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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第二部
58/123

25.一路東京へ

 アイドル名鑑

 上杉うえすぎ冬香とうか

 九州出身のサイバーガールズメンバー。双子の姉、上杉夏恋がいる。

 年下妹系で人気。総選挙では上位でこそないが、固定のファンがいる。総選挙で上を目指すのではなく、今いるファンを徹底的に大事にする姿勢。


 新幹線内


 「ローカル線よりずっと速い!」

 ここは現実世界の新幹線。その窓際の席で、判別が付かないほど高速で流れる景色を見てはしゃぐ少女がいた。年齢は中学生くらいだろうか。着ている服も、中学の制服だ。席は車両の進行方向、前方に位置してる。客車に入る扉が目の前だ。

 少女の隣には二人、同じ制服を着た女子生徒が座っている。少女は二人に話かける。

 「氷霧先輩、クイン先輩! 新幹線って凄いですね!」

 「ぐぅ……」

 「感覚が昭和だな……」

 隣に座っているのは、氷霧とクイン。この二人は先日まで愛知県に出かけていた。その時は飛行機を使ったらしいから、新幹線は初めてだろう。

 やけに冷めたクインと、すっかりぐっすりな氷霧の後輩らしき少女は、そんな二人に言う。

 「先輩達は愛知で何してたんですか? 夏休みが始まる前に」

 「熱地学院大学との最終決戦だよ」

 クインと氷霧は先日、愛知にて熱地学院大学と決着を付けてきた。衛星兵器での戦いで表面上はチートプレイヤーと決着が着いたことにはなっている。だが、実際はクイン達が行った長篠高校でのレクリエーション大会が真の決着となる。

 長篠高校であった、クイン達長篠チームと南十郎率いる熱地チームの戦いはネットで中継されていた。それなのに、この後輩は見ていないそうだ。

 それを、クインが嫌味っぽく指摘した。

 「そんなんで学園騎士会長が務まるのかね、藍蘭」

 「ゲームの外で起こってることには、興味ありませんので」

 この後輩が、DPOのアイドルプレイヤー、藍蘭だ。他の女子中学生と大差ない様に見えるが、現実とはそういうものだ。

 この車両には、同じ制服を着た中学生がズラリと座っている。修学旅行か何かと思いたくなる風景だが、今は夏休み。別のイベントであることが容易に想像できる。

 「で、氷霧先輩はそのヘッドフォンのおかげでぐっすりなんですか?」

 藍蘭は氷霧が付けてるヘッドフォンに着目する。氷霧は愛知から地元の九州に戻った時、このヘッドフォンをしていた。これは電波を防ぐものらしい。

 これを付けてる氷霧は、通常より顔色がいい。常に電波を生身で傍受できる氷霧は、その処理に脳の一部を使ってしまう。そのため、ボーッとすることも多かった。だが、これを使うと電波を一切シャットアウトできるので、多少楽らしい。

 だが、電磁波は完全にカット出来ていない。だから、今だに電子レンジが使えなかったりするのだ。

 電子レンジは一種の電磁波を発する。『使用中の電子レンジの近くにいると、電磁波で病気になる』という都市伝説があるが、あれは氷霧が電子レンジに近付いて気分を崩す姿を見た同級生が広めたものだ。同級生は氷霧の体質を知らなかった。

 「朱色?」

 そんな不便な体質を持つ氷霧は起きた。電磁波を感じてのことらしい。松永順という学者が言うには、氷霧はインフィニティらしい。

 インフィニティ、人間の社会に適応し、進化した人類である。熱地学院大学はインフィニティを研究するために、その可能性がある軍人のクローンを生み出した。それが、熱地崩壊の引き金となった。

 『起こしちゃった? ゴメンゴメン。最低限の電磁波で声を起きてる二人だけに聞かせたかったんだけど……』

 「大丈夫、充分寝た。最近寝れる」

 氷霧は声だけの朱色に言う。朱色の声は氷霧、クイン、藍蘭の三人にしか聞こえていない。朱色はDPOのゲームマスターで、プレイヤーとのコミュニケーションも積極的なので、彼女を知らないプレイヤーはいないだろう。ボクっ娘だからか、固定のファンがいる。

