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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第二部
61/123

27.犠牲者達

 アイドル名鑑

 木島ユナ

 ツイッターなどでファンとの距離を縮め、サイバーガールズ総選挙で大躍進したアイドル。

 近年よく見られる、有名人のツイッター失言が一切無いところから、『芸能人で唯一ネットの特性を理解する者』としてネット界隈では評価が高い。

 ツイッター失言の原因は、芸能人がネットは全世界に配信されていることを知らないからである。

 その点、ユナはそれを理解してるから問題発言を回避出来ているのだ。

 東京都 凍空プリンスホテル レストラン『デストピア』


 凍空プリンスホテルの2階にあるバイキング形式のレストラン、デストピア。その命名は、凍空寒気によるものだ。

 このレストランがホテルに増設された時、世はまさにダイエットブームだった。寒気は、痩せることに執着する人々には、ここは楽園ユートピアの真逆として、デストピアと名付けたのだ。

 だがそんな寒気の思いとは裏腹に、この場所を楽園とばかりに楽しむ者がいた。

 「まだ食べるか……」

 「食べる」

 皿に大量のパンやサラダを盛って、それにがっつく氷霧にクインが驚いていた。氷霧はインフィニティ能力の都合上、カロリー消費が激しい。だから、たくさん食べる必要がある。

 同じ机には藍蘭と佐原もいた。佐原もインフィニティなので、氷霧と同じくらい食べていた。インフィニティは総じて、カロリー消費が激しいのかもしれない。

 「あれ? 藍蘭が食べてない……」

 クインはインフィニティ二人に比べて藍蘭が食べて無いことを気にかけた。

 「どしたの藍蘭?」

 「スカーレット……大丈夫かな……」

 藍蘭は元気が無いようで、あまり食べていない。クインは最初、藍蘭が食べ過ぎないかを心配したが、逆の心配をすることになるとは思わなかったのだ。

 現在、上杉冬香を応援するために集まった中学生と高校生の一団は、凍空財閥の提供でこの凍空プリンスホテルに泊まっている。

 昨日、宵越テレビ本社で紫野縁が病院へ搬送されたことを聞いた藍蘭、スカーレット、彩菜は、そのまま病院へついて行った。そこで、縁の死亡を聞いたのだ。

 スカーレットはショックを受けていたが、彩菜はすぐに立ち直って今日の収録に望んでいる。辛いことも押し殺して、明るく振る舞わなければならないアイドルの現実を知った藍蘭は、スカーレットが心配だったのだ。

 「スカーレットは君のパートナーだろう? ゲームのことは知らないが、相棒は信じるものだぜ?」

 あっという間に皿の上に盛られた料理を食べ尽くした佐原が、藍蘭にアドバイスする。佐原が生徒会長に選ばれたのも、こうした面倒見のよさが理由だ。ただ、本人はコピーした個性の一つと言うが

 「うん。スカーレットも多分食欲ないだろうし、その分私が食べたら余分な栄養が全部スカーレットにいったりして……」

 「それでこそ藍蘭だが、それはインフィニティでも無理だろ」

 立ち直った藍蘭の素っ頓狂な台詞をクインはサラリと返す。


 同ホテル ロイヤルルーム


 同じホテルの一室。宵越テレビ社長、宵越弐刈の秘書を今日から務めるリディアに割り当てられたのは、通常よりランクの高いロイヤルルームだ。

 部屋は広く、普通に生活するのにも困らない。そんな宿泊には広い部屋に、リディアの姿はなかった。

 「お風呂も広いのね」

 リディアはバスルームにいた。バスルームはユニットバスでないばかりか、ジャグジー付きの広い湯舟まであった。

 朝からさすがに湯舟にまで浸かる気にはなれず、リディアはシャワーで寝汗を流していた。

 「凍空寒気……、なんで死んだのかは気になるけど……」

 リディアはシャワーを浴びると、スポンジにボディソープを出し、それで身体を洗った。

 「凍空の後継者争いは終わったようね」

 泡を身体に塗り付けながら、リディアは一人呟く。今度の相手は表五家の宵越、多方面と繋がりがある。だから、凍空の話も無縁ではない。それゆえ、情報を得ていたのだ。

 凍空財閥の後継者は凍空真夏に決まった。この後継者決定には、仮面の執事バトラーの暗躍があったらしい。

 「でも、渦海の話も気になったり」

 リディアはシャワーで泡を流した。泡は彼女の身体を伝い、排水溝へ流れていく。リディアはバスルームの壁に手を当て、少し考えた。

 昨日、真田というスーツの男が言ったことが気になる。『マスコミがスキャンダルを流した時は政治の動きに気をつけろ』だったか。マスコミは自分達が報道したくない情報を報道しない理由として、スキャンダルを使う。

