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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第一部
38/123

19.救世主

 ドラゴンプラネット チュートリアル

 アバターの受け渡し

 プレイヤー間のアバターの受け渡しは不可能である。しかし、運営のインフェルノからプレイヤーへアバターを渡したりすることは可能である。

 これはテストなどで様々なアバターを使いまわす開発者のために用意されたシステムであり、アバターに異常をきたしたプレイヤーへ代理アバターを迅速へ渡すためのシステムでもある。


 海底校舎 室内スタジアム


 俺と墨炎は向き合う。まさか自分のアバターと戦うことになるなんて思いもしなかったよいやマジで。

 「何の真似だ!」

 「そっちこそ、私の身体で……!」

 墨炎の剣術は俺仕込みってわけか。墨炎は剣を振るって俺に切り掛かる。だが、純粋に武器の強さならこっちが上だ。

 「行くぞ! 【ライジングスラッシュ】!」

 俺はいつも通りボイスコマンドを入力。しかし、繰り出されたのはただの水平斬り。システムのアシストがないことくらい感覚で解るし、いつもの青いエフェクトが出ない。

 「【ライジングスラッシュ】!」

 「うわっ!」

 墨炎の方もライジングスラッシュを繰り出す。こちらは完璧に発動。俺はモロに攻撃を受けた。身体からは血の代わりに黒いオーラが漏れていた。

 ピンチな俺に、エディが駆け付けた。正直頼もしいが、向こうでは円卓の騎士団幹部、ハルートとの戦いが始まっている。俺の方に人手は割かない方がいい。

 「遊人!」

 「エディはハルートを!」

 エディをハルートの下へ行かせる。紅憐とエディのトッププレイヤーコンビに加え氷霧とクインが相手ならハルートも長くは持たないだろう。紅憐には防御無視のデスサイズ、エディには即死効果付きリベレイション=ハーツがある。

 「よそ見を!」

 「おっと」

 墨炎が迫っているのを忘れていた。俺は墨炎が放つ突きを回避する。さて、どう抑えたものか。

 「【リベレイション=ハーツ】!」

 「嘘だろ?」

 墨炎はリベレイション=ハーツを発動してあっという間にクライマックス。ピンチってレベルじゃねぇぞ。

 墨炎のリベレイション=ハーツで剣の刃は紅いレーザーを纏う。切れ味が格段に上がっただろうそれで、墨炎は容赦無く切り掛かる。

 「ちょっとまっ……!」

 墨炎は本当に容赦無く俺を切り裂いた。二本の剣が俺をバツの字に斬る。

 「あれ? でもHPって……」

 ふと気がつくと、俺にHPゲージなんて無い。これはどういうことだ?

 『大変、逃げて! 斬られて身体が無くなったら、遊人の意識は戻れないよ!』

 「マジか?」

 焦った朱色の声が聞こえる。朱色が言うならマジに違いない。俺は室内スタジアムから逃げ出した。

 「戻れないって、どういうことだ?」

 『とりあえず、こんな異例の事態は初めてだから。何があってもいいように逃げて。今救援呼ぶから!』

 朱色の声に急かされ、俺は墨炎に追われながら逃げた。室内スタジアムを出ると体育館、体育館から渡り廊下を渡ると校舎に着く。

 校舎は入り組んでるからまけるだろうと考えていたが、墨炎は足が速くてなかなか放せない。

 「どうすんのっ、わあっ!」

 墨炎は遂に追い付き、俺の右足を膝上から切断した。流石に逃げれない。ただの廊下だし、逃げ込める部屋も近くにない。

 「まずっ……!」

 「お前は、いなくなれ!」

 仰向けに倒れた俺に墨炎が剣を振り上げる。しかし、その瞬間、周りが暗くなって床が無くなる。

 「うあっ!」

 「わああっ!」

 しばらく俺と墨炎は落下する。暗い中、底も見えない。土っぽい臭いが広がるあたり、洞窟らしい。

 「いてっ!」

 「きゃあ!」

 ようやく底に到着。明かりがあるので周りを調べる。明かりは人工的な物で、コードを何処からか引いてきたランプだ。非常に天井が高い。

 まるで炭坑だな。こんな場所をゲームで訪れるのは、マインクラフト以来だ。

 「待て!」

 「何だよ」

 墨炎はこんな場所に来てまで俺を倒そうとする。こういう時は協力して脱出だろ?

