番外 マラソン大会
この話は、本編とはほとんど関係ないのさ☆
長篠高校周辺 矢作川河原
今日はマラソン大会! 長篠高校でもマラソン大会が行われる。しかも、隣の公立桶狭間高校と。
「マラソンはしたくないな……ナンセンス」
遊人は河原にダラダラ歩いてくる。体は鍛えているが、運動はあまり好きじゃない。ジャージの下に体操服まで着込んで、歩く気しかなかった。
「頑張ったらご褒美あげる」
エディが笑顔で言うと、遊人はあらかさまにやる気を出した。
「よし、せめて完走しよう!」
「その切替はなんだ」
後ろから担任の森川先生が歩いてツッコミを入れる。後ろからぞろぞろと変わり種なクラスメイト達が集まる。
「女子が応援してくれるならやる気出るよな!」
門田は半袖短パンでやる気充分。これでも運動部なのだ。遊人の気持ちも理解できるようだ。
「僕、今日だけ女の子なろうかな……。距離短くなるし」
雅は運動が苦手なので、今日だけは女の子扱いも許そうと決めていた。しかし、そんな時に限って誰も女の子扱いしてこないのだ。
「イケメンが応援してくれるならやる気だす!」
厚真はイケメンの臭いを感じて気合いを出す。
「サイバーガールズがゴールに待ってると思うなら!」
佐竹は妄想だけで死力を尽くせそうな勢いだ。
男性陣に負けず劣らず、女性陣もキャラの濃いことときたら、肉体労働をしてる家庭の食事の味付けくらい濃いに違いないと遊人は空気だけで感じていた。
「走るのは得意! ていうか、運動じゃ負けない!」
煉那も半袖短パンで気合いに満ちている。
「走るのは苦手だなー」
「料理ならいけるんだけど……」
「運動はちょっと……」
走るのが苦手な涼子、濃尾、佐奈はやる気なし。それより濃尾、ビーフシチューに豚入れるお前がどの口で料理が得意と? そんなツッコミが天から舞い降りそうな発言だった。
佐奈は運動が苦手でもみんなが納得出来た。空調の存在で高校を選ぶくらいだし。
「で、公立の奴らは……」
夏恋は公立の生徒を探した。ずらずらとキッチリ列を作って、桶狭間高校の生徒が姿を現した。
桶狭間高校は岡崎市でも有数の進学校で、運動部も強い。長篠高校も運動部の強い進学校。つまり、私立と公立の文武両道が矢作川の河原に集結したのだ。
「さて、今年は我々桶狭間高校が勝たせてもらう」
会長らしき人物が現れた。ジャージはあずき色で野暮ったいが、会長はクール。まるでアイドルだ。
「うわダサッ! さすが公立。スタイリッシュなうちのジャージとは違うな……」
いきなり夏恋が毒舌を投下。会長は大きく体勢を崩す。制服のデザインなどが野暮ったくなりがちなのは公立なら仕方ない。
「いや、それでも向こうのマルコメくんはスタイリッシュに着こなしてるな……」
なんとか遊人は桶狭間高校のジャージをフォローしようと、後ろの坊主頭を見る。会長は無駄にアイドルチックな髪型をしてるので、ジャージと合わなかったのだ。
「ってことは、会長の着こなしがダメなのね」
またしても夏恋から毒舌。遊人との連携である。会長はさらにダメージを受けた。
「おのれ! 公立の枠からあぶれた一割ごときが……!」
「俺推薦だが?」
「私も」
「私も同じく」
「私は転校で」
遊人、夏恋、佐奈、エディが会長の発言を連続で論破した。愛知県の公立高校の定員は、全受験生の9割程度。別に会長は間違ってないが、会長に毒舌を放った夏恋は推薦入試で受かったので厳密にいうとあぶれたわけではない。
「君の言ってることも正しいが、彼らもまた正しい」
雅はサラっと会長の横を通り過ぎる。
「くっ、私立など公立に受からなかった奴の行く場所に過ぎん! 絶対に負けるか! 第一、今回の走行距離はなんだ!」
「男女共に8キロ」
雅は何気なく距離を教える。なかなかの距離だと運動が苦手なクラスメイトは戦慄した。
「去年まで男子10キロ、女子6キロだったはずだ! さてはお前らのとこの男子全員、草食系ではあるまいな?」
距離が短くなったのに何故か不満げな会長。というか、それを私立侮辱のネタにしてきやがった。
