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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第一部
21/123

12.体育祭、夏恋と冬香

 ドラゴンプラネット チュートリアル

 第12話

 12話というのは、何かしら特別な意味を持つものである。それはアニメ業界において、12話を1クールとして数え、オープニングの差し替えを行うからである。

 子供達はそんな業界のリズムによって差し替えられるオープニングテーマを身体に刻むためか、12という数字に何かしら特別な感覚を抱く者も少なくない。

 ていうかこれ、ドラゴンプラネット関係な(ry

 5月30日 長篠高校


 「さて、明日は体育祭だ。やってやろうぜ、野郎共!」

 「リュッチー黙れ」

 教室で珍しくクラスメイトの門田隆一がやる気だしたと思ったらこれかよ。と、俺は思った。こいつは体育館か運動場とあとプールでしかやる気ださないバリバリの体育会系だからな。元気が出るのも無理はない。まったく、運動オンチの俺を差し置いて。

 「ま、ゲームだけじゃなくリアルで騒ぐのも大事かな」

 俺はプロトタイプとの戦いを思い出しながら呟いた。緋色に聞いたら、プロトタイプ絡みのイベントはあのクエストでケリが付いたらしい。助っ人NPCとしてプロトタイプを呼べるようになったが、今のあいつには戦い以外のことをさせたい。他人にお試しアバターとして貸し出すことも出来るとか。理架あたりに試すか。

 「よし、準備は終わったし、帰って明日に備えろ。浮かれて夜更かしすんなよ?」

 俺らのクラスの学級長、三好雅が言う。雅は『女の名前なのになんだ男か』とエリート軍人さんが言いそうな名前をしてる男子だ。ていうか、女子にしか見えない男子だ。

 いわゆる男の娘ってやつだ。髪も他の男子より長めなのが災いして、知らない人が見たら女の子にしか見えない。というか、男子中学生に告白されて本気で凹んだことがある。

 雅の言う通り、俺達のクラスでは大体の準備が出来上がっている。長篠高校の体育祭は仮装パレードとかするのだ。たしか、ピカチュウだっけか?

 「こっちの高校って派手ね……」

 「九州の高校にはこんな派手な行事やる私立無いのか?」

 夏恋が珍しく毒以外を吐くので、答えてやった。

 そういえば、夏恋は九州出身だっけ? なんで来たかまで聞いてないけど。地域的には凜歌先生と同郷か。そういえば、氷霧とクイン、藍蘭も九州出身だっけ? 九州に縁あるな、俺。

 「佐奈も明日は来れるみたいだな、遊人」

 「よし煉那、リュッチー一味が騒がないように抑えとけ」

 「お前を先に差し押さえる」

 「俺は財産か」

 煉那が佐奈について触れたので、事前に門田のことを言っておく。煉那は中学時代から一緒なので、クラスメイトの中では掛け合いが上手くいく方だ。

 門田は女と食い物のことになると目の色変わるからな。あいつは煩悩というか本能の塊だよ。百八回殴ればいいのか?

 「ナンセンスだな、それは」

 俺の呟きは人の波に消えていった。


   @


 やっとクラスのみんなが帰り、教室には俺と夏恋だけが残った。窓際にいるので、夕日がよく見える。

 夕日が照らす教室で、夏恋は唐突に口走る。

 「やれやれ、中部の人間はこんなこと毎日のようにやって、疲れないの? これが味噌の健康効果……」

 「それを言ったら、味噌汁飲んでる日本人全員が味噌の効果受けてるじゃねぇか」

 そうかもね、と夏恋は笑った。普段毒吐いてるから気付かないけど、夏恋は笑うとかわいいな。

 「そういえば白髪。この前、憎しみ以外の感情が無いとか言ってたけど、どうして遊人は少しだけ笑ったりできるの? 感情がないなら、無理じゃない?」

 夏恋がなにげにあざといところを突いてくる。そういえば夏恋のアバターはフェンサーだっけ。突くのは得意、か。少ない俺の余命に免じて答えてやる。

 「それか。夏恋は男性が、動物とかをかわいいと本能的に感じることが出来ないってことは知ってるか?」

 「へ? マジで?」

 「それは男性に母性本能がないからなんだけど、世の男性方は『かわいい』と口にする」

 驚かれた。知らなかったのか。まあ、この手の心理学は姉ちゃんからの受け売りだ。刑事のカンを論理的に説明したのが犯罪心理学だと姉ちゃんは言ってたな。

 「それは、何故だと思う?」

 「うーん……、わからない」

 「それは理性で『かわいい』がなんたるかを理性で理解してるからだ。多分、俺が行う感情表現もそれに近い。例えば、お葬式とかで『悲しい』と理解出来ても、泣くことはできない。相手を糾弾しようにも、口調を強く出来るが『キレる』ことはできない、とか」

