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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第一部
32/123

17.学生の業

 円卓の騎士団幹部リスト

 山田田中丸

 川中島高校に在学中で二年生。フェンシングで全国大会優勝の経験あり。他のメンバーが武器を見た目で選んでるのに対し、田中丸はレイピアを振りやすさで選ぶ。

 マルート

 女尊男卑の塊みたいな性格の暴虐女。使用武器は不明。

 長篠高校 教室


 「参ったなー」

 5月、夏恋に誘われDPOにログインした。5月の半ばに佐奈が切り裂き魔に襲われ、偶然俺が入院していた病室に入院した。6月、体育祭に夏恋の妹、冬香が現れた。

 そして6月も終わりかけ、俺も夏服になった水曜日の今日だ。墨炎こと、直江遊人である俺は史上最大の危機に直面していた。危機というのは来週の期末テストのことだが、それだけで危機と感じるほど俺も馬鹿じゃない。中間テストは難無く乗り越えたのだから。

 何が危機なのかというと、あの時はテストを忘れて約束を取り付けたエディとのデートが延期になった、ということが確かに嫌だが危機なのではない。全ては森川先生のこの言葉がきっかけだ。

 『あ、そうだ。テスト作りを若い新人の先生に任せようって話だから、遊人のプレテストは無効化されるぞ』

 「どーすんのよ俺、どうする?」

 俺は無効化されたプレテストを机に並べて頭を抱えた。プレテスト、つまりは予行練習。

 コイツはテストを作る先生が過去に、今回のテストと同じ範囲でどんなテストを作ったか、先生の性格的にどんな問題形式を好むか、など様々なデータを元に作られている。プレテストと本番のテスト、問題形式と配点の一致率は90%を越える。

 前回の中間テストでは、プレテストを制作して対策を立てた。全ては勉強時間を最低限に抑え、ゲームをするために。

 しかし、高校のテストでは赤点というものがある。長篠高校では30点より下が赤点となる。

 そのため、俺はクラスのみんなにこのプレテストをくれとせがまれた。かつて同じ関ヶ原中学に通い、中学時代からこのプレテストの威力を知ってる者も長篠高校におり、噂が噂を呼んで俺のプレテストは長篠高校の一年生全員に出回った。

 その結果、平均点が異常なまでぶち上げられた。そして今回の期末テスト、俺のプレテスト対策に新人教師がテストを作ることになった。

 「詰んだ……。テストを一回も作ったことない先生が作るテストなんて予想できねぇ……」

 「いや始めから正攻法で勉強しろよ」

 心ない言葉が雅から飛ぶ。俺はゲーマー、テスト期間で開いた時間にゲームするんだ。誰が勉強するかバーカ!

 「遊人、一緒に勉強しよ?」

 隣の席に座るエディが俺の手を取り、優しく言う。エディは優しいなぁ……。

 「よし、こうなったら真面目に勉強してやんよ!」

 俺は勉強を決意し、教科書を開く。しかし、勉強の方法などわからない。そこでエディは、こんな質問をしてきた。

 「遊人って、何が得意? 私は英語と国語かな」

 「家庭科……。それ以外ダメだ」

 「あれ? 男の子って皆保健体育が得意って聞いたのに……」

 「そりゃ偏見だよエディ……」

 エディの中では男子が皆、保健体育が得意ということになっている。だが、保健体育という教科は思春期の男子が興味のあること以外ももちろんテストに出る。今回の範囲はタバコと酒、薬物についてだ。

 とりあえずエディの得意教科って、英語と国語なんだな。

 「しかし英語と国語って組み合わせも特殊だよな」

 俺が言うと、エディは理由を話した。

 「私は日本語も英語も両方喋れるから。遊人は英語喋れる?」

 「英語は何と無く喋れる。あと中国語にイタリア語、フランス語とかな」

 実は俺、意外と外国語を話せる。幼い頃から姉ちゃんに連れられて世界を飛び回った影響だ。姉ちゃんはあれでも、世界中の警察が奪い合うほどの人材だ。

 「なら英語は心配なし……と。理科や社会は大丈夫?」

 「覚えるだけならな。問題を上げるとすりゃ数学か……」

 そういえば、数学はあのプレテスト頼みだったな完全に。ポケモンの攻撃力計算とかは得意なんだが、実用性のない計算は苦手なんだよ俺。

 「それなら、一緒に勉強ね」

 エディが笑顔で言った。こうして、俺は生まれて初めて真面目に勉強することになった。


 夕方 遊人のマンション


 「お邪魔しまーす」

 授業後、俺はエディを連れて家に帰った。エディの家に行ったことはあるが、俺の家にエディが来たのはこれが初めてだ。

 姉ちゃんは恐らくいない。切り裂き魔事件が殆ど証拠待ちの状況で姉ちゃんが警察署にいる意味はないが、だからといって何もしない人じゃない。他の事件も追ってるんじゃね?

