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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第一部
28/123

15.オペレーション・プロトタイプ

 通学路


 「で、付き合うことになったが何すればいいんだ?」

 俺はエディにそんなことを聞いた。昨日、エディとは恋人同士になった。そこで俺は家にある恋愛ゲームを片っ端から遊んだが、恋愛ゲームというのは恋人になるまでがシナリオ。なんの参考にもならん。しかも俺ら、出会って早々付き合うことになった。

 せめて恋人でいること前提のラブプラスでもやっときゃよかったぜ。

 「とりあえず、世間話でもしましょう」

 「そうだな」

 エディの提案で世間話をすることにした。

 「最近熱地学院大学の連中が『鳥インフルエンザは直ちに健康に影響を与えるものではない』とかとち狂った発表したみたいだな」

 「凍空コンツェルンの養鶏場から鳥インフルエンザが発見されましたからね。見事に表五家の役割を果たしてるね」

 エディの口から表五家の名前が出るとは思わなかった。たとえネットで情報を得てた(マスコミ関係は宵越が管理していて、表五家の存在は隠されている)としても、表五家のシステムまで知ってるとは。

 いや、俺もなんで知ってるのだろうか。ニュースでもやってない単語を調べでもしたのだろうか。たしか……、なんか松永の誰かを追跡していたような……?

 「ああ、確かに。熱地の役割は資金援助の見返りに凍空の商品が科学的に大丈夫って言うことだからな」

 「熱地……ね……」

 エディの表示を見るに、熱地学院大学になんらかの思い入れでもあるのだろうか。

 「熱地といえば、親子三代で賭博漬けみたいよ。有名な黒羽組の賭場で」

 エディは意外と貴重な情報をサラっと流す。そして、俺に手を差し出す。

 「手、繋いで」

 「ああ……」

 そうだよな。俺とエディはアベックって奴なんだから、手くらい繋いで当然か。いや、既にこの人腕に抱き着いたり頬にキスしたりしてんだが、手を繋ぐだけはしてなかったな。何か、手を繋ぐこと自体に神聖性でもエディは感じていたのだろうか。

 俺は余計なことを考えるのをやめて、エディと手を繋ぐ。エディの手は細く、暖かい。

 「そうだ。今度の日曜日、デートでもする?」

 「デート?」

 エディが提案する。そうだ、俺達は恋人同士なんだからデートも当然か。今月曜日だから、今から楽しみだな。

 「じゃあ、予定立てとくよ。デートのエスコートといえば、男がするもんだし」

 「よろしくね」

 笑顔を向けるエディ。この太陽のような笑顔を向けられると、本格的にコースを考えたくなる。しかし俺にデートコースの心当たりなんて、あるわけない。

 よし、頑張って考えるか。


 長篠高校 教室


 「なんだ。二人って付き合いだしたの?」

 「ああ、まあな」

 教室に来たら夏恋に捕まった。エディといた(ていうか手繋いでいた)理由を聞かれるから事情を説明したら、どこと無く納得したようだ。教卓の前に集まって話をする。

 「まだ人が少なくてよかった。あまり騒ぎになるのはマズイ……」

 「いっそ、公言して学校公認のカップルになっちゃえって感じですけど」

 エディは相変わらず大胆だ。でも、ちょっと照れ臭そう。そんな部分がエディの魅力かもしれない。

 仕方ないから俺は教卓の前の席に座って大量の缶コーヒーを消費してるクラスメイト、佐竹に話しかける。

 「で、その缶コーヒーはなんだ」

 「遊人が知らねぇとはな。この缶コーヒーについてくるシールを集めると、サイバーガールズのグッズがもらえるんだよ」

 「サイバーガールズ?」

 サイバーガールズといえば、体育祭の時に来た彩菜や冬香の所属するアイドルグループだ。リーダーの名前は河岸瑠璃。後の調べでわかったことだ。最近、総選挙というイベントに向けて動いてるようだ。