 しっかり説明すると、夏恋は何と無く理解してくれたようだ。だけど同時に、悲しそうな表情になった。

 「それで、か。道理で殆ど感情の動きのないマネキンみたいだと思った。ファッションセンスのなさはお店の責任?」

 夏恋はそれだけ言って、机に腰掛けた。

 「じゃあ白髪。私があんたに初めて会った時、なんて言ったか覚えてる?」

 「覚えてねぇ。ああ、門田には『女こましに教える名前はない!』って言ってたっけ。雅は……、純粋に男であることを驚いてたな」

 「正解は、『ベタの塗り忘れ?』でしたー」

 そんなこと言われてたんだ、俺。確かに白髪じゃベタ(漫画である場所を真っ黒にするために塗るインク)の塗り忘れに見えるけどさ。強いて言うなら、どっかの誰かさん(まあ、順なんだけど)に修正液で黒を消されたんだよな。

 「いやー、お二人さん。仲がいいようで」

 「夏恋?」

 「この声、まさか!」

 夏恋の初毒舌トークに花を咲かせていた俺達に声がかかる。その声は夏恋に似ていた。

 「久しぶり、お姉ちゃん」

 「冬……香……」

 「お姉ちゃん?」

 声の方向、つまりは黒板に近い方の教室の出入口に一人の少女が立っていた。夏恋は動揺してるようだが、動揺したいのは俺の方だ。

 艶やかな黒髪は短いホブカット。長篠高校のものではないブレザーの制服が包む肢体は、スレンダーで厚着ながらスカートから伸びる足だけでスタイルのよさが伺える。背丈は夏恋と同じくらいか。顔立ちも夏恋そっくり、つうか、顔だけだと夏恋と見分けがつかん。

 「まさか……双子?」

 「そう。私こそお姉ちゃんの双子の妹、上杉冬香」

 少女は誇らしげに言い放った。

 「久しぶりぶりだね、お姉ちゃん。で、そこのベタの塗り忘れはだれ?」

 「ああわかったよ。その反応、間違いなく双子だ! 夏恋と同じこと言うんじゃねぇ!」

 冬香は言うなり、俺をベタの塗り忘れ呼ばわりし始めた。間違いない、双子だ。

 「で、冬香はなにしに来たの? 仕事の方は大丈夫?」

 夏恋が妙にぎくしゃくしている。それに冬香には仕事があるようだ。仕事ってなんだ? とにかく、この姉妹は訳ありみたいだな。

 「うん、名古屋のテレビ局で仕事だから、こっち来ちゃった」

 満面の笑みを浮かべる冬香。直球でかわいいな。夏恋は捻くれてるし、双子でも性格違うのかね。直球の方が好みだ。

 「テレビの仕事って、アイドルでもしてんのか?」

 「そう、冬香さんはサイバーガールズのメンバーです」

 仕事が気になった俺が冬香に聞いたが、冬香が教室に入ってきた場所から声がした。聞き覚えのある声だ。舌足らずな感じに徹底された丁寧語、藍蘭のパートナー、スカーレットを彷彿とさせる。そういえばスカーレットはボイスエフェクト使ってなかったな。

 後ろから、中学生くらいの少女が出てくる。無論と言うべきか制服姿。セーラーだが関ヶ原中学のものではない。

 「申し遅れました。私はサイバーガールズの赤野鞠子というものです。よろしくお願いします」

 「あ、ああ」

 お辞儀して名刺を差し出す赤野。てか、こいつ部長の推しメンだよな……。ついつい釣られてお辞儀してしまう。

 「こいつが墨炎……」

 「なにか言った?」

 「いえ、何も」

 赤野がなにかを呟いた。墨炎とか聞こえたし、ますます怪しい。こいつスカーレットじゃね?