 俺は姉ちゃんがいない理由を挙げながらリビングの扉を開く。

 「嬉しいねぇ、そこまで買い被ってくれて」

 「……姉ちゃん?」

 リビングには先客がいた。姉ちゃんだ。しまった。玄関の靴を確認しておくべきだった。姉ちゃんは俺が心で言ったことが聞こえているようなことを言っていたが、多分俺の足音のリズムで何を思っているか判別したのだろう。この化け物め、どんな理論で判別しとんのじゃ。

 「玄関の靴の確認を忘れるとは、らしくないね。彼女を初めて家に招いと緊張してんのかい?」

 「まだ俺はエディを紹介してないが……?」

 「距離感でわかる」

 姉ちゃんはリビングのテーブルに座り、俺とエディの距離感で関係を見抜いていた。さすが世界の警察が取り合う女。

 「初めまして、エディ・R・ルーベイです」

 「いやー。うちの白髪が世話になっとるようだね」

 エディはぺこりと挨拶。この二人、気が合いそうだな。嫁姑で揉めることはなさそうだ。いや、嫁と姉なんだが。

 「姉ちゃん、これやるから部屋行け」

 俺は姉ちゃんにある物を渡す。実は事前に近くのリサイクルショップで手に入れた。まあ、非常に小さくささやかな品だが。

 「ら、ランチャーストライクガンダムじゃありませんか!」

 今では生産が中止され、入手困難なガンプラだ。姉ちゃんは飛び付いて、部屋に戻る。

 「さて、勉強っと」

 邪魔物を追い払ったところで、勉強を始めよう。俺とエディはリビングの机に向かい合わせで座る。

 「では、早速取り掛かろうね。まずは……」

 「あっ!」

 俺はエディが取り掛かろうというところでヤバいことを思い出した。

 「そういえば俺……、社会は歴史が出来ても公民がダメだった……」

 「一年生は公民だもんね。じゃあ、国民の三大義務言える?」

 エディは納得したように質問する。ここで格好悪いところを見せるわけにはいかない。歴史はゲームの題材になるし、大河ドラマも見るから得意なんだけど。

 「兵役、伝馬役、国役!」

 「え、江戸と明治が混じってない? 正解は納税、労働、教育ね」

 エディは気を取り直して、新たな問題を出す。

 「三権分立の、三権は?」

 「自由権、平等権、生存権!」

 「そ、それ人権……。じゃあ、内閣総理大臣の任期は?」

 「一生!」

 「確かに渦海党の総理はやり過ぎだけど、厳しい!」

 珍しくエディがツッコミになる。さすがに間違い過ぎか、俺。俺の公民スキルの無さを鑑みたエディが、簡単そうな問題を出してくれた。

 「じゃあ、需要と供給の変動は何に例えられる?」

 「神の一手!」

 「囲碁になっちゃった!」

 エディは公民の教科書を取り出し、勉強を開始する。

 「公民を徹底的にやろう。じゃないと、遊人が赤点じゃ済まない……!」

 「よろしくお願いします!」

 俺は公民について、エディに教えを請うことになった。


   @


 しばらく俺とエディは徹底的に公民を勉強した。とりあえず、深い意味を考えずただひたすら暗記した。覚えるだけなら俺も得意だ。再びエディが問題を出す。

 「三権分立の三権は?」

 「司法権、立法権、平等権!」

 「惜しいっ!」

 惜しかった。最後のは……あれか。俺は思い出した答えを言う。

 「自由権!」

 「遠退いた!」

 「納税権!」

 「私だったら破棄する権利!」

 しかし、なかなか完璧にならないな。用語だけは覚えているのだが、いろいろごちゃごちゃになる。頭の中を整理できない。今まではプレテスト利用して、必要最低限のことだけ覚えていたからな。

 「でもだいたいこれなら赤点を回避できそうだから……、次あっ!」

 「なんだ?」

 エディが公民の教科書を仕舞うと同時に何かを思い出した。もしかして、苦手な教科でも?