 総選挙の主催はあの宵越テレビ。サイバーガールズを中心的にプッシュしてるが、大事なニュースそっちのけなのは否めない。

 (宵越が絡んでるのは内心穏やかではないな……)

 なんだか最近、表五家の動きが気になるような気分だ。この前まで、松永の特定の一人のことしかチェックしてなかったのに。いや、それをチェックしなくなったから気になり出したのか。

 「遊人くんはいるかね!」

 俺の思考を打ち消すように、緋色がいきなり窓から教室に突入してきた。ここ四階だぞ。クラスメイト達も動揺を隠せないようだ。

 「な、緋色! なにやってんだ!」

 「マズイ……! 僕のあだ名忘れてる?」

 緋色は近付いてきて、いきなり俺の肩を掴むとゆっさゆさと揺さぶりだした。何がしたいんだコイツ。

 「遊人くん、ログインは毎日してるのか?」

 「してるが?」

 「君が一番大事な人は? フルネームで言えるか?」

 「エディ・R・ルーベイ」

 「君は刺し違えてでも殺したい人間がいたはずだ!」

 「俺は赤穂浪士か。ナンセンスだな」

 緋色が次々と質問を俺に投げかける。しかし、どれも意味不明だ。緋色は狂ったのか?

 しかし緋色の方は本気だったらしく、青ざめた顔でこちらを見ていた。

 「さっきの質問……、いつもの君ならそれぞれ無茶苦茶高いから絶対買うなよ緋色もやし、楠木渚、松永順と答えたはずだ……!」

 「なんだそのあだ名。ナンセンスだな。楠木渚って誰だ? それに、なんでそんな赤の他人を俺が殺さなければならん。ナンセンスかお前」

 緋色は知らない名前を出して来た。本当に心当たりないな。

 「君が愛花さんと暮らすようになったきっかけは?」

 「なんだっけな。わからん」

 「君の本名は?」

 「おかしな奴だなー。俺は一貫して直江遊人だ」

 いくつか質問を繰り返すと緋色は落ち着きを取り戻し、俺に告げた。

 「渚の記憶を失っている。最悪の事態が起きた」

 「最悪の事態?」

 なにが最悪の事態かはわからない。ただ、緋色の表情から最悪な事態がいかに最悪か読み取ることはできる。

 「直江遊人は、感情を失った!」

 「俺が、感情をなくしただぁ?」

 この時の俺は、事の重大さに気が付いていなかった。


 職員室


 で、いきなり緋色からありえない宣言をされた俺は職員室にいた。今後の対応を話し合うのだが、なにせ感情を無くした人間自体前例がない。先生同士の会話を聞くと、DPOの禁止に向けた動きはなさそうだ。それもそのはず、感情を無くしたのは俺という特例中の特例(憎しみ以外の感情を持たない)な奴だからか。本来ならなんの影響もないはずのシステムだ。プレイヤーのマイナスの感情を吸収してイベントを精製する、か。

 「それは困りましたね」

 「さて、どうするか……」

 中学からわざわざ来てくれた凜歌先生と担任の森川先生が相談している。緋色は対策を立てるため、インフェルノ本社に戻った。

 「凜歌先生。遊人はあんなでした?」

 「いえ、もっと尖ってました。直江ちゃんは放物線クラスに曲がってました」

 「それが今や一次関数のグラフ並に真っすぐになったもんだ……」

 数学教師同士のよくわからないトークが続く。緋色が言うには、俺が感情を失ったのはプロトタイプが原因だそうだ。本来ならほとんど影響がないと判断されたプロトタイプだが、俺が攻撃して致命傷を与えたため、回復の為に俺から感情、つまりそのよりどころとなるらしい渚の記憶を吸収した。