 仕方ない、普通に聞くか。

 「お前、スカーレット?」

 「答える義理はありません」

 「DPOしてる?」

 「誘導尋問ですか? 私はこれで」

 赤野は別れを告げるとそそくさと退場。スカーレットである確証は掴めなかった。

 入れ代わりにもう一人の少女が入ってくる。今度は高校生くらい。Tシャツにジーンズとラフな格好だ。茶髪だが、肌が白かったり眉毛まで茶色であることから鑑みて、染めてるわけではなさそうだ。

 「せっかくの再会のところ、申し訳ないけど時間よ」

 「わかったよ彩菜さん」

 彩菜と呼ばれた少女は冬香に呼び掛ける。了解しながらも冬香は残念そうだった。この人もサイバーガールズなのか?

 「じゃあねお姉ちゃん」

 「二度と来るなまな板」

 にこやかに別れを告げる冬香に毒を吐く夏恋。たしかに夏恋に比べると小さいよな、スタイルいいのに。

 「なっ、私はこれでも成長してるんだよ!」

 「まあ、せいぜい頑張れ」

 「ベタの塗り忘れまで!」

 まだそのあだ名続いてたのかよ。今だ『無茶苦茶高いから絶対買うなよ緋色もやし』って呼ばれてる緋色の気持ちがわかりそうだ。せめて白髪くらいにしてくんない?

 「で、そこの白髪さん。稲積あかりをご存知ですか?」

 「ああ、知ってるよ」

 彩菜は何を思ったか、あかりのことを口にした。サイバーガールズでアイドルをしてるとは聞いていたが、今それが話題に上るとは思わなかった。

 「えっと。昔市民病院に入院していたとかは?」

 「ああ、入院してたな」

 「名前は?」

 彩菜は何故か俺のことを聞いてくる。一応、隠す必要はないので答えておこう。

 「直江遊人」

 「そう、ですか……。では、松永優って人をご存知ですか? あかりが探してるんです」

 おっと、指名は昔の俺か。あかりは俺の退院後の安否を知らないらしい。そら、入院してた頃一緒に遊んでいて、中学時代の後輩である理架にすら俺が松永優だってこと言ってないしな。

 「そりゃ俺だ。わけあって名前が変わった」

 「わかりました。では、そう本人に伝えておきます」

 話が終わったタイミングを見計らった冬香が割り込んできた。

 「明日体育祭でしょ? 応援に行くからね」

 「はいはいじゃあね」

 夏恋はそれをかなりバッサリ切り捨てた。冬香が彩菜に手を引かれながら手を振る。同じ顔でも言動が違えば印象も変わるのか。

 「夏恋は双子だったのか……」

 「あと、春華と秋穂ってのがいる」

 「四つ子なの?」

 何気なく呟いたが、意外な事実が発覚してしまった。四つ子なのかよ!


 翌日 長篠高校運動場


 「おー。煉那早えー」

 「さすが運動部」

 「白髪葱とは大違い」

 今、煉那が100メートルを走っているとこだ。俺は涼子と夏恋と応援していた。夏恋はなんか俺と煉那を比べてくるが、煉那は運動部で俺は文化部なので仕方ない。ていうか夏恋、お前も文化部だろ。