 「待て。ここは何処か確認してからな」

 俺はメニュー画面を出そうとする。だが、メニュー画面は表示されない。

 「消え失せろ!」

 墨炎はリベレイション=ハーツの効果こそ切れているが、剣でまだ俺を倒そうとする。これは困った。

 「待てって!」

 俺は足を斬られてるから立てない。墨炎の剣が俺に迫った。こうなりゃ自棄だ。

 「う、おおおおぉお!」

 両手にはエディから受け取った伝説の剣がある。それを利用して、腕力で逃げる。剣を地面に刺し、腕の力で身体を支え、剣を足の代わりにした。

 いってみれば松葉杖。これなら逃げれる。

 「逃げるが勝ちさ!」

 「待て!」

 俺は近くにあった坑道に逃げる。坑道は上り坂だ。逃げればチャンスもあるさ。

 坑道を一直線に上ると、光が見える。出口みたいだ。しかしおかしい。天井の高さに対して上り坂が短く、角度も大したことない。

 坑道を出て、その理由を知った。外は摩天楼。だが、上を見上げても空は無く、鉄の天井が広がるだけだ。

 「地下都市か。ナンセンスだな!」

 俺は地下都市にいた。都市は昼間のように明るい。振り返ると、コンクリートで覆われた壁と俺が出てきた坑道の入口が見える。墨炎に追いつかれないように俺は全力で走る。

 「うおっ、しまった!」

 しかし、アスファルトに剣は刺さらず、バランスを崩してしまう。

 俺が転ぶと同時に墨炎は坑道から出て来た。

 「ちょっと……!」

 「トドメ!」

 墨炎は剣をツインランス状態にして振り回す。危ない危ない。俺は墨炎の方を向いて、あるものに気づいた。

 「なんだありゃ?」

 上から、人影が落ちてくる。地下都市に現れた謎の人影。あれは一体なんだろう。

 「あうっ!」

 人影は落ちて来るなり、墨炎を蹴り飛ばした。人影は女の子だ。よく墨炎に似ている。

 だが、違いはある。身長が頭一つ墨炎より高く、氷霧と同じ背丈だ。腰まで伸ばした黒髪は墨炎のような純粋な黒色ではなく、青みがかっている。瞳も青色だ。

 なにより服が違う。黒いジャケットを着て、下は白いシャツ。ホットパンツにニーソックとなかなかボーイッシュなコーディネートだ。ブーツも墨炎みたいなヒールが高いやつではなく、底が堅そうな黒いブーツ。

