視界ジャック10 夕暮れ、憎悪と決意
市民病院 病室
「エディ……」
学級長である三好雅は、動かなくなったクラスメイトを見て呟いた。他にも、夏恋、煉那、涼子、佐奈、門田、佐竹が病室にいた。
遊人はすでにいない。エディが死んだという事実を受け止めることができないのだろう。先に家に帰った。
「事情はさっき話した通りです」
東京から急いで帰ってきた順が雅達に話した。デステアの事故から表五家、自身と遊人の誕生の経緯まで全て。結果、自分が新田遊馬という人物のクローンであることを知らないのは、本人である遊人だけとなったが。
「順、といったな」
雅は順に近寄って話しかける。全員に緊張が走った。
「表五家ってのは、どいつだ?」
「全員いきなり殲滅は難しいから、頭から確実に潰すつもりだ。先程、熱地の当主、熱地南晴朗は倒した」
「協力させろ」
「え?」
雅が言ったのは、順にとって予想外だが、他の全員には予想通りの言葉だった。順は困惑気味だが、雅は続ける。
「表五家潰しを僕にもやらせろ、って言ってるんだ」
「正気かい? もし失敗したら社会的に抹殺されるぞ?」
「クラスメイトを殺されて、黙ってられっかよ!」
そう叫んだのは門田だった。
「私も、そいつらをぶっ飛ばす」
「煉那だけじゃ心配だから、私もやるよ」
煉那と涼子も名乗りを上げた。
「私もやる! 絶対に許せないよ!」
「許さねぇぜ、表五家!」
あのおとなしい佐奈ですら、アイドルにしか興味がないはずの佐竹すら怒りを現にした。そして、残ったのは上杉夏恋。必然的に全員の視線が集まる。
「私もやる。ここで降りたら、私が臆病みたいじゃん」
夏恋は捻くれた言葉ながらも、みんなと戦う決意をした。ここにいる全員が順に協力することを決めたのだ。
「そんなみんなに朗報だ。佐原さんがお膳立てしてやったぜ」
病室にいきなり入ってきたのは生徒会長、佐原凪。いきなり現れたので全員驚いた。
「佐原会長! それは……」
お膳立てしたと聞いて、雅は戦慄した。この人の危険さは承知しているのだ。血生臭い事件にならなければいいが、と雅は思った。
「私がショック死した熱地南晴朗くんをせっかく心臓マッサージで助けてあげたのに、息子の南太郎くんと孫の南十郎くんが怒っちゃってね。私は制服を着ていたから、すぐ私が長篠高校の生徒だと気付いたよ」
「それで?」
雅は恐る恐る聞いた。佐原が何かすると、大抵ろくなことにならないのは周知の事実だ。他のクラスメイトは知らないが、雅は体育祭の準備で関わっていたので佐原のヤバさはわかっていた。
「そこで熱地学院大学は、長篠高校の視察を決定した。まあ、報復として取り潰す前段階だが……。ここで事故を装って殺っちまえよ。南太郎くんが迂闊にものこのこ来るからさ」
やっぱそういうことか、と雅はため息をついた。佐原は人の命を省みない。雅が佐原と会ったのも、佐原が競技に鉄骨渡りを入れようとしていたその現場なのだから。
もちろん佐原がやろうとしてたのは平均台みたいなちゃちなものではなく、校舎の屋上と校舎の屋上の間に渡した、落ちれば即死の鉄骨渡りである。そんな『ざわ……ざわ……』としかならないような競技を思い付くだけならまだしも、実行しようとするのだ。
「この事態は先生方や生徒諸君にも伝えてあるから、南太郎くんは1対1000以上、という死にゲーを通り越した無理ゲーを、それはもう強いられることになるね」
佐原が言うように、長篠高校の生徒と教員を合わせれば1000人を越す。だからといって殺っていいわけではないのだが。
「おー」
「いいじゃん」
「やっちゃおうぜ」
煉那、門田、佐竹の三人はその作戦を気に入ったようだ。
「佐原さん。そこはそんな血生臭い展開よりも、確実かつ平和的展開のほうが好ましいよ」
順もさすがに突っ込んだ。佐原の作戦は手っ取り早いが、色々マズイ。
「ここは抗議デモ的にしよう。エディが死んだ原因は熱地のミスなのだから」
「僕は順に賛成」
「わ……私も」
雅と佐奈は確実で平和的な順の作戦に賛成した。べつに熱地を殴ってもいいのだが、後々面倒なことになりそうだ。
「いや、ここはこの作戦でどう? せっかくだし、遊人が恨みを晴らせる形でさ」
夏恋は全く違う作戦を提唱した。涼子も同じ意見みたいで、黙って作戦を聞いている。夏恋は作戦の内容を喋りだした。
「……」
