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ドラゴンプラネット  作者: 級長
第一部
19/123

11.ロンリープロトタイプ

 ネクロフィアダークネス 広大で深遠なる巨人の泉 某所


 「今は動けーなーい、さだめだけーど」

 「この状況で歌う余裕があるようだな……」

 俺が神曲『ゼータ・時を越えて』を歌っていると、プロトタイプが話し掛けてきた。正直、俺はコイツのいう通りに歌ってる場合じゃない。

 暗い部屋で両手を鎖に縛られ、天井から吊されている。吊されているのは膝が付くくらいの高さだが、防具と服、ブーツを脱がされている。部屋は狭く、俺とプロトタイプしかいない。レジーヌはいずこ。ていうか、先程のプロトタイプ戦で負った傷はいつの間にか治っていた。

 服の下はインナーで、それこそ下着というよりセパレートのボディスーツに近い感じだ。黒地に赤のライン、墨炎に合っているカラーだ。

 「大人は誰も笑いながら、テレビの見すぎと言うけどー」

 「歌うな!」

 遂に神曲パート2『アニメじゃない』も封じられた。宇宙世紀ガンダム嫌いなのかなこいつ。

 「何故歌う余裕がある!」

 「いやー、退屈だし」

 「この状況で?」

 「あなたーがいるからー、歩きだせるあしーたへー」

 「歌うな!」

 「涙のー」

 「歌うな!」

 「絡み合う熱のー」

 「歌うな!」

 「死にーゆく男達は」

 「歌う、なっ!」

 プロトタイプはキレて、手にした鞭を俺に振る。俺はもちろん、ペインアブゾーバーのおかげで痛くない。イベントシーンだからHPも減らない。だが、墨炎の白い肌に赤い筋が走る。細い腹部に傷を負ったようだ。地味に違和感を感じる。痛みがないせいだ。

 「あんたには死ぬより苦しい思いをしてもらう!」

 プロトタイプがやたら大きなスタンガンを手にしている。凄まじい火花が散り、スタンガンが生み出す電流の強さを物語っている。

 「これはあんたの耐久テストをしていたコンデンサーを改良して作ったスタンガンだ。あれと同じ威力をこのサイズで発生させる」

 「すげえ小型化……」

 「私は工作スキルをマスターした。お前を痛めつける道具を作るためにな!」

 プロトタイプは俺を吊している鎖にスタンガンを当て、スイッチを入れる。火花が散る音が聞こえ、視界がまばゆい光に包まれる。

 「がぁあっ! うぐっ、ああああっ、ひうっ!」

 「苦しめ、私達が苦しんだ分!」

 「私……達? んあぁっ!」

 何故かアバターが勝手に喘ぎ出して喋れない。身体がけいれんする。あの回想より威力が上がってるかもしれない。

 それより俺が気になっているのは、プロトタイプが『私達』と言ったことだ。プロトタイプは単独のはずだ。それなのに複数型を使うとは……?

 「質問を許した覚えはない!」

 「うっ……、はぁっ、はぁっ……、ああっ!」

 スタンガンを離したプロトタイプは、俺の腹を蹴ってきた。プロトタイプの靴は安全靴なのか、先っぽがやたら固い。凶悪だ。

 「だが、自分の犯した罪を知らないまま殺すのも口惜しい。教えてやる」

 「ううっ、なん……だ、罪って?」

 息が上がって喋るのも苦しいが、聞いておくしかない。会話がイベントを進める鍵だからな。プロトタイプは俺に背を向けて語りだした。心なしか、声が震えているように聞こえた。

 「私達は、あんたが逃げ出して破綻した計画を埋めるために作られた。私だけはあんたを生み出す前に人工生命体そのものの試作品として生み出されたけど」

 「それでプロトタイプって名前なのか」

 「あんたの埋め合わせのために新たに三人が作られた。力を重視して作られた『レッド』、跳躍力を発展させた『ブルー』、視力を強化した『イエロー』。私の大事な、妹達だった。それなのに……!」

 プロトタイプは語気を強める。身体が震えているのがわかる。

 「なのに殺された! ある日の戦闘訓練で、投下されたドラゴンに!」

 「それって俺関係ない……」

 「黙れっ!」

 一応突っ込んでおいたが、これって俺関係なくね? 回想見る限り、あれじゃ逃げるのも当然だし。悪いのは戦闘訓練にドラゴンなんか投下した科学者だ。多分、プロトタイプはそれを理解している。それでも俺を憎まないと、目標を何か持たないと生きていけない。プロトタイプはすでに、全てを失っているのだから。

