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通学路 堤防
「へ? 遊人、あのゲームやってないの?」
そんな毎日の締めくくりたる夕暮れ時、愛知県内を流れる矢作川の堤防で、うちのクラスの副学級長、上杉夏恋が意外そうな声を上げた。
「やってないもなにも、俺はオンラインゲームしないぞ」
この時間帯となると、帰宅部連中が堤防を通って帰る様子がよく見える。この堤防は俺達が通う私立高校の通学路になっている。俺は帰宅部ではないが、今日は動画を作るために帰る。部活の雰囲気も結構フリーダムだし。
「やってると思ったのに、この廃人ゲーマーは」
「人をなんだと思ってる」
夏恋は毒のある言葉を吐き出す。客観的に見て、夏恋は普通に可愛いが、この点でかなり残念である。
「せっかくだからやってみなよ。このゲーム、通信費無料だし」
「怪しい。明らかに自分が騙された詐欺を紹介して道連れにしようとしてんだろ」
通信費無料という怪しさの隠し味を、俺は見逃さなかった。なにしようとしてんだよこの毒キノコ。モバゲー等無料ゲームでも、パケット代などが別途でかかるのだ。
夏恋は長い黒髪をなびかせ、赤い携帯の画面を見せ付けた。赤って明らかな毒キノコカラー。カエンタケみたい。
「その名も、【ドラゴンプラネットオンライン】!」
「! おい、まさかそれ……」
俺は夏恋が自慢げに言ったゲームのタイトル、そして画面のロゴに見覚えがあった。これはたしか、ネットで噂になった奴では?
「そうだよ白髪男! これは去年に発表された、世界初の全感覚投入ゲームなのだ!」
ドーン、という効果音でも付きそうな勢いで夏恋がいう。夏恋が地味に俺が幼少の頃に失った髪の色素について言ってきたが、完全に思い出した。
「ああ、思い出した。去年、世間を騒がせたあれか」
全感覚投入とは、ゲーム内にプレイヤーの意識を送り込む技術のことだ。
イメージされるのは、よく漫画とかである「ログアウト不能」とか「ゲームオーバー=死」とか、そんなやつ。
「たしか、プレイヤーがアバターに入り込んで、まるで自分がアバター自身であるように操作できるとか」
まさに漫画の世界だ。言葉じゃ上手く説明出来ない。
「そうそう、そんなマイナスイメージばっかだから、政府が規制したりね」
夏恋は愚痴りながらイヤホンを俺に突き付けて言った。
「実際にやった方がわかりやすいよ」
「なんだそのイヤホン」
俺には、何故夏恋がイヤホンを突き付けてきたかわからなかった。ただのイヤホンだ。
「全感覚投入ってくらいだから、装置が必要でしょ? だから、その装置、【ウェーブリーダー】」
「これが?」
夏恋は当たり前の様に言うが、俺はこんなちっこい装置が全感覚投入なんていうオーバーテクノロジーを引き起こすものとは信じれない。
「私のお古。感謝しなさいよ?」
「お古とか……。これ、高いんじゃ……」
「1000円ポッキリ」
「安過ぎだ! やっぱ嵌めようとしてんだろ!」
「聞こえていれば、君の生まれの不幸を呪うがいい」
「謀ったな、夏恋! ってお前は仮面の三倍速か! たしかに生まれは不幸だけどさ!」
「あ、私ここから電車」
「待て赤い彗星!」
夏恋は駅に駆け込むと、ローカル線の赤い電車に乗って戦闘領域を脱出した。
「…………」
俺は夏恋から渡されたイヤホンを手に、彗星の様に過ぎさった彼女を見送った。
数分後 某マンション
俺の自宅は学校から自転車で行ける距離の場所にあるマンション、その一室だ。
20階建ての内、10階という調度真ん中の階。俺はそこに里親と住んでいる。
「ただいま、って誰もいないか」
俺の里親、直江愛花、姉ちゃんは愛知県警で刑事をしている。この時間、普段は家にいるがでかいヤマを抱えてると数日は帰れない。若いのに大変なこった。まあ、実力があるから仕方ない。
案の定、でかいヤマらしくリビングの机に置き手紙がある。
