞いて涼子が代弁してくれた。まあ、涼子は所謂『脳筋』の煉那や毒が頭に詰まっている夏恋と違い、さっきの看護師長との会話で大体察したか。俺が昔、この病院に入院したことを。

 「その通り、ここは俺と渚が入院していた病室だ」

 「へー。そうなのか」

 夏恋は言いながら、扉を開けた。個室なんて大層なものではなく、数人の患者に紛れて、佐奈はいた。典型的文学少女みたいな奴だ。長めの髪は非常に艶やかだ。

 実は絶対記憶らしいと噂で、成績も学年トップなのだから、なんで普遍的な私立高校にいるのかわからない奴だ。その片鱗は俺も垣間見たことがある。こいつは俺の目の前で夏目漱石の本の内容を全て、一字一句間違えずに暗唱しやがった。有名な『我輩は猫である』、『坊ちゃん』を始めとした夏目漱石の著作全てだ。

 これだけなら、ただ興味のある文学作品を丸暗記している文学少女で済みそうだが、なんとこの前なんか俺の発言を全て記憶してやがった。ビックリだ。

 「佐奈ー。大丈夫?」

 「え、あ、うん」

 夏恋が佐奈に声をかけると、佐奈はたどたどしく答えた。

 佐奈は少しやつれているようで、切り裂き魔に斬られたらしき傷痕を隠す包帯が痛々しい。

 おっと、よく見れば佐奈がいるベット、俺が使ってた奴だ。

 「ああ、ちょうど、俺はこのベッド使ってたな」

 「えっ、そうなの?」

 夏恋が驚き、佐奈が顔を赤くした。佐奈はそのまま、どうしたのか布団に潜り込んでしまった。

 「どした?」

 「………」

 佐奈は何も言わなかった。

 よくわからないまま、俺はこの病院で渚と過ごした日々を思い出していた。

 順に渚を殺される、あの瞬間までを。

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