 「そんなのわかってる! わかってるの! それでも、憎しみを誰かにぶつけないと狂いそうになる。私は……、私はっ!」

 プロトタイプがうずくまる。独白は嗚咽に変わる。そして、いきなり振り返ったプロトタイプは馬鹿デカイ大砲を手にしていた。こんなの当たったら死ぬ。

 「この研究所にあった対龍迫撃砲だ。私達が生まれた研究所はここだ。そして、あんたが死ぬのもここだ!」

 「ちょっとま……」

 俺の言葉も聞かず、プロトタイプは大砲をぶっ放した。しばらく光で状況が確認できない状況に陥ったが、鎖がちぎれて吹き飛ばされたのはわかった。

 このゲームで恐ろしいのは爆発に巻き込まれることだ。吹き飛ばされてわけがわからなくなるし、爆発の効果なのかしばらくキーンと耳鳴りの様な音しか聞こえなくなる。

 「う……あっ……。目が回る」

 壁にぶつかって倒れてるという自分の状況がようやく理解できた。しかし、プロトタイプは何か言いながら2発目を撃ってくる。

 「   !」

 「うああっ! くっ、う……酔う……」

 「  !」

 「なああああっ?」

 それが直撃した直後、3発目も直撃。爆発で吹き飛ばされ続け、だんだん状況がわからなくなる。例えるなら、遊園地のコーヒーカップでハンドルを回すのに全力を投じた時の感じと一緒だ。あまりに回り過ぎて、平行感覚がなくなると共に状況を把握できなくなる。攻撃の手をプロトタイプが休めるはずもなく、6発目の直撃を喰らった後はもうそんな感じだ。

 「  !    !」

 プロトタイプの言いたいことも聞こえない。こりゃ現実だと死んでるな。酔って意識も朦朧としてきた。

 そういえば、このDPOの世界を現実だとした場合、俺が死んだらどうなるのだろうか。現実の世界で俺が死んだらってのは容易に想像がつく。まず、料理のできない姉ちゃんが飢え死にする。飢え死にしないまでも生活習慣病で死ぬ可能性がある。

 で、こっちの世界では? この墨炎にどれだけ悲しんでくれる人がいるだろうか。まず、カレンとジョーカーかな? あと、氷霧……。

 氷霧の名前を頭に思い浮かべた瞬間、何やら恐ろしい気配を感じた。

 『墨炎、どこ?』

 氷霧の声が聞こえた。と同時に、プロトタイプが鎌を構える。背中には鋼鉄製の扉。その扉から、何か冷たい気配を感じた。

 「ここだ、氷霧!」

 俺が叫ぶと同時に扉を突き破って、氷の刺が押し寄せる。そうか、クインが氷霧を連れてきたのか。氷の刺と共に氷霧が現れた。しかし、なんで声が聞こえたんだ?


 「【リベレイション=ハーツ】……!」


 プロトタイプは吹き飛ばされ、床に転がっていた。身体の所々が凍りついている

 「ぐっ、ああっ!」

 「墨炎に手を出したら、許さない」

 氷霧が俺を抱き起こしてくれる。プロトタイプは痛みにのたうちまわっていた。

 「氷……霧……」

 「あまり喋らないで。怪我に響くから」

 「いや、今俺凄く吐きそう。酔った」

 氷霧は俺を寝かすと、プロトタイプに向き合う。その瞳は怒りに満ちていた。

 「なあ氷霧。これはゲームでプロトタイプはNPCなんだ。だから、あまりムキになるな……」

 「でも、攻撃で墨炎が酔ったのは事実」

 今の氷霧は完全に自分の役に入り込んでる。そう、フルダイブゲームならではの、アバターそのものへの『成り切り』だ。なんというかぶっちゃけフルダイブゲームってのは、凝ったごっこ遊び的なもんだからな。

 一応氷霧もこれがゲームのシナリオでしかないことは理解してるはずだが、今は熱中させてやろう。

 「そうだ。クインは?」

 「レジーヌと戦ってる」

 そうか。まあ、あいつらしい。このプロトタイプは俺と氷霧で抑えよう。俺はメニュー画面を呼び出して、すぐさま服と防具を着る。『装備メニュー』で着たいものを選ぶだけだ。武器は試したいやつがあったので、そっちを選んだ。双剣であることは変わらないが、ある仕掛けがある。右手のが『シロブレード』、左手のが『クロブレード』という剣だ。その名の通りそれぞれ白と黒のシンプルな片刃の剣。