 両手に武器は持っていない。代わりに人差し指と中指にはめた銀のリングが目立つ。

 「助けに来たよ!」

 女の子は腕を組んで偉そうに言う。一体誰なんだ? と、考える俺に女の子の後ろから朱色が現れた。

 「いやーメンゴ。ちょっとこれ用意してたら手間取っちゃった」

 朱色が出て来ると、女の子はぐったり力を失う。なるほど、朱色が中に入って、着ぐるみみたいに操作してたのか。

 「で、それは?」

 「これはインフェルノのサーバーにあったアバターを持って来たの。これは、世界で初めて全感覚投入したプレイヤーのアバター」

 朱色に女の子のことを聞くと、やたら大層なアバターだということがわかった。

 「世界で、初めて……?」

 「その人も男だけど、性別逆転事故を起こしてこのアバターを使ってるんだって。それで、遊人のこと教えたら貸してくれたの。好きに使って」

 ふと見ると、女の子に変化があった。髪の色が、青みがかった黒から赤みがかった黒へ変わる。

 「一応墨炎風にアレンジしたから、瞳も赤だよ」

 朱色は俺の手を取る。俺は世界が一回転するような感覚に襲われ、目を開けた時には女の子の身体に意識を移されていた。

 「身体が軽いな」

 「その人から伝言。『同じ性別逆転アバターを手にしたことは運命だ。お前はチートからドラゴンプラネットを守る救世主メシアになれ』」

 「救世主メシア……」

 救世主をメシアと言う辺り、中二病患者なんだなそいつ。だが、おかげでこのアバターの名前が浮かんだぜ。

 「メア……。こいつ、いや、俺はメア」

 俺の新しい名前、メア。メシアを縮めただけだが。

 「さて、墨炎拾ってみんなのとこへ行くか」

 地下都市はいつの間にか消え、海底校舎へ場所は移っていた。俺は近くに倒れている墨炎を拾いあげて、室内スタジアムへ向かう。


 室内スタジアム


 室内スタジアムの水嵩は、水が天井の穴から流れ続けているのに観客席に至るか至らないかのスレスレで止まっていた。ハルートとの戦いも膠着状態だ。

 「助けに来たぜ!」

 「遊人?」

 アバター変わったし、ボイスエフェクトを切って地声を晒す。エディはメアが俺だと気づいたみたいだ。

 「そのアバターは?」

 「しばらくの代理アバターだ。墨炎は朱色に預けて、調整してもらってる」

 俺は紅憐、氷霧、クイン、氷霧に復活させられた藍蘭を相手にしているハルートを見る。こちらは朱色に最終兵器もらってきたんだ。勝てる。

 「おいハルート! 俺と遊ばないか?」

 「来た、新手」

 ハルートはこちらを見た。だが、復活したのか幹部のマルート、田中丸が現れた。こちらに走ってくる。

 「本気だぜ! 新手!」

 「特殊プログラムの防御、かい潜れて?」

 だが、朱色から最終兵器を貰った俺の敵ではない。俺はホットパンツのベルトから黒い棒を取り出す。

 剣の柄のような棒。ロボット好きならわかるよな? コイツの正体。

 「チート対策バッチリの、ビームサーベルだ」

 そう、これはビームサーベル。紅いレーザーが剣になる。

 「名付けて……」

 武器を光らせ、俺に迫る田中丸とマルート。俺は武器の名前を高らかに言いながら、二人を斬る。

 「ガーネット・クロスだ!」

 幹部二人は一瞬でHPを失い倒れた。コイツは違法なプログラムを仕込んだ奴に当たると、問答無用でHPを丸ごと削る凶悪な代物だ。

 だから、紅憐のような防御無視に対策してHPを増やすプログラムを引っ張ってきても無駄だ。当たれば倒せる。

 「……!」

 「ようやく恐ろしさがわかったかな?」

 ハルートの顔にも緊張が走る。問答無用の一撃死はかなりキツイだろうな。

 「数……」

 ハルートは配下の円卓の騎士団メンバーを大量に呼んだ。だが、一撃で倒せるのだから紙切れにも等しいぜこいつら。

 「無駄だ!」

 ビームサーベルが当たる度にメンバーは次々倒れる。だが、ハルートは俺が大群を相手にしてる隙を突くつもりのようだ。爪を構えて突撃してくる。

 「させない……!」

 そこへ氷霧の弓が飛び、ハルートを吹き飛ばす。ナイスアシスト。

 「ブラストユニット!」

 クインは手を空に掲げると、大型兵器を呼び出した。巨大なレールガンの様だ。それが2門、クインの左右に現れる。左右のレールガンはクインの後ろにあるバックパックと連結しているようだ。