 『ボクは二人にしか電磁波向けてないのに、氷霧は凄いよね。近くにいるだけでキャッチできるなんて』

 「で、用件は?」

 早く寝直したい氷霧は話題を急かす。

 『うんうん。用件ってのはね、最近DPOに異変が起きたから伝えとこうと』

 「異変?」

 クインはやれやれという様子だった。この前チートプレイヤーが出たばかりなのに、また不具合とは。

 『うん、異変。エネミーの中に、身体に花を生やした奴がいるんだ。そいつは通常より能力が高くなってるらしく、ボクが原因を探してるけど、見つからないんだ』

 「で、朱色はなんでここに?」

 藍蘭が根本的なことに気付く。話によれば、朱色が現実世界に出てこれるのは、電磁波の発生装置がある本社だけだ。だが、朱色は本社のある愛知県にまだ着いていない新幹線の車内に現れた。

 『この新幹線に装置を積んでるの。ボクは東京に妹がいてね。妹に会うために、九州の支社にある携帯用の装置を持ち出したのさ』

 なるほど、と話を聞いた三人は思った。そこへ、クラスの委員長が歩いてくる。生徒の人数を確認してるようだ。委員長は女子。いかにも真面目そうな眼鏡だ。

 『紅憐、話が……』

 朱色が委員長に話かけようとして、一旦停止する。委員長はゆっくり、氷霧の方を向いた。

 「紅憐?」

 朱色は委員長に話し掛けたつもりだが、近くにいる氷霧は電磁波を受けとって話を聞いてしまった。

 「聞き間違いよ」

 委員長は氷霧の疑いを聞き間違いとして処理しようとした。氷霧は紅憐というプレイヤーの人物像を思い浮かべ、委員長が紅憐ではないと判断した。

 紅憐は狂気的で、喋り方からしても委員長ではない。

 「寝る」

 「ふう」

 なんとかごまかせた委員長は安心した。委員長は急いで氷霧から離れ、そこへ朱色が話し掛けた。

 『いやー、メンゴメンゴ。うっかりしていたよ、紅憐』

 「私はプレイヤーであることを隠してるのよ」

 委員長は紅憐だった。あの狂気に満ちた紅憐の姿を知る者は、委員長が紅憐のリアルだとは気づかないだろう。

 ゲームとリアルで性格が変わる人間もいるのだ。

 『話は聞いたね』

 「だいたい理解した。私の方にも、情報は回ってる」

 紅憐の喋り方に違いがありすぎて、朱色は違和感を感じていた。朱色は基本愛知県にいるから、地元以外のプレイヤーとリアルで接する機会は少ない。

 紅憐は朱色の声を聞きながら、車両の間にある、トイレや自販機があるスペースへ移動していた。この中学生の団体は、いくつかの車両に跨がるほど数が多い。

 『いつものように喋ってよね』

 「了解ですぅ」

 ここなら誰も聞いてないので、紅憐も安心してゲームの口調で話した。

 紅憐がこうして現実とゲームで性格を変えるのにはわけがある。

 紅憐は責任感が強く面倒見もよいので、昔からクラスで学級委員長をしており、先生からも所謂優等生として認識されていた。だが、紅憐はそれをよしとしなかった。始めから性格を決めつけられ、自身の可能性を閉ざされてる気がしていたのだ。

 そこで出会ったのが、ドラゴンプラネットオンライン。三年前、ヨーロッパでサービスを開始したオンラインゲームだ。

 日本では渦海党により規制されたため、紅憐はヨーロッパを仕事で訪れた父親から情報とウェーブリーダーを得たのだ。紅憐はそれにより、日本のプレイヤーにしては早い段階でログイン出来た。紅憐の高い実力はこのためだ。

