番外 それぞれのホワイトデー
岡崎市 ゲーマーズダイニング
ここは長篠高校の近くにあるゲーマーズダイニング。イタリア料理を食べながらゲームのできる場所だ。
「紅茶で酔えるとは、便利な体じゃのう」
そのカウンター席で自棄紅茶を数人の女子がしていた。彼女らは、先日のバレンタインで遊人にチョコをあげた面々だ。
その遊人に彼女が出来た。それが原因で自棄紅茶をしていた。
店長の痩せ気味なおじいさんはその様子をカウンターで眺めていた。遊人とおじいさんは知り合いのため、遊人の彼女についてもよく知っている。エディを越える女性はなかなかいないとおじいさんは長年の経験で実感していた。そこで自棄紅茶してる女子で敵う相手ではないとも感じていた。
「さて、その遊人は何をしておるかのう」
おじいさんは遊人が何をしているのか、ちょっと想像を働かせてみた。
遊人のマンション
一方、遊人はバレンタインにエディから貰ってないのにお返しを作っていた。
「お菓子作りは久しぶりだが……、腕は衰えていないようだな」
クッキーをオーブンに入れた遊人はそう呟いた。遊人にはカフェスタイルのエプロンがよく似合う。
「さて、あとは待つだけだな」
遊人はオーブンがクッキーを焼くのを待った。上手い具合にクッキーは膨らんでいく。
その時、電話が鳴った。遊人の携帯だ。遊人はポケットから携帯を取り出すと、電話に出る。
「もしもし」
『あ、遊人。大変だ! 桶狭間の生徒会長が……』
ブツッ、ツー、ツー。
遊人は雅からきた電話をめんどくさそうに切った。桶狭間の生徒会長と関わるとろくなことにならないのは、マラソン大会で体験している。
「焼けたかなー」
遊人は再び、オーブンの様子見に戻った。
長篠高校周辺 国道一号線
「遊人? 応答しろ遊人、遊人ー!」
部下との連絡が途切れた大佐みたいに雅は電話に叫んだ。目の前には桶狭間高校の生徒会長がいる。
「で、用事は?」
「いや、あのマラソン大会の日に思ったのです」
何故か敬語になってる生徒会長を雅は警戒した。こういう奴はろくでもないことを言い出すと雅の中では相場決まっている。
「私、桶狭間高校生徒会長、今川義昭は貴女に惚れました!」
「ほらろくでもない!」
まさかの告白だった。近所の男子中学生に告白された経験がある雅だが、今度はまさかの生徒会長からの告白だ。
「どうぞ、受けとって下さい」
雅は会長から花束を渡される。女性はいきなり花束渡したら引くだろうと雅は思った。
「受けとってって言われてもな……」
会長は自分を完全に女だと思っている。仕方ないので雅は逃走を試みる。
「デイアフタートゥモロー!」
雅が呼ぶと、馬が走ってきた。女しか乗せないサラブレッド、デイアフタートゥモローだ。雅は馬に跨がった。
「逃げるぞ! 僕は男だ!」
「それは嘘です! デイアフタートゥモローが貴女を乗せていることこそ、その証拠!」
雅が車道を馬で爆走すると、会長も馬を呼んだ。こちらは白馬だ。ちなみに馬は道路交通法では車両なので、車道を走らねばならない。
「私の白馬いや、天馬ラスベガスは速いですよ!」
「絶対ラスベガスをペガサスの一種だと思ってる!」
ラスベガスはアメリカの地名である。雅はあまりに阿呆な名前ながら、そこそこ速い馬を警戒した。デイアフタートゥモローは、かのディープインパクトに勝る実力を持ちながら、女しか乗せない性格のため騎手に恵まれなかった馬だ。
「女性騎手にも実力者はいるんだけど、コイツの全力は女性じゃ抑えきれない」
雅はデイアフタートゥモローの本気を出した。この馬の全力を制御するにはかなりの筋力が必要だ。それゆえ、女性騎手では扱えない。女性騎手で扱えるとしたら、騎手じゃないけど煉那くらいだろう。
馬が国道を疾走する姿はあまりにもシュールだった。国道を外れて矢作川の堤防、遊人がいつも通る道に出る。長篠高校の天文台がまばゆく光る。会長は今だ後ろについてきてる。
「長篠高校総員! 第一種戦闘配備!」
雅が叫ぶと、天文台の望遠鏡が会長を向く。普段は天文部しか使わない望遠鏡だが、ある物も兼ねるらしい。それは、
「ソーラーレイ、撃てー!」
「ぎゃああああ!」
ソーラーレイだった。会長とラスベガスは見事ソーラーレイの餌食となった。まさに憎しみの光、会長は再起不能だ。何故かラスベガスは無事。
なんでベガスだけ無事かって? 殺したら愛護団体がうるさいからに決まってる。
長篠高校 天文台
雅が安心した頃、長篠高校の天文台ではこんなやり取りがあった。
「これでよし」
「会長とラスベガスをどこに配備したので?」
ソーラーレイ発射を終えた桶狭間高校のマルコメくんに、桶狭間高校生徒会副会長の女子が言う。マルコメくんは何故か長篠高校のソーラーレイを雅の指示で発射していた。
マルコメくんとは、マラソン大会の時にジャージをスタイリッシュに着こなしていた坊主頭のことだ。
「性別を間違えた告白になんの意味がある?」
「殺すことはありませんでしたなぁ」
マルコメくんが返すと、副会長が銃を取り出す。他の装置をいじっていた長篠高校の生徒が驚く。
「マルコメくんも意外と甘いようで」
副会長はマルコメくんの頭を撃った。
この事件は後に、血のホワイトデーとして長篠高校の生徒達に語られることとなった。