 ただ無視すると視聴者から不満が出るが、他に視聴者の目を引けるスキャンダルがあれば『スキャンダル流してて尺取れませんでした』と言い訳することが可能だからだ。

 「たしかに、できればサイバーガールズの死人なんて隠しておきたいはず。なのに騒ぐなんて……」

 リディアは曇った鏡を手で拭い、自身の姿を見つめた。着飾らない、ありのままの姿だ。金髪は湿って顔に張り付き、肌は水気を弾いている。

 リディアは、サイバーガールズ総選挙が海外メディアからの批判が殺到してる宵越起死回生の一手になると実感している。だからこそ、死人などイベントが中止になりかねない事態は隠すと考えていたのだ。

 だが、マスコミは騒いだ。そのマスコミを操るのは記者クラブで最高権限を持つ宵越。だからマスコミの暴走とは思えない。

 なにか報道したくない情報、多分渦海関係で何かあったに違いない。

 「情報を集めないと」

 リディアは考えるのをやめて、バスルームを出た。バスタオルで水気を拭い、それを身体に巻いて部屋に出る。

 裸足にカーペットの感触が伝わる。リディアはこのホテルはカーペットにも気を使ってると、経験から判断した。

 リディアは大きな窓まで行き、カーテンを開けて外を眺めた。東京の町並み。朝早いが、通勤の人々で混んでいた。

 「彼らは、何が変われば驚くかしら」

 リディアはいつも通りの日常を過ごす人々を見下ろす。裏で起きてることも知らずに過ごす彼らが、裏の情報を明かされた時、どうなるのか楽しみだった。

 リディアが機密情報を売って情勢を掻き回すと、彼らもなんらかのアクションを起こしてきた。

 「デモ? 暴動? それとも内戦? はあっ……ぞくぞくするわね……」

 リディアは唇を舐め、身体を抱いて高鳴る鼓動を感じた。少し湯冷めした身体がほてる。息も荒くなっていた。

 日常を破壊し社会を手玉に取る時が、リディアにとって最大の快感だった。存在を隠されて育った彼女は、自分が表立っている実感を欲しがる。

 「日本人って驚くほど大人しい民族よね? それが暴動を起こしたらと思うと……もう、我慢できない」

 リディアは呟くと、着替えるためにバスタオルを身体から取って、クローゼットへ歩いた。


 東京都 熱地学院大学


 「さて、ここに君のお兄さんがいるのだな」

 佐原が熱地学院大学の巨大なキャンパスを見渡して言った。藍蘭、氷霧、クイン、佐原の4人は熱地学院大学に来ていた。

 彼ら応援団の行動は、基本自由である。だから冬香の応援目的ではない、東京見物目当ての中学生も混じっているのだ。

 「では、行くぞ」

 「大学って緊張するね……」

 佐原の先導で大学の敷地を抜けていく。藍蘭は大学に入るということで緊張してるが、氷霧とクインはそうでもない。

 ここに来ようと言ったのは、他でもない氷霧とクインだ。氷霧はここで資料の整理をしている兄に会う予定で、クインはそれに付きそうのだ。

 熱地学院大学はインフィニティを始めとする重大情報を秘匿し、非人道的なクローン製造にまで乗り出した。そのため、インフィニティ関連の資料は日本全国の研究機関に公開される。その準備だ。

 また、全ての始まりといえる『地下都市デステアの事故』関連資料も同様だ。

 佐原は熱地に用事があるらしく、藍蘭は暇なのでついて来た。

 藍蘭は本当ならスカーレットといたかったが、今日の撮影は一般人が見学できないものだ。今は相棒を信じて、時間を潰すしかない。

 一行はやたらと広い敷地を歩き、ようやく氷霧の兄がいる研究室にたどり着いた。生物学の研究室で、南棟丸々一つがそれである。なので、研究室に着いてもすぐ兄に会えるわけではない。