 「保健体育苦手だった……」

 「さすがに俺の公民ほど酷くはあるまい。じゃあ問題な」

 俺は保健体育の教科書を取り出して問題を出す。問題次第では、この機会にエディの口から卑猥な言葉を言わせることが可能だが、残念ながら範囲はそこじゃないしそんなことしてる場合でもない。

 「タバコに含まれる、依存のある有害物質は?」

 「……あ、××××?」

 「言わせるまでもなく言いよった! しかもある場所が範囲だとしてもその単語は答えにならん!」

 まさかタバコの有害物質聞く問題で、放送コードに引っ掛かることを言うとは……。しかも恥ずかしそうに。

 照れ顔の破壊力もさることながら、意外と残念な部分がキャラを引き立てる。

 「気を取り直してもう一問。タバコから出る煙で、喫煙者が吸う方は?」

 「ふ、××××?」

 「頭文字しか合ってない! 確かに吸う方だけど!」

 エディの発言は規制しないとマズイ。眼鏡かけてる奴って、別に頭いいわけじゃないんだぜ。俺とエディを含めて。

 「まあ、公民と保健体育は最終日だし、ゆっくりやればいいさ」

 「そうね。最終日ならなんとかなりそう」

 エディと俺は、普通に教え合えるだろう数学に取り掛かったのだった。


   @


 「そういえばエディって、表五家のこと知ってるんだな」

 「ええ、まあね。熱地に用があって」

 プロトタイプを追うことになった日の朝、エディと話していたことを俺は思い出した。エディは問題を解きながら答えた。

 「俺も熱地と松永に用があったんだが……、忘れちまった」

 「復讐の件? 表五家はいろんな人の恨みを買うからねー。そうそう、熱地の親子三代、最近は下手すると命を賭けるような場所で賭け事してるみたい」

 「金持ちの道楽で済ましときゃよかったのに、いよいよざわざわいうとこまできたな」

 エディは何気なく大事な情報を流す。そういえば、何かと熱地に詳しいよな、エディ。

 「あ、ゴメン。薬の時間だ」

 エディは席を立つと、台所に向かう。

 「コップ借りるね」

 エディはコップに水を入れ、ピルケースから薬を取り出した。見ると、なにやら色とりどりな錠剤が沢山手の平に置かれている。エディはそれを一気に口へ運び、水を飲んだ。

 俺も台所に向かい、エディに声をかける。

 「大変だよな。薬多いと」

 「昔からだし、慣れた」

 俺の言葉にエディは笑顔で返す。あの飲み方は慣れた人間、幼い頃から薬を飲み続けている人の飲み方だ。病院に入院していた俺にはよくわかる。

 「あ、ゴメン。病気のこと、隠してて」

 「構わない。俺もなんだ」

 エディが申し訳なさそうに言うので、俺もぶっちゃけることにした。

 「え?」

 「俺、もうすぐ死ぬかもしれない。昔投与された薬が原因だ」

 するとエディは突然、俺に抱き着いた。俺の胸に顔を埋めて、震える声で呟いた。

 「似た者同士だね……、私達」

 「そうでもないさ。エディには未来がある。一つ約束して欲しい」

 俺が言うと、エディは顔を上げた。瞳は少し、潤んでいた。

 「俺が死んだら、とっとと新しい彼氏作っちまえ。俺の死に引きずられるな」

 「嫌。引きずられる」

 エディは俺に顔を近づけてそう言った。そして目を伏せ、唇を俺の唇に触れさせようとする。

 エディの心臓の鼓動が早くなるのがわかる。向こうも、俺の心臓の鼓動が早くなるのを感じているだろう。