 紅憐はヨーロッパの人しかいない環境で、新たな挑戦をすることにした。現実とは違う自分を演出してみることだ。

 あの紅憐の狂気的なキャラクターは、紅憐の挑戦意欲により生み出されたものなのだ。

 一方、座席にいる氷霧達は新幹線に乗ってる理由について話していた。

 「サイバーガールズの総選挙に冬香先輩が出るからって、こんな大応援団組まなくても……」

 「東京行ける」

 クインは呆れた感じだったが、氷霧は東京に行ければそれでよかった。氷霧の兄は、東京にいるのだ。

 サイバーガールズメンバーの上杉冬香は、氷霧達がいる中学の卒業生だ。そこでこんな大応援団が組まれたのだ。

 「ここに本物のアイドルがいるのに……」

 藍蘭は呟いた。だが、ゲームのアイドルと現実のアイドルとでは、有り難さが違う。

 「確か、名古屋駅で合流するんだよね、長篠高校と」

 藍蘭はしおりを取り出して言った。同じく中学の卒業生、上杉夏恋が通う高校の生徒と、そこで合流する手筈だ。ちょうど、次の駅が名古屋である。

 新幹線は徐々に速度を緩め、駅に着いた。名古屋駅だ。いよいよ高校生と対面ということで、藍蘭は少し緊張気味だ。

 「スカーレットが最近ログインしないんだって?」

 「学校が忙しいみたいなんです」

 そんな藍蘭の緊張をほぐそうとしてか、クインがそんなことを言う。藍蘭のパートナー、スカーレットは最近ゲームにログインしてこない。学校が忙しいらしいが、今は夏休み。そんな忙しくなる用事があるだろうか。

 「受験かなんかだと思ったけど、スカーレットは同い年だし……」

 クインと氷霧が二年生、藍蘭が一年生なので、藍蘭と同い年のスカーレットが受験の講習で忙しいというわけはない。

 ほんの少しの時間でもログインすればいいのに、それすらしないのだ。DPOでは時間が5倍に引き延ばされ、現実の5分がゲーム内では25分になる。プレイヤーの中には、少ない睡眠時間を延ばすためにログインする者もいるらしい。待ち合わせには面倒だが、様々な利点がある機能だ。

 「フレンド登録してるから、ログインしてるかメニューでわかるけど……」

 「お、来た」

 クインが目の前の扉を見る。長篠高校の生徒達だ。彼らは中学生に比べると、少数だ。

 「やあ始めまして。私が生徒会長の佐原凪だ」

 最初に入ってきた、前髪を切り揃えた女子生徒が生徒会長の佐原凪。その後にも生徒が続いて入ってくる。全員制服のおかげで、高校生であることが一目瞭然だ。

 「氷霧くんにクインくんも久しぶりだね」

 「佐原会長」

 氷霧とクインは佐原と面識がある。特に、氷霧は自身の特殊な体質について相談を受けてもらったりした。

 さすがの佐原も、インフィニティ能力はコピーできなかったが、彼女も一応能力に悩まされることもある。人生や能力者の先輩として、氷霧を導いてくれたようだ。

 「さて、これだけ一カ所に押し込められると、すぐ個性のコピーができてしまうな」

 佐原はそんなことを言って、氷霧の横を通り過ぎた。藍蘭からすれば電波発言だが、能力の概要を知る氷霧とクインからすれば、実に彼女らしい発言であるといえる。

 「今日は年下受けするように保育士と教師の個性を適当に取り揃えたが、どうだ?」

 佐原は振り返り、氷霧達に言った。この人はまるで服でも着替えるかのように、個性を変える。佐原の言葉に氷霧とクインは、先日あった時ほど貫禄が無いことに気付いた。

 「確かに、親しみやすくなったな……」

 そんな佐原に、彼女の本性を知るらしい女子生徒が声をかけた。女子なのに男子の制服を着て、謎の違和感を藍蘭にひしひしと感じさせた。髪は短いのだが、顔立ちが可愛らしいので女の子にしか見えない。男子中学生が数人色めき立つ。