 南棟第6研究室まで回り、ようやく探していた人を見つけられた。

 「やあ、よく来たね」

 「兄貴」

 机の上に大量の資料が出てる研究室、そこに氷霧の兄がいた。眼鏡の好青年で、いかにも賢そうだ。氷霧は早速、兄のところまで歩いていって抱き着いた。

 「この人がお兄さんか」

 「初めて見たよ」

 佐原と藍蘭は氷霧の兄と初対面だった。クインはよく、氷霧の兄を知っているようだ。

 「今資料の整理が一段落したところだ。熱地学院大学が極秘に行った研究の情報は、公開出来るよ」

 兄が氷霧達を研究室の奥へ案内する。佐原は置かれた資料の一つに目を通した。資料の表紙には『人工インフィニティ計画』と書かれていた。

 「『我々表五家の権力を持ってしても、天然のインフィニティを見つけることが出来なかった。だから我々は、優れた科学力によりインフィニティを人工的に生み出すことにした』か。自惚れが強いんだな、この資料を書いた奴は」

 「熱地学院大学は人工インフィニティ計画の途中で、クローンを製造した。それが松永順と直江遊人だ」

 兄は人工インフィニティ計画の追加説明を佐原にした。佐原は岡崎で隠れることもなく過ごしていたので、彼女はそれすら発見できない表五家の調査能力を嘲ることしかできなかった。

 「表五家の連中は都市部のみを捜索したからね。おかげで君も僕の妹も、発見されずに済んだ」

 「リディア・ソルヘイズに関する資料は無いのか?」

 「熱地が生み出した最初のクローンだろ? ここにあるよ」

 佐原はリディアに関する資料を探した。兄から渡されたのは、『クローン調整資料』と書かれた資料。

 佐原はリディアと面識がある。その時、リディアは自らをクローンと言った。地下都市デステアにいた、研究者ラディリス・ソルヘイズのクローンだと。

 彼女のことを知るため、佐原は熱地学院大学に来たのだ。

 「なるほど、あいつは大学から脱走したのか」

 佐原はリディアの過去、その大筋を掴んだ。リディアは熱地学院大学を脱走。資料には、世界中でリディアに似た少女の目撃情報があると書かれていた。

 「第7研究室の整理終わりましたよー。あれ? お客さんですかー?」

 そこへ、気の抜けた声が入ってきた。佐原は声の主を見た時、一瞬中学生かと思ったが、すぐに中学時代の担任だと確認した。

 「立花先生。まさかこんなところで……」

 「佐原ちゃんも元気そうで」

 その担任というのも、立花凜歌だ。直江遊人も中学時代に世話になったその人が、熱地学院大学にいたのだ。

 「どうしてこんなところに?」

 「直江ちゃんのことがよくわかると、順ちゃんが言ってまして」

 凜歌は順に呼ばれて来たのだ。自分が担任を持った生徒がクローンだと知り、詳しいことを知りに来たようだ。

 「ふむ。順に、ね」

 「直江ちゃんはもういませんけど、なるべく知っておきたくて」

 凜歌は自分の生徒なら、例え手元を放れていても知りたがるだろう。佐原はそれを、よくわかっている。個性までコピーしてれば尚更だ。

 「あ、それと朱色ちゃんからこんなお手紙を」

 「手紙? そういう関係ならあの三人だな」

 佐原は凜歌から受けとった封筒を、研究室の奥で話している氷霧、クイン、藍蘭の下まで持っていく。

 「ゲームマスターから手紙だプレイヤー諸君」

 「え? 何なに?」

 会話が身内の話になり、だんだんついていけなくなっていた藍蘭が行き場を求めて封筒に食いつく。藍蘭は封筒を開け、中の文章を読んだ。

 「『藍蘭達へ。なるべく早く、DPO内のある戦闘フィールドに来てほしい。噂の花が咲いたエネミーの原因がわかった』だって」

 「戦闘フィールド……ね。ネクロフィアダークネスの『繁栄の対価を払う澱みきった下水道』か」

 クインが手紙に書かれた集合場所を読む。氷霧も手紙を覗き込んだ。ログインの必要があると感じてか、氷霧の兄は場所を提供する。

 「この研究室には仮眠室がある。ログインにはそこを使うといいよ」


 熱地学院大学 地下駐車場


 熱地学院大学は広大で、車で来る教授や学生も少なくない。だが、熱地は学校の外見を重視してか、駐車場を地下に作ったのだ。

 そこに一台の大型バイクが止まる。黒いライダースーツにフルフェイスのヘルメットを被ったライダーは、バイクを二輪車用の駐車場に止めた。身体のラインから、女性と見られる。