その内容を一同は黙って聞いた。そして、順は静かに口を開く。
「なるほど。実はというと、DPOにチート行為を仕掛ける際にサーバーを細工するのは無理そうだから、ウェーブリーダーに細工したことがあるんだよね。試作品はあるけど、脳への負荷が大きすぎてね。ま、完成させる前に緋色もやしさんがセキュリティホールを教えてくれたから、サーバーへの細工が出来たんだけど……」
順は全員を見渡して言った。そして、ポケットからその試作品を取り出す。機器が大型化されているせいで、夏恋が遊人に譲った物が密閉型イヤホンをベースにしたのと違い、ヘッドフォンをベースにした物となっている。
「危険だからうっかり誰かが使ったりしないように持ち歩いてたんだよね。これを利用させれば熱地の破滅は決定的なものになるよ」
「決まりね」
夏恋は納得したように頷いた。遊人自身に恨みを晴らさせる作戦らしい。
「では、僕は作戦の準備をするよ」
順は病室を飛び出し、作戦の下ごしらえにかかる。自分で患者であり幼なじみであるエディの仇、熱地を討てないのは残念だが、エディを愛してくれた兄に任せるなら構わなかった。
「兄さん。舞台なら用意しとくよ」
岡崎市 インフェルノ本社
インフェルノの本社。その社長室に緋色は拘束されていた。端から見ればただ社長の椅子に座ってるだけだが、朱色の機能によりロープで縛られていると脳が誤認させられ、動けないのだ。
「見えないロープに縛られるとはね……」
「電磁波を操作して人の五感を刺激、そしてボク自身やボクが生み出す物の存在を誤認させる。もやしが渚のノートから盗んだ技術じゃないか」
朱色はいつもの姿で、宙に浮いていた。緋色が遊人に敗北された後、順が派遣した山田田中丸によって拘束されたため、封印をインフェルノの社員に解いてもらったのだ。
「その分じゃあ、宵越にサーバーごと売ったボクの妹もろくなことになってないみたいだね」
「いやあ、妹さんは無事だよ」
朱色はいつでも緋色を殺せるように、緋色の真上に1000トンと書いた重りを浮かべていた。椅子一つ潰せない架空の重りだが、電磁波で人間の脳はその存在を誤認して、有る物と捉える。これが落ちたら、インフェルノ本社にダメージを与えることなく、緋色を圧死させられる。脳は重りが有ると思い込んでいるのだから。
「しかしビックリだね。遊人とエディに思いっ切り戦って貰う為に、リベレイション=ハーツのリミッターを解除したら凄いのなんの。まさかデステアの事故までエディの記憶から再現するなんてね」 朱色は先程の遊人対エディの戦いを収めた映像を見て呟いた。リベレイション=ハーツは理論上、プレイヤーの心次第ではゲームバランスを崩しかねない威力を持つ技すら出せる。だが、ゲームバランスを保つためにリミッターをかけてあったのだ。
そのリミッターを外した結果エディのアバター、ラディリスの多段変身や記憶の再現が行われた。さらに、遊人は『まだエディと戦いたい』という感情からHP全回復という現象も起こした。
「とりあえず、もやしは警察に突き出すか……」
朱色は捕まえた緋色を持て余しながら、人間の可能性について考察した。
「リミッター解除なリベレイション=ハーツがボクみたいなシステムを利用して現実で起きたりしたら、それはもう大変なことになったね!」
熱地学院大学 名古屋キャンパス
熱地学院大学は全国の主要都市である札幌、東京、大阪、福岡、そして名古屋にキャンパスを持つ。国立大学でこの広大なキャンパスは、極めて異例である。
その名古屋キャンパスの廊下を、熱地南十郎は苛立ちながら歩いていた。祖父、南晴朗が襲撃されたという報告を受けたのだ。 長篠高校の生徒会長、宵越新聞の記者、愛知県警の刑事、黒羽の組長、外国メディアの記者という世にも奇妙でカオスを極めた混成パーティーに襲われた南晴朗は腰の骨と肋骨を折る重傷。寝たきりとなった。
混成パーティーの一員である愛知県警の刑事、直江愛花が言うには、
『立花さんが内部告発を始めたら熱地の老いぼれが軍隊引き連れて来たから助けに入った。老いぼれは女子高生が銃を軽々分解する姿にショックを起こして倒れたため、その女子高生が救命措置を施したが、その際骨を折ってしまった』
とのこと。警視庁は愛花の報告と外国メディアの記者が収めた映像を見て納得して、カオスを極めた混成パーティーの面々は無罪放免となった。