 少し近寄るだけで、太陽の香りが鼻孔をくすぐる。エディは相変わらず暖かい。今は緊張でほてっているのか、熱いくらいだ。

 エディの唇は薄い桃色で、湿って艶やかだ。あまりに綺麗なので、触れるのが躊躇われる。しかし、今は躊躇っている時ではない。

 顔をさらに近づけ、彼女の吐息が聞こえるくらい距離は縮む。あと少しで、唇に触れそうだ。あと少し、あと少しなん……。

 「ランチャーストライク出来たぞ………お邪魔しました……?」

 あと少しのところで、姉ちゃんが乱入してきた。手にしてるランチャーストライクガンダムのプラモはよく出来てるのだが、タイミングが悪かった。

 姉ちゃんは自分がキスしてるわけじゃないのに顔を真っ赤にしている。意外とウブなんだよな。しばらく慌てふためいたあと、

 「しまったアグニを使い過ぎたかー!」

 意味不明なことを叫んで全力で走り去った。姉ちゃんは今、平常心がフェイズシフトダウンしたに違いない。

 「くっ、しまった! せめてHGハイグレードくらいにしておくべきだった……! 144分の1コレクションじゃ組み立てが簡単過ぎた!」

 「このまま続けていても、互いの眼鏡がぶつかっていたけどね」

 エディはもっともなことを言う。俺は今度は、する前に眼鏡を外そうと心に誓った。


 長篠高校 教室


 エディとテスト勉強を始めてから一週間と一日が経った。ついにテスト最終日である木曜日、公民と保健体育のテストだ。

 「ふふっ、完璧ね」

 「もう何も怖くない。俺は不可能を可能にする男だ」

 俺とエディは自信満々で座っていた。全力で勉強したおかげでなんとかなった。

 「三権分立は?」

 「司法権、立法権、行政権」

 エディの質問に俺は余裕で答える。大事なところは全部抑えた。赤点はまずない。今度はエディに問題を出してみよう。

 「じゃあ、タバコに含まれる依存性のある有害物質は?」

 「ニコチン」

 正解だ。これなら赤点はない。

 「これで赤点は、ない!」

 「テストを終えたら、デートいこ?」

 エディが笑顔で言う。俄然やる気が出る。エディとデートか、楽しみだ!

 最後まで勉強を欠かさない。教科書をしっかり読み込もう。

 そんな中、雅が俺の近くに寄ってきた。相変わらず女の子みたいな奴だ。髪もツヤツヤだ。夏服だと、線の細さが際立つ。

 「あれ? まだそこ? 経済はやってないの?」

 「経済……だと……?」

 あれ? 俺って政治しかやってなくね?

 雅は教科書の経済のページを開いて言う。経済の範囲をペラペラとめくっていく雅だが、かなりの範囲じゃん……。

 雅が指を止めたのは、デフレとかインフレを通り越して需要と供給云々といった場所だった。

 「ここまでだ」

 「いや無理だろ!」

 俺は叫んでいた。政治の範囲しかやってない俺にはキツイなこれ。

 「でも赤点は避けられるよ。赤点だとしても、授業の日程的にわかるのは来週ね」

 エディは楽観的なことを言ってくれる。確かに金曜日は社会の授業がないからテストは返却されない。ちょっと勇気が出た。

 「あ、でも社会の先生ってやたら採点早いから、絶対今日中に帰ってくる……」

 「テスト配るぞー」

 俺の絶望を遮って森川先生が入ってきた。テストがいよいよ始まる。命懸けの解答、命懸けの記号選び、命懸けの記述……。

 命懸けの、公民のテスト!