 「ふぅ。初仕事が配達だなんてね」

 ヘルメットを取ると、結われた金髪がなびく。ライダーはリディアだった。戸籍が無いので無免許だが、彼女自身はバイクを運転できる上、偽造免許も持っている。

 「バイク乗ってれば涼しいと思ったけど、都会は風が暑いわね」

 リディアはシート下のトランクから分厚い封筒を取り出した。中身は資料か何かだろう。空気の篭る地下もまた暑く、リディアはライダースーツの胸元を鎖骨が見える程度に開ける。そこから覗く素肌が、汗で光る。

 この封筒は、熱地学院大学への指示が細かく書かれているものだそうだ。何の指示かはリディアも知らない。

 リディアは地下を出るためのエレベーターに乗り、大学校舎へ向かった。エレベーターを出ると、すぐに事務所がある。

 ここは藍蘭達がいる南棟から比較的近い中央棟。来客向けの施設などはここに固まる。

 「おや? リディアじゃないか?」

 「順、か」

 いきなり白衣を着た松永順にリディアは出会った。死んだ幼なじみに似てる自分を見て、何とも思わないのかと彼女は思ったが、今は仕事に集中することにした。

 「その資料は……、縁さんの死に関して指示があるのかい?」

 「多分ね。あんたの師匠宛てだし」

 「私宛てか?」

 順がリディアの持つ封筒に目をつけると、白衣を着た女性が歩いてきた。彼女は癒野優。順は癒野の下で、検死医として勉強中だ。

 「大方隠蔽しろって話だろう。宵越からの指示は受けないよ。帰ってそれ焼いて焼き芋でもしな」

 「こんな季節に焼き芋……」

 季節感の無い癒野の言葉にリディアは戸惑いつつも、無理矢理資料を順に渡す。

 「従うか従わないかは自由ですが、資料だけは受けとって、焼き芋は貴女がして下さい。こちらも仕事ですので」

 リディアはそう言うと、そそくさ歩いて駐車場に戻ろうとする。

 「おや、いつぞやのクローンくんではないか」

 そこに気軽な声がかかる。リディアが振り返ると、後ろに佐原凪がいた。

 「げっ……」

 リディアは一番会いたくない人に出会ってしまった。


 DPO ネクロフィアダークネス 繁栄の対価を払う澱みきった下水道


 「うへー、気持ち悪い……。だから嫌なのよここ」

 藍蘭は腰の下まで汚水に浸からなければならないため、この戦闘フィールドが嫌いだった。

 この戦闘フィールドは、まさに下水道といった場所だ。アーチ状の天井は高く、ゴミが水に浮き、ネクロフィアダークネスお馴染みのゾンビのみならず、デカイ蛙や同じくデカイ蜘蛛がわらわら出てくる。

 「いや、敵が出ないだけマシだろ」

 「不思議」

 クインと氷霧は、一騎当千の爽快感を楽しめるネクロフィアダークネスの戦闘フィールドにしては、敵が全くいないことを指摘する。これも花の生えたエネミーの仕業なのか。

 「朱色はなんで、ちゃっちゃと解決しないの? ゲームマスターでしょ?」

 『それがね。ボクより強力な権限で噂の元凶が守られているからなんだよ。ボクがゲームマスター権限で消そうとしても、それができないんだ。だから、プレイヤーの皆さんに倒してもらうしかない。何故かプレイヤーの攻撃には無防備だからね』