『遊人へ。俺はちょっと厄介なヤマを抱えてるのでしばらく帰れない。帰ってくるまでに俺に勝てるよう、精進するのだな、フハハハ』
「くそっ、一回勝ったからって調子に乗りよって! 最強なのは俺のエールストライクだ!」
『俺』って一人称は普通、アニメやゲームの主人公から移るか、友達から移るものだと人は言う。大抵の男子は親から『僕』って一人称を無理矢理定着させられるが、途中で『俺』に変わるとも言った。
正直、俺の『俺』は母親代わりの姉ちゃんから移ったんだよ。
置き手紙が置かれたのと同じ机には、台座で支えられた2台のロボットがあった。まるで戦ってる様なディスプレイだが、そういう遊びなのだ。
「しかし、俺から提案してなんだが、プラモでこんな遊びしてんの俺らだけだよな……」
互いに見えない位置でプラモをポージングし、飾った時にどちらの攻撃が決まったかで勝敗を決する。昨日、俺と姉ちゃんはなかなか決着が着かず、最後は俺のエールストライクガンダム(主人公のロボ)が姉ちゃんのジン(量産機)のマシンガンで撃ち落とされた。
「趣味も姉ちゃんから移ったな……」
ゲームにプラモと、これも姉ちゃんの趣味。俺は両親でなく年の近い姉ちゃんに育てられたから、その分影響を受けたんだろう。
「複雑な家庭……」
それはさておき、俺は自分の部屋に向かう。複雑な家庭なのは承知の上だ。
部屋はちゃんと整理してあるので綺麗だ。姉ちゃんの部屋など、とても足の踏み場はない。
机とベッド、ゲームが並べられた本棚にきちっと積まれた完成済みプラモの箱。そのくらいしか部屋にはない。
「さて、本題はこいつだ」
夏恋から貰ったイヤホン、【ウェーブリーダー】。これで【ドラゴンプラネットオンライン】とやらができるらしい。
俺は部屋のノートパソコン(型落ち品。姉ちゃんからのお下がり)をインターネットにつなぎ、そのゲームについて情報を集めた。コイツはインターネットと動画編集に重きをおいてカスタマイズされている。その点だけなら最新型にも引けはとらん。
「まずは攻略ウィキだ」
俺は攻略ウィキを覗くことにした。案の定、ゲームの情報が沢山だ。
集まった情報を整理すると、そのゲームは名前をDPOと省略されることと、ゲームそのものは3年前に始まったことがわかった。
さらに突き詰めると、DPO(早速使った)は全感覚投入というオーバーテクノロジーで問題となり、与党の渦海党がつい最近まで大々的な宣伝活動を禁じられていたり、無料で出来るのはインフェルノの資金力とゲーム内に看板を立てることで企業から貰える広告料のおかげだそうな。
アバターは男女逆転不能。脳波を読み取り性別を断定するからだ。ずっとゲームで女アバターを使ってる俺にはちとキツイ。
「ニコニコ動画にあるのか?」
俺は動画サイト、ニコニコ動画でプレイ動画を探した。やはり、ゲームの性質上プレイ動画はなかった。代わりにゲーム内のカメラで撮影された動画があった。見る限りPS3にも劣らない高画質だ。よいグラフィック。だが、肝心のプレイは見られない。
このニコニコ動画で俺は『ナイチンゲール』というハンドルネームを使い、ゲームを実況プレイする動画を投稿している。要は喋りながらゲームをプレイする動画だ。
「やはり俺の次なる実況動画を待つ声が……。ん? メール?」
そこまで調べたところで、俺の携帯が鳴り響いた。無料で取れる、電流を操る超能力を持った少女が主人公のアニメのオープニングの着メロ。
「この着メロ、姉ちゃんか……」
姉ちゃんしか居ないが、家族のメールには着メロを変えている。
メールにはこう書かれていた。
『面白いゲームの情報を拾った。ドラゴンプラネットオンラインというらしい。ログインアプリがコピーインストール出来るから、アプリを入れたSDカードを冷蔵庫に入れておいたよ。 やってみたら?』
「なぜ冷蔵庫に入れた! そしてなにげに弟の背中を押すな!」
