22.日没
ドラゴンプラネット チュートリアル
インフィニティ
円形の染色体を二つ合わせて∞(無限大)の形をとる染色体、インフィニティ細胞を持つ人間のこと。
インフィニティは人知を越える力を持つとされ、情報化社会に適応した進化を遂げた人類ともいえる。
インフィニティの一人、佐原凪は『他人の個性や特技をコピーする能力』によって、特異な個性による様々なアドバンテージを失わせることが可能。人類特有の競争社会に適応した能力といえる。
かくいう遊人もインフィニティの可能性があり、優れた観察能力を持つ。
だが重要なのは、佐原の言う通りインフィニティの仕組みや能力などではない。熱地は未知の領域に科学者としての誇りもなく踏み込み、結果的に遊人という反乱因子を生み出した。熱地の崩壊は自業自得と言える。
『私と、付き合って下さい』
そんな一言から始まった、俺とエディの恋愛。だが、それはいきなり終わりを迎えようとしていた。
「冗談だろ……、生きてろよエディ!」
俺はエディの身に起きた異変を聞き付けると、すぐに市民病院へ向かった。市民病院に着くなり、病室を聞いて駆け付ける。
エレベーターを待つだけの余裕はない。階段を駆け上がって病室へ急いだ。教えてもらった病室の番号が扉に書かれていることを確認すると、扉を開ける。
「エディ!」
病室のベッドには、確かにエディがいた。人口呼吸機とかの生命維持装置を付けられ、ベッドに寝ていた。目は閉じていた。心拍数を確認する機械のモニターは、0という数字を示していた。
つまり、エディの心臓は動いていない。
「おいエディ」
俺が言うと、モニターは少しだけ、1という数字を表示した。
「エディ!」
俺が駆け寄り、エディの耳元で言う。すると、モニターは数字とエディの心拍のリズムを刻み始めた。
「驚いた……。まさか蘇生するとは」
後ろにいた主治医が呟く。俺はエディのことで頭がいっぱいだったから、気付かなかった。
俺がふと見ると、エディはウェーブリーダーを耳に付けて、携帯に繋いでいる。携帯は、デュエルの申し込み待ち状態の画面になっている。体育祭の日に夏恋達とデュエルしたように、俺から申し込めばデュエルできる状態だ。
「エディさんは心肺こそ停止しましたが、脳波はまだ残っています。デュエルすれば、まだエディさんに会えます」
「言われなくても」
俺はウェーブリーダーを携帯に繋いで、装着する。ドラゴンプラネットオンラインのメニューを開くと、対戦申し込み待ちのリストにエディのアバターの名前があった。
俺は近くのパイプ椅子に座る。そして、すぐに対戦を申し込んだ。エディの携帯を操作して、対戦を受ける。
世界が一周回る感覚には慣れた。気づくと俺は、地下都市にいた。かつて、朱色が俺にメアを渡すため、俺と墨炎を隔離したフィールドだ。
「エディ!」
「遊人」
すぐ近くにエディのアバター、ラディリスはいた。いつも通りの姿で安心した。
「大丈夫なのか?」
「ごめん。病気で死んじゃって」
エディは確かに死んだ。だが、俺が来てから一応蘇生したし脳波も生きている。
「意識が無くなった時は声かけると生き返るっていうだろ? 気をしっかり持てば大丈夫……」
「無理だよ。私の身体は全身癌に犯されてる。意識があっても、身体は……」
エディはそう呟いた。あの時エディの飲んでた薬は抗がん剤だったのか?
「昔、私は家族でデステアっていう地下都市に住んでたの。こんな地下に丸々摩天楼を入れたみたいな場所じゃなくて、地下鉄の駅とかにある地下街みたいなとこかな? そこの電力を賄ってた原子力発電所が爆発して、私以外みんな死んじゃった」
エディは自分の過去を喋る。エディが癌になったのは、多分その時だ。被曝して、癌になった。たまたま爆発からは助かったが、放射線がエディを苦しめていた。
癌になれば余命は短くなる。俺が始めてエディの家に行った日、『付き合って欲しい』と言ったエディの言葉の裏から感じた焦燥感はこれが原因か。
「順が作った薬は副作用も殆ど無くて、凄く楽になった。けど、順の薬でも今までの抗がん剤でも、転移を続ける癌を治せなかった。今は朱色にウェーブリーダーのリミッターを解除してもらっているから、どんなに身体が死にかけても強制的にログアウトさせられないけど、もうすぐ私は死ぬ。その前に、お願いがあるの」
エディは槍を構え、俺に最後のお願いをいう。これで最後。俺はどんな願いだって聞くつもりだ。
「いいぜ」
その意思を聞くと、エディはにっこり微笑んで俺に言う。最後のお願い。エディの唇から発せられる言葉を、俺は一つひとつ丁寧に聞き取る。
「私と、対戦して」
「望むところだ」
エディは俺へ駆ける。槍からは炎が吹き出ている。炎魔法か?
