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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第二部
68/123

30.切り裂き魔 東京編

 アイドル名鑑

 稲積あかり

 サイバーガールズメンバー。

 正統派アイドルとしての声も名高く、人気もある。昔は病弱でよく入院していたが、現在は克服。

 実は直江遊人と幼なじみ。

 ギアテイクメカニクル レジャープール


 ここはギアテイクメカニクルのレジャープール。海の近くにあるが、海は工場の排水で汚く、とても泳げたものではない。

 「藍蘭って武器どうしてる?」

 「あまり強化してないねー」

 スカーレットが武器について聞く。キャラクター性を重視しているのか、この二人は紺色のスクール水着だ。ただ藍蘭はスタイルがよくて、『いい意味で』似合ってない。

 今藍蘭とスカーレットは流れるプールを流れていた。その横を、浮輪に捕まっている氷霧が漂流していた。彼女は競泳水着の様な水着で、多少地味ではあるがアバターの雰囲気と合っていた。

 「そろそろ別のとこいかない?」

 流れている状況に飽きたのか、クインが泳いで来ていう。クインはスタイルがいいので、この4人では何もかも際立っている。水着も迷彩柄のビキニと、スタイルのよさを惜しみ無く生かしている。

 「そろそろ波の出る時間だよ?」

 「じゃあそこ行こう」

 スカーレットが波の出るプールの情報を伝え、藍蘭が決定する。夏場にゲーム内のプールを利用する人間は少なく、非常に空いている。

 このレジャープールは波の出るプールも流れるプールもウォータースライダーもある。しかも無料と、現実のものでないこと以外は完璧だ。

 4人で波の出るプールに行くと、先客がいた。人がいないので、彼女の存在は際立っていた。

 彼女は特に泳ぐわけでもなく、浅瀬に座って水の感触を楽しんでいた。まるで、プールなど大量の水に触れたのが初めてかの様に。

 夜空の様な黒髪を赤いゴムでポニーテールにし、赤いラインのあるセパレートの水着を着た少女。墨炎だ。遊人が動かしている方ではなく、渚の意識が入っている方である。

 遊人の方なら、まずこんな女の子らしい水着を選ばないであろう。

 墨炎は、楠木渚が直江遊人に渡すべく作られたアバターである。遊人の脳波を感知して、確実に遊人の物となることを計画されたアバター。遊人が男なのに、性別逆転が不能なこのゲームで少女のアバターを使う羽目になったのは、それが原因だ。

 「渚、来てたの?」

 クインの声に墨炎、渚が振り向く。記憶こそないが、意識は渚のものなので遊人と区別するために、この墨炎は渚と呼ばれる。

 「うん。プールがあるって聞いて、なんかいてもたってもいられなくて」

 渚は笑顔で答える。生前の渚は病弱で、とても泳げたものではなかった。おまけに入浴は、すぐのぼせるのでシャワーのみだった。故に、こうした広大な水に触れるのは渚にとって夢であった。記憶こそ引き継いではいないが、意識に刷り込まれていたのだろう。

 記憶が無い以上、墨炎にある意識が渚のものであることを証明する手段は少ない。無意識に出る筆跡、口調、そして緋色の証言だけが彼女を渚とする証拠だ。この意識が持つ記憶は楠木渚のものではなく、生体兵器として作られた墨炎の悲惨な記憶。故に、渚という名称も彼女にとって今は新しく付けられた名前でしかない。

 渚がその名前を新しい名前ではなく、自分の本来の名前として認識する日は来るのだろうか。

 「もうすぐ波が出るって」

 少なくとも藍蘭はそんなこと考えていなかった。

 「私、泳げないけど浮輪ならあるよ」

 渚は浮輪を取り出して、笑顔で言う。某動画サイトでは『プロトタイプホイホイ』というタグが付きそうなくらい眩しい笑顔だ。プロトタイプがよく釣れそうだ。

 「波」

 「波が出てきたな」

 氷霧とクインが波に気づく。5人は波を楽しもうと、プールの奥へ向かって駆け出した。


 国会議事堂前


 「ここに佐奈の両親が……」

 《藤井佐上大臣ですね》

 長篠高校の制服を着た夏恋と白いワンピース姿の真夏が国会議事堂の前に立つ。照り返しでかなり暑いが、そんなことはお構い無しだ。国会議事堂は大理石で出来ているので、塩酸をかければ溶かすことができる。国に不満を持つ理系男子には試して欲しいと夏恋は感じた。