 藍蘭が虚空に質問をぶつけると、朱色の声が返ってくる。たしか、下水道の最深部で待ってるプレイヤーがいるはずだ。

 「後ろから誰か来てない?」

 クインが耳を澄ませ、後ろから来る足音を聞き取る。藍蘭と氷霧も後ろを向いて足音の主を探した。

 「あ、あれ!」

 「藍蘭!」

 藍蘭が足音の主を見つけた。汚水を掻き分けてやって来たのは、スカーレットだった。おそらく撮影を終えて追いついたのだろう。

 「大丈夫なの?」

 「うん」

 藍蘭は縁のことや仕事のことなどを心配したが、スカーレットは大丈夫そうだった。いや、本当は大丈夫じゃないのを隠しているだけかも知れない。

 「それより、噂の元凶は?」

 「この奥だよ」

 スカーレットはやはり隠しているのか、話題をさっさと変える。噂の元凶はクインによると、この奥だ。

 四人は急いで下水道を移動する。腰まで水に浸かると走る速度が落ちるが、途中で水から上がれる場所があった。高い段差になっていて、さらに奥へ繋がっている。

 「天井も低くなってるねー」

 「藍蘭はここまで来たことないね」

 藍蘭はキョロキョロと通路を見渡す。スカーレットによると、藍蘭はこの場所まで来たことがないらしい。

 通路を通り、ついに最深部にたどり着いた。丸い広場みたいな場所に汚水が貯まり、そこに巨大な球根が居座っていた。

 「これが噂の元凶?」

 「ええ、そうです」

 藍蘭が首を傾げると、球根の前にいたプレイヤーが振り向く。漆黒の鎧を身につけた黒髪の少女で、瞳は燃える様な深紅。

 「お前は?」

 「わたくし、バトラーと申します。こうしてこちらで会うのは初めてですね」

 藍蘭が聞くと、少女が答える。遊人に次ぐ、性別反転アバター使いの登場である。

 このアバターはバトラーのものだった。おそらく真夏がプレイヤーで、それに付き添う形でプレイしてるのだろう。

 「では早速、これの破壊に取り掛かりましょう」

 「なんで執事のお前がこんなこと……」

 「真夏お嬢様がゲームを楽しめる様にするのも、執事の仕事です。実はお嬢様とこのゲームを楽しませていただいてる次第でございます」

 藍蘭の問い掛けにバトラーは朗々と答える。しかし、藍蘭の中にある不信感は拭えない。

 その原因は、墨炎とラディリスを合体させた様なアバターにある。その二人の関係者か、それともただのファンか。それに、装備の強さがただ『お嬢様のゲームに付き添ってました』レベルではないのも一因だ。

 鎧も剣も、なかなかランクの高い装備だと藍蘭は実感する。この執事が言うとこは、何処まで本当だろうか。

 「おや、来客ですよ?」

 藍蘭の思考を遮る様にバトラーが言う。すると、藍蘭の足元に紫色のギターが叩き付けられて、ギターは砕け散る。

 「このギター……縁の?」

 「あいつは!」

 スカーレットと藍蘭が自分達の後ろを見ると、縁のアバターがいた。蔦の侵食は進み、服の代わりに蔦を着てる様な状態だ。

 「あいつ、化けるタイプのエネミーじゃないの?」

 『あれは縁のアバターだよ! この事件の元凶が操ってる!』

 藍蘭の叫びに、朱色が答えた。縁が接近し、全員が武器を構える。縁は服が昨日の藍蘭との戦闘で破れ、身体を蔦で隠している。肌の色は血の気を失い、表情も虚ろだ。

 「この事件の元凶が、縁を!」

 「なら仇討ちだ!」

 スカーレットが怒りを現にし、藍蘭も応じる。アバターを利用してるということが、縁を殺した犯人ということに直結するかは不明だが、スカーレットは何らかの形で感情を外に出さなければもたなかったのだろう。

 「なんか来たよ!」

 「こいつ……」

 「『固執生物テクナティーウォーカー』!」

 クインが広場にいきなり現れた生き物を見て驚きの声を上げる。氷霧も見覚えがあり、バトラーが固有の名称で呼んだ。

 水底から現れた生き物は四足歩行で、身体は甲殻を持っている。骨格としては背中にあたる部分が下になり、腹にあたる部分が背中になってるという、上下反対の様相である。

 『熱地南晴朗がリベレイション=ハーツで生み出した化け物。固執生物なんてイカした名前を与えたつもりはないけどね』

 朱色が生き物の概要を説明する。氷霧、クインと墨炎が熱地と戦ったデュエルはネット配信されている。そのためこの生き物はネット上で知られた存在で、特に決まった名称も無く南晴朗としか呼ばれていなかった。クインはそこで、疑問の声を上げた。

 「朱色! なんでコイツがいるんだ! あとバトラー! 何をイカした名前つけとんだ!」

 『ボクもすぐに消却しようとしたんだけど、すぐにいなくなってね。やはり、この事件の元凶の仕業みたいだ。こいつのしつこさを知って番人にしたんだ。やはり元凶はボクと同等かそれ以上の権限を持つ奴だよ』

 朱色が丁寧にこの化け物『固執生物』がここにいる経緯を説明する。墨炎はこの化け物を倒すため、もろとも自爆した。その際彼女が放った業火から逃れるため、化け物は身体を甲殻で覆ったのだ。

 甲殻と肉の間に空間を作れば高熱にも耐えられる。甲殻を中までギッシリ詰めたものにせず、クロワッサンの断面みたいな層にするのだ。表面は高熱で焼かれるが、層があるのでどんどん甲殻を作ればどうにか焼き尽くされずに済むというわけだ。