「【リベレイション=ハーツ】!」
「いきなりか!」
エディのリベレイション=ハーツによって生まれた炎は、彼女の全身を包んだ。そして、炎が晴れた時、エディの姿は変わっていた。
レジーヌの様な橙基調の装甲付きのボディースーツに身を包み、ビームジャベリンを手にするエディはまるで天使のようだった。
エディの頭上には天使の輪が光っている。
「本気でいくよ!」
「来い!」
俺もビームサーベルを取り出し、エディに向かう。これがエディの、最後のお願い。俺も全力だ。
エディは殆ど飛行してるような状態だ。装甲の至る所にスラスターがある。
エディの突き出した槍を、俺はビームサーベルで受け止める。技無しの通常攻撃でこの速度だ。なかなか厄介だ。
「【ライジングスラッシュ】!」
俺が反撃に右手で放ったライジングスラッシュも余裕の回避。エディは身体を反らしただけで避ける。
「なら、【シザーネイル】!」
俺は両手にビームサーベルを持っている。突き攻撃のシザーネイルを左手で撃ち、エディを捉える。
エディはシザーネイルの直撃を受けるが、それは計算づくだった。エディはすぐに攻撃に転じた。
「【フルフレイム】【ラムダスパイク】!」
「ぐっ!」
炎を纏った槍の一撃を俺はまともに受けた。しかも胸のど真ん中だ。傷痕が焼ける臭いがする。シザーネイルの後、一瞬の硬直時間を狙った一撃だ。フルフレイムは攻撃に火属性を追加する炎魔法か。
「ここからが見せ場、システム外必殺『ソルヘイズ』! まずは【フレイムバーナー】で飛行して……」
「システム外必殺?」
倒れた俺に向けて、エディは飛び上がる。エディは槍の先から出る炎魔法をスラスター代わりに飛んでいる。たしかフレイムバーナーは凄い反動がある技らしい。だが、その反動をコントロールして空飛ぶとか……。
「そして急降下!」
エディはバーナーの反動で急降下を開始。速度が着くとエディはバーナーをやめた槍をこっちに向けた。
「【フルフレイム】【ラムダスパイク】!」
フルフレイムで切っ先から炎を吹き出す槍が俺に迫る。炎ダメージを追加するフルフレイムと基本的な槍技のラムダスパイク。この二つのコンボは鉄板なのか? 使ってるとこ見たことないけど。それだけ今までの敵が弱く、今が本気だということだ。
そもそもDPOにおいて、魔法はオマケみたいなものらしい。だが、DPOは全感覚投入システム導入ゲームのテストヘッドとしての役割も持つ。だから動作環境や使用感覚などのテストを行うために魔法は実装されている。
「危なっ!」
「【ラヴァウェーブ】!」
俺は全力の一撃をギリギリで回避する。服が吹き飛び掠った右肩が露出したがギリギリだ。だが、トドメとばかりにマグマの波が俺を飲み込んだ。
効果的に技を繋ぎ、昇った太陽が落ちてきた様な破壊力を生んだ。これがエディの必殺、ソルヘイズ!