 藤井佐上は夏恋のクラスメイト、藤井佐奈の父親である。現在の渦海親潮内閣で少子化担当大臣をしており、その内閣では唯一渦海党以外からの大臣だ。

 「元々渦海党のエースだったってくらい実力がある人らしいし、まあ当然かな?」

 《渦海党を抜けたのはハニートラップにかかったからという噂もありますが、藤井夫妻を見るとその噂は信じれませんね》

 小学生にしては難しい言葉をホワイトボードに羅列する真夏。夏恋は特に驚かず、言葉を返す。

 「佐奈はその噂、本当だって言ってたけどね……。奈々さん自身も著書で認めてるし」

 夏恋の口から出た奈々という人物、藤井奈々は佐上の夫であり佐奈の母だ。奈々が書いた本『倦怠期無き夫婦』はベストセラーになった。夏恋も友人の縁から読んでみたが、結婚に興味のない夏恋から見ても面白かった。

 子供相手に難しい話を振り過ぎたと思った夏恋は、簡単な話題を出した。

 「そういえば、真夏は夏に生まれたから真夏って名前なのよね」

 《はい。夏恋さんもですか?》

 真夏は夏恋という名前を正確に漢字で書いた。雅の名前が書けなかったのに、驚くべき状況だ。

 「私の名前を漢字で……」

 《雅さんの漢字が書けなかったので、後でバトラーから皆さんの名前の漢字を聞きました》

 真夏はバトラーから夏恋達の漢字を聞いたらしい。だが、まさか名簿が出回ってるわけではあるまいし、なぜバトラーが夏恋や雅の名前の漢字を知っていたのだろうか。

 夏恋はバトラーを少し不審に思った。

 「バトラーから……ね」

 「あ、夏恋さんに真夏ちゃん!」

 声と文字で会話する二人に駆け寄る人物がいた。藤井佐奈だ。彼女も夏恋同様長篠高校の夏服を着ている。

 その後ろから、アロハシャツにグラサンのちょいワル親父が歩いてきた。靴までビーチサンダルで、国会議事堂に似合わない。シャツには議員バッチが付いていた。

 「私が藤井佐上だ。そしてこれが、私の提唱するハイパークールビズだ!」

 「お父さんそれ通算すると国会で16回と会見で24回言ったね。内4回がデストロイクールビズだったよ。最初は『これが私の提唱する、ハイパークールビズ』じゃなかった? アクセントもクールビズじゃなくてハイパーにあった様な……」