 「よし、覚悟しとけやプロトタイプ!」

 「援護する」

 氷霧は弓をプロトタイプに構える。氷霧がバックについてるほど安心できることはない。

 「【ライジングスラッシュ】!」

 右手からのライジングスラッシュ。立ち上がったプロトタイプはそれをしゃがんで避ける。だが、俺は二刀流だ。

 「【シザーネイル】!」

 「ちっ!」

 しゃがんだプロトタイプに左手からのシザーネイル。突きは命中したかに見えたが、プロトタイプの鎌に弾かれた。

 「なら奥の手、ツインランスモード!」

 俺は剣の柄と柄を合わせ、両方に刃のある槍の様な形態に2本の剣を合体させた。二刀流の奥の手、ツインランスモード。特定の剣を装備してないとツインランスモードは使えないが、今の俺は使える。武器の名前は『シロクロツインズ』だそうだ。

 「行くぜ。必殺、【シロクロタイフーン】!」

 「なっ!」

 俺が頭上でツインランスをグルグル回し、竜巻を起こす。そして、ツインランスを振るうと竜巻はプロトタイプに飛んでいく。

 「うあっ!」

 プロトタイプは竜巻に取り込まれ、ジワジワとダメージを負っているようだ。竜巻が人を一人巻き込むのでやっとのサイズなので、吹き飛びはしない。しかし、行動不能にさせることは可能だ。

 「【マグナムアロー】」

 そこに氷霧の弓が飛んでくる。強く、真っすぐに赤いエフェクトを帯びて飛ぶ矢が、プロトタイプに直撃する。ナイスアタックだ、ハイセンスだ!

 「くっ!」

 矢が当たると、発生した爆発吹き飛ばされて竜巻から抜け出したプロトタイプ。彼女は体勢でも立て直そうとしたのか、部屋を出て行った。

 「今更逃げようなど、ナンセンスだな!」

 「逃がさない……!」

 俺と氷霧も後を追う。プロトタイプを追ううち、ここがどういう場所か理解した。ここは建物の地下だ。その証拠に、俺達は階段を上ってようやく外の景色を見れた。湿地のようだ。この建物は研究所テイストだな。

 「氷霧、ここは?」

 「ネクロフィアダークネスの、広大で深遠なる巨人の泉。琵琶湖をモチーフにしたステージで、琵琶湖がそのまま湿地になってる」

 「ようするに、琵琶湖が干拓状態なのな。ナンセンスなくらい中途半端に」

 氷霧と話すうち、プロトタイプは建物の外へ出た。外はかなり開けている。さすがに日本一広い琵琶湖がそのまま湿地になっただけある。木一つ、岩一つ視界を遮る物はない。地面は泥になっていて、転びそうだ。

 「って、転んだ!」

 言ってる傍から転んだ。俺が。前方にすってんころりんして泥まみれだ。

 「うー。ナンセンス……。メッシーフェチは歓喜なんだろうけどな」

 「メッシーフェチ?」

 「通称汚れフェチ。今の俺の状況見て萌える奴のこと」

 氷霧はメッシーフェチについてあまり知らないようだ。そういえば氷霧って何歳なんだろう。こういうことをよく知らないってことは、まだ中学生か下手したら小学生くらいか。いや、こんな落ち着いた小学生いないよな。よって中学生か氷霧。

 「プロトタイプ! ここは広いから存分に勝負をうひゃあっ!」

 立ち止まるプロトタイプに走って行った俺はまた転んでしまった。今履いてるブーツ、少しヒール高いから普通の道でも走ると転びそうになるんだよな……。

 「……存分に勝負しよう! 【ライジングスラっわああっ!」

 また転んでしまった。もしかして、また荒野の時と同じ、あの意識の干渉か? それを疑うほど転んでいる。

 「うー……。こうなれば、お互い禍根が残らないように雪合戦ならぬ泥合戦で決着をつけよう!」

 俺は原因と思わしきブーツを脱いだ。メニュー画面で装備を外すだけの簡単なお仕事です。

 「行くぞプロトタイプ!」

 「お、オリジナル? お前は何を?」

 戸惑うプロトタイプ。だんだん泥まみれになるにつれ、俺の思考が完全に子供化してるらしい。殺し合いの決着が泥合戦だなんて。俺はそんなことは思考の彼方へ放り捨て、泥だんごをプロトタイプに投げる準備をする。