確実に俺のHPは6割減った。ヤバすぎる。これをもう一回喰らったら終わりだ。エディのHPは2割も削れてない。とりあえず立ち上がらないとまずいな。
「だが、観察は完了だ。一つサンプル見せるだけでも、俺に必殺作って下さいって言ってるようなもんだぜ」
そう、テストの時偶然目覚めた観察能力は、一過性の火事場の馬鹿力などではなかった。今も継続している。
エディは攻撃を全て避けようとせず、威力の弱い技は急所を反らして喰らいにくる。そして、技の後にほんの一瞬だけある硬直時間を狙う。これがエディの基本スタイル。この対戦だけじゃなく、俺はエディの戦い方を今まで見てたのだ。
なら、威力の弱い技を受けるという点に付け込むのがベストだ。
「行くぞ! 俺のシステム外必殺、ルナティックディザイア!」
俺は連結させた二本のビームサーベルをくわえ、素手でエディに飛び掛かる。素手によるパンチ。グローブを装備したり拳術スキルの技を使わないとかなり弱い、エディなら受けにくる技だ。
「これなら……」
エディは俺の狙い通り、受ける姿勢を取る。だが、これはパンチではない。掴むだけなのだ。
「なっ!」
「これなら逃げれん! 【ガーネットディザイア】!」
エディもさすがに驚いたようだ。そもそも何かくわえて技名を言うだなんて、高度なテクニックだからだ。
俺は口から放したビームサーベルからビームを出し、右手に持つ。そして動けないエディにガーネットディザイアを当てる。
縦横無尽に飛び回って切り付けるガーネットディザイア。そのラストにエディは地面に叩き付けられた。
「より確実に決められる、ガーネットディザイアの上位技……それがルナティックディザイア」
エディは立ち上がる。HPはだいたい同じくらいまで削れたか。
「いい必殺技ね」
「お前のソルヘイズもな」
とりあえず互いの必殺技は見せた。俺のなんか即興もいいとこだがな。エディは手を天に掲げ、ボイスコマンドを呟く。
「【リベレイション=ハーツ】」
エディはさらにリベレイション=ハーツを重ねるつもりだ。エディの周りから炎が吹き出る。これ以上どうなるってんだ?
「お約束の第二形態か!」
「御明察」
エディのビームジャベリンが消え、背中に巨大なミサイルコンテナが現れた。さらに両腕には巨大なキャノン。かなり強そうだ。
さらにエディが出した炎に包まれた周囲は姿を変え、地下都市から何やら王座の様な場所に変わった。RPGとかでよく見る城の王座を、ちょっと近未来的にした場所だ。
「【プロミネンスシュート】!」
「なんだそりゃあ!」
ミサイルとビームが飛び交い、俺に直撃。こればかりは避けも防ぎもできない。気付いたら俺は、何十メートルも吹き飛ばされていた。コートも吹き飛び、下に着ていたシャツもボロボロだ。
瓦礫の上に倒れこみ、危険度を実感する。
「HPヤベェ……」
遂にHPは2割下回った。既にゲージは赤い。これで第二形態かよ。
「最後だよ。遊人」
エディがキャノンを向けて呟く。もう一撃喰らったら終わりだ。何か、策はないか?
「【プロミネンスシュート】!」
ビームとミサイルが発射される。さて、いよいよピンチだ。せめてエディみたいに空飛べたらな……。
「それだ! 【リベレイション=ハーツ】!」
俺は衛星兵器での戦いを思い出した。俺はリベレイション=ハーツで空を飛べたんだ。赤みがかったオレンジ色の翼が背中に現れる。エディはその時いなかったから知らないようで、驚いていた。
「避けた?」
「行くぞ!」
ビームサーベルの重さから、出るビームの量が増大して感じられた。ビームの刃を見ると、確かにビームが巨大な剣を形作っている。
「ギガビームサーベル!」
巨大なビームサーベルが、エディの第二形態を両断した。
エディの傷口から炎が吹き出て、周りを包む。また景色が変わるのか。今度はショッピングセンターの吹き抜けみたいな場所だ。
だが、俺達がデートで訪れた場所ではない。全く知らない場所だ。真ん中には噴水がある。
俺はそれを上空から見ている。吹き抜けの、かなり上の方だ。
「【アルカ・ショック】!」
「うおっ!」