 それを感じた氷霧とクインはやれやれというポーズ。二人はこの女子生徒とも面識がある。

 「さて、自己紹介か。僕は三好雅」

 喋る声も高く、女の子ボイスだ。他の女の子に混じっても群を抜いてかわいいだろうその高校生は、いつかこの男子中学生の誰かから告白されそうだ。

 「あれ? あの人って、サイバーガールズの泉屋宮に似てる?」

 『そうだね。マイナーなメンバーだから皆気付いてないけど、髪伸ばしたらまさに、だよ』

 雅と面識の無い藍蘭と朱色がコソコソ話をする。朱色の声は藍蘭(と氷霧)にしか聞こえてないので、端から見ればただの独り言だ。

 朱色は一人称『僕』の女の子がもう一人増えて、何かを危惧した。多分、キャラ被りかなんかだと藍蘭は感じた。

 アイドル並にかわいい高校生の登場により発生した男子中学生の一方的な盛り上がりに、雅は慣れた様子で対応する。

 「僕は男だからね」

 藍蘭は驚愕した。三好雅は男なのだ。藍蘭はすぐに、男子の制服を着てることから事態を自分で合理化し、雅は男だと信じた。

 今だ信じれない男子中学生は、嘘だーとかざわざわしていた。確かに、男である証明が今の雅には一切出来ない。

 「ま、そういうことだ。諦めたまえ」

 「ギブアップ」

 雅と面識があったクインと氷霧は、雅に翻弄されたクラスメイトを嘲笑っていた。それは探偵を出し抜く怪盗の気分に近かった。

 「で、そこの女男はほっといて……」

 雅の後ろから、新幹線にいる大半の中学生が見覚えのある、あの人物が姿を現した。

 上杉夏恋。サイバーガールズメンバー、冬香の姉にして、今新幹線に乗っている中学生達の先輩だ。

 雅みたいな男のではない、本物の美少女の登場に先程より盛り上がりが激しくなった。知り合いということもあるのだが、夏恋はスタイルもよく髪も綺麗で、なぜ冬香と一緒にアイドルしないのかと疑問がちらほら出るレベルである。

 サイバーガールズのプロデューサーをして、『欲しい人材』といわしめるほど。歌や踊りの才能は未知数だが、自慢の毒舌はトーク番組の構成に一役買いそうだ。

 「さて、うちの男子はアリンコレベルがアップしたようね……。最早アリンコじゃなくて光にたかる蛾ね」

 毒舌が衰えていないのを証明しつつ、夏恋は雅を押しのけて入ってくる。

 「さて、そこの裏でヤバいことをしてそうな委員長さん」

 夏恋は車両と車両の間にあるスペースから戻り、自身の後ろにいる委員長に向かって言った。その委員長は紅憐であり、夏恋の言葉通り裏でヤバいこと、つまり狂気的なキャラのプレイヤーをしてる彼女はぐぅの音も出なかった。

 「なんでしょう?」

 「こんな大応援団。誰の出資? カンパ? 募金? 集団強盗?」

 「凍空財閥からです」

 紅憐委員長は夏恋の毒舌をスルーして、疑問に答える。集団強盗とは人聞きの悪い。

 凍空財閥は表五家の一つで、経済界を支配している。しかし、最近会長の凍空寒気が病死したために、後継者争いが激化してるのだとか。

 同じ表五家である宵越が推し進めるサイバーガールズ総選挙は、海外から地下都市の事故を隠蔽してたことを責められた宵越テレビにとって、起死回生のラストチャンスである。社長こそ引責辞任したが、結局世襲だったためにさらなる批判を海外メディアから受けた。

 なんとか国内から批判が出ないようにメディアを操作する宵越だが、宵越に所属しない週刊誌やネットニュースを作るメディアから批判が出始め、収集が着かない事態になった。普段は自分達に従わないメディアを適当なニュースでおとしめて潰すのだが、今これをすると海外メディアがまた批判を激しくするのだ。

 完全に袋小路な宵越の活路が、このサイバーガールズ総選挙。それを応援しようとする人達に出資して、イベントを盛り上げようとするのが凍空の魂胆だろうと夏恋は思った。

 現在、表五家は二つが潰れて残るは三つ。学会を牛耳る熱地学院大学は、地下都市の事故とクローン製造の責任を問われ、理事長の熱地南晴朗が業務上過失致死で逮捕された。後継ぎの熱地南太郎は暴漢(佐原凪)に襲われ入院、その息子、熱地南十郎も発狂して入院した。

 その後、外国語科を持つ熱地学院大学は、大学にいた外国人教授達から海外のニュースが生徒に流出した。生徒達による大規模な抗議活動の末、熱地学院大学は既存の幹部を全員失った。学会を牛耳った勢力が内部から一掃されたため、熱地は最早ただの大規模な大学へと成り果てた。学会を支配する組織としては崩壊した。

 もう一つ、表五家で滅びたのは司法を司る松永家。松永家の裁判官が熱地南晴朗の裁判を担当した際、一審にて現在の南晴朗が精神不安定になってることを理由に無罪とした。これに疑問を持った裁判官や法律の専門家は多数いた。南晴朗が事故を起こしたのは、精神の安定していた時期なのだから。

 判決文は『被告は当時から現在にかけて、精神が不安定だったため罪には問えない』といったもの。だが、南晴朗の精神不安定が最近、長篠高校視察の後に始まったことは、多くの証言があり確定している。

