視界ジャック6 小さな反逆者達
インフェルノコロニー
「……ここは?」
墨炎はコロニーの会議室、そこに備え付けられたソファに眠っていた。遊人がここでログアウトしたからだ。
寝乱れた髪を直しもせず、周りを見渡す。部屋は暗く、誰もいない。しばらく歩いて部屋を調べたが、誰もいない。
彼女の最後の記憶は、自分の身体を乗っ取った何者かが剣で自分の脇腹を切り裂いたという光景。あまりの痛みに気を失ってしまったが、たしかあの時はプロトタイプと戦っていたはずだ。
「誰か……、誰かいないの?」
墨炎は人の姿を探した。コロニーの内装があの研究所を思い出させる。彼女の生まれた研究所だ。
不安になった墨炎は泣き出してしまった。膝から崩れ、啜り泣く声が部屋に響く。
トランスポーターを起動すり音がした。墨炎は音のする方を見る。トランスポーターを使ったのはプロトタイプだった。身体を乗っ取った何者かと戦い傷付いたプロトタイプ。それでも無事な姿を墨炎の前に見せた。
それが墨炎を安心させ、彼女はますます涙を流してしまう。
「お、オリジナル?」
プロトタイプは戸惑った。プロトタイプがよく知るオリジナル、墨炎は常に飄々としていて、どんなピンチでも余裕を崩さない。そんな彼女が泣き崩れてるのだ。
「無事……だった。よかった……」
「ああ、身体の持ち主の方か」
プロトタイプは納得した。自分との戦いで突如現れた、身体の持ち主の意識が今の墨炎の身体を支配してる。それならこの号泣も納得できる。
「で、いきなり泣き出して、どうした?」
「ここはどこ?」
そんなことで泣いてたのか、とプロトタイプは呆れた。もしもう一度、持ち主の方の意識が自分の目の前に現れたら研究所を逃げたことを責めようかと思っていたプロトタイプだが、その気が失せてしまった。こんな性格なら、あの研究所を逃げ出して当たり前だ。
「泣き虫だなぁ……」
「うぅ……」
墨炎はしばらくしてようやく泣き止んだ。いつものワンピースに革のベストという勇ましい姿も、今ばかりは情けなく見える。
「ひぃ……、剣?」
「いや剣くらいでビビるなよ」
今度は自分の太股に巻いたベルトに付けられた剣に怯え出した。仕方ないのでプロトタイプは二本の剣を外す。
「ほら、しっかりしな」
「すいません……」
プロトタイプの手を借りて墨炎は立ち上がった。
「ぷーちゃん、どこ?」
プロトタイプを探しに、レジーヌが部屋に入ってきた。部屋に電気が点く。
「あ、レジーヌ。メンテ終わったのか」
「うん」
メンテを終えたレジーヌは、見た目こそ殆ど変わらないが性能は大幅アップしている。ボディスーツが深紅になっているくらいだ。灰色の瞳がプロトタイプを見つめる。
クイン曰く、『レジーヌインスペクション』。機動力は通常の三倍らしい。
「なんか強そうね」
「つよくなった」
「あっ……!」
プロトタイプとレジーヌがいつものように話していると、墨炎が声を上げた。二人は墨炎の方を見る。
「う……あ、なに、これ?」
墨炎は頭を抱えて怯え出した。レジーヌが墨炎の体調をスキャンして、様子を見る。目の色がメディカルスキャンの緑色になる。
「呼吸値、脈拍、心拍数、共に正常。体調に異常無し」
レジーヌは繋ぎ合わせたような声から、しっかり喋るようになった。システムに登録された音声だからか、とプロトタイプは納得する。
しかし、異常がないのに関わらず墨炎の様子がおかしい。プロトタイプは心配そうに聞いた。
「オリジナル、どうした?」
「こんな……う、うあああっ!」
何かに怯えた墨炎はプロトタイプとレジーヌを押しのけて部屋を出た。トランスポーターに乗って何処かへ行く。プロトタイプとレジーヌは戸惑うばかりだ。
「お、おいオリジナル?」
「追撃モード。対象、NPC『墨炎』」