 「くっ、昨日ダンガンロンパをやらなきゃよかった……。その時間に経済やっときゃよかった!」

 「配るぞー」

 問題が配られる。めくって確認すると、大半が経済。政治は全部正解しても20点くらいしかない。

 ……。

 「いや無理だろ!」

 俺は叫んでいた。しかし、ここは既に教室ではない。会議室だ。そう、今俺は精神世界の会議室にいるのだ。

 刑事ドラマでよく見る会議室。目の前のホワイトボードにはテスト問題が書かれている。

 「えー、では、第二回直江サミットを始める!」

 俺は会議室にプロトタイプ、墨炎、知らない子供がいるのを確認して会議を始める。子供はフリップに自分の名前を書いていた。松永優か。

 口火を切ったのはプロトタイプだった。

 「まずあの問題だ。『物価が下落するのはどれか』。選択肢は三つ、『ア、インフレーション。イ、デフレーション。ウ、スタグフレーション』」

 「たしか、ニュースでやっていたような……」

 「わかるか?」

 プロトタイプの読み上げた問題。確かに度々ニュースで取り上げられる内容だったな。墨炎がわかるかと聞いてくるが、そんな単語は記憶にない。内容しか覚えていない。

 「内容は……、【物価が下がり】、それにつられて【給料も下がる】。だからさらに消費者が安いものを求めて……」

 「結果、また物価が下がる」

 墨炎が俺の説明に付け加える。なにか俺の発言が【】で囲われて、ピックアップされているな。

 「悪循環だな……」

 「そうかわかったぞ!」

 プロトタイプが呟いた瞬間、優が叫んだ。俺達がノンストップ議論中に閃きアナグラムしてたのかコイツ。

 「デフレスパイラル。物価の下落が止まらず、【経済が縮小】するんだ」

 優の発言もピックアップされてるが、それは今回の問題とは関係なさそうだな。

 「問題はこうだ。『物価が下落するのはどれか』。選択肢はこの三つ、『ア、インフレーション。イ、デフレーション。ウ、スタグフレーション』」

 「これだ!」

 優はフリップに『イ』と書いて出した。確かにデフレスパイラルが物価下落なら、それで正解だ。やたら頭いいなこのガキ。

 「答えはイ、と」

 俺の意識は教室に戻り、答えを解答用紙に記入する。そして再び会議室へ。議論開始だ。

 「次、『需要と供給の関係を神の手と例えた有名な言葉とは?』」

 プロトタイプが問題を読み上げると、墨炎が自信満々で答えた。

 「答えは……、【神の一手】だ!」

 「異議あり!」

 「それは違うよ!」

 墨炎の発言がピックアップされたが、さすがにそれは異議あり。それは間違いだ。優も同じところに反論があるようだ。

 だが、墨炎はキョトンとしてる。

 「え? 神の手っていったらこれだよね?」

 いや、あるはずだ。それが間違いだと証明するものが……。俺の頭にいくつかの単語が浮かぶ。

 【今朝のニュース】、【新聞】、【エディとの会話】、【デフレスパイラル】……。

 「これで証明するよ!」

 俺は【エディとの会話】を選択肢した。そう、テスト勉強を始めた、あの時の会話だ。

 「思い出してみろよ。俺が神の一手って言った時、エディは『囲碁になった』と言った。つまりこれは不正解だ」

 「なるほど」

 墨炎は納得した。これで解決。

 (いやこんなことしてたら時間がねぇ!)

 俺は我に帰った。直江サミットなんてやってたら時間がなくなる。案の定、さっきの一問に5分かかっている。

 (どうすれば、どうすればいい?)

 俺は考えた。このままだと確実に赤点だ。しかもテストは今日中に帰ってくる。どうするよ俺!

 『心配しないで。貴方ならできる』

 『優くんの邪魔をするものは、私が取り除く』

 すると、声が突然聞こえてきた。二人の少女の声。どれも聞き覚えがある。一つは墨炎のボイスエフェクト。もう一つは……あまり思い出せない。けど、なにか懐かしさを感じる。

 俺の脳裏に浮かんだのは、赤と青でできた少女の陰。二人の少女は手を取り合う。

 その時、俺に異変が訪れた。

 (この音は……?)

 カリッ、カリッ、

 カリカリッ、カツッ、

 カリカリカリカリッ。

 そんな具合で周りの音がやたら耳に残る。この音は、シャーペンで答えを記入する音か?

 いや、その音から答えがわかる! 記入する音で何を書いてるかわかるぞ!

 音から読み取れる、記入された単語や記号。この教室にいる受験者35人、全員が刻む音が俺に届く。

 俺は自然とシャーペンを走らせていた。35人が何を書いているのかを音から判別し、統計にまとめ、答えを割り出す。

 俺自身も理解できない理論で、俺は答えを記入していた。もうこれに頼るしかない。謎の能力でも縋りたい気分なのだ、俺は。

 今聞こえているのは解答時間から判別して、この問題。経済の時事問題だ。『ギリシャがなった状態を次のうちから選べ』。

 デフォルトと書いてる音を21個確認。選択肢にもデフォルトはある。答えはデフォルトだ!

 あとはあっという間だった。俺は体の命じるまま、シャーペンを動かして答えを記入した。

 本能的にシャーペンの音と記入される文字の関係性を『観察』していたというのだろうか? それこそ、クラスメイトの行動を観察するみたいに。そして、佐奈のお見舞いの品を買いに行った先で俺が夏恋達を探した時のようにに、観察結果を応用してテストを解いている。

 『貴方には無限の可能性がある。彼とは違った力の使い方が出来るはず』

 (彼って、誰だ?)