 10分前 対戦フィールド クイズ番組セット


 「【リベレイション=ハーツ】!」

 『そのリベレイション=ハーツは感情を読み込んで威力に反映させる技。感情が弱まれば当然力も落ちる。遊人くんのリベレイション=ハーツは憎しみを読みとっている』

 クイズ番組のセットの様な対戦フィールドに緋色の指示が響く。今の対戦相手は一人練習用のマネキンだ。マネキンは解答者席に座っている。本来DPOはダイブ中、時間が5倍に引き延ばされる。つまり、こっちで5時間過ごしても現実世界では1時間しかたってない。しかし、リアルマッチング対戦の観戦モードならその機能をオフにして観戦可能だ。5倍速で動かれてはまともな観戦はできないからな。

 「ちっさ! こんなんだったか? いや、彩菜と戦った時もプロトタイプの時よりは小さかったっけ……」

 俺は墨炎にダイブしてをリベレイション=ハーツを発動させた。黒い炎は剣を包むことすら出来ていない。正直びっくりだよ。

 『それが感情を失ってる証拠だ。君が感情を取り戻す方法はプロトタイプを連れてくることのみ』

 「しっかし、負の感情なんか必死こいて取り戻してもねぇ」

 緋色がなぜ憎しみにこだわるのか俺にはわからなかった。漫画でも負の感情に傾倒した奴は悲惨な末路を辿ることが多いのに。俺の対応を見てか、司会者席の後ろにある巨大モニターに映っている緋色は頭を抱えた。

 しかし、なんで緋色はそんなに俺が憎しみを持つことにこだわるのだろうか。なにか、俺が憎しみを持ってないと都合でも悪いのか? 実際、俺は憎しみ無しでも普段通りでいられるし、それ以外に理由が思いつかない。

 『へぇ、それが遊人くんのアバターですか。女の子みたい』

 「実際、女の子なんだが……」

 緋色を押しのけ、モニターに映ったエディがアバターについて言う。墨炎はDPO初の性別逆転アバターだ。なにがそうさせたのかは不明だ。今日は度々見られた『アバターの反逆』こそないが、動きがぎくしゃくする。

 「プロトタイプ、今頃どうしてるかな」

 俺はひとまず、あの憎しみにかられた少女のことを気にかけた。


 夕方 インフェルノ岡崎本社


 インフェルノの本社は意外にも長篠高校と同じ岡崎市にある。俺の住んでる矢作町のとなり、康生町は天下人徳川家康が生まれた地であると同時に、DPOという一つの宇宙が生まれた町なのだ。

 「ここがインフェルノ本社か」

 「案外普通。もっと近未来的デザインかと」

 学校の終わった俺とエディは緋色の指示でインフェルノ本社を訪れていた。ロビーはいたってシンプルなものだ。DPOサーバーは東京にあるそうで、理由としては人員のアクセスが楽だからだとか。

 緋色はゲームマスターの指示に従えと言っていたが、

 「遅いなゲームマスター」

 ゲームマスターってのは、朱色のことか。久しぶりだなあいつと会うの。ていうか、声しか聞いてないが。

 『ゴメンゴメン。ちょっとチートプレイヤーのアカウント消してたら時間かかって』

 俺が呟くと、どこからともなく声が響いた。少女の声で、何気なくエコーがかかっている。

 そして、俺達の目の前にいきなり一人の少女が現れた。足から徐々にオレンジ色の光が、人の形を作る。光が完全に人形を作った時、オレンジ色が弾けてはっきりと少女の姿が現れた。

 「ホログラム……だと?」

 「凄い!」

 俺もエディも驚いた。発生装置みたいな物など見当たらないのに、ホログラムが発生したのだ。出てきた少女は短いオレンジの髪をしていて、中学生くらいの背丈。衣装はオレンジを基調としたタイトな宇宙服みたいなものだ。瞳も橙色だ。足は床に触れておらず、3cmほど浮いている。

 「やあ、ボクは朱色。ドラゴンプラネットオンラインのゲームマスターだよ。これは正確にいうとホログラムじゃなくて、電磁波で君達に幻覚を見せてるんだ。だからボクはカメラに写らないよ。それでも撮影は勘弁してほしいな」