 藍蘭は某奇妙な冒険漫画の第二部でラスボスがそんなことをしていたのを思い出す。

 「誕生の経緯はだいたいネット配信で知ってました。それに南晴朗の生い立ちも。だから、それらを踏まえてのネーミングです」

 「なるほど納得。テクナティーは日本で固執とか執着って意味だもんな」

 「……」

 バトラーも名付けの経緯を語った。アメリカに銃を撃ちに行くため、英会話を勉強中のクインは名前の由来を即座に理解した。テクナティーという単語は中学で習うものではないので、氷霧にはわからなかった。

 「では、蔦の化け物は任せます。私と氷霧さん、クインさんはこれを倒しますので」

 「わかった!」

 バトラーのチーム分けに従い、藍蘭とスカーレットは縁のアバターを乗っ取ってる化け物に向かう。バトラー、氷霧、クインは広場に繋がる別の通路へ向かい、固執生物を誘導する。

 固執生物の方は内臓を墨炎の自爆で火傷してるのか、血を吐きながらバトラー達を追う。甲殻を作るのが遅く、内臓は無事で済まなかったらしい。固執生物は不思議と、藍蘭とスカーレットには興味を示さなかった。

 「【大雀蜂】!」

 藍蘭はいきなり絶爪で突き技を繰り出す。突き刺された縁は血が吹き出し、昨日ほどではないが吹き飛んだ。1、2回床を跳ね、そこで止まる。どうやら耐久力は増してるようだ。

 「【斬波きりなみ】!」

 スカーレットが刀を両手に持ち、床に刀を引きずりながら縁に走り寄る。スカーレットが刀を地面から掃うと、斬撃の波が生まれて縁を襲う。

 縁は身体を切り裂かれ、傷口を蔦で塞ぐ。蔦は傷口から直接出ていた。

 「傷口を?」

 「蔦をどうにかしないと、【リベレイション=ハーツ】!」

 スカーレットは戸惑うが、藍蘭はすかさずリベレイション=ハーツを使う。藍蘭の身体が青い雷で包まれる。

 「【雷鳴撃】!」

 藍蘭は縁に向かって絶爪を縦に振り下ろした。雷鳴が狭い空間に鳴り響き、縁は傷口を焦がして倒れた。蔦は焦げているので再生不能だ。

 「やった!」

 「いや、まだよ!」

 藍蘭は雷を納めてスカーレットを振り向くと、スカーレットは藍蘭の背後を指差して言った。

 「あか……の……」

 縁はスカーレットの名前を呼び、立ち上がる。スカーレットは刀を突き付け、縁に叫んだ。

 「縁の声で……これ以上何も言うな!」

 「わた……しを、ころせ……」

 縁はそれにも構わず、続けた。

 「サイバーガールズの中に、この事態の犯人がいる。それを……見つけて」

 「どういう……こと?」

 スカーレットは刀を下ろす。だが、藍蘭は絶爪を突き付けたままだ。そして、スカーレットに言う。

 「騙されないで、スカーレット。多分、黒幕が私達を惑わそうとしてる」

 『いや、これは縁の心がアバターに残っていて、それを今アバターが喋ってるんだよ。残留脳波ってやつが、アバターを操作している可能性があるよ。縁は最後にログインした時には既に、ある程度犯人について情報を得ていたんだ』