レジーヌの目が青くなる。レジーヌはプロトタイプの手を引いて墨炎を追い掛けた。トランスポーターに乗って、墨炎が行ったと思われる場所へ向かおうとする。
「ぷーちゃん、わたしにはぼくえんのばしょがわかるから、おいかける」
「頼む!」
レジーヌは明確に墨炎の位置をサーチしていた。しかし、トランスポーターは消えてしまった。
「なんだ?」
『余計な真似はしないでほしいな』
モニターが空中に表示され、緋色の顔が映し出される。プロトタイプは大鎌を構えて緋色に言う。
「なんの真似だ! オリジナルになにかあったらどうする!」
『墨炎のアバターなら既にインフェルノコロニーの外だ。僕の計画のためには、これが一番だ』
「何……?」
レジーヌの目が赤くなる。そして、空間からアーマーが出現し、レジーヌは戦闘モードに移行する。
「戦闘モード、モジュールB『アルテミス』スタンバイ」
レジーヌが取り出したのは深紅の弓。レジーヌはそれを引き絞ると、壁に向かってレーザーの矢を撃った。
爆発のエフェクトこそあれ、壁は壊れない。インフェルノコロニーは、部屋が点々とあるだけなので壁はオブジェクトではない。
『出ようと思うな。遊人が来るまで待っていろ』
緋色はモニターを消す。部屋にはプロトタイプとレジーヌだけが残された。
渦海本家 地下会議室
表五家渦海が代々継いでいる邸宅。その地下には秘密の会議室がある。表五家の集会が行われるのはここだ。
きらびやかな会議室には四人の老人と一人の少女がいた。その五人は円卓に座っている。表五家はそれぞれの役割がある。序列はない。それゆえ、座る位置で序列が現されない円卓を使用している。
「なぜこの餓鬼を呼んだ」
「凍空の後継者だからじゃ」
眼鏡をかけた松永の老人が隣の少女を見て言う。凍空の少女はすでに会議に飽きて、黒いウサギのぬいぐるみを抱いて眠っていた。松永の老人はこれでは会議にならないと思ったのだろう。格好こそスーツだが、まだ子供だ。
答えたのは渦海の老人。言わずとしれた内閣総理大臣、渦海海老人だ。ヒゲが長く、サンタか魔法学校の校長の様だ。しかし、表情にそれらのような穏やかさはない。
「ふん。こんな餓鬼、しかも女に表五家の一角が勤まるか。それより宵越氏。今回の議題はなんだ。お前の呼びかけだろう」
松永は昔の人らしい発言をする。この場にマルートがいたなら張り倒されていたに違いない。
「今回の議題は、ドラゴンプラネットオンラインというインターネットコミュニティーについてだ」
松永の呼びかけで宵越の老人が話した。カタカナが言いづらいような口調だったが、マスコミ関係のトップだけあってなんとか言い切る。
「今やドラゴンプラネットオンラインは、2ちゃんねる、ツイッターなどに並ぶ一大コミュニティー。インターネットは我々が情報統制してもすり抜けて、いらん情報を仕入れてしまう」
「そこで我々熱地学院大学は、そのゲームが使用する全感覚投入システムに関する危険性を作り、マスコミを通じて報道している。さらに、松永順が立ち上げた『円卓の騎士団』を使いゲームバランス崩壊も謀ります」
もう一人、熱地の老人が追加する。完全に表五家としての機能を果たしている。こうして社会を操る癌細胞は、的確に日本を腐らせているのだ。
(……録音)
凍空の少女が心の中で呟く。黒ウサギのぬいぐるみの背中にはチャックが付いており、そこに何かをしまってるようだ。
(お父さん。私、やってみる)
ぬいぐるみの中にしまわれていたのはICレコーダーだった。少女の父、凍空寒気は既にこの世にいない。本人の遺言によると、表五家を破壊しようとしていたため命を狙われていたらしい。公式には病気と発表されているが、もしかしたら暗殺の可能性もあると少女は子供ながらに思っていた。
老人達は小さな反乱に気付くことなく、自らの繁栄を謳歌していた。