「いや、うちの理事長が『男女共同参画社会目指すなら、これ変じゃね?』とか言い出してな。かつての卒業生には、男子の中に混じって走り、一番に帰ってきた女子とかいるみたいだし」
「姉ちゃんか……」
雅が距離変更の経緯を話す。伝説と化したエピソードも加えて伝えると、遊人は姉である愛花のことだと理解した。
「あの人そんなに凄いんだ……」
愛花と面識のある佐奈は感嘆した。その場にいた佐奈を知る全員が、絶対記憶のある貴方も相当凄いですよ、と言いたくなった。
@
『ルールを説明します』
「ルールだぁ?」
アナウンスを聞いて、スタートラインに立った遊人が首を傾げる。マラソンなど、走るだけがルールなのだから。
『他校生徒への妨害ありです!』
「マジかよ……!」
「フフッ、怖じけついたかね? 我々が入れたルールだ」
「あ、バ会長」
会長が遊人の隣にいた。会長は真面目な勝負じゃ勝てないと踏んでか、変なルールを入れてきた。
「せいぜい、彼女の前でカッコ悪い姿を晒さないようにしろよ」
「そりゃこっちの台詞だ。墓穴を掘ったな。これならうちの馬鹿共が思い切り馬鹿を発揮できる」
会話するうちにピストルの音がなった。長篠高校、桶狭間高校合同マラソン大会は幕を開けた。河原のコースは土と草の道がしばらく続き、散歩道として舗装された場所へ出る。
「遊人! 私は医者から激しい運動を止められてるけど、これでサポートするね!」
開始早々、エディがガスガンのライフルで桶狭間高校の生徒を狙撃していた。エアガンとガスガンの違いは、弾を撃ち出す威力にある。年齢制限のあるガスガンの方が、当然当たると痛い。空気で出すか、ガスで出すかの違いに過ぎないが、ガスガンは死ぬほど痛いぞ。
「ハイセンスだな、エディ!」
「おのれあの金髪!」
走り始めた遊人と会長に、新たな脅威が迫る。後ろから矢がガンガン飛んでくるのだ。
「うちの中学は弓道部が有名でね!」
スタート地点から一歩も動かない雅が弓矢を放っていた。雅は珍しく級長している。
「あの女男か!」
「会長さん知ってる? 弓矢って意外と連射性能いいんだよ」
エディ、雅両名の援護で長篠高校は優勢だった。
しかし、公立もこのルールを作った側として負けてはいなかった。会長は生徒達へ指示を出す。
「ボクシング部! お前らの必殺パンチをお見舞いしてやりな!」
しかし、ボクシング部は無反応だった。遊人は何となく理由を察した。
「ほら、ボクシング部って傷害事件起こすと存続がヤバくなるって刑事の姉ちゃんが……」
「ならば、柔道部! 投げてやれ!」
今度は少人数だが、反応があった。しかし、長篠高校側はやられる前に反撃した。
「俺の球が、止められるかよ!」
門田がボールを投げて柔道部をボコボコにしていた。水球部の門田はボールを投げるとめちゃくちゃ早い。ゲームの主人公からとって、『長篠のティーダ』という二つ名も頂戴してるほどの人物だ。
「しかし……、なぜ黒帯以上の奴が動かん……!」
「知ってる? 黒帯以上だと人殴っちゃダメなんだって」
横から柔道部の千歳くんが走り抜ける。こいつも遊人のクラスメイト。
そんな中、門田のボールを止めた人物がいた。格好からして、サッカー部だ。しかもゴールキーパー。
「なんでユニフォームなんだ!」
「貴様こそ、自分の競技に誇りがあるのなら海パンでくるのだな!」
さすがの門田もツッコミにまわる衝撃的アホが登場した。門田はあまりの馬鹿らしさにボールを投げる。それでも、ゴールキーパーは華麗にキャッチ。
「俺は今まで無失点の男、ここから先にボールは出さない!」
豪語するゴールキーパー。それを聞いて遊人は、門田からボールを貰う。
「何する気だ?」
「今の言葉に攻略方法が隠されている」
遊人は川に向かってボールを投げる。ゴールキーパーはそれに反応してボールへ飛びついた。
「見たか! これが全国レベルのゴールキー……ギャアアア!」
ゴールキーパーはボールと共に川に落ちた。しかし、川は浅かったので無事だった。ゴールキーパーはボールを持って、川から出ようと川の中を歩く。
「深いとこだったら即死だった……ヌギャアアア!」
いきなりゴールキーパーは姿を消した。矢作川はいきなり深くなってる場所があるので気をつけよう!