 朱色が横槍を入れる。ゲームマスターが言うならそうなんだろう、と藍蘭も絶爪を下ろした。

 『で、犯人はサイバーガールズの中にいて、ボクと同じかそれ以上の権限を持ってるんだね』

 「うん。朱色から……妹の話を聞いた時に気づいた……の。明らかにサイバーガールズの中に、朱色と……同じ性質の……人が……」

 朱色の質問に答え、縁は動かなくなった。だが、彼女は重要な情報を藍蘭達に残してくれた。しばらく沈黙があり、そのあとに朱色が口を開く。

 『ボクと同じ性質、同じ権限。間違いない。緋色が宵越に売った、ボクの妹だ』

 「そいつが犯人か」

 『断定できないけどね』

 朱色の口調からは認めたくない気持ちが滲んでいた。縁を殺した犯人と、この事態を引き起こした犯人が別人の可能性もあるのだが。

 朱色は妹と会うのを楽しみにしていた。そんな彼女の心境を考えると、非常に複雑なものだろう。声しか聞こえないので、表情を察することはできない。

 『さあ、あとはボクに任せて。こんなこと、すぐに終わらせるよ』

 朱色はそう言うと、火炎放射機を藍蘭達の目の前に二つ落とした。これで球根を燃やせということか。

 「やろう」

 「うん」

 藍蘭とスカーレットは火炎放射機を手にし、広場にある球根へ向かった。水の満たされた広場に入り、二人は火炎放射を球根に向けて放った。


 熱地学院大学 食堂


 熱地学院大学には広い食堂もある。低価格で美味しく、学生にも人気だ。

 「貴女はなんとも思わないの?」

 リディアはその食堂の長い机で、佐原に問い詰めた。机を挟んで向かいに座る佐原は平然と返す。

 「思わない。それが私だ」

 「自分が何者か、わからなくても?」

 リディアが佐原に聞いたのは、自分自身の在り方。リディアはクローンである自分の在り方に悩み、今の自暴自棄とも見える生き方にたどり着いた。

 佐原のインフィニティ能力は『他人の個性をコピーする』こと。その能力も氷霧と同じ先天的なものらしい。つまり、生まれた時から他人の個性をコピーし続けた結果が今の彼女であり、何一つ彼女自身のオリジナル要素を持たない。それゆえ、同じクローンでなくとも『自分の在り方』に悩んでいると感じたのだ。

 「私は確かに他人の個性の寄せ集めだ。だが、他人の個性を寄せ集めるなど、私にしかできないだろう? 同じく、『ラディリス博士のクローン』なんて個性は君のオリジナルたるラディリス博士すら持ちえないもの、私にもコピー不能なもので、君の完全なオリジナルだ」

 「そんなのでいいの……?」

 リディアは意外にアッサリと割り切る佐原を見て驚いた。佐原が他人の個性をコピーする上で手にした『達観』の個性が上手く作用しただけかもしれないが。

 「そんなものだ、アイデンティティとは。むしろ君みたいに揺れ動く方が若者らしいよ。憎しみしかない自分をしょうがないと受け入れていた遊人くんや、若くしてヤクザ屋さんの頭張る椿みたいにドッシリされても、見てる側だってつまらないさ」

 「……」

 「ま、要するに他人の個性の集合体でしかないのが私だ。それと違い、君はクローンたるゆえに揺れて自分を求める。自分を求め続けるのが君だよ」

 佐原はリディアに言う。高校生と思えない達観ぶりだが、彼女がコピーしてきた個性にはそうした揺れ動く時期を乗り越えて大人になった者の個性も含まれるだろう。

 インフィニティが進化した理由は『人類特有の社会に適合するため』。そう考えると、佐原が他人の達観までコピーできたのはリディアにとっても納得だ。周りが迷走を続ける中、真っすぐ走り続けることが出来たらどれだけ有利か。想像に難くない。

 「貴女はそうなのね」

 「これが私だ」

 リディアは立ち上がり、食堂を後にする。こうして揺れているのが自分なのか、リディアはある程度の収穫を得て熱地学院大学を去ることとなった。


 DPO ネクロフィアダークネス 繁栄の対価を払う澱みきった下水道


 下水道の広い水浸しな通路では、先日長篠高校で行われたレクリエーション大会の延長戦とばかりに固執生物と氷霧、クインが戦いを繰り広げている。

 「コイツ!」

 「【フローズンアロー】!」

 クインと氷霧が攻撃を放ち、固執生物にダメージを与えていく。クインのマグナム弾が左肩、氷霧の弓が右肩を破壊したため、固執生物の動きが止まる。

 この固執生物はかつてプレイヤーだったから未だプレイヤーなのか、それとももうNPCなのかエネミーなのか、バトラーはそれを考えていた。

 「しかしクインさんと氷霧さんでは身のこなしが違いますね。何故氷霧さんの方が圧倒的に洗練されてらっしゃるので?」

 「簡単な話、DPOにあたしを誘ったのが氷霧なのさ。こっちの世界じゃ電波も感じないし、氷霧はしばらく入り浸りだったのよね」

 固執生物が倒れ、水に沈んだのでバトラーは気になったことをクインに聞いてみた。

 クインが言うには、氷霧はインフィニティ能力のせいで急速に普及した携帯などの電波に苦しめられた。そこで、電波の無い世界であるDPOにログインしたのだ。

 氷霧は兄からDPOの情報を聞いたのだが、電波の苦しみから逃れる様にログインを繰り返していたら大規模騎士団のサブリーダーになるまで上達したのだ。氷霧がクインをゲームに誘い、クインはプレイヤーとなったのだ。