 長篠高校の運動場は、陸上部のためなのかタータンがトラックに敷かれている。さすが私立といったところか。高い学費取っておいて普通のグランドなんて許されないのか……。

 俺達は運動場の端に設けられた応援席で応援していた。煉那が一着でゴールしたのを見届けると、横で誰かが呟くのが聞こえた。

 「いやー。さすが私立。タータンのある運動場なんて」

 「そうだろ? って、冬香! なんでこんなとこに!」

 冬香だった。長篠高校の体操服に身を包んだ冬香が俺の隣にいた。よく見るとその隣に私服であるが彩菜がいる。

 「お姉ちゃんの応援に来たのよ、ベタの塗り忘れ」

 「一般解放はしてないのですが、冬香が夏恋さんの親族なので入れました」

 冬香はまだ俺をベタの塗り忘れ呼ばわりしてるみたいだ。彩菜がいうには、冬香が夏恋の妹だから入れたみたいだ。

 「やれやれ、夏恋は運動苦手だから出番は殆どないぞ」

 「わかってる。応援なんて建前建前」

 応援が建前なら本音はなんだよ。冬香の行動には相変わらず不思議が多い。


   @


 午前の競技が終わり、昼食時となった。応援席は教室の椅子を持ってきて並べた即席である。そこで昼メシにした。

 「で、遊人は珍しく弁当なのね」

 「そら、食堂が閉まってるからだろこのナンセンス」

 夏恋は俺の隣で、それで腹が膨れるのか不明なくらい小さい弁当箱をつついていた。

 隣に夏恋がいるとこまではいい。

 「何気なく遊人さんは料理得意ですね」

 彩菜がいるのも理解はできる。彩菜はコンビニで買ってきたらしいおにぎりを食べてる。

 「冬香が大変なことになってるな」

 冬香はクラスメイトに囲まれてちょっとした騒ぎになってる。ついにサイバーガールズのメンバーってことがバレたらしく、クラスメイトどころかたくさん人が来てる。もうすぐ全校生徒集まりそうな勢いだ。

 なら何故、同じサイバーガールズの彩菜に気付かない。

 「彩菜……」

 「なっ、何を可愛そうなものを見る目で私を見てるんですか夏恋さん! これはこういう騒ぎを避けるために髪型をいじって……。ゆ、遊人さんまで?」

 俺は弁当箱に詰めたパスタをすすりながら、なんともいえない気分で彩菜を見ていた。

 「ねーねー。そこの級長さんかわいいね。よかったらサイバーガールズこない? 今ならセンター間違いなしだよ?」

 「僕は男子だぁー!」

 冬香は雅に話かけ、案の定というべきか見事に性別を誤認していた。スカウトした奴が男だったらプロデューサーさんもビビるだろう。

 「そんなことより、俺と付き合わない?」

 「もー。やめときなさいってー」

 門田が冬香をナンパするので、ちょっとあっち(オネエ)の人気味な厚真が止める。厚真が女だったらこの二人はいい夫婦になるはず。

 クラスメイト達は思い思いに意外な来訪者との時間を過ごしていた。さて、俺は卒業まで生きれるだろうか。

 医者には14歳で死ぬと言われたが、一年長く生きている。なんでこんな余命が短いかは、はっきり知らない。多分、医者や姉ちゃんはわかってて言わないのだろう。

 あれ? でも、そういうのって余命が短いことも同時に隠さないか?

 「遊人、もうすぐ騎馬戦だよ!」

 夏恋の声に呼び戻され、俺は考えるのをやめた。そんなことを考えても仕方ない。今は一瞬を大事にしよう。


 夕方 教室


 午後はちょっとした騒ぎになったが、なんとか無事に終わり打ち上げの最中だった。

 机はすべて後ろに下げられ、床にお菓子などを広げて語り合ってる。体育祭の結果としては三位。俺が作った旗は二位とまずまずの結果だった。

 「で、なんで姉ちゃんがいるんだ?」

 「まあまあ、固いこと言いなさんな」

 窓際に寄り掛かってる俺の隣には姉ちゃんがいた。仕事帰りらしくスーツ姿。なにやら俺が作り置いておいたピザやらパスタをレンジでチンして持ってきてたようだ。冷凍食品をチンすることくらい、あの姉ちゃんでもできるか。

 「で、料理は好評じゃんか」

 「当然だ。誰の料理だと思ってる」

 俺はこう見えても料理が得意だ。姉ちゃんが壊滅的に下手くそだから、栄養バランス確保のために癒野から習ったんだよ。イタリア料理が多いのはイタリアシェフのトニオの影響か。

 「上杉夏恋か……」

 「なんか言ったか?」

 「なんでもない。ただ、妹がいたのは俺、いや私も知らなかったな」

 姉ちゃんがタバコを吹かしながら呟く、その目はどことなく犯人を睨むようだった。おいおい、不安になることするなよ。姉ちゃんは俺が知る限り犯人の目星を間違えたことないんだから。身内ながら恐ろしいぜ。

 「そういえば、切り裂き魔は?」

 「んー。待ちだな。佐奈以来、被害者が出ていない。目星はついてるが証拠はないから起訴が出来ん」

 姉ちゃんは佐奈を見て言った。冬香と彩菜のせいで空気になっていた佐奈だが、怪我は殆ど治ったみたいだ。傷痕も残らず、後遺症もないならそれでよしだ。佐奈も注目されずにすんなり戻れて、冬香には助けられたみたいだ。