 「うあっ!」

 しかし、その前に俺はまた転んだ。今度は明らかに外部からの力で横にすっ飛んでいた。

 「うへぇ……なんじゃこれ気持ち悪っ……」

 俺は自分の腰、その右側に付いたネトネトした何かに気付いた。なんだろこれ。

 「墨炎! 隣!」

 氷霧の声に応じて右を向くと、泥の中からデカイ蛙が這い出していた。しかし、こいつの肌は鱗だ。緑の鱗に覆われた蛙。奇妙以外の何物でもない。でかさも、普通に2トントラックくらいある。なるほど、コイツの舌で突き飛ばされたわけか。

 「フロッグドラゴン。湿地に出現するドラゴンで、本来は軽自動車サイズだが中には巨大なものも稀にいる。DPOにおける、『みんなのトラウマ』」

 「みんなのトラウマ?」

 俺は氷霧の解説を聞いてデカイ蛙、フロッグドラゴンが危険性の高い敵であることを理解した。みんなのトラウマとは、ゲームにおいて異常な強さなどで例えようのない恐怖を与えた敵キャラやステージを指す言葉だ。

 みんなのトラウマと認定される理由は様々で同じポケモンからでも、理不尽なまでの強さが理由で認定されたミルタンクと身の毛もよだつようなBGMを理由に認定されたシオンタウンなど、パターンは多紀に渡る。

 このフロッグドラゴンが果たして、強さを理由に認定されたのか恐怖を理由に認定されたのかでは戦い方が変わる。前者が認定の理由なら厄介な相手であることは違いなく、後者が理由ならまだ何とかなりそうだ。

 「嘘……、そんな馬鹿な!」

 俺の思考を打ち切るように、プロトタイプの悲痛な叫びが響く。プロトタイプの身体は震え、膝から崩れ落ちた。

 泥に膝を付いたプロトタイプは、身体を抱いてうずくまる。そして俺は理解する。プロトタイプの仲間を殺したドラゴンはコイツだ、と。

 「ラスボスか、ナンセンスでハイセンスだな!」

 俺はまず、牽制のつもりでフロッグドラゴンに切り掛かる。前足を斬ってみたが、攻撃は普通に効くようだ。

 「いや、油断は禁物だ。なにかヤバい技があるに違いない」

 俺は警戒しながらフロッグドラゴンに攻撃を加える。

 しかし、異変が起きた。フロッグドラゴンはいきなり後ろ跳びで俺から離れ、口を開けた。開いた口からは何かブレスの様なものが飛びだし、俺は逢えて避けずに受けてみた。危険性を計るためだ。ちゃんと剣を交差させて防御姿勢取ってるし大丈夫大丈夫。

 「うわっ! なんだこりゃ?」

 俺に飛んできたのは粘液だった。その状況を見た氷霧は解説の続きを言う。

 「攻撃は粘液、触手がメインで、その気持ち悪さからみんなのトラウマに認定された」

 「それ先言ってくれる?」

 「墨炎にも味わってほしかった」

 氷霧の変な気遣いで俺は気持ち悪い思いをした。とりあえず粘液で動けないところにガンガン粘液撃ってくるのやめろよフロッグドラゴン。

 「ダメージはないが、精神的にダメージでかいな……」

 言ってる傍から、口から触手を出すフロッグドラゴン。これが舌なのかな。そんなことを考えていると、俺とプロトタイプは触手に捕まってしまった。

 「しまった! うわなんか気持ち悪い!」

 ただ捕まるだけならいいが、触手までネトネトしてるし足や腕や身体に複数の触手が纏わり付いている。しかも口の近くまで引き寄せたら引き寄せたで粘液を吐きだしてくる。これは二度と戦いたくない。