一方戦闘もとい先頭グループ。煉那はぶっちぎりで一位だった。すでに舗装された散歩道へ突入している。しかしコース前方、煉那に向かって一人のアメフト部が走ってきた。
「このままじゃ正面衝突ね」
「会長の命令だ! 悪く思うなよ!」
アメフト部は煉那を正面から止めようとしていたのだ。おそらく、この辺に会長が潜ませて一位の選手を足止めする作戦だったのだ。
「覚悟!」
走ってくる煉那にアメフト部は触れようとする。しかし、煉那はその瞬間に消えた。アメフト部が気付いた時には、煉那は擦れ違い走り去っていた。
「デビルバットゴースト……だと?」
某アメフト漫画には、ブレーキをかけずに避けることで消えたように見えるという技がある。煉那がしたのもそれだ。
アメフト部は自身の未熟さに落胆するしかなかった。
煉那は走り、砂浜へ出た。ここまでくると河原というより川の中を走ってるようなものだ。上流から流されて削られた石が砂浜を形成している。
「悪路か、楽勝!」
煉那は難無く砂浜を走る。足が沈み込んで体力を奪うコースだが、煉那の体力は奪っても奪い切れない。
しかし、走る度に足元に浮かび上がる数字が不安を煽る。
カチリ
「え?」
煉那は怪しい物を踏んだ感覚を足に覚えた。固いから、石か何かだと思ったが、爆発が起きたのだ。
「げほっ……、なにこれ?」
『砂浜コースにはステルスマインが仕掛けられてます。気をつけて下さい。足元の数字は近くに埋まっている地雷の数を現しています』
煉那は黒焦げで絶句した。この砂浜は巨大なマインスイーパー。しかし、煉那はこういうゲームが苦手なのだ。
ヒントを読み解ければただのゲーム。しかし、それが出来ない煉那には砂浜は地雷源にでしかない。
「なら、気合いで突破だ!」
煉那は一直線に走り抜ける。連続して響く爆発音が後方の選手を戦慄させていた。
「あの煉那がやられたのか……。厄介だな」
地雷源の様子を見ていた森川は爆発でけちょんけちょんにされた煉那を見ておののいた。
後続の生徒達が次々と爆発の餌食になる。マインスイーパーにしても広大過ぎるので、誰も解けないのだ。
「ゲームなら俺に任せろ!」
「馬鹿を言え! たかがゲーマーに頭脳を使うコイツが解けるわけない!」
ついに最後尾の遊人と会長が辿り着いた。遊人はすでに表示された数字を見て、的確に地雷の位置を見抜いた。
「だが、君の通った道を通れば地雷は避けれる!」
会長は遊人の後に続く。かなりセコいが、遊人は地雷のある場所に石を投げた。
「嘘だあああ!」
地雷が爆発し、会長は巻き添えになる。後続の生徒は遊人の切り開いた道を進むが、何人かは足を踏み外して爆発が起きていた。
コースから押し出されて地雷を踏んだ者もおり、まさかの同志討ちも発生している。押した押されたで仲間割れも起きた。
「この野郎……! 俺をサイバーガールズ赤野親衛隊の隊長と知っての狼藉か……!」
「しつこいですよ。赤野親衛隊隊長は貴方だとしても、彼女を愛する気持ちは俺が一番です!」
ゲーム研究部の部長と佐竹が喧嘩になっていた。仲間割れは長篠高校のみならず、桶狭間高校の生徒の間にも起きていた。
そんな殺伐とした砂浜に馬のいななきが響き渡る。リズミカルな蹄の音を鳴らし、雅が馬で現れた。後ろには佐奈も乗っている。