 「驚いた……」

 「触れるの?」

 エディが恐る恐る朱色の肩に触れる。すると、なんと触れられた。

 「ボクは制限こそあれ、生き物には触れられるよ? 君達の脳に、ボクは存在すると錯覚を起こさせてるんだ。握手すれば感じられるし、ボクがそのまま腕を振り回せば君の腕も動く。人間以外の生き物も同様さ。ただ、抱き上げるレベルの動きは出来ないし、物を持つことはできないけどね」

 朱色はナイフを呼び出す。大型のミリタリーナイフだ。

 「驚くべきことに、このナイフに触れると怪我するよ」

 朱色がそんなことをいうので、俺は触って見る。指で触ると本当に怪我した。まあ、舐めれば治る程度だが。

 「これで理解した? ボクの特殊性を。妹が一人東京にいるんだけどね」

 朱色は背中にスラスターがあるわけでもないのに俺達の周りをビュンビュン飛び回る。そして、朱色が指を鳴らすと橙色の光で出来たリングが俺とエディの頭上に出て来て、足元まで下がっていく。まるで何かをスキャンしたみたいな感じだ。朱色にうっかり秘密を読み取られていても不思議はない。ガクブル。

 「うん。ボクの秘密をペラペラと喋っておいてからで何だけど、電磁波の干渉感覚で君達の脳波を読み取らせてもらったよ。直江遊人、アバターは墨炎。エディ・R・ルーベイ、アバターはラディリス」

 「あ、私のアバター」

 朱色がそう言った後、俺とエディの隣にそれぞれのアバターが現れる。

 ラディリスというアバターは、オレンジがメインカラーに据えられている。朱色とキャラがかぶるな。

 オレンジ色の長髪に、白基調にオレンジのラインが入ったアーマー。アーマーは比較的スリムで、身体にフィットしている。そのため、重装備ながら激しい動きが可能だ。武器は背中に背負った槍。背丈はエディと同じだ。瞳の色までは、目を閉じているので解らない。

 「で、プロトタイプの居場所はボクがサーチする。君達は捕獲を頼むよ。氷霧とクインにも連絡は入れてあるから、急行して」

 「わかった」

 俺は朱色の指示で、プロトタイプ捕獲作戦に乗り出した。

 俺とエディは近くの背もたれ付きベンチに座り、携帯とウェーブリーダーを取り出した。それを接続すると、早速ダイブ。

 「お先に」

 エディは先にダイブしたのか、俺の肩に体を預ける。少し幸せな気分だが、今はプロトタイプ捕獲が大事だ。

 俺はログインする。世界が一周するような感覚を感じ、すぐに墨炎の体で目を覚ます。

 今いるのはマイルームのベッド。あまり飾り付けをしていない。また今度やるか。

 「さて、エディと合流するか」

 俺はマイルームの玄関へ歩を進める。いつもより軽やかだが、身長のせいで歩幅が狭く、いつもより進まない墨炎の感じにも慣れた。

 玄関にはトランスポーターがある。ようはワープ装置。これでプレイヤーマンションのロビーへ出れる。エディと出身惑星が同じでよかった。

 トランスポーターに乗ると、あっという間に開けたロビーへ出る。ロビーはショッピングセンターの吹き抜けみたいになっている。

 「あ、いたいた!」

 ガチャガチャと鎧を鳴らしてエディのアバター、ラディリスが近寄る。瞳の色はオレンジ。

 「じゃあ、行こうか」

 エディ改めラディリスが手を差し出す。手を繋ごうってか。これじゃ百合だぞ……。ま、いいか。エディは篭手を外していた。

 「エヘヘ。リアルより小さくてかわいいね」

 「まあ、小さいのは認める」

 俺はエディに手を引かれ、戦闘フィールドへ向かう。戦闘フィールドへは、やはりトランスポーターを使う。ロビー中央にトランスポーターがあり、そこで惑星内の好きな場所へ飛べる。

 俺達はトランスポーターへ足を踏み入れ、目的地へ飛んだ。


 ネクロフィアダークネス 真実を名乗る偽りの城


 飛んだ先は中二臭いネーミングの、真っ暗な場所。潮の臭いがする。海が近いのか?

