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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第一部
46/123

視界ジャック9 腐敗の終焉

 熱地学院大学 講堂


 「これより、熱地学院大学が発表する『全感覚投入脳』の学説について、記者会見を行います」

 日本を牛耳る表五家の熱地が運営する熱地学院大学とはいえ、講堂はいたって普通の作りだった。ただ、椅子の座り心地やマイクの音質から金はかかってると真田総一郎は実感した。

 講堂の前、普段は教授がいるであろう場所には熱地学院大学の理事長、熱地南晴朗がいる。年齢からして、きっと既にボケてると総一郎は感じた。

 講堂には多くのマスコミ関係者がいるが、全て宵越の仕切る記者クラブの取り決めに従うだけの傀儡だ。

 これから始まる荒唐無稽な新説の発表にも、一切の疑問すら質問しないように仕組まれている。

 (その記者クラブを仕切る宵越の記者だから反乱は無いとみたか? 甘い!)

 総一郎は心の中で呟いた。これから起こすのは、確かに反乱だ。総一郎は息を潜めて、形だけの質問時間を待った。

 テレビカメラもある。一応マスコミが仕事をしていると示すため、事前に口裏を合わせた質問を熱地とマスコミの間で交わすのだ。ここまでくると、最早茶番だ。

 総一郎が順、椿と打ち合わせた作戦はこうだ。

 まず、質問の時間までは大人しく待機。質問の時間になったら順が手に入れた情報に基づき『地下都市デステア』の一件を糾弾する。黒羽組のネットワークで海外のメディアが既に講堂付近に潜伏している。糾弾が始まったら、彼らがどさくさに紛れて突入する。

 日本では全く報道されないと海外では波紋を呼んだ事件だ。自ら報道を規制し続けた宵越新聞の記者が糾弾するとなれば、恰好の話題だ。

 さらに心強いのは椿が呼んだ助っ人。万が一熱地が暴力で事を収めに走ったら、『彼女達』の出番だ。

 「それでは質問の時間に移ります。質問のある方は挙手を」

 (準備は万端。後は私自身を信じるまで!)

 高級な音響装置が流すアナウンスを聞き、総一郎は固い決意と共に立ち上がる。他の新聞社の記者が手を上げていてもお構いなしだ。

 打ち合わせ通りの展開を妨害された記者が立ち上がり、総一郎に近寄る。茶髪にピアスと、どう見ても不良。

 「おいオッサン! 打ち合わせではうちの社が一番んがはあ!」

 「順番を語るなら、まず髪とピアスは直せ。ふむ、最近の若者はあまり実用的な鍛え方をしてないな」

 総一郎は腹への鉄拳一撃で不良記者を吹き飛ばすと、話を続けようとする。あまりに急な出来事に、講堂はざわつく。

 そこへ多種多様な服装の外国メディア記者が講堂へ突入する。黒羽組が招いた記者達だ。さらに講堂は混沌とする。

 「何の真似だ、宵越の記者!」

 「今の私は宵越の記者ではない。娘の前で格好付けたいだけの父親だよ」

 南晴朗は唾を飛ばして喚くが、別に唾の届く距離にいるわけではない総一郎は気にせず話す。

 「地下都市デステアが消滅した事件。それは、貴方達熱地が起こしたことですね」

 「そんな証拠、あるとでも思うてか!」

 南晴朗は内心ビクビクしていた。順がその情報を持ち出した直後のことだ。円卓の騎士団が壊滅したから、こうして別の方法でDPOを滅ぼそうとしている。だが、その矢先にこの発言だ。

 (宵越は表五家を裏切るのか? 特に自分に都合が悪いから、とドラゴンプラネットオンラインの破壊に我々を集中させて、我々を出し抜いたのか?)

 南晴朗は疑心暗鬼に陥っていた。元々は表五家の情報統制に不都合だからとDPOの破壊を試みたわけだ。だが、論文などを捏造してDPOへの不信感を高めたりと動いたのは熱地が主。

 (表五家は熱地を、わしを切り捨てるのか? 熱地だけを仕事に掛かり切りにさせて、熱地を出し抜く策略か!)

 実際は、宵越がマスコミを利用したネガティブキャンペーン、凍空が企業に圧力をかけてスポンサードの停止を行っている。だから、熱地だけが仕事したわけではない。

 おまけに予測の中身が『宵越が表五家を裏切り』から、いつの間にか『表五家が熱地を裏切り』に変わっている。総一郎の予測通り、南晴朗はそろそろ限界のようだ。

 総一郎は南晴朗にトドメを刺すべくスーツの懐から、順から預かった資料を取り出す。

 「まず、地下都市デステアが存在したのは太平洋のソルヘイズ島という小さな島。そこではデステアが消滅した直後から、放射線の量が増大した」

 「放射線など、この世にはない!」

 「デステアで使用する電気は原子力発電所で作られた。つまり、デステア消滅の原因は原子力発電所の爆発。そしてその発電所を外部からコントロールできたのは熱地学院大学の人間。つまり、これは熱地の過失!」