 「発射ファイアー!」

 レールガンとバックパックのミサイルが一斉に発射される。これではハルートも一たまりもない。

 「協力プレイですぅ!」

 紅憐はファイアボールをハルートの足元にガンガン投げる。床が砕けて粉塵と化し、ハルートの視界を覆う。

 「絶爪!」

 藍蘭は爪のように刀を三本構える。俺はエディに借りてた剣を投げ返す。エディはその剣を連結し、ツインランス状態にする。藍蘭はボイスコマンドと共に爪を振る。

 「【ボルトエンド】!」

 藍蘭の爪から、斬撃が無数に飛ぶ。それはハルートに直撃し、周りに煙を巻き起こす。

 「【グラビティフレア】!」

 エディはツインランスをハルートの足元に投げる。すると、地面が割れてマグマが吹き出る。

 「これが炎魔法よ」

 エディが言うには、これが魔法らしい。おかげでハルートに隙が出来た。

 「ハルート、覚悟!」

 俺はビームサーベルを手に、ハルートへ接近する。最近、双剣スキルで覚えたアレを披露しよう。

 「【ガーネット・ディザイア】!」

 ビームサーベルでハルートを打ち上げ、浮かんだところを攻撃するこの技。何度もハルートと空中ですれ違い、すれ違いざまに攻撃を叩き込む。システムの力で空を蹴って、縦横無尽に駆け回る感覚は新鮮だった。

 「……?」

 ハルートは床にHPを失い、観客席に落ちると同時に戦闘不能となった。集団戦に勝利したと、ウインドウが現れてプレイヤーに通達する。

 「やったぜ!」

 俺はみんなの下に駆け寄る。プロトタイプもレジーヌも、集団戦が終わってHPが全回復した模様。

 「オリジナル……なのか?」

 予想通りというべきか、プロトタイプはオリジナル、墨炎を探した。とりあえず朱色呼んどくか。

 「おーい、朱色」

 「何ー?」

 朱色はすぐに現れた。墨炎は連れてない。ゲームマスターだから、どこへでもすぐ現れるよな。

 「墨炎は?」

 「今調整中。遊人がメアを使ってる間はNPCにしとく?」

 「そうしてくれ」

 朱色に今後の墨炎の処遇は任せるとしよう。しばらくメアを使うことになるだろうし、アバターは全部終わったら男の奴を作り直そう。

 いくらゲームとはいえ、こんな生きてるみたいな奴の意識を抑え込むのも後ろめたい。

 「さて、我々が負けたみたいだな」

 俺の思考を打ち切るようにいきなり、室内スタジアムに現れたプレイヤーがいた。若い男のアバターだ。作るんならああいうアバターがいいよな。王国の兵長みたいな感じの。

 鎧を着込んだそのプレイヤーは周りを見渡して言った。

 「まさか一撃死プログラムを組み込むとは、これではどっちがチートかわからんよ」

 「いやチートはお前だし」

 たしかにチートはお前だ。そのプレイヤーは俺を無視して続けた。ボイスエフェクトは使ってないみたいだ。

 「エディ、君がそっちにいるのは仕方ないとして、自己紹介といこう。僕はジーク。円卓の騎士団リーダーだ」

 こいつがチートの親玉らしい。しかし、なんでエディを知ってるんだ? しかも、コイツラディリスってハンドルネームじゃなくて本名を。

 「ラディリス、知り合いか?」

 「リアルでね。幼なじみなんだ」

 クインが聞いた。俺がゲーム中もラディリスをエディと本名で呼んでたから、氷霧もクインもラディリスの本名がエディであることを知ってる

 「そりゃあけったいな幼なじみもいたもんだ」

 「……潰す」

 クインは幼なじみが敵味方に別れることを同情したみたいだが、氷霧は容赦無し。意外と氷霧は厳しい。クインもそれを茶化したように言う。

 「厳しいねえ」

 「敵だから……」

 「で、第二回戦するか?」

 「やめておくよ。僕は挨拶に来ただけだ。大騎士団ともなると、チートがあっても一筋縄ではいかないね」

 ジークは俺の誘いを断った。あっちは強制デュエルコード持ってるからいつでもデュエルできるが、こっちはドラゴンプラネットにいない限り双方の合意がなければデュエルできない。全く、普段ならPKの危険がないから気楽にできるが、こういう時に不便だよなこの仕組み。

 「ていうか、お前自分でチートって自覚してんだな」

 「まあね」

 ジークは悪びれることなく言った。自らの行為をチートと自覚しているとは、他のメンバーとは何かが違うようだ。

 「ま、僕の本当の目的はDPOの破壊じゃない。それだけ覚えていてくれ。では、また今度」

 ジークは室内スタジアムを立ち去った。だが、真の目的がDPOの破壊じゃない? だとすればなんだ?