「敵は、桶狭間にあり!」
雅は馬の上で竹で出来た競技用の薙刀を振るい、遅れた佐奈まで運んできたのだ。
「ここからは僕に続け!」
馬は何処から持ってきたという全員の視線を無視して、雅は的確に桶狭間高校の生徒を薙刀で倒していく。
「雅さんがなんだか男みたい……」
あまりに武将みたいな雅に佐奈は驚く。
「僕は女みたいな外見が嫌で、侍を志した時期があった。馬術もしたし薙刀もした。それだけじゃない。お香をかぎ分けたり、生け花もした。それでも外見は男らしくならないが、心は男だ」
雅は馬の上で自らの半生を語る。そして、馬を走らせ砂浜を駆ける。
「それがこの僕、三好雅だ!」
遅れて夏恋、門田も砂浜に着く。雅の話を聞いた夏恋は素直な感想をぶつけた。
「薙刀って女性の武器だよね? お香や生け花も姫のやることだし」
ドサッ!
雅は言葉の弾丸で撃ち抜かれて落馬した。馬の背中には佐奈だけが残る。
「ヤバいのなんの。雅、薙刀借りるね!」
桶狭間高校の生徒に追われていた涼子が薙刀を雅から借りる。雅は何も言わなかった。
「敵は三人か」
敵の三人は掛け声で互いを確かめ合い、連携攻撃を仕掛ける。武器は鉄パイプ。なかなか凶悪だ。
「お前ら、敵にジェットストリームアタックをかける!」
リーダーが言うなり、涼子に駆け寄る。涼子はしっかり間合いを取った。
「ジェッ……!」
リーダーが踏み出した瞬間、地雷が爆発。涼子は自分と敵の間に地雷がある場所を選んで、誘導して戦いに持ち込んだのだ。
「ハハハッ! ではこのお嬢さんと馬は貰っていくよ」
会長はサラっと佐奈の乗った馬に跨がり、走り去った。佐奈を下ろさなかったあたり、会長は紳士さんなのだ。
「お嬢さん、しっかり捕まっていてね!」
会長も馬が乗れるのか、難無く乗りこなす。しかし、馬は暴れて器用に会長だけを叩き落とした。
「あべし!」
「ごめんなさい会長さん。この子、女性しか乗せたがらないんです」
夏恋が後ろに乗り、佐奈が手綱を取る。雅の手綱捌きを後ろで見ただけで馬に乗れる佐奈は凄い。
「ってことは、雅は馬にも女だと思われてるのか……」
厚真が勝手に馬に乗ろうとして、後ろ蹴りを馬から喰らってるところを見て遊人は呟く。オネエの厚真が乗れない時点で、馬の判断基準は外見ということがハッキリする。
「馬め……!」
「馬鹿め! あの馬、デイアフタートゥモローは僕以外の男を乗せないんだ!」
地面に倒れた会長に、勝ち誇ったように雅が言う。
「競走馬かよその名前!」
遊人は馬の名前に突っ込むことを強いられた。
今のところ、生徒達はゴタゴタで砂浜に取り残されている。砂浜を抜けたのは馬に乗った佐奈と夏恋、煉那をおぶった涼子の4人のみ。
「このままでは不利だ。あれを使う!」
会長は何かのスイッチを押した。すると、空から何かが飛来してくる。
スコープを持っていたエディは、スタート地点から砂浜へ向かいながらその様子を見ていた。砂浜へたどり着き、飛来する何かの正体を確認したエディは血の気が引いた。
「核ミサイルだと?」
肉眼で目視した雅はミサイルに描かれたマークから正体を掴んだ。
「なんて愚かな……!」
エディは地面に座り込み、体を抱きしめて震えた。まるで核の恐怖を知ってるかのように。
「あの悲劇を、また繰り返す気? もう、あんな思いするのは私だけで充分なのに……!」