 佐奈は絶対記憶をフルにいかして父親の発言に突っ込む。句読点の位置や言葉のアクセントすら完璧に記憶とはさすがであると夏恋は唸る。

 「そうか……そんなに父さんのことを見てくれたのか佐奈……」

 「いや、佐奈の絶対記憶って、無意識に記憶できるみたいですよ? 通学路ですれ違った車を後から思い返して数えたり……」

 「ぐっ……」

 佐上は娘に感激したが、夏恋から絶対記憶の真相を聞かされてショックを受ける。実際に夏恋は、佐奈と同じ道を歩きすれ違った車の数を数え、佐奈に聞いてみたのだ。

 佐奈は無意識下の状況をも記憶できる。だが、そうすると切り裂き魔に襲われた状況も覚えているはずだが、何故か忘れたようだ。

 「切り裂き魔……ね」

 佐奈の絶対記憶から夏恋は切り裂き魔のことを思い出す。夏恋が九州にいた頃にもあった事件だ。まさか愛知県にまで来て、再び切り裂き魔を聞くとは思わなかったのだ。

 「そうそう、切り裂き魔に関する新たな情報がわかったのだよ」

 佐上は思い出した様に、切り裂き魔に関する話題を持ち出した。佐奈と夏恋も注目した。

 「切り裂き魔の被害者には共通点がある。直江刑事からの連絡で明らかになった」

 佐上は直江愛花からの連絡で情報を知ったのだ。愛花は切り裂き魔事件の被害者にある、共通点を見出だしていた。

 「渦海党に敵対していた人物の犯行らしい」

 佐上は愛花から伝えられた共通点を口にした。夏恋の表情も硬くなる。

 「おまけに、九州の事件ですら同様の共通点が見られたよ」

 「渦海党に敵対……。佐奈は敵対してないんじゃないの?」

 夏恋が佐奈の立場に疑問を持つと、すかさず真夏がホワイトボードにメッセージを書き、夏恋に見せた。

 《ご両親が渦海党に敵対してました》

 「うん。僕は内閣で大臣してるけど、目的は渦海親潮内閣の解体だからね」

 真夏の書いた言葉に、佐上は納得した。夏恋は黙ってその様子を見届けた。

 「おや、これは佐上大臣に佐奈さん、そして真夏さん。と……貴女は?」

 佐上達に近寄る人影があった。背の高いスーツ姿の男。非常に貫禄があり、所謂『お偉いさん』との面会になれた真夏でも緊張した。

 「私は上杉夏恋よ。初めましてデカブツ」

 「夏恋さんか。私は渦海黒潮。以後お見知りおきを」

 この男は渦海黒潮。今の内閣総理大臣、渦海親潮の孫だ。夏恋の毒舌にも怯まず、黒潮は続けた。

 「こんなところでかつての官房長官、上杉季節氏の娘さんに会えるとは。いや失礼、季節氏を引き合いに出されるのはお嫌いでしたな」

 上杉夏恋の父親はなんと、前の官房長官、上杉季節だったのだ。夏恋自身はそのことを佐奈、涼子、煉那にしか言ってない上、冬香も隠していたので一部の人間しか知らなかったのだ。

 政界に父親の影響で詳しい真夏すら、驚きを隠せていなかった。

 《(,,゜Д゜)》

 顔文字をホワイトボードに書いてまで、驚きを表現する真夏。佐奈は非常に重要らしい情報を忘れていた黒潮に笑顔で言う。

 「黒潮くんは忘れっぽいね」

 「む……」

 佐奈に笑顔を向けられ、黒潮は黙って顔を反らす。母親である奈々の遺伝子か、佐奈はあの遊人すら内心で認める美少女である。そんな彼女に笑顔を向けられたら、流石の黒潮を平静を保てない。

 絶対記憶の佐奈と比べると、大体の人間は忘れっぽいということになるが。

 「黒潮くん?」

 「ああ、黒潮は今年で14歳。君より年下だ」

 《(゜д゜)》

 実は黒潮、この貫禄で夏恋より年下。氷霧達と同い年。絶対夏恋や佐奈より年上だと思っていた真夏は、また顔文字で驚きを表現するしかなかった。

 「それはそうと、マルートがマクドで待ちくたびれてるよ」

 「あ、行かなきゃ。お父さんじゃあね!」

 《さようなら》

 夏恋はすぐにその場を離れたかったのか、マルートが待つマクドへ佐奈と真夏を連れていく。元円卓の騎士団幹部、マルートは順の友人で、東京を案内してくれているのだ。

 佐上と黒潮は、三人の姿が見えなくなるまで見送った。三人が完全に見えなくなると、不意に佐上が口を開く。

 「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない」

 「何も言ってません」


 東京都 ゲームセンター


 「さて、次はどうしましょう」

 「あれやろ!」

 大魔王『毒吐ポイズントーク』夏恋と魔王軍参謀『膨大記憶ジャイアントメモリー』佐奈の手によって仕えるべき主、真夏と引き離された執事バトラー。そんな彼は、真夏を探すわけでもなくゲームセンターにいた。

 (夏恋や佐奈ならまあ大丈夫だろ。真夏をさらいそうな勢力を後継者争いの間に潰したのは正解だな)