 「プロトタイプ、何とかしろ!」

 「っ……」

 プロトタイプは固まって動けない。俺は剣落としちゃったし、頼れるのは氷霧だけか。

 「氷霧!」

 「転んだ」

 「おい」

 氷霧は転んで、立ち上がるのに手間取っている。誰も頼れない。加えて、触手の動きも少年誌的締め付けじゃなくて同人誌的な方向へ走り出した。

 「あっ、やめ……そこはっ!」

 触手に撫でまわされ、つい変な声が出てしまう。このアバターが感度いいのは、カレンで経験済みだ。服の中まで触手が入ってきてるし。

 相変わらずプロトタイプは微動だにしない。完全に硬直している。

 「まじどうしよう!」

 俺が周りを見渡すと、空から何かがやって来た。人のようだが……? あれ? フィールドにいて、この場にいないのってクインと……。

 考えていると、フロッグドラゴンの背中にビームの雨霰。フロッグドラゴンはダメージを受けたが、俺達を離してはくれない。

 人影は接近してきた。ようやく正体も理解できた。人影は両手の指からビームを出して剣にしている。

 「ぷーちゃんは、わたしがまもる!」

 レジーヌが飛翔してきて、触手状の舌を切る。フロッグドラゴンは舌を根こそぎ失い、のたうちまわっていた。

 「あべし!」

 レジーヌに受け止められたプロトタイプと対称的に泥へダイブする俺。バイクの音に顔を向けると、クインがバイクでやって来る。レジーヌを追ってきたのだろう。

 「うわー。こいつが出るとか災難ね……」

 「とにかく倒す」

 クインの横に氷霧が並び、それぞれ銃と弓を構えた。同時に技の名前を発声する。

 「【ウォーターガン】!」

 「【ボルトアロー】」

 先にクインの飛ばした水の塊が着弾。そこに雷撃の矢がヒット。濡れてると雷のダメージが大きくなるのだ。打ち合わせなしでこのコンボをするとは、息のあった二人だ。

 「なら俺もやるぜ。【リベレイション=ハーツ】!」

 俺は剣を拾い、リベレイション=ハーツを発動させる。ツインランスモードにした武器の刃に、赤いレーザーみたいなものが発生した。リベレイション=ハーツが進化した……だと? HPの減少も無くなった。

 「多分、心に変化があった」

 「それも、大きな変化がね」

 氷霧とクイン曰く、俺の心に何か変化があったらしい。憎しみだけの俺の心が、何をどう変わったというのだ。

 「憎め……! って、あれ?」

 攻撃力を高めようと、何かを憎もうとした。だけど、俺は何を憎むべきかわからなくなっていた。いつも、自分から何か大事なものを奪った相手を憎んでいた気がするが、わからないなら仕方ない。

 「このままやる!」

 俺はツインランスを振るい、舌を再生してプロトタイプとレジーヌに迫るフロッグドラゴンの背中を2回ほど切り付けた。

 今までは舌を斬られたせいでレジーヌを狙うようになっていたフロッグドラゴンだが、背中を深々とえぐられたせいでこちらを狙うようになった。

 エネミーが攻撃対象を決める際、基準となるものをヘイトと呼ぶ。ヘイトは攻撃などで貯まり、最もヘイトを貯めたプレイヤーへ優先的に攻撃するようになる。これを駆使すれば、後衛の氷霧やクインに攻撃が行くことはない。これをタゲ取りと言う。タゲはターゲットの略。

 今、レジーヌが貯めたヘイトが最大だったのでタゲを取っていたが、俺がレジーヌを上回るヘイトを先程の攻撃で貯めたので、俺がタゲを取った。

 「オリジナル……なんで?」

 プロトタイプは戸惑ったように言う。なんで自分を助けたのか、それがわからないみたいだ。

 「ぷーちゃんはひとりじゃない。わたしがいる」

 「レジーヌ……」

 レジーヌがプロトタイプを抱きしめる。ぷーちゃんとか、無職みたいなあだ名だなナンセンスだな!

 「あたしも忘れんな!」

 「私も」

 クインと氷霧が駆け寄る。プロトタイプは震えが止まったらしく、レジーヌの腕を離れてしっかりと立つ。

 「ありがとう。こいつは、私が倒す」

 プロトタイプは鎌を天に突き付ける。俺はさっさと氷霧の隣につく。

 「【リベレイション=ハーツ】」

 プロトタイプのリベレイション=ハーツが発動する。俺のと同じ紅い炎。まるで俺のリベレイション=ハーツ、心が丸々あいつに持ってかれたみたいな感じだ。でも、炎は俺のやつほどおどろおどろしくない。燃料になる感情が違うのか?

 炎は鎌に集まり、一つの巨大な剣になる。プロトタイプはそれをフロッグドラゴンに振り下ろす。

 「ここから、私の記憶から、いなくなれー!」

 プロトタイプの渾身の一撃がフロッグドラゴンを襲う。フロッグドラゴンは燃え尽きて消えた。

 「やった……私、やったん……だ」

 プロトタイプはそのまま倒れた。眠ってるだけみたいだが、寝顔かわいいな。

 「これで一件落着かね」

 プロトタイプとの戦いは終わった。だが、俺には気掛かりがあった。氷霧が調査していたというチートを使うプレイヤー。そいつらは一体?

 とりあえず、俺は今それを考えることをやめた。今はクリアの余韻に浸ろう。

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