 「ぷーちゃん……」

 「レジーヌ! 治ったの?」

 すっかり修理完了したレジーヌにプロトタイプが驚く。集団戦が終わったからだと思うが……。

 「直ったのは集団戦が終わったからだな」

 クインはプロトタイプの肩に手を置いて言う。まあ、これでとりあえず、海底校舎の平和は守られたってことなのかな?

 「さて、帰るか」

 そんなわけで、俺達は帰ることにした。


 インフェルノ本社


 「いやー、一時はどうなることかと思ったよ」

 「アバターが反乱なんて、初め聞いた。アバターが自我を持つこと自体有り得ないのに……」

 インフェルノの本社のロビーを歩きながら、俺とエディは話した。テスト終わって、帰る時に呼び出されたんだよな。俺ら。

 「俺と墨炎は性別が違うから、その時点でプレイヤーとアバターに乖離性が生じてたらしいな」

 朱色によると、アバター=(イコール)もう一人の自分という意識が俺の中で薄れたから墨炎の自我が生まれたんだとさ。

 そりゃあ、性別が違うからな。もう一人の自分だという意識が薄くなりがちなのは否めない。

 「あ、遊人ってこんなとこに傷あったの?」

 「え、ああ」

 エディは俺の腕にある傷に目を向けた。一週間前に夏服へ代えて腕が見えるようになっていたとはいえ、テストに集中してて今まで気付かなかったのか。

 俺は両腕、に留まらず身体中に傷がある。なんであるかはわからない。入院して渚に会う前のことは覚えていない。

 「いろいろあったのね」

 「記憶がないから実感わかねぇなあ……」

 プロトタイプを利用してログインしたことで失われた記憶は取り戻した。だが、それでも思い出せない記憶はあるらしい。

 プロトタイプが持っていた記憶は俺の『憎しみ』を形成していたもの。この傷のように、憎しみに無関係でシステムが拝借したわけでもなく、ただ忘れているだけの記憶は取り戻せないのか。

 「そうだなー。なんで弟を憎んでいたんだろうなあ……」

 「弟がいたの?」

 記憶こそ取り戻したが、いろいろ疑問が残る。そういえばエディに、弟がいることなんて言ってない。エディと出会った時には弟の存在なんて忘れてたからな。

 「ああ。なんでか恨んでたな、俺。いや、あの頃は渚を殺したのが弟だと思い込んでたんだよ」

 「一回記憶を整理してみたら?」

 エディに奨められ、俺はロビーのベンチに座って記憶を整理することにした。エディは俺の隣に座る。

 「まず、渚って人が殺された時の状況から整理しましょう」

 「そうだな。あの時のことは鮮明に思い出せるぞ。なんせ記憶を取り戻したのはついさっきだからな!」

 エディに言われ、俺は思い出す。渚が殺されたあの時を。

 「まず、俺は渚が殺される直前、病院のベッドで寝てたんだ。ベッドの横には緋色もやしがいて、渚が輸血してくれたことがわかった」

 「で、どうしたの?」

 「渚のとこへ行ったさ。緋色は渚が、俺に松永が盛った毒薬を、血を丸々移し代えることで全部引き受けて院長室にいる順の下へ行った、って俺に教えてくれた。渚がヤバい状況なのは一瞬で理解出来た」