 バトラーはある人物に引っ張られながら、主のことを考えた。後継者争いにおいて、真夏がその座を手にしたのはひとえにバトラーの働きによるものだ。

 バトラーを引っ張る人物は、稲積あかり。あかりはバトラーを太鼓ゲームの前に誘導する。

 「これはまたポピュラーな……」

 「やってみて」

 あかりは怪しい執事の正体を知り、誘ったのである。

 「いやはやナンセンスです。まさか、この年になって幼なじみと遊ぶとは……」

 「あら、子供の時あれだけ遊んであげたのに、忘れたの?」

 バトラーは仕方なく、太鼓の前に立つ。バチを持って、曲の始まりを待った。さらに、着ていたスーツのジャケットで画面を隠してしまう。

 難易度は『鬼』、楽曲はサイバーガールズで『サラマンダーより、ずっと速い!』。失恋ソングの定番であり、あかりがセンターを勤めた曲だ。

 その限界ギリギリの早口で歌われる曲は、太鼓ゲームでは最高難易度を誇る。

 「おおっ!」

 曲が始まると、あかりが驚いた。高速で迫る大量の音符を、バトラーは間違うことなく捌いていた。画面は見えていないはずだが、完全に記憶で打っている。

 曲が終わり、バトラーがジャケットを画面から外すとそこにはパーフェクトの文字が。いつしか、人も集まっていた。

 「次はこっち!」

 あかりは自分の正体がバレて騒ぎになるのを恐れ、バトラーとクレーンゲームへ向かう。クレーンゲームはフィギュアが景品になっていた。

 「これは……」

 バトラーはフィギュアを見た。三等身くらいのデフォルメフィギュアで、箱に入っている。髪の色は違えど、目の色は全員同じ赤色をした少女達のフィギュアだった。

 赤い髪の大剣を持つ少女、槍使いらしき青髪の少女、銃を持つ金髪の少女。

 バトラーの視線が白髪の少女に止まる。バトラーはこの少女に見覚えがあった。プロトタイプだ。

 「円卓の騎士団事件以降、人気出たよね墨炎って」

 「こいつら……たしかプロトタイプの妹達……」

 あかりが墨炎のことを思い出すと、バトラーが呟く。このバラエティーに富んだ赤い瞳の少女達はプロトタイプの後に作られた生体兵器なのだ。

 「この前ぷーちゃん、そのプロトタイプとレジーヌ見たよ。元気そうだった」

 「ぷーちゃん呼ばわりがプレイヤーにも……」

 あかりはプロトタイプがプールの売店でバイトしてるのを見たのだ。プロトタイプとレジーヌは、セットで人気が出ている模様だ。不器用な少女と優しい兵器の組み合わせは見る人から見れば絶妙だろう。

 「何々……『君は彼女達を救えるか?』か」

 バトラーはクレーンゲームの景品を紹介するポスターに目をやる。そして、クレーンゲームの前に立った。

 「確かに俺はプロトタイプの妹を救えなかった。ゲーマーに、ゲームをプレイせずにゲームをクリアしろと言ってる様な状況だったがな。だが、今はこいつらを救える」

 完全にプロトタイプの妹達を救う算段、景品を取る計画を立て始めたバトラー。こうなった彼は止められないと、あかりも十分知っていた。

 バトラーは500円玉をコイン入れに投下し、宣戦布告を出す。

 「俺の前にクレーンゲームを置こうなど、ナンセンスだな!」


 DPO ギアテイクメカニクル レジャープール


 パラソルのある丸い机に藍蘭、スカーレット、氷霧、クイン、渚の5人がいた。遊び疲れたので休憩といったところだ。

 「次どうする?」

 いつしかクイン達は、タップリ遊んでいた。DPOにある『時間を現実の5倍に引き延ばすシステム』のせいで、現実では1時間半しか経ってないのに、プールで7時間以上遊んでしまったのだ。