そんなエディの体を抱きしめる影があった。
「遊人……」
「大丈夫だ、俺がいる」
遊人はエディを強く抱きしめた。エディの震えは自然に止まる。
核相手に一人の高校生が何ができるというのか。それでもなんの根拠もない安心感がエディを包んでいた。
「よし、あれを破壊するぞ!」
「雅、今日はなんか一貫して級長してるな!」
雅と門田はそれぞれ弓矢とボールでミサイルに立ち向かう。煉那に敗れたアメフト部がそれを阻止しようと駆け寄る。ミサイルは砂浜に落ちようとしていた。
「壊させるかよ。あれは、綺麗なんだぜぶっ!」
「綺麗なんて謎の芸術性で死んでたまるか!」
遊人がアメフト部を横から木の棒で叩く。防具がない部分を狙った一撃、よりによってスネを狙った一撃だった。
だが、ミサイルは噴射口からプロペラを出して滞空した。
「見たか! 迂闊に攻撃出来ないよう、核ミサイルに偽装したリフレクターピットだ!」
「ハッタリかよ!」
会長のハッタリに遊人はツッコミざるをえない。とりあえずエディは安心した。だが、リフレクターピットという言葉をエディは聞き逃さなかった。
「リフレクターピットってあれ? この前一緒に見たガンダムユニコーンに出てきた……」
「ああ、巨大メカシャンブロが持ってる、ビームを跳ね返すやつだ」
遊人はガンダムを知らないクラスメイトにもわかるように、モビルアーマーという言葉を避けて説明した。遊人は実際、エディの部屋で『機動戦士ガンダムユニコーンEpisode4 重力の井戸の底で』を見た時はエディにドキドキして内容どころではなかったが、エディ本人は内容をしっかり覚えていた。
でかいザリガニみたいなシャンブロというメカが、リフレクターピットでビームを弾きかえして地球連邦の首都を襲う話だ。
「あれ? でも私達、ビーム兵器なんて持ってないよ?」
「私達が撃つのだ! 巨費を投じ、桶狭間高校の首都を改造して作ったビーム兵器でな! お前らの校舎を狙い撃つには、角度的にコイツが必要なのだ!」
会長がビームの発射ボタンを押し、マラソン大会がクライマックスに突入する中、今だ仲間割れをしていた部長と佐竹はというと、
「今俺達が争ってどうするんです! 俺達は共に総選挙で赤野を勝たせるために結束しなければならないというのに!」
「それでも、愛の量じゃ負けられない!」
佐竹が部長をなだめようとしている。だが部長は赤野の個人情報を喋りながら愛の量で佐竹に勝ってることを証明しようとしている。
「同じ人間を愛する仲間同士で潰し合う。これが貴方の望んだ愛なのか?」
部長は愛という言葉に反応した。愛、それは例えるなら家庭。部長は疲れた体を引きずって帰宅する自身を想像する。
『お帰り』
台所では赤野が晩御飯を作っている。長年連れ添ったというのに、このぎこちなさは変わらない。だが、それがいい。
『おでん作ったけど、何がいい?』
部長は鍋の中身を想像する。彼女のことだ、大根は味がしみるようにしたり、ウインナーはたこにしたりとかわいい工夫があるに違いない。
だが、自分の好物と知っている『あれ』には並々ならぬこだわりを持って作ってくれたに違いない。そう、群馬県が有名なあれだ。