 ネクロフィアダークネスは暗黒惑星の名前通り、常に夜の惑星だ。このステージ、『真実を名乗る偽りの城』はある施設を模造して作られたと聞くが、建物の形を見ると大体わかってしまう。

 「ここって宵越テレビ?」

 「皆まで言うな。宵越テレビは表向き真実大好き本音は捏造大好きだもんな」

 球体みたいな奴が引っ付いたテレビ局を見据え、エディが言う。

 ネクロフィアダークネスは現実の建物を模造したステージが多い。レインボーブリッジをモデルにした『封鎖を許さない虹色の鉄橋』、国会議事堂を壊したいというプレイヤーの願いを叶えた『着飾った愚者達の会議場』などだ。ネーミングも中二臭い。

 そんなことを考えてると、宵越テ……じゃなくて『真実を名乗る偽りの城』の丸い部分が爆発した。

 「なんだ!」

 「いやー、スッキリスッキリ。一度ああいうデカイものにロケラン撃ちたかったんだよね」

 「クイン、やり過ぎ」

 俺の後ろから来たのは、氷霧とクイン。ロケランを放ったのはクインだったのか。クインは来るなり口を開く。二人は風邪が治ったらしい。

 「あれ? そこの鎧女は?」

 「はじめまして。リアルで墨炎の彼女をしてるラディリスです」

 「……彼女? 百合?」

 エディの爆弾発言に氷霧が反応した。俺のアバターが女だから、氷霧が百合(女性同士の恋愛)なのかと勘違いしてしまった。残念ながら、俺は男だ。

 「作戦の内容は朱色から聞いたよ。リアルの彼女さんなら心配なのも頷けるさ。あと、リア充爆発しろ」

 「私も、心配」

 クインと氷霧は俺から事情を聞かされている。その際、電話越しだが俺の過去、と言っても、緋色や姉ちゃんに聞いただけで実感はないものを話しておいた。渚のことも、順のこともだ。

 「で、朱色はなにしてんだ? 下手したら墨炎が生けるダブル不祥事に成りかねないのに」

 「朱色はチート野郎のアカウントを削除してる。と言っても、無料タイトルだからまた登録されるし、脳波でブロックとかできないみたいだ」

 クインのダブル不祥事発言に俺は朱色の所在を答える。性別逆転と感情損失のダブル不祥事って、やかましいわ。

 「プロトタイプは、多分あっち」

 「おっと、今回は殺したらダメだからな。俺がノーバディかエグル族になる」

 氷霧はプロトタイプの居場所を予測して指を指す。まともに戦闘して捕まえることは不可能なので、罠を張ろう。

 「まずはここに罠を作る」

 俺はアイテム欄からチーズを出して設置する。青く発光するメニュー画面から低い円筒のパッケージが出てきた。

 ネクロフィアダークネスで買えるネクロチーズというアイテムで、コショウを効かせたスモークチーズみたいな味がする。

 箱に入ったそれを置いて俺達は物陰に隠れる。といっても、物陰がないから作るしかない。

 「はい、段ボール」

 俺達は離れたところにクインが出した段ボールを被って待機。ソリッドな蛇も真っ青な子供騙しだが、奴の好物は熟知している。プロトタイプは俺の憎しみから生まれた。なら、俺と好みは被るはずだ。ついでにおつまみ類を大量に置いたし。