 「そうね……武器強化しに行こう! 欲しいのあるんだ!」

 ヤキソバを頬張りながら藍蘭が答えた。かき氷を食べている渚は興味なさそうだ。ポテトを食べていたスカーレットが詳しく聞いてみる。

 「材料は?」

 「あとは『ドラゴニック鉱石』だけ。ドラゴンプラネットに行かないといけないけど。これがあれば『髭斬』を完成させられるよ。今の刀、『桐壺百式』に『匂宮喰鮫』と相性がいいから、絶爪が強くなるよ」

 藍蘭の言う通り、絶爪は三本の刀の相性で強さが決まる。絶爪を使うプレイヤーが『虎徹』、『菊一文字』を装備してるとしよう。この二つは新撰組ゆかりの刀だが、そこに敵対していた坂本龍馬の『陸奥守』を合わせるとどうなるだろうか。

 刀の相性が悪く、絶爪は上手く機能しないだろう。虎徹もしくは菊一文字をもう一本用意して陸奥守と入れ替えるか、新撰組に縁のある刀を陸奥守と入れ替えれば絶爪は十分に機能する。

 「じゃあ行こう。渚は?」

 「私、プレイヤーマンションのショッピングモールに行くね」

 クインが渚に今後の予定を聞くと、渚はショッピングモールに行くと言う。彼女は戦いが嫌いなので、ドラゴンプラネットまで付いていくつもりはないようだ。

 「じゃあ、ここでお別れだね」

 「またね」

 藍蘭と氷霧が別れの挨拶をして、立ち上がる。それに合わせてクインとスカーレットもプールから去る。

 「さて、私はもう少し泳ごっと」

 渚は流れるプールに向かった。一周くらい流れると渚もプールを出た。服を着て、プレイヤーマンションにトランスポーターを使って移動した。

 渚はプレイヤーマンションにつくと、ショッピングモールのある方へ歩き出した。着ているのは墨炎のトレードマークであるパーカー付きのワンピース。

 「今日はどうしようか……」

 渚はインフェルノで広報の仕事をしてお金を得ている。そのせいか、やはり知名度も高い。雑貨屋に入ると、早速声をかけられた。

 「あ、墨炎だ」

 「こんにちは」

 大体は渚の知らないプレイヤーなので、普通に挨拶するしかない。声をかけたプレイヤーは、髪も瞳も衣服も青という、青だらけのアバターであった。

 渚がアバターをよく見ると、何と無く見覚えがあるような気がしてきた。広報の関係で、サイバーガールズが使用しるアバターを見た時に、目にしたのだと思い出す。そして、そのアバターの使用者を完全に思い出す。