 その冬香は夏恋の隣にいる。双子らしく、会話が弾んでるみたいだ。俺と順も双子だけど、こうはいかない。出会えば殺し合いになる仲だ。なんでこんな仲になったのか思い出せない。

 そういえばもう一つ、気になることがあるんだよね。昼に考えたけど、答えは出なかった。

 「そうだ姉ちゃん。俺の寿命ってなんで短いんだ? 一応知っておきたい」

 「え? 毒薬が原因とか医者が言ってたけど、忘れたのか? あんたもドジっ子ねー」

 姉ちゃんは何気なく答えた。姉ちゃんは何か隠してるわけじゃないようだ。しかし曖昧な原因だなー。釈然としない。こうなりゃ、今度医者に聞くか。

 「そうだ冬香。遊人とデュエルしてみない?」

 「え? あのベタの塗り忘れと?」

 なんか、勝手にデュエルの話が進んでいた。冬香はなんか嫌そうな表情だし。

 「仕方ないなー。じゃあ、彩菜さんとタッグならいいよ」

 「じゃ、遊人も相方選んで」

 なんか話が進んだ。冬香と彩菜のペアに勝つ相方か。氷霧が呼べれば一番いいけど、あいつたしか中学生だったな。携帯持ってないからメールしても時間がかかる。パソコンで見るわけだし。

 「なら、夏恋か」

 「え? 私? いいけど」

 夏恋は困惑したようだったが、了解してくれた。夏恋と冬香は同時にイヤホン型脳波読み取り機、ウェーブリーダーと携帯を取り出した。

 「あれ? お姉ちゃん、ウェーブリーダー新しくした?」

 「うん」

 たしか俺にウェーブリーダーくれたのは、夏恋が新しいの買うからだったんだよな。超絶シスコンの冬香に見つかるとなんか怖いから、俺はこっそりウェーブリーダーを装着する。

 「じゃ、対戦開始ね」

 彩菜が携帯を操作すると、俺の携帯にメッセージが届いた。DPOではわざわざログインしなくても、デュエルに限っていえば現実でマッチングできる。

 『シアン、イエローペアがデュエルを申請しました。戦いますか?』

 シアンが冬香、イエローが彩菜か。俺はこのメッセージにイエスで答えた。次にペアを探すようにメッセージが出る。携帯の画面にはこの教室にいるプレイヤーの名前がリストアップされてる

 リストから夏恋のアバター、リーザを選択して対戦を開始する。

 『デュエルを開始します。全感覚投入のため座って下さい』

 携帯の画面にカウントダウンが表示されたので、俺はその場に座った。全感覚投入システムは脳波のうち、身体を動かす信号をウェーブリーダーでアバター操作にまわす。つまり、身体は動かせなくなり、立った姿勢でバランスを制御できないため転倒の危険がある。

 教室の床に座ると同時に俺の意識が墨炎に宿る。


 デュエル専用フィールド:戦場


 このゲームは現実世界でもデュエルのマッチングができる。その際、デュエルのフィールドは専用のものが用意される。このフィールド、戦場もそうしたフィールドの一つだ。通常プレイでは入れない、ある意味サービスみたいなフィールドでもある。

 単なる平地だが、沢山の兵士の死骸が転がっている。剣が刺さったままのものや、身体の一部がないものもある。鉛色の空からは雨が降り注いでいた。

 そんな場所に俺は立っていた。横には赤い可憐なドレスを纏い、腰の剣帯にレイピアを帯びたアバターがいる。夏恋だ。

 「あれ? アバターの服装変えた?」

 「まあな」

 夏恋はボイスエフェクトの効いてない声で話す。ボイスエフェクト自体、DPOプレイヤーはあまり使用しない。全感覚投入システムが作るVRワールドにおいて、声は本人確認に重要なものらしい。

 「戦場かぁ……。ハズレね。どうせなら、地下都市とかコントロールタワーがよかったな」

 「ま、ランダムだから仕方ないだろ。戦場って一番不人気らしいし」

 「あれ? 白髪のアバターはどれ?」

 夏恋と話していると、冬香の声が聞こえた。声のする方向を見れば、青い長髪に青いシンプルなワンピース、夏恋と逆に帯びたレイピアが特徴的なアバターがいた。あれが冬香のアバターか。名前はシアン。青の原色のことだ。