飛んでいた俺は何かに叩き落とされた。噴水に激突して、水浸しになる。リベレイション=ハーツの翼が守ってくれたからダメージは少ない。
「第三形態か!」
「行くよ!」
エディは姿形こそ大きな変化はないが、両手が巨大化している。あれで殴られたらヤバい。エディはお構いなしに拳を突き出して飛んできた。
「【ナック・ブースト】!」
「ちょまっ……!」
エディの技はギリギリ避けたが、衝撃波だけで軽く吹き飛ばされた。俺は床を何度も跳ね回り、ブティックらしき店のショーウインドーに叩きつけられてようやく止まった。ショーウインドーは防弾ガラスなのか、ひびが入っただけだ。
「強いな……!」
「【アルカ・ショック】!」
仰向けに倒れた俺に、エディは容赦無く拳を振るう。腹部に渾身の一撃が入り、俺は口から大量の血を吐いた。
「うっ……げほっ!」
「【ラッシュックル】!」
エディはそれでも俺のHPが無くならないと解ると、技を続けて出す。エディの拳で全身の骨が折られる感覚が、痛みが無い分ハッキリわかる。
しばらくすると、骨が折られるというよりも砕かれるという感覚にシフトする。そして、エディは両手を祈る様に組んで振り上げた。
「【ボルケーノ・クラッシュ】!」
最後の一撃。だが、エディは俺から攻撃を反らした。それがわざとだと気づくのに、そんなに時間はかからなかった。
俺の背中を、地面から噴き出したマグマの噴水が打ち上げた。熱と共に俺は上空へ飛ばされた。
「【フレイムミサイル】」
エディが静かに技の名前を呟くと、俺に向かって無数の炎が飛んでくる。抵抗できない俺は炎を受けるしかない。
炎の直撃を受けた俺はHPを失い、ボロ切れの様に床に落ちた。メアの身体は限界だ。ペインアブゾーバーで痛みをカットしてなければ、既に死んでいる。
負けたか。いや、リベレイション=ハーツをしたらもしかしたら? エディともっと対戦したいし、試すか。
「【リベレイション=ハーツ】」
すると、俺の身体からオレンジ色の竜みたいな波動が現れてエディを襲う。
「くっ……、最後の一撃?」
エディはその波動を受け止めるが、熱で装甲やスーツが溶け始めていた。競り合いの末、エディは波動を押しのけた。
「ていっ!」
波動は俺の下に向かう。身体に波動が戻ると、俺のHPは完全に回復していた。だが、身体はボロボロのままだ。
「これでまだ、戦える!」
と、俺は言ったがアバターが限界だ。骨が砕けたから、上手く動けない。エディは装甲を解除して、普段の鎧姿を見せた。
「最後の一撃……【リベレイション=ハーツ】!」
「こっちも、【リベレイション=ハーツ】!」
俺とエディはリベレイション=ハーツを同時に発動する。身体を炎が包み、炎で出来た剣を構えて突撃する。紅い炎が俺、橙の炎がエディだ。
「いけええええええっ!」
エディの渾身。本当の渾身にして会心の一撃が俺に迫る。まるで太陽がその場にあるみたいだ。ヒリヒリと露出した肌が痛い。脚はただでさえ剥き出しなのに、上半身も半裸だからな。ペインアブゾーバーを貫通してるのかと疑いたくなる。
「最高に……」
エディの攻撃を受け止めた俺は髪や肌が焦げ付く臭いを嗅いだ。ジリジリと暑い。だが、俺も負けられない。
「ハイセンスだな!」
俺はエディの攻撃を受け止めたまま、炎の威力を増していく。そして、俺とエディの間が光って、俺の意識を吹き飛ばした。
@
「今日の研究は上手くいったな」
「しかし熱地の所長は無能だな。あんな奴に原子力発電ユニットの管制権を任すのが怖いぜ」
気付いたら、研究所らしき場所に倒れていた。アバターのままだ。傷だらけのボロボロも変わらない。
研究員達が話をしているようだ。そこへふと、太陽の香りが通り過ぎる。白衣を着た金髪の女性が歩いていたのだ。
「エディ!」
俺は思わずエディの名を呼ぶ。しかし、女性は振り向かない。俺はふらふらの身体を引きずって、女性を追い掛けた。研究所は広く、何度名前を呼んでも女性は反応しない。
研究所を出て、道に出た。だが、地下鉄ホームの地下街みたいな雰囲気はどこまで行っても変わらない。所々にある『デステア』の文字。ここは地下都市デステアか。
「エディ!」