 表五家の裁判を担当し、有利な判決を導き出す役割を帯びた松永家は役目を全うした。が、それにより専門家や海外メディアの疑念を高めてしまった。さらに、松永順の内部告発や、直江遊人を始めとするクローン製造に関与していたことがバレて、松永家の裁判官は全員罷免された。

 罷免に関わったのは野党と渦海党の造反組。造反組は全員離党した。

 今のところ、批判が主に海外メディアからのみなのは、宵越の隠蔽がある。記者クラブや大規模な広告代理店を持つ宵越は、その権力を利用してお茶の間に一切の情報が流れないようにした。そのおかげで、国内から不満が噴出せずに済んだ。

 だが、ネット世界はこうもいかない。元々、ネットの発達で情報を操作しきれなくなった末の、『円卓の騎士団』利用によるDPO破壊活動が事態の元凶なのだから、当たり前である。

 ネットで海外のニュースを見た若年層が、情報をひた隠しにする宵越テレビ及び新聞に対して抗議デモまで起こす騒ぎになった。

 かつて、表五家の力が松永経由で警察にまで及んでいた時期ならデモの許可は出なかったと、ある警察幹部は語る。

 「凍空……ね」

 そんな壮絶な異変も、後継者争いの真っ最中だった凍空には全く影響を与えなかった。機能が停止してるのだから当然だ。

 夏恋は凍空が遂に宵越のサポートをするほど体面を整えたかと実感して呟く。

 「後継者は誰になったのかしら……」

 「後継者はいません。凍空は財閥そのものを解体する予定です」

 夏恋の独り言に返す声があった。

 その声は夏恋の後ろから聞こえてきた。夏恋が振り返ると、仮面をかけた執事がいた。白髪に日本風の仮面。明らかな不審者だと夏恋は実感した。年齢が自分と同じくらいだったのが、尚更不信感を強めた。

 「何か新手の不審者が……」

 「不審者ではございません。わたくし、凍空真夏お嬢様の執事、バトラーでございます」

 不審者扱いされた執事は自己紹介をする。バトラーと名乗る執事は、礼儀正しくお辞儀をした。

 「声もどっかで聞き覚えあるし……、もしかして、知り合い?」

 「それは他人の空似でございましょう」

 バトラーの声に聞き覚えがあった夏恋は、知り合いが変装してる説を提唱する。だが、バトラー学会はその論文を門前払いする。

 「確かに似てるな」

 「他人の空似なら、個性のコピーが新規で出来て然るべきだが……。出来ないぞ? これは一度、コピー済みらしいな」

 雅と佐原も出てきて夏恋の説を支持する。そして、佐原は呼吸のリズムで他人の個性をコピーする能力からバトラーの正体を特定した。

 「もしかして……n」

 「おっと! もう静岡を過ぎましたか。新幹線は速いですね!」

 佐原が子音を言い終わらない内にバトラーは言葉を遮る。よほど正体を知られたくないのか。

 「氷霧、持ってる携帯電話から特定できない?」

 「やってみたけど、ダメ。多分携帯の番号か、機種そのものを変えてる」

 クインは隣にいる氷霧に、インフィニティ能力による個人の特定を依頼した。だが、氷霧の能力は携帯などの電波を傍受する能力。携帯を変えられたら特定は不可能だ。

 「でもさ、あの人の声似てないですか? ゲーム実況者のナイチンゲールさんに」

 「ああ、言われてみれば」

 藍蘭は声というアプローチからバトラーの正体に迫る。クインもナイチンゲールという実況者が作る動画を見たことがあるので、同意した。

 ゲーム実況とは、ゲームのプレイを実況して動画を作って、動画サイトにアップロードすることだ。見たことない人はYouTubeかなんかで調べて見よう。

 「なるほど、ナイチンゲールさんはいくつかの個人情報を動画で明かしていたな」

 「面白いアプローチだ。私の仮説と合っているか試してみよう」

 そこに佐原が割り込む。実況動画など見たことない佐原は、クイン達の情報に頼ることにした。

 「まず、ナイチンゲールさんは中二まで諸事情により、学校に行ってなかった」

 クインはナイチンゲールという人物が動画で明かしたという個人情報を挙げていく。佐原の知り合いなら、これで少なくともナイチンゲールの正体はわかる。そこからナイチンゲールと声の似てるバトラーの正体も予想できるという寸法だ。