 夏恋のアバターと体格は同じだが、衣装は冬香の方がシンプルだ。夏恋のアバターを剣を持った姫と定義するなら、冬香のシアンは本格的な女剣士という印象か。

 「私を忘れてもらっては困ります」

 次に、彩菜の声がする。シアンの隣にいるアバターからだ。黄色の髪に、白いアーマー。完全な騎士スタイルで彩菜のアバターは現れた。名前はイエロー。手にした武器は槍。黄色のマフラーが靡いている。

 「じゃ、早速やりますか」

 夏恋の声で全員が身構える。ルール上、フィールドに入った時点でデュエルは始まっているのだ。

 「いくぞ、【ソニックレイド】!」

 俺は彩菜に向けて突進技を繰り出す。この技は二刀流の技で、両手の剣を振り回して突撃するのだ。彩菜は剣を槍で捌く。

 「【スナイプスパイル】!」

 「おっと!」

 技の終了と同時に彩菜の槍が突き出される。たしか、プロのボクサーが長い棒にグローブ付けて、それをコーチに突き出してもらい避けるという練習をしていたな。その時、棒グローブを突き出す速度はプロボクサーのパンチくらい早いとか。つまり、彩菜の槍もそのくらい早い。

 なんとか頭を傾けて、顔面を狙った技を避ける。夏恋と冬香を見ると、激しい技の応酬になっていた。技が発するエフェクトが煌めき、暗いフィールドを照らしていた。

 「よそ見は禁物よ」

 「へいへい」

 彩菜も槍をびゅんびゅんと出してくるので、身体を逸らして避けるしかない。

 「そろそろ反撃しないとね。【ソードリバレート】!」

 俺は彩菜の槍を掴み、思い切りこちらに引っ張った。彩菜は姿勢を崩す。

 「え?」

 彩菜が驚いてる瞬間に、墨炎の身体は技を出す体制に入る。両手の剣を、右左と交互に振る。この絶え間無い連続攻撃が双剣術【ソードリバレート】。

 「しまった!」

 この技の弱点は終わるまでそこそこな時間、技を止められないこと。だからエネミーには落とし穴などのトラップ、プレイヤーにはさっきの様な方法でスキを作るしかない。避けられたら、そこに強力な一撃を確実に決められる。

 彩菜のHPは徐々に減る。そして、技の終了時にはレッドゾーンに突入していた。

 「【リベレイション=ハーツ】!」

 俺は彩菜にトドメを刺すべく、技名を発声する。数多のドラゴンを葬った、黒い炎。

 「あれ? レーザーじゃないだと?」

 「なら私も、【リベレイション=ハーツ】!」

 彩菜も槍を構え、リベレイション=ハーツを放つ。彩菜は電撃のようだ。おいおい、ビリビリはプロトタイプに腹一杯食らったての。

 俺と彩菜は、武器を突き出したまま走りだした。

 「【クロスダイブ】!」

 「【グングニル】!」

 俺は技を発動させたが、若干彩菜の技が早く俺に届いた。槍から炎が吹き出している。

 「炎と雷撃の槍とか……!」

 槍は俺の胸を貫いた。だが、彩菜もクロスダイブを喰らって残りのHPを失う。

 二人は戦場に同時に倒れた。俺の勝利は夏恋次第となった。

 「「【リベレイション=ハーツ】!」」

 夏恋と冬香が同時にリベレイション=ハーツを発動。音からして、両方風が出るタイプらしい。

 俺は戦闘不能になり、倒れて動けないのでメニュー画面から二人のHPを確認する。両者、半分ずつ削られているようだ。

 凄まじい破裂音が響いたあと、冬香のHPは一気に無くなった。


 数十分後 長篠高校 正門


 「いやー。まさか負けるとは。リーチを考えてなかった」

 「正確には相打ちですけどね」

 レールで門を開け閉めするタイプのよくある校門。そこに俺と夏恋達はいた。戦いにこそ夏恋のおかげで勝てたが、俺的には負けた気分だ。

 姉ちゃんは仕事に戻った。ホシが割れてるのに物的証拠がないと起訴できない。その物的証拠を探すんだとさ。

 「この学校は国際的なのですね」

 「へ? なにが?」

 姉妹で話してる夏恋と冬香を見ながら、彩菜が口を開く。国際的って言ったがどういう意味だ? べつに英語の授業が特殊な訳でもないし、国際的といえる面は長篠高校にないと思うが。