 「しかし、こんなで釣れんのか? 趣味がおやじ臭い……」

 「墨炎なら、仕方ない」

 「遊人くんの好みもわかりました」

 クイン、氷霧、エディがそれぞれ呟く。おつまみといっても、柿ピーだったりジャーキーだったり、チーズ味のスナックだったりするので別におやじ臭くないよな? 枝豆ないならセーフだ。

 「じゃあ、賭けをしよう。私はプロトタイプが柿ピーを取るに100スケイル」

 「私はジャーキーに20スケイル」

 「なら、私はネクロチーズに300スケイル」

 なんかクイン発案で賭けが始まった。クインが柿ピー、氷霧がジャーキー、エディがネクロチーズに賭けたようだ。これって俺も賭けるのか? スケイルってのは、この世界でのお金の単位だ。

 「あ、俺はチーズスナックに10スケイル」

 「自信なっ! 自分のことだろ?」

 「だってよ、最近なんか好みが変わってる気がするんだ。俺の中じゃ今、うす塩ポテチが来てる」

 そうこうしてる間にプロトタイプの姿が見えた。レジーヌも一緒だ。段ボールに気づいていない。どうやら、明らかに置いてあるアイテムを怪しんで避けてるようだ。作戦は失敗か。

 段ボールに開けた穴の視界から、プロトタイプは完全にいなくなった。やっぱ失、

 「なーにしてんだオリジナル」

 「敗かうわあ!」

 いきなり段ボールが取られる。四つん這いで段ボールに入ってた俺は高速で立ち上がり、後ろを振り向く。そこにプロトタイプはいた。

 武器こそ持っているが、服装が違った。謎の白衣装ではなく、普通に茶色の暖かそうなワンピースに、同色のマフラー。ブーツも普通のデザインになっており、普通に白髪の女の子している。不覚にもギャップに萌えてしまった。


 インフェルノコロニー


 インフェルノの専用スペースが、機械惑星ギアテイクメカニクルの近くに浮いているスペースコロニーだ。外見は丸く、宇宙世紀に南米へ落とされたコロニーというより、暗黒面に落ちた黒いコホーコホーがいる要塞に近い。

 ここはDPOと別サーバーになっており、新ボスや新武器のテストプレイなどが行われる実験施設だ。にしてはデカすぎる気がする。

 俺、氷霧、エディ、プロトタイプの4人は円卓に並んで話し合うことにした。プロトタイプが戦える状態でなくてよかった。レジーヌはクインにメンテナンスされている。

 「その服、どこで何スケイルで買った?」

 「墨炎、質問違う」

 いや、だってこの服かわいいじゃん。あのプロトタイプがここまでかわいくなるとはな……。

 氷霧のツッコミはスルーしたのか、プロトタイプは律儀に質問に答えてくれた。

 「ドロップアイテムだ。ランダム宝箱から入手した。それよりオリジナル。用ってのは?」

 「いや、無理強いすることじゃないんだが……」

 「まあいい。私はレジーヌのメンテナンスに付き合ってるだけだ」

 プロトタイプの言う通りにレジーヌはメンテナンス中だ。クインが言うに、オーバーホールという分解点検をして、摩耗した部品を取り替えるのだとか。

 「お前もオシャレの一つでもすればいい、オリジナル。ま、最もその低身長にまな板の幼児体型では高が知れるがな」

 プロトタイプは足を組んで全力のどや顔。なんか悔しいので俺は策に出る。ワンピースの胸元、そのボタンを外して全開にする。

 「まな板にはまな板なりのやり方がある! これなら充分鎖骨が見える!」

 「フッ、その程度オシャレではない!」

 プロトタイプは黒いリボンを取り出し、髪を束ねる。ポニーテールだ。

 「なんか負けた!」

 俺はメニュー画面から装備設定を呼び出し、あるアイテムを装備した。これならプロトタイプに勝てる。

 「ダッフルコートだ! 俺は女子の厚着にガッカリしない男だぜ」

 革のベストが消失して、代わりに実体化したのは黒いダッフルコート。太股にベルトで固定した鞘は外し、タイツもはいてみる。ブーツもファー付きにして冬装備だ!