 墨炎に似た声が頭の中に響いている。彼というのは一体誰だろう。

 「テスト終了だぞー」

 森川先生がテスト終了のコールをかける。テストは後ろから来たクラスメイトに回収された。始めの方を除いて全ての解答を埋めることが出来た。赤点はない、はずだ。


 夕方 長篠高校周辺 堤防


 俺とエディはいつもの堤防を歩いて帰宅した。エディが口を開いた。テストの結果のことだ。

 「よかった。赤点じゃなくて」

 「いやー、途中で変な能力に目覚めなかったらヤバかった」

 「変な能力?」

 俺は赤点じゃなかった。エディも保健体育のテストは手応えがあったそうだ。しかし、俺は保健体育のテスト中も、シャーペンの音で解答を判別出来た。あれは火事場の馬鹿力みたいな一過性のものじゃないらしい。

 さすがに無意識に、というわけにいかず、意識的に判別しようとする努力は必要だが。

 「シャーペンの音で書いてる単語を判別できるんだなー。まあ観察力の延長線上みたいな技だったが」

 「遊人って、人のことよく見てるからね。夏恋から聞いたけど、お見舞いの品に何を買おうとしたか、一発で当てたらしいね」

 夏恋は既にその逸話をエディに話していたか。俺がこんなにも人を観察してるのは、殆ど癖みたいなもんだからな。

 「でもよかった。赤点じゃなくて」

 エディは俺に手を差し出す。手を繋いで欲しいって意味なのかな。俺はエディの手を握った。エディの手は本当にあったかいよな。

 「じゃあ、今週の日曜日はデートできるね!」

 「ああ」

 エディはまばゆい笑顔で俺に言う。彼女は太陽みたいな存在だ。側にいるだけで俺を明るく照らしてくれる。

 「あ、そうだ」

 エディは思い出したように、俺の正面に立って向かい合う。そして、眼鏡をゆっくりと外した。

 髪が揺れ、太陽の香りが振り撒かれる。眼鏡を外したエディの素顔は、あまりに無防備だ。眼鏡は付けてるからいいのだ、という眼鏡属性共の戯れ言など無視だ。眼鏡は外すためにある!

 エディが俺の肩に手を回し、距離を縮める。殆ど抱き着くような姿勢だ。そして彼女の素顔に見とれてるほんの一瞬で、


 俺とエディの唇が重なった。


 「んっ……」

 俺が状態を理解したのは、彼女の湿った声を聞いた時だった。始めて会った時と同じように、俺はなんの心の準備もなく、唇を奪われた。

 永遠にも等しい時間が続いた。エディの唇は柔らかい。距離も近いので暖かさもしっかり感じられ、太陽の香りも数倍香る。

 制服越しにも彼女の温もりはしっかり伝わる。夏服で布が互いに薄いせいもある。しっかり抱いてみると改めて、エディはスタイルがいいことがわかる。

 なにより、胸の鼓動がよく聞こえる。俺の鼓動もエディの鼓動も、普段の数倍早い。こんなに鼓動が早くなったのは初めてだ。

 息が出来ず、苦しい。そのくらいになって、エディはようやく唇を離した。エディの唇はやはり、艶やかだ。

 「ん……むっ。どうかな?」

 「驚いた……」

 俺はエディを抱いたまま答えた。ホントにびっくりしたよ。

 俺達はしばらく抱き合ったまま、余韻に浸った。唇同士でのキスはこれが初めてだ。思うことの一つや二つ、あるよな?

 「今度は遊人からしてね?」

 「おう」

 エディに笑顔で言われると、無条件で了解したくなる。エディは再び眼鏡をかけた。

 そんな余韻を粉砕するように、俺の携帯が鳴り響いた。着メロはGガンダムのオープニングテーマ。電話か。しかも非通知だし。畜生邪魔してくれやがって!

 「はいもしもし?」

 『もしもし? 遊人? 朱色、朱色! ヤバいのヤバいの!』

 電話の相手は朱色だった。テンパり過ぎて何を言いたいのかわからない。ていうか、データ体が電話できるんだ。

 『墨炎が……、墨炎がぁ!』

 「墨炎がどうした?」

 『墨炎が、いなくなっちゃった!』

 朱色の口からは、信じられない言葉が飛び出した。アバターが、いなくなった?

 次回予告


 ゲームマスターであるボク、朱色最大の失態だよ! ボクが管理していながらこんな事態になるなんて!

 緋色もやしが墨炎のデータに眠っている、ある『人格』を起こしてしまったんだ! あのもやし……、やたら遊人の憎しみにこだわってるな……! クソ社長めぇ!

 次回、ドラゴンプラネット。『反逆の墨炎』。管理するだけが、ボクの全てじゃない!

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