 「先程、金髪のイギリス人っぽい女の子が、転校の関係らしい書類を事務局に届けるのを見ました」

 「金髪の女の子?」

 彩菜が言うには、イギリス人が転校の準備をしてるとか。金髪の女の子か……。先日出会ったエディの事が思い出される。

 『この辺の高校に編入する予定です』

 「まさかな……」

 エディの言葉を思い出し、俺は頭を掻く。編入するなら公立がマストだろうし、わざわざ学費が(認めたくないが)割高な私立に編入するだろうか?

 「どうしました?」

 「いや、なんでも」

 彩菜の声で俺は思考を打ち切る。エディのことは一旦忘れよう。あんな恥ずかしい思い出は黒歴史認定して記憶から消すに限る。いきなり頬とはいえキスされるなんて。

 普通の人なら顔の一つ赤くしてるとこだが、俺には憎しみ以外の感情は無い。よってそういう心身相関の類も起こらないらしいな。緊張でお腹痛いとか、経験ないし。

 でも何だろう? 少しだけ顔が熱いな。時間が経って、感情が修復されたのか? しかしエディはかわいかったな。

 「遊人さん? 熱でも?」

 「いや平気だ。」

 顔が赤くなっていたのだろうか、彩菜に心配されてしまった。そんなに俺は赤いか。

 「じゃ、私達はこの辺で失礼します」

 「お姉ちゃんじゃーねー」

 「ああ、今度は勝つからな。あと、あかりによろしく」

 「二度と来るなまな板妹」

 冬香、彩菜と別れ、俺と夏恋は帰路に付く。俺達は住宅地を通って帰るのだ。


   @


 「なあ夏恋。お前って、九州の出身なのか?」

 「うん。白髪みたいに全身味噌漬けじゃないのよ」

 俺は住宅地を抜けたあたりの堤防で、夏恋に気になっていたことを聞いた。なんか愛知県民全員味噌中毒みたいな返され方されたが、九州であることは確かなようだ。

 そういえば俺、夏恋のことを毒舌くらいしか知らないんだよな。四つ子だってのも知らなかった。

 「なんでこっち来たんだ? わざわざ味噌中毒にでもなり来たのかと予想するが、それだとお前は味噌好きにも程があるぞ?」

 「九州にいて、語尾がごわすになりたくなかったからね」

 「そんな理由でごわすか……。って、鹿児島出身?」

 「そう、鹿児島。鉄砲が来たところ」

 しかしながら夏恋は素性に関わる質問を毒舌で返して、まともに答えてくれたことはない。夏恋の素性に迫ったのも今回だけじゃないし、煉那と涼子にすら何も話してないみたいだ。

 「俺はともかく、煉那と涼子にも話してないのは不思議だな。個人情報保護法が強化されたのか?」

 「私はミステリアスな女なのよ」

 「本当にミステリアスな女は自分で自分をミステリアスとか言わない」

 ミステリアスな女といえば、凜歌先生も案外ミステリアスだ。夏恋並に素性を明かさないし、なんで中学生みたいな見た目なのかも決着が付いてない。まあ、あのくらいのサイズの人は稀にいるから別に謎でもないんだが。

 「ま、考えてもしゃーないか」

 九州出身者のミステリアスっぷりに、俺は思考を放棄したのだった。

 次回予告

 緊急事態発生! 大川緋色だ。読者諸兄は既に気づいてるかもしれない。直江遊人の変化に。

 そう、プロトタイプと戦う前と後では遊人の記憶に食い違いがある。それを見つけてほしい。どうやら、DPOのシステムに憎しみの感情として持ってかれたみたいだな。

 そんな時にチートプレイヤーが活動開始だと? これ以上、計算外のことがあれば計画に狂いが!

 次回、ドラゴンプラネット。『円卓の騎士団』。もやしっ子呼ばわりが嫌なら、読むんだな。

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