 南晴朗は完全に追い詰められた。南晴朗に指を刺して、決まったと総一郎は満足げだった。娘がテレビを見ていてくれるはずだ。気合いの入りも違う。

 南晴朗と総一郎。二人の表情は正反対だった。


 岡崎市 理架の家


 理架は総一郎に言われて、帰宅後すぐにテレビを見ていた。夏服の白い半袖セーラー服から部屋着に着替える間も無く、理架は生まれて初めてテレビを食い入るように見つめた。

 が、

 「……放送事故?」

 テレビの画面は『しばらくお待ち下さい』と書かれているだけの画像を流していた。どの局も、同じ状態だ。

 それはそうだ。『新発見! 全感覚投入システムの危険性!』と大々的に特売を示し合わせるように組んだのに、総一郎がひっちゃかめっちゃかにしたので流せなくなったのだ。

 熱地の発表を生放送で伝える予定だっただけに手痛い。


   @


 一方、熱地学院大学の講堂では娘にカッコイイ姿を見てもらえなかった哀れな父親が熱弁を奮っていた。

 「唯一の生存者、エディ・R・ルーベイの証言もある!」

 「ぐっ……」

 「さらに、全感覚投入脳の論文は捏造である! 実際のプレイヤー達には論文に書かれている様なな異常は見られず、それどころか性別逆転のアバターを使用しても問題がなかった! 感情を失ったプレイヤーがいるという事例も、初めから感情が壊死しているプレイヤーを例に上げた時点で無意味!」

 (理架、父さん今一番カッコイイだろ?)

 総一郎はかなり輝いていた。だが、事実を知ればその輝きも悲しい。

 その様子を遠くから、ワンセグ携帯で番組を確認しながら取材していた外国メディアの記者は総一郎がかわいそうになってきた。

 「将軍、止めてやれ」

 アメリカの牧場経営者みたいな姿の記者が将軍という東洋人に声をかける。ちなみに将軍は日本人ではない。

 「いや、今止めるのはかわいそうだ」

 将軍はそう言いながら、ワンセグ携帯で番組を見ていた。そうしている間に、南晴朗に動きがあった。

 「おのれ! ならそれを知る者を消すまで!」

 南晴朗が合図すると、講堂の様々な扉からアサルトライフルで武装した集団が現れる。南晴朗は勢いを取り戻した。

 「見たか! 表五家の力があれば自衛隊から装備を拝借すること……も?」

 だが、取り戻した勢いはすぐに消えた。自分の目の前に何人か武装集団がバタバタ投げ込まれる。気を失っているようだ。

 「来たか。助っ人」

 総一郎は助っ人のいる方を見た。武装集団が講堂に入る際、こっそり紛れ混んだのだ。

 「べ、別に総一郎さんを助けたいからじゃ……」

 助っ人は直江愛花だった。愛花は銃を持った敵を難無く倒し、銃も分解していた。

 彼女は世界の警察組織が奪い合う逸材だ。だがたいていの人間はその理由を、『捜査能力が高いから』と勘違いする。

 世界の警察組織が彼女を奪い合う本当の理由は、その『戦闘能力』だ。捜査能力もあるが、大の男をも平気で蹴り倒す女性というのがいかにレアな逸材か、わからない人間はいないだろう。

 愛花はツンデレしながらも、椿の招集に応じてここにいる。

 「えーい! なら一斉掃射……」

 「無駄だよ。私が銃なら頂いた」

 南晴朗が指示をする前に、もう一人の助っ人が姿を現した。切り揃えた前髪に長篠高校の夏服。もう一人の助っ人は彼女だった。

 「私は長篠高校生徒会長、佐原凪。喜べ南晴朗くん、君がクローンまで作って欲しがった『進化した人類』がわざわざ出向いてやったぜ」 「なんだと?」

 銃を余裕で分解していく佐原に南晴朗は驚く。確実に素人の女子高生が、なぜそんなことできるのか。

 順も佐原と同時に現れ、事情を説明する。

 「人類が独特の社会を築いてから既に長い時間が経っている。人間の中にも、その独特の社会に対応して進化した人間が現れる頃だ。特に、ここまで情報化した社会は人類だけが持ちうる」

 「それが私だ。私は呼吸のリズムを読み取ることで他人の個性、つまり他人の特技をコピーする。この情報化された競争社会で、他人のアドバンテージを一切許さない能力だ。この銃分解は、あの武装集団の特技だな」

 平然と非現実的なことをいう佐原。いかにクズとはいえ、一応は科学者の端くれで中学生レベルの知識はある南晴朗は反論した。

 「呼吸で特技のコピーなどできるか!」

 「レコードの溝と同じようなもんさ。呼吸で脳を刺激すれば同じことができるようになる。それに人間は生まれた瞬間は必ず絶対音感があり、たいていの人間は退化させてしまうというだろ? 同じ人間の能力で有る限り、人間の私にコピーできない道理はない」