それを岡崎名物の八丁味噌で煮込んだ味噌おでん。ただでさえおいしいのに赤野の愛情まで篭められているとなると、ミシュランガイドなら星が1000個でも足りないくらいおいしいだろう。
特に、大好きなあれは。
「こんにゃく!」
「馬鹿野郎!」
ぶっ飛んだ答えに佐竹は手に持っていた地雷を叩きつける。地雷は二人を爆発に巻き込んだ。
あの問答は誰がどう見ても『Q、同じ人間を愛する仲間同士で潰し合う。これが貴方の望んだ愛なのか?』に対して『A、こんにゃく!』なのだから、佐竹の反応も当たり前だ。
「巨費を投じて作ったこの、巨大レーザー……。長篠高校を潰せ!」
ビームが桶狭間高校のある方角から飛んでくる。一瞬、遊人は自分に飛んでくるかと身構えたが、リフレクターピットのことを思い出した。
しかし、ビームは極太でリフレクターピットは小さい。少々不安を感じる。
だが、会長は自信満々だ。
「巨費を投じたこのビーム!」
巨費を投じたビームはリフレクターピットに命中する。
「長篠高校を灰にしろ!」
リフレクターピットが灰になった。会長はようやく気付いた。己の間違いに。
「巨費を投じ過ぎた!」
会長は灰になったリフレクターピットを背景に走馬灯を見た。出生から小学生、中学を経て高校生。生徒会長選挙での当選、巨費を投じたビームの取り付け。
今思えば、ビームよりリフレクターピットに費用を投じるべきだった。しかし、人間後悔先立たず。盛者必衰の理をあらわらす。
ビームは比較的砂浜から離れていたエディ以外に直撃したのだった。
夜 遊人のマンション
遊人は自分の部屋でマラソン大会の顛末を振り返った。制服のジャケットを脱いでネクタイを外しただけというのが、彼の放課後のスタイルだ。しかし、愛知県では休み時間を放課と呼ぶのでややこしい。なので、ここは日本全国に合わせて授業後を放課後と呼ぶことにした。
「最後は会長の自爆か。巨費投じ過ぎビームってどっかで聞いたネタだと思ったら、保健所さんの作ったガンダムSEEDディスティニーのフラッシュのネタじゃんよ」
遊人達はなんとか生きていた。遊人が会長を盾にしてビームを防ぎ、『俺って奴は、不可能を可能に……!』とか遊人が決め台詞を放って会長だけ爆散した、いや、させたのだ。だからほとんどみんな無事ですんだ。この調子なら遊人は宇宙でヘルメットが取れても平気そうである。
「お、風呂入ったか」
遊人は部屋から出ると風呂場へ急ぐ。自動で風呂を入れる装置が、ブザーで遊人に知らせたのだ。
とにかく今は風呂だ。筋肉をマッサージしないと筋肉痛がヤバそうだ。今は愛花がいないので一番風呂出来る。
愛花は切り裂き魔を追うため、警察署に泊まり込むことが多くなった。
遊人は服を脱いで眼鏡を外して、風呂にしっかり浸かる。風呂の広さはそこそこで、人が一人充分浸かれるレベルの広さはあった。頑張ればもう一人いける。
その時、風呂場の扉が明けられる。遊人は明けたのが誰か解らなかった。遊人は目が悪い。眼鏡無しでは遠くを見ることが出来ないのだ。
「姉ちゃんなのか?」
「遊人って、目が悪いのね」
体をバスタオルで隠している。タオルの面積から算出して女性だと判断した遊人だが、あの愛花が弟相手にそんな気を使うとも思えない。遊人の思考は一時停止する。
しかし、髪の色を見て態度が一変した。髪は鮮やかな金色。ということは……?