 毒薬を引き受けたって聞けば、子供でもヤバい状況だって理解するさ。それに、当時の俺は頼れるのが渚しかいない。その渚が死にそうだとなれば、急いで助けに行くさ。

 「で、渚さんが殺された現場に居合わせた……」

 「ああ、渚は俺が院長室へ着いた時には生きていた。それで、順と話していた。だけど、SPに撃たれた」

 俺は知る限りの情報をエディに教えた。第三者なら客観的に判断できるはずだ。

 「あれ? ちょっと待って。なんで渚さんは遊人に輸血したの?」

 エディはしばらく考え、そんな結論に至った。まさかの視点だった。だって、もう答えは出ていたのだから。

 「緋色が、AB型の血液が足りなかったから、って教えてくれたぜ?」

 「遊人が入院してたのって、市民病院よね? 大きな市民病院で血液が足りないってこと、あるかな?」

 なるほど、大きな病院なら血液が不足することはまず無い。何より、災害時でもないし。ピンポイントでAB型Rh-の血液だけ足りないってのもおかしいよな。

 だが、それが順を憎んでた理由に繋がるのか? とりあえずこの問題は保留だ。

 「で、問題はなんで順が渚を殺したと思い込んでいたか、だよな……」

 「弟さんの名前、順っていうの?」

 とりあえず不自然な点は言及できたが、なんで順が渚を殺したと思い込んでいたかは今だわからない。エディは弟の名前に引っ掛かったようだ。

 「ああ」

 「私の幼なじみと一緒だね」

 そうなのか。偶然だな。

 「そういえば緋色がイロイロ言ってて、それで刷り込まれたんだよな、多分」

 「原因がわかったね。緋色って人が、遊人が弟を憎むように誘導したのね」

 まあたしかに緋色が誘導したので間違いないが、何か狙いがあるわけでもないだろう。あの緋色がそこまで考えてるとは思えない。

 「原因もわかったし、行くか」

 「ええ」

 俺とエディはベンチを立ち、インフェルノ本社を後にした。岡崎の中でも街中な康生町の街中にインフェルノ本社はある。

 「弟さんの名前は、直江順ね」

 「いや、松永順だ。俺は名前変わったからな。元々松永優って名前だったが、姉ちゃんに拾われてから直江姓になって名前も遊人になった」

 まあ双子の兄弟で苗字が違うのはややこしいよな。だが、エディはしばらく考えて唖然とした。

 「それ、私の幼なじみと同姓同名……」

 「すげぇ偶然」

 そんな偶然があるのか。なんとも言えない気分になってしばらく街中を歩く俺達だが、後ろから声がかかった。振り返ると、俺達と同い年くらいの男がいた。

 街中で白衣とか、ナンセンスの極みだ。なんか、ふとジークの姿が脳裏に過ぎったが……、気のせいか?

 「あれ? エディ、こんなところで……」

 「あ、順」

 「こいつが幼なじみか?」

 声をかけたのは、名前からしてエディの幼なじみのようだ。俺の弟と同姓同名の松永順か。

 「この人が、この前教えた彼氏」

 「直江遊人だ」

 「……兄さん! その白髪は兄さんなのか?」

 「え?」

 なんと、こいつが俺の弟松永順だった。久しぶりで全然わからなかった。ていうか、同姓同名どころか同一人物だとは。

 「エディ、結構前に兄さんのこと教えたはずだけど、忘れてた?」

 「忘れてた!」

 エディは順に堂々と忘れてた宣言。まさか順も幼なじみの彼氏が兄だとは思うまい。

 「彼氏できたってことは知ってたけど、まさか兄さんだとは……ナンセンス」

 「彼女の幼なじみが弟とかナンセンスだな!」

 ナンセンス揃い踏み。こんな形で生き別れの兄弟が再開するとは。マジでナンセンス。


   @


 康生町には籠田公園という広い公園がある。ステージ完備の珍しい公園で、長篠高校も度々イベントを開催する。

 俺、エディ、順はそこで一回落ち着くことにした。ベンチに座って、エディを真ん中に右に俺、左に順だ。俺と順が互いにエディの隣を譲らなかったためだ。

 「で、俺は一度記憶を無くしたものの取り戻したってわけだ」

 「なるほど……。どうりで僕に対する反応が薄いわけだ」

 俺は順に今までの経緯を説明した。俺が順を憎んでた理由と思われる、緋色からの情報も含めて。

 緋色が渚と俺に教えたのは、順が違法な人体実験などをしてそのデータをサーバーなどに記録していたということ。

 「あれ? こりゃあ変だぞ?」

 順が首を傾げた。何が変なのだろうか。緋色がハッキングして確かめたなら確かな情報のはずだが。

 「僕って研究結果をノートにまとめてなかった? ほら、そのハッキングとかを警戒して」

 「うん。確かにそうだね。順はプログラムとかも詳しいから、尚更警戒心が強かったね」

 幼なじみのエディが言うなら間違いない。順はハッキングを警戒して研究結果をノートにまとめていた。

 「セキュリティホールを埋めるどころか、アナログにして対策するとはな。ハイセンスだな」

 「今度のプログラムも自信作さ」

 順はポケットからUSBメモリを取り出して言った。一体何のプログラムを作ったんだ?