 「なるほど、謎が解けました」

 「あたしはマジの銃が撃てる機会だと聞いてログインしたんだけどね」

 クインはマグナムリボルバーを固執生物に向けて言う。クインはアメリカに銃を撃ちに行くため、英会話を勉強したのだ。それだけ、実銃を撃ちたいのだ。

 固執生物は水底に沈んでるであろうゾンビの死体を喰らって体力を回復していた。だが、内臓を火傷した状態で食事などすれば、ダメージが増える一方だ。

 「おら死にな!」

 クインがマグナム弾を固執生物に撃つ。5発ほどのマグナム弾を受けた固執生物は完全に倒れた。だが、クインはリボルバーの蓮根みたいな弾層にマグナム弾を6発入れ、固執生物にマグナムリボルバーを向けた。

 「あんたみたいな化け物は消えてなくなればいい!」

 「ラストエスケープ」

 氷霧の呟きを打ち消す様に、クインは有名な台詞を言ってマグナムを固執生物に乱射した。

 氷霧は先日、固執生物と戦った際、一人だけバイオハザードネタが解らず寂しい思いをしたので勉強したようだ。

 「さあ、広場に戻りましょう。あれはほかっといても、朱色がなんとかしますよ」

 「うん」

 バトラーの先導で氷霧とクインは先程いた広場へ戻る。その途中、クインは氷霧に話し掛けた。

 「なあ、あのバトラーって奴、戦い方が誰かに似てないか?」

 「?」

 氷霧が小首を傾げていると、バトラーの前に大量のゾンビが現れた。バトラーは剣を両手に持ち、技を発動する。

 「【フルフレイム】、グリル【ライジングスラッシュ】!」

 剣に燈る炎がゾンビを焼き、確実にダメージを与える。右手の剣を振り抜いた後、バトラーは左手の剣を突き出した。

 「グリル【シザーネイル】!」

 ゾンビの群れを掻き分け、バトラーは前へ進む。氷霧はその過程で何かを思い出したらしく、ある言葉を呟く。

 「バーニングライジングスラッシュ……」

 「なんか枕詞まくらことばが似てるよな」

 クインもその、ボイスコマンドの前に枕詞を置くバトラーの癖が誰かの物と被ったのだ。バトラーはゾンビの群れをさらに薙ぎ払う。

 「フランベ【マグナムX】!」

 「ブラストソニックレイド……」

 「だよな」

 バトラーがフルフレイムで強化した技を使う度に氷霧とクインは疑念を深めた。枕詞が違えど、どうしてもバトラーに『あるプレイヤー』の影が重なる。

 「まさかね」

 「まさか……ね」

 氷霧とクインはバトラーを遠巻きに見ながら、重なる影を振り払う。そうしてる内に、元の広場へ戻ってこれた。

 「汚物は消毒だー!」

 「世、紀、末!」

 球根は藍蘭とスカーレットが火炎放射機で消毒中であった。某世紀末救世主伝説のモヒカンで有名なあの台詞を言う藍蘭はともかくスカーレットのテンションが珍しく高いので、氷霧とクインは顔を見合わせた。

 「俺の髪型がサザエさんみてーだとッ?」

 「スカーレット、漫画変わったよ」

 これはレア。藍蘭がスカーレットに突っ込まざるをえない状況になった。火炎放射機からは炎が燃え盛り、球根を燃やしていく。

 「ズルズキン!」

 「火炎放射覚えないよー」

 本格的にスカーレットが壊れ初め、モヒカン意外火炎放射と繋がりの無いポケモンの名前まで叫び始めた。いや、藍蘭にもズルズキンが火炎放射覚えるかどうかの知識がない。

 「さて、行きましょう。ここは彼女達に任せて、ね」

 バトラーはスカーレットの気持ちを察し、その場を去った。そうすることしか、バトラー達には出来ないのだ。

 次回予告

 バトラーです。おや? どうやらついに雅さんとソックリアイドルが対面ですよ?

 次回、ドラゴンプラネット。『雅の秘策』。さ、どんな奇策怪策が出ることか。


  サイバーガールズメンバーリスト


 河岸瑠璃 生存(第5位)

 稲積あかり 生存(第6位)

 木島ユナ 生存(第2位)

 黄原彩菜 生存(第3位)

 緑屋翠 生存(第7位)

 赤野鞠子 生存(第1位)

 紫野縁 死亡:溺死

 上杉冬香 生存(第8位)

 泉屋宮 生存(第11位)

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