「エディ?」
「気付いた?」
エディは扉を閉めて、湯舟に入る。湯舟からお湯が溢れた。ついでに遊人の何かも溢れそうだった。すでに遊人の堤防は決壊している。
「ご褒美。スタートの前言ったよね?」
「いや、その、エディさん?」
一気に距離が近づき、遊人は緊張する。眼鏡がなくて残念な気持ちと、よかったと思う気持ちが遊人の中でせめぎあっていた。
遊人は湯舟の後ろに後退して、上半身をお湯から出す。こんな状態ではのぼせるのが早まってしまう。
「あれ、遊人。その傷どうしたの?」
「これか?」
遊人の体に残る傷を見て、エディが聞く。傷は切られたというレベルのものから、えぐられたとか想像を絶するものもあった。
腕にも傷が残っており、なんで手や顔だけが綺麗なのか不思議なくらいだった。
「俺も覚えてないくらい昔のことだけど、なんかあったんだろうな。病院に連れ込まれて、姉ちゃんと会う前の傷だと思う」
「そうなの」
結構エグイ傷だが、エディはなんともないように見つめる。エディは眼鏡をかけてないと遊人はようやく気づく。眼鏡をかけてなくても充分かわいいと遊人はぼやけた視界で理解した。
「でも、日本人ってウブなのね。このくらいで慌てたり」
「いや、慌てるだろそりゃ。初対面でキスされたりとかしたら」
遊人はエディと初めて出会った時を思い出した。岡崎城まで道案内して、そのお礼にキスだ。
「お前は積極的だよな、本当」
遊人は湯舟に浸かり直して言う。付き合って一月もしない彼氏の風呂に入ってくるあたり、積極的以外の何者でもない。
「そういえば、どうして家入れたんだ? 鍵はかかってるはずだし……」
「愛花さんから合鍵貰った」
「マジかよ……」
意外な事実が発覚。主犯は姉だった。しかしそれでも、遊人はエディを直視できてない。さすがに遊人はエディほど積極的じゃないからだ。
お湯に揺れる金髪が綺麗だ。普通、女性は髪を手入れのためまとめておくものだが、遊人は姉のガサツさ故それを知らない。なので、エディが髪をまとめないのもさほど疑問に思わなかった。
もし疑問に思っても、そんなことより水を弾くエディの肌に目がいってしまうわけで。さらに鎖骨にも目がいってしまう。というか、わざと目がいくようにエディが姿勢を作ってるようだ。恐るべし、エディ・R・ルーベイ。
「今日は……ありがとう」
「え?」
そんな積極的なエディが急にしおらしくなる。これまた違った魅力がある。
「核ミサイルが飛んできた時、私を助けてくれて」
「あれが核ミサイルじゃなくてよかったよ。よく考えれば、民間人に核ミサイルが用意できるはずないしな」
「そうだ。背中流そうか?」
そんなこんなで、時間は過ぎていった。
@
遊人は風呂上がり、基本的にジャージで過ごす。ソファに座り、隣にはエディがいた。
エディはパジャマ派なのか、と遊人は確認する。ピンクのパジャマはエディによく似合っている。濡れた髪が張り付き、顔が上気している。パジャマの第一ボタンは外していて、胸元が少し見える。バスタオルを巻いただけの姿と比べると、これはこれで扇状的だった。
「ねぇ遊人。愛花さんから『泊まっていってもいい』って言われてるけど、どうする? 襲う?」
「いや襲わねぇよ!」
遊人に寄り掛かり、エディはそんな提案をする。眼鏡を外した素顔は実に無防備だった。
「じゃあ、キスして。今度は遊人から」
「あ、ああ」
遊人は戸惑いながらも、エディに顔を近づける。そして、頬にそっと唇を触れさせる。
「ふふっ、結構ぎこちないのね」
「初めてだからな」
エディはそれでも、満足そうに遊人に抱き着く。エディの体温が、パジャマ越しでも伝わる。
遊人はエディをしっかり抱きしめる。細い体、サラサラの髪、太陽の様な香り、暖かな体温。エディのすべてを腕に抱いた。
「もっとギュッとして」
「わかった」
二人は強く抱きしめあった。互いの足りないものを補い合うように。こうして夜は、更けていった。
〇出番がなかった人
氷霧「この番外編、ビームのくだり以外は本物」
クイン「ってことは、墨炎のリアルの体にある傷もラディリスの核ミサイルを見た時の反応も本物ってことか。わざわざこんなことを言うってことは、そこが本編でも鍵になりそうだな」
氷霧「……! ということは……!」
クイン「風呂のくだりも本物だ」