 しかしプロトタイプは、俺に近寄り、俺が着ていたダッフルコートの前を開けて言った。

 「コートの中をサボるな!」

 「バレた!」

 コートの中はしっかりといつものワンピース。仕方なく、コートを閉じてごまかす。

 「オリジナル、オシャレ出来ないと幸せになれないぞ。そうか、貴様のファッションセンスがナンセンスなのは私達を苦しめた天罰か!」

 「ナンセンスなのは中の人が男だからですよー」

 コートの中をデニムのタイトスカートと黒のハイネックに変更しつつ、俺はプロトタイプに言ってやる。なんか、腑に落ちないな。

 プロトタイプにも少なからず、変化はあるようだ。

 「髪もほら、あほ毛が出ちゃって」

 「あほ言うな。これはワンポイントなんだよ」

 プロトタイプは髪まで見はじめた。あほ毛はデフォルトであるから仕方ない。あまりに自然に生えてるので忘れてた。

 「まずはポニテにしてみるか」

 プロトタイプは俺の髪を勝手にいじり出す。赤いリボンでポニーテールである。

 「ツインテもありか?」

 今度はツインテール。俺はおもちゃじゃない。

 「うむ。ロリにはサイドテールが似合うな」

 「誰がロリじゃ」

 俺の髪をプロトタイプがいじる様子を、エディと氷霧はカメラでスクリーンショットしていた。やめい。

 「で、結局用件ってなんだ?」

 「ああ。俺も乗り気じゃないんだが……、なんでもお前を連れ戻すともれなく憎しみを取り戻せますだそうだ」

 プロトタイプは俺をおもちゃにするのをやめて、用件を聞いた。確かに俺は乗り気じゃない。憎しみがあって何になろう。

 「はぁ? お前馬鹿か? こんな物貰ってどうすんだよ!」

 「ですよねー」

 プロトタイプは案の定、キョトンとした。まあ、本人がくれないなら仕方ない諦めるか(棒読み)。

 『それはダメだ遊人くん! チートプレイヤーに対抗するにはリベレイション=ハーツ、つまり憎しみが必要だ!』

 いきなりモニターが空中から現れ、モニターに映る緋色が叫んだ。マジいきなり現れた。空気からモニターを錬成しやがった……! しかし、その理由には説得力がない。何故なら、

 「あのな、俺はリベハ無しでチートに勝ったことあるんだぜ? 攻略法もfから貰った。リベハなんて俺には無用なんだよ。それに、リベハって自分で読み取る感情を変えられるんだろ? なら憎しみ以外を使えばいいだろ」

 fがしたように戦えばチートに勝てる。リベハ(リベレイション=ハーツの略)も感情を変えればいい。

 『ダメだ! 君は憎しみ以外の感情を持たないんだぞ!』

 「なら、恋も出来るはずがない。でも俺は恋が出来た」

 『それでも憎しみに比べると微弱だ! 本当にそれでいいのか?』

 緋色はなおも食いつく。しつこい奴だ。俺に憎しみは不要だ。

 「憎しみが、俺ってわけじゃない」

 『後悔するぞ……!』

 緋色はそれだけ言うと、モニターを消した。プロトタイプは神妙な面持ちで俺に言った。

 「オリジナル……。この憎しみは、私が墓場まで持っていくからな……」

 「せめて途中で捨てろよ!」

 ついツッコミを入れてしまったが、それがプロトタイプの覚悟だということは伝わった。

 次回予告

 二回目の予告をすることになった氷霧。装備強化のため、ついに墨炎がドラゴンプラネットに。私は初めてじゃないけど。

 でも、あのラディリスってプレイヤー、相当強い。

 次回、ドラゴンプラネット。『竜の惑星へ』。宇宙の果てでも、墨炎のパートナーは私だから。

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