何度目になるだろうか、俺はエディの名前を呼んだ。ようやく、女性は振り向いてくれた。女性はまるで、エディをそのまま成長させたような印象がある。眼鏡もかけている。
「気のせい?」
女性は俺に気付かず、再び歩き出した。この空間だと、俺は女性や他の人に見えないのか。
「あ」
女性は近くの店に意識を傾けた。いつのまにか、商店街らしき場所まで来たのか。店は服屋だ。
「これエディに似合うかな……?」
女性は服を見てそう言った。その服は、夏らしい水色のパーカー。前開きで、裾が長いからワンピースにも出来そうだ。
この人はエディの母親か姉だろう。他人にしては似ている。
その時、地下中にけたたましい警報とアナウンスが鳴り響いた。
『緊急連絡! 外部の操作により、原子力発電ユニットが臨界寸前! 繰り返す、原子力発電ユニット臨界寸前!』
「え?」
女性は困惑の表情を浮かべる。そして、俺の目の前が強烈に光る。顔を被った手に何か当たる。俺は咄嗟に掴んだ。カードのような物らしく、ネックストラップがついていた。
さらに遅れて衝撃。俺は吹き飛ばされた。恐らく、あれがデステアを壊滅させた爆発。これはデステアが崩壊した日の記憶。恐らく、エディの記憶だ。
@
「う……」
気付いたら、俺はエディに膝枕されて寝ていた。エディは鎧が壊れ、下に着ていた服も所々焦げていた。HPは1残っていた。俺は戦闘不能だった。
「負けた」
「まさか私がレッドゾーンまで追い込まれるなんてね……」
エディは俺の頬撫でて言った。俺はふと、手の中にある感覚に意識を向ける。両手で握っていたのは、認識カードの様な物だった。ネックストラップで首にかけられるようになってる。
「これは……?」
カードをよく見ると、顔写真と名前、役職が記されている。顔写真はさっき会った、エディに似た女性の物だ。書かれた名前は『ラディリス・ソルヘイズ』。役職は『人類進化研究所 所長』。
「これ……お母さん!」
「え?」
エディが叫んだ。苗字が違うが、旧姓だろう。結婚した後も仕事場では旧姓を使っていたのだ。本名は恐らく、ラディリス・ルーベイ。
ラディリス・ソルヘイズ。母親の名前をアバターと必殺技に付けたのか。
しかし現実世界の物がなんでゲームに? さっきの映像は、リベレイション=ハーツのぶつかり合いでエディの記憶が流れ出したのか?
「これが……、エディの?」
「うん。でも、デステアの事故で死んじゃった」
どうりで似てるわけだ。そして、あれがデステアの事故。俺は気になったことをエディに聞く。どうせ最後だし。
「エディ。デステアの事故ってなんなんだ? さっき、それらしい映像が流れたんだ」
「遊人なら教えるよ。デステアの事故のこと」
エディは悲しげな表情をして、事故のことを話した。エディにとって辛い思い出のはずだ。
「デステアの事故は、デステアにある原子力発電ユニットの管制権を持っていた熱地南晴朗が起こした、人為的なものなの」
熱地が起こした人為的な事故か。ヒューマンエラーなのか。にしても、さっきふと聞いた研究員の呟きは的確だった。誰も原発なんてちょっとのミスが大事故に繋がる精密な施設を、癒着の塊みたいな奴に任せたくはないよな。
「熱地の安い好奇心が起こしたの。南晴朗は限界ギリギリまで発電したら、どうなるか実験した」
「そのことは順から聞いたのか。まああいつらのことだし、科学者気取ってウッカリなんかにデータをまとめておいたんだろ。それを順が欲しがってたのか」
エディは頷いた。順は双子の弟だし、長い間離れていても何となく行動パターンが読める。
「順は事故のことを聞いてはいたが、告発には確実な証拠が必要だったんだな」
「うん。私に接触したのも、順からなんだ。順は薬を作るのが専門みたいだし」
エディが言うには、順は調剤が専門らしい。主な成果としては、俺の細胞を調整する薬にエディの使った副作用の無い抗がん剤くらいか。
「私は事故で生き残って、表五家を滅ぼそうとする順に手を貸した。順は自分の様に作られた人間がこれ以上増えないようにしたかったらしいの」
「作られた?」
意味がわからないな。そういえば、緋色が俺をクローンがどうたらと言っていた。双子だし、順もクローンなのか?