 「プログラム『ラグナロク』はどんなセキュリティも破壊する。例えば、セキュリティの固いオンラインゲームだってチート出来たり……」

 「ん?」

 「あ……!」

 今、順は何て言った? セキュリティの固いオンラインゲームだって……? エディもなんかヤバいことバレたって顔してるし、順も冷や汗ダラダラだ。

 「さては、そのプログラムが円卓の騎士団に出回って……? いや、それどころかチートの親玉はお前?」

 「バレたか!」

 さらに、俺の本能が、観察能力がある仮説を導き出す。

 「お前ジーク?」

 「何故わかった!」

 やっぱりそうだった。チートの元凶は松永順だった。さらに、円卓の騎士団リーダーのジークはコイツ。ていうか、なんでエディは知ってるの? 聞いてみるか。

 「エディ、正直に話してくれ。俺も『サラマンダーより、ずっと速い』の二の轍は踏みたくないし」

 「思い出の教会を破壊せずに聞いてほしいけど、順はある目的があって熱地学院大学に潜入しようとしてたの」

 エディは俺を見つめて話し始めた。

 「熱地からの要求は、DPOの破壊。順は熱地からさらに信頼されて、潜入を容易にするためにこの要求を呑んだ」

 「エディがプレイしているゲームを破壊するわけにもいかず、適当な理由を付けてサーバーの直接破壊より遠回りな方法を選んだのか」

 順は俺の予想に頷く。

 順の立場もわかるが、俺もDPOの破壊だけは容認できない。それを言おうとすると、順は遮った。

 「だが、もうその必要はない。目的は果たせた」

 「どういうことだ?」

 潜入するためのミッションも達成せずに、目的が果たせたとはどういうことだろう。順は続けた。

 「熱地に潜入する目的であったある情報。それがもう手に入ったんだ。だから、もう熱地に用はない」

 「なるほど。だが、円卓の騎士団はどうするんだ?」

 最大の問題はチートを得て、一大勢力と化した円卓の騎士団。あれは厄介だ。

 「問題はない。実はもう解散宣言を出してある。チートもサーバーを弄って無くしたし」

 「呆気ないラスボスだな!」

 順は既に円卓の騎士団を解散していた。なんと呆気ない結末。人生最後のラスボスにと意気込んでいた余命幾許かない俺になんてことを。

 「全く、そんなことしなくても俺が滅ぼしたのに」

 「発つ鳥跡を濁さず。世界の常識さ」

 順は後始末をしっかりするタイプらしい。それは幼なじみのエディもよく知っていた。

 「順って、変なとこで几帳面なのよ」

 「俺なんか跡を濁しまくるのを楽しむタイプなのにな」

 弟は俺と性格真逆らしい。双子ならよくあることなのだろうか。また今度、夏恋に聞いてみるか。

 「では、僕はこれで失礼するよ。あとはお二人でゆっくりと」

 順はベンチから立ち上がり、公園を去る。それと入れ代わりに俺の携帯へ着信。朱色からだ。

 「なんだ」

 『また大変なことが! とにかくログインして!』

 朱色はまたも慌てた様子で電話してきた。俺は内容をエディに伝える。

 「とにかくログインしよう」

 エディは携帯とウェーブリーダーを取り出してログイン。俺も後を追う。

 メアの身体に意識を宿した俺はプレイヤーマンションのロビーでエディと合流。プレイヤーの人だかりが出来てる場所へ向かってみる。たしかそこは、自由に書き込める掲示板だったな。あまり利用しないからよく機能は知らない。