 「ナイチンゲールという名前はある意味自嘲から付けられたものらしいな。小さい頃に病院暮らしをしていて、看護師さんにはかなり世話になったようだ」

 「なるほど、だいたいわかったよ」

 佐原そう言うと、クイン達の下を去る。そして、バトラーに自分が出した答えを告げに行く。

 「お前はやっぱりn……」

 「おっと、目的地に到着したようですね」

 バトラーはもう一度、佐原が子音を言い終わらない内に言葉を遮る。それは同時に、佐原の仮説が正しいことを告げた。

 新幹線は目的地に停車したので、一同は新幹線を下りる。そこから凍空財閥が用意したバスに乗り、あっという間に宵越テレビ本社に着いた。球体みたいなものが引っ付いた、変わった建物だ。朱色はインフェルノ東京支社に電磁波発生装置を置くため、一旦お別れとなった。

 「ここはお台場なのね」

 「海近い」

 お台場の広場でクインと氷霧が周りを見渡して喋る。実は宵越テレビ本社をモデルにしたDPOの戦闘フィールドがあり、この二人は訪れたことがある。

 たしか、墨炎とラディリスと共に、プロトタイプを探しに来た時だったか。

 「……!」

 「どした?」

 そんなことをクインが思い出していると、氷霧が何かを感じて振り返った。

 「朱色……?」

 「朱色は支社に行ったんじゃ……」

 氷霧は朱色に近い電磁波を感じたらしい。だが、朱色はお台場から遠い東京支社に向かったはずだ。

 「氷霧先輩、クイン先輩! サイバーガールズの人達ですよ!」

 電磁波の正体を探してキョロキョロする二人に、藍蘭が呼び掛ける。サイバーガールズのメンバーがやって来たのだ。

 「あっち……」

 氷霧は電磁波の発生源を感じたらしく、サイバーガールズ達がいる場所へ走っていく。氷霧が自分から走るのは珍しく、クインはすぐに追い掛けた。

 人だかりになっているので、それを掻き分けて二人は藍蘭に合流した。藍蘭は人だかりの最前列にいたのだ。

 「冬香先輩と何だかよく知らない人が三人います」

 藍蘭は冬香以外知らないようで、知らない人呼ばわりされた三人はズッコケそうになった。素人の恐ろしさは、こうした気遣いの出来ない部分だとクインは感じた。

 「えっと、私は黄原彩菜」

 一番年長らしきアイドルが自己紹介した。そして、次に一番年下らしきアイドルが自己紹介する。ツインテールでバリバリロリっぽいのに、妙な落ち着きを感じた。

 「私は、赤野鞠子……」

 「で、私はリーダーの河岸瑠璃です。皆、DPOのプレイヤーなの」

 アイドルのリーダーは補足情報を加えての自己紹介だった。見れば見るほど、瑠璃はリーダーが板に付いた人だ。だが、河岸瑠璃が一言喋る度に、氷霧の表情は険しくなる。

 「だんだん電磁波が強くなる……」

 「もしかしたら、こいつらの誰かが電子レンジでも持ってんのかな」

 クインはあまり深刻に事態を捉えなかった。氷霧は耐えられないほどの電波や電磁波を感じたらちゃんと気絶する。この能力の恐ろしいところは、下手に耐えると電波などの影響で発狂しかねないとこだ。

 公用で川の辺に宿を取った時、発狂して行方不明になったら目も当てられない。その点でいえば、氷霧は大丈夫であることをクインは知ってる。氷霧が中島敦の小説、山月記の李徴りちょうみたいな結末になる心配など、彼女はしていない。

 それは氷霧を知る他のクラスメイトも同様で、DPOのプレイヤーであると宣言した瑠璃達にアバターの名前など聞く始末。氷霧に関する心配といえば、東京はアスファルトばかりなので、倒れて頭でも打たないかということくらいだ。

 「私はそのまま、ルリ。でも赤野はお洒落さんなのよ。スカーレットって、洒落た名前じゃない?」

 瑠璃は自分のことをさておき、相手を立てることは忘れないタイプの人間らしい。赤野、スカーレットは名前のセンスを褒められて、少し照れていた。

 「スカーレット……!」

 「どした藍蘭?」

 だが、そんな瑠璃のそつがなさにより発表された名前に驚く人物が一人いた。そして、並々ならぬ驚愕を表情に出す藍蘭に、クインが声をかけた。

 「藍蘭……?」

 そして、藍蘭の名前に赤野は明らかな動揺を見せていた。周りがざわざわと騒がしくなる。藍蘭と赤野がいる場所がもし沖縄なら、ざわわとサトウキビが揺れた音だ、と自分達に言い聞かせることも出来たかも知れない。