 「河岸瑠璃さんですか?」

 「そうよ。今日は友人のプレゼントを買いに来てね」

 そう言う瑠璃が見ているのは、基本的に黄色い雑貨。渚は黄色が好きなサイバーガールズのメンバーを思い浮かべ、納得した。

 「黄原彩菜さんにですか? 年が近くて仲いいですもんね」

 「鋭いな。流石だ」

 渚は率直に褒められて照れた。あまり面と向かって褒められるのに慣れていないようだ。

 「あいつは昔から黄色が好きでね。青が好きな私としてはちょうど補色の関係となって、いい感じだ」

 「補色?」

 渚は瑠璃の口から出た補色の意味がわからなかった。失っている記憶は、思い出のことであるエピソード記憶と知識のことを指す意味記憶の両方であった。

 記憶が戻っていたとしても、プログラムが専門の渚では美術の範囲である補色は知らないだろう。

 「補色ってのは、二つの色を並べると目立つ色のこと。ここに緑と黄緑のカップがあるんだけど、重ねても目立たない」

 瑠璃はカップを手にして言った。重ねられたカップは、対して互いを目立たせない。

 「黄緑のカップを赤に変えると目立つんだ」

 瑠璃が黄緑のカップをどかして赤のカップを乗せると、互いのカップが強調し始めた。これが補色。

 渚はその様子を見ていた。墨炎としての記憶の中にも、美術に関する知識はない。

 「ま、そういうことね。それじゃ」

 瑠璃はその場から去った。渚が振り返ると、今度はスーツ姿の男がいた。

 「あ、fさん」

 「やあ、君は渚の方だね」

 fだった。ここは特に男性向けという雑貨はないのだが、何故かいたのだ。渚は少し不思議に思った。

 「何をお探しですか?」

 足しげくこの店に通った渚は、店のことを大体理解している。店内を理解してないだろうf案内しようというわけだ。

 「いや、探してるのは人だよ。彩菜さんを探している。黄色が好きなら、ここに来るはずだ」

 「黄色専門の店が隣にありますよ?」

 fが探していたのは黄原彩菜。渚は黄色と聞き、隣の店を思い浮かべた。fは少し慌てていた。

 「しまった! 5時間くらい無駄にした!」

 fは即座に走り去った。ずっと張り込んで探していたのだろう。フレンド登録してればメッセージを飛ばして場所を教えてもらえただろうが、fは彩菜とフレンド登録などしていない。

 「あ、新商品」

 渚は気を取り直し、店を見て回ることにした。


 東京都 マクドナルド


 結局バトラーはプロトタイプとその妹を助け出した。フィギュアだが。

 二人はマクドナルドの机に座り、遅めの昼食だ。あかりがエビフィレオを、バトラーがタブルチーズバーガーを食べている。

 「凄いね。こんなに取れた」

 その他のクレーンゲームでもバトラーは商品を大量入手しており、あかりはただただ驚いていた。お菓子からぬいぐるみまで、どんなにアームが弱くてもバトラーは景品を獲得する。

 「本気を出せば、ざっとこんな感じです」

 「店潰れないかな……」

 あまりに取りすぎて、クレーンゲームはだいたい空になった。この店が潰れたらバトラーのせいだ。

 「いつも来ない場所だから本気でした。普段からよく来る様な場所は、生かさず殺さず。狩場は維持しないといけません」

 「ホントよね。1回で2個以上取ってるもん」

 バトラーは景品を売って小遣いを稼いでいた時期があるらしい。景品売買のコツは、その景品がクレーンゲームから消えてからしばらく後に放出することなんだとか。

 「こんだけ取れればモテたでしょ、あんた」

 「ちょっと前に彼女がいましたけど、病気で死に別れましたね」

 「どこの安っぽい携帯小説よ……」

 バトラーは恋人と死に別れていた。片方が死ねば感動モノになると勘違いしてる昨今の携帯小説を思い出し、あかりは呆れ気味に呟いた。

 あかりはそこで、あることに気づく。

 「え、じゃあ真夏が恋人の妹だから仕えているとか?」

 「いえ、恋人とお嬢様は無関係です」

 バトラーの恋人と真夏は無関係だった。これで恋人と真夏が何らかの血液関係にあったら、もはや少女漫画だ。

 「私も病気でして、すぐに追いつくと思っていましたが、生きてました。お医者さんから余命が少ないとか言われていたはずなんですが、よく考えれば余命少ないキャラに有りがちな吐血すらしてなかったような……」

 「あんたお医者さんに担がれてるよ、絶対」

 バトラーの事情を聞いてあかりが言う。余命より生きたという例はよく聞くが、『死にませんでした』なんて例は始めてだ。宇宙戦艦ヤマトの船医とどっこいなくらいヤブ医者に違いないと、あかりは感じた。