 俺とエディは人だかりをかきわけて掲示板まで行く。そこの書き込みをとりあえず読んでみる。

 『我々は円卓の騎士団。前リーダーが腑抜けなことに騎士団を解散したが、本当に正義の心を持った者は最後まで戦う。衛星兵器が正義の鉄槌を下すまで、怯えて過ごせ』

 「なるほど。順の決定に従わない正義の味方(笑)が出たわけか」

 「順ってこういうとこ抜けてるから……」

 エディが思わず頭を抱える。やっぱおっちょこちょいなのか順は。

 「仕方ない! 殲滅しに行くか!」

 「仕方ないと言ってるわりに楽しそうね!」

 俺とエディは再び人混みをかきわけ、トランスポーターへ急ぐ。しかし、円卓残党がどこにいるかなんてわからない。

 「ぼ……メア……!」

 「残党の場所がわかったよ!」

 そこへ氷霧とクインが現れる。さすがに情報が早いな。朱色も連絡くれたし、氷霧にはサブリーダーという立場もある。ていうか今、氷霧は俺を墨炎と言いかけたか?

 「行くぞ!」

 俺達はトランスポーターへ飛び込み、残党狩りへ赴いた。


 ネクロフィアダークネス つわものどもの夢積もる永きせせらぎ


 「ここか!」

 俺達がやってきたのは矢作川をモデルにしたステージ。川幅は非常に広く、水のある部分や砂利の場所など、ステージとしても面白みがある。

 「噂によると、ものすごくデカイもんを『工作』スキルで作ってるって話しだ!」

 クインが暗い空を指差す。そこには、何もない。が、ネクロフィアダークネスにしては怪しい物が光っている。

 「あれは月……じゃないよな?」

 「月が二つある!」

 俺とエディがよく見ると、月の隣にもう一つ小さめな月があった。なんというファイナルファンタジー。

 「衛星兵器……」

 「ハッタリじゃねぇのか!」

 氷霧が呟くように、あれは書き込みにあった衛星兵器なのだろうか。工作スキルってのにもあまり詳しくないし。

 「衛星兵器は工作スキルの最上位にあるんだ。材料は途方も無い量だ。工作スキルってのを、一回実演しようか」

 クインはメニュー画面を開いて、アイテムを選択する。すると、目の前に大砲が現れた。しかし、なんか白黒だ。ゲージが見えるし。

 「これが工作。素材を組み合わせてアイテムを作るんだ。ゲージが溜まれば完成さ」

 「なら、ゲージが溜まる前に破壊すればよくね?」

 俺はビームサーベルを取り出し、大砲を攻撃。しかし、何も起こらない。クインが解説する。

 「完成するまではダメージ判定ないからな」

 「じゃあ、あれが完成するまで待つしかないのか?」

 「衛星兵器は制作にリアル時間で丸二日、つまりこっちの時間で240時間かかる。が、ああいうアジト系の工作物は出来ちゃえば出入り自由なんだ。しかも、施設全体に当たり判定がある」

 クインによればかなり時間がかかるらしい。だが、完成すればフルボッコ可能らしい。

 そうこうしてると、円卓残党らしき集団が現れた。やたら装備がゴテゴテだ。チートで得たアイテムで作ったのだろう。

 「お前ら! 何の用だ!」

 「あ、もう強制デュエルコード使えないのか」

 リーダー格らしき男が突っ掛かってくる。彼らが優位に立てた理由であるチートを失い、もう強制デュエルコードのようなことは出来ない。

 「さ、ちゃちゃっとやっちゃいますか!」

 俺はビームサーベルを取り出し、メニュー画面でデュエル、それもパーティー戦を残党に申し込む。パーティー戦は現在のパーティー同士が戦い合うデュエルだ。

 今、俺のパーティーは氷霧、クイン、エディ、俺の四人。

 「フッ、プログラムこそなくなれど、我等の優位に変わり無し!」

 自信過剰なリーダー格はデュエルの申し込みを受ける。

 俺の最終攻略は、まだまだこれからだ!

 次回予告

 俺だ、直江遊人だ。円卓の騎士団残党が作り上げた衛星兵器の完成まで、時間がある。

 だから、俺とエディはデートに行こうと思う。今から楽しみだ。

 次回、ドラゴンプラネット。『日だまり』。最後に君に恋出来たこと、俺は幸せに思う。

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