「とまあ、難しい話はこんくらいにしよう。もっと楽しい話をだな……」
「そうだね。でも、時間みたい」
エディは申し訳なさそうに呟いた。見ると、エディの身体がうっすら消えかかっていた。俺によくわからない焦燥感が込み上げる。
「エディ! これはあれか? 朱色が対戦終わったから、ウェーブリーダーのリミッターをかけ直しただけだな! 現実の身体はギリギリだもんな! ホントにナンセンスな奴だ!」
「遊人、ありがとう。こんな私と付き合ってくれて」
エディは俺の髪を撫でる。俺は衝動に突き動かされて、エディに抱き着いた。身長が現実世界より圧倒的に低いので、エディの胸に顔を埋める形になる。
衝動的に動くなんて、心が壊死して以来始めてのことだ。
「行くな、エディ!」
「ごめん。でも、最後にもう一つだけお願いがあるの」
エディは俺を抱きしめて言った。エディの身体から橙色の光が漏れ、太陽の香りがする。
「順に、手を貸してあげて。そして、表五家を滅ぼして。あれが残ってる限り、悲劇は繰り替えされる」
「なら一緒だ! 一緒に表五家を倒すんだ!」
俺の言葉を聞いたエディは黙って首を横に振った。エディの身体は徐々に消え始める。
「一緒には無理だけど、私は遊人の心で生きている。あ、でも私よりいい女がいたら、ちゃんと付き合ってよ」
エディはまるで最後の言葉でも伝える様に、丁寧に喋る。
「遊人は料理も上手だし、絶対一生独身は勿体ないよ」
「いや、俺にはエディしかいない!」
エディは俺の頭を撫でる。知らない間に、俺の両頬は濡れていた。これは……涙? 緋色との戦いで心を治したから、アバターだけど泣けるようになったのか?
たしか、アバターが泣くにはウェーブリーダーがプレイヤーの脳波から悲しみを取り出さないといけないんじゃなかったか?
「遊人には、たくさん仲間がいるよ。夏恋、煉那、涼子、佐奈に門田くんに雅くん。愛花さん、氷霧、クイン、プロトタイプにレジーヌ。まだ数え切れないほどいる。だから、私がいなくても大丈夫」
「俺は……」
エディの身体は殆ど消えかかっていた。身体の端が炎の様に揺らめいて、消えていく。
「エディ!」
「私、もう行くね。向こうでお母さんとお父さんに会ってくる。渚さんにも遊人のこと話しておくね」
エディの身体は、もう触れられなくなっていた。そして、炎が燃え上がる様に、蝋燭が燃え尽きる瞬間の様に、エディは消えた。
「さようなら。私、遊人に会えてよかったけど……」
エディは声しか聞こえなくなっていた。そして、空からエディの最後の言葉が聞こえた。
「もっと遊人と生きたかったなぁ……」
そして消えた。最後の言葉は奇しくも、俺の名前以外は渚と一字一句同じだった。エディは声すら無くなった。俺の腕の中は、空っぽになった。
「エディ……」
初夏のある日、俺はエディと出会った。いつもの通学路で、道案内を頼まれたのが始まりだった。突然、お礼と称したキスを受ける。
体育祭が終わり、しばらくしたある日、エディは長篠高校に転校してきた。そして、その日中に告白されて付き合うことになった。
月日は流れ、テスト。俺とエディは協力して乗り切った。俺が変な能力に目覚めたが、そんなことはどうでもいい。テストが終わった日に、始めて口と口でキスしたっけ。
初デートは映画見て、ゲーセンで遊んで、買い物したな。あの日は楽しかった。
そして今日、エディは俺の下から消えた。エディが遺したのは僅かな炎の熱、光、そして太陽の香り。
「う……あ……」
俺は何も無くなった腕の中を抱く。必然的に身体を抱く形になる。アバター、メアのあまりに小さな身体は震えていた。
「エディ……」
熱も光も、太陽の香りも消え失せて、冷たい風が髪を撫でる。俺に残ったのは、心の空洞だけだった。
7月2日、夏が本番を迎えようとしたある日の夕方。俺の彼女、エディ・R・ルーベイは人生の幕を静かに、あまりに突然に降ろした。