 だが、ここは無味乾燥なコンクリートジャングル、東京都。高層ビルがざわわと揺れたら、未曾有の大災害を疑った方がよい。

 周りがざわつくのも無理はない。藍蘭とスカーレットといえば、知らない人はいないDPOの名コンビ。その名コンビが、リアルワールドに揃ったのだ。

 本来は同名プレイヤーの線を疑うべきだが、彼女達は二人ともボイスエフェクト未使用。つまり、ゲーム中でアバターが喋る声も、今二人が喋る声も同じ。ゆえに、声で互いの存在を確かめ合ったのだ。

 「藍……蘭」

 「スカーレット……」

 生徒達は、某テニス漫画よろしく今にも黄金のオーラをまとって『同調シンクロ』しそうな二人の空気に圧倒された。

 「藍蘭!」

 「スカーレット!」

 そして名前を呼び合い、抱擁。まるで南極物語のラストシーンみたいな光景に一同が涙した。どっちが調査員で、どっちがタロとジロだとか、その例えならタロかジロ役が足りないという無粋なツッコミを全員が仕舞う。

 このお台場に、昭和映画史に残る感動の名シーンが再現されたのだから。


 東京都 秋葉原某所


 「その例えだと、どっちが調査員でどっちがタロとジロだよ! それに人数の関係でタロかジロが足りないだろ! それなのに南極物語を例出すとは、ナンセn……」

 「バトラー?」

 「バトラーさん?」

 秋葉原の街中で、執事のバトラーは全力で無粋なツッコミを夏の青空に叫んだ。一緒にいた雅と佐奈が驚いたので、最後までツッコミを叫ばずにバトラーは飲み込んだ。

 「失礼。突然ツッコミの血が騒ぎまして」

 《バトラーのそれは発作みたいなものですから》

 バトラーの隣をピッタリついて歩く、ワンピース姿の少女が首にかけたホワイトボードに文章を書いて雅と佐奈に説明する。

 少女は小学校中学年くらいで、どうやら喋れないようだ。先程から筆談で話しているのはそのためか、と雅は考える。

 「で、僕達だけ抜けてきたけど……。目的は冬香の応援じゃなかった?」

 「いえ、表五家宵越の討伐が、私と真夏お嬢様の目的です」

 《だから、わざと凍空の人間だと目立って九州の別荘から来た》

 バトラーの言葉と少女、凍空真夏の書く文章で雅は納得した。バトラーが新幹線で、『財閥そのものを解体する予定』と言ったのは、表五家を潰すからなのだ。

 だが、なぜ表五家を潰すと公言する男が凍空財閥の令嬢、凍空真夏の傍にいられるのか雅には疑問が残った。さらに、真夏は表五家潰しに賛成の意向を示していると思われるから驚きだ。

 「九州に別荘あるのね。凍空財閥の前身、天保5年に薩摩藩で開設された凍空海運は九州の貿易、主に琉球や清との貿易で利益を上げ、明治政府に強大な影響力を持ったって小耳に挟んだよ。あと、明治8年に凍空財閥となり、本社を東京に移したから本邸は東京にあるって。現在の資産は14兆5237億8423万円と発表されてるよ」

 佐奈は小耳に挟んだ程度では記憶しきれないはずの情報を、サラリと喋る。さすが絶対記憶。

 「ここではある人物と合流する予定なのですが……いましたね」

 バトラーは前方を見渡して、合流する予定の人物を探した。その人物はちょうど目の前にいた。

 「ヤッホー、バトラーくーん!」

 「サイバーガールズの稲積あかり、か」

 目の前にいたのはサイバーガールズの稲積あかり。クラスメイト、直江遊人の幼なじみだという情報を雅は癒野優という解剖医から得ている。

 「で、この人が宵越討伐に関わるのか?」

 「いえ、今日は遊びに来ただけです」

 雅はバトラーの言葉を聞いてガックリ力が抜けた。あかりが宵越討伐のキーパーソンだから会いにきたのではないのだ。

 「あかりさん。紫野ゆかりのさんはどうしました? あの人もオフでしたよね?」

 「ゆかりちゃんは少し遅れてくるって言ってたけど……来ないね」

 バトラーは紫野縁とも合流する予定だったらしい。縁は、キャラを目立たせるために髪を紫に染めているアイドルだ。アイドルに詳しくない雅も紫の人といえば縁が浮かんでくるので、その戦略は成功だろう。