 「あ、でも一回仮死状態になりましたよ?」

 「生き返ったのね。何ゴールドかかったの?」

 バトラーは一回生き返ったらしい。あかりの頭には『教会でオルガンの音色と共に復活するバトラーの図』が浮かんでいた。

 バトラーもバトラーで、案外な面白人生を歩んできたのだ。

 「で、凍空財閥のお嬢様となると、後継者争いも激しそうだけど?」

 「あ、夏休み入る前に他の候補は全滅させたので大丈夫です」

 後継者争いもとっくに終結していた。バトラーは非常にそつがないな、というのがあかりの感想だった。


 DPO ドラゴンプラネット岩山エリア


 ドラゴンプラネットの、崖が険しい岩山。その登山道にいつもの格好をした藍蘭とスカーレットがいた。

 「出ないね……」

 「出ない……」

 藍蘭とスカーレットは絶望にうちひしがれていた。ピッケルで鉱石を掘るのだが、お目当ての鉱石が出る前にピッケルが全部壊れたのだ。

 岩山の登山道を掘り尽くしたが、ドラゴニック鉱石は出ない。藍蘭の記憶ではそこまでレアな鉱石ではなかったはずだ。

 小石が二人の絶望を現すかの様に、崖下へ落ちた。登山道は壁と崖に挟まれている。

 「物欲センサーか……!」

 藍蘭はある単語を呟いた。物欲センサーとは、素材を集めるタイプのゲームにありがちな『必要な素材が出ない』状況を作り出すと噂される機能だ。都市伝説に過ぎず、確証はないのだが。

 「脳波を読み取るこのゲームなら有り得る!」

 藍蘭はゲームの仕組みを思い出して悔しそうだった。

 プレイヤーの脳波を読み取り、そこから欲しい素材を測定して出にくくしてるのだ。とネットでは密かに噂されている。

 「クリネックスのCMとかポンジュースの蛇口くらいの都市伝説だけどね」

 「うぎゃああっ! クリネックスだけは言うなっ! 出演した女優が鬼の子産んだとか赤鬼役の子役が非業の死を遂げたとか、深夜になると挿入歌が若い女性から老婆のものになるとか怖いからマジで!」

 スカーレットが都市伝説の一例としてクリネックスティッシュの話を出すと、藍蘭は詳細を言いながら地面をのたうちまわった。藍蘭は意外と怖がりらしい。

 「あああっ!」

 のたうちまわっていた藍蘭は誤って崖から落ちた。スカーレットはどうせ死にはしないと、スカートのポケットからティッシュを取り出した。

 「クリネックスのせい?」

 スカーレットが出したポケットティッシュはクリネックスだった。スカーレットはそれを崖へ投げ捨てた。


 一方、崖下に落ちた藍蘭は俯せで倒れていた。彼女の頭にスカーレットが投げたティッシュが落ちる。

 「クリネックスの呪いだ……!」

 藍蘭は掴んだティッシュを投げた。すると、近くにいた何かにティッシュがぶつかった。

 ティッシュがぶつかったのは、鉄の鎧を持つドラゴン。ドラゴンは寝ていたのだが、藍蘭が投げたティッシュが鼻提灯を割ってしまい、起きたのだ。

 「フゴ……クリネックス……」

 「喋った!」

 藍蘭は立ち上がり、戦闘の準備をする。ドラゴンはティッシュのメーカーを確認すると、咆哮した。

 「クリネックス嫌い?」

 「私は鼻セレブ派だ!」

 ドラゴンは藍蘭の言葉に答えた。鼻セレブ派なのにクリネックスを投げつけられ、憤慨していた。

 ドラゴンは人類に敵対するため、ティッシュにこだわりを持つ程度の知能を備えたものもいるらしい。

 「私はエルモア派なんだけどね!」

 藍蘭は意趣返しとばかりに普段から使うティッシュのメーカーを言う。ドラゴンはあんぐり口を開け、腰を抜かした。

 「馬鹿な……! エルモアだと! 問題外だ!」

 このドラゴンの中では『鼻セレブ>クリネックス>エルモア』らしい。

 妙な因縁でドラゴンとの戦いが始まった藍蘭は、絶爪を展開してドラゴンを見据えた。

 崖の上ではスカーレットが膝を抱えて座っていた。隣には熊のぬいぐるみが藍蘭の代わりに置いてある。

 「これは?」

 別の所を捜索していたクインが合流して聞く。後ろには氷霧もいた。

 「藍蘭は不適切な発言をしたため、熊のぬいぐるみを」

 「いいとも」

 スカーレットの説明を聞いて氷霧が呟く。不適切な発言をした人間の代わりに熊のぬいぐるみを置くのは、お昼の番組『笑っていいとも』から有名になった話だ。元ネタはいいともではないのだが。