SDカードを冷蔵庫に入れるという暴挙にでた姉ちゃんは見ての通りがさつだ。そのせいか、俺の家事スキルが上昇し続けている。姉ちゃんに任せると大惨事確定だからだ。特に料理。冷凍食品くらいならなんとかなるが。
冷蔵庫までSDカードを取りに行き、携帯にカードを入れる。
冷蔵庫の動くん棚の上に、ラップをかけた皿が。その皿にSDカード。
「もし変なゲームだったら、姉ちゃんに責任転嫁だ」
仕方なく、部屋に戻りSDカードに入れられていたアプリでログイン開始。ウェーブリーダーを耳に付ける。
意を決して、ログイン。
「これでゲーム内に閉じ込められて、DPO初の未帰還者になったらどうしよう……」
俺のネガティブな発言は、世界が縦に一回転する感覚に打ち消された。
「で、ここは?」
気がつくと、俺はプレイヤーのマイルームらしき部屋のベッドに寝かされていた。
妙に体が軽く、そして小さく感じられた。髪が長めなのかさらさらした髪が首筋や頬にかかる感覚がある。
まるで自分がアバターであるみたいだ。これが全感覚投入か。アバターにプレイヤーの意識をぶち込むのか。
目の前に青白く光るウインドウがあり、『ドラゴンプラネットオンラインへようこそ』なんて書いてある。
『まずは鏡で、アバターをチェック!』なんてもついでに書いてあるので、言われた通り、広いだけで何もないワンルーム一人暮らし部屋にぽつんと置かれた大きな鏡に向かう。服屋にありそうな感じの奴だ。
「この部屋、ちょっとSF風味だな」
窓の夜空は宇宙などではない。俺はログイン前の出身惑星選択で、バトルが楽しめると聞いただけで即、【暗黒惑星ネクロフィアダークネス】を選択したのだ。この惑星は一日中夜だそうだ。
「それより、アバターっと」
先程から、俺の声がハスキーというか女の子みたいな声だが、これが調べたとこによる【ボイスエフェクト】なるものだろうか。アバターの外見とセットになっていて、ランダム生成されるアバターにあわせて選択されるとか。
体をよく見ると、それこそ女の子みたいに華奢だが、気にしすぎだろうか? ログイン以上に意を決し、俺は鏡を見る。
すると予想通りというかなんというか、
腰の下まで黒髪を伸ばし、赤い瞳をキョロキョロさせる、可憐な少女の姿があった。
「んなっ…………!」
そんな馬鹿な! 俺は叫びそうになる。しかし、絶句したままの口は叫び声を上げることを許さない。
これは何かの間違いだ。こいつは最近話題の男の娘キャラだ! と、俺は自分に言い聞かせる。
服は初期設定なのか、ちょっと厚手のフード付き黒いワンピース。赤の装飾がカラーバランス的にピッタリかわいらしい。
ワンピ、つまり、ズボンなどはいてはない。
精神的ダメージを増加させつつ、俺は決定的確認に移り、ある場所に触れる決意をする。
つまり胸とか。
「うげ……」
確信した、このアバターは女だ! なんかリアルの俺にない感触がある! 見た目まな板だから気付かなかった。
夏恋が休み時間にこっそり言ってたし、俺も攻略ウィキで確認したからこそ、この現象が信じがたい。
『異性のアバターの使用は、脳に深刻な影響を残すと熱地学院大学の調査で判明した。そのため法律で禁じられてる』、『故に、DPOでは脳波によって男女を見分け、アバターを生成する』
一時間程度に渡って調べたサイトの情報には、軒並みそんな情報があった。公式サイトも例外ではない。ログイン前に確認したさ、何度も。女アバター使えないのはちとキツイと思いながらな!
逆にこんな情報もあった、気がする。
『脳波の違いで男女を見分けるシステムだが、開発者の大川緋色氏は「多分、性別逆転事故とかあるかもね。 多分だけどね(笑)」と言っている』
「開発者出てこい! 前に出ろ、前だ! ミンチよりひでぇや!」
こうして、俺はこの少女のアバターを外見から『墨炎』と名付け、恐らくであるが【ドラゴンプラネットオンライン】初の性別逆転プレイヤーとなったのだ。