 「もう一人、ね……直江刑事はどこに?」

 「東京湾で、ドラム缶に入った遺体が見つかったって」

 さらにバトラーとあかりは、直江愛花刑事とも合流する予定だったのだ。直江刑事を知ってる佐奈は、管轄でもないのに事件に首を突っ込むという行動を、実に彼女らしいと感じた。

 バトラー、真夏、雅、佐奈、あかりはいる人数だけで、秋葉原見物に行くことにした。


 宵越テレビ本社 控室


 「やっと終わった……」

 縁が遅れた理由は、宵越テレビでの撮影が長引いたからだ。ちょっと狭い控室にようやく、縁は荷物を取りに来れた。

 畳張りの控室にあるテーブルの上には、たくさんのお菓子が盛られていた。幾つか真夏へお土産で持って行こうと縁は考える。

 靴を脱いで畳に上がり、置いてあるバックを取りにいく。私服紹介の撮影だったため、幸い着替えの必要がないことを縁は内心喜んだ。帽子とサングラスをすればすぐ外出できるからだ。

 私服は紫でまとめたスタイル。ホットパンツやジャケットまで紫なのだから驚きだ。

 紫に染めた髪は、一般社会じゃ目立つ。実は、紫のカラーコンタクトまで入れているのだから、サングラスも必要だ。

 「さて、行こう」

 お菓子を一掴み、バックに入れた縁は靴を履いて控室を出ようとする。しかし、扉が開かない。

 「あれ?」

 縁は鍵を確認する。もしかしたら、着替える時の癖で閉めてしまったのかもしれないと。

 鍵を確認したが、鍵など一目で開いてるか閉まってるかわかるものではない。一回、鍵を回して扉を開けてみる。

 「開かない……?」

 縁は扉の建て付けでも悪いのかと、扉をずらしたりしていろいろ試す。だが、扉は一向に開く気配がない。

 夢中になって扉を開ける方法を模索する縁。だが、思い付く限りの手を尽くしても、扉は開かない。そして万策尽きた時、部屋に起きた異変に気付く。

 「水?」

 部屋に水が侵入していたのだ。それも、いつの間にか腰辺りまで水嵩が増していた。

 「や……ちょっと……」

 水嵩は速いペースで上がり、あっという間に胸まで来たのだ。

 「誰か! 助け……うぷっ……!」

 縁が助けを呼ぼうとすると、水は頭の上まで急に水嵩を増す。不思議なことに、この水は身体が浮かないのだ。泳げない人ならまだしも、縁はサイバーガールズで最も泳ぎが得意なのに、この水では浮くことが出来ない。

 (誰か……助け……。意識が……)

 縁は浮くことの出来ない不思議な水に呑まれ、身体を水底となった畳に身を横たえた。この水には、抵抗が一切ないのも不思議だった。だが、息の出来ない縁には、そんな些細なことはどうでもよかった。

 呼吸の出来ない苦しみに、縁は畳を強く握りしめていた。畳の井草がちぎれるが、その破片も水には浮かなかった。

 (お願い……誰……か)

 縁は遠退く意識の中、助けを待った。だが、誰も来ること無く、縁は握った手を力無く開いた。

 次回予告

 皆様始めまして。私、バトラーと申します。

 サイバーガールズの総選挙が始まり、どなたが栄冠を捕まれるか、非常に楽しみではありますが、私には役目があります。

 宵越の討伐。それには、まず社長の宵越弐刈にコンタクトを取る必要があります。

 おや、藍蘭様とスカーレット様は、何やらつもる話があるそうですよ?

 次回、ドラゴンプラネット第二部。『藍蘭とスカーレット』。次回も、是非ご覧下さい。


 サイバーガールズメンバーリスト

 河岸瑠璃 生存

 稲積あかり 生存

 黄原彩菜 生存

 赤野鞠子 生存

 紫野縁 生……存?

 上杉冬香 生存

 泉屋宮 生存

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