一昔前、表五家が警察権力を握っていた頃ならこうはならなかったと南十郎は思った。だが、『ある事件』を理由に警察権力からの撤退を余儀なくされたので仕方ないね。
その事件を起こしたのが、新人だった直江愛花である。二重の意味で南十郎は悔しさを隠し切れない。
そんな彼の前に、松永順が歩いて来た。彼は熱地にしてみれば裏切り者だ。トランクを転がしてるところを見ると、荷物を取りに来たのだろう。順の拠点は東京キャンパスだから、荷物は今彼が転がしてる大きめのトランク一つで済むはずだ。
「松永……順……!」
「おや、世紀末救世主南十郎くんだ。君に伝言がある」
順はポケットから紙を取り出して言った。紙はプリント用紙で、何かが書いてある。
「熱地学院大学校長、熱地南太郎氏視察に伴い、長篠高校の生徒さんがDPOを利用したゲーム大会を開いてくれるそうだね。三人メンバーが必要だから、奮ってご参加願うよ」
「何……?」
南十郎は怪訝そうに紙を見た。確かになんの変哲もないゲーム大会らしい。
「ふん。学力で勝てないと踏んで、ゲームなら勝てると来たか。馬鹿げてる。ならそのゲームすら完勝してくれる!」
自信満々、いや自信過剰な南十郎に順が注意する。実は夏恋の作戦、既に始まっている。
「トランクに入り切らないから置いていくけど、僕の部屋にスッゴいDPOが強くなる道具が置いてある。でもスッゴい脳に負担がかかるから、ずぇっ……たいに使ったらダメだからね。絶対に、絶対に使うなよ。松永さんとのお約束だぞ」
順はそんなことを言って南十郎の前から去った。南十郎は順がいなくなったことを確認すると、全速力で順の研究室に向かった。
順の研究室に入った南十郎が見たのは机に置かれた、ヘッドフォンらしき物が三つ入った鍵付きガラスケースだった。どうぞ割って下さいと言わんばかりに、近くにバールが落ちていた。
南十郎は早速ガラスケースを割ってヘッドフォンを頂戴する。その様子を廊下の影から順が見ていた。
「計画通り」
すべて計画通りだった。そう、夏恋の作戦とはゲームで熱地を倒すというものだ。夏恋は全感覚投入ゲーム特有のリアリティを生かして、ちょっと脅かしてやろうとしたのだ。全感覚投入ゲームの初心者は迫り来るエネミーの恐怖にショックを受けることも稀にある。
だが、順はそこに自分の試作品で熱地の破滅を確実なものにしようとした。夏恋は『どうせ熱地は終わりだし、社会的に死ぬ前に脅かしてやれ』程度に考えていた。暴力でボコボコにすると、相手が自身を正当化する口実を得てしまう。
「さて使うかな。使うよな。そりゃあ、ゲームなんてしたことないから、危険な物でも頼りたくなるさ」
順は脳に負担がかかり過ぎて危険な改造ウェーブリーダーを熱地に使わせることで陥れる腹積もりだ。あれで能力を上げても遊人は勝つ。
南十郎があれを使う確証はあった。例えゲームといえ、表五家の人間は総じて無駄にプライドが高く、たかだか庶民に負けることを許さない。南十郎はゲームなど、トランプくらいしかしたことないから、敗北は決定的だ。だから強くなる道具があると聞けば真っ先に飛びつくと予想出来た。
さらに、三人という人数にも罠があった。南十郎は表五家以外の人間を見下しており、部下にはしてもチームメイトにすることはなかった。チーム戦を持ち掛ければ、必ず表五家出身の人間を連れて来て、尚且つ改造ウェーブリーダーを使わせるだろう。
つまり、上手くいけば南十郎と同年代の表五家出身者、つまり表五家の後継者を二人余分に潰せる。改造ウェーブリーダーで一回戦えば、充分脳が負荷に耐えれず崩壊すると順は解っている。
順は夏恋が遊人自身に恨みを晴らさせる脅かし程度の作戦を、表五家破滅にまで拡大したのだ。
「ま、南十郎くんは家族以外に心を許さないから、もしかしたら南太郎と南晴朗をパーティーに入れるかもね」
順はトランクを転がして歩き出した。とりあえず名古屋キャンパス限定の味噌煮込みうどんバイキングを食い納めるために食堂へ向かった。
次回予告
エディを失い、またあの時の様に心を失いかけた遊人。しかし、確実に憎しみの炎は燃え上がっていた。その遊人をある人物が訪れる。
決戦に向かい、大きく加速する遊人達の運命。その先に何があるのか。
次回、ドラゴンプラネット。『復活の炎』。