 「何て言ったの?」

 クインは興味本意で聞いてみた。

 「焼きおにぎりにはソース」

 「あー、不適切だねそりゃ」

 「誰がそんな下手物食うか!」

 スカーレットの言葉を聞いた藍蘭が下から叫ぶ。今藍蘭はドラゴンと戦闘中だった。声は届くようだ。

 「必殺鼻セレブ火炙りの刑!」

 「やめてくれー!」

 巣穴に貯めていた鼻セレブを何らかの方法で火炙りにされ、ドラゴンが悲鳴を上げた。

 「ティッシュにこだわりを持つのは、スティールドラゴンだな」

 クインはその声から、ドラゴンを特定する。ドラゴンが人間を襲う理由は『食べるため』とも『資源のため』とも言われているが、中には『布教活動のため』という説があるくらい、ドラゴンには特殊なこだわりがある。

 普通のドラゴンを見ても食べてる肉に、同じ種類のドラゴンでも差異がある。こだわりがそれぞれあるのがドラゴンだ。

 「これやるからティッシュだけは勘弁を!」

 「ドラゴニック鉱石!」

 藍蘭はドラゴニック鉱石を手に入れた。ドラゴンは決して話が通じない相手ではない。何らかの方法で交渉も可能だ。この妙なこだわりも交渉に利用できる。

 メテオドラゴンやシードラゴン、フロッグドラゴンなど言葉が通じず、人間を襲うだけのものももちろんいるわけだが。交渉が可能なのはドラゴンプラネットにいるものでもごく一部だ。

 「お待たー。ドラゴニック鉱石手に入れたよ」

 藍蘭は崖を登り、スカーレット達と合流。手には光り輝くドラゴニック鉱石が。

 「さあ、武器作りに行こう!」

 藍蘭はそのまま岩山を駆け出した。


 東京都 マクドナルド


 バトラーは偶然ながら、真夏と再開した。その横には当然、夏恋と佐奈がいたのだが。

 「お久しぶりですお嬢様」

 《3時間ぶりですねバトラー》

 執事と令嬢は3時間ぶりの再開を果たした。バトラーがあかりと遊ぶ前に、実は一人サイバーガールズのメンバーが死んでいるのだが、どうせ報道はしないだろうとバトラーは小春の死を黙っていた。

 「はい、これ。国会の資料。なんでわざわざ縁の死を騒いだのかってことがわかるよ」

 バトラーは夏恋から渡された資料を見る。その資料は、縁が死んだ翌日に審議された法案の内容が書かれ、審議の議事録もセットになっていた。

 「遂に法案で抑えに来ましたね。『全感覚投入規制法』ですか」

 「渦海党はドラゴンプラネットオンラインを権力で潰すつもりね」

 夏恋は呆れて言った。本来、円卓の騎士団を利用して間接的にDPOを潰そうとしたのは、権力で潰すことができないからだ。

 一度、渦海党はDPOを規制したことがある。だが、今年に入って海外からの強い批判で規制は解除された。DPOは大々的な宣伝の規制から解かれ、一気にプレイヤー数を増やした。

 円卓の騎士団を潰した遊人がDPOに参戦したのも、この時期だ。

 今回の議事録を秘密裏に処分することで、海外からの批判を避ける狙いがあったが、こうして佐上に流出されたのでは意味がない。

 「というか、この法案だとサーバーが止まり、結局規制の事実が海外に漏れるのでは? ヨーロッパにも沢山プレイヤーはいますし」

 バトラーは『全感覚投入システムを利用したゲームはサーバーを止める』といった条文を見て呟いた。

 海外への情報流出対策に議事録や資料の破棄を狙ったが、法案が通って処罰が実行された時点で、DPOのサービス停止という形で海外に結局情報が流れる始末。意味がない。

 「いや、議事録の破棄という事実で尚更追い詰められますか。どの道、渦海は終わりみたいですね」

 バトラーは渦海を眼中から外し、宵越テレビのパンフレットを見た。27時間テレビのことや、お台場夏祭りの情報が書かれている。

 「表五家は、私が潰す」

 バトラーは情報を手に、決意を新たにした。

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