 「無茶苦茶だ……」

 南晴朗は完全に論破された。確かに無茶苦茶であるが、説得力を感じずにはいられない語りだ。これも誰かの個性をコピーしたのだろうか。

 「おっと、だが君らが探していたのはもっと現実的な能力の持ち主だったね。60年以上前、戦火の日本に現れた軍人、新田遊馬のクローンまで作ってさ」

 「順……まさか話したのか!」

 南晴朗は熱地最大の秘密を簡単に漏らされて戸惑った。人間のクローンは技術的に可能だが、人権の問題で不可能だ。全く同じ人間を生み出すなど、倫理的に不可能だ。

 「ええ。僕と兄さんがそのクローンであることを、です。だが、双子を生み出す計画ではなかったため、調整段階で兄さんにはいろいろな異常をきたしてしまった」

 「そして君らは遊人くんを廃棄した。だが、廃棄は完全でなく、遊人くんは生きていた。兄の生存を知った順くんは、細胞の調整をする薬を開発して、極秘に看護師を使い注射した」

 佐原は順の言葉に続ける。順は遊人に薬を投与するところまでは上手くいった。だが、薬が完全に効きはじめる前に渚が薬を抜いてしまった。緋色が渚を騙した結果だ。

 確かにあの時、遊人は吐血こそしているが、薬は効きはじめていた。それを渚が毒のせいだと勘違いして薬を取り除いたのだ。

 「僕達のオリジナル、新田遊馬は鋭い洞察力と優れた言語能力の持ち主だった。そして、その細胞は特異だった。通常の染色体に加え、円形の染色体を持っていたのだから」

 「それが、能力の鍵らしいぜ。XY染色体が性別を司るように、その染色体は能力を司る」

 順の説明に佐原が付け加えるという流れが一般化しつつある。だが、海外メディアの記者達は思いもよらぬ新説が聞けて興奮気味だ。

 「その染色体は一つでは充分力を発揮しない。円形の染色体が二つ合わさって、無限大の記号を現した時に真の力は発揮される!」

 「それが私達、進化した人類インフィニティ」

 「インフィニティ……だと?」

 南晴朗は一応、新田遊馬の能力欲しさに遊人と順をクローンとして生み出したのにインフィニティについては一切把握してなかった模様。アホだ。恐らく部下に任せきりだったみたいだ。

 愛花はある程度納得して言った。

 「なるほど。遊人と順はインフィニティってのを生み出すために作られたのか」

 「ええ。ただし、先程申し上げた通り、インフィニティ能力は円形の染色体一個だと発動できません。そして、僕達のクローン元である新田遊馬は一個しかそれを持っていませんでした」

 順の説明を聞いた総一郎は、首を捻って考える。

 「では、もう一個を揃えるにはどうすれば?」

 「私達のように初めから持ってる者もいるが、持ってない者は輸血や臓器移植などで比較的簡単に揃えられるが……。本題はそこではないだろう」

 佐原は総一郎の言葉を切り、南晴朗の前まで歩く。そして、腕組みをして言い放った。

 「重要なのはインフィニティの仕組みなどではない。いいか熱地南晴朗くん。インフィニティという未知の領域に、科学者としての信念もなく踏み込んだ結果がこれだ。こんなものに手を出さなければ、直江遊人という反乱因子を生み出さずに済んだのにな……。おっと、松永順も反乱因子だったな」

 佐原が喋り終える頃には南晴朗は泡を吹いて倒れていた。佐原は南晴朗の脈を確認すると冷たく言い放った。

 「死んだよ。椿の威圧感をコピーしたらこれだ。ま、この程度で逝かれちゃ、みんなの溜飲など下がらんだろうさ。少々荒い心臓マッサージだ」

 佐原は足を南晴朗の身体に乗せ、思い切り踏み抜いた。鈍い音が響き、口から血を吐きながら南晴朗は息を吹き返した。

 「げふぅっ!」

 「現役女子高生に踏まれるなんて、君は幸せ者だぞ南晴朗くん。この筋力は愛花くんの個性だな」

 そんな狂暴な佐原の様子を遠くで見ていた愛花と順は他愛もない話を始めた。

 「ていうか、遊人の観察力にインフィニティなんて裏付けがあったなんてな。てっきり飲み込みが早いだけかと思ったよ」

 「多分兄さんは、渚からの輸血で染色体を揃えたんでしょうね。渚も後に調べたら円形の染色体を持ってました。観察能力自体は兄さんの、いや遊馬の一つで発動できますが、染色体を揃えたから、さらに力を発揮しますよっと……電話ですね」

 マナーモードにしておいた携帯の着信を確認すると、順は講堂の外へ出た。既に講堂はカオスの極みだが、マナーは守るのが順だ。

 「岡崎市民病院?」

 順は病院からの着信である事を理解した。岡崎市民病院はエディの健康管理を行う拠点のため、連絡先を伝えてあった。順は電話に出る。

 「もしもし」

 出たのは慌てた看護師だ。

 『大変です! エディさんの容態が……』

 「何?」

 『たった今、心肺が停止しました!』

 状況を理解した順は電話を切ると、ウェーブリーダーを取り出す。別の世界で戦う兄に、恋人の訃報を伝えるために。

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